利権のヤブと闇

この国では、社会を良くしようと様々な改革が行われるが、いつも中途で中身が骨抜きになっていくかんじがする。
少なからぬ政治家に、「良い意思」「良い心」はきっとあるハズなのに、ほとんど「良い実」は実らないようだ。
「道路公団廃止」「天下り廃止」との意欲はあったが、「道路公団」は「独立行政法人」として姿を変えて存続し、「天下り」は「独立行政法人」誕生のもとでそのポストはむしろ増殖している。
「民主主義」の装をまといつつ、こうまで民意が阻まれるのは苛立たしい、というよりもかえって不思議にさえ思えてくる。
結局、「民意の木」は、利権のヤブの中マトモナな成長を見せることがないということなのだろうか。
「利権」というのは、通常庶民が与れるものではなくある特定の人々にのみアクセズできるもので、できるだけ表には見えない形で生きてる方が効果的である為、なかなかわかりにくい。
そして、勤勉で真面目に働く国民性と、そこから不相応に利益を得る支配層のイヤシサがこれほど鮮やかな対比を見せるの国は、民主主義国家の中ではあまり思いつかない。
ただし、勤勉で真面目な国民性もバブル期 以降かなり変質したようではある。
では、「民意の木」に覆いかぶさるヤブが、様々な利権の木から生じたものであるならば、日本人はいつからこうも利権に敏感なリザトサを養ったのだろうか。
それは戦後の混乱の中で立ち上がり、政と官と産が「一体化」して高度成長を果たしてきたこと、長期の安定保守政権がその背景にあり、「政・官・産(財)」による「鉄の三角形」ができたことによると思われる。
ところで、日本の伝統的なムラ社会(農村)では、コメという同じ作物を同じ農業技術でつくっているわけだから、生産に関わる労働投入量と収穫量の関係を表す「生産関数」は基本的に各戸同一であり、ムラの中で誰か一人が飛び抜けて「蓄積」があるということは不可能である。
もしそうであるならば詐取が疑われる。
逆に極度に低い蓄積しかない家は、特殊な事情がないかぎり「勤勉さ」に欠けたということを表すことになり、その点でも勤勉さへのインセンティブが作用する。
日本では人権思想が育たなくとも、こうして生産と労働の現場で「平等社会」が基本であることが人々の意識の中に根ざしていったに違いない。
ところが戦後、同じ生産関数を元に生きてきた人間が、政治家や官僚となって支配層を形成するや、他人の金(税金)をうまく使って利益を得られるという「ウマミ」を知るようになる。
もちろん江戸時代にも様々な「ウマミ」を得る者達がいたのは確かで、今日のゼネコンになぞらえて言えば、幕府や藩から工事を請け負い大工や左官などを手配する「口入れ屋」などもそういう系統に属する人々であったといえる。
また「口入れ屋」は今で言う人材派遣業やアウトソーシング業の先駆けともいえる。
明治期にも「政商」が後に大財閥を形成し、大地主と政治家、財閥、軍部が結びついて帝国の支配層を形成していたのは確かであるが、敗戦後の「経済民主化」をもってしてもなお、政治家・官僚・財界は、利権の「束寄せ」のような姿で、新・支配層を形成した。
財界からの政治献金や官界からの天下りの受け入れ、官による裁量行政等によって、他人の金を上手に回しつつ利得を得て行くことが「システム化」したということである。
高度経済成長の時代に、先祖伝来の土地で細々と働くことで生計を立てた農民の姿は視界にさえあまり映らなくなったが、産業の高度化の中にあっても少なくとも「ムラ」の意識、あるいは農民のメンタリティーは色濃く残っていたような気がする。
そしてそれはニクソンショック(1971年)や石油ショック(1973年)を乗り切った日本人の「足腰の強さ」となって現われたのかもしれない。
振り返ってみれば、それは農民のネバリ強さとか、状況に応じた臨機応変な工夫や倹約の精神が生んだものだと思う。
私が30歳になった頃、東京・丸の内ビルの地下を歩いていたところ、50代ぐらいの中間管理職的サラリーマンが昼休みに、NHKテレビ「おしん」を見るために集まっていた場面が今でも強烈に心に残っている。

1980年代、日本人はエコノミック・アニマルと世界から批判されたが、それでも「農民の心」「ムラの心」を失っていなかったような気がする。
しかし1980年代半ばの「バブル」以降は、日本人のそうしたメンタリティーを大幅に変容させる出来事ではなかったかと思う。
つまりバブルで「禁断の実」を食べてしまったのか、真面目に地道にやることがドンクサイみたいな風潮も生まれた。
先祖伝来の土地を守ってきた日本人が、利得の為だけに土地を転売したりコロガしたりするようになった。
そしてさらに重大なことは、バブル期には「鉄の三角形」に「新たなクサビ」が打ち込まれ「鉄の四角形」が形成されることになったことである。
父ブッシュ大統領が対日政策引き継ぎのためにクリントン政権から手渡された「ジャパン・ぺーパー」には「日本は自力再建できない」と書かれていたという。
