「他事使用」の場面

1983年大韓航空機が、ソ連の戦闘機により「撃墜」された。なぜ大韓航空機は警告を無視して「領空侵犯」を行ったのか。
民間航空機でありながら「軍事偵察」の目的をかねていたことがあったらしい。「他事使用」の悲劇である。
さて、次期「防衛力整備計画」では5年分43兆円の増額、および新たなローンを加算すると60兆円が新たな負担増となるという。
その負担の一分を東北大震災の復興税からあてるという。より具体的にいうと、法人税を軸に複数の増税と組み合わせ、所得税に上乗せされている「復興特別所得税」の一部を活用するということだ。
それも、「敵基地攻撃論」(反撃能力と改称)にもとづく軍備拡充の増額だけに印象はきわめて悪い。
いずれは国民への増税に繋がるものだが、予算の使い方にも色々と暗黙の了解のようなものがある。
例えば、防衛費はGDPの1パーセント以内というルール。これは、2024年度予算では完全に壊れる。
税の中には、ガソリン税は道路建設に向けるとか、消費税は社会保障にあてるといった具合に、負担と受益に一定の関係が保たれているものがある。
こうした目的税的なものは、税金の使い方に恣意性を抑制しつつ、関係官庁や業界に対し、適切な使い方を促す効果がある。
また、消費税は社会保障費にあてることにしておけば、消費税増税も国民に受け入れやすい。それを中途から、防衛費に使うとなるとどうであろうか。
リーマンショック以降、国債費(借金の返済)が歳出の3分の1にもなるほど「財政の硬直化」が進み、そんな枠組みは邪魔とばかりに、ガソリン税なども一般税と変わらぬ方向へ転換が進んでいるようだ。
ちなみに、ガソリン税は、田中角栄元首相が「日本列島改造論」をベースに生まれたもので、特に雪国の道路整備に使われてきたものである。
さて、東北大震災の復興予算については、以前から「他事使用」(目的外使用)という問題があった。つまり復興予算の「流用」である。
それでは、「財政民主主義」の観点から問題視されないのか。
実は、こうした流用で役人が使う常套手段が、公の文書には「○○の復興などの予算」と”など”一文字入れておくことである。
また、震災復興基本法の第1条に「活力ある日本の再生を図る」とあれば、お金は被災地復興以外にも使えるといった具合である。
2013年、会計検査院によって、復興予算15兆円のうち1,4兆円が流用されていることが明らかになった。
復興予算のうち実に1兆1570億円が 天下り法人や自治体が管理する「基金」に配られ、被災地以外で野放図に使われていたということが発覚している。
当時の政府は復興予算を「被災地以外では使わない」としていたにもかかわらず、復興予算の一部が地方自治体などの基金を通じて被災地と関連の薄い事業に流用されていた。
より具体的には2011~12年度の2カ年で、「緊急雇用創出事業臨時特例基金」「医療施設耐震化臨時特例基金」など16基金の事業費として合計約1兆1570億円を配分した。
これらは、「震災等緊急雇用対応事業」の名目で被災地以外の38都道府県の基金に渡った。
被災地向けの「緊急雇用」のはずが、雇われた被災者は全体の3%だという。
その仕事の中身もゆるキャラやご当地アイドルのPR活動に、ウミガメを数える監視など、復興とは「無縁」のものばかりだった。
批判をうけて、未執行分のうち1295億円が2013年度内に返還されている。
愛知県のトヨタのエコカー生産や大分県にあるキヤノンの工場など、被災地から遠く離れた大企業の設備投資にばらまかれていたことも発覚している。
また、復興予算総額7兆5089億円のうち、全体の35・3%に当たる2兆6523億円が年度内に執行されていなかった。
その理由として、復興計画の見直し、用地取得などで地元住民との合意形成に時間がかかったこと、資材価格の高騰などによる入札不調をあげている。
また、原発停止による負担増の穴埋め策として、約100億円 の復興予算を「基金」にプールし、電力会社が火力発電所を稼働させる際、基金が新たな借り入れの利子分を肩代わりなどをしていたという。
本来、被災者を救うはずの税金だから納得できるものの、それが加害者側の電力会社のための優遇策として使われていたとは!
