サムソンの髪

最近のニュースで、ロンドンの金融市場で「金利の世界基準」であるライボー(LIBOR)なるものが定められているのを知った。
そういえば、ロンドンのロスチャイルド社の中にある「黄金の間」で、世界の貴金属商5社により、金価格が決定されて発表され、この価格が世界の金現物価格の「指標」となっている。
ロンドンは「世界金融の中心地」として長い歴史をもつが、金融街といえば「シティ」という名で知られている。
「シティ」は、 ちょうどグリニッジに世界の「標準時間」を定めたように、ココでの金利設定が「世界中の基準」として定められているのである。
このようにイギリスは依然として「世界標準」としての役割を担っているが、加えて「ドゥームズデイブック」制作の伝統もある。
ドゥームズデイ・ブック(Domesday Book)は、イングランド王国を征服したウィリアム1世が行った検地の結果を記録した世界初の「土地台帳」の通称である。
1085年に最初の台帳が作られたが、「ドゥームズデイ」すなわち「運命の日」という名がついている本だけに単なる「検地帳」ではない。
本来、「ドゥームズデイ」とは、キリスト教における「最後の審判」のことで、全ての人々の行いを明らかにし罪を決定することから、12世紀ごろからこの台帳を「ドゥームズデイ・ブック」と呼ぶようになった。
内容は単に土地の台帳だけでなく、家畜や財産など細かく調査し、「課税の基本」としたもので当時としては画期的だった。
この「課税台帳」は、その人間の一生の「行状」を示す間接的な「証拠」つまり「最後の審判」の有力な基準にナルという意味で、ドゥームズデイ・ブックなんて大仰な名前がついたのである。
以前新聞で、「Doomsday ClocK」なるオブジェを見たことがある。
これは定期的に「世界の終末の日」に残された時間を少しずつズラシナがら表示しているものである。
これは、核戦争などによる人類の滅亡(終末)を午前零時になぞらえ、その終末までの残り時間を「零時まであと何分」という形で象徴的に示す時計である。
実際の動く時計ではなく、一般的に時計の45分から正時までの部分を切り出した絵で表される。
「運命の日」の時計あるいは単に「終末時計」ともいう。
日本への原子爆弾投下から2年後、冷戦時代の1947年にアメリカの科学誌「Bulletin of the Atomic Scientists」の「表紙絵」として誕生した。
以後、同誌は定期的に委員会を設けて、その「時刻」の修正を行っている。
すなわち、人類滅亡の危険性が高まれば分針は進められ、逆に危険性が下がれば分針が戻されることもある。
1989年10月号からは、核からの脅威のみならず、気候変動による環境破壊や生命科学の負の側面による脅威なども考慮して針の動きが決定されている。
終末時計はいわば「仮想的」なものであり、上記の雑誌の新年号の表紙などに絵として掲載されているが、新聞で見たのはシカゴ大学にあるその「オブジェ」であった。
ちにみに核兵器拡散の危険性が増大したことや、福島第一原子力発電所事故が起きたことなどで、2012年は「5分前」にまで針が進められた。
時計の針がもっとも正午に近づいたのは、アメリカとソ連が水爆実験に成功した1953年で、「2分前」まで進んだ。
反対に、ソビエト連邦崩壊ユーゴスラビア社会主義連邦共和国解体の1991年には「17分前」までも針が戻された。
イギリスでの「標準時間」の設定や「ドゥームズデイブック」の伝統を踏まえて、LIBORなるものも「国際金融市場」をチャント「反映」して設定されているモノと考えられていたが、このたびソレが「不正に」操作されていたという事実が発覚したのである。
バークレイズという銀行がソノ不正を認めたそうだが、こうした不正は一行ダケでできる性格のものではなく「調査」が進めばさらに裾野が広がる可能性が高い。
LIBORは世界の金融市場の中心の一つであるロンドン市場で、世界の有力銀行が互いに資金を貸し借りする際の金利である。
業界団体の英国銀行協会が、取引の実績でなく、銀行が「お金を借りるのに何%の金利を払うか」を自己申告したものを集計し、毎日算出している。
ドルや円など10種類の通貨が対象である。
いわば、世界の基準金利といえるもので、日本の住宅ローン金利にも影響するだけに、「対岸の火事」で済ますわけにはいかない。
問題の発端は、米英の金融監督機関が、英金融大手のバークレイズに史上最大の2億9000万ポンド(約360億円)モノの罰金を科したことである。
その後、次々と新事実が明らかになるのだが、バークレイズの不正を整理すると、金融危機のリーマン・ショックをはさんで「二段階」に分かれる。
まず第一段階(2005~08年)では、実態より高い金利を英国銀行協会に報告しLIBORを「高めに誘導し」、市場の取引で利益を上げていた疑惑がある。
バークレイズのトレーダーが不正操作に加担した担当者に「今度、会ったとき、君と祝杯をあげよう」と1本8万円もする高級シャンパンを飲むことを約束するメールを送ったことも暴露されている。
