目指すは「非上場化」

最近、株式市場およびその周辺で、つぎつぎに新用語が生まれている。
「モノ言う株主」は「アクティビスト」、「敵対的買収」は「同意なき買収」と一般的によばれるようになり、スタートアップ企業の中には「ユニコーン企業」とよばれている存在もある。
さらに近年では、「非上場企業」への注目が集まっている。「非上場企業」といえば日本の中小企業と相場がきまっていたが、大手企業でも「非上場」をめざす企業が増加しているのだ。
近代の資本主義社会の「所有と経営の分離」という原理の「逆」をいくながれということもできる。
経済学の理論では、企業は「利潤最大化」が行動原理であるが、「企業価値最大化」も視野に入れなければならなくなった。
さて「非上場企業」が注目される背景のひとつには、「ユニコーン企業」の増加がある。
ユニコーンは「一角獣」を意味し、未上場のスタートアップ企業であり、評価額10億ドル以上が目安とされている。
現在、日本では500社を超えると言われており、投資家の注目を集めるようになっている。
とはいっても「社会的信用」を比べた場合、上場企業のほうが信用される。なぜなら、上場には証券取引所の審査が必要なためで、売上などさまざまな観点から審査を受け、上場基準を満たす企業として、「社会的信用」が高まるからだ。
一方、「非上場企業」は、事業に株主の意向を反映させる必要がないため、新しいことに挑戦しやすいメリットがある。
上場企業の場合、証券取引所に公開するため、一般の投資家と株式売買が可能だが、非上場企業の場合、資金調達が難しくなる。非上場が株式を売買するためには、自社で買い手を探す必要があるためである。
最近TVで“日本最速”でユニコーン企業の仲間入りした企業の紹介があった。
その「Sakana AI」という会社は の創業者3人は丸の内にオフィスを構え、10坪ほどの会議室のような部屋に社員22人が働くが、半数は日本人で全員が名の知れたトップエンジニアなのだという。
「Sakana AI」の前例のない技術は、金融機関のビジネスモデルを大きく変える可能性があるのだという。
国内大手10社の大手企業(MUFJ KDDI NEC SBI NOMURA IZUHO ITOCHU FUJITU SBI MUFG SMBC)が総額100億円の投資を決めているという。
「Sakana AI」の創業者は、AI研究者のライオン・ジョーンズCTO、デイビッド・ハCEO、そして、数々のIT企業で役員を務めた伊藤錬COOの3人で、2023年7月に創業した。
その投資の熱は、海を越え、アメリカでも。今年、時価総額世界1位にもなった半導体企業「NVIDIA」が9月、「Sakana AI」の大株主になり、世界中から集まった投資総額は約300億円にものぼえる。
なぜ、創業1年ほどの日本の会社が、ここまで注目されるのか。
デイビッド・ハCEOは魚数匹をあしらったロゴについてふれ、「私たちのロゴを見ると、群れから離れて泳ぐ赤い魚が一匹描かれているが、これは私たちの会社が時には主流とは異なることをやろうとしていること表している」と語った。
この集団を率いるのがライオン・ジョーンズCTO。かつて生成AIを飛躍的に進化させた『トランスフォーマー(Transformer)』という仕組みを開発した“スター研究者”である。
チャットGPTの“T”も『トランスフォーマー』から来ている。
ジョーンズCTOによると、「大企業を見てみると、彼らはいまAIをスケールアップすることだけに完全に気を取られている。しかし、私たちはその競争には加わりたくない」という。
現在、生成AI企業の多くは、高価な半導体を大量に購入し、膨大な学習データを使って開発競争を繰り広げている。
一方、「Sakana AI」は、1つのAIを巨大にする方法ではなく、小さくても複数のAIを、つなぎ合わせることで、高性能なAIを作るという新しい技術を提案している。
まるで“小さな魚”が群れを成し、一匹の“大きな魚”になるかのように。
また、現在のAI開発は、膨大な電力を消費してしまうという問題が起きていて、「Sakana AI」の“新技術”は、それを解決しうると名だたる世界企業が期待し、投資をしている。
世界が期待する「Sakana AI」の新技術は、すでに「研究現場」で使われていた。
慶應義塾大学環境情報学部の村松亮教授は、「人手が足りないっていうのは、結構、研究の領域でも広くあった。そういったあたりを助けてくれるいい仲間」と語る。
このAIは、言語の理解、論文の作成、査読という作業を、AIが連携して担当することで、人間の力を借りずに、新たな研究論文を書くことができる。
つまり、“人間の究極の知的行為”ともいえる“研究”そのものを、AIがしてしまうというのである。
村松教授は、「全然、専門じゃない分野とかの知識も持ってきて、いろいろと提案してくれるので、僕じゃできなかった部分かもしれない」と加えた。
さらに、「Sakana AI」は、今後、米中で二極化しつつあるAIの世界の構図を日本から変えていきたいというねらいもあるという。
