聖書の言葉より(復讐するは我にあり)

「愛する者よ、自ら復讐するな、ただ神の怒りに任せまつれ。しるして『主いい給う。復讐するは我にあり、我これを報いん』」(ローマ人への手紙12章)。
(『』は、申命記32章の引用)。
さて昭和の終わり頃にみた映画「復讐するは我にあり」(原作:佐木隆三/主演:緒方拳)は、5人の連続殺人を犯した西口彰の逃走劇を描いたもので、弁護士になりすましてある事件の支援者宅に滞在していたところを、滞在先の娘が見破って逮捕されている。
その犯人像は、2000年に起きた「世田谷一家殺人事件」の犯人に似て、死体とともに夜をすごしたり、平気で食事をとるなど非人間性が目立つ。
ノンフィクション作家・佐木隆三に関心を抱かせたのは、長崎のカッソリックの家庭に育った犯人の生い立ちと相俟って、西口のそうした異常性であったに違いない。
西口は、下された「死刑判決」に対しても全くひるむ様子をみせず、最後までその態度は一貫していた。
ただ、教誨師の牧師から聖書の一節「復讐するは我にあり」の”我”が、「人」ではなく「神」を意味するものであったことを知って、まるで何かに裏切られたように動揺をみせたという。
個人的には、「復讐するは我にあり」という言葉は、「復讐」にとどまらず、人間が神の領分にまで手をださないがよいという「わきまえ」を教えているように理解している。
その点、旧約聖書(サムエル記)のダビデの生涯は、成功も失敗も含めそうした「わきまえ」について、教えられるところが多い。
例えば、ダビデがサウル王の家来であった時代に、「サウルは千人をうち、ダビデは万人をうつ」という言葉が広まり、サウルにより命を狙われ逃げまどうハメに陥ってしまう。
しかしダビデは、サウルを殺す絶対的なチャンスが二度ほどあったにもかかわらずサウルを「神が立てたもの」として自ら手をかけることはしなかった。
ただ、サウルの命がダビデの手中にあったことの印として、サウルの服の一部を切り取って、サウルの命に手をかけなかったことを示すなどしている。
その後、ダビデは初代のサウル王より「王位」を受け継ぐが、ダビデが一戦敗地にみまわれると、「ダビデはサウル一族の血に呪われている」と言いふらして歩く一人の男と出会う。
家来が「あの男を殺して黙らせましょうか」というと、ダビデは「神がそう言わせているのだから言わせておけ」と命じている。
ダビデは、自分に向かう悪しき力でさえも神の「許し」の下で働いていること、あるいは、「呪いを祝福に変える」神の力を知っていた。
後にマルチン・ルターによって賛美歌となった詩篇の一節「神はわが岩、わが城、わが高きやぐら」という信仰こそが、ダビデの真骨頂であった。

古代ヘブライ王国2代目の王となったダビデには、多くの女性が仕えてた(サムエル記下5章)。
その中でも、聖書には、3人の女性がとの関わりが書いてある。
ダビデは、王になって最初の戦でペリシテ人を打ち破り、「契約の箱」を携えてエルサレムに凱旋した。
ダビデは、その時、踊るように、歌うように、恥じることなく神を賛美して帰ってくる。
ところが、その様子を窓から見た妻のミカルは家に帰って来たダビデを罵った。
実は、ミカルは先王サウルの娘で気位が高かったようで、皮肉を交えて次のように語った。
「きょう、イスラエルの王は何と威厳のあったことでしょう。いたずら者が、恥も知らず、その身を現すように、きょう家来たちのはしためらの前に自分の身を現されました」。
それに対してダビデは、「わたしはまた主の前に踊るであろう。わたしはこれよりももっと軽んじられるようにしよう。そしてあなたの目には卑しめられるであろう」と応えている。
こういう神へのストレ-トな賛美こそは、ダビデの最大の特徴である一方、ミカルはこの言葉が災いして子が出来なかったとある。(サムエル上3章)。
また、ダビデはアビガイルという聡明な女性と出会う。
サウル王から逃亡していたダビデの下には、600人の生活困窮者や不満分子たちが集まり(サムエル記上22)、ダビデはその頭領として彼らの生活の面倒を見ながら、彼らに護衛の役にも当たらせていた。
