金融危機からの教訓

2023年3月半ば、アメリカで2つの銀行が立て続けに経営破綻した。破綻の規模の2008年にワシントン・ミューチュアル銀行破綻に次ぐ、史上2番目と3番目という驚くべきもの。
カリフォルニア州に拠点を置く「シリコンバレー銀行」は1983年の創業以来、主にテクノロジー関連のスタートアップ企業や、それに出資するベンチャーキャピタル向けの融資を行ってきた。
その取引先の多くは、立ち上げた新規事業が軌道に乗るため資金調達が必要になる。
ここ数年、新型コロナのダメージからの回復のため、FRBによる大規模な金融緩和策が実施された。
しかし2022年3月からインフレ対策のために政策は一転、FRBが急ピッチで利上げを進めると、借り入れ金利が引き上げられたことで企業の資金が調達しにくくなり、株価も下落傾向となった。
すると、IPO(株式の新規公開)もしにくくなり、顧客のスタートアップ企業の資金繰りが苦しくなった。
シリコンバレー銀行の場合、大量に集めた預金を国債や住宅ローン債券などで運用していた。
しかし、記録的なインフレから政策金利が引き上げられると、国債などの債券の金利も上昇し、債権価格は下落する。
貸し出し先の預金の引き出しがあり、銀行としてはその手当てをするためには下落した債券を売らざるをえない状況に陥り、経営が悪化していった。
銀行が債券の売却による損失を明らかにし、SNSなどを通じて経営悪化への懸念が預金者の間で広がって、顧客による預金の引き出しも加速した。
結局、政府による大規模な金融緩和策とインフレ抑制のための利上げという急激な「政策の反転」に対応ができず破綻の原因となったといえよう。
シリコンバレーバンクの経営破綻の翌々日に経営破綻したのが「シグネチャーバンク」。
2001年の設立で、ニューヨークに拠点を置き、40の店舗を展開。「暗号資産関連」の企業向けの融資で知られていた。
シリコンバレーバンクの経営破綻に伴って預金が引き出されており、信用不安の広がりが破綻の引き金になったとみられている。
さて金融危機といえば、今なお深く記憶に刻まれる2008年の「リーマンショック」である。
この時に、デリバティブやサブプライムローン、クォンツやヘッジファンドなど、聞きなれない言葉に当惑したことを覚えている。
日本は1990年にバブルが崩壊して銀行は不良債権を抱えており、ある面そこに手を染める余裕がなかったことは、不幸中の幸いだったかもしれない。
証券(投資)会社であるリーマンブラザースは、サブプライム住宅ローン危機による損失拡大により、経営破綻した。
負債総額約6000億ドル(約64兆円)というアメリカ合衆国の歴史上最大の企業倒産であり、世界連鎖的な信用収縮による金融危機を招くことに繋がった。
2023年の相次ぐ銀行破破綻では、こうした金融危機をなんとしても避けるため、リーマンショックの教訓を生かそうとしているようにみえる。
アメリカ政府は、本来「25万ドル」までしか保護されない預金を「全額保護」すると発表したのだ。
それは、2008年の金融危機でも取られなかった異例の措置である。
日本でも普通預金は元本1000万円までとその利息は保護されるが、それ以上は資産の状況次第で、全額は保護されない。
アメリカは本来、民間のビジネスに国が介入することを極端に嫌う国民性がある。
そこでバイデン大統領は、「国民の税金が投じられることはない。株主は損失を被り、経営陣は解任される。これが資本主義の仕組みだ」と強調した。
最も警戒されているが、銀行の経営に対する信用不安から取り付け騒ぎのような事態になって預金が流出し、連鎖的の銀行が経営破綻すること。
そんな事態に備えて、FRBが最後の貸し手として金融機関に資金を供給する枠組みを設けた。
さらなる銀行の経営破綻に歯止めをかけることができるかどうかが、当面の焦点となっている。

今時、過去の教訓をいかすためのに日本のバブル崩壊とリーマンショックを振り返ると、似た面もある。
それは 日本の「土地神話」とアメリカの「住宅神話」、そして政府の規制が及ばない住宅専門金融会社(住専)とアメリカの「影の銀行システム」などの存在。
住宅専門金融会社はノンバンク系金融機関で農林系を含む7つほどの会社があった。
1970年代、住宅資金需要が旺盛になったものの、銀行は個人向けローンのノウハウが乏しく、大蔵省が主導し銀行等の金融機関が共同出資して、住宅金融を専門に取り扱う会社を設立した。これが住宅金融専門会社(住専)である。
1980年代に入って大企業の間接金融離れが広がると、銀行が直接個人向け住宅ローン市場に力を入れはじめ、住専の市場を侵食し始めた。
送り込んだ役員経由の顧客リストを基に、より低い金利を武器にして、母体行が取引先を肩代わりすることで優良顧客を奪っていった。
最近の九州電力の子会社の顧客閲覧を思い浮かべる。
このため、住専は融資先を求めて事業所向けの「不動産事業」へのめりこんでいった。
