顔覆いを除く

最近、新書版の本で「不思議なキリスト教」とか「日本人にとってのキリスト教」とかいう本がよく売れている。
その背景の一つは、「日本人にはキリスト教はよくわからない」からかもしれない。
しかし、それは少し違うように思う。西欧人もわからないのだ。
なぜなら聖書が自ら、「聖書はわからぬものだ」と暗に語っているし、その理由サエも教えている。
それを一言でいえば、神と人との間にある「隔ての幕屋」のためであり、この「隔て」のことを別の箇所では「顔覆い」とも語っている。
つまり、人間には「顔覆い」が掛かっていて、神のことがよく見えないということである。
それは、古代イスラエルにおいて、祭司のみが神殿において「至聖所」に通じる「隔ての幕屋」に入ることを許されていたこととを思い起こさせる。
一般人は、神の懐にはいることは出来なかったのである。
ところで広く知識を求めると、人間と絶対的真理との「隔て」について、知の巨人達は「譬え」をもって表している。
例えば、古代ギリシアの哲学者プラトンは、実体(イデア)と現象を説明するために「洞窟の比喩」をもって説明している。
それによると、地下の洞窟に住んでいる人々を想像してみよう。
明かりに向かって洞窟の幅いっぱいの通路が入口まで達している。
人々は、子どもの頃から手足も首も縛られていて動くことができず、ずっと洞窟の奥を見ながら、振り返ることもできない。
入口のはるか上方に火が燃えていて、人々をうしろから照らしている。
火と人々のあいだに道があり、道に沿って低い壁が作られている。
壁に沿って、いろんな種類の道具、木や石などで作られた人間や動物の像が、壁の上に差し上げられながら運ばれていく。運んでいく人々のなかには、声を出すものもいれば、黙っているものもいる。
洞窟に住む縛められた人々が見ているのは「実体」の「影」であるが、それを「実体」だと思い込んでいる。
「実体」を運んで行く人々の声が洞窟の奥に反響して、この思い込みは確信に変わる。
同じように、われわれが現実に見ているものは、イデア(=実体)の「影」に過ぎないとプラトンはいう。
また時代を下って、アイザック・ニュートンの次のような「比喩」もある。
「私は浜辺で遊ぶ子供だった。時々、滑らかな小石や綺麗な貝殻を拾い上げて楽しんでいたが、真理の大海は手付かずのまま、私の前に広がっていた」という有名な譬えである。
ところで、最近の「ビッグス粒子」の発見は、質量を持たない素粒子が集まってどうして「重さ」を持っているかを明らかにする「世紀の発見」といわれる。
しかし個人的には、人間はまだソンナことさえワカッテいなかったのかという驚きの方が強かった。
あのニュートンも、この世のほんのワズカなことした知りえないということを知っていた。
それは、ソクラテスが「私は自分が何も知らないことを知っているだけだ」と言った言葉を思い起こす。
ソクラテス、プラトン、ニュートンら人類の「最高の知性」は、人間の「知の限界」をよく認識していたということだ。
その点、ドイツのカントは、「知の限界」を意識ツツ哲学した人といえる。
近代に至って、カントはヨーロッパ大陸の「合理論」とイギリスの「経験論」を統合した「近代哲学の大成者」といわれている。
古来哲学の中で、神の存在とか、死後の世界とか、宇宙の始まりとかの問題を扱う分野を「形而上学」という。
古来、これらの問題に様々な天才たちが挑んできた。
例えば前述の「イデア」論で有名なプラトンも、この問題に答えを出したと信じた一人である。
しかし、カントは、こうした天才哲学者たちのやり方を、「理性には何が出来るか/何が出来ないか」をよく吟味もせずに、ヤミクモにこうした問題を解こうとしたと言った。
ところで、カント以前に西洋哲学の間ではこれら「経験論」と「合理論」が激しく衝突していた。
この両者を批判し、「統合」しようとしたのがカントである。