ダビデの逃亡場所は、主として荒野であり、その間にはオアシスが点在していた。
家畜を飼う者は、この荒野に羊などを放牧していたが、時には、ベドウィンなどの攻撃を受け、家畜を奪われたり、命を奪われることがあった。
ダビデは、そうした敵から家畜を飼うものたちを守ってやることによって、食料や生活の必要なものをその代償として彼らから得て生活していた。
マオンに「羊三千匹、山羊千匹」を所有する非常に裕福な牧畜事業をしていたナバルという人物がいた。
彼に雇われ家畜の世話をしていた多くの牧童は危険な目にたびたび遭っていたが、ダビデは彼らを何度も盗賊たちの手から守り、余分な代償を求めることもなく、彼らの平和に大いに貢献していた。
ダビデはナバルが「羊の毛を刈っている」と聞き、10人の従者を送っている。
「羊の毛の刈り入れ」は、羊飼いの収穫祭にあたり、貧しい隣人たちに何がしかのものが振る舞われるのが常であった。
ダビデは、ナバルの家畜を飼う者の危機をたびたび救ってきたため、それにふさわしい扱いを受けることを期待した。
そのことはナバルに雇われていた羊飼いたちも認めていたが、ナバルはその言葉を真に受けず、ナバルは「ダビデとは何者だ」「わたしの水、それに毛を刈る者にと準備した肉を取って素性の知れぬ者に与えろというのか」と答えて、ダビデの従者を追い返した。
彼がダビデのことをしらないはずがない。「最近、主人のもとを逃げ出す奴隷が多くなった」という言葉も、サウル王のもとから逃亡して来たダビデを揶揄して語られたことが推測できる。
聖書によれば、ナバルは「頑固で行状が悪い」人物であったのだ。
ダビデは予想に反する報告を使者から聞いて激怒し、直ちにナバルに報復の攻撃を加えるように命じ、400人がダビデに従って、直ちに進軍を開始した。
そのことばナバルの従者の一人によって、ナバルの妻アビガイルに伝わった。
従者がいうには「御主人にも、この家の者全体にも、災いがふりかかろうとしている今、あなたが何をなすべきか、しっかり考えてください。御主人はならず者で、だれも彼に話しかけることができません」と切々と訴えた。
アビガイルは、夫の行動のもたらす結果がどのようになるかを即座に判断し、実に迅速で的確な行動を起こした。
アビガイルは、十分に過ぎる贈り物をもってダビデのもとへと急ぎ向かった。
そして、ダビデの前にひれ伏して、夫ナバルの非礼を、大げさなほどの慇懃さで詫びる。
アビガイルは夫ナバルのことを、「名前のとおりの人間、ナバルという名のとおりの愚か者でございます」と前置きした上で、ダビデの名誉心に訴えた。
「主(神)があなたについて約束されたすべての良いことを、ご主人様(ダビデ)に成し遂げ、あなたをイスラエルの君主に任じられるとき、無駄に血を流したり、ご主人様(ダビデ)自身で復讐されたりしたことが、あなたの躓きとなり、ご主人様(ダビデ)の心の妨げとなりませんように。主(神)がご主人様(ダビデ)を幸せにされたなら、このはしためを思い出してください」(Ⅰサムエル24)。
ちなみにナバルとは、「愚か者」を意味するが、ヘブライ人はそういう災厄が及ばないようにと、あえてわが子にそのような名をつける習慣があった。
こうして神はアビガイルを通して、ダビデに王たる者の「わきまえ」を教えたばかりか、人生の危険から救ったといえる。
ダビデがもし怒りに任せて行動していたなら、自分の運命を主なるヤハウエに任せることなく、自分の感情にまかせて振る舞ったという汚点を残すことになるかだ。
アビガイルは結局、ダビデの祝福を受けて、夫ナバルのもとに帰った。
帰って見ると、夫ナバルは、妻や従者の危機意識をよそにして、能天気にも、宴会を催して酔いがまわり、話をできる状態ではなかった。
そこでアビガイルは翌朝まで夫の酔いの冷めるのを待った。
妻の語る報告は、ナバルの心胆を寒からしめるのに十分であった。聖書は「主はナバルを打たれ、彼は死んだ」とのみ告げている。
ダビデはその後、この聡明なアビガイルを妻にすること願い、使いを遣わしアビガイルを妻に迎えたいとの意志を伝えた。
アビガイルは、ダビデの申し出を受け入れ、ダビデの妻となった。

