2025年1月20日大統領に就任したトランプ氏は「超右翼」とか「保守」と評されている。
それよりも、アメリカ人の心の琴線にふれる「何か」をもった人物にちがいない。
まず、トランプ氏が銃規制反対することについて、アメリカの開拓者精神に触れるものがある。
アメリカの中西部には、今でも「狩猟文化」があり、家族と鹿狩りをする季節には小学校が休みになる。
だから民主党が政権をとっても銃を全面規制しないなど文化保守的な有権者の思いもくみ上げてきた。
実際、全米ライフル協会の支持を得ることは、選挙戦においては、かなり大きな意義をもつ。
銃規制に熱心なのは、銃規制に熱心なのはニューヨークやサンフランシスコなど東西両岸の人口密集地の住民で、それ以外の地域の人は保守的な人が多い。
反対に、警察が来るのに時間がかかるような地域では、自分で身を守るほかはないからだ。
第二にトランプ氏がかかげる「アメリカ・ファースト」ならば、アメリカは建国当初から「孤立主義」をとってきた。それはモンロー大統領以来の「モンロー主義」で、ヨーロッパとは関わらずもっぱらアメリカ大陸のことに専念しようという立場をとっていたことがわかる。
この孤立主義を決定的に打破したのが、日本の真珠湾攻撃であったといえるかもしれない。
とはいえ、アメリカは戦後の自由貿易体制をリードしてきただけに、アメリカの「内向き」傾向は、世界貿易や資本取引の縮小に繋がる。
トランプ大統領のように、高関税で他国を脅しておいて有利な譲歩を引き出そうスタイルは、歴代の大統領にはみあたらない。
トランプの特徴といわれる「ディール」とは二国間取引にすぎず、原理原則というより、時々の損得に基いて行う状況対応型といえそうだ。
それが、トランプ以後どんな結果をもたらすかという「展望」はあまりなく、傍目には「後は野となれ山となれ」的無責任にみえてしまう。
トランプ氏は「マニフェスト・デスティニー」(明白な使命)なんていう「大義?」とは無縁である。
アメリカの政治史の中に「トランプ的要素」を探すと、共和党ではなく民主党の発足の基盤となったアメリカ第7代大統領ジャクソンである。
ジャクソンはアメリカ初の西部出身の大統領で、西部の労働者を支持基盤とした。自身の生い立ちに見られるような、「自立心」が最も尊ばれる気風として出来つつあった。
その気風は現在のアメリカにおいても、「銃を持ち、それによって自分を守るのは自立した人間にとって当然のことである」という、「銃社会肯定」の歴史的風土を形成している。
そこにある西部開拓魂は、現実には白人が銃をもって開拓をなした点で、「反エリート主義」つまり「草の根民主主義」に通じるものがある。
それはちょうど東部エスタブリッシュメントと対抗するような存在であった。
19世紀を生きた詩人ホイットマンは詩や政治論考を通じて、「英国から独立して王政と決別したのに、米国政治は「業的政治屋らに牛耳られている」と嘆いた。そして、普通の労働者や農民が議員や公務員に選ばれ、職場から議会や役所へ通う政治を実現できるのは、世界で米国だけで、「民衆こそ民主主義の主役たれ」と説き続けた。
そこでは、経験や資格、能力がないことが、むしろ既存の制度に屈していないものとしてかえって強みになる。
こうした意識はアメリカの「スポイルド・システム」に通じるものがある。
「スポイルドシステム」は、選挙で勝利した政党が票集めに奔走した党員に論功行賞として公職を与える制度である。
エリート階層による世襲的な官職独占に終止符を打とうとするもので、ジャクソン大統領が連邦政治の分野に積極的に導入した。
かつてフランス人貴族アレクシ・ド・トクヴィルが「ジャクソニアン・デモクラシー」の時代を目撃し、「アメリカの民主主義」(1831年)と題して本にした。
トックヴィルは、アメリカの特質をまとめて「独立自営」「機会均等」「自由競争」などの価値観にあると指摘した。
アメリカ人は非常に実利的であって、「カネへの愛情は、アメリカ人の行動の根底にある第一の、さもなければ第二の動機である」と書いている。
つまり「普遍的な観念」からはほど遠く、実務には強いが、文学・詩・歴史の大家は生まれてこないと述べている。
「トランプ人気」の秘密のひとつは、古きアメリカへの回帰現象にもとらえられ、彼のような「金持ちでありながら粗野な成功者」の長い系譜があるのだ。
それは「華麗なるキャツビー」にそれを見ることができる。主人公のキャツビーではなく、憧れの女性デイジーの夫であるトム・ブキャナンである。
19世紀末までにアメリカの富裕層は非常に豊かになり、その権勢と影響力はヨーロッパの貴族に匹敵するほどになる。
そして、発行部数の多い新聞が現れたことで、カーネギー家やロックフェラー家などの暮らしぶりが紙面を賑わせ、多くの人に「大金持ちへのあこがれ」が芽生える。
作家のマーク・トウェインはのちに、この時代に「金ぴか時代」という呼び名をつけたのである。