バブル以降、日本で大胆な舵とリ、社会の変革などは、「黒船」でも登場しないかぎり、内発的には不可能な社会であると、アメリカのレポートがそういっているのである。
この場合の「黒船」とは、財政破綻→IMFによる財政管理→公務員人員の大幅削減などが考えられる。
最近、判りにくい世の中のことは、大概「利権X」「利権Y」「利権Z」と代入すれば、解けることが多いことがようやく判りはじめた。
さらに、利権の一つには、必ず政治家の「選挙における票」を入れることを忘れてはならない。
なぜ「熊の数より人口が少ない地方」で高速道路がつくられるか、なぜ瀬戸内海に三つも橋がかかるのか、なぜリニア鉄道の路線案が屈曲するのか、なぜ水を貯めるだけのダムが存在するのか、なぜ誰も使わない市民ホールや野菜を運ぶだけの地方空港が存在するのか、こうした状況に利権X、利権Y、利権Zを代入することによって方程式はスマートに解ける。
そうしてこうした利権のヤブが民意の木が育つのを防ぐのである。
自民党総合農政調査会の国会議員らが民主党のマニフェスト(政権公約)に「米国と自由貿易協定(FTA)を締結」とあることに「日本の農業を崩壊に導くもので断固反対する」との声明を発表した。
FTA締結は「米国から膨大な農産物の輸入が見込まれ、国内農産物の市場を奪い、数兆円規模の影響が出る」としている。
しかし自民党はFTA締結が日本国内農業の崩壊を起こすから問題なのではなく、本音は農水族と農協の利権構造を壊すから問題視しているだけである。
確かに自由化すれば海外から農産物が流れてくる可能性はある。
他方、日本は減反政策さえ止めれば米をもっと作れる能力があり、しかも世界では食糧が不足しているのだから、米を筆頭に国内農産物を海外で売ることができるチャンスなのだ。
つまり日本の農業に新しい時代が切り開かれる可能性が大きいのである。
もちろん高い価格のままでは難しいので米価が安くなるように「減反政策」を廃止し、大規模農業化への道筋を作り、消費者が安く米を手に入れられるような施策が求められる。
その上で民主党の主張する「戸別所得補償制度」で生産者をある程度守ってあげるのが皆が幸せになれる道筋のように思う。
結局、自民党の族議員は、農協の利権(およびその票)を守るためにFTA反対をし、国民が不利益を被っているのである。
また、世界に食糧を売ることができるチャンスがあるのに、そのメを潰そうとしているのだ。
つまりここでも、国民の利益は阻まれ、利権に群がる人々に落とされていく仕組みを頑強に維持しようというわけだ。
先ほど、バブル期には「鉄の三角形」に新たなクサビが打ち込まれたといったが、そのクサビとはバブルで浸透力を強めたアンダ-グラウンド(UG)のクサビである。
昭和から平成へのバブルは多くの銀行員や証券マンを裏社会に送り込んだ。
現代のUGは大企業大産業で、そこで働く人は登録UGが十万人くらいならその周辺含めれば数十万から百万弱の人間が関わっている。
このUGの絡みのヤブを綺麗にできなければ、「民意の木」は絶対に育たない。
つまり政治家は、命をはる覚悟でやらないかぎり、本当の「改革」はできないということである。
今日、「桜田門外の変」で暗殺された井伊直弼が脚光を浴びているのは、彼の功罪が色々あれど、そういう「命がけ」のリーダーに対する密かな「待望論」ではないだろうか。
今の時代、「血盟団事件」などテロが連続した1930年代初期と案外似ているのに、このUG絡みの暗部はマスコミさえ怖くて表に出せないでいる。だから国民は本当のことをほとんど知らない。
2000年以降、日債銀社長の変死など様々な事件が起きたが、遺書を思わせる「走り書き」したメモが見つかったなどという報道がでたら、まずアヤシイと思っていい。
遺書を無理やり書かせられている可能性が高い。
2002年10月、民主党の国会議員が駐車場で借金のウラミをもとで刺殺されたという事件がおきた。
つまり事件は私怨で処理されたが、実はこの国会議員は、当時タブーに近かった利権構造にメスをいれようとしていた矢先だった。
政界ではウスウス知っていてもいわない、マスコミは「弱み」を握られているか「報復」がこわくて言えないという背景があり、本当の「闇」は見えてこないのだ。
実はこの議員、現在「仕分け」の対象となりつつある「特別会計」が育んだ利権の問題にも切り込もうとしたともいわれている。
主に農林省、国土交通省の「裁量」で各地方に配分されているものだ。
毎年一般会計予算成立は報道されるが、「特別会計」は使途特定税の会計で一般会計の数倍の規模をもつにもかかわらず、あまり報道されない。
必要性も将来性も吟味されていない港湾計画や道路建設計画などの計画経済が何十年先まで組まれているのである。まるで旧社会主義国家の「○カ年計画」のようである。