2008年のリーマン・ショックを頂点とする世界金融不安の元になったサブプライムローンの貸し込み、それを証券化したデリバティブを売りさばいて暴利をムサボッタことが改めて明らかになった。
そして第二段階では、リーマン・ ショックが起きた2008年秋には一転、申告する金利を「故意」に引き下げ、財務体質を健全に見せかけ、「国有化の危機」を乗り切った。
信用度が低い金融機関がお金を借りる場合は、金利は高くなるのが普通である。
しかしリーマン・ショック当時、金融界は深刻な危機に陥って、経営に不安がある金融機関が市場からお金を調達できなくなり、「資金繰り」が行き詰まる心配があった。
そこで、イングランド銀行の副総裁がバークレイズに、LIBORのために「申告」する金利を低めに申告するよう「誘導」したといわれる。
副総裁氏は疑惑を否定しているものの、金融危機を乗り切るために、当局と金融機関に「暗黙の了解」があっても不思議はないといわれている。
正直に高い金利を申告して「危ない」と市場に評価される銀行が続出すれば、金融パニックに陥る懸念があったのだ。
ただ、LIBORは仕組みとして、1行ダケでは「不正操作」にも限界がある。
ドルの場合で18行が申告し、金利が高いもの、低いもの各4行分を除いた10行の「平均値」を出しているので、バークレイズだけが極端に高く(低く)誘導しようとしても、できるとは限らない。
そこで、欧米の金融当局は、多数の金融機関が「関与」した可能性が高いと見て調査を続けている。
英銀行協会に「円建て」の金利を申告する日本の大手銀行にも疑惑の目がむけられている。
ところでタダデサエ、欧州債務危機などで欧州経済が傷んでいるところで、大手銀行の「信認」が揺らげば、一段と「円高」が加速する恐れがあり、世界経済は新たな「火種」を抱えたことになる。

ところで、LIBORの発端から「世界金利基準」になった経緯を見ると、コノ世界のその他の部門の「歪み」が多く見えてくるように思う。
LIBORの生みの親という人物によれば、最初は「非公式」なものとして始めたのだが、長く続くようになったのだという。
発端は1969年、イラン政府から8000千万ドルの「融資」を求められた。当時としては巨額で自分の銀行だけで用立てられる額ではない。
一緒に貸そうとい多くの銀行に協力を求め「協調融資」をまとめた。
ただ一つ大きな問題は、貸出金利をどう「一本化」するかということであったが、契約直前の金利を各銀行に電話で報告していもらい、その「平均」を出すことにしたのである。
この「平均値」である金利によって、「協調融資」が繰り返されることによって、「国際金利基準」になっていったという。
つまりロンドンの「金融紳士の集まり」での話だったが、互いが互いのことをよく知っていたので、インチキは許されなった。
不正をすればサークルからハジキ出されるからである。
しかし1980年代の半ば、このLIBORの位置づけが変わってきた。
固定金利と変動金利をトリカエル金利スワップなどの金融派生商品(デリバテイブ)が広がり、LIBORがその基準に使われるようになったという。
つまりLIBORが「世界金利基準」となったのである。
そしてそのトリマトメ役として業界団体の「英国銀行協会」に委ねられた。
LIBORで左右される取引額は、世界総額554兆ドルに達し、日本のGDPの80倍を上回る。
それだけ広がっても「サークル」的雰囲気は消えなかった。しかしソレは「悪い」意味でであった。
つまり、来週の金利設定日に「低い」金利を出してもらわないと、スゴイ損失がでるのでナントカ操作してくれといった要望が出る。
リーマンショック以降こうしたケースが増えるのだが、「金利を操作する」といって複数の銀行がカカワッテ出来ている基準だから「大きな操作」はできない。
しかしホンノ「微小」な操作でも、額が大きいのでカナリの利益が出るのである。
銀行に「貸し」をつくっておけば、超高級シャンパンに限らずいろいろな見返りを期待できる。
また、こうした「不正」な操作があったとしても、何か「罰則」があるわけではない。
こうした「緩んだ」状態が放置されたママで不正のウワサはあったものの、最近になってソウシタ「操作」で損をしたという「訴訟」のラッシュが起き始めたのである。
イギリス当局もこの事態を放置できず、ついに「LIBOR不正操作」のニュースが世界を駆け巡った。
そして、今ロンドンの国際金融センターとしての信任が大きくユライでいる。
ちなみにイギリスは、ゲームの参加者を相互に監視し、規律を保とうとする。
アメリカのように、自由にさせるが問題が起きたら刑務所に送り込むなどといった荒っぽいことはしない。
このLIBORの不正は、グローバル化の進行に伴ない「金融紳士達」の伝統が急速にフェイドアウトしつつあることを思わせられる。
モハヤ金融とジェントルマンの伝統は結びつきにくい事態となっているのである。
LIBORのように金利水準の設定を「仲間内」でやっていたものだが、「世界基準」になるにつれて参加者がふえ、全く異なる性質を持つようになるケースは他にも見られる。
インターネットがその代表で、モトモト大学の研究室どうしを結んだり、軍事関係のシンクタンクを結んだりするものにすぎなかったが、「共通」のプロトコルで通信が行われると、爆発的な広がりを見せるようになった。
