世界を最も救う技術が、世界を最も危機にさらす。これは普遍的な真理なのかもしれない。
産業革命以降の19世紀のヨーロッパでは人口が急増し、食糧生産に必要な肥料がとても不足していた。
植物の生長に必要な3要素として窒素、リン、カリウムが知られている。
中でも窒素はタンパク質の素となり、植物の根や葉や果実を大きく成長させるためになくてはならないものである。
窒素は空気中に大量にあるため不足することはないと思われがちだが、安定な窒素分子を植物がそのまま吸収することはできない。
アンモニウム塩や硝酸塩のような無機化合物に変換することではじめて肥料として利用することが可能になる。
しかし、窒素肥料を用意するのも簡単ではない。有機肥料を除けば、20世紀前半までは硝酸ナトリウム鉱石が窒素肥料として使用されていた。
しかし、限りある資源に生産を依存していては増え続ける人口を維持し続けることはできない。
そのような状況下でフリッツ・ハーバーによって発見され、カール・ボッシュによって工業化された「ハーバー・ボッシュ法」は「空気からパンを作りだす」と言われるほど画期的なものであった.
この反応法では窒素と水素から直接 アンモニアを作り出す。アンモニアは肥料の素となるので、肥料が容易に合成でき、安定的に食物を供給できるようになった人類は、爆発的に増加していく。
推計によると、過去100年間に生まれた全人類のうち約40億人が「ハーバー・ボッシュ法」による恩恵で産まれたとされている。
肥料や工業材料としてのアンモニアの需要は古くからあったが、問題はその供給源である。
天然鉱物由来の窒素源には限りがあることから、アンモニアを人工的に合成する方法の研究が始まる。.
最も身近な空気には8割近くも窒素が含まれているが、三重結合を持つ窒素分子は非常に安定であり、他の物質と反応することはほとんどない。
気体の窒素分子を反応させ窒素源として取り出すことを「窒素の固定化」とよび、20世紀初頭の化学における大きな課題であった。
1909年、ドイツの化学者フリッツ・ハーバーは、水素と窒素を用いて実験室スケールで アンモニアを合成するスキームを完成させる。
これはさらにカール・ボッシュによって産業スケールへと改良され、大規模なアンモニア合成への道が開かれた。
この「ハーバー・ボッシュ法」では、水素とコークスの反応(水性ガスシフト反応)から得た水素と液体空気から分別された窒素を用い、高温高圧かつ鉄系触媒の存在下でアンモニアを製造する。
フリッツハーバーとカールボッシュはそれぞれ1918年、1931年にノーベル化学賞を受賞している。
ちなみにボッシュが確立したアンモニア合成に必要な高圧高温設備の設計技術や製造技術は20世紀後半の「石油化学工業」の基礎にもなっている。
こうして肥料の世界需要に応えるべく急速にアンモニア製造量が増えていった反面、地球2個分もの窒素が作り出されているため窒素が循環しきれず、硝酸の状態で土壌や地下水に蓄積する「硝酸汚染」という問題が起きている。
現在、こうした「窒素循環の破綻」を解決すべく「プラズマ農法」というものが注目されている。
農業とプラズマが結びつくなど驚きだが、雷は自然界のプラズマの一種である。
古くからの言い伝えに「雷が多いと豊作になる」というものがあるが、科学的にも証明されつつある。
雷は稲妻ともいい、「稲」の「妻」と書く。雷が稲に実をつけてくれると考えられたことが語源といわれている。
奈良時代に編纂された「日本書紀」の中には、「雷電(イナツルヒ)」という記述がある。
稲と雷につながりがあることが古くから知られていたと考えられるという。
なぜ雷が豊作に結びつくのか。この謎を解くヒントがプラズマである。
プラズマとは、気体に熱や電気を加えたときに原子や分子の結びつきが弱くなり、電子とイオンに分離して自由に動き回る状態のこと。固体、液体、気体に次ぐ「物質の第4の状態」といわれる。
極めて多くのエネルギーを持つため、これを投射された対象に大量の熱エネルギーを与えることができる。
雷が豊作をもたらす仕組みはこう考えられている。まず、雲の中で氷の粒同士が摩擦によって電気を帯びて、プラスとマイナスの電気の偏りができて、地上では偏りができ、地上ではプラスの電気が集まる。
雲の中の電気エネルギーがたまって、飛び出した電子が空気中の酸素分子や窒素分子がぶつかる。
すると、分子から電子が飛び出して、電子とイオンに分かれて「プラズマ状態」になる。
「プラズマ農法」では雷がイレギュラーに起こす現象を”人工的”に発生させ、高電圧で空中放電を起こすことで、酸素や窒素は反応しやすい状態になり、結びついて「窒素化合物」となる。
窒素が水と反応することで、「アンモニア」や「硝酸」ができ、空気中の窒素を植物が利用できる形に固定して肥料にしたり、有害菌の殺菌のほか、種子や胞子を刺激して成長まで促したりする。