では、そもそもなぜ日本を選ぶのかだが、日本はデジタル化がすすんでおらず、それだけ伸びしろがあるという。
また集まってきたエンジニアが日本の文化が好き、日本のゲームをやって大きくなった。
そういう日本好きのエンジニア1000人以上から応募がきているという。

今日「非上場化」をめざす企業が増えている理由が、「アクティヴィスト」(モノ言う株主)の存在があげられる。
もっとも、いくつものビジネスを抱えながら、アクティビストの要求をはねつけて結果を出している企業もある。
ソニーグループは、旧ソニー時代の13年に米投資ファンドから映画や音楽事業の切り離しを求められたが拒否。
一時は最終赤字に陥りながらも立て直し、22年3月期には営業利益を初の一兆円台にのせた。
さて、 企業側がアクティビストを排除するため「TOBによる非上場化」を行うケースが多く見られるようになった。
TOB(Take Over Bid)とは、上場企業が発行する株式を、買い取る価格や株数を契約により決定することで、「市場外」で買い付けること。
「友好的TOB」と「敵対的TOB」があり、「敵対的TOB」では、一般的に株式の買付額を市場価格より高く設定することとなる。
株主としては、保有株式を「高値」で売却する絶好のチャンスである。
我々のほうがもっとうまくやれるという新たな陣営に、高値で株を売るかそのまま株式を売らずに保有するか、どちらに賭けるを”意思表明”するということになる。
さて株主は、一定割合以上の株式を保有することで、経営に関する様々な権利を得られる。
たとえば、保有株式が全体の「3分の1」を超えると、「株主総会特別決議」の単独否決を行使できる。「特別決議」とは、定款の変更、事業譲渡、合併や分社化などの組織再編に関わる事柄である。
また保有株式が全体の「2分の1」を超えると、「株主総会普通決議」の単独可決ができる。
取締役の選任と解任、監査役の選任など、会社の「意思決定」に対して直接的に介入できるようになる。
さらに保有株式が全体の「3分の2」を超えると株主総会特別決議の単独可決ができ、これによって買収企業を「子会社化」するという意味でもある。
友好的TOBは双方の合意がある状態に対し、敵対的TOBは合意がなく、一方的に買収を仕掛けて株式の大量取得を目指す。
この場合は買収対象となった企業が買収防衛策で対抗し、金融機関や他の株主など「第三者」も巻き込んだ熾烈な戦いになるケースもある。
株主たちは保有する株数に従って「議決権」を持つが、必ずしも自分で行使する必要はない。株主自身が議決権を行使しないときには、代理人に委任状を渡して、議決権の行使を委任することができる。
なお、委任状は、株主総会の開催を知らせる封書の中に入っていることがある。委任状を使わずに株主総会に出席するか、委任状を使って然るべき人に議決権の行使を委ねるか選択する。
委任状の仕組みを活用すると、会社の経営に関わる問題に対して、株主個人の意見を通すことができる。
例えば、株主総会で重要な決定がなされるためには、議決権の過半数あるいは3分の2以上を集めなくてはいけない。
株主Aが自分の意見を株主総会で反映させたいときは、できるだけ多くのほかの株主から「私はAを代理人として定め、以下の権利の行使を委任します」などとAを代理人として定めたことが分かる委任状を受け取る。
全議決権の過半数あるいは3分の2以上を集めることに成功すれば、会社経営に不満を持つ際にも、自分の望む方向に株主総会を進めていける。
地道に株主たちから委任状を集めて、過半数あるいは3分の2以上の議決権を確保することもできるが、小口の株主から委任状を集めていては、充分数の議決権を確保するのに膨大な時間がかかってしまう。
そのため、まずは多数の議決権を有する大株主をターゲットとして委任状の争奪戦が起こる。
大株主を多く味方につけることができれば、多くの議決権を確保し、株主総会での決定を思い通りに動かすことも夢ではなくなる。
「友好的TOB」は当事者から事前に合意を取得しているので、買収に必要な協力体制を構築しやすい。
そのため、買付価格を釣り上げる必要もない。
ただし既存の株主にとっては、買付価格が市場価格よりも安くなるケースもあるので、不満が生まれることがある。
とはいえ買い手側と売り手側の利害は、基本的に一致しているので、買収前後で売り手側が従業員に対してネガティブ・キャンペーンを行ったり、競合他社にノウハウを流出したりするような報復的な措置を取ることはない。
一方、「敵対的買収」に対しては防衛策を講じる必要があり、金融機関や取引先などによる株式の持ち合いや、株主への利益の還元が有効である。
また、買収後の対策としては、新株発行で相手の株式保有割合を下げて買収コストを高める「ポイズンピル」の他に、収益性のある事業・価値の高い資産を売却し、相手の買収意欲を削ぐ「クラウンジュエル(焦土作戦)」、好的関係にある第三者に大量に株式を取得してもらう「ホワイトナイト(白馬の騎士)」などがある。
まだ記憶に新しいのはフジテレビ争奪戦で堀江貴文は、北尾吉孝が「ホワイトナイト」をかってでたことで、フジテレビの奪取を断念している。
