自然と自由

「撫子」(なでしこ)の花は、頭をナデナデしたいくらいにかわいい花なので、そう名づけられたそうだ。
6~8月に咲く花で、花言葉は「純愛」「大胆」「勇敢」である。「純愛」の方は検証できないにせよ、あとはピッタリという感じだ。
辞書によれば、カヨワイながらもリリシイところを宿す日本女性の「美称」とある。
特に古来美徳とされた、清楚で凛とし、慎ましやかで、一歩引いて男性を立て、男性に尽くす甲斐甲斐しい女性像を指す日本人女性への「賛辞」であったのだ。
そんな日本人女性が、日本とはまったく異質な文化で育ったスポーツで世界一になったのだから、何か「尋常」な出来事ではないような気がしてくる。
それは、決勝で敗れたアメリカサッカーチームのエースの言った言葉に表れていた。
「日本チームの戦いは確かに素晴らしいものであった。しかし今回の優勝には、何か日本をアトオシするものがあったように思う」、と。
確かに、何か目に見えぬ「大きな力」が本当に作用しているのでは、と思わせられる試合があった。
震災で苦しむ日本に、サッカーの神様が「贈り物」をしたのかもしれないし、実際に神様もアトオシしたくなるようなヒタムキな選手達であったのかもしれない。
そしてこの度の優勝以外にも、ギリシアにおける「オリンポスの神々」、かどうかは知らないが、要するに「スポーツの神様」が愛でしチームについて思い起こしたりした。
それはまもなく始まる夏の高校野球・甲子園大会などに、時々顔を表わす「力」でもある。
数年前に、佐賀県の県立高校が、広島の野球名門校を決勝戦で4-2で破った試合展開などはソレを思わせる。
被安打一本に抑えていた広陵の投手を、佐賀北の本塁打など打ったことのない打者の8回わずか一本の満塁本塁打で沈めた。
誰か一人のスタープレイヤーが「光輝く」というのではなく、一人一人の力が絶妙に合わさってアレヨアレヨというまに、優勝してしまった。
けして大きいとはいえない一人一人の力が、大きな力にツツミこまれているかのような信じられない「瞬間」が連続的におとずれたのだ。
一人一人が「自然」であり、「自由」であったことが一番力を発揮できた要因だったかもしれない。
また、シンクロナイズド・スイミングの小谷選手の「イルカ体験」談話を思い起こす。
1993年、小谷氏はある人に勧められてイルカを見にバハマに行った。
そしてイルカと並走するように泳いだ時に、体の中に電流のようなものが走った。
海と一体化した自分の「ちっぽけさ」を知りつつ幸福感に浸った。それから「人生観」が変わった。
それからはイルカと対面するためにいつもピュアな気持ちでいようと心がけるようになったという。

人が「幸せ」を感じる「時」は色々あるにちがいない。例えば、自分の力を人に認められることだとか、人に愛されていることを知った時である。
しかし、それよりもっと深く長続きする「幸せ」は、人間があまりにも「小さい」存在であることを思い知らされた時ではあるまいか。
とはいっても、自分が人と比べて能力やルックスが劣ることを知って、なんてツマラナイ存在だろうと思うということではない。
「小さくて幸せ」とは、自分をはるかに超えた「大きな存在」とか「目に見えない力」を体験した時に、ハジメテ味わうことができる「幸せ」のことである。
もう少し具体的にいうと、自分の生が実は大きな力に伴なわれ、導かれ、守れている、ということを「知りえた時」などである。
そして自分は、全然たいしたことないのに、ソレぐらいの「大きな存在」に出会うと、人間はたとえ「悲劇」に見舞われようと、案外と清久しい気落ちで生きてけるものだ。
「失って」ハジメテ「得られる」ものがあるのだ。
しかし同じ「失う」といっても、事故や犯罪に巻き込まれて大切なもの「失う」ことと、自然の猛威に巻き込まれ「失う」のとでは、同じ「喪失感」でも何か根本的に違うものがアルのではないかと思う。
前者は、「慙愧の思い」をいつまでも残すが、後者の場合は、マモナク「再生の思い」を新たにもたらす。
だから大災害に巻き込まれてすべてを失った人々の姿に、意外な「神々しさ」を見出して、カエッテ世事に思い悩む自分達の「矮小さ」を思い知らされたりする。
スベテが押し流されることの「悲しみ」とともに、自らを過信してきた「虚しさ」をも思い知らされたりする。
素裸になって、泥にまみれて、ようやく「本然」に立ち返って知る「祈り」や「感謝」の気持というものは、きっとアル。
あまりに「大きな力」を前に、人間が所詮は「小さき存在」であることをシミジミ思い知らされるからだ。
唐突だが、イギリス人女性を殺害して全国を逃走した市橋被告の言葉は実に「印象的」だった。
逃走中、ズット「感謝」という言葉の意味を考え続けたという。
なぜなら「感謝」という言葉を知っていたらこんな事件を起こすことはなかっただろうから、と。
しかしツイニ「感謝」の言葉の意味はわからなかった、と告白している。

