刑法39条

東京・青山のキラー・ストリートは、直訳すれば「殺人者通り」で、こんな名前を治安の悪い国で「通り」につけたら、本当に誰も歩けなくなる。
1960年代に「ピンキーとキラーズ」とかいうグループ名があったくらいだから、「キラー」という言葉にはそう抵抗はない。
通りの名づけの親は、この通りに東京進出の一号店を開いたファッション・デザイナーのコシノ・ジュンコさんである。
コシノさんは、名刺に「キラー通り」と書いたり、タクシーの運転手に「キラー通りまで」と告げるうちに、この名前をすっかり定着させたというゴーワンぶりである。
ところで、「キル」という言葉は「魅了」するという意味もある。
テレビでネス・カフェのコマーシャルでロバータ・フラックの「キリング・ミー・ソフトリー」という歌詞が流れていたが、これを直訳すれば「優しく殺して」だけど、まさか「殺して」を殺人と解釈するものでナイことは、いつもノーサツされている人にはよくわかることでしょう。
ところで「キラー通り」には、その後若手建築家が才能を競うように「前衛的」な建築物を建てていったために、まさに魅了する意味での「キラー・ストリート」は、現実のものとなった。
というわけで、コシノ・ジュンコさんには、「予知能力」メイタもの備わっているのかもしれない。
しかし、この通りもシャレが通じないくらい物騒になると、もはやこの名前のママではすまなくなる。
実際に、マイ・アドレスの福岡市の繁華街には「親不幸通り」というのがあったのだが、シャレが通じなくなるくらいの不幸な事件があったりして、住民の要望で「親富孝通り」に変えられた。
何しろ最近では、「動機なき殺人」や「理由なき殺人」が多すぎて、重大事件の犯人であればあるほど、犯行当時「心神耕弱」や「心身喪失」であったという理由で、罪にも問われることなくトキはなたれる社会なのである。
それで、「親不幸通り」なんてヒネリのきいた名前をつけられる時代は、遠くになりつつあるのかもしれない。
余談だが、鹿児島の南方に浮かぶ喜界ケ島という孤島がある。
平安時代に天皇に対して謀反の陰謀をめぐらせたとされる俊寛が流された「鬼界ケ島」と比定されている。
島民が、この島の名前を変えたくなる気持ちもわからぬではないが、この楽しげな名前では「歴史」の重みまでもフットンデしまいかねない。

最近たまたま、映画「素敵な金縛り」と映画「刑法39条」を日を置かずに見た。
両者とも「法廷」を舞台とした映画であったが、「お笑い系」と「シリアス系」という対照的な雰囲気の映画であったにもかかわらず、ある「共通点」に気がついた。
映画「素敵な金縛り」で被告は、ある事件の犯行時間に、古宿で「金縛り」になっていたことを主張する。
そこで、その時間に被告に「金縛り」を仕掛けていたというザンバラ髪の「野武士の亡霊」がアリバイの証言者として出廷するという奇想天外な話だった。
一方、映画「刑法39条」では、被告が「多重人格」であった為に、自分とは「別の人格」が犯行におよんだとして、自分が無罪であることを主張する。
この映画は1999年製作で、監督は最近亡くなった森田芳光監督である。
いずれの映画でも、「見えない存在」が事件のカギを握るという点で共通していた。
では果たして「見えない」存在が現実の裁判で何らかの「立証能力」があるのかということだが、ナイものに「証拠能力」があるはずはない。
しかし、映画「刑法39条」は刑法39条への問いかけとしては、とても真摯な映画であるように思った。
なぜならこの「見えない人格」に対して、刑法39条は「心神耕弱」あるいは「心神喪失」という名目でカタチを与えようとしているからだ。
日本の刑法は39条で、心神喪失者を「責任能力ナシ」として処罰せず、心神耗弱者を限定責任能力としてその刑を減軽することを定めている。
映画「刑法39条」は、実の娘を殺されてこの法律をタテにノウノウと生きている犯罪者に対して、「この法」をタテに復讐しようとした夫婦の物語である。
主人公が劇団の役者という設定で、物語はスリリングに展開していく。
タネ明かしをすれば、この役者が多重人格を装い「復讐殺人」を果たすのだが、精神鑑定にあたった女医に凶暴に襲いかかる際に、「殺意」が感じられなかったことから、女医はこの「殺人犯」は正常な人間なのではないのか、という疑いをもつのである。
つまり、被告は役者としての能力を生かし、「多重人格」を演じているのではないのかと疑い、次第に「真相」を明らかにしていく、という話であった。
映画のラストで主人公は、殺したかったのは「刑法39条だ」と叫んでいる。

一昨年、厚労省の女性キャリアの冤罪事件以来、検察サイドの「ストーリー作り」に目を丸くしたが、弁護士サイドだって、負けていない。
