生き物&カラクリ

キリンの「心臓」は、おそらく、動物の中で最もパワフルである。
なぜなら、キリンの長い首を通り、頭まで血を送るのには、 普通の約2倍の血圧が必要だからである。
この高血圧に対して、キリンは、水を飲むために頭を下げる時に頭が破裂しない様に、それを阻止する特別な機能を持っている。
その特別な機能と同等に素晴しいのは、血液が足には溜まらない為、キリンがモシ足に傷を負っても、過度に流血しない、という事実である。
その秘密は、極端に強い「表皮」とその内側の「筋膜」にあり、これらが血が溜まるのを防いでいるという。
この表皮と筋膜の組み合わせは、長年にわたって研究されて、NASAが宇宙飛行士の着る宇宙服に同じ機構を応用している。
このキリンの話に見るとうり、人間が自然の中に学ぶことはたくさんあり、そこから生活に役立つものをひきだすことができる。
今、バイオミミクリー(Biomimicry)という科学が注目をあびている。
「バイオ」は生物や生命、「ミミクリー」は「真似をする」意味の「mimic」からきており、二つの単語をあわせた言葉である。
身近なところでは、兵庫県西宮市にある会社が「蚊の針」を参考にして、痛みを感じにくい注射針を開発した。
古きをたずねると、500年以上も前にレオナルド・ダ・ヴィンチは、トンボが「空中停止」する様子にヒントを得て「ヘリコプターの原理」を考案したといわれている。
また、ライト兄弟も鳥の翼が上面と下面で断面のカーブが違うことを発見し、飛行機の設計に取り入れ、ドイツのリリエンタールはコウノトリを観察してグライダーを作っている。
日本の新幹線は2つの動物からヒントを得て作られている。つまり、想定される課題に対して「生物学的」な知見により解決がなされたということだ。
ひとつは先頭車両の先端のデザインで、新幹線がトンネルに入るとき、トンネル内に大きな圧力がかかり、周辺一帯に破裂音が響く。
カワセミも空中から水中に飛び込むとき、同じような大きな圧力を受ける。
カワセミは上手に水中に飛び込むが、どうしてそれが可能なのかといえば、その形状が優れているという結論に達した。
そこで、技術者はカワセミのその形を真似て先頭電車の先端を造ったのである。
もうひとつは、新幹線を電線に接続するために、デッパッテいる部分のパンタグラフである。
新幹線が走るときに、パンタグラフは高速で空気中を通過することになる。
そのままでは風の抵抗が強くて、大きな「騒音問題」が起きてしまう。
技術者は、フフクロウが鳥の中で一番静かに飛ぶことに注目した。
そのカタチが風の抵抗から起こる音を出さない仕組みになっており、その形をパンタグラフに採用した。
また経営不振に陥ったダイムラー・クライスラー社は、2005年に「ハコフグ」の形を真似た自動車を発表した。この自動車は従来型よりも抵抗係数が6%も減り、燃費をよくすることに成功したといわれている。
また、カイコの糸を模したナイロンや、オナモミの実から着想した面ファスナーなど、生物の特性を素材に生かす発想は古くからある。
ハスは真っ白な花びらの表面が、水をハジイテ汚れを落とす「ナノ」構造になっている。これが自然の力でキレイになる「塗料」を生んでいる。
「ナノ」とは、1ミリメートルの「百万分の1」の単位の微小な世界で、電子顕微鏡によってその構造が明らかにされるようになった。
ハスの葉の表面はワックスのような物質で覆われていて、さらに細かいデコボコがある。
これが水滴と葉を触れ合いニククして、レインコートなどの水を弾く「撥水加工」の素材や、外からの水を通さず中の水蒸気を「発散」するスポーツウェア等の開発に繋がっている。
またヤモリは、登る壁が滑らかであろうが、粗かろうが、湿っていようが、オウトツのない垂直な壁でも簡単に登ることができる。
その秘密は足の裏の構造にあって、その足にはたくさんの毛が密集していることによる。
片足に50万本近い毛があり、サラニ枝毛のようになっていて、一本の毛の先端が100本から1000本の毛に分かれている。
