「賭け」と資本主義

7月20日、充分な議論も行われぬままカジノ法(IR法)が成立した。この法律の社会的影響は未知数で、この法自体「賭け」に等しいしものがある。
また、災害や地震の不安の中での原発再稼働や、自衛隊の海外派遣に至るまで、その成否はイチカバチカもので、こういう流れが続くのも、最近の自民党の「生産性重視」の結果なのだろう。
さて、国際金融の世界では久しく「経済のカジノ化」ということがいわれてきた。
例えば、「先物取引」など未来を読んで動かす金は、本来は経済を安定化させる経済行為なのだ。
つまり先を読んだ行動が、急激な経済変動を「緩和」させる働きをもつ。
しかし、リーマンショックをもたらせたカネの動きは、金融技術の進化によってもたらされたものである。
その金融技術の典型が「証券化」で、本来市場で取引されない資産を工夫して市場で取引される資産に転換することである。
何のために「証券化」するかといえば、ずばり「リスクの分散」である。
投資の「件数」が増えると、「大数の法則」により個々の投資条件のリスクは変わらなくても、投資家全体が直面するリスクが変わる。
金融機関サイドはリスクを分散できるものの、貧しい一般庶民まで髙いレバレッジで投資を行う危ないマネー・ゲームに誘い込まれた感じがある。
また、世界を駆け巡るファンドは投資して一儲けしたらいち早く撤退するなど、一国の経済の際立った撹乱要因にさえなっている。
資本主義が、マネーゲームという「椅子取り」ゲームの様相を見せるようになった。
社会の賭博性ということで思いおこすのは、江戸時代末期に打ち続く飢饉で農村が疲弊し、人々が飲酒や博打にふけっていた時代があり、そこで多くの「博徒」がうまれた。
そして国定忠治や清水の次郎長といった博徒の親分も登場する一方で、二宮金次郎のように関東一円の農村復興にあたった人物もでた。
こうした農村が極度に疲弊し明日をも見えない時代が、災害やテロへの不安が広がっている今日にも似ている。
そんな中、幕末の農村で博打に興じたという人々の姿が、ビットコインなどへの投資で一儲けしようとする人々の姿とも重なる。

今日、世界のカジノ業者が日本に巨額投資を計画する背景には、日本国内の潤沢な資産とに加え、案外と「賭け事好き」の国民性があるようだ。
なにしろ日本はパチンコ産業だけで約22兆円、競馬や競艇、競輪なども合わせたら30兆円産業になる、いわば「ギャンブル大国」である。
こうなると、日本ではギャンブル依存症の増加が心配されているが、逆に日本にはパチンコなどがすでにあるため、カジノができて依存症が増えるなんていうことはないのかもしれない。
アルコール依存症を増やすのは高級シャンパンでなく安酒といわれているように、入場料がかかるカジノが国内の依存症を増やすとは考えにくい面もある。
反面、日本人は「ギャンブル」ぐせがついているので、カジノの入場料を高くしてもカジノへの出入りが盛んになるのではないのか、という予想もなりたつ。
シンガポールのカジノでは、自国民は1日100シンガポールドルを払わなければカジノに入れず、その入場料収入は2012年度から16年度にかけて2割以上減少し、自国民用入り口は閑散としているという。
その結果、シンガポールでは外国人が利用者の大半を占めている。
カジノが外国人観光客を増やす効果をもちつつ、一般の日本人は従来のギャンブルで満足するならば、カジノ法が狙った経済効果と依存症増加の懸念も軽減される。
そうなると、アジア全体でみられように、中国の富裕な観光客が日本のカジノ業界を左右することは、今から予測されることである。
ところで今年、高校野球の甲子園100周年の特集番組で、意外や大リーグで田中正将つまりマー君が「競馬好き」であることを知った。
少年時より長く捕手をして強肩のマー君は、打者の様々なしぐさなどから、次の投球へのサインを考えるが、それが競馬において勝ち馬を予想することと似通っているというのだ。
つまり、賭博とは単に偶然に賭するゲームなのではなく、サイの出方に時よりみられる秩序めいたものや、時々の運を読みとったり、またその場所の雰囲気を全身で感じ取るという賭博者の能力をためされるものらしい。
それを裏付けるかのように、賭博にはまったことのあるロシアの文豪・ドストエフスキーは「賭博者」という本の中に、「実際、偶然のチャンスの流れの中に、一つの体系とこそ言わぬまでも、何か一種の順序のようなものがあるのだ。もちろん、それは不思議なことである」と書いている。
また、ドストエフスキーによれば、真の賭博者は儲けなど意に介せず、あくまでも勝ち負けのプロセズを楽しむために賭けを行うものらしい。