経験論者たちのように、人間のあらゆる「先入観」を悉く排除しようとしたら、究極的には「実体」すら懐疑的にならざるをえない。
また一方、当時の合理論は「理性的に思考することで全てを認識できる」と経験によって知ることを軽視していた。
これに対してカントは、「理性は経験対象の認識能力に限定される」という立場をとった。
例えば我々は。時間や空間などの「経験」によらない認識の様式があり、そのフォーマットにのっとって事物を受け取り、経験し、「対象」を意味あるものとして構成しているとした。
カントは人間が対象を認識するワクによって、初めて対象は意味をもつ対象として出現するのである。
我々が主観でもって物事を構成して認識するまでは客観の物事は名づけようもない混沌とした無意味なもの(モノ自体)だということである。
つまりカントの考えは、「対象に従って認識が生じる」のではなく、「認識に従って対象が生じる」というものであり、 カント自身は、この逆転の発想を「コペルニクス的転換」と名付けた。
カントは、そこから展開して「理性の限界」を見極める「理性批判」の哲学を推し進めていく。
そして、科学的認識や道徳的価値や美的判断の「理性的根拠」を究明した。
だから、理性の限界を踏み越え、神や魂のような「形而上学的」な対象を認識しようとする試みは、無謀な試みであるとして批判したのである。
例えばカントの哲学でもって、キリスト教の倫理を考えたらどうなるであろうか。
例えば、カントの倫理学に「定言命法」というのがあって、いついかなる場合でも、絶対的に従わなければならない「倫理的な命令」である。
カントはこの「命令」が神が命じるからそうすべきといったのではなく、皆がソレゾレの意思にしたがって生きているとして、自分の行為を「普遍化」したらドウナルカ考えてみて、導き出せるものだといっている。
またカントは、他人を道具や手段として扱うことを「悪い」ことだとした。
カントのこうした形而下の「倫理思想」に、聖書の黄金律、「汝と同じように汝の隣人を愛せよ」とか「汝にして欲しいと思うことを汝の隣人になせ」という言葉を思い起こす人は少なくないだろう。
カントは「神の言葉」といった形而上の話を、できるカギリ「神抜き」で導き出そうとしたということがいえる。
ただカントは「理性」の枠で捉えられる対象を限定するあまり、人間には(霊的)「直感」によって直接ものごとの本質に迫る能力があるということには、意識が及ばなかったようにも思える。

「実存的」という言葉は様々に解釈されようが、個人的には人間が日常的に平凡な生活を送りながら気がつきにくい、人間が置かれている状況を「暴いて」くれる哲学といえよう。
そうしてそういう「実存状況」は、哲学よりも小説の形式の方が伝わり易いのではなかろうか。
そうした状況を書く作家を「実存的作家」とよぶなら、例えばサルトルとかカフカといった作家がそれにあたると思う。
日本では安部公房なんていう作家がそれにあたるらしいが、内容的なことはよく知らない。
ただカフカの「変身」という作品には、現代人には身にツマサレる「実存状況」が描かれているように思う。
ある男が朝起きたら「虫」になっていたという話だが、突然「変身」することを、逆に突然に周りの世界が変化したと「置き換え」れば、相対的に人間は「変身」したことにもなる。
要するに、人間はある日突然に虫になることはなくとも、ある日突然に世界との「不調和」を体験して悩まされることは、大いにアリウル話である。
つまり、転勤も失業も病気も事故など、「相対的な変身」の起因はいたるところに転がっているということだ。
カフカが生まれたプラハを支配していた帝国の名は、オーストリア・ハンガリー二重帝国である。
そこは多数のチェコ人を少数のドイツ人が支配し、カフカがその血をうけついでいたユダヤ人は、ソノ二重構造からも截然とハズレていた。
カフカはその二重帝国のシンボルのひとつであるプラハ大学で化学とドイツ語を学び、結局は法律学を専攻する。