また、「非上場化」の手段として増えているのが、経営陣が株式を他の株主から買い取るMBO(マネージメント・バイ・アウト)である。
上場企業の経営陣といえども、自己資金だけで買収できる人はほとんどいない。
そこで買収する自社の資産を担保にして、金融機関や「投資ファンド」から資金を調達して株式を買う。
具体的には経営陣と金融機関、投資ファンドがMBOを行う「新会社」を設立し、その会社が既存の株主から株式を買い取り、最終的に「非上場化」する。
会社に出資をする人と経営する人が同一になるため、経営者の意向を反映させやすいというメリットがある。
もちろんMBOに協力した金融機関や投資ファンドの意向は配慮せざるを得ないが、そもそも同じ目標を事前に共有しているので、不特定多数の株主相手よりもよほど意思の疎通が図りやすい。
加えて、長く続く金融緩和は上場のメリットも薄くしている。
低金利が長期化し、銀行借り入れなど企業にとって株式上場以外の資金調達がしやすくなっている。
そうなると、あえて上場するのかという考えになってもおかしくない。

2023年に入り、日経平均が33年ぶりの高値を更新し、海外の機関投資家が日本株を大きく買い越している。
失われた30年の間に日本企業が利益率を改善させ、持合い株式の解消や社外役員の導入といったコーポレートガバナンスを強化しつつある。
そうした流れの中で、経済産業省が、当事者の「企業価値向上の観点」から望ましい買収が生じやすくすることを目的として、企業買収における行動指針を公表した。
特徴的なのは、買収対象となる会社の取締役会の同意を得ないで公開買付を行った場合の表現を、敵対的買収から「同意なき買収」と中立的なニュアンスに変えている点である。
この変更によって、企業価値向上の観点から望ましい場合には、指針案に則った形で買収手続きを進めていけば、たとえ「同意なき買収」であっても積極的に行って問題ないと経済産業省が「お墨付き」を与えたともいえる。
近年、海外の「ヘッジファンド」や「投資ファンド」が日本で動いた事例を2つ紹介したい。
まず香港系投資会社ヘッジファンド「オアシス・マネジメント」による東京ドームTOBが挙げられる。
東京ドームが2020年12月に都内で開いた臨時株主総会で、 大株主の「オアシス・マネジメント」が長岡勤社長らの解任を求めた株主提案が否決された。
オアシスは2020年1月時点で、東京ドーム株の約10%を保有しており、経営陣が非効率な運営を続け、オアシスが示す業務改善策についても対話を拒否していると主張した。
それに対し、東京ドーム側は、長岡氏ら3人は企業価値の向上などに貢献してきた経験や実績があり、解任した場合は価値を著しく損なうと反論した。
前述の「ホワイトナイト」として三井不動産が完全子会社化に向けたTOBを実施し、オアシスも応募する意向を示した。
三井不動産は2021年1月、東京ドームに対するTOBに85%分の応募があり、TOBが成立したと発表した。
三井不動産は手続きを経て東京ドームを完全子会社化し、その20%を読売新聞に売却し、共に再開発を進めることになった。
2004年、西武HDの前身の西武鉄道が有価証券報告書の虚偽記載で「上場廃止」に追い込まれたことは記憶にあたらしい。
その翌年、西武に支援の手をさしのべたのが「米投資ファンド」のサーベラス・グループであった。
サーベラスは2006年に約1000億円を出資、株式の約30%を保有する大株主となった。
西武鉄道とサーベラスは当初、ホテル事業の支援など経営面でも協力していたが、「再上場」の仕方などを巡ってすれ違いが生じ始める。
2013年にはサーベラスが西武HDに対しTOBを実施した。
その結果、目標には届かなかったものの、サーベラスによる株式保有比率は35%に高まり、サーベラスは株主としての影響力を高めた結果、西武HDに対しプロ野球球団の売却やローカル線の廃線などを求めた。
その後、西武HDの業績が回復するとともに対立は次第に弱まり、2014年に西武HDは「再上場」を果たす。
一方、サーベラスは段階的に保有株を売却し、2017年8月にサーベラス持分の西武HD株を全株売却することで長期保有に終止符を打った。
以上、海外のヘッジファンドや投資ファンドが日本の企業と対立しつつも、結果として「企業価値」を高めることになった事例といえよう。

日本市場の課題の一つは、PBR(株価純資産倍率)が1倍を割っている、つまり資本コストを上回る価値を生み出せていない企業が多いことだ。
東京証券取引所によると、東証株価指数(TOPIX)500構成銘柄のうち、PBR1倍割れの企業は43%にも上る。
M&Aは低PBR企業を淘汰し、強い企業群をつくるための有効な手段となる。だが日本企業による大型M&Aはこれまで海外企業を対象としたものが多く、国内産業の競争力強化に直結する国内企業同士の案件は多くなかった。
経済産業省は2023年8月、上場会社のM&A(合併・買収)に臨む企業がとるべき行動のガイドライン「企業買収における行動指針」を策定した。これを読み解くことが、「同意なき買収」を理解するカギとなる。