スパイダー人

映画「スパイダー・マン」の主人公は、勉強以外はサエないニューヨーク在住の高校生である。
ある日、被験体のクモに噛まれた事によりスーパー・パワーを身につけ、悪者を懲らすことになる。
今日我々も「悪者」を懲らすなどという気はサラサラないにせよ、スパイダーマンのごとく「スーパー・パワー」を手に入れる日も遠くない。
つまり、生活の隅々まで、強くて丈夫でシナヤカな生活を手にいれることができる。
ソレニ、しようと思えば、ビルだってよじ登ることができる。
ヤモリは、登る壁が滑らかであろうが、粗かろうが、湿っていようが、オウトツのない垂直な壁でも簡単に登ることができる。
その秘密は足の裏の構造にあって、その足にはたくさんの毛が密集していることによる。
片足に50万本近い毛があり、サラニ枝毛のようになっていて、一本の毛の先端が100本から1000本の毛に分かれている。
その先端が大きく広がった構造をしていて、これらの面が分子の間に働く力で、壁などに接触しクッツイテいる。
一匹のヤモリはこのような構造を10億個も持っているという。
この構造を人工的に実現できれば、スパーダーマンのようにビルだってよじ登れるわけである。
実際に、イギリスのマンチェスター大学の研究チームが、あるテープの開発に成功している。
このテープは0.5cm四方のもので、100g以上のものを貼り付けることが可能である。
さらには、面ファスナー(通称マジックテープ)、強力接着シート(ヤモリテープ)などあり、これらを試験者がテープを手に巻きつけたところ、片手で天井にブラ下がる事が出来たという。
このテープを利用した手袋をはめれば、ビルにだってよじ登れるワケである。

現在、バイオミミクリ(Biomimicry)という科学が注目をあびている。
「バイオ」は生物や生命、「ミミクリー」は「真似をする」意味の「mimic」からきており、「二つ」の単語をアワセタ言葉である。
つまり、自然界の中に一つのモデルを見出し、そのデザインやプロセスを真似て、または「インスピレーション」を得て、「人間界」の問題を解決しようという新しい科学である。
「新しい科学」とはいってもソノ淵源はふるく、500年以上前にレオナルド・ダ・ヴィンチは、トンボが「空中停止」する様子にヒントを得て「ヘリコプターの原理」を考案したといわれている。
また、ライト兄弟も鳥の翼が「上面と下面で断面のカーブが違う」ことを発見し、飛行機の設計に取り入れ、ドイツのリリエンタールがコウノトリを観察してグライダーを作った。
生物を真似して技術を開発するバイオミミクリーは、まずは「生物の形を真似る」ということに始まる。
生命は40億年、陸上の生物でも4億年の歴史があるから、タカダカ数百万年しか生存していない人類よりもハルカニ環境に適合して生存してきた。
そのために動物の形にはムダがない。
つまり、モノや動物の本質(つまり機能)は形となって現われているということだ。
例えば、チーターは快速で走るようにシナヤカな体にできているし、尻尾も逃げる獲物が急速に方向を変えた時に即座にバランスをとるのにチョウドよい大きさとなっている。
カザフスタンに住むサイガという牛と鹿の中間のような風貌の動物は、鼻がでかく漫画のような顔をしているが、昼間摂氏50度にもなる草原で熱する血をそのまま頭に送っては脳がやられるため、大きな鼻の空洞で体の血液を一旦冷やして脳に送り込むために鼻が大きくなったのだそうだ。
こうした自然界には人間の生活に役立つ形や構造にアフレている。
そこで、アワビの貝殻の構造をマネタ「超強靭」の素材、ナカが空洞であるアリヅカの「空洞配列」を模した空調システム、「蜂の巣」を模倣したハニカム構造バネルなどがある。
また身近なところでは、兵庫県西宮市にある会社が「蚊の針」を参考にして、「痛み」を感じにくい注射針を開発した。
ところで、日本の新幹線が2つの動物からヒントを得て作られている。
つまり、二つの部分で「生物学的」な解決策が行われている。
ひとつは先頭車両の先端のデザインで、新幹線がトンネルに入るとき、トンネル内に大きな圧力がかかり、周辺一帯に破裂音が響く。
カワセミも空中から水中に飛び込むとき、同じような大きな圧力を受ける。
カワセミは上手に水中に飛び込むが、どうしてそれが可能なのかといえば、ソノ形状が優れているという結論に達した。
そこで、技術者はカワセミのその形を真似て先頭電車の先端を造ったのである。
もうひとつは、新幹線を電線に接続するために、デッパッテいる部分のパンタグラフである。
新幹線が走るときに、パンタグラフは高速で空気中を通過することになる。
ソノママでは風の抵抗が強くて、大きな「騒音問題」が起きてしまう。
技術者は、フフクロウが鳥の中で一番静かに飛ぶことに注目した。
そのカタチが風の抵抗から起こる音を出さない仕組みになっており、その形をパンタグラフに採用した。
また経営不振に陥ったダイムラー・クライスラー社は、2005年に「ハコフグ」の形を真似た自動車を発表した。
この自動車は従来型よりも抵抗係数が6%も減り、燃費をヨクすることに成功したといわれている。
さらに「蛾」のように暗い環境で生息する動物は、光をできるだけ多くとり込まなくてはならない。
従って、その目には特殊な「適応性」があって、光を反射しないしくみになっている。
「蛾」の目は、空気中から物質に光が入る際の「屈折」を抑える構造でできているため、反射を少なくすることができる。
この構造は、より多くの光を吸収することが可能な「太陽電池」などにも使えるという。
また技術者は、クジラの推進力を生む「付属物」のいくつかに注目して、フクロウの翼と同じような特徴に気がついた。
翼の最先端に小さな「突起物」があり、これが「風切り」の機能を果たして抵抗を減らしている。
そこで、風車のタービンの先端にもこうしたコブをつけてみると風車が回る際に出る音が小さくなり、同時に風から「効率よく」エネルギーを作り出すことができるようになった。
ところで、知る人ゾ知る、宇宙服はキリンの「身体的な特徴」を参考として開発されてきた。
キリンの「心臓」は、恐らく、動物の中で最もパワフルである。
なぜなら、キリンの長い首を通り、頭まで血を送るのには、 普通の約2倍の血圧が必要だからである。
この高血圧に対して、キリンは、水を飲むために頭を下げる時に頭が破裂しない様に、ソレを阻止する「特別な機能」を持っている。
その特別な機能と同等に素晴しいのは、血液は足には溜まらない為、キリンがモシ足に傷を負っても、過度に流血しない、という事実である。
その秘密は、極端に強い「表皮」とその内側の「筋膜」にあり、コレラが血が溜まるのを防いでいる。
この表皮と筋膜の組み合わせは、NASAの科学者達による「宇宙服の開発」の過程で、長年にワタッテ研究されてきている。
それと同様に、キリンの足の動静脈は、足のかなり内部を走っているため、負傷時の過度の流血を防ぐ助けとなっている。
キリンはソノ構造の不思議さに加えて、自然界の聡明な「デザイン性」というものを明白なカタチで示している。