ダビデは古代ヘブライ王国二代目の王となる。ところが、女性をめぐって大きな過ちをおかす。
それは、聡明な未亡人アビガイルを妻にしたということが、幾分驕りをうんだということかもしれない。
ある晩、宮殿の屋根にいたダビデは、下を見下ろしていたところ、バテシバという大変美しい女性を見る。
バテシバの夫ウリヤは戦いに出かけていて留守。
ダビデはバテシバに言い寄り、バテシバが身ごもったことを後に知る。
ダビデは非常に心配し、軍隊の総指揮官であるヨアブに命令を送って、ウリヤを戦いの一番激しいところに送り込む。
それはウリヤを戦死させるためで、実際にウリヤが戦死するとダビデはバテシバと結婚する。
神は、そうしたダビデに対して大いに怒り、預言者ナタンをつかわし、次のような「たとえ話」をダビデに語らせる。
「ある町にふたりの人がいました。ひとりは富んでいる人、ひとりは貧しい人でした。富んでいる人には、非常に多くの羊と牛の群れがいますが、貧しい人は、自分で買ってきて育てた一頭の小さな雌の子羊のほかは、何も持っていませんでした。
子羊は彼と同じ食物を食べ、同じ杯から飲み、彼のふところで休み、まるで彼の娘のようでした。あるとき、富んでいる人のところにひとりの旅人が来ました。彼は自分のところに来た旅人のために自分の羊や牛の群れからとって調理するのを惜しみ、貧しい人の雌の子羊を取り上げて、自分のところに来た人のために調理しました」(第二サムエル記12)。
ダビデは、間髪をいれず、怒って裁定をくだした。
「そんなことをした男は死刑だ。その男は、あわれみの心もなく、そんなことをしたのだから、その雌の子羊を四倍にして償わなければならない」。
これはイスラエルの律法に従った正しい裁定であったが、ナタンがすかさずに「あなたがその男です」と答えた。
そしてようやくダビデは、自分のしたことの意味を悟る。
その後、「復讐するは我にあり」という言葉にのっとる様に、ダビデの家には多くの問題がおきる。
まず、バテシバとの間にできた子が死に、ダビデの長男アムノンは(異母)妹のタマルをひとりにならせ、強引に関係をもつが、そのことを怒ったもうひとりの息子のアブサロムは、アムノンを殺す。
その上アブサロムは人々の人気を得て、自ら王とならんと謀反をくわだてたため、ダビデは息子アブサロムと戦って、その戦いのなかアブサロムは殺されてしまう。
ダビデはそのことを知って涙枯れんばかりに号泣する。
ただ、ダビデにとって唯一めでたいことといえば、一度は死産をした美しい妻バテシバが男の子を生み、その子をソロモンと名付ける。 ダビデが年老いて病気になると、息子のアドニヤが王にならんとするが、ダビデはソロモンが王になることを示すために、ザドクという祭司に命じて、ソロモンの頭に油を注がせる。
それからまもなく、ダビデは70歳で亡くなる。
ところで、ダビデは部下の妻バテシバを奪うのだが、それは聡明なアビガイルを妻としたことと無関係とは思われない。
人間はとかく調子に乗りやすいもの、特に王位にある者に対して人はとやかくはいわない。
自分は特別な存在ではなのだからと、ダビデは人としての「わきまえ」を失った。
聖書は明言していないが、そんな高ぶった思いから、バテシバの夫を戦いの最前線にひきだす。
それにしても、ヘブライ王国全盛期のロモン王が、ダビデが心を奪われた不義の妻バテシバの子であったということもまた、神の不思議なはからいである。

「復讐するは我にあり、自ら復讐すな」が人のわきまえなら、「人を裁くな、自分が裁かれないためである」(マタイ福音書7章)言葉もまた、そうしたものであろう。
ダビデは、普通王ならどこの国でも行う、「国勢調査」を行って神を怒らせた。
神はイスラエルを選びの民として、「普通の国」のようになることを望んではいないということである。
遡ってBC11C頃、それまで「志師」とよばれる指導者に率いられたイスラエルは、普通の国のように「王」をたてたいと願った。
その時、預言者サムエルは、民衆がもしも王を立てることを求めるならば、税金をとられたち、奴隷となることもあり得るとそのデメリットを説いたが、民はサムエルの声に聞き従うことを拒んだ。
