「スキャン」して用済み

政府は行政の負担軽減策として「AIの活用」を推しすすめている。
が、2023年7月に三重県で起きた4歳児女児への虐待事件で母親が逮捕された事件は、そんな傾向に警鐘をならすものであった。
この事件では、児童相談所が、家庭での見守りを行っていた。
児相談が「一時保護」ではなく「見守り」を続けていたのは、三重県が全国に先駆けて導入したAIの評価をふまえてのことであった。
「保護」にむけての評価は39%だったという。
このシステムを開発した、児童相談業務の支援事業を手掛けるAiCANによれば、この評価値は「通告の対象となった児童についてのリスク・アセスメント項目の傾向が、過去にどれくらい一時保護の対象とされたかを示す参考指標」という。
三重県のシステムには既に、約13000件の過去の事案データが登録されていた。
事例の概要を入力すると過去の類似ケースが参照され、その中で何割が一時保護に至ったのかを示してくれるシステム。
つまり39%というのは、過去同様の状況下において、およそ5回に2回保護が行われていたということ。
三重県知事は、記者会見で「AIの数値は参考にしかすぎないものであった」と発言している。
あくまで人間が最終判断を下す体制となっていたというわけだ。
ただこの事件では、虐待を行った母親が、児童相談所の指導に応じる姿勢を示したと報じられている。にもかかわらず、虐待死までに至っている。
このケースは「判断頻度が極端に低い事例」つまり「特殊事例」に該当していたのかもしれない。
過去のデータから判断するAIでは、新しいケースへの対応が難しい。
社会情勢や経済状況、親子関係が刻々と変わり続けている以上、過去にない虐待事例が発生する可能性は常に存在する。
行政機関が多忙を極めれば、AIに依存する誘因が強まる。
人の命や組織の存亡に関わるような問題にAIの判断を取り入れることは、たとえ参考だとしても、慎重を期すべきといえそうだ。
近年警察において、DNA鑑定による犯罪捜査が盛んに行われるようになった。
2018年にアメリカで制作された番組は、驚くべき「犯人特定」の経緯を紹介したものだった。
当時アメリカには、「DNA分析サイト」というものが人気となっていた。
それは、ある人のDNA情報から類似性のあるDNAをもった別の登録者を特定してくれるサービスである。
生き別れになった親族探しや血縁のルーツを把握する目的で大流行していたものである。
アメリカの警察も迷宮入りしていた事件が「新しいDNA鑑定法」によって、解決するケースが目立つようになり、そのいくつかは、「DNA分析サイト」を使っての捜査であったという。
警察は、「DNA分析サイト」これを使ってどのように犯人を探したのか。
①犯人のDNA情報を分析サイトにアップロードする。
②DNAがマッチした相手、つまり犯人の遠い親戚を特定する。
この方法で、ひとりの天才科学者が30年間未解決であった事件を、たった5日間で解決したのである。
女性科学者シーシー・ムーアは、まず人のDNA情報を特殊な方法でサイトにアップロード。
そして犯人のDNAの1.5パーセントが共通している親族を見つけた。
次に、犯人の親戚にあたる人物の「家系図」を作成。「家系図」といっても一般的な数世代のものではなく、およそ1800年頃まで遡った数千人規模の壮大な家系図である。
この時、家系の情報はファイスブックやツイッター、インスタグラムなどのSNSに求めた。
古いものは婚姻に関する新聞記事から、パズルの欠けたピースのように集めていった。
すると犯人が含まれる「家系図」の人数は1500名となり、その中の数十名が犯人と同じ世代と一致し、さらに年齢・性別など犯人像と一致する人物を絞り込むと「2名の男性」が候補に残った。
その2人の兄弟が住んでいる家の周辺を探索し、DNA鑑定に必要な毛髪や体液を入手した。そして2人のうち1人が殺人現場に残されたDNAと一致。
犯人の逮捕につながったのはゴミの中からDNA鑑定に必要な体液であったという。
特定された犯人は59歳男性(事件当時は29歳)。
逮捕時に刑事が何の容疑で逮捕されるかわかるかと聞くと、犯人は「エイプリル・ティンズリー」と被害者となった少女の名前を一言だけつぶやいたという。
犯行現場に残されていたスペルミスや乱れた文字は、警察を欺き幼稚な犯人だと装うためだと思われていたのだが、男の軽度な知的障害によるものであったこともわかった。
2018年12月21日裁判の結果、犯人ジョン・ミラーは殺人などの罪により懲役80年の刑を言い渡された。
従来、DNA鑑定は受刑者などすでにDNAが登録されている一部の人間としか照合できない。それも完全に一致しなければ鑑定結果が出なかった。
しかし「家系図作成」捜査の手法が画期的なのは、はるかに大きな視野から、犯人を特定化するものであることだ。
