政策は人事抗争

最近、郵政・日本銀行・NHK人事への「官邸の圧力」が増していることが取り沙汰されている。
首相官邸の屋上へドローンを飛ばした人物には、さすがに「官邸主導」へのお灸をすえる意図まではなかったようだが、気になる動きだ。
というのも、政策の内容は、結局こうした組織の委員に誰がナルカかということに集約される感があるからだ。
司法・立法・行政の三権の長についてはその任命権が憲法に明記されているが、我々の生活と関わりの深い郵政・日銀・NHKの長への「任命権」(人事権)はどうなっているのだろうか。
それは本来「中立の立場」で、つまり「官邸圧力」をハネツケテ初めて「公正」な運営ができるものちがいないが、現実にはそうはなっていないようだ。
さらに、我々の税金や受信料が何らかのカタチで使われている以上、国民がまったく蚊帳の外でコントロール不能というのも問題ではなかろうか。
だからといって、国民が選んだ政権与党のコントロールの下にあることが果たして望ましいことなのか。
さて、小泉首相の「肝いり」で実現したかに思えた郵便局の民営化だが、今や揺り戻しが起きて「民営化」の動きに歯止めをかけようという動きがおきている。
2007年10月に日本郵政公社が「民営化」され、持ち株会社である日本郵政株式会社と、その下に日本郵便、郵便局、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の4つの株式会社が発足した。
郵政民営化が国民にとってイカニ重大なことかは、民営化前の2004年12月末時点でのデータをみればわかる。
日本の個人金融資産は1400兆円といわれるとが、その主な内訳を見ると、郵便貯金預金残高:227.3兆円 対して 4大メガバンク(UFJ・東京三菱・三井住友・みずほ預金残高:225.9兆円である。
また、簡易保険総資産:121.9兆円に対して日本生命・第一生命・明治安田生命・住友生命総資産:121.3兆円である。
つまり、郵便局は、貯金・保険につき、民間大手のほぼ同規模の資産をもつものであり、それほどの巨大資産を持つ郵政公社を「民営化」することの影響の大きさは想像に難くない。
それは、これまで政府部門の財政投融資等に使われていた資産を、民間部門に自由に流せるようにして、より資金が自由に市場に流れるようにした。
なにしろ国会への支出報告のいらない財政投融資によって、道路公団などの特殊法人などに莫大な金額のお金が流されており、それに関連した健全な貸付先とは言い難い、つまりは官僚の天下り先の確保以外にその存在価値を見出すことができない特殊法人の「延命」が行われてきたのである。
「民営化」によって、国民にとって本当に必要な部分を精選し、財政投融資の不効率な部分を除き去って、こうした負の繋がりを断ち切ることは大きな意義があったことに違いない。
さらには、完全民営化後は、特殊法人のこれまでのような法人税、事業税などの「非課税」もなくなり、税制面でも既存の民間業者と等しくなり、同じラインで競争が行われることになる。
そして何より、国家公務員97万人のうち30万~40万人が郵政事業関連で、これが全て民間人になれば、大幅な国家公務員の削減に繋がり、行政のスリム化につながることになる。
つまるところ、郵便事業は民間の経営感覚で事業を展開する体勢に移行しない限りは、大赤字を抱えた巨大なお荷物組織になることは目に見えており、そのツボをついたのが小泉純一郎氏であったといえる。
しかし、その改革路線も今や揺り戻されつつある。
その目に見えるカタチこそが、日本郵政が2010年、大阪市北区の大阪中央郵便局と名古屋市中村区の名古屋中央郵便局の再開発計画を「延期」する方針を次々に明らかにしたことである。
ところで、東京・大阪・名古屋など3都心の高層ビル建築による「再開発」をうちだしたのは、日本郵政の初代社長の西川善文だが、民営化をシンボライズするこの人物の辿った経緯は、政財界の魑魅魍魎を窺わせるに充分なものである。