そのことを印象づけられたのが、1999年山口県の光市で起こった「母子殺人事件」の裁判である。
事件は被告が暮らす団地内で起きた。
当時18歳だった被告は配管工事の仕事を休み、その家を訪ねた。
作業服を着て排水検査を装い、本村弥生さんと幼い娘の首を絞め殺害した。
作家の佐木隆三氏はこの裁判をずっと傍聴されており、私自身たまたま福岡市であった佐木氏の「人権講演会」で、この裁判の話を聞く機会があった。
被告は裁判当初、当時のアリノママの気持ちを証言をしようとしたらしいが、「差し戻し」控訴審で、被告は「前証言」とは全く違うストーリーを持ち出すようになったという。
「差し戻し」控訴審では、モミあってるうちに被告の手がたまたま被害者の首を押さえてしまった、と切り替わった。
わずか1カ月の赤ん坊まで殺した理由については、当初「泣きやまずうるさかったので投げ落とした後、首を絞めた」と証言していたが、「差し戻し」控訴審では、「片親になって可哀想と思ったから」と当初とは全く異なる主張をするようになったという。
さらに、「この僕には自殺すら許されない」「僕は長男ですぐに次男が生まれたので母親に甘えた記憶がない」「弥生さんに甘えたかっただけ」などと自分の生育環境を訴えるのが目だった。
弁護側は、「殺人」の背景に被告の生い立ちや家族、環境などからストリーをつくり、被告を弁護していく。
弁護側が、裁判の中で「虚構の上に虚構を重ねる」ようなことをしていったのはなぜか。
この裁判は異例づくめで、一人の検事に対して弁護側が何人も証言をするものとなった。
彼らは「死刑反対」の人権派弁護士達で、事件の「真相」を明らかにするよりも、この裁判を利用して「死刑廃止」の理想を実現しようとしているかのようであったという。
現・大阪市長の橋下弁護士があるテレビ番組で、あの弁護団に対して許せないと思うなら、一斉に「懲戒請求」をかけてもらいたいと発言したために、放送後、各地で弁護団メンバーへの懲戒請求が相次ぎ、四千件を超えたという。
このことが何より、この裁判に対する世間一般の印象を物語っている。
一方、弁護団のうち数名が、橋下弁護士に対して「損害賠償」を求める提訴をした。
「広範な影響力を持つテレビを通じて不特多数の視聴者になされた発言で、専門家による正しい知見であると認識されやすく、極めて悪質だ」と訴えたという。
さらに「刑事弁護活動には、社会に敵視されても被告の利益を守らなければならない困難を伴う」と語っている。
とはいっても、被告の刑を軽くすることが、絶対に被告の利益なのかと疑問を抱かざるをえない。
結局、最高裁は「無期懲役」とした第一審、第二審判決を破棄し、審理を広島高裁に差し戻した。
高裁は「差し戻し」審でさらに審理することになるが、被告にとって有利な事実が新たに出てこない限り、「死刑判決」が出る公算が大きくなったという。
本村さんの夫は被告が死刑になる可能性は高まった点について、「最高裁自ら判決を下してほしかった」と語り、「命を取られる恐怖と向き合って反省し、人の心を取り戻してほしい。 悔い改めてもナオ”償えない罪”があるということに、その残酷さをあらためて知ってほしい」と語っている。
ところで佐木氏は上記の「人権講演会」で、加害者と被害者の人権の擁護において著しくバランスを欠いていると訴えられた。
最近の資料で、日本全体で加害者には総計46億円の国選弁護報酬と、食料費+医療費+被服費に300億円も国が支出した。
対照的に、被害者には遺族給付金と障害給付金を合計しても5億7000万円しか支払われていない。
ところで、佐木隆三氏は「復讐するは我にあり」で知られた作家であるが、「人権講話」どうりに私情をハサマズに淡々と語るかたり口であるが、著作においてもそのスタイルを貫いているという。
この佐木氏が大きな影響を受けた作家が、トルーマン・カポーティである。
トルーマン・カポーティといえば「ティファニーで朝食を」を思い浮かべるが、「冷血」という作品でノンフィクション・ノベルという分野を切り開いた。
トルーマン・カポーティの生涯は、数年前の映画「カポーティ」で描かれている。
この映画のワンシーンで、朝刊を読んでいたカポーティがある記事に目をとめ、この殺人事件を小説化したいと語ったシーンがあった。
それこそが「冷血」という作品に結実するのだが、実際に起こった「動機なき殺人」を扱ったものだった。
映画の中で、カポーティはこの動機なき殺人者に「自分を見た」と語っている。
しかし「冷血」を書く過程で、カポーティは我々の想像を絶する葛藤に遭遇する。
カポーティは犯人に共感し死刑が回避されるのを願いつつも、死刑を見届けなければ「冷血」が作品として完成されないというジレンマだった。
