トランプ政権に巣食う人々

トランプ大統領がホワイトハウスのローズガーデンで「相互関税」を示すパネルを掲げる姿に、唐突にも1950年代初頭の公聴会にてソ連のスパイ容疑者を次々に糾弾するマッカーシー議員の姿が重なった。
その疑惑者の中には物理学者のオッペンハイマーや日本の経済学者の都留重人もいた。
このマッカーシー旋風で急先鋒に立ったのがロイ・コーンという検事で、その後コーンは弁護士に転じる。
このコーン弁護士こそは不動産王として名を成すトランプのビジネスにおける師匠というべき人物である。
2024年アメリカで公開された映画『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』は、ドナルド・トランプと弁護士ロイ・コーンの関係を描いており、コーンは若きトランプを顧客にもつことで接点をもつ。
コーンは、トランプに対してビジネスで成功する秘訣を伝授した。
それは訴訟を武器にして敵を脅し、攻撃的なメディア戦略を駆使して常に注目を集める方法で、そのスタイルとは「攻撃・攻撃・攻撃、否定・否定・否定、勝利をつかみ、決して敗北を認めるな」である。
マッカーシー失脚後に、懐刀コーン自身も日陰を歩くことになり、トランプ大統領がもつ或る種の「被害者意識」は、コーンに由来するのではなかろうか。
実際、トランプ政権に巣食う人々にも、同様な被害者意識のようなものを感じる。
その代表格のイーロン・マスクは、1971年6月南アフリカのトランスバールにあるプレトリアで生まれる。
イギリス人とアメリカ人をルーツに持つ南アフリカ人の技術者の父親とカナダ人の母親を持つ。
父親は南アフリカで育ち、南アフリカの電気機械エンジニア、パイロット、水夫であるエロール・マスク。母親は、カナダのサスカチュワン州で生まれたモデル兼栄養士であるメイ・マスクで、イーロンには、弟のキンバルと妹のトスカがいる。
1980年に両親が離婚した後、マスクは父親と緒にプレトリア郊外に住んだ。
マスクは幼年期を通じてひどくいじめられ、少年たちのグループが階段を降りて彼を投げた後、かつて入院したこともあった。
マスクは10歳のときコンピューティングに興味を持ちはじめ、独学でプログラミングを学び、12歳までにBlastarと呼ばれるビデオゲームのコードをPC誌に約500ドルで売った。
17歳になった1988年、地元の高校で大学入学資格を得た後、カナダへの移住までの5カ月間、地元のプレトリア大学に通い、物理学と工学を学んだ。
父親はマスクにプレトリアの大学に残ることを主張したが、マスクは米国に引っ越す決心をした。
マスクが父親をひどく嫌っていたことに加え、アメリカが自分の可能性を開いてくれる国であることを信じていたようだ。
マスクの母親はカナダのサスカチュワン州レジャイナの生まれで、多くの親戚がカナダ西部に住んでいた。
そこでカナダ国籍を持つマスクは1989年6月にカナダに移住し、ブリティッシュコロンビアの製材所でのボイラーの清掃やチェーンソーで丸木を切る仕事などをしていたこともある。
その後アメリカのペンシルベニア大学ウォートン・スクールで経済学と物理学の学位を取得する。
1995年に高エネルギー物理学を学ぶためスタンフォード大学の大学院へ進むが2日在籍しただけで退学。弟のキンバ・マスクとともに、オンラインコンテンツ出版ソフトを提供する会社を起業する。
この会社はのちにコンパック社に3億7百万ドルで買収され、マスクは2200万ドルを手にした。
その後オンライン金融サービスと電子メールによる支払いサービスを行う会社の共同設立者となり、1年後にコンフィニティ社と合併し、これが2001年に「PayPal社」となる。
2002年に3つ目の会社として、宇宙輸送を可能にするロケットを製造開発するスペースX社を起業し、CEOに就任した。
さらには太陽光発電会社ソーラーシティを従兄弟と共同で立ちあげたり、電気自動車会社であるテスラ社に投資し、2008年10月にはテスラ社の会長兼CEOに就任した。
2025年1月には、新たな挑戦としてトランプ大統領の大口献金者となり、トランプ政権下で設立された「政府効率化省(DOGE)」を率いた。
ところが4月には、マスクの容赦ない政府職員の人員削減などへの抗議が全米各地で広がり、テスラ車が放火される事件が起きるようになった。
また、複数の長官がマスク氏の一方的な公務員解雇に不満から、トランプ大統領より近く政府を去ることが言及された。
唯一トランプに物言える人物スージー・ワイルズ女史が「マスク氏を管理する必要がある」と指示したことが大きかったという。
さて、マスクの型破りなリーダーシップのルーツに、かつて「技術者による統治」という夢を抱いた「祖父」がいたことはあまり多く語られていない。
彼の母方の祖父で、アメリカ生まれのカナダ人ジョシュア・ハルデマンである。