さて、2008年4月の地方税法等の改正によって、「ふるさと納税」制度がスタートした。
「ふるさと納税」といっても、実際には自分が応援したい自治体-都道府県や市町村に「寄付」をし、その寄付金額が所得税や住民税から控除される。
この制度は人口減少による税収の減少への対応や、地方と大都市の格差是正を目的とするものであった。
東北震災では「災害支援」のひとつのカタチとして注目をあびたが、今や「返礼品」が目当ての自分ご褒美となっている。

2022年に誕生した岸田内閣の大きな特徴は「基金の乱立」である。
東北大震災のあと2015年頃に問題化した基金の拡大が頭をよぎる。
「基金」は使い道をある程度決めた別の財布にお金をまとめて入れておき、複数年にわたって支出できる。
先端半導体生産基盤整備基金(経産省)、処理水風評影響対策基金(経産省)、大学発新産業創出基金(文科省)など次々と設立されている。
例えば、車やパソコンに欠かせない半導体や乾電池は、海外からの輸入多い。
しかし、戦争や災害で輸入が出来なくなると、それらを作れなくなってしまう。そこで政府は国内での生産拠点を増やそうと、これから数年間は補助金をだすので、企業が安心して投資しやすくするために「基金」を作るなどしだ。
2022年12月に成立した補正予算では、この「安定供給確保支援金」が9582億円の規模である。これと合わせて大学の理系学部新設の後押しや中小企業の技術革新支援など16基金を新たにつくり、すでにある基金への補充も合わせると、50事業8兆9千億円を計上した。
1度の補正予算としては過去最大規模だが、「基金」を通して都合良く使われている側面がある。
急を要するとして「緊急」などど銘うっても、実際にはすぐに使われないばかりか、「塩漬け」になっているケースもある。
反面、国が集めた税金は、毎年国会でチェックを受けるが、「基金」と名をつけて税金がプールされると、毎年の決算を免れ、チェックが届きにくい。基金は流用されるためのいわば「隠れ蓑」になっているのだ。
こうした「基金」と繋がりが深いのが「独立行政法人」である。
そもそも「独立行政法人」とは「天下り」批判をかわすために、国から独立かたちに見せかけたもののである。
‌独立行政法人は一定程度国の関与が必要な事業を担うため、公法人に属する。
民間企業との立場上の違いは、単純な利益追求を目的としないところ。半官半民の立場を取り、事業として収益を挙げながらも、利益だけを追い求めず公共性の高い事業を手がけている。
‌‌独立行政法人は、資金調達に関して国の援助を受けられないから、事業計画に政府の監督が不要ということになっている。しかし実際には、国は業務運営の財源に充てるために必要な資金として「運営費交付金」を交付している。
一方「特殊法人」は、政府から資金調達や法人税免除などの保護を受けられるため、事業計画に政府からの特別の監督を受けなければならない。
1970年代頃から、「特殊法人」は事業内容も検証されず税金の無駄使い、「官僚の天下り」の温床としかいえないものが数多く世の批判をうけた。
‌2001年4月に独立法人化された57の特殊法人も、改革とは名ばかりである。
当時の民主党政策調査会の調査によると、57法人の役員数は、独法化以前の90人から、267人へと約3倍に増えた。理事長と常勤理事のポストは145に上り、じつにその97%が天下り官僚によって占められている。
旧特殊法人からの横滑りも多く、独立行政法人の理事長および理事の給与は驚くほど高い。
しかも、これら「独立行政法人」はほとんど独自財源を持たず、「運営費交付金」という名の税金で支えられている。
「新しい資本主義」をかかげ「分配」を重視するとした岸田内閣のもとで、こうした独立行政法人が管轄する「基金」が増え続けている。
こんな「透明度」の低い国に、「マイナンバー制度」などに、個人情報を委ねることができるであろうか。
住所が変わっても、結婚して名前が変わっても、一生同じ番号がついてまわる番号である。
免許証やパスポートと同じ、公的な身元証明として使うことができる。
これにより、社会保障の手続きやサービスを効率化したり、様々な行政サービスの申請の為に様々な書類をそろえておく必要はなくなり、手続きも簡単になる。
政府はマイナンバーの利用範囲を拡大する方針を打ち出しているが、それは役所の手続きをスムースに迅速におこなうという国民サイドの利益のために導入されようとしているのだろうか。
国民の情報を一律に把握することは、国民を統制する上で有利にに働く面があるからだ。
当面、登録は任意で強制力はないが、2025年以降は実質上は義務化されることになる。
というのも、2024年には健康保険証が廃止されマイナンバーカードを保険証として利用するだけではなく、25年までに運転免許証、在留カードも一本化することを計画している。
カードをもたなければ不便になる生活環境のままであったなら実質「強制」といえる。
こうなるとマイナンバーカードを持つことは「実印」をもつことに近く、カードの機能が多機能だけに、悪用される身ぐるみはがされるという感じになる。
その悪用のひとつのかたちが「他事使用」(目的外使用)である。
