V字回復の思考

一月四日「毎日経済人賞」が発表された。選出されたのは、いずれも業績不振の会社を回復させた経営者の二人であった。
コマツ会長の坂根正弘氏と東レ会長の榊原定征氏である。
「毎日経済人賞」は、優れた経営手腕で産業界に「新風」を送り、企業の社会的・文化的活動の推進、国民生活の向上などに貢献した経営者に贈られるものだそうだ。
今回で30度めの選出となっている。
長期低迷する日本経済の中で、業績を「V字回復」させたのであるから、彼らの経営手法に産業界はいうに及ばず、「一に雇用、二に雇用、三に雇用」で「支持率のV字回復」をネラウ菅首相も関心を寄せたことだろう。
二人は、ナニをどんなフウにヤッタのか。

ところで日本人にとっての最大の「V字回復」は、戦後の経済が戦前の経済水準に追いつき(1952年)、それをはるかに上回る勢いで高度経済成長を実現したことだろう。
その土台にはいわゆる終身雇用・年功序列の「日本型経営」の確立があった。
また終戦直後の経済復興の折りに「傾斜生産方式」というのもがあった。
政府は経済復興のためにまずは石炭と鉄鋼に集中的に資金を注入した。なにしろ石炭と鉄鋼は関連する産業の範囲が広いからここから立て直そうというわけだ。
まずは「炭鉄」という「基幹産業」を整備しようとしたわけで、政府は不足がちの資金を「傾斜的に」石炭と鉄鋼にに配分したのだ。
つまり「飢餓の時代」にあって、「炭鉄」で働く労働者達は比較的に「食べる」ことができた。
また財閥解体やら公職追放で戦前の古い体質の経営者が退き、「三等重役」などと呼ばれつつも新しい経営者に入れ替わったのも、案外とよい結果を生んだのかもしれない。
こうして生まれ新進の会社は、映画の中で加藤大介や植木等演じる高度成長時代の会社となっていった。
戦後日本の「V字回復」ほどではないにせよ、1990年代のアメリカのクリントン政権の時代に「IT基盤の整備」に資金が「傾斜的」に注入された。
冷戦の終結により軍事産業から解き放たれた資金の投下やIT技術者も民需産業に「雇用調整」されたことも大きかった。
かくしてITバブルという「好景気」がアメリに訪れたのである。
その広範性について「半導体」を例にとると、高集積度の製品を生産するための新規投資は、半導体製造設備、エポキシ樹脂、洗浄ガス、シリコンウエハー、クリーンルームなどの投資を誘発する。
そのため、機械、化学、非鉄金属、電線、空調機器など広範囲の産業に投資が波及することになった。
最新のデジタルカメラ、VTRや携帯電話などの新製品は「半導体の高集積化」がなければ不可能な技術である。
つまりIT技術が、「基幹産業的」な広がりをもって、1990年代のアメリカ経済の「V字回復」を引き起こしたわけだ。
IT技術の「基幹性」はそれが情報や通信の技術のみならず他の分野の生産性を押し上げるのみならず、製造や流通、販売のプロセスを「決定的に」変えてしまうものとなった。
つまりIT産業の発達は広く「情報化投資」を引き起こしその波及範囲はかりしれなく大きい。
この時期、いわゆる「情報化投資」は製造業から流通業、物流から金融まであらゆる産業で見られた。
例えばIT技術の発達により、「販売」についてリアルタイムで消費者の動向をつかめるので、今までのように予測にもとづいて「在庫」を積み上げたりする必要もなく、その分品揃えを短期間に変えることができるわけである。
つまり情報化投資は、一度に数多くの産業に新しい需要を掘り起こすという意味では、「供給が需要を生み出す」相当に立体的、重層的である点に特徴がある。
アメリカの経済界は、この時に一気に巻き起こった強力な風を捉え、それに乗り勢いを回復させたかに思えた。
ただし「落とし穴」があった。
アメリカの金融業にIT技術が持ち込まれることによって、異常に「脳化」された金融方式(金融工学)を発達させ、「サブプライム・ローン」などの「鬼っ子」を生み出したのである。
この「鬼っ子」がアメリカのみならず世界中を苦しめることになる。
アメリカでは2000年に頂点に達したITバブルが崩壊すると、住宅バブルが発生した。
低所得者でも「銀行ローン」を活用して郊外に立派な住宅を手に入れた。
住宅はすぐに値上がりし、資金を提供した金融機関も債権保全に不安はないかに思えた。
しかし住宅の値上がりが勢いを失い金融システム破綻した。
その貸付残高は150兆~300兆円ともいわれる規模となった。これが「架空需要」を生み出した「サブプライム・ローン」の実体である。