その先端が大きく広がった構造をしていて、一匹のヤモリはこのような構造を10億個も持っている。
これらの面が分子の間に働く力で、壁などに接触しクッツイテいる。
ヤモリの壁をのぼる構造を人工的に作ることができれば、普通の人間でもスパーダーマンのようにビルだってよじ登れる。
また、それに勝る優れものはクモの糸で、その強度は、同じ太さの鋼鉄の5倍もあり、しかも「伸縮率」はナイロンの2倍もある。
マンチェスター大学の研究チームが、クモが吐きだす糸をヒントに面ファスナー(通称マジックテープ)、強力接着シート(ヤモリテープ)などを開発し、これらを試験者がテープを手に巻きつけたところ、片手で天井にブラ下がる事が出来たという。

現在の美術大学には「美術解剖学」という分野がある。皮膚の下にある構造と外との関係、動きやプロポーションなど、人のカタチとその意味を探求する学問が「美術解剖学」である。
もっとも、「美術解剖学」とはいっても、ソレ自体を学問体系として成り立たせようとしているのではなく、単純に解剖学から知識を拝借して、美術にとって必要な知識を応用しようというものである。
ダ・ヴィンチは、イタリアのルネサンス期の「万能の天才」として知られる芸術家である。
絵画、彫刻、建築、土木、人体、その他科学技術の分野にも通じて、極めて広い分野にその足跡を残している。
最も有名なのは、全盛期のルネサンスを代表する作品「最後の晩餐」や「モナ・リザ」などである。
また、ダ・ヴィンチの多岐に渡る研究は、13000ページに及ぶノートに、芸術的な図と共に記録されていて、その中には飛行機についてのアイデアも含まれているという。
また、こうしたノートの中には多くの人体図、それも「解剖図」といったものが数多く含まれていた。
ダビンチは絵を描く前に、被写体となりうる生物の内面・内部をより知ることによって、絵を美しく真実に近づけようとする目的から、動物解剖まで行った。
後に人体の解剖に立ち会い、自分自身でも「人体解剖」を行い、それを極めて詳細に書きこんだ解剖図を多数作成している。
ハリウッドで特撮シーンを制作する日本人グラフィック・アーティストが、”波”の映像を作り出すために、物理学の「波動方程式」を学んだという話を聞いたことがあるが、モノゴトを極めるには、外から見える形をなぞるだけではなく、内側の働きを知ってこそ真に躍動感のある表現ができからだ。
骨格や筋、皮膚や皮下組織など内部構造と外形との関係がわかることによって、対象をつかむ眼差しは一層深くなるのだろう。
ちなみに、解剖にはメス「Sculpel」が必須道具だが、これは彫刻「Sculpture」と語源が同じである。
解剖は刃物で人体を切り刻み、彫刻は刃物で人体を削り出す。
我が地元の福岡の博多人形師の中にも解剖学教室に通った人がいた。
現在の福岡市祗園町はかつて多くの瓦職人が住んだために瓦町とよばれていた。こうした瓦師に弟子入りした陶工・安兵衛の息子吉兵衛が彫塑の技術を学び、その子の吉三郎とともに現在の博多人形の基礎を築いたといわれている。
博多人形の制作方法は、まず粘土で人物像等の原型を造り、石膏で型を取りその型に粘土を詰めて型を抜き、生地(人形物等)を制作する。
明治後期から大正にかけて多くの優秀な博多人形師を育てたのが白水六三郎である。
白水は人一倍研究熱心で博多人形制作のための人体研究の必要性から九大医学部の解剖実験にたちあった。
白水が「解剖学」を学んだことはゴッホやダビンチと共通しているのも面白い。
白水らの努力によってそれまで土俗的なイメージでしかなかった博多人形が洗練された近代性をもつようになったといわれている。
最近、人間と見紛うバカリに精巧にできたロボットを見るにつけ、ロボット制作においても「解剖学的知見」が取り入れられているのは容易に推測できる。
ロボット人間の表情が、喜び、怒り、憎しみ、恥じらいなどの微妙な「喜怒哀楽」を表現するためには、筋肉の動作についても詳細なデータとテストが必要となってくる。