バイオミミクリーの応用例は、特に素材産業において「顕著な」可能性を生み出している。
例えば、ハスの葉のように水をハジク「撥水性」のある素材の開発がある。
ハスは真っ白な花びらの表面が、水をハジイテ汚れを落とす「ナノ」構造になっている。これが自然の力でキレイになる「塗料」を生んでいる。
「ナノ」とは、1ミリメートルの「百万分の1」の単位の微小な世界で、電子顕微鏡によってソノ構造が明らかにされるようになった。
ハスの葉の表面はワックスのような物質で覆われていて、さらに細かいデコボコがある。
これが水滴と葉を触れ合いニククして、レインコートなどの水を弾く「撥水加工」の素材や、外からの水を通さず中の水蒸気を「発散」するスポーツウェア等の開発にツナガッテいる。
またクモの糸は、類まれなる強さ、丈夫さ、柔軟性を兼ね備えていて、新しい繊維に生かせないかという試みが行われている。
クモの糸の強度は、同じ太さの鋼鉄の5倍もあり、しかも「伸縮率」はナイロンの2倍もある。
ところでクモの特性は、歴史的にも常に興味が持たれていた。
古代ギリシアの勇士は、傷口を塞ぐためにクモの糸を使い、また、オーストラリアのアボリジニは、クモの糸で釣り糸を作っていた。
さらに、ニューギニアの人々は、クモの糸で網やバッグを作っていたという。
しかし人間は、そして「バイオミミクリー」的発想をモッテしても、クモの糸をナカナカ作れずにきた。
クモは、蚕のようにクワ葉を食べて繭を作り出す生き物ではなく、根本的に肉食動物であり、共食いでサエする。
このようなクモをたくさん飼って、蚕のように絹の糸を量産することはデキナイのである。
しかし、「遺伝子組み換え」技術が大きな可能性を開きツツある。
「遺伝子組み換え技術」とは、ある遺伝子と別の遺伝子を組み合わせることによって可能となる。
具体的いうと特別な「酵素」を用いることにより、遺伝子は切り出され、別の遺伝子配列に組み込むことが出来る。
ホタルとトマトを組み合わせて、光るトマト。
ヒラメとトマトを組み合わせて、光るヒラメではなく低温に強いトマトを作り出すことに成功した。
また、クモの遺伝子を組み換えて、ヤギのDNAに導入することが試みられた。
一旦、遺伝子組換えをした受精卵が定着すれば、ヤギに正常な妊娠は起こる。
ヤギの妊娠期間はおよそ5か月であるが、このようにして、クモの遺伝子を導入されたヤギが妊娠して出産された子ヤギは、「新タイプ」のヤギである。
それがメスであれば、クモの糸のタンパク質を含んだミルクを生産する。
そして、クモの糸のタンパク質を分離し、それを紡ぐことによって、「バイオスチール」というクモの糸を作ることが出来る。
つまり、バイオスチールを、遺伝子組み換えをしたヤギのミルクによって作ることができるようになった。
それはちょうど、蚕が絹を作るように、大量に生産することが出来るようになったことを意味する。
そして、バイオスチールは、微小縫合糸といった医療用の糸やヘルニアなど靭帯の修復に使われる医療用の糸、人工血管などを作ることができる。
「テロ対策」に防弾チョッキやクモの糸をフィルターに使った「防毒マスク」なども考えられている。
今、「自然環境保護的」観点から、自然に戻せる素材つまり「生分解性」の素材が必要とされている。
そこでクモの糸を使って、ファションの最先端であるオートクチュール用繊維の開発がナサレている。
さらには、クモの糸を用いた画期的な「合成素材」を自動車産業で用いる研究もおこなわれている。

