スタンツ[stunts]とは         
濱田 靖一
 アメリカ人が生み出したスポーツには、野球、バスケットボール、バレーボール、アメリカンフットポール等沢山ある。これらのスポーツを誕生させた背後には、当然、アメリカ人らしい歴史や社会環境がある。このStuntsもその一つである。19世紀末に欧州からアメリカ大陸に紹介された身体文化の中に、ドイツ体操やスェーデン体操があった。スタンツの誕生は、これらの体操のもつ合理性や形式性に対する反発がひき金になっていると思う。彼等は大勢で同じ号令に反応して同じ動作をくりかえすという運動の効率性は納得するものの、体操というものが、自分の体を自分の好きに興味をもって動かすところがないのがあきたらなかったらしい。そこで、その対抗馬として生活の中からひろい集めて登場させたのが、このスタンツである。
 であるから、スタンツは一方的な形式的な押しつけではなく、自分から興味のある運動に挑戦して、いろいろな能力をかちとろうとするところに特徴がある。
 これを力試し運動とう。これは筋力やパワーだけでなく柔軟性や平衡性、表現力なども含まれており、その内容は多彩である。ただアメリカでは、鉄棒や平行棒のような器械の運動はこのスタンツの中には含まれていない。ここでも器械使用の運動は入れなかったが、身近な器具やスポーツ用具を使用したものは入れている。
 「力試しの運動」はこのスタンツの日本語訳である。

力試し運動の性格とねらい

『こんなことが出来るかしら』『こんなことをやってみよう』という試みの遊びは、昔から子供の生活の中にも、大人の生活の中にも沢山あった。それはもちろん、体育という系統だった、組織をもった教育的なものではなく、むしろ滑稽でバカバカしく、土俗的なものが多かった。例えば、「飴玉などを空中に投げあげ、口で受けとめる」──犬を飼っている子供の発想か。「自分で自分の鼻が舐められるか」これは、牛を飼っている家の子供が、最初にやってみたのかも知れない。「手を使わないで、耳をピクピク動かせるか」──これは、猫を可愛がっていた少年の発案ではなかろうか。また、上唇と鼻の問で鉛筆が支えられるか、下唇を反らせて、こよりがはさめるか等々のことは、子供の頃、試みた記憶をもつ人も多いであろう。どこの運動会でもやるあのパンくい競争(手を使わずにパンを食べる)もその一つである。その他、顔ばかりではなく、指を使った遊び、足を使った遊びも多い。おそらく炬燵や炉端、日向ぼっこなどで行われたものが、子供から子供に伝えられた伝承の子供の無形文化財なのであろう。
 そしてこのような遊びは、勿論、日本だけのものではなく、世界の各国の子供達の間で、沢山行われて来た筈である。ルネッサンス時代のオランダで百姓やお化けの絵をよく描いたピーター・ブリューゲルの「子供の遊」の中にもみられるし、その他子供の遊びを描いた絵の中に「試し遊び」はよく出てくる。
 子供ばかりではなく、葛飾北斎の有名な北斎漫画の中には、江戸の若者達の「力試しの運動」が沢山にみられるし、それがまた、かなり真剣に行われているところに興味がある。
 1886年にカナダのエドモントンでユニバーシアードが行われた。その時の開会式に、いろいろなディスプレーが行われたが、その中の一つにこんなのがあった。先ず、グランド一杯にカナダの地図を描いた巨大な布が広げられた。その地図の数ヵ所に十数人ずつの青少年達が、自分達の出身の村や町に該当するところに集合している。そして、順番にその村や町の自慢の遊びを紹介するのである。その中に幾つかに「こんなことができるぞ」的な試し遊びがあり、拍手をあびていた。

学校体育の中の力試し運動

 学校体育の中では、昭和26年に巧技という運動領域が設けられ、その中にスタンツという教材が入れられた。
 これが、わが国の学校体育の中にスタンツが登場した最初である。
 巧技という新しい運動領域を設定したのは、本間茂雄氏である。巧技という名称は全く新しいもので、日本の辞書にはない。技巧を逆にしたものである。彼は解説書の中で、巧技とは技巧的な運動の意味であって、この運動を行うには、巧緻性すなわち器用さがなければできないし、その運動を練習することによって、器用さが習得されるとみなされる種類の運動を総括して、名づけたものであると述べている。運動内容は、従来の器機体操(今の器械運動)と組立て体操、転回運動と──米語のいわゆるスタンツと称する、簡単に見えてちょっとできないというような、自試的運動の類で──と説明している。
 そして分類の仕方を、従来のように鉄棒、とび箱のような文化財形でなく、1、柔軟型、2、歩走型、3、平均型、4、懸垂型、5、跳躍型、6、転回型、7、力技型、8、組立型運動とこれ等の運動の要素に分けられ、スタンツもこの型の中に配分されていた。
(以上、拙著「力試し運動」から転載)