まず注目すべきは日本郵政という存在自体が巨大な政治利権であり、巨大な組織であることから、特定郵便局の局長の支援は巨大な「集票マシン」であり、その支援は投票だけでなく、巨額の政治資金と密接に絡んでいた。
民主党政権交代以前、郵政民営化がすすんでいた頃、当時の日本郵政の「人事権」を握っていたのは圧倒的に自民党であった。
そしてその初代社長に指名されたのが三井住友銀行元頭取の西川善文という人物である。
しかし、実に面白い展開が起こった。
2005年9月、郵政選挙で小泉チルドレンが大量当選したとき、米国のジャーナリズムで「3兆ドルが日本からやってくる」と騒がれたことがあった。
ブッシュ前大統領と盟友とされた当時の首相、小泉純一郎が郵政省を解体することで、200兆円ともいわれた郵「貯マネー」が米国の金融資本に投資される筋書きが噂されていたためである。
そして小泉・自民圧勝で「郵政民営化法」が成立し、新たに発足する日本郵政の初代社長に内定したのが、この西川氏だった。
しかしこれは、相当なサプライズ人事だった。
巨大公的金融の郵便貯金と郵便保険の「民営化」は、既存の民間金融機関の事業を呑みこむ恐れがあり、この「郵政民営化」に銀行協会会長として大反対したのが西川氏だったからだ。
それが郵政民営化の果実たる「日本郵政」のトップになったのだから、一体何があったのだろうかといわざるをえない。そして西川氏の経歴をネットで調べると興味深いことがわかった。
小泉政権の金融相といえば竹中平蔵氏であるが、「敵陣」の西川に民営化を持ちかけたのはこの竹中氏であり、それは西川氏が竹中氏に大きな「借り」があったからだという。
郵政選挙の前哨戦が激しさを増した2005年夏、三井住友フィナンシャルグループ(SMBC)の頭取だった西川氏は、累積する不良債権にあえいでいた。
外資導入によってバランスシートを保つことが急務となり、欧米の投資銀行や商業銀行へ秘かに「増資」引き受けを打診していた。
それに興味を示したのが投資ファンドのゴールドマン・サックスであった。
ただ、この時日本の不況は深刻化しており、金融機関の体力がさらに低下するとみられ、二の足を踏んでいた。
そこへゴールドマン・サックス会長が来日し、竹中氏も加わって西川氏と会談を持ち、SMBCが生き延びることを約束したといわれている。
この極秘会談直後にゴールドマン・サックスによるSMBCへの増資が決定したという。
一国の金融担当大臣による特定金融機関への保証になり、これほど心強いものはなかったにちがいない。
これが西川氏が当時の金融相の竹中氏につくった「借り」であり、SMBCへの増資から5年後、「借り」を返すかのように西川氏は、カツテ全国銀行協会会長として「郵政民営化」を反対してきた立場ながら、郵政会社への初代社長就任となったのだという。
その西川氏が郵政会社が「かんぽの宿」のオリックスへの一括売却が批判され、民主党への政権交代で状況が変わっても郵政のトップに踏みとどまろうとしたが、最後は「辞任」に追い込まれる形となった。
そして、この西川氏を事実上「解任」したのが「反・郵政民営化」の旗頭・亀井静香氏であった。
民主党への政権交代がおきる寸前の時期、民主党・亀井氏率いる国民新党・社民党が協力して、「かんぽの宿」売却問題で、日本郵政の幹部を的にかけて東京地検に告発するという揺さぶりをかけた。
最終的には、政権交代後に金融担当大臣に就任した亀井氏が西川氏の「自主的辞任」の名で実質的解任をした。
亀井氏といえば、特定郵便局に大きな利権をもってきた政治家であることは周知の事実である。
そして西川氏の後任に亀井氏の朋友といわれる元大蔵事務次官の斉藤次郎氏をすえた。ちなみに、西川氏は日本郵政から放逐されても、古巣の三井住友銀行に顧問として戻ったらしい。

NHK「ニュースウオッチ9」キャスターの大越健介氏が異例の人事で降板したという。
東大野球部エースとして「東京六大学野球」の強豪チームに「孤軍奮闘」した雄姿を記憶している者として残念な思いする。