ハルデマン(1902年~74年)が最初に目指したのはカイロプラクターだった。その母がカナダで最初のカイロプラクターの一人だったからだ。
カイロプラクティックの学校を1926年に卒業した後、サスカチュワン州で治療院を開業した。
政治に関心を深めたハルデマンは、大恐慌時代に北米で勢いを増した「テクノクラシー運動」に傾倒し、「テクノクラシー・インコーポレイテッド」のカナダ支部のリーダーとなった。
「インコーポレイテッド」が1940年に発行した資料に、北アメリカ、中央アメリカ、南アメリカの北部までが赤一色で塗られた地図があり、トランプ大統領就任直後、グリーンランドを含む米国の拡張主義を訴え始めたトランプのアイデアを想起させる。
テクノクラシー運動は、1930年代半ばには衰退し、ハルデマンは組織と国の両方に幻滅し、家族を連れて南アフリカへと発った。
貨物船や小型飛行機で30日間かけてケープタウンにたどり着いた一家は、未開の荒野に何度も足を踏み入れた。
カラハリ砂漠に出かけて「失われた都市」を探すなど、映画「インディー・ジョーンズ」さながらの冒険を経験したという。
ハルデマンをよく知るジャーナリストは、彼が数十年にわたって人種差別、反ユダヤ主義、反民主主義の見解を繰り返し表明した過激な陰謀論者だと指摘している。
そのハルデマンは、1974年に飛行機事故を起こして72年間の生涯を閉じた。
着陸の練習をしていた際に、電線にひっかかり飛行機がひっくりかえったのだという。
当時、マスクはわずか2歳だったが、祖父の政治思想と結びつけるには幼なすぎるが、冒険好きのエンジニア気質は受け継いでいるようだ。

シリコンバレーの一角にある小さなオフィスビル、今から25年前に同じようなオンライン決済サービスを立ちあげた二人の若者が、隣どうしのオフィスに事務所を構えていた。
イーロンマスクとピーター・ティールである。
二人は会社を合併して「PayPal」を設立。2年後にはその会社を1780億円で売却し、売却資金を元手に投資と買収を繰り返し、巨万の富を手に入れた。
二人とともに、「PayPalの創業に携わった企業家たちは「PayPalマフィア」とよばれている。
なかでもピーター・ティエールは首領(ドン)とよばれ、今もシリコンバレーで絶大の影響力をもっている。
ピーター・ティールはイーロン・マスクに最も影響を与えた人物であるばかりか、ピーター・ティールの思想こそが、トランプ政権に浸透しているとさえみられている。
ティールは幼いころから猛勉強で競争を勝ち抜き、スタンフォード大学に入学。同大学の法科大学院で法務博士号を修め、その後アメリカ合衆国最高裁判所の法務事務官の試験を受けるが、面接で不合格となり初めての敗北を経験する。
その挫折の経験から彼は、自分がかけた犠牲(コスト)とその報われなさ、そして競争することの不毛さに気づいたのだという。
その後ティールは、8カ月間ニューヨークで弁護士の仕事をした後にシリコンバレーに戻りコンフィニティ社を興し、仲間たちと「PayPal社」を起業して大成功を収めた。
彼が書いたビジネス書「ZERO to ONE」(2014年)は、日本でもベストセラーになった。
この本の副題「競争するな 独占せよ」という言葉は、ティールの生き方を単刀直入に表している。
また、ティールの思想的中核に、自由と民主主義は共存できない」というものがある。
彼はもともと「リバタリアン(自由市場主義)」といわれていた人物である。
「リバタリアン」とは、政府の干渉を受けずにやりたいことは何でもやれるという考え方である。
根底に、才能ある個人の自由を重視し、政府の規制やどんな干渉をも解除するということである。
ティールは、多様性や平等をかかげる民主主義は、合意形成に時間がかかり無駄な規制を生むことから、「非効率」とみなしている。
つまり、テクノロジー・イノベーションの”邪魔になる”と考える。
ティールが掲げるのは一部の優秀な人間による独裁的なトップ・ダウン、つまり企業のCEOのようにふるまう大統領を求める。
多くのアメリカ人が「ピーター・ティール」という人物を認識したのは、彼が2016年7月の共和党大会で演説をし、ドナルド・トランプへの支持を表明した時のことだった。
このときの気迫に満ちたスピーチで、ティールは「民主党は(IGBTQ擁護のために)誰がどのトイレを使うべきかに議論の時間を割いているが、これは本質から逸れている」と批判した。
ティールがビジネス拠点とするシリコンバレーにはリベラルな民主党員が多いため、彼のトランプ支持の表明には多くの人が衝撃を受けた。
シリコンバレーはインド系の成功者も多く、当時はトランプ支持者は少数派であったが、その後「トランプ支持」を掲げる企業家や投資家が相次いだ。
そこにピーター・ティールの絶大な影響力をみることができる。
また「トランプ政権2.0」にはティールの人脈から閣僚が起用されている。
バンス副大統領は、ティールの部下として働いていたことかある。
