預金封鎖・財産税

今売れている本「21世紀の資本」(ピケティ)に、富裕層に「財産税」をかけてはどうかという議論がなされている。
というわけで、「財産税」という過去の亡霊がヒョンなところから蘇った感がある。
「過去の亡霊」といえば、数年前の新聞に、東ドイツの秘密警察の極秘資料が「復元」されているという記事が出ていた。
東ドイツの秘密警察「シュタージ」はその40年の歴史において、国家による反体制派弾圧のための機関のひとつとして、世界に悪名を轟かせていた。
シュタージは冷戦時には27万人以上の要員を擁し、それによって東ドイツ国民は東欧圏のなかでも最も過酷な監視下に置かれた。
今頃どうしてという気がするが、秘密警察関連の利害関係者がホボ亡くなったということもあろう。
しかし何といっても、コンピュータを駆使した「復元力」がものを言った。
ドイツで、秘密警察「シュタージ」が残した膨大な文書を「手作業」でパズルを組み合わせるごとく復元するには百年はかかるといわれてきた。
しかし、コンピュータを使った「復元プログラム」の開発が不可能を可能にした。
紙片をスキャナーで読み込んで、紙の色や大きさ、形、書かれた文字の色や形をといった情報を基準に自動的にグループ分けされる。
そして、隣合う紙片を見つけ画面上で「一枚の絵」に復元される。そして他のデータとも照らし合わせる。
1989年にベルリンの壁が崩壊し「シュタージ」が解体されてから、ほぼ20年が経過するが、シュタージが作成した「監視対象者」についての膨大な機密文書は、閲覧希望者が後を絶たないという。
閲覧によって初めて、友人や同僚、家族がシュタージの「陰の協力者」であったことを知った人は多い。
またこれによって、これまでシュタージのスパイであったことを自ら公表した人が数千人に達しているという。
しかし、「過去の亡霊」をどんなに蘇らせても、「失われた人生」までも回復させることは、できないことは確かだ。
さて、このストーリーは、「財産税」の話とまったく関係のない話である。
だが、市民にまぎれたかつてのシュタージのスパイを確定するプロセス、つまり異なるデータをひとつの人物にツナゲルという「名寄せ」という作業がなされている。
後述するとうり、実はこの「名寄せ」こそが財産税実施のポイントだといってよい。

かつて、日本政府が財産税で国民の財産のカナリを奪ったことをご存知だろうか。
もちろん、それだけのことをするにはそれなりの名目が必要で、それは戦後まもなく生じた超インフレを抑えるという名目だった。
終戦直後インフレとなる国は多く、ドイツほどではなかったが、日本もそうだった。
では終戦直後、どうしてインフレが起こるか。
その原因は戦時中の莫大な量の臨時軍事費の支出であった。
終戦後も、戦中に未払いであった軍需品の代金を支払う必要があったことに加え、契約の打ち切りによる補償、軍人に対する退職金の支払いなどのため、巨額の資金が湯水のように支出されることになった。
そのうえ、戦争中の食料品配給統制が撤廃さえたため、需要と供給のバランスが崩れて生鮮食料品が高騰した。
また、財産税が実施されるとのうわさの為に預金を引き出して動産に還る動きなどで、大規模な預金の引き出しが起こり、物価は3ヶ月で10倍と急上昇を続けたのである。
ところで経済学の命題、というよりマネタリストの命題に「インフレは、貨幣的現象」であるという言葉がある。
つまり、流通するモノに対して、流通する貨幣量が相対的に多ければ、その分インフレとなるという命題で、終戦直後のインフレは、この命題にピッタリの現象といえよう。
また当時、国家が債権を販売していたのは日本国民で、債権を買っていた国民は当然国にその返還を要求する。
しかし、敗戦によって甚大な被害を負った日本にそれらの債権に対する支払い能力も無く、当時の日本政府は困惑していた。
そこで、政府は国民の預貯金を使って、それらの財政赤字もしくは不良債権を補填するという強硬手段に出た。
1946年2月17日、政府高官、日銀上層部、GHQは預金支払い制限を中心とする「金融緊急特例措置」の実施を決定し、インフレを鎮静化することを目指したのである。
この金融緊急措置には、「新円切り替え」というアイデアがこらされており、旧紙幣を新紙幣に換えるために、銀行にすべての旧紙幣をもって来ざるをえない、つまり強制的に預金するように仕向けたのである。
その上で旧紙幣の流通を差し止めて、それと同時に一世帯当たりの月々の預金(新円)引き出し額を制限するという方法をとった。
正確には1日あたりに引き出せる金額を少なくし、一定の期間をもって「旧勘定」が使えなくするという政策である。
引き出すお金を制限された国民は当然、銀行に自分の預金を引き出しに掛かかるが、1日あたりの引き出し限度金額が低く設定されているので、全額を引き出すことはできない。
そうこうしているうちに、旧勘定と新勘定の移行期間が終了し、結果として引き出せなかった「旧勘定」の資産を全て失うことになった。
その部分で、国民の預貯金を国が「没収」したのに等しい政策ある。
預金が逃げられなくした上で実施したのが、財産税の導入である。