そして、「いいえ、われわれを治める王がなければならない。われわれも他の国々のようになり、王がわれわれをさばき、われわれを率いて、われわれの戦いにたたかうのである」(サムエル記上8章)」と訴えた。
サムエルは、民の最終意思を確かめ、とりなして神にそのことを伝えた。
すると神は、「彼らの声に従い、彼らに王を立てなさい」と答えている。
こうして「王制」が始まるのだが、神はサムエルを通して、彼らが退けたのはサムエルではなく、”神”が彼らの上に君臨することを退けたのだと、応えた。
結局、イスラエルの民が他のすべての国々のように王を望んだのは、自分たちの上に君臨し守り導く主なる神への揺るぎない信仰ではなく、自分たちの”武力”により頼んで行こうとする「不信仰」を表すものである。
実際、イスラエルの民衆は初代のサウル王」によって様々な辛酸をなめることにもなるが、それはダビデ王においても、しかりであった。
旧約聖書には、ダビデ王による人口調査令とその結果が記されている(歴代誌上21章)。
「国政調査」ならどこの国でもやっているが、神はイスラエルにそれを望まず、そのことに怒りを発する。
「あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる」(マタイ7章)とあるが、ダビデ王が国政調査を行うことは、イスラエルが神に頼らず、武力や兵力に頼ることを意味するからだ。
そして神はダビデに、「三年間の飢饉か、三か月間敵に蹂躙され、仇の剣に攻められること か、三日間この国に主の剣、疫病が起こり、主の御使いによってイスラエル全土に破滅がもたらされることか」と選択肢を与える。
ダビデは、「主の慈悲は大きい。人間の手にはかかりたくない」と、3日間の疫病を選ぶ。
神はそこでイスラエルに疫病をもたらし、イスラエル人のうち7万人が倒れたという。
しかし、ダビデは「民を数えることを命じたのはわたしではありませんか。罪を犯し、悪を行ったのはこのわたしです。この羊の群れが何をしたのでしょうか。わたしの神、主よ、どうか御手がわたしとわたしの父の家に下りますように。あなたの民を災難に遭わせないでください」と神に訴えた。
すると神は、この災いを思い返され、滅ぼそうとする御使いにいわれた。
「もう十分だ。その 手を下ろせ」と。

「イスラエルの諸君、あの人たちをどう扱うか、よく気をつけるがよい。 先ごろ、チゥダが起って、自分を何か偉い者のように言いふらしたため、彼に従った男の数が、四百人ほどもあったが、結局、彼は殺されてしまい、従った者もみな四散して、全く跡方もなくなっている。 そののち、人口調査の時に、ガリラヤ人ユダが民衆を率いて反乱を起したが、この人も滅び、従った者もみな散らされてしまった。そこで、この際、諸君に申し上げる。あの人たちから手を引いて、そのなすままにしておきなさい。その企てや、しわざが、人間から出たものなら、自滅するだろう。しかし、もし神から出たものなら、あの人たちを滅ぼすことはできまい。まかり違えば、諸君は神を敵にまわすことになるかも知れない」。そこで彼らはその勧告にしたがい、使徒たちを呼び入れて、むち打ったのち、今後イエスの名によって語ることは相成らぬと言いわたして、ゆるしてやった。使徒たちは、御名のために恥を加えられるに足る者とされたことを喜びながら、議会から出てきた。 42そして、毎日、宮や家で、イエスがキリストであることを、引きつづき教えたり宣べ伝えたりした。 ◆ダビデの人口調査          歴代誌上21章 1:サタンがイスラエルに対して立ち、イスラエルの人口を数えるようにダビデを誘った。 2:ダビデはヨアブと民の将軍たちに命じた。「出かけて行って、ベエル・シェバからダンに及ぶイスラエル人の数を数え、その結果をわたしに報告せよ。その数を知りたい。」 3:ヨアブは言った。「主がその民を百倍にも増やしてくださいますように。主君、王よ、彼らは皆主君の僕ではありませんか。主君はなぜ、このようなことをお望みになるのですか。どうしてイスラエルを罪のあるものとなさるのですか。」 