その思いが増すのは、4月から新たにスタートした「ニュースウオッチ9」は、ニュースを伝えるだけの「爽やかな番組」になってしまった感が否めないからだ。
さて、公共放送のNHKの報道は公正中立を第一の原則とする。大越氏は「もの言う」コメンテーターとして有名で、大越氏は単にニュースを垂れ流すだけの報道では満足しない。
大越氏はかつてインタビューで「政治に対しては多少モノを言いたいと思うし、原発事故に関しても、やっぱり言うべきことはきちんと言いたい。NHKだから無味乾燥でいいということは、絶対にないと思いますから」と応えている。
ごく最近の週刊誌の記事によれば、「大越氏はあくまで公正中立な報道を心がけているだけだが、公共放送をハンドリングすることを目論む官邸としては面白くない」というような首相官邸の圧力を示唆する内容が記載されている。
不可解なのは大越氏の降板は、今年に入ってから突如決定した。つまりNHK内でさえ誰も予想していなかった異例のキャスター交代なのだという。
ところでNHKの会長や委員は、どのように決められるのだろうか。
戦後民主化の過程で、日本国憲法制定の議論と並行してNHKの抜本改革が検討され、NHKを完全に政治から「独立」させる試みが進行した。
しかしそれも道半ばにして、その改革の動きは「頓挫」したといってよい。
改革を推進したのはGHQだが、朝鮮戦争を機に路線を完全に転換した。
自衛隊の設置に至るいわゆる「逆コース」のことだが、それをGHQの部局構成で表現すると、終戦直後のGHQを主導したのは「CS=民政局」であったが、後期において主導権を握ったのは「G2=参謀2部」ということである。
つまり、CS主導の占領政策がG2主導の占領政策に大転換したことは、米国の対日占領政策の基本が「民主化」から「反共化」、もっと分かりやすく表現すれば「非民主化」に基本路線が転換されたことを意味する。
となると、米国の対日占領政策が日本国憲法と根本的な矛盾をきたし「安保論争/自衛隊合憲違憲」論争につらなるが、それはNHKの基本的なありかたを規定している「放送法」にも表われる。
実は、「放送法」は中立公正を掲げながらも、NHKが政治権力に支配される「宿命」を背負っているといってよい。端的に言うと、NHKは経営委員会の支配下にあるが、その経営委員の任命権を内閣総理大臣が握っているからだ。
NHKの人事権は経営委員会に握られており、政治権力はNHKの経営委員の人事権を行使することによって、NHKを完全支配できる仕組みなのだ。
だから、放送法の抜本改正が必要不可欠なのだが、安倍首相は、早速、この人事権の最大活用に動き始めたということだ。
さて、4月8日、NHK会長の任免権をもつ経営委員会(12人)のうち新委員4人が衆参両院の同意で決まったという記事があった。経歴を洗えば4人は、いずれも安倍晋三首相と近い人物といわれている。
放送法のいうところの「中立公正」の意味を問いたくなる人事である。
ところで、今年のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」は、12年に放送された「平清盛」以来の10%割れとなったそうだ。
しかし、低迷する数字にヒロインの吉田文を演じる井上真央も落胆している思いきや、意外にも現場は一枚岩で団結しているらしい。
そんな現場の空気に水を差そうとしているのが局の上層部で、籾井勝人会長がついに「大号令」を出したのだのだという。
「花燃ゆ」は安倍首相の地元・山口県を舞台にした籾井会長「肝いり」の作品で、それだけに絶対失敗は許されない。
しかし視聴率は上がらず、それに業を煮やした会長は「何とかしろ!」とカミナリを落とした。
これに慌てたのが、会長派の上層部たちで、次々と改善案を出し始めてはいるが、突拍子もなものばかりで、現場は呆れているという。
さて籾井氏といえば三井物産副社長で日本ユニシス社長からNHK会長への転身だが、従軍慰安婦について「戦争をしているどこの国にもあった」と述べた上で、日本に補償を求める韓国を疑問視したことで物議をかもしたのは記憶に新しい。