国民が保有している不動産や動産、現預金などに対して25%から最高で90%までの高い税率を課し、徴税したソノ税金をもって国債を償還する手法が取られた。
このカギリでは、国が国民の資産を奪ったのではなく、理屈の上では「徴税権」を行使したことになる。

最近週刊誌で取り沙汰されていることだが、今の日本で「預金封鎖→財産税」というようなことが起きうるのだろうか。
起きるとするならばインフレ対応ではなく「財政破綻」対応になるものだが、長期金利を代表する10年物国債の流通利回りは1%弱程度である。
先進国の中で最も低い水準にあり、その意味ではまだコントロールが効いているというべきだ。
ただし、その長期金利の安定理由を見る限りでは、それが長く続くとみることはできない。
これまで日本の最大の強みは、我が国の個人金融資産が1600兆円にも上り、その個人金融資産が、今まで「国債消化」の原資となってきた点である。
しかし国と地方とを合わせると借金規模もその水準に近づきつつあり、少子高齢化の進展で金融資産の取り崩しがおきれば、国・地方の借金規模が個人金融資産を上回ることになる。
人為的理由としては、日銀が大量の国債を購入していることである。
昨年来のアベノミクスの異次元の金融緩和策の実施で、毎月数兆円程度の紙幣を印刷して多額の国債を購入している。それによってわが国の国債市場は一応の平穏を保っている。
また皮肉なことだが、景気の低迷は一面では長期金利の安定にプラスに働いている。
個人が給与振り込みで銀行に100円でも預金を持った場合、一般的に銀行はその資金を貸し出しに回すものだが、景気の低迷が続いたこともあり、企業の資金需要が伸びずに資金が余ることが多かった。
銀行は余った資金で国債を購入するケースが多く、結果として各個人が意識することなく、銀行への預金の一部が国債購入資金になっていたのである。
そのため、国の借金の増加にもかかわらず、国債の市場が安定していた。
しかし、日銀の国債大量購入によって国債の売買高が減少し、一般の投資家が国債市場から退出せざるを得なくなり、市場機能が失われるということだ。
また、日本の企業は世界市場において競争力を失いつつあり、経常収支が赤字に転じ、この部分でも国債発行で補う他はない。
企業の競争力の低下を補うには円安誘導が必要だが、この点に関して「原則禁止」であるはずの日本銀行による国債の「直接引き受け」といったことが行われていることはアマリ知られていない。
それは、政府が為替市場に介入を行う際に発行する国債で、「政府短期証券」といわれるものである。
この政府短期証券は市場で発行されるもの、その利回りは低く全部を日本銀行が購入している。つまり、日本銀行が直接引き受けているのに等しい。
為替市場に投入された資金は20兆円にもおよび、これだけの資金が国会の審議もなく、日本銀行から財務省に渡っているののである。
これらの資金が投入されるのは円高を防ぐためだが、日銀は「通貨の番人」としてインフレ因になるこうした資金投入を黙ってみているわけではない。
日銀の基本政策は「不堕化政策」とよばれるで、市場に投入された資金を、主に国債を売るオペレーションによって回収する。
以上見るとうり、高齢化に伴う社会保障費・医療費の拡大を考慮すると、これ以上国の負債が増大してしまうと、「預金封鎖」でもしなければ財政再建をするほかはない事態に遭遇しそうな気配である。

終戦直後の「預金封鎖→財産税」を、日本が再度実施して国の債務を帳消しにするといっても、戦後の混乱期と今日の情勢は随分異なる。
まず終戦直後の「預金封鎖→財産税」は、新憲法が施行される1947年5月までの「空白期間」に行われたということを忘れてはならない。
現憲法には、「租税法律主義」という原則が定められているため、このような強硬な政策の実施可能性を封殺しているかに思える。
憲法84条に、「あらたに租税を課し、または現行の租税を変更するには、法律文または法律の定める条件によることを必要とする」と定められている。
ひとつは、預金封鎖は事前に予想されるようでは、何の効果もない。みんな預金を引き出し、海外の口座に移したり「物産」に変えてしまうからだ。
終戦直後には、新しい通貨を印刷すると必ずバレるので、旧円に「証書」を貼ることでとりあえず「新円」として流通させ、預金封鎖のあとにそれを新しく印刷した新通貨にしたのである。
しかし実際に憲法上の制約的下では、こうした「抜き打ち的」な財産税の徴収は不可能なだけでなく、もしも実施を強行した場合には訴訟を起こされて無効とされる可能性がある。
ただそれも通常の場合であり、「特殊事態」ではどうなるかわからない。
この特殊な事態というのは、ハイパーインフレが進行したり、財政破綻で長期金利が急騰したりして、このままでは老後の社会保障費として1円も出ないので「預金封鎖します」といった事態である。
こうした「特殊事態」への道筋は、今国債を日銀が買いまくっているアベノミクスをどう元に戻す、つまり「ランデイングさせるか」であり、それは「異次元」だったダケに、その結末も知数であり、出口戦略がうまくいかないと大混乱を引き起こ可能性がある。