4:しかし、ヨアブに対する王の命令は厳しかったので、ヨアブは退き、イスラエルをくまなく巡ってエルサレムに帰還した。 5:ヨアブは調べた民の数をダビデに報告した。全イスラエルには剣を取りうる男子が百十万、ユダには剣を取りうる男子が四十七万であ った。 6:ヨアブにとって王の命令は忌まわしいものであったので、彼はその際レビ人とベニヤミンの調査はしなかった。 7:神はこのことを悪と見なされ、イスラエルを撃たれた。 8:ダビデは神に言った。「わたしはこのようなことを行って重い罪を犯しました。どうか僕の悪をお見逃しください。大変愚かなことをしました。」 9: 【はじめに】 将ここには神の怒りの大きさが反映しています。それにしても、なぜ人口調査が罪なのでしょうか。何が問題となっているのでしょうか。 【Ⅰ.家臣の忠言を退け、王命を強制するダビデ】  3節)。しかし、ダビデはその言葉も厳しく(4節)、王の権威をもってそれを退けました。大喝一声「重ねて申するな。予の命じゃ!」とでも言ったのでしょうか。なぜ人口調査が罪なのかは明らかではありません。調査自体が罪である訳ではないでしょう。神はかつてそれをモーセに命じられたこともあります(民数記1:2以下)。人口調査は徴税・徴兵などの基になります。国勢・国力(軍事力、経済力)の把握・確認は、王の当然の任務であります。ダビデ王朝は徐々にその基礎が築かれつつあるとは言え、なお、確立していません。王位がダビデの息子たちに継承されていってこそ、ダビデ王朝の確立・安泰と言い得ます。それゆえ、人口調査はダビデにとって当然のことでした。   ダビデが家来の言葉に聞き従った例を見ますと、サムエル記下19章1節以下に記される記事で、ダビデはヨアブの諫(いさ)めの言葉に聴き従いました。 息子アブサロムの謀反に際し、家来たちの大きな働きによる自軍の勝利にもかかわらず、ダビデはそれを喜ばず、敗北した敵軍の大将、我が子アブサロムの死を悼んで号泣し、取り乱します。彼は私情に振り回されて、王として今なすべきことを自覚していません。このままでは、民心はダビデを離れ、彼を中心とする王国が乱れることは必定。ヨアブはこれを由々しきことと見て、王に諫言しました。ダビデも自分の言動が不適切であることを知っていたがゆえに、ヨアブの言葉に従いました。 また、ダビデはかつて自分の家来ウリヤの妻に邪恋を抱き、姦淫に及びます。そして、その発覚を恐れて隠蔽工作をしますが、それが失敗すると、計略をもってその家来ウリヤを戦死させます。このおぞましい罪のため、ダビデは預言者ナタンを通して厳しく叱責され、神の処罰を受けることになります(サムエル記下12章)。このとき、ダビデは自分の愚かさを認め、罪を告白しました。戦勝に際しての号泣も、姦淫・戦死も、王としてあるまじき言動であることをダビデはよく分かっていたので、ヨアブやナタンから非難されても抗弁できず、それに応じる以外にはなかったのです。   人口調査令の記事はサムエル記下24章にも記されるが、この歴代誌では、それがサタンの誘惑の結果であると明記されています(1節)。これは、人口調査令が―この脈絡では―神に対する重大な罪であることを最大級に強調するものです。ダビデ自身の意識においては、自分が出した人口調査命令がサタンの誘惑の展開であるなどとは、全く思いも寄りません。しかし、物語の読者には初めから、これが神への敵対行為、すなわち罪であることが明らかにされているのです。  サタンとは、堕落した天使の頭です。したがって、サタンはその存在自体が神への敵対・反逆という性質を持っています。それゆえ、神に従うべき人間を誘惑、攻撃して、神に不従順にさせ、そうして神の最初の計画を失敗させようと目論(もくろ)むのです。代表的な事例を挙げますと、例えば、アダムとエバが禁断の木の実を食べたこと、ユダがキリストを裏切り、ペトロが否んだこと―これらは正にあってはならない大罪です。それぞれ、当事者たちの責任は免れませんが、しかし、それらの罪がサタンによって引き起こされたと記して(創世記3:4、5、ルカ3、31)、その由々しさを最大級に示しています。   