「内向く」番人

アメリカは、中国の南シナ海での行動を警戒しているようだが、アメリカが自ら中東(あるいは中南米)でやってきたことを、カタチは違え中国が南シナ海でやっているといった認識はないのか。
時にそれが「ツイン」のようにもみえるのは、アメリカは「マニフェスト・デスティニー(明白な使命)」、中国は「中華思想」という自国の世界進出を正当化する「理屈or信仰」をもっていることにも関係する。
実はアメリカが軍事的に「強国」であることと、ドルが世界の「基軸通貨」としての地位を保っていることには不可分の関係がある。
言い換えると、アメリカの軍事力が石油が豊富な中東の安定を支え同盟国に石油資源の安定供給を確保したばかりか、石油代金の決済がほぼドルでおこなわれることによって、ドルがアメリカに還流する関係といってよい。
「ドルは有事に強い」とは、ツキツメればアメリカなら石油を中東で入手し、それを精製し世界に売ることができるということを意味する。
だからアメリカの石油会社から石油を買うためにはドルが必要で、中東諸国も基本的・伝統的にはドルで取引をしてきた。
1971年、ニクソン・ショックで、ドルと金との関係は絶たれたが、金にかわってドルは「石油」によって支えられてきたといえる。
ドル価値の圧倒的な要素は「石油引き替え券」ということで、それが世界の「ドルー石油本位制」を築いてきたと言ってよい。
アメリカの力に陰りがみえたとしても、世界中で石油がいらない国はなく、依然「ドル離脱」のコストはとても大きいため、ドルは「基軸通貨」としての地位を失わないで済んできた。
アメリカが「冷戦」の緊張が無くなっても、様々な口実をつけてイランやイラク、アフガニスタンをはじめ、中東諸国で軍事力を展開しているのは、この「立ち位置」を死守しようということのアラワレである。
というわけで、アメリカは「世界の警察」といえるほど強大な存在ではなく、「石油の番人」あるいは「ドルの番人」としても、あくまでも自国の利害にソッテ行動しているにすぎない。
しかもそれは、「ネオ・コンザーバーバティブ(新保守主義)」などの「外向き主義者」たちの意向にソッテ行動してきたといってよい。
しかし、このたびの大統領で、正反対のトランプとサンダースが共通点するのは「内向き」の一点だが、彼らの人気の一端はこの点にある。
実はネオコンと結びついた富裕層は、同時に金融工学テクで財を築いた人々であり、トランプやサンダースら「異端」が人気を集めるのには、リーマンショック後も何ら責任をとろうとせず、「富を隠し」(パナマ文書)持ち逃げする彼らに対する不満が渦巻いているからにちがいない。
さらにもっと根本的なことは、「石油の時代」が終焉を迎えようとしていることだ。

最近、中国海軍のフリゲート艦が尖閣諸島の「接続水域内」に入るなどしたことに対し、日本政府も異例の警告を発している。
しかし中国サイドは、南シナ海での活動は「歴史的権利」であり、まるで海域全体を自国の「内海」であるかのような主張を繰り返している。
ところで、15C「大航海時代」といえばコロンブスやバスコ・ダ・ガマなどの海洋進出がよく知られている。
人類初の世界一周はポルトガルのマゼランの功績ととなっているが、それよりも1世紀早く中国・明の「鄭和」がそれに匹敵する大航海を行っていたことが中国の学会を中心に主張されている。
中国は古代から、「冊封」(さくほう)と呼ばれるシステムをとっていた。
これは、中国の皇帝が周辺国の君主を家臣(王)として認め、中国が必要とする兵力などを出す代わりに、自国が他国から攻められた場合は中国が援軍を送る軍事同盟を結ぶとともに、中国との間で貿易を行う制度だった。
中国をちょうど柵で囲むように「冊封」した周辺国の内政には干渉せず、しかも財宝や中国産の絹製品、陶磁器など、当時の世界では最高級品とされた品々を贈った。
周辺国としても、中国皇帝の服する多少の「屈辱」はあったにせよ、それを上回る物質的な「恩恵」を受けたといってよい。
唐の時代までこの冊封体制が中国外交の基本だったが、宋の時代には王朝が弱く、元の時代には異民族による支配だっため冊封体制は採用されなかった。
しかし、漢王朝が復活した明の時代、永楽帝は朝鮮、ベトナム、琉球(沖縄)など古くからの冊封国のほか、シャム(タイ)、チベット、ビルマ、マラッカ(マレーシア)、日本にまで広げた。
ちなみに、足利義満の室町幕府も「日本国王臣源」の称号を与えられ、冊封国となった。その際、中国でも知られた「源氏」を名乗っている。
こうした永楽帝の海外進出の「原動力」となったのが鄭和の「大航海」であった。
ヨーロッパの大航海時代は、当時のヨーロッパで必需品だった香辛料を目的にする貿易のための「実利」だったが、明の場合は「朝貢」促すためだった。