国家財政は「再分配機能」を有するが、一部の国家に寄生する人々にに過剰配分されているという現状がある。彼らは「特別会計」の下で何らかの形で国家に関わり、中身の伴わない特殊法人という名の「虚業」で喰っている。
ところでネットで「利権」というものを調べたら色々と存在するものである。
道路とか建設、農業利権はいうにおよばず、教科書利権、福祉利権、環境利権、ニート利権、つまり国の予算がつくところに「蜜」を求めて政治家や官僚だけでなくUGも触手を伸ばすのである。
ODA(政府開発援助)など美名の下で「利権」が存在し、独裁政権を維持させるなど、「悪魔は天使に擬装する」をジでいっているものまである。
心をいれかえ、利権離れをしようにもグルでやった連中とのコラボをこわし、「埋めるぞ」「浮かすぞ」といわれれば、地獄の底まで道連れで行くほかはない。
日本で不良債権問題がなかなか整理がつかないのも、結局不良債権がUG問題に他ならず、必要以上のことをすると、日債銀社長のように「変死」させられるわけである。
最近、経済界の会社幹部が不審死している事件が相次いでいるのに、真相は明らかにされず闇のままに葬り去られるケースがなり多く、彼らは「闇」の力を誇示する「スケープ・ゴ-ト」になった感さえある。
要するに日本は学校で教える「鉄の三角形」に「UG」を加えなければ、バブル以降の日本の実態はよく理解できないということである。
日本ではアタリマエになってしまているが、法治国家としてはあまりにも「非合法」がまかり通っている。風俗業やパチンコ業界などよくよく詰めれば「非合法」色が強いものがあるが、「UG」の資金源になっているせいか、誰も手を入れようとはしない。
それどころか、日本の巨大産業であるパチンコ業界は警察官僚の「天下り」先となってきていることだ。
しかも、全国各管区警察局長ごとに天下りの縄張りが決められているようだ。
しかもパチンコ業界の利益は、かなり北朝鮮に流れており、もし北朝鮮政権が崩壊して過去の日本の政権とのつながりを示す資料が次々と公開されたら困るので、自民党は北朝鮮王朝の崩壊を望んでいないかもしれない。

ある外国人記者は、日本を「泥棒国家」(クレプト・クラシー)とよんだ。
もちろん、アメリカにもイタリアにもロシアにも裏社会の強固なネットワークがあるが、日本の最大の問題は、それに官僚や政治家もかんでいること、そして、裏社会の利権が巨大かつ強固なことであり、それが船体にこびりついた岩礁のように社会全体を身動きできなくしている点である。
日本の不良債権の約3分の1がヤクザ絡みで、公共事業の30%-50%にUGが関係しており、その建設費の2%~5%がUGへ支払われ、さらにその一部が政治家にキックバックしているという。
バブル崩壊後の不良債権総額200兆円のうち、60兆円がヤクザ絡みといわれ、「ヤクザ・リセッション」とよばれるほどなのだ。
政治家とUGの関わりについて、関西空港の建設についてみてみたい。
国の予算は、厳しい審査が入るが、国からの借金には審査がないのである。
第一のポイントは、関空は、郵便貯金などの国の借金でつくったということである。
まず最初に埋め立て用の土をとるために、自民党の政治家が淡路島や和歌山の土地を二束三文で買い取った。
そしてUGのY組のダンプカーで土を運んで儲け、さらに船で運ぶと船会社を潤し、それらの儲けは政治家の方へちゃんとキックバックがいくようになっていた。
日本国内では気がつかないが、最近、日本の「裏社会特集」を組む海外のメディアも結構多いようである。
前述の「ジャパン・ぺーパー」の警告の中には、日本は「やくざが表社会に入りこんでいる」「組織暴カシンジケートにコネを持つ政治家がいる」「裏杜会に取り込まれている官僚もいる」などと警告を発した。
その上で、組繊暴力団のフロント企業の関与で処理、流動化できない金融機関の不良資産の問題に本腰を入れて取り組む政治家、官僚はまずいない、とまで言いきっている。

作家の大江健三郎は四国で林業を営む家に生まれたが、祖母から人間にはそれぞれ「自分の木」があってその木の根元から魂が発して宿り、死んだらその木の根元に魂が環るという話を聞いて育った。
ちなみに大江氏の家は谷間にあり、木々は上の方に茂っていた。そしてその木々は、魂がまた別の肉体に「新しい人」になっていくという命のメタファ-である。
それでいくと今日の庶民達は、急斜面に居を構え、上の方の「利権の木」の根っこから継続的に金を吸い取られているようなイメージさえ浮かんでくる。
民意の木はヤブに阻まれて陽が当らずにいつまでたっても育たない。木は枯れそのうち地滑りさえ起きそうな気配である。
利権の木は一つ倒しても、吸い上げた養分で別の新しい利権の木を育てていくので、ヤブは深さを増すのみである。
特にUGがらみの利権の根っこがこうも複雑にからんでいては、森の住民達は、その視界さえ「暗いMAX」ということでしょう。