企業買収と防衛策

ある中国香港系のファンドが、日本の新聞用輪転機メーカーを買収しようとしている。
投資会社「アジア開発キャピタル(ADC)」による新聞輪転機大手「東京機械製作所」の株式買い増しである。
すでに東京機械株は4割近くの株式をADCに握られており、実質的に経営権が奪われるのは、時間の問題だという。
「東京機械」は東京証券取引所1部上場の機械メーカーで、前身の創業は1874年までさかのぼる。
日本で稼働する大型輪転機の4割が「東京機械」製とも言われる。
政府関係者の間では、新聞発行に「干渉」する狙いがあるのではないか、全国紙のベテラン記者は新聞社の経営に関わる問題として、警戒感を募らせている。
日本の新聞社が、輪転機の会社が買収されたくらいで、中国から言論圧力をかけるとは思えぬ。
しかし、ある新聞社の経営幹部は「東京機械」から購入する輪転機は、補修がたびたび必要となるので、中国などに関して都合の悪いことを記事にした場合に、従来のような精緻な補修サービスが受けられなくなるという懸念もあるという。
ADCの意図を読み切れないまま、東京機械は「買収で経営に影響が出かねない」として、"他の既存株主"に「新株予約権」を与えて、8月にはADCの保有比率を引き下げる「買収防衛策」の導入を"取締役会"で承認した。
また、実際に「防衛策」を発動するには株主の同意を得ることが望ましいとされ、東京機械は10月に開く臨時株主総会でADC以外の株主たちから賛同を得ることを目指している。
こうした「新株予約権」を既存の株主に与えるなどの「買収防衛策」については後述するが、「東京機械」は「外為法」の対象となる「指定業種」に位置づけられているのだという。
「外為法」は、中国やロシアなどに代表される非同盟国の資本から、防衛技術や安全保障で重要な情報を持つ国内企業が買収されて技術・情報が流出する事態を阻止するために、外国資本による出資を規制する法律である。
ADCにそのまま「外為法」が適用できるかどうかは別にしても、新聞の「輪転機製作会社」が「指定業種」であることに、少々驚いた。
驚いたのは、意外だからではなく、「印刷」が国家安全保障に関わる問題であることを浮き彫りにした、別の事件を思いおこしたからだ。
その「印刷」とは新聞ではなく「紙幣」の印刷である。
実は戦争で相手国の紙幣の印刷機または印刷工場を手に入れれば、武力を使わなくとも相手が倒せる。
紙幣を大量に印刷し、ヘリコプターで大量にばら撒けば超インフレが起き、政府や軍は物資を調達できなくなる。すなわち戦争が出来なくなるというわけだ。
実はこの話は、朝鮮戦争の時にあわや「現実化」しそうになった出来事なのだ。
1950年6月北朝鮮軍は38度線を越えてソウルで韓国銀行(中央銀行)を襲撃した。
ここで北朝鮮軍は、「朝鮮銀行券」の印刷原版を発見したのである。
これが北朝鮮軍の手中に落ちたら最後、韓国経済は壊滅的となる。
北朝鮮は韓国で「未発行」の紙幣を使って、兵站維持に必要な物資を意のままに調達できる一方、収束しようもないインフレに突き落とすことすら可能となるのである。
韓国政府は一刻も早く、朝鮮銀行券の流通を禁じ、新たに韓国銀行券を刷って切り替えさせなければならない。
そんななか、当時の韓国政府の全機能は半島の南端の釜山(ぷさん)に追い詰められていた。つまり、「新紙幣の印刷」などできる状態ではなかったのだ。
そこで米軍当局は、韓国銀行券の印刷を日本の「大蔵省印刷局」に命じた。
その作業は徹夜の突貫作業のように苛酷で、機密上、場外作業に出すことはできず、作業計画の変更は許されなかった。
およそ2週間をかけて2千万枚の「韓国銀行券」を刷り上げ納入を完了したのである。
ところで最近、「外為法の規制」に関して原子力事業を扱う「企業統治」が問題となったことがあった。
「外為法」によると、安全保障上重要な東芝のような企業に対する外資による出資を、「事前届け出」の対象として規制している。
東芝は安全保障に関する「コア業種」に指定されており、経済産業相には、安全保障上の問題があれば事後的な株式の処分(売却)などの「措置命令」を出す権限があり、届出や報告命令に従わない場合には「刑事罰」の制裁もある。
今年5月から、「改正外為法」が施行され、「事前届け出」の対象が上場企業の株式10%以上となる取得から、1%以上となる取得に引き下げられ、規制が強化されたタイミングで、「問題の行為」が起きた。
背景には、東芝側が希望する取締役と、「ものいう株主」である外資ファンドの対立があった。
東芝の昨年の株主総会の直前に、経営陣の意をくんだ経済産業省の課長が、外為法の規制(事前届け出)をチラつかせ、外資ファンド側の「取締役」選任の議案提出をやめさせようとした。
より具体的には、東芝側が考えた「外部取締役」に対して、筆頭株主のエフィッシモ・キャピタル・マネジメントが「自社の推薦する取締役」を選任するよう株主提案しようと「取締役選任要求」を出す予定であったが、東芝側が経産省に「そうさせないように」支援を経産省に要請したということだ。