「DNA分析サイト」はサイトに登録している全世界の人が対象になり、しかもDNAの一部が一致するだけでも鑑定結果がでる。
前述のシーシー・ムーアはその他のにも数多くの迷宮入り事件を解決したが、彼女によれば、2000万人がDNA分析サイトに登録すると99%の犯人を特定できるようになるという。
アメリカは人口が約3億人なので人口の6.7%の人が登録すれば全ての人をDNA分析で突き止められるという。
この犯人捜しのための家系図の作成には、新聞記事やSNSが利用されていて、現在のAIを使えば「シーシー・ムーア」はいらないかもしれない。
しかし、むしろこの捜査が、新聞やSNSの情報の取り込みなど、AI任せでなく人が主体で解決に至っていることに注目したい。

「遺伝子情報」といえば、日本では2023年6月、「ゲノム医療法」が成立した。
人によって異なる遺伝情報(ゲノム)を使った医療の推進と、遺伝情報による差別が生じないようにすることを定めている。
「ゲノム医療」は、遺伝子を調べてその特徴に応じた医療を提供する。患者数が少ない病気や直すのが難しい病気の治療法や新薬の開発に繋がる。
また、将来、なりやすい病気がわかり、気をつけることができる。
一方、遺伝子情報は「究極の個人情報」といわれる。遺伝子検査を受けることで、病気のリスクに関わる情報が判明した場合、保険などで不利益をこうむるのではないかという懸念もある。
また、生命保険や雇用、結婚、教育などに影響を与え、場合によっては「優生学的」志向の社会にあっては、人権が侵される可能性もある。
そこで、ゲノム医療が発達するためには、治療や研究のための検査で得られた情報は、保険や雇用など他の目的に使われないということ。
そのことが制度的に担保される必要があり、そこに「ゲノム医療法」の意義がある。
しかし、今のところこの法律には罰則がなく、実効性が薄いともいわれている。
さて今後発展が予想される分野で、犯罪捜査に活用できそうなものが「人の内面」を探る技術である。
人の心の働きを知るのに、昔は「嘘発見器」というものがあり、捜査側がある質問をした時に「心拍数」などを調べることなどをしていた。
最近では、自動車の運転手の表情や頭の位置や瞳孔などから「居眠り運転」を防止している。
中国のある学校では生徒の授業態度が心拍数や動向や発汗や様々な身体情報からリアルタイムで保護者に伝えられるのだという。
こういう身体的情報などから、容疑者の「心理状態」は容易に見抜けるにちがいないが、「心の内容」にまで踏み込むことはできない。
ところで「脳」は、有史以来、内なる秘境であるが、20世紀の終わりになって、「fMRI」( 磁気共鳴機能画像法)を使って脳内の血流動態を知ることが可能になり、脳をめぐるさまざまな謎を一気に解きほぐすための環境が整った。
そしてここ10年ほどで、脳内のネットワーク構造を解析する技術が確立され、150億個あるニューロン(神経細胞)のそれぞれが、多数のニューロンとつながる様子がつぶさに観察できるようになった。
ネットワーク図を観察すると、中心に位置しておびただしい数の神経回路とつながっているのがDMNであり、中でも楔前部に多くの情報網が結集していて、 そして、視覚情報の処理には大脳の頭頂葉後方に位置する「楔前部(けつぜんぶ)」が深く関係していることがわかってきた。
それは、「デフォルト・モード・ネットワーク」(DMN)を構成する要素として登場した。
DMNは人間がぼんやりして、白昼夢を見ているような状態の時に盛んに働く神経活動だ。
しかし、複雑な計算をこなすなど、脳全体の活動が活発になると「楔前部」への血流量が落ちることも確認されており、その時点では「楔前部」が重視されるに至らなかった。
アルツハイマー型認知症の患者は、脳組織にタンパク質の一種「アミロイドβ」が蓄積することが確認されているが、「アミロイドβ」がいち早く蓄積されるのが「楔前部」だということがわかってきた。
ところで、AIは人間の脳の構造を模した「ニューラルネットワーク」を多層的に構築して行う深層学習「ディープラーニング」によって、コンピュータ自身が学習を積み重ね、正解を導き出そうとするものだ。
最近、大阪大の高木優助教と西本伸志教授のチームにより、人工知能(AI)を使って脳の視覚情報を解読し、ほぼ見た通りの画像を「再現」することに成功したというニュースがあった。
それは脳の血流の変化を調べ、高性能の画像生成AIを「翻訳機」として活用したという点で画期的だった。
これまでの研究から、活発に働く脳の部位を写したスキャン画像のパターンを読み解くことで、見たイメージをある程度まで推測・再現できることがわかってきた。ただ、脳の情報は複雑すぎて解読の精度に限界があった。
高木らは、イギリスのスタートアップ企業などが公開した画像生成AI「Stable Diffusion」(SD)に目をつけた。