例えば、「上肢腕動作」を補助するための新しい「軽量着用型ロボット」を制作する場合には次のような経過をたどる。
このロボットでは、自由な行動範囲と高い自由度、服の「着脱」のしやすさを達成するための「着用型機器」としよう。
その実現のためには、特に「関節」とそれに連なる筋肉などの解剖学的知見が必要である。
従来のロボットは各関節に「一関節」駆動を装備し、各関節を独自に制御することで多関節マニピュレータの運動を実現してきた。
具体的には、生体には「二関節」筋が存在することは事実であり、一関節筋と二関節筋の「協調」活動が行われていることが筋電図測定より明らかになっている。
そして、二関節筋を持つヒトは、支点と先端を結んだ軸に対称な先端力分布を備えおり、筋電図測定で示された各筋肉の出力制御により先端力の方向を見通し良く制御している。
こうした過程を通じて人体に近い「軽量着用型ロボット」が実現している。

複雑に変化する自然環境に対応し、自在に飛んだり歩いたりできる鳥や昆虫。こうした生物のしくみを手本に、ロボット開発などに生かす「バイオインスパイアード・テクノロジー(生物規範工学)」という新しい科学が注目されている。
また、生物を手本とすることは、生物そのものを理解する基礎研究にもつながる。
それは、環境に合わせて自らを変化させる能力を備えたロボットのことである。
開発の発端は「定形ではない環境になじむ」ことが求められたためである。
かつて福島第一原発の事故現場にロボットを導入したところ、ほとんど役に立たないことがわかった。
複雑な現場で、ロボットが動き回れる範囲はきわめて限られた範囲だったためである。
精密に制御された従来のロボットが活躍できるのは、工場など限られた環境にとどまる。
宅配で住宅街を飛ぶドローンなどを含め、次世代ロボットの活躍が期待されるのは、天候や地形など絶えず環境が変化する空間だ。
福島原発の内部でロボットが役に立たなかったのを思い出す。
環境変化に対応しようとして、制御を複雑化するほど、想定外の状況に対応できなくなる。そこで、研究者らがヒントを求めたのが、環境になじんで繁栄した生物というわけだ。
現在のドローンは、プロペラで移動を制御する「回転翼機」がほとんどで、飛行時の音が大きく、「新幹線の沿線と同レベル。そしてプロペラが損傷すると、墜落の恐れも高く危険である。
そこで研究者は、正確に静かに飛ぶハチドリや、羽が傷ついても飛び続けられる昆虫の飛行メカニズムに注目した。
千葉大学の研究では、 虫を風洞の中で飛ばし、ハイスピードカメラでとらえた。空気の流れは煙や微粒子によって可視化した。
その解析結果をもとに、「ハチドリ型ロボット」を開発した。ポリエチレン製の翼の長さは約5センチ、重さは2・6グラムでハチドリとほぼ同じだ。
電池で動く小型モーターを使って1秒に30回羽ばたかせ、約6分間の飛行を可能にした。
これらを応用して、鳥に近いドローンを創るという。
また、ある大学助教授が、開発する6本足ロボットの手本にしたのはコオロギという。観察すると、足が1~3本欠けても、すたすたと歩いた。リハビリのような過程はなかった。
詳しく解析すると、欠けた箇所に近い足が、動く角度を広げていた。
脳の中枢からの指令がなくても、局所的な動きの変化で欠損を即座にカバーすることがわかった。
この仕組みを6本足ロボットに取り入れると、通常は均等に足を動かして前進するロボットが、足のどれかが動かなくなっても前進を続けた。
多少の不具合が起きても活動を続けられるロボットは、災害現場などでの活躍が期待できる。
一方、環境によく適応する生物は、必ずしも髙い知能を有するとは限らない。
例えば、脳がない粘菌やクモヒトデも障害物を避ける賢さがある。その動きは脳神経などの体内にあるのではなく、外部環境との相互作用にある。
そこでロボットに髙い知能よりも、日本のモノヅクリの原点「カラクリ」や伝統文化である「折り紙」なども活用できる。
さて、日本で「カラクリ」といえば、狭義には「からくり」人形の略として、見えない所で糸やゼンマイなどを用いて機械的に動作する人形を指す。