古の人々は、「大きな存在」を前に自らの「小ささ」を良く知っていた。
だからこそこの世界では、古代より芸能やスポーツも「神事」として始まっている。
古代より、政治でさえも「まつりごと」として行ってきた。
ギリシアの「格闘場」が天空にむかって開いているのは、それを神々に見せんがために、そうした「構造」にしたのである。
つまり、人間は本来的に「神をたたえる」存在なのだ。
そして、ギリシア語で「讃美」の意味するのが「アイノス」であるが、人間とは神を讃え賛美する「ホモ・アイノス」であったのだ。
しかしながら、「神をたたえる人」という定義ほど、 現代人にとって「疎遠」な定義はない。
音楽、劇、詩などの多くが神への「捧げもの」として意識され発達したということ、つまり人間の才、人間の目や耳や唇、そして人間の五感やの振る舞いなどが神への「捧げもの」として備わったモノとして意識されていたということだ。
それを思わせる話が旧約聖書にある。
神は罪を犯したダビデをコラシメンとしたが、ダビデはもし自分が消えたらこの地上で誰が神を「讃えるか」と反論し、神はその怒りをオサメタという。
昨今、優れた芸術家でも、自らの才能を誇らんがために、またセイゼイ人を喜ばせんがために、その「才覚」や「技能」を磨いている。
つまり「神」を喜ばせるのではなく、「人」を喜ばせんとする程度の意識だから、現代においては「古典」と匹敵するほどインスパイヤーされた作品はなかなか創造されない。
もっとも研ぎ澄まされた芸術家でさえも、「ホモ・アイノス」からは相当遠いところにいるといわざるをえない。
ところで「目に見えぬ力」とか「大きな力」の存在といっても、それを日本人はドノヨウニとらえてきたのだろうか。
「なにごとのおはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」
とは、平安末期に活躍した西行の歌と伝えられている。
西行が伊勢神宮にお参りした時詠まれた歌で、特定の宗教を信じたわけでなかった西行が、ここにどのような神様が祭られているか知らないけれど、畏れ多くて有難くて、ただただ涙があふれて止まらない、という気持ちをうたったものだ。
西行が言葉にならないような「目に見えぬ存在」に出会い、自分のよう小さなものでも生かされていることに、えもいわれぬ「有難さ」を感じいった体験を歌にしたものである。
日本人は、言葉で表現された「聖典」というものをもたないために「無宗教」と誤った認識をされるが、「目に見えない」が心で感じ、そして誰でも自ずと手を合わせ、願いごとや感謝の気持ちを表し、逆に神様から大きな安心感や元気をイタダク。
日本人は四季の移ろいや森羅万象の自然現象を肌で感じながら生命の営みを繰り返してきた。
時に、猛暑・大雪・台風・地震などの辛さや厳しさに見舞われることもあるが、様々な環境の中で生かされていることに、自ずと深い感謝と畏敬の念を抱いてきた。
つまり、日本人ほど「目に見えぬ」ソンザイの前で「小さいこと」の幸せを良く知る民族は世界にないのではなかろか。
また、こうした「幸せ」の出ドコは、自然環境だけでなく、人と人との環境も含まれる。
自分ひとりで生きているのではなく、人とのつながりの中で、キズナ、思いやり、敬意、感謝、礼儀などが生まれる。
それら「目に見えないもの」を特に大切にしてきた価値観こそが、日本人が最も誇るべき価値観ではなかったであろうか。
そして、こうした意識が日本の芸術や美意識の根本にあるのだ。

ところで、「自然」というものは実は「目に見えない」モノなのである。
自然は「視覚」に捉えられるし、手で「触れる」こともデキルものであり、なんで「自然」が「目に見えない」ものなのかかと思うかもしれないが、日本語の「自然」という言葉は、英語でいうところの「ネメイチャー」という言葉と全く「同義」として使われていることが、「日本文化の本質」を見誤らせる最大の要因であるように思う。
明治以降、西欧の文化や西欧の思想が、洪水のように日本に流れ込んだ来た時、「ネイチャー」に対する適当な言葉ないので、やたらに古典を探した結果「自然」がもっとも チカイもののとして、採用したのである。
「自然」がはじめて用いられたのは、老子の「道徳経」の中の「道は自然に法(のっと)る」という言葉といわれている。
この自然は、「自ら(おのずから)然る」の義で、仏教者のいう「自然法爾」(しぜんほうに)である。
つまり、他からなんらの拘束をうけず、自分本具のもを、ソノママにしておく、あるいはそのままでハタラクの義である。
つまり自然はネイチャーのような「客観物」なのではなく、主体的な「作用」なのである。
つまり、自然は目に見えない大きな力をさしているのだ。
中国にはこれによくにた言葉に「真如」という言葉があるらしいが、西欧のネイチャーという言葉に日本語の「自然」の義はマッタクないといっていい。