「プラズマ農法」は、「持続可能な農業生産」の実現のカギになるとして注目されている。
九州大学の古関一憲教授は、人工的に作ったプラズマを肥料として活用しようと研究する。
プラズマによる窒素肥料の作出に必要なのは、空気と少量の水、電気のみ。太陽光発電を使えばCO2を出さずに済むため、多くの研究者が注目している分野になっている。
またプラズマは、室温の環境で活性の高い化学反応を起こす反応場であるという特徴がある。
室温レベルで発生可能な低温プラズマは、空気中の窒素ガスを活性化し、酸素や水分子との反応によりアンモニアや硝酸を生成する。
アンモニアも硝酸も窒素肥料の成分なので、植物の栄養素になることができる。
このプラズマ照射した窒素肥料を用いて作物を育てると、そうでない肥料で育てた作物に比べ、収穫量が増えることがわかっている。
プラズマを照射した腐葉土でカイワレダイコンやトマトを育てると、化学肥料と同程度、発芽が早くなり、「化学肥料を使わない農業」の実現につながる。
これは、作物のポテンシャルを引き出そうとすることで、プラズマの効果を知ると、プラズマが生命の本質に何か関係しているのではという気がしてくる。
世界で最初の「火薬」は中国で発明された。その火薬は「黒色火薬」で、木炭の紛(炭素)とイオウと硝酸カリウムの混合物である。
硝酸カリウムは硝酸塩の一種であり、天然には「硝石」として産出する。
さてハーバー・ボッシュ法によって「窒素の固定化」法が確立されるまでは、洞窟の壁面に堆積した結晶から、または有機物を分解・乾燥することによって得ていた。
具体的にいうと、硝石を作るためには藁に繰り返し尿(アンモニア)をかけ、尿でぐだぐたになった藁を鍋にいれてグツグツと煮て濃縮し、硝石を結晶化していた。
おしっこの尿素を土中の硝酸菌で「硝酸」として、それと藁の中のカリウムを反応させて「硝酸カリウム」にしていたのである。
当然ながらこの作業中に出る匂いはすさまじいもので、ルイ王朝ではこの係の役人には特別な俸給を出していたという説もある。
このため火薬は貴重品であり、どこの国でも保有量には限度があった。
裏を返せば、昔の戦争はある程度まで鉄砲を撃ちあったら自然と火薬がなくなり、戦争できなくなりあとは交渉次第となったのである。
しかし、ここで「ハーバー・ボッシュ法」の登場で、アンモニアの工業生産が確立し、さらにアンモニアと水素を反応させ、アンモニアを酸化することにより窒素を得る「オスとワルド法」も確立され、「硝酸の工業的生産ができるようになった。
これは火薬を無限に作ることができることを意味する。
第一次世界大戦でドイツ軍の使った火薬の大半は「ハーバーボッシュ法」によるものといってよい。またそれは第二次世界大戦が大規模化長期化した原因ともなっていく。
さて前述のハーパーが生まれた時代はビスマルクの統治下、ユダヤ人の両親のもとに生まれたハーバーは化学の道を志し、「反ユダヤ主義」の障壁にも負けず、もちまえの勤勉さでカールスルーエ大学に職を得る。
そして前述のごとく、合成肥料の元となるアンモニアの合成法を開発し、ドイツの「食糧危機」を救う一方、アンモニアは「火薬」の原料でもあった。
そればかりか、毒ガスの研究にも手をそめていった。
ハーパーは、自分の科学研究がどういう道を開いていくか、想像力に欠けていたのか、それともユダヤ人である自分がドイツ社会に受けいれられるために、何でもやろうとしたのだろうか。
ハーパーの妻クララも優秀な科学者であったが、夫のこうした研究に対して「自殺」というカタチで抗議を示している。
ドイツは第二次世界大戦では日本と同盟を組むが、ハーバーは日本への技術供与に貢献し、1926年には日独の文化交流機関「ベルリン日本研究所」を開設、初代所長に就任した。そして日本の星製薬の創業者・星一らとも技術的な交流をもった。
訪日時の講演で「美の繊細さが日本独自の独創的な文化だろう」と日本のすばらしさを世界に先んじて理解した人物でもあった。
ハーバーの最大の悲劇は、戦争を早く終わらせようと開発した「毒ガス」が多くのユダヤ人同胞を死に追いやったことだった。
もう一人ボッシあるュも、「高圧化学反応の開発」の功績でノーベル化学賞を受賞したものの、ヒトラーと反目し、酒浸りの生活だったという。
「ハーパーボッシュ法」によって飢えから救われた人と、この反応によって命を奪われ、肉親を奪われた人の多さをみると、科学がもたらす明と暗のコントラストを際立たせている。
2020年5月アメリカのホワイトハウス周辺で去年、高出力レーザーなど「指向性エネルギー」によるとみられる当局者に対する攻撃があり、連邦政府機関が捜査している報じた。