世はバブル景気であり、地価高騰により、住専の融資量は一気に膨らみ、1990年3月の総量規制では、住宅金融専門会社を対象とせず不動産投資へと資金が流れることとなった。
そして1995年6月にその無規制ぶりが政治問題化するに至った(いわゆる「住専国会」)。
1995年8月には、大蔵省の住専立ち入り調査が行われ、農林系1社を除く全体で、総資産の半分に達する6.4兆円の損失があることが判明したのである。
またバブルの背景に、日本は1980年頃から規制緩和がすすみ、東京が世界一の国際金融センターになるという評価があった。
それを、エズラボーゲルの「ジャパン アズ ナンバーワン」という本が売れたり、オフィスが非常に不足するというレポートが出たりしたことが後押しした。
一方のアメリカは土地よりも住宅価格が米国経済を支える重要な要因のひとつといっていい。
リーマンショックの背景に、2000年から2006年まで続いた「米国住宅バブル」がある。
この米国住宅価格の急騰には、FRBが行った低金利政策や、低所得者向けの住宅ローン「サブプライムローン」の利用者が増えたことが影響している。
つまり、住宅購入をしやすい環境が、住宅価格上昇の後押しをしていったことになる。
日本の住宅ローンで、ローン返済が困難になった場合は、持ち家を売却し、売却額がローン残高より少なかった場合、差額を支払う必要がある。
しかし、米国の住宅ローン事情は少し異なり、住宅ローンの返済が難しくなった場合、持ち家を手放しさえすれば、その他の支払い義務が生じない。
極端なことを言えば、ローンが払えなくなっても家を手放しさえすれば、購入者の損失は増えなかったということ。そうなると、心理的な住宅購入のハードルは低くなる。
この住宅ローンの仕組みと、サブプライムローンの相乗効果によって以前までは購入に踏み切れなかった低所得層も、住宅の購入ができた。
需要が増えれば価格が上昇していく。こうして、米国の住宅価格は需要が増加していくにつれて、上昇を続けたというわけである。
住宅が買われることの波及効果は大きい。引っ越しに新しい家具に食器、寝具など様々な消費が加わる。
そのため、住宅の販売が好調であれば小売りが好調な時よりも景気は良くなる。
そしてこの住宅バブルでは、「投資マネー」による住宅購入も盛んになった面も大きい。
「サブプライムローン」とは、与信力の低い低所得層向けの住宅ローンのことで、今まで住宅購入ができなかった所得層の人もローンを組めることになり、住宅購入ブームに火をつけた。
このローンの返済の特徴は、最初の方の返済は少額となり、年を追うごとに返済額が高くなるというものであった。こんなローン設計ができたのは、アメリカの住宅市場が好調で、価格が上がり続けることを前提としたためである。
その規模は拡大を続け、2006年末には住宅ローン全体の約13パーセントを占めるに至っていた。
さらにFRBによる低金利政策によって、「住宅ローン」が組みやすくなったという点も「住宅バブル」をより一層加速させる結果となった。
好景気から、FRBは2004年6月から2005年にかけて計6回、1.5%の利上げを行った。
ここで本来であれば、株式が売られて債権が買われ長期金利が上昇、そして景気が抑制される流れがおきるはずなのだが、そうはならなかった。
それ以後も、長期金利はほとんど上昇せず、住宅ブームによって好景気は継続した。
ただ好調だった住宅バブルも、2006年にFRBが利上げを発表したことで終わりをつげる。
この利上げ政策によって、ようやく融資やローンが組みづらくなり、米国の景気停滞がはじまる。
米国経済が停滞しはじめると、ただでさえ所得の少ないサブプライムローン利用者は、返済が難しくなっていった。
こうしてサブプライムローンの返済率の悪化を受けて、さらに住宅価格は急落していった。返済能力が乏しいサブプライム層に貸し始めたところから、好景気からバブルへと足を踏み入れたと言える。
また、FRBの好景気の背景を充分に理解できていなかったことが原因のひとつといえる。

今思い出しても唐突に見える「サブプライムローン」の背景にどんなことがあったのか。それはアメリカの「影の銀行システム」と関係がある。
ちょうど日本のバブルの時代に、政府による監督や規制からはずれた住宅専門公社の存在があるように。
例えば、ある企業が巨額のドルを保有していたとする。そのお金をどこかに預けたい。寝かしておけば実質価値が低下するからだ。
そこで銀行や企業同士で短期の融資するわけだが、貸す側はなんらかの担保がほしい。
まず考えられる担保は国債である。無リスクでいくらかの利息がつく。しかし世の中に流通する国債の量は限られている。
企業が発行する社債は、担保にはふさわしくない。企業の株価に連動して価値が上下するからだ。
そこで彼らは、担保として使える新しい資産がないかと考え始めた。
そこで考え出されたのが、住宅ローンや学生ローン、クレジットカードなどごく身近な消費者の借金を利用するという手法である。