さて、ダビデの人口調査がサタンの誘惑によるとは、言い換えますと、無意識のうちにイスラエルの真の、究極的の王であると、ダビデに錯覚させたということです!この後、王位はダビデの子孫により世々継承されていきますが、しかし、その全過程で真の王は主なる神だけです!イスラエルの歴代諸王は、真の王なる神の地上的器に過ぎません。主はその王的支配を彼らの政治を通して遂行なさいますが、しかし、決してその王権を彼らに委譲されるのではありません。ダビデもこのことにおいて例外ではないのです。ダビデはそのことを徹底して知らなければなりませんでした。 サタンの誘惑の中心は、人間が神に背くこと、言い換えると、真の神ではなく、この自分が王であると思い込ませることによって、神に不従順にならせることです。それは当然、神への罪です。 【Ⅱ.怒りを発しつつも、恵みを確保される神】  人口調査の罪の結果、神の裁きによってイスラエルの中で7万人が倒れ、ダビデの犠牲となりました(7節)。人口や国力に満足、安心したであろうダビデに対して、神は多大の被害・損失を与えられました。ダビデの出鼻を挫かれたのです。このとき、ダビデは自分の行なったことが本当に神への不信仰、神に対する罪であったことを痛感します(8節)。しかし、主なる神はダビデの罪に対して大いに怒る中で、なお、彼が神に対して信仰的判断・決断をなし得るように、恵み深く導かれます。ダビデは主の怒りを被る中で、預言者ガドを通じて主との対話に導かれ、自己の罪を悟り、悔い改めることができました。   神は先見者ガドを通じて、ダビデに対する刑罰として、3種類の中から一つを彼自身に選ばせられました。大罪を犯したダビデに対して、神は決して一方的に、すなわち選択の余地なき仕方で罰を与えられませんでした―そうすることも当然、おできになったはずなのに!神はなおもダビデに判断・選択の余地を確保して、彼がその限られた条件・状況下にあって、最大限の信仰を発揮できるようにされたのです。これはまさしく神の憐れみ以外の何ものでもありません。それで、ダビデも神の憐れみを最も感じ取れるものを選択したのであります。   3年間の飢饉、3ヶ月間の敵の蹂躙、3日間の疫病はいずれも、神の刑罰です。ダビデは人の手にかかるよりも神の御手に陥るほうが良いと言って、3日間の疫病を選びました(13節)。これは、疫病が神の手で、飢饉と蹂躙が人の手ということではないでしょう。どれを選んでも、神の怒りであり、極めて厳しいものです―3日間の疫病ですら「主の御使いによってイスラエル全土に破滅がもたらされる」(12節)と言われるほどであります。3日間の疫病を選んだのは、疫病そのものが他の二つよりも好ましいからではなく、おそらく、神の裁きが最短期間だったからでしょう。   神の刑罰を選択する際のダビデの言葉は、神の怒りに直面しているその只中で、なお、大胆に神に近づき、神に寄り縋(すが)ろうとする信仰の姿勢を示します。すなわち、神は怒りにあってもなお、ご自身の民に対して慈しみ深くあられるという信仰です。これは、先に神を忘れ、人間的力に依り頼んだ人口調査の行為とは正反対です。 【Ⅲ.神の怒りに直面して罪を悔い改めるダビデ】  ダビデは罪に対する神の裁きの宣告を受けても、正にその只中で、神の憐れみを信じ、それに寄り頼んで、罪の真実な悔い改めへと導かれます。罪の深い自覚と真実な悔い改めは、神の刑罰が自分(と自分の家)にだけ下り、民には臨まないように懇願して、民のために執り成していることに証しされます。これもまた、王としての権威を家臣に強制した人口調査の行為とは対照的に、国民を代表し、国民に代わって、罪とその悲惨の責任を引き受けようとする、まことに神の民イスラエルの王にふさわしい自覚と言動であります。   さらに、ダビデの悔い改めの真実性・真剣さは、ガドを通じて与えられた主の(御使いの)命令に従い、エブス人、オルナンの麦打ち場を高額で買い求めたことに示されます(24、25節)。もちろん、ダビデは金を支払って―自分の側で犠牲を払って―神の赦しと憐れみを買い取ろうとしたのではありません。