さて元・日銀マンが10年ほど前に書いた本「預金封鎖」(PHP研究所)の内容は、債券・株券のペーパレス化、不動産登記の電子化、住基ネット、ペイオフなどが「預金封鎖」へと繋がっているという衝撃的な内容である。
その内容によると、仮に「預金封鎖→財産税」を実施するとして、最大のハードルは国民の資産の把握ということである。
かつての預金封鎖の本当のネライは、財産税徴収のために個人資産を調査するために行われた措置であった。
今日においても、どれを実施するには、個人の資産を把握するために、個人が債権のカタチでどれだけ持っているかを調査する必要がある。
2003年より、国債をはじめとする債権のペーパーレス化が進められた。
この法律によって定められた国債や社債は、実物の券面でもつことが不可能となった。
こうした流れの中で、国債・社債・金融債のカタチをとわず、債権としての我々の資産は簡単に政府に把握されることになった。
また国債と同じように、法務省は株券を発行しないペーパーレス制度の導入を柱とする商法改正案を策定中だという。
現行の商法は株式会社に対し、紙に印刷して表わした株券の発行を義務づけている。
しかし改正案によれば、施行から5年以内に、上場企業はペーパーレス制度を一斉かつ強制的に導入を迫られることになる。
この政策は、ペーパーレス化により4日間かかっていたものが、1日で決済を終了でき、取引の安全が図れるとうものだった。
ちなみに株式については、財閥解体というカタチで国家による没収が行われている。
また法務省を中心に、土地・建物など不動産の登記についても電子化の動きが進んでいる。これまで紙面によって登録されていた登記情報をコンピュータで一元管理し、不動産取引を活性化させるというのがそのうたい文句。
たしかに、現在の登記のシステムでは建物の所有者を特定することが煩雑であり困難であり、合わせて登記にかかる費用も低減させることができる。
合わせて「登記の取引履歴」および「土地の取引価格」も登録事項とするという新たな措置が計画としてあり、登記の簡便性という理由だけでは説明しがたいものである。
ちなみに、戦後の財産税徴収は、金融資産のみを対象に行われていたのであるが、GHQによる占領期にまで遡れば、農地改革によって多くの地主の土地が没収され、小作人に分けられている。
電子マネーの研究も、これまで述べてきた債権・株式・不動産の取引の場合と変わらない。
電子マネーであれば、その財産はオンライン・プログラム上に存在するため、個人が財産を秘匿することができないからだ。
仮に電子マネーだけの世界であれば、脱税やアングラ・マネーの金の隠しどころがなくなってしまう。
現実に、税金や社会保障費が自動引き落としになる日は、そう遠くない日なのかもしれない。
さて、財産税実施のためには、その前提となる口座の存在の確認できないことは確かである。
その為には、その口座そのものが「誰のものか」ひとつひとつ確認する「名寄せ」という作業が必要になる。
実は財産税実施が不可能といわれる理由は、この「名寄せ」に手間がかかるためだといわれる。
ある人が銀行に口座を持っていたとする。その人は給与振込み、公共料金支払いのための普通預金口座と定期預金、積立預金の口座を持っているほか、外貨預金口座も保有している。
こうした場合、その人の財産を正確に把握するためには、すべての口座を合計する必要がある。これが「名寄せ」と呼ばれる作業である。
半角カタカナで記載されたデータをひとつに統合するには、給与振込み口座と取引のある支店、各種公共料金支払いの口座は自宅近くの支店といった具合に、ひとつの金融機関に様々な支店で口座を持っている場合には、その口座が同一人かどうかを確認することが困難になる。
そこで口座開設書類をいちいちチェックしなければならないが、果たして随分前の開設時の身分証明書と一致するかどうかの保障はない。
実は、この「名寄せ→預金封鎖」は部分的には今も実施されうるもので、案外身近なものだといえるかもしれない。
金融機関が破綻した場合に、1000万円まで補償されるという「ペイ・オフ」という制度も、実は預金者の総額が1000万円以上あるかどうかの確認は、「名寄せ」を実施しないと把握できないのだ。
そこで、実際に「ペイオフ」を実施する場合には、「名寄せ」の期間中は預金口座を封鎖する必要がでてくる。
この場合は金融機関単位の「名寄せ」だからそれほど時間はかからないが、名寄せが終わって財産権が確定した後でしか解除できない。
部分的に「預金封鎖」は現実に行われているのだ。
さて、こうした「名寄せ」問題を解決するための案が、「住基ネット(住宅基台帳ネットワーク)」の利用である。
口座を開設する場合に、住期ネットで割り当てられた「住民基本台帳番号」を登録することで、同一人確認をスムーズに行い「名寄せ」問題を解決するというのがその趣旨である。
もちろん新規口座だけではなく、既存の口座についても、改めて番号の登録が行われるといった措置がとられることはいうまでもない。
これだと金融機関をマタイダ「名寄せ」も可能になる。
また政府は、この場合にペイオフを速やかに実施するために必要な措置という名目さえたつ。
こう見てくると、結構いろんな流れが「預金封鎖→財産税」の地ならしにも見えてしまう。