ただし、ローンをそのまま担保にしたのでは、うまくいかない。借り手の履歴をみれば気持ちが引いてしまうからだ。
そこでローンをそのまま使う代わりに、銀行がローンを「証券化」するという手段にでた。
たまたま核兵器や宇宙開発競争が下火になった時代であったから、その分野の科学者達が次の活躍の場を求めてウォール街に流れ込み、数学理論で市場を予測しリスクをコントロールする挑戦が始まった。
金融工学と呼ばれるようになったこの技術は、証券化商品やCDSといった新たな金融商品を生み出し、世界のマネーをウォール街に呼び寄せていく。
金融工学とは結局、金融取引につきものの貸し倒れなどのリスクを自在に操る技術である。
証券化はリスクを一つに集め封じこめ沈殿させ、CDSはリスクをまったく関係の無い第三者に肩代わりさせゼロにするというものだった。
大量のローンをひとまとめにして、その塊りを薄く切り分けていく。以前TVでみた「とろろこんぶ」の製作過程が思い浮かぶ。
こうした「証券化」のプロセスでは、証券をマトメ買いして切り売りすることで、リスク分散のメリットをを生み出し、貸出債権を売った銀行、証券化した金融機関、証券化商品を新たに購入した投資家が享受することになる。
こうしてローリスク・ハイリターンの「金融商品」を創り出すのが金融工学なのだが、リスクを分散し「見えにくく」する技術といってもいい。
バブルが引き起こした問題とは、リスクを測ることができない「バブル」が混入したところである。
というのも、サブプライムローンは、アメリカの住宅価格が上がり続けることを前提にして作られたものだからだ。
しかし2006年に価格上昇が止まり、翌年下落に転じるとパニックが起きた。
もともと高リスクに分類されていたサブプライムローンの借り手達は、次々と返済不能に陥った。
サブプライムローンは、「証券化」される過程でデットリーという統計学者のモデルをつかったが、欠陥があった。
それは住宅ローンのデフォルトのリスクを、別の住宅ローンのデフォルトに影響されないものとして見積もっていた。
デフォルトが少ないうちにはこれでよいが、デフォルトが業界全体に広がると、モデルが一気に機能しなくなったのである。
そして今度はローンの裏付けとなった証券が一気に下がり始めた。
バブルは、市場関係者の見通し、計算、合理性のすべてをゆがめてしまい、どんな優れたビジネスモデルでも、機能不全を引き起こすのだ。
それが世界を揺るがしたサブプライムローンであり、真のリスクが見えにくくなるほど何層にもでリスクを分散した点でも問題があった。
様々なローンが混ざりあった断片をつくり、それを債権として売り出した。このサブプライムローンは、ちゃんと利息もつき手元にお金がある企業にとっては、かっこうの運用先となった。
その点では国債と同じように機能したのだが、国債よりリスクはずっと大きかった。
結局、ヘッジファンドは資金調達のために多くの担保を要求されるようになった。
お金がたりなくなったヘッジファンドは、保有した資産を売り始め、資産価格はますます下がった。
こうして業界全体が悪循環に陥り、誰もが大量のお金を失った。
さて、こうした「影の銀行システム」の中心的な存在が85年の歴史を誇る大手投資銀行のベアリー・スターンズで、担保に使われる証券を発行していた。 この証券を支える住宅ローンのデフォルト率が急上昇すると、ベアリー・スターンズの顧客はにわかに警戒始めた。
そして2008年3月中旬、大手顧客が金を返してほしいと言い出した。
最初にやってきたのは、ルネサンステクノロジーで、5億ドルの返済を要求し、それ以後は古典的な「取り付け騒ぎ」が起きた。
ベアリースターンズは身動きが取れなくなり、結局は政府の要請で、別の投資銀行であるJPモルガンに買収されることになった。
次に、もうひとつの歴史ある投資銀行であるリーマンブラザースが破綻したが、今度は政府が救済をおこなわなかったのでパニックはさらに広がった。
それから数日間で投資銀行のメリルリンチが経営難からバンクオブアメリカに吸収合併された。
銀行はお金を貸すことを恐れるようになった。なにより他の銀行に貸すことが危険だった。相手の資産状況がどこまでも不確かだからだ。
リスクがあるからこそ抑えられていた欲望が解き放たれた。しかしそれによって生じる暴走やパニックにおける人々の行動まで計算することはできない。
(今どきのAIは、人間と違って狼狽も動揺もしない)。
また、シリコンバレー銀行のケースのように、規模が大きければどんな銀行でも預金は全額保護されるという前例を作ると、モラルハザードを生みかねない。
結局、「リスク・フリー」のうたい文句こそが、最大のリスクとなったというのが、リーマンショックの皮肉な教訓だったように思える。

住専の事業構造は、金融機関から資金を調達して、個人・事業者に融資を行うというものである。また、店舗網を持たないことから、案件は母体行等からの紹介されたものを中心とした。
また、代表者ほかには、多数の大蔵省OBが天下っており、親銀行も役員を送り込んでいた。