これまで人類は、自然界からヒントを得て様々な技術を生み出してきた。
そして生命の歴史38億年をかけて淘汰され進化してきた自然界には、 「持続可能性」へのヒントがタクサンつまっているといえる。
そこで、バイオミミクリーは「自然の生態系全体」をマネル技術としてモ注目をあびている。
森林にしてもサンゴ礁にしても、動物の排出するフンは養分になり、植物が生産する酸素は動物の存在に必須な物質となってスベテが循環している。
こうした「生態系」をモデルとして、可能なかぎり物質が循環する社会を作る実験が始まっている。
例えば、デンマークのカランドボルグでは、電力会社が出す廃熱を蒸気としてパイプで精油所と製薬工場に送り、エンジンを動かしている。
さらに、残った蒸気は別のパイプで3500世帯の家庭に暖房用に送られ、これらの家は石油暖房を使用していない。
それに加え、発電所の冷却水は57か所の養魚所に送られてマスやヒラメを育てている。
また、製薬工場から出る泥や粘土が混じった液体は パイプラインで農家に送られ肥料になっている。

「バイオ・ミミクトリー」の話から、自然界の「黄金比率」を思い起こす。
それは、自然界の「かたち」の中には「黄金比」というものがあり、ソレは 「フィボナッチ数列」から 導き出せる数字である。
1・2・3・5・8・13・21・34・55・89・144・233・377・ 610・987・1597・2584・・・。
その数列は隣り合う二つの項の和が、次の項の値に等しいことで名高いが、隣り合うふたつの項の比がある 数へかぎりなく近づいていくという性質も持っている。
その数こそ黄金比、すなわち「1、 618」で、この「黄金比」は自然界のいたるところに見られる。
いにしえの科学者はこれを「神聖比率」と呼んで崇めた。世界中どのミツバチの巣を調べても、メスの数をオスの数で割ると、同じ値が得られる。
オウムガイは、軟体動物の頭足類で、殻の中の隔室へ気体を送り込んで浮力を調節するが、螺旋系の直径はそれより90度内側の直径との比率が1、618対1である。
植物の茎に葉がつく配列、昆虫の体の分節、すべてが驚くほど忠実に「黄金比」を示している。
レオナルド・ダヴィンチは実際に死体を掘り出して骨格を正確に計測するなどして、人体の神聖な構造を誰よりもよく理 解していた。
そしてダヴィンチは人体を形作るさまざまな部分の関係が(平均すると)「黄金比」になることを初めて実証し た。
肩から指先までの長さをはかりそれを肘から指先までの長さで割ると黄金比、腰から床までの長さを、ひざから床までの長さで割る、これも黄金比である。手の指、足の指、背骨の区切れ目なども黄金比である。
まるで人間一人一人が神聖比率の「申し子」みたいに思える。
この「黄金比」は建築にも生かされパルテノン神殿やピラミッドの建築物はいうに及ばず、バイオリンの「孔の位置」にも生かされた。
これも建築の構造を、自然の構造から学ぶことであり、「バイオミミクリー」の一種といえそうだ。
混沌とした世界の底には、「驚くべき秩序」が隠されていた。
「1、 618」は、偶然の域を超えた万物の創造主によって定められた、まるで「ワケアリ」の数字のように思えてくる。
自然の営みは人間が学びきれないほど奥が深いが、自然を「支配」しようとして自然を破壊してきた先進文明において、 最先端の技術が「自然から学ぼう」という姿勢に変りつつあることは、喜ばしき「兆候」だといえる。