「自己本来に然り」という考え方のなかには、自他を離れた自体的・主体的なものの存在が想定されており、これを「自然」というのである。
それ故に、「道は自然に法り(ノットリ)て存する」。
そこで、ネイチャーとしての自然と区別して「自然」をしばらく「ジネン」とよぶことにする。
ところが西洋のネイチャーは二元的で、人と「対峙」した、相克したりするのであるが、東洋の「ジネン」の中には、人がツツミこまれているわけである。
そういう「大きな存在」に出あえばこそ、「かたじけなさに涙こぼるる」という幸せを味わい知ることになる。
そうしてこの「自然」のチカラがもっともアラワレいでることを「自由」という。
冒頭で神がアトオシするようなチームの話をしたが、それがとてもジネンで自由なチームであったからかもしれない。
ところが「ジネン」から離れ去るのは、人のほうからであり、「ジネン」にソムクゆえに、自ら「倒れ」ていくのである。
ところで老子や荘子の思想に「曲即ち全」という思想がある。「曲がっている樹木」は、曲がっているがゆえに、寿命をまっとうするという老子の考え方である。
「荘子」にも「真っ直ぐな木は真っ先に切られる」という言葉があり、曲がっていることの「無為自然」と自由を説いた。
ミカンが丸く美しいことによって、選果機に選ばれて人間に食べられるという「苦界」に行く。
選果機の選択の対象にならないミカンはその生命が保たれるのである。
結局、この世は人間を利己主義的な「選果機」のようなものでふるい落としているのかもしれない。
わざわざ自らを「苦界」に落とし込むようなことをしているのが、実際の人間の世界なのかもしれない。
「造化」とは、大きな力が働いて物事がXからYへと化していくことだが、その働きは神の秘密すなわち「神秘」だといってよい。
したがって人間が、生きることも死ぬることも、森羅万象も造化(または造物者)の結果ならば、自分がドウ成ろうと受け入れザルをえない。
日本文化の底流にある老荘の思想では、「森羅万象」がそこから生じるという、宇宙の根源は「道」である。その目に見えない「道」と一体になって生きる「真人」は、社会の中にいながら何の作為もなく自然に(「無為自然」)生きることができる。
時代の下るにつれ、自然の静的なるにあきたらず、「自由」の動的ナルを喜んでサカンに「自由」という言葉が使われるようになった。
ちなみに、日本語の「自由」という言葉は、福沢諭吉が「フリーダム」を「自らをもって由となす」と訳したのがその「始まり」である。
その福沢氏ははじめ「Free」をナント「天下御免」と訳していたが、いくばくかの問答を経て、ソレを「自ずから由とする」としたという。
「由」という漢字は例えば、「知る由(よし)もない」という使われ方がされている。
つまり、自由という日本語は、語源的にはナンの拘束もなくという意味でなく、直訳すると「自らを理由とすること」となる。
すなわち、自由とは、他人に与えられたものではない「自ら(の意思や考え)」を、「行動の由(理由)」とすることを意味しているといえる。
わかりやすく解釈すると、「自らの価値観を元に行動すること」、「自らの拠り所を自分自身に置くこと」と言えるかもしれない。
ところで、自由の「自」は西洋でいうような「自他」の対立をふくものではなく、むしろ「絶対的な自」であり、自らの働きによって作用するものであり、拘束とか束縛などという「対立物」は微塵もはなく、ただただ本奥の性質がそのまま顕われてくということである。
つまり「自然」と「自由」はとても近い概念なのだ。
例えば書道の世界で「雄渾な筆致」というような言葉があるが、それはトラワレのない自由闊達さを意味していが、書における「道」すなわち「書道」をはずれてはデタラメとなる。
ただし日本文化の特質は、その自由をある種の「美意識」で制する処に在る。
そこで生まれたのが「粋の文化」や「せぬがよき」は、世阿弥の「能理論」の一つらしいが、とても上手い能役者は客の前で真の実力を発揮しない。
そして目の肥えた客はその実力を発揮しないところに 美を感じるらしいのだ。他人を配慮し、自己主張を抑えながらもそれを通して自己表現してくる。
決して手を抜いてるのではなく、それを「逆手」にとって美へと昇華している。
また世阿弥は誰も知らない自分の芸の秘密、いわゆる「秘伝」を持つことを求めた。
現代でも、自分の可能性を広げるための準備として秘する花を持てば、イザという時に世界が広がる可能性があるように思う。
劇作家の山崎正和氏は、世阿弥の「せぬがよき」の思想、千利休の「侘び茶」、あるいは江戸時代の「いき」の感覚に日本的個人主義の基本を見て、「柔らかい個人主義」とよんだ。
ただし、自己抑制と謙譲の「せぬがよき」文化で類まれな「平等社会」を築いた日本社会だったが、果たして「ボーダーレス」な競争世界の中で、その「美意識」をどう生かしていくか、または「金繰り」捨てるかが、問題である。