そして鄭和は、永楽帝の期待に見事応え、計7回の航海で、東南アジアばかりか、インド・中近東、果ては東アフリカまでその航海を広げていった。
今でも各地には「鄭和上陸」を示す碑文などが残されている。
ただし永楽帝以後、明朝では「冊封拡大派」と「内向き派」の確執が表面化する。
中国は本来、支配者は「儒教」に沿って国を統治するのが伝統であった。
当時の明朝の宮廷では、皇帝に伝統的な儒教の教えをアドバイスする「儒家」たちと後宮で皇帝一族の身の回りの世話をすることで皇帝の意思決定に影響を与えていた「宦官」たちとが勢力争いを展開していた。
イラン・トルコなどシルクロードの外国系の人々が多かった宦官は「冊封拡大派」で、貿易を通じて自分たちの勢力拡大へ富の蓄積をはかろうとした。
それに対し、儒家は海外貿易の拡大は国家財政の浪費として反対する「内向き」派であった。
実は、鄭和は雲南出身のイスラム教徒の「色目人」で、「宦官」の一人であった。
色目人とは、ペルシャ・トルコ系のイスラム教徒の中国人を指す言葉だが、明の一つ前の王朝である元の時代、モンゴル人に次いで高位の人々で、中国人の圧倒的多数を占める漢人は、その下の階級に押し込まれていた。
中国宮廷内の「内政重視」の儒家と「冊封拡大派」の宦官の対立は、アメリカの政権争いを想起させるが、結局永楽帝が1424年に亡くなり、息子の洪煕帝や孫の宣徳帝の時代なって「儒家」の勢力が強くなり、外交より内政を重視する政策がとられたことで決着がついた。
儒家勢力は1433年に鄭和の最後(7回目)の大航海が終わった後、大航海の記録や文物を保管してあった宮廷の保管庫に「放火」するなどして、鄭和が集めた情報を焼失させた。
こうした経緯があるため、鄭和の大航海の全容は分からなくなったのだが、鄭和の大航海が実際はマゼランに匹敵するような大航海であったことはいくつかの資料が物語っている。
第1回の航海の2年前、皇帝からの命令で福建省や江蘇省などの港に造船所が作られ、福建では137隻、江蘇では200隻の造船が命じられた。
航海が始まった後の3年間には、さらに1700隻の建造が進められた。
これらの船は最大で長さ140メートル、3000トンの大型船だった。
マゼラン艦隊でただ1隻、途中で沈まず世界一周に成功したビクトリア号はわずか80トン、コロンブスがアメリカ「発見」の航海で使ったサンタ・マリア号も80トン(長さ24メートル)だった。
イスラム教徒が航海においても優れた技術をもっていたことは「アラビアンナイト」の「シンドバットの冒険」などでよくしるところだ。
ヨーロッパの「30倍」以上大きなスケールをもった鄭和の大航海が、我々の想像を超えたスケールだったにちがいない。
そういえば火薬・印刷・羅針盤も、先んじた中国からヨーロッパに伝わったものだ。

最近の「原油安」は我々にとっては有り難いが、アメリカの世界におけるプレゼンスを脅かす事態となっている。
原油安の原因は、シェールガスや深海油田の開発がされた結果、石油の供給過剰が起きたことによる。
シェールガスは2000年前半に米テキサス州で開発が成功し生産が本格化した。近年はオイルにもその技術が活用されて生産が伸び、2015年には、米国はサウジを抑えて世界最大の「原油産出国」になった。
原油のコストは、サウジが自噴の石油井戸だが、これに比べて「シェールオイル」はコストが高いものの、アメリカはシェールオイルでほぼ自給できるので中東の石油に依存しなくて済む方向にある。
あとは、同盟国のために石油を確保するという「石油の番人」の役割、ひいてはドルの価値を維持する役割が残っているのだが、今日の「原油安」は、「大変動」の予兆ととらえられるかもしれない。
例えばベネズエラでは、「原油安」などを背景とした深刻な不況を踏まえ「経済緊急事態」を宣言した。大統領権限を2カ月間強化し、民間活動への介入や為替取引の制限が可能とするほどの国家的な危機に直面している。
ロシアも同様に石油に依存して、経済的な苦境にあるのだが、シリアへの軍事的援助は止めないようである。
逆に石油が安いので、米国では大型の自動車が売れ始めている。しかし日本や欧州では低燃費な自動車が売れている。それは石油にかかる税金が高いからである。
パリで開かれたCOP21では、地球温度上昇を1.5℃にしようと二酸化炭素の排出を減らすことが決まった。
太陽光や風力など「再生可能エネルギー」の普及がさらに本格化すれば、世界でパワーシフトが起きることになる。
石油が20世紀を繁栄に導き、その先頭を米国は走り米国の覇権を確立したが、石油から「再生可能エネルギー」になったとき、米国はその「覇権」を失うことになりそうである。
中東のトドマルことを知らない混乱とヨーロッパへの難民の拡大も、そうしたパワーシフトの前兆ともとらえられそうだ。