ではその籾井勝人氏(当時70歳)のNHK会長就任の経緯はどのようなものがあったのだろうか。
NHK会長につき、自民党の菅(スガ)官房長官が財界人から候補者に打診し、いずれも断られ困っていたところ、そこに手を差し伸べたのが財務相兼副総理の麻生太郎であったという。
麻生氏は、同じ旧産炭地である福岡県の嘉麻市出身で、長年の付き合いがある日本ユニシスの籾井氏を管官房長官に推薦し、会長就任を籾井氏に内々に打診したのだという。
週刊誌は、菅官房長官のNHKに対する影響力は、単に経営委員や会長に止まらず、HKの理事も「官邸斡旋人事」とまでいっているが、つまり「安部カラー」人事の遂行のプロセスに、大越キャスター降板があった趣旨のことを伝えている。

最近、株価が2万円を越えたというニュースがあった。理由は、追加的金融緩和がなされるというニュースであったが、それも「日銀人事」が大きくものをいったのだ。
となると、景気を回復させるのに必要なのは、経済学の知識などではなく、「日銀人事」いいかえると「人事抗争」の行方次第なのかと思わざるをえない。
日本銀行は、総裁、副総裁(2名)、審議委員(6名)の計9名の委員で構成される。
総裁・副総裁を含めて委員は、衆議院・参議院の同意を経て内閣が任命する、「国会同意人事」で、任期は5年の常任である。
つまり、日本経済はたった9人の「日銀政策委員会」に握られているのだが、2年前の総裁・黒田東彦氏と副総裁2人の任命は、政府の「承認」などではなく政府の「指名」であるかのような印象をうけた。
それは、安倍首相の思い切った金融緩和と年2パーセントのインフレ目標の実現する「実行者」を指名したということである。
それは「副総裁」の一人として決定したのが学習院大学教授の岩田規久男氏の任命に表れている。
岩田氏は、上智大学教授時代に「岩田ー翁論争」で平成不況を日銀のバブル崩壊にいたる政策の「失敗」を追及した経済学者で、その就任につき「維新の会」からは総裁にドウカという意見が出たり、逆に民主党からは「リフレ」に踏み込みスギテ危険であるという意見も出た人物である。
昨年10月1日、消費増税の決断に追い込まれた安倍首相だが、増税の痛みを和らげる「追加金融緩和」は、2014年10月31日、日銀金融政策決定会合における「5対4」の薄氷を踏むような政策続行だったという。
追加緩和反対の4票は、いずれもデフレ派で「反アベノミクスの委員」だが、「通貨価値の安定」を重んじる日本銀行内の多数派は彼らと同意見で、アベノミクスを敵視しているのが現状なのだそうだ。
仮に黒田総裁が増税の痛みを和らげるべく金融緩和をしたくても、日銀出身の中曽副総裁が賛成してくれなければ不可能なのだが、中曽副総裁の背後にいる日銀は、安倍内閣との対決を避けた結果、金融緩和が行われ増税の悪影響で停滞気味だった景気は、株高円安が一気に進んだ。
ところで今後、安倍首相が意に沿う委員を日銀に送り込めるかが、その「政策実現」のポイントとなる。
日銀は2%という物価上昇率の目標を達成するため、異次元の金融緩和策として市場に出回る大半の国債を購入しているが、市場で出回る国債自体が減り、日銀はあまりに大量の国債を保有しているというリスクが付きまとっている。
つまりこうした「副作用」で、国債市場の健全さが失われつつある。
ところが、首相官邸の思惑で、日銀審議委員が決まるようになると、緩和策に懐疑的な有識者が審議委員に選ばれにくい構造が固まってくる。
本来、多様な意見が不可欠な決定会合で「官邸色」が強まることは、金融緩和策の副作用について議論がしにくくなる雰囲気をつくり、「国債暴落」のリスクをかえって高めることにならないか。
ともあれ「日銀人事」次第で、国債利子や株価にも大きな影響がでる。
また資金が国債から株式にシフトしすぎても、国債下落(長期金利上昇)もおきうる。
というわけで「2万円を超えた株価」の裏側には、相当な危険性が潜んでいそうだ。