ドストエフスキーは、ヨーロッパへ旅行した際、行く先々のカジノでルーレットにはまり、帰国のための路銀まで失ってしまう。
出版社との契約で、作品の提出期限が迫っており、おまけに出版社に借金の支払いのため、作品の版権をとっくに売り払っているために精神的にも、経済的にも、時間的にも追い詰められて口述によって1か月たらずで完成させたのが「賭博者」という小説であった。
作品の舞台になっているのは南ドイツの「ルーレテンブルグ」でルーレットをもじった架空の都市名をつけている。
実際にドイツロマンチック街道に「ローテンブルク」という街があり、ドストエフスキ-は絶体絶命の中にあってチャメッケぶりを発揮している。
最近なくなった作家・白川道(しらかわ とおる)が書き映画化された「病葉(わくらば)流れて」は、賭博で身を滅ぼす青年を描いた自伝的小説である。
「病葉」(わくらば)とは、木枝から吹き落とされて跡は腐るだけの葉のことである。
白川は、投資にのめり込んで一時はバブルの寵児とはなったものの、バブル崩壊は後刑事被告人として刑期2年をくらっている。
ただ、白川が「天国の階段」に描いたように、北海道の牧場の美しい自然と純愛に育ったような純粋な若者が、バブル期にマネーまみれで自らを滅ぼしていく姿は、やるせない。
、 白川によれば、賭博というのは、先が見えない人間が、自分にはまだツキがあると思える「救い」にすがって生きているようなものだ。
したがって、博打に負ければ負けるほど、「救い」を求める思いが強まり、それが人々を泥沼に陥らせるということだ。
ドストエフスキーは、「賭博者」にその心理を次のように書いている。
「ここで帰れば良かったが、わたしの内になにやら奇妙な感覚が、運命への一種の挑戦、運命の鼻面を爪はじきして、あかんべいをしていやりたい気持ちが生まれたのだった。私は許されている最高金額の4千グルテンを賭け、そして負けた。そこでかっとなって、手元に残った金を全部取り出 して、同じ目に賭けて、また負けて、あとは呆然として台をはなれた」。

この世界、「賭け事」化しているのは経済ばかりではない。記憶に新しいのは、アメリカが1993年にイラクが「大量殺戮兵器」があるという見立てで、他国を誘って侵入をはかったが、根拠がはっきりしない「博打」のような侵攻であった。
戦争といえば、1983年アカデミ-賞映画「デアハンタ-」に描かれた「ロシアン・ルーレット」は、衝撃的であった。
アメリカの鉱山の町で働き休日には鹿追い(デア・ハンター)をする貧しい若者たちがベトナム戦争に送られる話である。
ベトナムでは鹿ではなく人間(ベトコン)を追いかけるのだが、ベトコンに捕まった者同士で「命のルーレット」つまりロシアン・ル-レットの賭けの対象になる。
互いにむかいあって自分でコメカミに銃をあててシリンダ-の穴の一つに弾をいれて回転させる。
どんなに親しい間柄であっても、いちはやい相手の死を望まないではいられないという残酷なゲ-ムであった。
周りで見つめる兵士達は、どちらかが死ぬまで「賭け」を続ける。
ベトナムを歩きまわったジャ-ナリストの本多勝一は、こんなロシアン・ル-レットをやっていたなんていう話聞いたことがないと、この映画は不真面目だと評していた。
つまりこの映画は事実に基づいていないということだ。事実を重んじるジャ-ナリストからすればそういう見方もできようが、フィクションだったとしても真実を凝縮したようなフィクションなら意味のあることだろう。
ロシアン・ル-レットとは実は、ジャングルの中で敵も見方もよく分からずに殺しあう南北のベトナム人同士の殺し合いを意味しているのではないか。
ゲ-ムの胴元は、「命のル-レット」から分け前をくすねているアメリカの産官複合体などを暗示しており、それをはやし立てる民衆の姿は、遠巻きにその利益のおこぼれにあずかっている人々という見方さえもできるからだ。
この映画の中で、ベトナムで傷を負い帰国して車イス生活となったアメリカ兵の一人にベトナムから大金が送られてきた。
そんな大金などありえないと訝しがった彼の心に、かつてのハンタ-の仲間の一人が自ら賭けの対象となって「命のゲ-ム」に参加しているということに思いが至る。
この映画では、死を賭して戦争という「命のゲーム」にはまった男達が、帰国すれば「貧しい家族」を養わねばならないという厳しい現実をも描いていた。

世界史の展開の中で、16世紀の宗教改革が、近代を特徴づける「個人主義」と「資本主義」を生んだことは、もっとも意外な展開なのではなかろうか。
アメリカにメイフラワー号で1620年に最初に集団で移民してきたピューリタンとは、ヨーロッパの宗教改革で生まれた「カルヴァン主義者」のことである。
カルヴァンの教えでは、蓄財を「神の救い」の確信を得る手段として肯定したために、ヨーロッパで勃興する商工業者に広く受け入れられた。