したがって、「動力」は、材質の反り返る反動や落下する力以外にはない。
ある大学教授は、地面の状態を検知するセンサーを使わずに、節がある体を曲げることで、障害物をよけて進む「ムカデ型ロボット」をつくった。
前に木があっても脇にそれず、32本の足が地面の傾斜になじんで木をかわし、元の進路に戻る。
複雑なAIと逆に、「単純な生き物でも知能があると感じるのはなぜか」を追究し作ったものだという。
このロボットには脳神経に相当する複雑な回路はないが、その滑らかな動きが「知性」を感じさせる。
最小限の制御システムで環境となじむ生物の賢さは、複雑化する人間社会を考える上でもヒントになりそう。
日本の伝統文化「折り紙」を「折りたたみ」の技と軽くみてはならない。「つづら折り」など、「折り方」にも特有の美意識があるし「宇宙装備」にも応用されているものもあるだ。
1970年に東京大学宇宙航空研究所の三浦公亮(現東大名誉教授)が考案した折り畳み方「ミウラ折り」は、人工衛星の大きなソーラー・パネル配列を効果的に折り畳み、展開するなどといった応用がなされている。
きわめて緩い角度のジグザグの折り目を付けることにより、縦方向へと横方向への展開・折り畳みが、並列にかつ極めて非線形な比で移り変わることが「核心」である。
要するに、紙の対角線の部分を押したり引いたりするだけで即座に簡単に展開・収納ができるものである。
また、地図では、利用者により、折り畳まずに市販されている「地図の折りたたみ方法」として工夫されている他、最初からミウラ折りにし、広げたり畳んだりが容易なように工夫された地図が市販されている。
マサチューセッツ工科大学の若手教授が科学雑誌に掲載したものによれば、オリガミは100度の熱で収縮する形状記憶ポリマーのシートで作られた。
折りたたまれていたシートが、内蔵の電子回路の熱で縮むと体になり、約4分で昆虫のロボットのように組み上がり、5分で歩き始める。
映画「トランスフォーマー」を思わせるが、人の手を借りずに立体的に組み立てられるため、災害で狭い場所に閉じ込められた人の救助や危険な現場での復興作業などへの活用が期待される。

東大の舘知宏氏が開発したソフトは、鉄のように厚みがあり、たわむことのない素材でも折ることが可能かを計算したり、筑波大の三谷純氏の開発したソフトは、イッセイミヤケの服作りに活用された。
また東大の助教授が「折り紙」を応用したシェルターを作った。
普段は平らな状態で保管するが、折りたたむことで強度が増し、被災地などでの活用が見込まれる。
また北海道大学の繁富助教授は、人工血管のステントの試作品を創った。
いわゆる「なまこ折り」という折り方を応用して、金属製のステントグラフを開発した。
折り畳んだ状態で狭くなった血管内に入れると、自動的に開いて血管を広げる。
ステントを動脈硬化などで狭くなった血管にいれると、血液の中で直径1.7倍、長さは1.4倍に広がり、中を血液が流れる。
さらに繁富教授は、より細いステントを作ろうと「細胞折り紙」の研究を始めた。
一辺50マイクロメートルの正方形プレートをいくつも並べ、その上で細胞を培養すると、プレートにまたがるように成長した細胞内の引っ張る力が働き、折り紙を折るような立体的な構造ができる。
日本の折り紙はあまり身近で、誰でも鶴を折れる日本では、折り紙は子供の遊びというイメージが強い。
そんな意識があるためか、国が予算をつける可能性は低く、折り紙のハイテクへの応用は欧米が先行することになりそうだ。
厚みや堅さのある素材を折る難しさや、コストがかかり大量生産に向かない技法がネックになっているという。
そこで日本では、大学が主体でその研究に取り込んでいるが、アメリカでは「オリガミ」の応用はさらにすすんでいる。
自然界には人間の生活に役立つ形や構造アフレている。
そこで、アワビの貝殻の構造をマネタ「超強靭」の素材、ナカが空洞であるアリヅカの「空洞配列」を模した空調システム、「蜂の巣」を模倣したハニカム構造バネルなどがある。