カポーティは、犯人の死刑の執行が延期されるたびに、「生殺し」に合ったかのような葛藤を覚える。
「冷血」以後、カポーティは目立った文筆活動はしていない。

裁判が全うに機能するのは、「理性ある殺人」つまり動機がハッキリしている殺人である。
不条理な殺人つまり「動機なき殺人」は、検察にしてもストーリー作りがウマクできない。
殺人のアリサマが凄惨なほど異常であるほどに、「刑法39条」をタテに「心神喪失」という印籠が振りかざされ、事件ソノモノがなかったかのように処理されている。
そして、犯罪被害者の遺族の「悲しみ」だけが残されていく。
ある犯罪被害者の遺族は「そうした犯人に対する報復は自分達が幸せになることだ」と苦しい胸の内を語っている。
ジャーナリストの日垣隆氏が「そして殺人者は野に放たれる」という本の中で、「心神耕弱」や「心神喪失」で減刑された事件についてイクツカ紹介している。
犯罪とはシバシバ酒を飲んで景気づけ後に行われることが多い。
しかし常識からいって、酒の力を借りて行った凶悪犯罪が、酒の力を借りなかった場合よりも、刑が軽くなったり無罪になったりするのはナカナカ承服しがたいものがある。
1980年に新宿駅西口バス放火事件の犯人も飲酒してコトにおよんだ。
この事件では、6人が亡くなったが、「動機」とよべるほどのものはなく「心身耕弱」とされた。
犯人は過去に酒を飲んで住居に不法侵入して警察に逮捕されたものの、その際に医療入院して「精神分裂病」の診断を受けて、結果的に起訴を免れたという経歴がある。
判例上、「了解しがたい異常さ」が無罪または減刑の根拠とされるのならば、異常な行動を取った方が罪が軽くなるということなのだ。
それで上記の映画「刑法39条」であったような「見事な」心神耕弱ブリを演じ、そこに光市の事件の裁判におけるような「虚構づくり」がなされるならば、凶悪な殺人者がヤスヤスと野に放たれることになる。
また覚醒剤は幻覚や妄想を引き起こす薬物だが、それらに支配された行為は、心神喪失ないし心神耕弱とみなされる。
それで犯行の直前に覚醒剤をうったことにすれば、「心神喪失認定率」も高まるというわけだ。
自ら覚せい剤を使用して犯罪をおかしたものを「責任能力なし」として無罪放免にするのは、さすがにドウカ。
犯罪者の心理については精神鑑定人も正直なところワカラナイというのが本音で、ワカラナイは書けないから仕方なく適当な結論を記入しておくのだという。
そこに「心神耕弱」やら「心神喪失」というのが一番便利な言葉として存在している。
そして日本では「心神喪失」があまりにも簡単に乱発され、不起訴または無罪となる殺人者だけで毎年早く数十人に達するという。
日垣氏は、その数が日本以外の国のおおむね100倍以上に達するというのは、「国際的スキャンダル」にほかならないと断じている。
また、刑事治療処遇施設がない状態での重大な事件をおこした殺人者をを毎年大量に「無罪放免」にしているのも、同様に国際スキャンダルの域にあるとしている。
国際世論へ訴えかける意図があったのかどうかはよくしらないが、映画「刑法39条」はベルリン国際映画祭に出品された作品である。
ところで、現行刑法が公布されたのは1907年(明治40年)で、今に至るまでホトンド改正されていないというのも、驚きである。
ちなみにスウェーデンやデンマークでの法曹界では「心神耕弱」という概念を早くから削除していて、 スウェーデンでは1965年の改正で「結果責任」という概念を明記したという。
映画「刑法39条」は主人公が役者であったが、役者でなくとも少しの知識があれば「心神喪失」を演じることができる。
滅多にないと思うが、仮に弁護士が「被告の利益」の為に、そのようなストリー作りに協力しようとすれば、充分に可能なことである。
また死刑制度に賛成するものではないが、死刑制度があるにもかかわらず実際には死刑の執行はナカナカ行われておらず、先延ばしされつづけているのも、司法の信頼を失わせるものがある。
1974年の法制審議会で「改正刑法草案」が正式に決定されたにもかかわらず、今ナオ「継続審議中」なのだという。
政治家が「政局」バカリに目が行っているためか、なかなか議論がすすまないようだ。
その間にも、年間650件以上の「精神鑑定」の乱発・乱用は、刑法39条が「大暴走」していることを物語っている。
精神鑑定は、脳内が尋常でなくなることが明らかな薬物を、みずから使用して為した犯罪に対しても刑を「減刑」する役割を担ってきた。
社会の一般感情としても、故意に自ら精神の障害を招いて罪を犯した者には「減刑」を適用しないとするぐらいは、喫急に議論すべきことかと思う。
刑法改正については、政治家も法務官僚も「金縛り」にでもあっているみたいです。