マイスターと複線化

最近、新聞や雑誌で「韓国崩壊」などという記事をみると、その意味するところは就職難と地域崩壊ということのようだ。当然日本は、これを「他山の石」としなければならない。
韓国は日本以上の「学歴社会」として世に知られるが、「学歴偏重」が社会の発展を阻害している面がみられる。その典型的な表れが「少子化」である。
学歴のために、親は子どもには高い教育を受けさせようとする。その負担を考えると、平均的な親は2人目の子を生むのを控えようとするからだ。
実際、韓国の出生率は05年に1・08まで下がり、今でも1・20ほどで、日本を下回っているという。
しかし今、ようやく「学歴社会」に根本的な疑義を投げかける親が増えているという。理由は、大学を出ても思うように就職出来ないからで、大学生が多い分、就職出来ない人も多くなる。
ならば、学歴よりも確かなものとして、「仕事に役立つ技能を」という意識も芽生えている。
これまで大学に行かないと否定的に見られる風潮が、そうした意識の芽生えを阻んできたといえる。
韓国における「マイスター高校」の拡大は、そうした意識の表れで、早くから就職と結びつく勉強をしようという人々が増えていることを意味する。
さて、「マイスター」といえば、ドイツに古くからある「マイスター制度」を思い浮かべる。
16世紀、ルターやカルバンの宗教改革により「新教徒」(プロテスタント)が生まれたが、彼らは宗教弾圧により、社会的上昇の道が閉ざされていた。
そのため、手に職をモッテ自分たちの技術を磨いて生きようとした結果うまれたのがマイスター制度である。
スイスで「時計作り」が有名なのは、そうした新教徒が宗教弾圧を逃れてスイス山中に逃れたためで、スイスの銀行が利用者のプライバシーに厳しいのも、そうした亡命者を保護しようとした経緯があるからだ。
こうしたマイスター制度の大きな意義は、貴族や聖職者の採るエリート街道とは異なる階層の生き方を定着させ、いわば社会の「複線化」をもたらした点にアルといえる。
そういう意味でマイスター制度は、現在の日本や韓国のように「高学歴→大企業就職」という単線から外れたら「負け組」的に見做されがちな社会的風潮へ、「一石」を投じることになるのではないか。
教育の場において、勉強やスポーツが出来なくても、興味や好きなことがあれば、その「技術」を早くから身につけるために必要な科目を選択させるような仕組みがあってよいのではないかと思う。
小学校から英語を全員に「必修化」するなどといった改革よりも、よほど子どものヤル気を生むにちがいない。
もちろん、ここでドイツの「元祖・マイスター制度」を復活せよナドというつもりはない。
「元祖マイスター」 (ドイツ語: Meister) とは、マスター、マエストロと同族の単語で、具体的には「高等職業能力資格認定制度」のことである。
ドイツにおいてマイスター資格はファッハシューレ(Fachschulen, 5Bレベル)修了者に付与される資格であり、入学には1年以上の「実務経験」が必要であり、修了年数はフルタイムで2年間、パートタイムで3~4年間である。
ドイツには約170のマイスター資格が存在するといわれ、大きくわけると手工業マイスター/工業マイスター/商業マイスター/農業マイスター/家事マイスターと、予想以上に幅広い。
ドイツの職人は多くの場合、まずは徒弟(見習い工)として就職しながら職業学校に通い、もしくは1年間のワルツ(Walz、放浪修行)で専門知識や技術を習得する。
次の段階の「熟練工」の試験を受け、熟練工になった後もファッハシューレにて3~5年間技術の研修を積んで「マイスター試験」を受ける。
面白いのは、「ワルツ期間中」はいかなる事情・理由があろうとも出身地の半径50キロメートル以内には立ち入れないという規定で、マイスター修業はマルデ「放浪ライオン」を思わせるものがある。
ただし、親族の死に目には立ち会えるのだという。
マイスター試験は、統括団体の下で「マイスター審査委員会」によって実施され、それをクリアしてはじめて「営業権」なり「職業訓練生を採用教育する権利」を得ることができる。
今でも、ドイツの国内の41業種について開業のためにマイスター資格が必要とされている。

飛鳥時代に天武天皇が水時計を設置した6月10日を記念して「時の記念日」となっている。
その日「時計修理職人」の団体が、新人を求める試みが行われたのをTVでみた。
この「時計修理職人」には業界内で厳しい認定制度があるというが、なにしろ世はデジタル時計の時代である。
中には「親の形見の時計を再び動くようにしてほしい」などという需要も時にはあるが、その技を継承する人はモハヤいなくなりつつある。
また佐賀県の伝統産業「有田焼」の売り上げの不調などが伝えられるが、そうなれば当然若者の伝統工芸に対する意識は低くならざるをえない。