カトリック勢力やイギリス国教会はこれを弾圧したために、熱心なピューリタン達は自由をもとめて新大陸にやってきたのである。
基本的には、カトリックは「蓄財」を積極的には肯定しない。そんな財産があるなら教会に寄付したり、貧しいものに施せということになる。
このカルバン派の特徴は、信仰が「賭けごと」めいているのだ。
カルバン派では、誰が救われるか救われないかは、生まれる時点ですでに決まっているという教義(予定説)である。
ただ、誰が救われて、救われないかは、本人は知ることはできないので、信仰はある部分「賭け」の要素があるわけだ。
ところが、どうがんばっても自分が救われないというような「賭け」をする人は、まずカルバン派の信者になったりしない。
結果、カルバン派の信者は皆、自分は救われる存在であり、神の恵みは富の蓄積というカタチで顕れるならば、それに一生懸命に励もうということになる。
そして彼らは、質素と勤勉そして蓄財の成功により神の恵み、その究極にある「神の救い」を確証しようとする。
そこでで、資本主義の発達は、ピューリタンを含むプロテスタンティズムの信仰と関わりが深いと指摘したのはマックス・ウェーバーである。
そしてカルバンの「予定説」という言葉で連想するのが、「経済学の父」アダム・スミスの「予定調和説」である。
当然、カルヴァンからアダムスミスへと、何らかの思想的(信仰的)な影響を推測できるが、アダムスミスが生まれた地域というのが、カルバン派(長老派)が強い地域なのである。
アダム・スミスはスコットランド生まれで、もともとグラスゴー大学の「道徳」の教授であり、スミスが生んだ「古典派経済学」は、「神学理論」の延長として発生したのであり、「神のもと」にいかに社会全体の幸福を築くことができるかという問題意識から出発したものである。
カルヴァン流の「予定調和」にたったアダム・スミスの思想には、個人の自由な経済活動とは神の導きによるものであり、個人は営利活動にさえ専念していればいいという考え方に落ち着く。
予定調和説は、各人が自己の利益を追求しているにもかかわらす、彼らは自分の意図と離れて”見えざる手”に導かれて社会全体の福利を増すことになるというもの。
アダムスミスが影響を受けたと思われるカルヴァンの「予定説」は一見奇妙な教義だが、ハマッタ人にとっては「選民意識」をくすぐられるのではないか、と思う。
アダムスミスの個人の利己心の追及が社会全体の福利につながるという「予定調和説」のなかでいうところの利己心には、経済動機のことノミを考えがちだが、そこには「救いの確信」を得たいという余韻が残っていたにちがいない。
だからこそ、唐突にも「予定調和」という神学的世界観が登場するのではなかろうか。
ところでトランプ大統領は、支持層としてユダヤ教徒やキリスト教福音派が喧伝されているが、トランプ自身の信仰は、スコットランドから米国へ来た「プレスビテリアン」つまりカルヴァン派の一派「長老派」なのだ。
スコットランドで発達した「プレスビテリアン」は経験豊かな長老に教会運営を任せる制度があり、他のピューリタン(清教徒)と一線を画している。
なにしろ、「生まれる前から」神様に選ばれていると考えているので、自分の決めたことは無理にでも通し、しかも打たれ強い。
他にアメリカ大統領でプレスビテリアンだったのは、国際連盟の設立に固執したウッドロー・ウィルソン、とノルマンディー上陸作戦の指揮官でドワイト・アイゼンハワーである。
カルヴァン派は、「救い」の証拠たる財産を浪費したくないのか、生活は質素で倹約的である。
だが「蓄財」こそが「救済」の予定(保障)なのだとしたら、逆に「富の喪失」はただ単に財産を失うこと以上の意味があるのかもしれない。
1930年代の初頭、アメリカで大恐慌がおきた時、ウオール街で多くの自殺者がでた。
キリスト教は自らの命を絶つことは罪深いことだと意識されているはずなのに。
それは単に財産を失ったということではなく、自分には神の選びはなかったという絶望感ではなかったろうか。
カルバンの「予定説」やアダムスミスの「予定調和」の「予定」とは、神によってあらかじめ定められたという意味である。
ここで、仮にアダム・スミスのいう利己心が自身の救いの保証を求める思いと関係するなら、教会とは離れた「個人主義」の発端を見出すことができる。
ところが「蓄財=救い」という信仰の要素が消失すれば、個人の「利己心」は、単なる「マネー動機」であり、その経済行為はマネーゲームでしかなくなる。
また、それがいかに「予定調和」とかけ離れているかは、最近「パナマ文書」で白日の下にさらされた、政治家や富裕者の「税金逃れ」の実態がよく表している。