2019年、「リクナビ事件」は「他事使用」の危険を教えてくれる事件であった。
就職情報サイト「リクナビ」は、「リクルートキャリア」が運営している学生向けの就職支援サイトである。
個人情報を入力して登録すると、3万社以上の企業の採用情報を見ることができ、面接を申し込む「エントリー」という手続きを行うこともできる。
そのリクナビが行った、「リクナビDMPフォロー」という企業向けサービスが問題となった。
リクナビDMPフォローを使って、学生に関するデータをAI・人工知能で分析すると、「内定を辞退する可能性が高い」などとスコアを付けて答える。
では、このAIは、何を根拠にしているのか。
学生が、リクナビのどの企業ページを閲覧していたかという履歴なのだ。
そのデータと、過去の学生の履歴データなどとつき合わせる。
そして同じような傾向がある学生は内定辞退をする傾向が高いという分析をしたのだ。
このサービスを購入していた企業は38社にのぼるが、「個人情報保護法」では、ネットの閲覧履歴を含む個人データは、本人から集める際に、利用目的を示さなければならない。
ところが、リクナビは「採用活動補助のため利用企業などに情報提供」すると示して同意を得ているとしていたが、約8000人からは同意を得ていなかった。
同意を得ていたとしても、それが「内定辞退率」つまり自分にとって不利な評価に繋がりかねないデータに使われるなど、思いもよらなかったに違いない。
リクナビに登録しないとエントリーできない企業もあることから、学生の中には、大学からリクナビの登録を勧められたという人もいる。
個人情報を提供しなければ利用できないという有利な立場を利用したもので、学生に対する”裏切り行為”といわれても仕方がない。
各社は「合否の判断には使わない」といいつつも、このような情報の「他事使用」(目的外使用)は日常的に起こりうることだ。
例えば、マイナンバーを含む情報は特定個人情報のあたり、レンタル店なでウラ面をコピーすると違法の恐れがある。
また裏面のICチップの電子証明書を使い、オンラインで行政手続きができるが、パスワードを一定回数間違えるとロックされるが、反面突破すればなりすましが可能となる。
携帯して本人認証としてつかうものだけに日常の中に危険ありといわざるをえない。

1887年、中江兆民は「三酔人経綸問答」の中で政治の考え方を3人に代表させて議論させている。
その中で南海先生は、今日の「敵基地攻撃論」で生じる疑心暗鬼の世界をいいあてている。
それに加えて、南海先生という名前さえも今からすれば意味深だ。
「こちらが相手を恐れ、あわてて軍備をととのえる。すると相手もまたこちらを恐れて、あわてて軍備をととのえる。双方のノイローゼは、日月とともに激しくなり、そこへまた新聞というものまであって、各国の実情とデマとを無差別にならべて報道する。はなはだしいばあいには、自分じしんノイローゼ的な文章をかき、なにか異常な色をつけて世間に広めてしまう。そうなると、おたがいに恐れあっている二国の神経は、いよいよ錯乱してきて、先んずれば人を制す、いっそこちらから口火をきるにしかず、と思うようになる」。
さて新型迎撃ミサイルシステム「イージスアショア」の配備をめぐり、東北の国有地19か所について配備の可能性を検討した結果、政府は秋田県がもっとも適切な地形にあることを主張した。
しかし外部から指摘を受けて確認した結果、国有地から山を見上げた時の角度を実際より急なものとして評価していたことが分かった。
それでも、角度を正しく評価し直しても電波を遮蔽するものがあることや、道路などのインフラ設備が整っていないことなどから、秋田市以外に適した場所はないとして、改めて理解を求めた。
秋田市民としては、それによって攻撃の対象にならないかという不安を訴えた。
しかし国は根拠もなく安全を主張してきたが、突然「イージスアショア」の撤回が発表された。
かなり具体的なところまで配備計画はすすみながら撤回されたのは、発射の際に飛び出すブースターの制御において安全が確保できないからだという。
理由はそれだけとは思い難いが、ちょうどその頃、自民党は「北朝鮮の脅威が新たな段階に突入した」として、弾道ミサイル防衛の強化について、1つの提言をまとめた。
この中で、イージス艦などによる従来のミサイル防衛能力の強化とともに、「敵基地反撃能力」の保有を検討するよう求めている。
野党からは、「敵基地攻撃とは先制攻撃であり、攻撃的兵器の保有は自衛のための最小限度の範囲を超え、憲法を完全に蹂躙するものだ」として、保有は憲法に反するという声も上がっている。
北朝鮮は偵察衛星での補足が難しい移動式発射台からの発射を繰り返していて、基地をたたくだけで、日本を守りきるのは困難である。
「防衛整備計画」に基づく43兆円はあまりに唐突である。結論ありきで、安倍政権の集団的自衛権容認とならんで、戦後の安全保障政策の根幹「専守防衛」を揺るがす転換である。
アメリカはこうした転換を歓迎しているという。
昨年、北朝鮮のミサイル実験によってICBMの射程がアメリカ全土を完全にカバーするに至った。
新たに増額される43兆円が日本防衛のためばかりか、アメリカ本土を守るための負担と考えるならば、国民を置き去りにした由々しき「他事使用」となる。