今のところ米ドルが貿易決済や外貨準備として広く世界で利用される世界の基軸通貨である。それに準ずる主要通貨にユーロ、英ポンド、日本円の3通貨がある。そこに中国の「人民元」が加わりそうな勢いだ。
前述のように米国の軍事力が「基軸通貨」たる地位をもたらした。
しかしアメリカが将来も支配的なグローバルパワーであり続けるのかといえば、少なくとも東アジアでの絶対的な「優位性」はもはや失われつつある。
中国の軍事力の増強は、貿易に多大に依存している地域の「中心」になることを予想させるに十分だ。
少々意外なことだが、今日中国が南シナ海に建設を続ける飛行場などは国際法上の問題はナイそうだ。
問題の海域や海域内の島々に対する領有権がなくても、周囲の礁や浅瀬に人工島や滑走路を含む施設を建設する権利を持っている。
実際、フィリピン、ベトナム、マレーシアは長年、スプラトリー(南沙)諸島でそうしてきたのである。
ただ、こうした設備は「平和目的」のためでなければならないが、その意向が攻撃的なものでない限りは、軍事的なものを必ずしも除外しないという。
アメリカは、自国がもはや空と海を独占できないとの見通しをもっており、アメリカの存在感は、経済的にも軍事的にも後退しつつあるのは確実だ。
となると、中国はかつての「冊封体制」のように、周辺国は多少の「屈辱」を我慢しつつも、中国との貿易の「恩恵」にあづかる道を選択するかもしれない。
その一番の表れが、中国による「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」の設立で、アメリカの反対にもかかわらず、アジアの多くの国々はAIIB支持に回った。
これは、米国が比類ない優位性と一方的にルールを決める力を持った時代はすでに去ったことを暗示する。
また、中国政府は国際金融での地位向上や「ドル依存」脱却をめざしているが、中国の「人民元」がアメリカのドルに代わるような基軸通貨となるようなことはあるのだろうか。
最近のニュースで、世界通貨基金の理事会で、「特別引き出し権(SDR)」の構成通貨のひとつに人民元を加えることになったと報道された。
世界最大の貿易大国となった人民元が主要通貨の仲間に入るのは、当然といえば当然である。
SDRは、IMFが加盟国に対し出資額に応じて割り当てる「仮想通貨」で、国が「通貨危機」に直面した場合に、SDRと引き換えに必要な外貨を融通してもらえる仕組みをになっている。
その価値は、複数の主要通貨を一定の構成比で算出して決めるが、5年に1度その「構成比」を見直すことになっているが、その「構成通貨」となるには条件がある。
一つは「輸出額が大きい国の通貨」であることで、いまや世界一の貿易大国の中国は、これに文句なく当てはまる。
問題はもう一つの条件、「自由に利用可能な通貨」であることだが、中国はその責任にふさわしく外国為替市場での人民元の相場操作をやめ、金利や資本取引の規制を撤廃する必要がある。
中国も段階的にこうした規制の廃止や自由化を進めているものの、国有商業銀行の影響力のもとで事実上の金利規制が続く可能性があり、「資本取引」はいまだ当局によって制限されている。
しかし、そもそも自由にしてなおかつ安定して使える通貨というよなものは、世界中に存在しないといってよい。
そのことは、1980年代に国際金融の世界で知られるようになった「同時達成が不可能な3つの選択肢」が物語っており、 これを「国際金融のトリレンマ」とよぶ。
国際経済の一員となった以上、求められるのは①為替相場の安定 ②独立した金融政策 ③自由な資本移動である。
このうちどれかを諦めなければならないというのが、「国際金融のトリレンマ」なのだ。
①の「為替安定」を諦めたのが、今日の大半の先進国である。各国の経済情勢にもとづいて、独自の金融政策をとれば、必ずや国内外で金利に差が出る。
ここで資本移動が自由ならば、金利差を狙った資本が流入し、どうしても為替相場は動いてしまう。
②の「金融政策の独立性」を諦めたのが、ユーロ諸国や香港である。自由な資本移動を認めながらも、なおかつ為替相場を固定するには、国内外の金利差があってはならない。
つまり自国の経済情勢に応じた金融政策をとれないのである。
結局、ユーロ各国は金融政策を欧州中央銀行に一任した。そして香港の金融政策は米国に追随している。
今のところ、③の自由な「資本移動」を諦めたのが中国である。
独自の体制をとる中国は国内の金融政策の独立性はゆずれないし、資本の激しい出入りで為替相場が暴落したり暴騰する自体は避けたい。
となると、資本移動をある程度、制限する必要があるというわけだ。
ところで「王」たる者にはそれなりの「徳」が求めらるというのが、中国の儒家の思想だ。
「パワー」だけでは王者とはなれないということだが、果たして中国はどうか。