カフカはソノ法律学も生かせないまま、ふらふらと「労働災害保険協会」に入る。
これも、半官半民の中途半端な組織だったようだが、ある日突然事故で手足を失ったような労働者と出会うようなこともあったに違いない。
この職場での時間に書いたのが「変身」であった。
主人公のグレゴールはある日自分が虫になっていることに気がつく。
作家は、「彼は甲からのように固い背中を横にして横たわり、頭を少しあげると、何本かの弓型の筋にわかれてこんもりともりあがっている自分の茶色の腹が見えた」と描写している。
かつての大黒柱が厄介者となってしまった一家は、母も妹も勤め口をみつけて働くようになる。
そのうち家族は誰もグレーゴルの世話を熱心にしなくなり、代わりにやってき手伝いの大女はグレーゴルを怖がるどころか、彼をカラカウようになる。
家族は生活のために空いた部屋をある男に貸すが、男はグレーゴルの姿を見つけるや家賃も払わず出ていってしまう。
これを契機に家族はグレーゴルを見捨てるべきだと言い出し、父もそれに同意する。
グレーゴルは憔悴した家族の姿を目にしながら部屋に戻り、そのまま息絶える。
目がさめたら虫になっていたという設定だが、誰しも次の日職を失ったとか、記憶を失ったとか、外に出られなくなったとか、「有罪」の烙印を押されたとかで「虫」になる可能性がなくはない。
またカフカには「城」という作品があって、城に招かれながら、モドカシクモ城には辿りつけない「測量士」の物語である。
だらだらしたラチのあかないところが、カエって「実存的」ともとれる。
「城」は結局は扉を開くことなく、作品は終ってしまう。
さて、カフカにとっての「城」とは、まさしくカフカが生まれた国のようであり、カフカがうけついだ血のようであり、カフカが就職した労働災害保険協会のようである。
もっといえば、神と人間との関係、あるいは実体と影との関係の「暗喩」のようにも受け取れる。
カフカの作品の「城」が暗喩的に、渋谷の東電女性社員・殺害事件を描いた最近の映画で使われていた。
被疑者の冤罪の確定で「事件の真相」は判らぬままだが、この事件の「真相」というより女性社員の心の中にコソ、この「城」のように立ち入ることを許さない「何か」があったように思う。

さて聖書は、人間と神との間には比喩的に「顔覆い」が掛けられ、イスラエルの神殿が「幕」で隔てられるように立ち入ることができないとある。
この「顔覆い」は、モーセの「十戒」の出来事から生まれたものである。
モーセがシナイ山で神より「十戒」を頂き、下山したところモーセの顔があまりに神々しく光り輝いていたために、 民衆はそのモーセを直視できなかったために、モーセの顔に「顔覆い」が掛けられたとある(出エジプト34章)。
聖書は、「実体」と「影」を明瞭に区別しているので、聖書は「影」を意識しつつ読むと理解が深まる。
そして、モーセの五書にはじまる旧約聖書は「来るべきもの」の影といわれる。
「来るべきもの」つまりその実体は救世主のイエス・キリストなのだが、ユダヤ人は今日に至るまでそれを受け入れることなく、影を慕いて「ユダヤ教徒」として生活している。
キリストの使徒となったパウロは、このようなユダヤ人について次のように語っている(第二コリント3章)。
//こうした望みをいだいているので、わたしたちは思いきって大胆に語り、そしてモーセが、消え去っていくものの最後をイスラエルの子らに見られまいとして、顔におおいをかけたようなことはしない。 実際、彼らの思いは鈍くなっていた。今日に至るまで、彼らが古い契約を朗読する場合、その同じおおいが取り去られないままで残っている。それは、キリストにあってはじめて取り除かれるのである。 今日に至るもなお、モーセの書が朗読されるたびに、おおいが彼らの心にかかっている。 しかし主に向く時には、そのおおいは取り除かれる。 主は霊である。そして、主の霊のあるところには、自由がある。 //