一応、「コーポレートガバナンス・コード」には、「上場会社は、株主の権利の重要性を踏まえ、その権利行使を事実上妨げることのないよう配慮すべきである」と規定しているので、件(くだん)の定時株主総会が公正に運営されたものとはいえない。
これを受け、東芝は取締役ら4人の退任を決め、永山治取締役会議長が「企業統治や法令順守の意識が欠けていた」と謝罪した。
しかしこの問題はそれだけではすまない。東芝と政権中枢との密接な関係を浮き彫りにしたカタチとなったからだ。
この事件の調査報告書には、東芝が昨年5月11日に菅義偉官房長官(当時)に対し、株主総会での対応について「内容を説明したと推認される」としている。
その後、別の機会に菅官房長官が「強引にやれば(改正)外為(法)で捕まえられるんだろ?」と発言したと記載されている。
菅前首相は記者団に「全く承知していない。そのようなことはない」と否定している。

生態系では、鳥の仲間が昆虫を食うといった、一方が他方から搾取する敵対的な関係(食う-食われる関係)もあれば、植物とその花粉を運ぶ昆虫とのあいだに成立するような、互いに助け合う関係(相利関係)もある。
エコロジーもエコノミーと共通している。生物が捕食されないような様々な仕組みが備わっているように、企業も「買収防衛策」を様々めぐらせている。
さて、近年の経済記事の頻出用語である「株式公開買付」(TOB)とはどのようなものであろうか。
それは、証券取引所などの”市場を通さず”に、期間・株数・価格を事前に”公開”して、不特定多数の株主から株式を買いつけることをいう。
買い手側は、買付の主旨・買付の目的・価格・期間・役員の合意の有無などを公告しなければならない。
公告を開始する日に、「公開買付届出書」を内閣総理大臣に提出する必要がある。
公開買付届出書を提出した後、そのコピーを対象会社と対象会社が上場する証券取引所または証券業協会に送付する。これにより「株式公開買付」が開始される。
したがって「敵対的買収」の場合、きちんと「宣戦布告」してからの「買収劇」といえる。
さて株主は、一定割合以上の株式を保有することで、経営に関する様々な権利を得られる。
たとえば、保有株式が全体の「3分の1」を超えると、「株主総会特別決議」の単独否決を行使できる。「特別決議」とは、定款の変更、事業譲渡、合併や分社化などの組織再編に関わる事柄である。
また保有株式が全体の「2分の1」を超えると、「株主総会普通決議」の単独可決ができる。
取締役の選任と解任、監査役の選任など、会社の「意思決定」に対して直接的に介入できるようになる。
さらに保有株式が全体の「3分の2」を超えると株主総会特別決議の単独可決ができ、これによって買収企業を「子会社化」することもできる。
この「子会社化」に関して、最近ひとつのニュースがあった。
新生銀行が、ネット金融大手SBIホールディングスから「株式公開買い付け」(TOB)の提案を受けたことを発表した。
新生銀買収の仕掛け人といえば、2005年ライブドアによる「日本テレビ買収問題」でフジテレビの「ホワイトナイト(後述)」となったアノ北尾吉孝(きたおよしたか)で、新生銀の株を約20%保有するSBIは、TOBで保有比率を最大48%に引き上げて「連結子会社化」をめざすという。
当然、新生銀行が「買収防衛策」の導入を検討しており、その方法は「ポイズンピル(食べたら毒が回るという意味)」と呼ばれる。
それは冒頭の「東京機械」買収防衛策と同じで、SBIを含めた既存の株主に事前に新たな株の「予約権」を無償で配るというやり方である。
TOBによってSBIが予定する株式数を手に入れたとしても、”他の株主”が予約権を行使することでSBIの保有割合が相対的に薄まり、買収を阻止する仕組みである。

一般の株取引では、キャピタルゲインの獲得を目的に、証券市場などを通じて自由に株式を買収する。キャピタルゲインとは、株式や債券など保有している資産の売却によって得られる売買差益のことである。
その一方で、TOBの場合には、キャピタルゲインの獲得ではなく、企業買収や子会社化などを目的に実施され、M&A手法の1種であるといえる。
その影響は、広範におよぶため、様々な規制がある、
エコロジーの世界に、友好的共存と敵対的共存があるように、株式公開買付にも「友好的TOB」と「敵対的TOB」がある。
「友好的TOB」とは、株式の買収について対象企業の経営陣から事前に了承を得ているものである。
株式公開買付は一般的に友好的TOBとして実施されることが多い。
「敵対的TOB」とは、事前に対象企業の経営陣や筆頭株主の合意を得ることなく実施するものである。株式公開買付の荒々しいイメージは、この「敵対的TOB」によるところが大きいだろう。
資本主義経済が、ビジネスが利害関係の上に成り立っている以上、一概に「敵対的TOB」がネガティブなものばかりはいえない。