SDは、ネット上にある膨大な画像データを学習させることで、どんな画像でも注文通りに描いたり、加工したりしてくれる注目の生成AIである。
具体的には、犬の写真を入力して、「サングラスをかけて」と文章で指示すると、顔の適切な位置にサングラスをつけた犬の画像を簡単に作ってくれる。
高木は、この仕組みが脳のスキャン画像の解読にも使えるはずだと思いついたという。
脳が目から入った視覚情報を処理する際、まず後頭部にある初期視覚野と呼ばれる部分で輪郭や構図が認識される。
さらに、情報は側頭部にある高次視覚野に引き継がれ、その物体が何かといった意味づけが行われる。
大阪大の研究では、初期視覚野から読み取った粗い画像情報と、高次視覚野から解読した意味情報を、SDが理解できるように「翻訳」したうえで入力。
するとSDは、ちょうどサングラスをかけた犬の合成画像を作るように、画像と意味の2種類の情報をうまく組み合わせて解釈し、これまでにない高精度の再現画像を作ることができたという。
AIは生身の人間が見たもの聞いたものを再現でき、「心の解読」に一歩近づいたといえる。

アメリカのハリウッドでは生成AIを活用した映画制作が進み、脚本家組合が大規模なストライキを起こす事態になっている。
映画会社側がAIを使って、脚本家らの著作権を無視して過去の作品などを学習させ、新作を作ってしまうやり方の対する抗議である。
アメリカのハリウッドでは、俳優を若返らせたり、亡くなった俳優を再現、本人の声で再現して吹き替えさせるなど、AIを使った映像表現が行われている。
いわば「働かせ方改革」だが、組合は代役や吹き替え声優などが仕事を失うという主張をしている。
また、俳優そのものをAIで代替することを懸念している。
1日分のギャラを支払ったうえで、俳優をスキャンして、その姿をAIで再現し、会社側が自由に映画に使用できてしまうということである。
こうした「スキャン」を目的としたオーディションが始まっているという。
出演料は約10万円のケースで、俳優としては出演せず、“外見”をスキャンして提供する。
これは俳優は「デジタルデータ」と化し、俳優としての権利をすべて譲り渡してしまうことを意味する。
これこそ「人格権」のまるごと侵害といってよい。
目覚ましい速さで進化する生成AIを活用する動きは、日本の創作現場にもじわりと広がっている。
邦画の話題作を数多く手がけた脚本家は、プロット作りに悩んだ時にChatGPT(チャットGPT)に入力して回答を求めた。
これらを入力した後に出てきた回答は、三幕構成で結末まで展開する「それっぽい」プロットになった。
脇役のキャスティングも回答し、「割とリアルな路線だった」という。
これを、そのまま正式採用するわけにはいかないとしても「企画段階の参考レベル」では、時間を大幅に節約できる。
AIを使って脚本を手がけたある作家は、AIの長所を「人間が思いつかない創造性があり、空から落ちてきたギフトのようだ」と例えている。
奇抜なストーリーに観客からは「訳がわからない」という反応もあったが、人間の脚本ではおきない議論が起きたという。
また、手塚治など亡くなったクリエーターの脚本家の「新作」と呼べる物語をAIが書くといったことも起きる可能性がある。
ところでAIが将棋のような、ルールや形式が決まっているゲームに強いことは、予想できる。
同様に、文章の整理や構成、俳句やコピーの生成など、条件や枠組みを設定しやすく、限られた世界の内容に関しては、AIに有利に働く。
それどころか、思いもよらない「創造性」を発揮するかもしれない。 逆にAIにとって、自由度の高い“物語”をきちんと成立させることはむずかしい。
「きちんと」成立させ、しかも何らかの「創意」を含むとなると 難易度はあがる。
しかし根本的なことは、表現者の内面の発露である。
AIは想像力をかきたてるとしても、AIは表現者の内面を考慮しているわけではなく、作者自身のユニークさや「特異性」がでなければ、作者はその作品を生んだ実感はなく、満足もないであろう。
あるアメリカの脚本家が興味深い指摘をしていた。
AIは過去の大量の作品を書ける一方、頼りすぎると平均的な作品が大量に作られ、「ジャンクフード」のようになりうると指摘する。
なぜならAIは学習がすすむにつれて、突飛な展開は生まれず、一般受けする「王道」ばかりを提示すようになるからだ。
AIはより安くより早くを実現できるばかりではない。有名作家の「作風」「画風」「曲風」などを、作品に取り入むことが可能になっている。
まるで他者の「脳」をスキャンしている感さえあるが、AIに任せておくことと、作り手が表現したいエッセンスの振り分けが重要になろう。
ディープフェイクなど、真偽の見分けががたい技術の活用がディストピアをまねく。