ダビデとイスラエルへの赦しは、あくまでも主なる神ご自身の主権的、先行的な憐れみによるのであって(15節)、決してダビデの償いの大きさなどによるのではありません。しかし、神による罪の完全な赦しは決して、安っぽい恵み(チープ・グレイス)ではありません。神の赦しの恵みは、それを受け取るのにふさわしい人格的関わり―感謝と献身―を求めるのです。オルナンはダビデに対して、王の要求するものをすべて献上すると申し出ましたが、しかし、ダビデはそれに甘んじることなく、その時の状況の中で最善を尽くして、主の求めたもうたものを入手したのです。これもまた、人口調査令のように、王権を濫用したのとは対照的に、謙遜で自己犠牲的な姿勢です。 【Ⅳ.神の赦しを信じて、祭壇を築くダビデ】  人口調査を軸とした神とダビデの関わりの物語(21:1‐22:1)は、歴代誌におけるダビデの生涯と事績の記述の最後を成しており、この後は、神殿建立関連の記事が集中的に記されます(22‐29章)。そして、神殿建立準備の完了をもって本書上巻は閉じられ、ソロモン以下、歴代諸王の事績を記す下巻へと続いていきます。   今学んでいる箇所では、人口調査の大罪の赦しと、犠牲奉献のための場所の獲得、祭壇造営、および実際の犠牲奉献とが結び付けられています(18節以下)。実は、ダビデが購入した場所は、後にエルサレム神殿建立の場所となりました(22:1)。エルサレム神殿こそは、主なる神のイスラエルにおける確かなご臨在と、彼らの真の贖(あがな)いとを意味し確証するものです。 かつて、主なる神はモーセを通してイスラエルに、将来必ずご自身の名を置くべき所を選ばれるがゆえに、そこで神を礼拝するように命じられましたが(申命記12:5、11、14、18、26)、今、その約束の実現に向けて、具体的な大きな一歩が踏み出されようとしています。その場所はまた、後にソロモンが、罪を犯したイスラエルが悔い改めて神に祈り、神に赦されるべき所となりますようにと祈る、そのような場所であります(歴代誌下6:20他)。   神はダビデの罪を処罰すると共に、それを全く赦し、その赦しの手段として祭壇造営と犠牲奉献を求め、かつそれを可能にされました。ダビデは自ら赦されましたが、そのとき彼は神の民を代表して立っています。そして、彼は自らの罪の責任を引き受け、イスラエルが神の罰から守られるように執り成しました。こうした一連のダビデの言動とダビデを巡る出来事は、遠い将来「ダビデの子」(サムエル記下7:12)として来たりたもう真の救い主、イエス・キリストを、私たち、新約聖書時代の読者に予期させて余りあります。   キリストこそ、自分の命を犠牲にして、私たちの身代わりに神の刑罰を受けてくださり、私たちの真の救いを実現してくださったのです(ルカ23:34)。神は、サタンに誘惑され、神に背いたすべての人間を、キリストによって救ってくださるのであります。私たちはあらゆる状況において、神の大きな憐れみの御手に寄り頼むことができるのです。そして、このキリストを我々に与えられたのは、実に神ご自身なのであります。 【Ⅴ.ダビデ王の犯した罪からの教訓・応用】  例えば、教会における牧師と長老たちの対立や、教会内での役員と会員の対立は珍しくないことです。聖書に反しているとか、私情が絡んでいるということが誰にも明らかな場合は、他の人々の諫言に聴き従う以外にありません。しかし、事柄がすぐに聖書的であるか否かが明らかでないとき、むしろ、それ自体は正当なことであると思われるとき、特に自分の職務に忠実であろうとして、また教会のために良いことであると信じ切って、意見を主張し、政策を提案しているときは、他人の言葉は耳に入りません。とりわけ、自他共に(問題となっている事柄の)"プロ"と認める人は、他人の"素人"意見を受け入れることができない場合が多いのです。しかし、結果的に主の御旨に適(かな)わず、教会にとって弊害となるということは珍しくありません。 最善を尽くしている(と思っている)ときでも―そのようなときにこそ!―、本当に主を畏(おそ)れ賢(かしこ)み、主に寄り頼もうとしているのか、あるいは、単に自分の職務上の権能を行使しようとしているのか、自分の心を深く探ることが必要です。そのような謙遜と忍耐が不可欠です。自分の領域とその権利においても、神がその領域と権利の本当の所有者・行使者であることを忘れてはなりません。主はこの自分の働きを通してご自身の働きをなさいますが、しかし、その権利を私に委譲された訳ではありません。人の言葉が耳に入らないときは―人口調査を強制したダビデのように―間違いなく、自分が王に―神に―なっているのです。 旧約聖書「サムエル記」には、神の霊と悪しき霊の働きによって運命を変えていく人々の姿を最もよく示している。