長い修業年数をかけてせっかく磨いた「匠の技」も、これからは3DプリンターやAIなどとも競合していかなければならない。
日本にも戦前までドイツのマイスター制度のような徒弟制度が生きており、それにより親方から弟子へと技術の伝承が行われていたが、今の時代は職人的な技術をアナログ的に伝えるマドロッコしさに似合わぬスピードで変化している。
匠の技もデジタルなデータに変換してしまえが、その技術はコンピュータが再現できるからだ。
現在ドイツで「第四次産業革命」が起きていると聞くが、こうした動きと「マイスター制度」との兼ね合いはドウナノカ気になるところである。
さて、韓国で今存在感を増す「マイスター高校」は、古い徒弟制度を蘇らせようといったものではなく、むしろ最先端の実践技術を高いレベルで早期に身に着けさせようというものである。
韓国では「学歴必須」である反面、「大卒」の肩書は必ずしも企業の求める能力に繋がるとはいえず、大学を出ても「非正社員」などで不安定な暮らしを続ける若者が多い。
その一方、大企業に知名度や待遇で劣る中堅・中小企業を中心に「人材の確保」に苦労しているところが少なくない。
そこで韓国政府は、こうした若者と企業とを結びつける学校として「マイスター高校」を推進してきている。
それは、大学に行かなくても就職につながる道を広げるとともに、根強い「学歴偏重」の風潮に一石を投じるネライもある。
なにしろ高い教育費をかけて大学まで出た人材が仕事につけないのは国家的な損失であり、「マイスター高」を通じて中堅・中小企業への就職につながる新たな道をつくろうとしているのである。
その意味で言うと、ドイツの元祖マイスター制度が社会を「複線化」したように、韓国の格差社会にあって「高学歴→財閥系大企業の正社員」という単線に、もうひとつの「複線」をもうけようとする試みとみることもできる。
マイスター高は2008年から従来の工業高校などを母体に「指定」が始まり、今年3月時点で43校が開校している。
医療機器、ロボット、自動車、バイオなど、学校ごとの専門分野があり、いずれも将来性がある産業を対象としている。
多くのマイスター高校が、企業と密に「連携」して技術者の卵を育てる「実践教育」をウリとしている。
さらに、卒業生は、企業で活躍しつつ、必要に応じて大学でさらに学ぶなどして経験や知識を深めることも可能である。
ソウル近郊の仁川市にある電子マイスター高校を例にとると「産業の需要にあわせた教育のリーダー」といった標語が掲げられ、校長は「大学を出なくても社会で広く認められ、名匠(マイスター)になれる人材を育てたい」と語る。
ある新聞社の取材によれば、マイスター高校で、生徒はグループに分かれて取り組む「課題」を発表していたという。
「スマホ向けアプリなどの開発」「中をスマホで確認できる「スマート冷蔵庫」「再利用できるゴミの分別システム」「高齢者にも使いやすい工夫」などの課題を生徒主導で進めている。
この「マイスター高校」と既存の実業高校との違いは、協力企業が授業内容などを学校と話し合い「研修」も受け入れ卒業生を優先して採用している点である。
それは同時に、学校と「地域」との結びつきを強める効果もある。
政府の発表によると、マイスター高校の就職率は平均9割ほどで、5~6割ほどの大卒を上回り、ほとんどが正社員という。
韓国政府が近年マイスター高に力を入れる目的は、世界でも有数の根強い「学歴偏重社会」から、学歴よりも個々の能力が重視される社会への転換をうながすネライがある。
実は、日本にも「マイスター」なるものが部分的な形で導入されている。
そのひとつが、労働者の技能を検定する国家検定制度として「技能検定制度」があり、技能検定に合格したものは「技能士」と称することができる。
社団法人全国技能士会連合会は、特級、1級、あるいは単一等級の技能士で、20年以上の実務経験があり、すぐれた技能実績を持ち、後進の育成および技能伝承に熱心なものを「全技連マイスター」と認定している。
さらに技能が卓越しており、全国で第一人者と認められる者は、厚生労働大臣によって「現代の名工」として表彰される。
加えて、厚生労働省は、平成25年度に開始した若年技能者人材育成支援等事業において、「ものづくりマイスター制度」を創設した。
対象とする分野は、技能検定の職種および技能五輪全国大会の競技職種のうち、建設業および製造業に該当する職種(111職種、平成27年5月現在)である。
また地方公共団体では、「職人」その他の分野に対してマイスターの称号を授与している。
ユニークなものをあげると、北九州市の「焼うどんうマイスター」、青森県の「環境マイスター」、岐阜県の「里山活用マイスター」「岐阜県子育てマイスター」、北海道の「火山マイスター」兵庫県の「ガーデンマイスター」、福井県の「子育てマイスター」長野県の「信州きのこマイスター」、秋田県の「水稲直播マイスター」、京都府の「京野菜マイスター」などがある。