「友好的TOB」は当事者から事前に合意を取得しているので、買収に必要な協力体制を構築しやすい。
そのため、買付価格を釣り上げる必要もない。ただし既存株主にとっては、買付価格が市場価格よりも安くなるケースもあるので、不満が生まれることがある。
とはいえ買い手側と売り手側の利害は、基本的に一致しているので、買収前後で売り手側が従業員に対してネガティブ・キャンペーンを行ったり、競合他社にノウハウを流出したりするような報復的な措置を取ることはない。
一方「敵対的TOB」は強硬手段であり、当事者間の血生臭い対立が生まれるケースが多く、マスメディアも、「友好的TOB」より「敵対的TOB」を大きく取り上げる傾向がある。
「敵対的TOB」は、直接的に組織変革を起こす手段として機能する。たとえば、業績不振の原因がトップ層の怠慢にある場合、経営陣が「一新」されることで業績回復を期待できる。これは、既存の株主にとっても大きなメリットといえるだろう。
「敵対的TOB」では、一般的に株式の買付額を市場価格より高く設定することとなう。
株主としては、保有株式を高値で売却する絶好のチャンスである。その上で株式を売らずに保有するか手放すか、この選択は、買い手側と売り手側、それぞれの方針に対する”意思表明”になる。
ところで、「敵対的買収}のターゲットとなる企業には、どのような特徴があるのだろうか。
企業価値が低い割にキャッシュフローが豊かなことは、「敵対的買収」のターゲットになりやすい。
企業価値が低い企業が潤沢なキャッシュフローを得ているということは、株主への還元を抑え、利益があまり上がらない事業規模拡大や設備投資、経営の多角化などにキャッシュを充てていることを意味する。
したがって、ないがしろにされている株主は、「敵対的買収」を仕掛けた場合に賛同しやすい。
独自コンテンツや特許を保有している企業も、「敵対的買収」のターゲットになりやすい。
独自コンテンツや特許は、保有している会社のみが使用できるものである。
したがって、独自コンテンツや特許を自らのものとすることを目的として「敵対的買収}が行われる。
このような買収は、企業が異業種へ参入したり、新規事業を展開したりする際に行われることが多い。
また、ターゲットになりやすい企業の特徴として、他に「株式の持ち合い比率が低い」こともあげられる。
そもそも「株式の持ち合い」は、敵対的買収を避けることを目的に行われることが多い。
金融機関や取引先などによる持ち合い比率が高ければ、経営権の取得が難しくなるからだ。
また、負債の比率が低く、健全な経営を行っている企業も、「敵対的買収}のターゲットとして選ばれやすい。
負債の比率が高い企業を買収すれば、買収後は負債の返済や利子の支払いが必要になる。それでは、買収を仕掛ける会社にとっては収益を維持したり、株主に配当したりすることが難しくなる。
したがって、買収を仕掛ける企業は、健全経営を行っている企業をターゲットにするのである。
以上のようなことから「敵対的買収」の防衛策としては、金融機関や取引先などによる株式の持ち合いや、株主への利益の還元が有効である。
また、買収後の対策としては、新株発行で相手の株式保有割合を下げて買収コストを高める「ポイズンピル」の他に、収益性のある事業・価値の高い資産を売却し、相手の買収意欲を削ぐ「クラウンジュエル(焦土作戦)」、好的関係にある第三者に大量に株式を取得してもらう「ホワイトナイト」などがある。
まだ記憶に新しいのはフジテレビ争奪戦で堀江貴文は、北尾吉孝が「ホワイトナイト(白馬の騎士)」をかってでたことで、フジテレビの奪取を断念している。
ちなみに、北尾吉孝は江戸後期の儒学者北尾墨香の流れを汲む儒家に生まれている。
さて東京地裁は、冒頭の「東京機械」買収の件につき、株主総会の決議を得ずに「取締役会」だけで導入・発動された防衛策について、「差し止め」を認めた。
買収側を除外した議決が認められるなら、およそすべての「敵対的買収」が止められてしまうとし、ADC側の主張に理解を示したかたちだ。
そもそも、ADCを除く既存株主に「新株予約権」を無償で割り当てる買収防衛策は「株主平等の原則」に反することでもある。
、 その一方、会社法を専門とする大学教授によると、この案件はADC側が「公開買い付け(TOB)」でなく、「市場の取引」で株式を買い集めた点がポイントだという。
なぜならば、公開買い付け(TOB)と違って株主が情報や検討期間を得られず、「東京機械製作所」の先行きを不安視した株主が株を手放し、買い集めが進んだ可能性があるからだ。
したがって、市場での買い集めに「法規制」が及ばない現状では、”買収者以外”の株主で防衛策の発動の可否を判断するのは、あってしかるべきこと。
こうしてみると、TOBはたとえ敵対的であったとしても、相手に考える材料と時間を与える分、「仁義ある戦い」であるといえそうだ。