バンス副大統領は「ビルビリー・エレジー」(2016年)、ラストベルトでの白人労働者の生活を描いてベストセラー作家となり、一躍有名になった。
他にティール人脈としては、AI・暗号資産の責任者デイビット・サックスは、ティールと大学時代からの仲間である。
ティールいわく、イノベーションがなければ、社会は限られたリソースの取り合い、いわゆるゼロサム・ゲームになり、過当競争のなかで大勢の敗北者が生まれる格差社会になる。
ティールの生き方の原則は、できる限り「模倣しない・競争しない」ということであり、ビジネス、投資、そして理想的な社会構築原則となる。
つまりすでに競争が激しい領域に参入するのではなく、まだ言葉にもなっていないニーズに応え、ニッチな顧客をつかむビジネスをするということだ。
ティールがイーロン・マスクの会社と全面対決になることを避け、マスクを取り込んで「PayPal」を作ったことも、不毛な競争を避けた一例である。
また投資における戦略は「逆張り」で、人気のある銘柄ではなく、人気のない、あるいは大きく下落した銘柄をできるだけ安く買って高く売るのだという。
ティールの考え方は、トランプが「見捨てられた白人労働者」に目を付け、岩盤支持層を掴むやり方を想起させる。
ティールとマスクには、彼らはこの国を根本的に変える必要があるという思想を共有している。
そのために望ましい大統領として、「取引に応じる大統領であること」「自分達のビジネスに有利な決定をしてくれること」、「連邦政府の縮小」で、実際にそれが容赦なく行われた。
マスクと一緒に仕事をしたXの日本法人の社長は、「マスクは人類という言葉をさかんい使うが、人間の心には関心がない」と述べている。
またマスクと仕事をした脳神経学者は、マスクとティールによる最新の買収は「アメリカ政府」そのものだと評している。

教科書で習ったアダム・スミスもデイビッド・リカードも、共産党が支配する大国との自由貿易について考える機会はなかったであろう。
トランプ政権は、なぜそこまで関税にこだわるのか。その政策提言を行う陰の人物が理論面と実務面にいる。
オレン・キャスは、ハーバード大学卒業の保守派のエコノミストとして知られ、バンス副大統領(40)のブレーンを務める人物である。
トランプ大統領はビジネスマンであるせいか、「赤字」というものにひどくこだわるようだ。そこで、巨額の貿易赤字を関税の引き上げによって縮小することを目指している。
キャスは、日本でのインタビューで「アメリカがやりたいことは世界経済を支配することではありません。アメリカはバランスが欲しいだけなのです」と述べている。
キャスによれば、アメリカは輸入超過という深刻な不均衡に陥っているので、関税で価格を調整するということにほかならない。
トランプ大統領は、アメリカは自由貿易の下で「搾取されている」と表現したが、キャスは関税政策にはアメリカの国内経済を支える目的があり、特にアメリカの労働者層が置かれている厳しい状況があること、自身を支持する層でもある国民の不満に応えるためと述べている。
そして、大卒でもなく管理職でもない労働者の収入は1970年代とほとんど変わっておらず、典型的なアメリカ人が、家族を支え、子どもたちにいい生活を提供できるような経済を目指していると。
さて、イーロン・マスクはトランプ大統領の関税発表以降、沈黙を続けていたが、イタリア極右政党との演説で、「欧州と米国が無関税という理想的な状況に進むことを望む」と述べ、トランプ大統領との「方向性」の違いを明らかにした。
一方、ベッセント財務長官は、ヘッジファンド出身で株価に敏感で関税の反対論者であった。
ところが、インタビューで相互関税による景気後退の可能性を聞かれると、「そうとはかぎらない」と否定した。すこし声が上ずっているように見えたが、ベッセントお前もか! もはや誰もトランプ大統領にもの申すことができなくなっている。
このベッセントが、日本との関税の継続交渉の窓口となり、日本側の交渉人は石破首相と同じ鳥取県出身の赤沢経済再生大臣が担当する。
またトランプの関税政策の実務を担う人物としてラトニック商務長官を忘れてはならない。
トランプはラトニックを指名した際に、「言葉では表現できない悲劇に直面したときのレジリエンス(回復力)を具現化した人物」と紹介した。
2001年9月11日の同時多発テロで、自身の弟を含む同社の従業員658人を失うという壊滅的な打撃から同社の再建を果たした。それゆえ、米国で最も尊敬されるCEOに選ばれてもよさそうだが、様々な悪評から「ウォール街で最も憎まれている男」とよばれている。
トランプに忠誠心を誓う人々には、人生のどこかに「負の感情=被害者意識」を抱く体験があり、それぞれが「アメリカの衰退」ということに関係しているように思える。
それゆえに自身の誇りと「Make America Great Again」(MAGA)が響き合う人々が、トランプ政権を固める人々ではなかろうか。