ところで、新春早々にめでたく「毎日経済人賞」の受賞が決まったコマツの坂根会長は、社長に就任した2001年度、ITバブル崩壊の影響もあって800億円超の最終赤字を計上した。
しかし、「アジア市場」の開拓や「固定費の削減」を推進し、さっそく02年度以降の「V字回復」につなげた。
特に精彩を放つのが、社長就任直後に始めた「建設機械」の位置情報や稼働状況などを示すGPS(全地球測位システム)を使った手法を確立した点にある。
世界60カ国で19万台超の動きを瞬時に把握し、盗難防止も含めた効率的な運用や的確な需要予測につなげ、建設機械で世界2位、アジアでトップの座を不動にした。
2000年度に57%だった建設機械の海外売上高比率は09年度に82%に急上昇し、10年3月末の従業員約3万8500人のうち、外国人は53%に達したという。
つまり一気に企業の「グローバル化」を推進したのであるが、特に急成長を続ける中国で約2割のトップシェアを確保し続けたことが業績拡大に寄与した。
ところで最近テレビで小松製作所の「頭脳」ともいうべき室にを紹介されていた。
世界地図中のコマツの機械の設置場所がすべて「赤い点」で表示されていて、その赤い点のすべてが工作機械の使用年数、稼動中か否か、燃料残量をリアルタイムで表示されている。
ということはコマツが世界で売った建設機械は、技術者を現地に派遣せずとも中央のセンターで瞬時に把握できるということである。
つまり盗難があった場合もその建機の「位置確認」さえできるのである。
もう一人の「毎日経済人賞」の東レ(旧「東洋レーヨン」)の榊原会長は、「化学による革新と創造」を掲げ、先端材料事業を拡大させた。
高校時代に読んだ本から「炭素繊維の飛行機を飛ばしたい」との夢を持ち、その開発にも携わった。
炭素繊維は最近まで用途が限定され、赤字の時期もあったが、2006年4月に米ボーイング社と16年間の長期供給契約を締結した。
自動車用途への採用拡大に向けた技術開発も進め、東レの未来を担う事業にまで成長させた。
かつてエンジンをセラミクスにするろいう話があったように思う。今はその開発がなされていないが、今後は「繊維」でできた電気自動車が走ることになるというわけだ。
榊原氏は社長時代に経営が苦しい時でも年500億円規模の研究開発投資を続け、炭素繊維以外にも、水処理膜やリチウムイオン電池など今後成長が見込まれる環境関連事業の開発も推進した。
つまり、投資の対象と規模が見事に時代を捕らえて「正確無比であった」ということである。
2006年には「ユニクロ」と提携して、新しい繊維素材を開発し、機能性下着「ヒートテック」シリーズなどのヒット商品を生み出した。
「ユニクロ」と提携したということは、アジアの新興国に拠点を築くことでもある。
ちなみにこのヒートテックというのはいわゆる「防寒機能ウェア」のことで、体から発せられた水分を熱エネルギーに変換する「発熱機能」を持ちつつ、繊維の間にできる空気の層が熱を逃さない「保温機能」をも持っているものである。