ここにあるとうり、影を慕いて歩むイスラエル人の目を曇らせている「覆い」は取り除かれる日がくるとある。
そして、御霊すなわわち聖霊の働きによって「顔覆い」は取り除かれるとある。
聖書は、信者が「顔と顔をあい見る」ように神を知ることが出来る日が来ることを預言している。
「私たちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう」(第一コリント人13章)。
またイエスは「あなた方は知るべきことさえも知らない」と教えつつ、世の初めから「隠されている」ことをあなた方にしらせよう」(マタイ13章)と語っている。
ところで新約聖書の最後にある「ヨハネ黙示録」とは、英語で「Revelation」であるが、その動詞その”reveal”は「ベールをはがす」という意味である。
地中海にパトモス島という島があるが、使徒ヨハネはローマ皇帝によって流されたが、そこで「この世の終わり」について黙示をうけ、書き記したものが「ヨハネ黙示録」というものである。
「黙示録」は 「黙って知らせる」ということで、それをなすのは黙示録冒頭の「御霊が諸教会に言うことを聞け」とあるように、聖霊のワザなのである。
またイエスは、「知者の知を虚しくするために来た」(第一コリント1章)とある。
「主は彼らの目を盲目にされた。また、彼らの心をかたくなにされた。それは、彼らが目で見、心で理解し、回心し、そしてわたしが彼らをいやす、ということがないためである」(ヨハネ12章)という辛辣な言葉を投げかけている。
それでは、人々を真理へと導く「聖霊」とは何か。
イエスの十字架の三日後の復活、そして40日の間ご自身を表され天に昇られ、その死後50日目に「約束の御霊」が下った。
イエス自身が「いつまでもあなた方とともにいる助けぬしを与えよう」(ヨハネ14章)とあるが、これこそが「約束の聖霊」をさしている。
この「助けぬし」こそが聖書というベールを開くものである。
聖書を読むということについても、御霊の助けによって教えられるものであり、それなくば無味乾燥で荒唐無稽としか思えナイ読み物であるかもしれない。
まして聖書を分析したり研究しようとすることは、ちょうどカフカの「城」のような事態を招き、城の中には絶対にはいることはできないといってよい。
またパウロは「イエスを主」と告白するものであっても、聖霊なきものは「神に属する者にあらず」(ローマ人への手紙8章)と厳しいことをいっている。
さらに、イエスの十字架の死の際に「神殿の幕屋」が二つに裂けたことが記されている。
「キリストが我らのために十字架に釘づけられ肉を裂き血を流して死にたもうた時、エルサレムの宮の「至聖所」の前の幕が上より下まで裂けた。」(マタイ27章)
これは十字架の死によって神と人との間の「隔て」が取り除かれたことを示しているのである。
このことこそが、「新しい契約」の意味するところでである。
ちなみにイスラエル人は古来からの律法により、「罪の許し」をえるために生贄の羊をささげてきた。
イエスの十字架は、律法という「古い契約」(影)に縛られるのではなく、聖霊の自由によって神の「実体」を直接体験できる「新しい契約」を確立した神ご自身の事業であったといえる。
「人は誰も水と霊によらねければ、神の国にはいることはできない」(ヨハネ3章3節)とあるとうり、これにアヅカルこととは、「水と霊」すなわち洗礼と聖霊を受けることである。
「彼の肉体なる幕をとおり、わたしたちのために開いて下さった新しい生きた道をとおって、はいって行くことができるのであり、さらに、神の家を治める大いなる祭司があるのだから、心はすすがれて良心のとがめを去り、からだは清い水で洗われ、まごころをもって信仰の確信に満たされつつ、みまえに近づこうではないか」(へブル10章)とある。
神とトモニいることが、ドコに向かって転がって行くや判らないコノ世にあってナオ、その平安イカばかりのことであることか。