ユダヤ王国初代のサウル王と二代目ダビデ王の話であるが、それは「霊の働き」によって二人が「選り分け」られていくかにも見える。
それは、神の目が「留まるもの」と「離れ去るもの」のコントラストなのだが、その意味では「恐ろしい」話ともいえる。
ところで「詩篇」の多くはダビデやソロモンによってつくられたが、ダビデが困難や苦悩と出会うたびに神と交わした濃密な対話やヤリトリは、信者とは限らず一般の人々の慰めや励みとなっている。
ダビデと同じく子ソロモンの詩も「詩篇」に収められているが、ソロモンの「高い英知」をもっていたにもかかわらず、「魂の深さ」については父ダビデは及ばなかったのではないだろうか。
そして、誰よりも深く神に愛されたダビデの生涯は苦難と過ちに満ちた人であったといってよい。
自身の家来の妻が気に入り自分のモノとして、さらにその旦那を戦場の最前線に送り込み、結果として殺してしまうのである。
もちろんこの行為は神を大いに怒らせ、ダビデは大きな試練に直面する。
ダビデは幼子の一人を失い、さらに息子の一人がダビデの王位を奪わんと反乱をおこすのである。
ダビデはその反乱に追い詰められるが、その息子が事故で死ぬや慰めを拒絶するほど号泣するのである。
例えば、「人は自分のまいたものを、刈り取ることになる。すなわち、自分の肉にまく者は、肉から滅びを刈り取り、霊にまく者は、霊から永遠のいのちを刈り取るであろう。わたしたちは、善を行うことに、うみ疲れてはならない。たゆまないでいると、時が来れば刈り取るようになる」とある。(ガラテヤ人への手紙6章)
人生は不公平で不条理にみえるか、人は必ず蒔いた種を刈り取らねばならないということだ。
自身の家来の妻が気に入り自分のモノとして、さらにその旦那を戦場の最前線に送り込み、結果として殺してしまうのである。
もちろんこの行為は神を大いに怒らせ、ダビデは大きな試練に直面する。
ダビデは幼子の一人を失い、さらに息子の一人がダビデの王位を奪わんと反乱をおこすのである。
ダビデはその反乱に追い詰められるが、その息子が事故で死ぬや慰めを拒絶するほど号泣するのである。
またダビデは、自ら犯した罪に対して、神によって「敵に3ヶ月おわれる」か「3年の飢饉か」か「3日の疫病」かという三つの選択肢を提示される。
ダビデがだした応えは、どうせ落ちるのなら、人の手に落ちるよりも神の手に落ちるということ。
そして、疫病がダビデの地を襲う。
ただ、ダビデは何の罪もない牛や羊が殺されるのはなぜかと神に問い、災いはダビデの家にのみむけて欲しいと願う。
それに対して、神は疫病を下したことを後悔したとあるほどの「神対応」であった。
そしてダビデは祭壇を築き、神はそれ以上の災いを思いとどまる。
ダビデが過ちから窮地に立った時、いかなる攻撃をうけても、敵意や責めをけして他人にむけずあくまでも自分自身にむけ、あとは神にすべてをゆだねているのである。
その姿勢は終始一貫している、といってよいでしょう。
「カインとアベル」の物語で、神は牛の燔祭を受け入れ、アベルが育てた農作物を受け入れなかった話があるが、ダビデ 神の心を動かすツボをよく知っていたという意味でも「信仰の天才」であったといえよう。
ユダヤ王国の国王・ダビデは、「神への最大のささげ物は砕かれた魂である」(詩篇51篇)と歌っているが、国王ともあろうものが、そんな言葉が吐露できるほどに見事に神の手に落ちたといってよい。つまり神の術中に「はまった」、というよりも「飛び込んだ」というべきでしょうか。