キャツビーも恋人の家の近くに家をたていつしか恋人を招きたいという夢を描いた。そして自宅に招待するという夢を実現する。
フィツェジェラルドの「グレート・キャツビー」は、毎晩宴会を開いてそれを見せつけていたのはそういう「金ピカの時代」をよくあらわしていた。
それはドイツ系移民のトランプの祖父もアメリカにやってきた時代でもあった。ドイツ系移民のトランプの父フレッドは大工を始め、設計図を読み取る訓練を受けた。
1920年には15歳で不動産業・建設業を始め、妻の名を合わせた「エリザベス・トランプ・アンド・サン」という会社を設立し、クイーンズ区に単世帯向け住宅を建設し始めた。
しかしそんな「金ぴか時代」時代も1929年の株価大暴落により終焉を迎える。
そして、続く大恐慌の後に残った瓦礫の中から、より安全な金融システム、より先進的な社会保障制度が生まれる。すると、その後の数十年、前例のないペースで中間層が拡大する。
それに応えるべく、第二次世界大戦中には、東海岸にある合衆国海軍の主要な造船所の近くに職員向けの長屋や庭付きアパート(テラスハウス)を建設した。
フレッドとエリザベスの5人の子を得て、4番目の子がドナルド・トランプである。
そしてドナルド・トランプが生まれた1946年こそは、新たな繁栄の時代の始まりだった。
男たちが戦争から戻り、新たな家庭生活を始めるために数百万世帯が住宅を求めると、ドナルドの父、フレッド・トランプのような不動産開発業者は、そうした需要に応じることで富を築いた。
戦争が終わると中流階級向け家族住宅(つまり退役軍人の家族向け)に手を広げていく。
この戦後のもうひとつの「黄金期」は、過去に類を見ないほど公平な時代だった。富裕層・中間層・低所得層のそれぞれが、経済成長の恩恵をそれなりに受け、各層を分ける格差が広がることはなかった。
アメリカの産業界や金融界のリーダーたちは、教養の追求や教育を軽視して、大学を卒業したら実践的な話をすべきであり、芸術やら本やらは実業界での激しい競争に耐えられない連中にやらせておくのが一番と考えられていた。
フレッドは1975年に70歳になるまでに、実に推定一億ドル相当の資産を手にしたのだ。
1968年には息子のドナルドが22歳でエリザベス・トランプ・アンド・サンに入社、1974年には社長に就任し、マンハッタン区で不動産業を始めることとなった。
アメリカを建国した人々は、ヨーロッパの階級社会から逃れ、チャンスがあれば誰でも富豪になれるし大統領になれるというアメリカンドリームにかけた人々であるからだ。
さて「トランプ人気」の要素のひとつは、保守化した南部の共和党の理念を受け継ぐプロテスタント「福音主義」の信仰を擁護する点である。
「福音主義」は聖書の預言を信じる立場で、ユダヤ教とも相性がよく、イスラエルのネタニエフ首相の強攻策を支援する可能性が高い。
アメリカ政治が分かりにくくしているのは、民主党のルーズベルトのニューデール政策以降、共和党と民主党の支持基盤が「入れ替わっている」ためである。
歴史的にみると、白人労働者のための政策をとってきたのは、むしろ民主党であった。
1930年代には世界恐慌から立ち直るためにルーズベルト大統領にもとで「ニューディール政策」が始まり、政府が積極的に介入して雇用を確保した。
第二次世界大戦後には復員兵を失業させないよう、学者・起業資金、住宅ローンなどを支援し、結果的に「黄金の50年代」とよばれるほど繁栄した。
ただ、これらの政策は白人男性のためのもので、黒人復員兵への支援は乏しく、雇用や教育面での差別は続いた。
戦時には生産現場を支えた女性は、復員兵に職を明け渡して専業主婦になることが良しとされた。
黒人や女性の権利を守る運動が起きると、民主党はこうした差別の解消や経済格差を是正する政策に力を入れ始める。
すると白人労働者の中には自分達の特権を奪われたように感じるものも現われる。
白人労働者が守りたい豊かさとは、人種や性差を基礎とした特権という面をもつ。トランプ大統領誕生の素地がそこにあるのだ。
女性の社会進出に対して保守的な白人男性の屈折した心理を描いた映画が「ステップ・フォーワード・ワイフ」(2004年)が思い浮かぶ。
この映画は、ニコール・キッドマン演じる女性敏腕プロデューサーの大演説にはじまる。
この映画に登場する女性達はすべて、以前バリバリのキャリア・ウーマンで、男達をアゴでつかって仕事をしていたの人々である。
ところが、ニコール・キッドマン演ずる主人公は、ある事件の責任をとってTV局を辞職する事となり、夫のウォルターは失意のジョアンナをつれて再起をはかろうと、ステップフォードという美しい町へとやって来る。
そしてこの美しい町に住むのは美しくも従順な完璧な奥様方。しかしこの町には「秘密」があった。