また地域案内のボランティアに一定の水準を保証するために「地域検定試験」などが行われている。
我が地元・福岡なら「博多 検定」や「太宰府検定」などで、「博多マイスター」や「大宰府マイスター」として地域案内人としてのボランテイアの資格としている。
ただ以上のマイスターも教育制度とは違い、社会を「複線化」するだけの輝きをもつものではない。

個人的に、日本の高校にも、地域の企業と学校の連携の強さから見て韓国の「マイスター高校」を思わせる学校があることを見出した。東京の私立高校「岩倉高等学校」である。
岩倉高校は、1897年創設で、「岩倉」の校名は、鉄道創設に貢献した明治時代の政治家・岩倉具視に因んだものである。
現在は、「運輸科」と「普通科」が設けられている。
岩倉高校には、鉄道好きの学生が全国から集まるため、15歳で寮生活を始める生徒、長野や静岡から通学する「新幹線通学者」、さらには、千葉の房総方面や東京の奥多摩方面から片道2時間以上かけて通学する生徒もいるという。
運輸科に入学する動機は鉄道員になりたいという想い一つだ。
中学生の段階で鉄道員を志し、寮生活や遠距離通学を決意して、親を説得して入学するものもいて、進路に関して1年生の時から志をもって考えている生徒が多いのも特徴である。
そのため「熱い生徒」が多く、その影響で普通科の生徒の中にも鉄道会社への受験に挑戦する生徒もいる。
10年以上前の授業カリキュラムでは、「客貨車」、「鉄道施設」など、かなり専門性の高い授業に特化して授業が行われていたが、現在では普通科目を約7割学習し、残り3割が鉄道や観光などの専門科目である。
列車の運転の仕組みやルールを学び、運転シミュレータを活用する「運転業務」、運賃計算の基本を学ぶ「営業概論」さらに、鉄道車両の構造や施設の構造などを学ぶ「鉄道概論」など、総合的に鉄道に関する学習をしている。
また、鉄道各社の協力の下、「鉄道実習」(インターンシップ)を長年にわたり実施し、駅業務の仕事を体験することで職業意識への興味・関心を持ってもらうことが目的である。
なかでも地元の「上野駅」が教育の場となっており、上野新幹線第二運転所への職場見学会、新幹線運転士と生徒による意見交換会も実施している。
ここでは、働くことの厳しさや仕事に対してのやりがいや誇りなどについて具体的な話を聞く機会となっている。
運輸科の校外学習では、京成電鉄のご協力により車両基地見学を実施。普段は目にすることができない基地内での仕事の様子を見学することで、職業に対する視野を広げる絶好の学習機会となっている。
夏季・冬季にJR東日本やJR東海、東京地下鉄、そして2014年度からは東武鉄道・小田急電鉄の協力を得ている。
いことに、鉄道業界では本校卒業生が数多く活躍しており、さまざまな職場において指導やアドバイスをうけている。
岩倉高等学校は、何よりも早くから鉄道員にあこがれる生徒たちを集めている点では「ユニーク」であり、こうした在り方をモデルとしてもっと全国に広がっていったらよいかと思う。
そこで、最近のニュースで注目したのは、日本初となる「ドローン専門」の学校が2017年4月に開校されるという。
バンタン高等学院という学校で、この学校は普通高校や実業高校ではなく専門学校と位置づけられる。
産業界におけるドローン活用の重要性と注目度が飛躍的に高まる一方で、人材市場におけるドローン技術者の数は不足しており、確かなスキルを持つドローン技術者に対する企業の採用ニーズは高い状況が続いている。
高等学院の新コース開校に併せて、ドローンによる「撮影カリキュラム」に特化した社会人向けスクール「ドローンパイロット&空撮コース」の生徒募集も開始するという。
入学資格は中学校卒業(見込)、または高校在籍経験者並びに高校転学希望者、ドローンの操縦スキルや整備・点検の技術、扱うのに必要な航空法や電波法、ソフトウェアの機能拡張のためのプログラミングなどを学ぶ。
満18歳以上を対象にした「ドローンパイロット&空撮コース」は、週1日半年で短期集中ドローンエンジニア速成コースがあり、産学連携による実践カリキュラムがあり、ドローン操縦技術などを学ぶ。
「好きこそものの上手なれ」というように、興味や関心から学習意欲がわいてくる。
そうした興味や関心から物理や数学や英語などといった教科への学習意欲も広がっていくにちがいない。
人は、安定の一方で面白さや刺激を求める存在だから、将来の安定のために受験勉強をしましょうナンテ動機づけは長続きしない。
また、「ニート」なる存在も「学歴偏重」の価値観が生んだ存在のように思えてならない。
そこで、たとえ規定の路線に外れても、働くことの意義や誇りと結びつくような「教育の場」を作っていくことが、沈みがちな若者をもヤル気にさせ、社会を活性化するにちがない。
その案のひとつとして、「マイスター」強化による「社会の複線化」をあげたい。