ところで、「V字回復」で思い起こす比較的身近な会社に日本マクドナルドがある。
マクドナルドがハンバーガーの超低価格戦略が失敗して一気に赤字転落し窮地に陥ったのは、記憶に新しい。
それをV字回復させたのは、食品産業とはまったく無縁な新社長・原田泳幸氏であった。
1948年、長崎佐世保に生まれた原田氏は、東海大学工学部を経て、アップルコンピュータージャパンに入社した。
そして「iPad」などの日本における「仕掛人」となった。
クドナルドから社長として迎えるという打診がありヘッドハンティングされた事で、アップル社を退社した。
アップルの主力製品マッキントッシュコンピュータは略称・愛称がマックである為に「マックからマックへ転身」ということで話題になった。
つまり、米国アップルコンピュータ社副社長からの「異業種」への挑戦であった。
日本マクドナルドでは前任の創業者社長である藤田田が進めてきた「バリュー戦略」の見直しを次々に打ち出し、行き過ぎた安売りで失墜したマクドナルドのブランドイメージの建て直しに奔走した。
テレビで見た原田氏はオジサン・バンドに熱を上げられており、そこで知り合った現シンガーソングライターの谷村有美が現在の奥さんである。(これは意外と知られていない)
テレビ出演で「経営手法」を語られたたが、日本経済の「V字回復」の「手がかり」もたくさんあるように思えた。
「ドラムを練習するときに、ものすごくむつかしいパターンを毎日おぼえていくんです。テンポのひとつひとつを習って、家でやる。あるときに、「はっ」とブレークスルーするんですよ。」
この「ブレークスルー」はそのまま原田氏の企業経営の体験にもあてはまるそうだ。
マッキントシュのスティーブ・ジョブズがCEOとして復帰してからは、個人用携帯情報端末の「ニュートン」をやめ、ゲーム機の「ピピン」をやめ、という具合に不要な事業を切り捨て、アップルが強い分野だけに投資を集中した。
そうして登場したのが「iMac」であり、その後の成長につながっている。
原田氏は、この成功体験からも分かるように 「強みは何か」をトップから社員までが共通の認識としてとらえることが、大変重要なことなのだという。
そして原田氏が、日本マクドナルドにおける強みは、「サービス」、「バリュー」、そして「キッズとファミリー」で、キッズやファミリーに対して、スピードという無形のサービスを添えて価値のある商品を提供するところに、日本マクドナルドの強みがあるという。
そして、投資の多くを既存店舗における「メイド・フォー・ユー」の導入に振り向けた。
「メイド・フォー・ユー」というのは、注文を受けた後に商品を作るオーダーメイドシステムで、2004年末で3721店舗に導入が完了し、導入率は98.6%に達した。
原田氏が「メイド・フォー・ユー」を全店規模で一気に導入したのも、それがマクドナルドの「強み」につながると判断し、それだけの投資をする価値があるという判断であった。
原田氏によれば、単に値段を下げたり、むやみに高級指向に踏み出したりといった戦略ではマクドナルドの「強み」を発揮できない、といっている。
かつて「藤田体制」下で、極端な低価格戦略をとり「デフレのリーダー」とまで言わたが、次の戦略がないまま、むやみに「低価格化」して、あれは「M字」が泣くばかりで、マクドナルドがとるべき戦略ではなかったという。
原田氏は会社ではシンプルに三つのことをいう。一つは、上司に対して正しい異論を唱えて、どんどん議論してほしいという点。
二つめは、リスクがあっても新しいことをやる意識の徹底。そして三つめは、「お金が必要だと思ったら、金をくれと言える社員であってほしい」ということである。
そして原田氏自身、大変に気さくで話やすい雰囲気をもった社長であることである。
原田氏は現場にもよく出て社員と話をする場をもうけているそうだが、そこでは会社の方針とか、考え方だけでなく、人生論なども話すそうである。
また、奥さんの「マクドナルド店」に対する不平・苦情などにもよく耳を傾けるという。
テレビで見て驚いたのは、社員は18時以降は会社を出て「自分を磨け」ということで、社長自らがそれを実践していることである。音楽好きでバイク好きという趣味の広さも見逃せない。
多くの企業ではこれと反対のことをした時に「模範社員」とばれるわけだが、年功序列の世界ならばいざしらず、「成果主義」の世界では通用しないのでこれを改革しなくてはいけない、という。
また、末端にまで指示を徹底させるのに、「会社の決定ですから」とか、「社長の指示ですから」という言葉を切り札のように使うのはヤメヨウ。
「右を向け」と言われても簡単に右を向いてはイケナイということである。
右を向くには、「右を向く理由があるのだ」ということが浸透しない文化のままだと、仕事にも責任を持たない風潮が出てくる。
仕事に自分の価値を見出し顧客の100パーセント以上のサービスを提供するには、この意識から変えていかなくてはならないという。
大事なことは、社員が変わると会社が変わるということである。

原田氏の話を聞くと「日本的経営」が功を奏した時代はどうに過ぎ去り、それに回帰することももはやありえないというのを実感する。
それどころか、かつての「強み」が「弱み」になっているのを痛感する。
日本マクドルドの業績回復の背景には、「強みを生かす経営への転換」がある。
こういう観点を日本に持ち込めば、アメリカや日本などの先進国は、技術や知識の「無形資産」を中心にした生産に移っていかざるをえないということである。
財の製造はロジスティクス(物流)さえ確保できれば、質はに比べ労働コストが中国やベトナムで行うことが有利となり、その分コストが大きく引き下げられることになる。
ここのところアメリカの企業の資産の形が設備や建物といった有形資産から、特許権、データーベース、あるいはブランドといった無形資産へ大きく移り変わってきている。
つまり物理的資本よりも人的資本が圧倒的に重要になってきている。
20世紀までの会社は、大量の資金を調達し、そのことに工場、オフィス、設備等を購入し、大量の財を生産し、それを販売することを仕事にしてきた。
そして会社は資金の提供者である株主に所有され、その利益をはかるものとされ、そして株主側も資産をただ所有することによって、「キャピタルゲイン」を得られる時代は終了したのである。
サプライサイドの観点にたてば、社会に必要なのは少数の有能な経営者とそれを補助するプロフェッショナル(正社員)が存在すれば、コトタレリということになってしまう。
しかしながら、雇用が確保できなければ需要が起きないことは当たりまえで、「供給が需要を生む」ような広汎な技術革新でも起こらない限りは、需要サイドは相当に弱く当面「デフレ」が続くことになる。
日本国民は国債が仮に「景気浮揚策」として発せられてたとしても、支持率維持のための「バラマキ」がなされたとしても(エコポイントは需要の前倒し)、自分達にいずれツケ(消費税率のアップ)が回ってくると、無意識のうちに理解している。
だから消費を控え続ける。
したがって法人税率の少々の引き下げぐらいでは、「V字開脚」ぐらいにしかならないような気もしますが。