金融工学といわれる現代の錬金術で生み出された資金が、ネット上の操作で瞬時に世界を駆け巡る様は「カジノ資本主義」ともいわれる所以である。

さてカルヴァンの教えの特徴は、人は「誰が選らばれているか」わからない。信者は自分が選ばれている人間かどうか、何の証拠もない。
少しでも自分が選ばれた人間である手がかりが欲しい。
そこで「蓄積」したした富でその「証拠」を掴みなさいというわけである。
こんな「奇怪」な考え方が、ナゼ多くの商工業者に受け入れられたのだろうか。
しかしヨクヨク人間心理を考えてみると、カルヴァンに「誰が救われるかはわからない」と言われた時、ホトンドの人は自分が救われない人とは思わない。
人間というものは地震や津波が起こっても自分だけは救われると思う生き物なので、「他の全部が地獄に堕ちても私だけは神に選ばれている」と考える者なのである。
カルヴァンのキリスト教の教義に「予定説」があるが、経済学の父アダムスミスにも「予定調和説」というのがある。
アダムスミスは、利潤を追求する利己心が神の「見えざる手」すなわち「市場原理」に導かれて「社会調和」を生むとした。
カルヴァンとアダムスミスに、何らかの思想的な繋がりはないかと調べてみると、大有りだった。
アダム・スミスはスコットランド生まれで、もともとグラスゴー大学の「道徳」の教授であり、スミスが生んだ「古典派経済学」は、「神学理論」の延長として発生したのであり、「神のもと」にいかに社会全体の幸福を築くことができるかという問題意識から出発したものである。
それは日本の「経済」という言葉が「経世済民」(世を経て民を済う)の学として発生したことを連想させる。
日本では個人の営利活動は、「民を救う」ことと結びつけて考えられていた。
それに対してカルヴァン主義の場合には、自分自身のための利益追求という面がかなりハッキリ表面に出ている。
カルヴァン流の「予定調和」にたったアダム・スミスの思想には、個人の自由な経済活動そのものが自動的に「社会全体のため」になるという発想があり、結果として個人は営利活動にさえ専念していればいいという考え方に落ち着いてしまう。
しかしそれが神の「見えざる手」に導かれるというのは、カルヴァンの教義「神の救い」の確証を求めるという信仰が、たとえ利己心のように表れたとしても、そのの一部を形成しているからではなかろうか。
このような世界からもしも「神」なり「信仰」が消失すれば、個人の「利己心」は単なる「マネー動機」であり「貪り」といってよい世界に陥る。
この世界に「見えざる手」による導きなどアリウルのだろうか。
少なくとも、アダムスミスの時代におけるヨーロッパでの利潤追求とは、第一義的に「自分が神から救済されるため」であり、二義的には「社会全体のため」であった。
またアメリカに移住してきたピューリタン達の受け止め方はそうであったに違いない。
そういうレベルで、「自分のため」という目的と、「社会のため」という目的がかろうじて「共存」できたといえる。
ところが今のアメリカ社会では、神との関係が途切れた「個人」のみが残された結果、利潤追求第一主義に陥り、企業の永続性よりも、いかに短期的に利潤をあげるかが重視されるようになった。
少くとも、カルヴァンの教義に少しでも反応するのは、そういう人々だったにちがいない。
「自分は神に選ばれているに違いない」から一生懸命に勤勉によって「蓄財」に励んで「救い」の確信を得よう。
「職業」は神から与えられた使命であり、各々のがそうした職業意識でがんばるならば、「選ばれて」いるかどうかは「別として」その人は成功する可能性は高い。
そして結果が「財産」のカタチで少しでも表れたら自分は運がいいし、ヤッパリ自分を選んでくれた神様に自然に感謝を捧げる気持ちになる。
カルヴァンの「予定説」は一見「奇妙」な教義だが、ハマッタ人にとっては「エリート意識」をクスグラレルのではないか、と思う。
ただし、カルヴァン派は成功してお金をどんどん貯めるが、それで贅沢をしようとは全然考えない。
「救い」の証拠たる財産を失いたくないので、生活はとても質素で倹約的である。
そこで「予定説」の逆マワリを考えてみた。
蓄財こそが救済の保証というのだから、逆に富の喪失はただ単に財産を失うこと以上の意味があるのではなかろうか。
1930年代の初頭、アメリカで大恐慌がおきた時、ウオール街で多くの自殺者がでた。
キリスト教では自殺は「罪」であるのにもかかわらずである。
それは単に財産を失ったということではなく、自分には神の「選び」はなかったという絶望感ではなかったろうか。

負けを取り返そうと賭金を増やし、さらに大金を失うという、ほとんどのギャンブラーが陥る状態を描いてる。