CNNによりると、「指向性エネルギー」によるとみられる攻撃は、ホワイトハウスの南側にある広場周辺で起き、NSC(国家安全保障会議)の当局者1人が不調を訴えた。
何が起きたのか詳しいことは分かっていないが、アメリカ議会に報告した国防当局者は、ロシアが関与した可能性があるとの見方を示した。
「指向性エネルギー」とは、「電磁波エネルギーなどを集中してビーム状の高出力なエネルギーに変えたものとされ、高出力のレーザーやマイクロ波が該当するとされる。
思い浮かぶのは「レーザー兵器」といわれるものだが、ロケットや砲弾ではなくエネルギーそのものを目標物に志向させる兵器である。
この指向性エネルギーにはどんなものがあるかというと、大別して電磁波、素粒子、音波があり、その中で電磁波エネルギーを発射するものがレーザー砲である。
レーザー光は太陽光のように拡散している間は特定の物体に強い干渉を与えないが、それを集めて高出力にするとレーザー光線となり、さらにそのエネルギーを凝縮したものがレーザー砲となる。
またかなり前、ゴール直前の競走馬に超音波を発して馬の走行を妨害した事件が起きたことを記憶している。
エネルギーを直接ぶつける攻撃は、攻撃者が何者かわかりにくい。
SFの世界で「プラズマ兵器」という言葉を聞いたことがあるが、我々にとって身近な「蛍光灯」はプラズマの原理が使われている。
内部に水銀ガスが入っており、フィラメントから発生した電子が水銀原子に衝突して電離し、プラズマが生成される。
水銀原子と電子の衝突により、励起状態に遷移した水銀原子が余分なエネルギーを光として放出することで蛍光灯が発光する。
そしてプラズマ状態にあるのは太陽で、自然現象としてはオーロラがそれにあたる。
1989年3月、巨大な太陽フレアが発生。カナダ・ケベック州では、およそ9時間停電し、600万人が影響を受けた。
このとき太陽では電気を帯びた粒子の塊「プラズマ」が発生していた。
ふだんの地球は、周りを取り巻く磁場に守られ、「プラズマ」をはねのけているが、時々、プラズマは北極などの極地に入り込み、「オーロラ」を発生させたりもする。
ところが、フレアの規模が大きいと、緯度が低い地域でもオーロラが現れ、この現象は「磁気嵐」と呼ばれている。
さて「太陽フレア」によって地球にどんな影響を受けるのか、主に3つが心配されている。
ひとつが停電、通信障害、人工衛星への影響で、こうした被害は、これまでにも発生している。
1989年の太陽フレアでは、アメリカ・ニュージャージー州で変電所が破壊され、変圧器に過剰な電流が流れ、ショートしてしまった。
また、太陽フレアによってGPSなどの測位衛星からの電波にズレが生じ、カーナビやスマートフォンの位置情報などが正しく機能しなくなることが考えられている。
その範囲は広く、例えば、東京上空30キロで、範囲は半径およそ600キロに及び、ほぼ本州の全域で停電が発生するといわれている。
現在、核兵器の使用の可能性が高まっていわれるが、環境破壊の影響を受けることや、占領を意図する地域に使ったとしても、死の灰や放射能の問題からも長期間その地域にはいることはできない。
実際は核兵器は使えないというのが実情で、はやくも1950年代から「プラズマ兵器」の開発が始まっている。
上述のように「プラズマ状態」とは高度に電離した正しイオンと電子が混在しガス状になった状態で、要するに原子と電子をばらばらにさせればプラズマ状態になる。
「ポスト核兵器」としてのプラズマ兵器は、そのような状態にいかにしてもっていくか、かつそれをいかに制御していくかがポイントである。
これを主導したのがエドワード・テラーである。
「マンハッタン計画」を指揮したオッペンハイマーが赤狩りで公職追放になった後は、エドワードテラーが「新兵器開発」のキーパーソンとなる。
彼は「水爆の父」ともよばれたが、「レッドライト・プロジェクト」が始まった。
レッドライトはプラズマを意味し、「プラズマの発生と兵器化」の研究がなされた。
プラズマは紫外線や放射線を出し人体に影響があるため、実験段階で体に人体に異常が起きることが頻発した。
実は、原爆も核分裂によるプラズマ現象なのだが、放射能を発する核分裂をせずに「プラズマ現象」を引き起こすにはどうすればいいかという研究なのである。
冷戦時代の様々な核制限交渉なされたが、アメリカはその裏で「ポスト核兵器」を開発してきたのだ。
その技術はは指向性のあるγ線やX線などのマイクロウエイブを三次元空間で交差させてミクロン単位に生じた空間にプラズマを通すというものだそうだ。
高温にならない状態のプラズマを生み出し、そのエネルギーを軍事衛星に搭載すれば、その射程は地球全体をカバーできる。
プラズマの生産性と破壊性は、かつての「ハーバー・ボッシュ法」以上に、科学の明暗を浮き立たせる。