妻に頭が上がらなかった夫達が、理想の妻、甲斐甲斐しくも仕える妻を創り上げるという秘密。それは、女性達の能力を恐れた男たちが、「フタ」をかぶせてしまうという話でもある。
男達はどこかで封印されたきた女性達のタフネスを恐れ、女性達のプチ・ロボット化に長い間いそしんできた、そんなことを逆説的に暗示する映画である。
アメリカに生まれた「プラグマティズム的精神」もトランプを大統領に押し上げた要素かもしれない。
中身はどうあれ、結果にコミットする方を優先する考え方で、大統領を全人格的に尊敬できる対象とは考えず、実行力だけを見るという考え方である。
有言実行だが品のない型破りな人と、高潔な人格者だが政治を変えない人がいた場合、前者を選ぶということだ。
トランプ氏は経済界で実績をあげた人物だけに、物価上昇にあえぐアメリカで、経済をなんとかしてくれるのではないかという期待が大きかった。
さて、アメリカでエリート不振が強まったのは、リーマンショックではなかったか。特に民主党エリートに対する不振は、従来の支持基盤を崩すことになる。
サブプライム・ローンは、住宅価格の値上がりを前提として、結果的に貧困者を食いものにした。2011年にアメリカで政治経済界に抗議する「オキュパイ(占拠)運動がおこったのもその表れであろう。
また共和党のブッシュ政権下のイラク戦争では「大量殺戮兵器」の破壊を目指したが、「大量殺戮兵器」は存在せず、そんな戦いに20万人が命をおとした。
「大量殺戮兵器」の存在はCIAの工作の中で生まれたもであることがわかったのだが、パウエル参謀長もCIA長官の言葉を信じ国連で演説をして戦闘が開始された。
その後「大量殺戮兵器」のデマがどう生まれたのか検証されることもなく責任をとることもなかった。
それはパウエル参謀総長一生の痛恨事であった。
エリートは国民をだまし都合のよい情報のみを流しあやつっているという意識が芽生えても仕方がない。
そればかりか、インターネットのユーチューブを通じて「影の政府」(Q)が存在しエリートさえも操っていることを信じる土壌を生み出したのである。
トランプ大統領は、他国や不法移民に巧みに利用されているといとの不満をたくみに言語化し、受け皿となった。
そればかりか「影の政府」から人々を守る救世主のような存在
として浮かび上がるのである。
一方でトランプ氏は、人道上というよりビジネス感覚から戦争を好むはずがない。
中東などで対テロ戦争に派遣された米兵の出身地で、多くの戦死者を出した地域ほど16年の米大統領選への支持率が高かったという。
トランプ大統領の「反エリート主義」は、マスメディアへの不信として現れ、SNSを駆使した政治のスタイルは、独自のスタイルといえるかもしれない。
2023年の選挙では、その人物像や政治的手法を十分理解したうえで、人種的マイノリティや女性、若者など広範な層がトランプを支持した。
アメリカの労働者階級が民主党を見限ったのは何か。彼らは自分たちとかけはなれたエリートであるとに気づいている。
例えば、労働者階級に住まいを見つけることよりも、労働者階級の状況を言い表す代名詞を考え出すことに熱心なインテリたちということだ。
既得権益者、つまり巨大資本側のスポンサーとメデイアと対抗する形で、デジタル・ボランンティアやユーチューバーが動画などすと、SNSで広がる情報がマスメディアの情報と著しく異なる場合、「陰謀論」を生みやすい。
その表れが「地球温暖化」で、大規模な森林火災が起きようが科学的なエビデンスを頑なにうけいれない。
「反ワクチン」を唱えるロバートケネディ・ジュニアの厚生省長官任への懸念をノーベル賞科学者らが表明している。
大統領選挙結果を受け入れないトランプ支持者による2021年1月6日の連邦議会議事堂襲撃は、世界中に衝撃を与えた。
トランプ大統領が天才的なのは、フェイクニュースとデイープステート(陰謀)で操られているという点て、言っている人のアイデンティティでどんな主張や反論でも、退けることができる点である。
トランプ氏は、混乱と無秩序を加速させることで自分が求心力を保つと考えているフシさえある。
2024年、映画『シヴィル・ウォー』が日本でも公開された。政治的分断の激化するアメリカでついに内戦が勃発するという想定、分断は現実のものとなりつつある。
トランプとイーロン・マスク、不動産王とSNS王の組み合わせて、トリプルレッド(共和党大統領で、共和党が上院・下院で優性を占める状態)を先導していくアメリカはどうなるのか。
アメリカは、行き過ぎた「多様性」を見直しつつあり、アメリカに進出する企業の多くも、「多様性重視」の旗を降ろしつつある。
またメタCEOのザッカーバーク氏が、ファクト・チエックをやめるとして、トランプ氏やイーロン・マスク氏にすり寄る姿勢をみせている。
SNSが今以上に野放しになれば何が起きるのか。
トランプ政権を「社会的実験」として見たい気もするが、実験事故が起きてしまえば、元も子もない。