ハーバード大学のインナーサークルから世界中に広がったのが「フェイスブック」である。
ゲームへの参加者が広がり顔が見えなくなると、従来の「基準」はマッタク別の意味合いをもつということである。
LIBORの場合、「基準」のトリマトメメ役が「英国銀行協会」に変ったことが大きい。
考えてみれば、仲間内の相互取引から「貨幣経済」の進展とともに世界に広がったのが「市場」である。
この「市場」も金融派生商品の登場によって、製造業中心の時代の「市場」とは全く別の段階に達したような印象が強い。
そして破綻した大企業が政府管理下に入ったり、破綻規模の大きい金融機関に膨大な公的資金を投入されたりして、マルクスの予言とは全く違うルートで「社会主義」化が起きてきている。
7月末、フランスのアビニョンで行われた「演劇祭」で、金融危機をテーマにした劇が複数発表され話題になっている。
劇「15%」を発表した演出家は80年代から加速してきた金融の規制緩和に恐れを感じてきたという。
大手金融機関は政治への勢力浸透に力を入れ、関係が激変した。
金融界は現実離れした環境で価値を生み出し、新たな商品をどんどん売りに出し始めた。
演出家が、「ジャムの瓶の中身に指を突っ込んでナメつくすように」利益を集めたトレーダーに、演出家が「倫理」はないかと問うと、「それは上司に委ねられている」と答えたという。
演劇祭の討論会に参加したフランス人経済学者は、芸術家と経済学者に交共通する責務とは、合理的に見えるメカニズムの隠された、際限なく富を追求する欲望を暴露することではないか」と語っている。

ところで、ロンドンのシティは日本の「兜町」で、タウンゼント街は「永田町」にあたる。
イギリスの上院・下院議員であるジェフリー・アーチャー氏という人は、イギリスの「政治家」の伝統的イメージを覆すような人物の一人として紹介したい。
ジェフリー・アーチャー氏は、日本人にとっては「ケインとアベル」などの作家としてよく知られている。
しかし元来はイギリス上院・下院議員であり、保守党副幹事長を務めて一代貴族(男爵)となっている「大物」でもある。
アーチャー氏は生粋のロンドンッ子でウェリントン・スクールからオックスフォード大学へ進んだ。
卒業後に会社を設立し、1969年、保守党から下院議員に当選した。
しかし1973年、北海油田の幽霊会社に投資してしまい、財産を全く失い、1974年10月の総選挙で敗れ、一旦は政界を退いた。
しかし1976年に発表した処女作「Not a Penny More, Not a Penny Less」(日本語版タイトル「百万ドルをとり返せ!」)が大ヒットし、借金を完済した。
作家活動の一方、1985年には上院議員となり「政界復帰」し、党副幹事長などを務めるが、翌1986年に、今度はスキャンダルで辞任した。
その後、保守党の「ロンドン市長選候補に」決まり、三たびの政界復帰を視野に活動していた1999年には「偽証罪」に問われ、2001年7月に裁判で「実刑」が確定した。
服役後、2003年7月に保護観察となり、「A Prison Diary」(「獄中記」)を出版し、その後社会復帰した。
出獄後初の短編集である「Cat O'nine Tales」 (「プリズン・ストーリーズ」)は、12作の短編小説のうち9つがアーチャーが獄中で「聞いた話」を小説にしたのだという。
刑務所と政治の世界をイッタリキタリしてきたジェフリー・アーチャー氏は、獄中で作家としての「力量」を 磨いた点でユニークであり、一度は刑務所に入れられた人物が何度も「政界復帰」するのというのは、イギリスの政治の伝統にはなかったケースであろう。
少し似たケースに「最後の一葉」や「賢者の贈り物」などの名作を書いたアメリカ人作家・オーヘンリーがいるが、オーヘンリーの場合は「獄中体験」をもった銀行家であったに過ぎない。
ところで「牢獄」につながれてもナオ「力」を養った人物が旧約聖書「士師記」に登場する。
この話は「サムソンとデリラ」の物語として映画化されたりしている。
サムソンは髪が長いうちは怪力を発揮するが、髪が切り取られてしまうと力を発揮できなくなる。
サムソンの怪力を恐れた敵対するペリシテ人(パレスティナの語源)が、美しい女性デリラを使ってサムソンの髪を切り取り、その怪力を封じて獄に捕らえてしまう。
サムソンは目をクリヌカレルという残酷な「刑罰」を受けた末、獄に入れられてしまう。
ペリシテ人達は、ようやく枕を高くして寝れるようになるのだが、サムソンの怪力の源泉たる「髪」が少しずつ伸びていることを気にする者は誰もいなかった。
その後サムソンは街中を引き回されたりするのだが、「見世物」として繋がれた建物の二本の柱をソノ怪力をもって倒壊させ、見世物に集まった数千人ものペリシテ人を道ヅレに、建物の下敷きになって死亡するのである。
サムソンの髪の長さの「微小な変化」に気をまわす人は誰もおらず、放置されたままであった。
そしてソレハいつしか世界を「滅ぼす力」となっていたのである。
というわけで、LIBORの不正操作は、「サムソンの髪」を思い起こさせる事件であった。