トランプ大統領が、AIで制作した「ローマ教皇」に扮した画像をSNSにアップした。
そのジョークが効果があったのか逆効果だったのか、新しいローマ教皇は、有力候補でもなかったアメリカ出身の枢機卿が就任した。
新教皇レオ14世は、前教皇の信認も厚く、貧者や移民によりそってきた人物だとか。
トランプは自国から教皇が出たことを喜んでいるようで祝意を表した。
「トランプ教皇」の画像をみて、思い浮かんだのがナポレオンの戴冠式で、その歴史の一瞬をとらえた絵画がある。
1804年に描かれたダビット作「皇帝ナポレオン一世と皇妃ジョセフィーヌの戴冠」は、ルーヴル美術館でも最大級の大きさの絵画である。
ナポレオンは、ヨーロッパの絶対主義王政をこわし、フランス革命の成果を広げた軍人なのに、国民の支持をうけているのだからかまわないでしょうと、皇帝になってしまった。
べートーベンはナポレオンの変節に失望して、交響曲第三番「英雄」の楽譜を破り捨てたという。
さて絵画「皇帝ナポレオン一世と皇妃ジョセフィーヌの戴冠」のポイントは、ナポレオンがローマ法王によってではなく自ら戴冠していること。
教皇に完全に背を向けての戴冠だが、ナポレオン皇帝の正当性につきローマ教皇が祝福し賛同しているように描かれている。
そればかりか、ナポレオンは膝まづく王妃ジョセフィーヌに戴冠しようとしている。
こんな構図で、お抱え絵師ダヴィッドは、絵の中の主人公が誰であるかを明確したのだが、ダビットの娘をジョセフィーヌのモデルにするなど、フェイク満載の歴史絵画である。
2023年バイデン大統領は、テクノ業界の独占にメスを入れようとした。
これに反発したテック業界は、2024年の大統領選においてはトランプ支持を鮮明にした。
トランプ大統領就任式に出席したテック業界の面々、その中にはかつてトランプ批判者だったメタのザッカーバークなども、説をまげて出席している。
またイーロン・マスクにいたっては、政権入りさえしている。
こうしたテック業界人の「顔ぞろえ」に、世界史で思い浮かべる場面がある。
それは中国において「馬鹿」という言葉の由来になった場面である。
秦の2代皇帝・胡亥の時代、権力をふるった宦官の趙高は廷臣のうち自分の味方と敵を判別するため、宮中に鹿を曳いてこさせ「珍しい馬が手に入りました」と皇帝に献上した。
胡亥は「これは鹿であろう」と問うと、趙高が左右の廷臣に「これは馬じゃのう」と聞いた。
殆どの廷臣は趙高を恐れ「馬でございます」と答えたが、気骨のある一部の者は「鹿でござる」と答えた。
趙高は後で、鹿と答えた者をすべて殺したという。
「馬鹿」とは、そもそもは権力におもねり信念を曲げてしまう者の事を指しているのである。
さてこの状況を「封建領主の顔ぞろえ」とみなした現代の賢人がいる。
その賢人とは、元ギリシャ財務大臣のヤニス・バルファキスである。
バルファキスは、2015年、負債にあえぐギリシャをドイツなどの債権国から守ろうとしたことで知られる人物だ。
そのバルファキスの17作目となる著書「テクノ封建制」が、大きな話題となっている。
現代の経済システムを、「封建制」とよぶことには異論がでているが、彼がそう断言するのは、その”搾取の仕組み”にある。
封建制の教科書的説明では、「土地を仲立ちとした領主と家臣の主従関係」で、領主はその土地に多くの領民を囲い込んで働かせた。
領民たちを土地に縛り付け、彼らから地代というレント(不労所得)を搾取したのである。
「テクノ封建制」において、土地にあたるのが「デジタル・プラットフォーム」で、封建領主にあたるがGAFAM(グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾン・マイクロソフト)である。
アマゾンの創業者もアリババの創業者も、実際には何も生産しておらず、中世の封建領主と同じである。
バルファキスは彼らを「クラウド領主」とよんだ。彼らはいまやデジタルの土地を所有しているだけで、これを「クラウド領地」ともよんでいる。
「クラウド」はネット上にインターネットを介してデータをやり取りするので、データを保存するハードディスクなどはいらない。
インターネットアクセスに必要な端末さえ用意すれば、いつでもどこでも、オンデマンドでサービスを利用できる。
ちなみに、こうしたサービスの利用形態を「クラウド(雲)」と呼ぶようになった理由としては、ユーザーが天空と情報をやり取りするイメージで、雲の図を使ったからといわれている。
バルファキスは、アップル、フェイスブック、アマゾンによって経済が様変わりし、いまでは中世ヨーロッパの封建制のような様相を呈しているという。
ウーバーイーツは料理せず、アップルストアも何かを作っているわけではなく、場所を提供したりマッチイングをしたりする過程で手数料をとっている。いわばピンハネである。
あるいは非正規労働者や零細事業者の出来高払いの稼ぎからピンハネすることで大きな利益をえている。
こうしてプラットフォーマーが得た法外な利益は、利潤とはいえないレントである。
封建制は「土地と地代」、資本主義は「市場と利益」、この利益と地代はまったく異なる概念で、地代は「何かを所有すること」で得るが、利益は「何かをすること」で得る。
資本主義は、資本家はモノの生産過程で労働者を搾取してきた。バルファキスは、デジタル時代の今の消費者を「クラウド農奴」とよんでいる。
大手テック企業が封建領主、それ以外の全員がわずかな見返りでその土地を耕す小作農というわけだ。
例えば、X(旧Twitter)に投稿するたびにわたしたちはイーロン・マスクの私有地を耕しているに等しく、それは小作人というよりも、まるで中世の”農奴”のようでもある。
マスクは1セントも支払わないが、わたしたちは無償の労働を提供し、マスクの会社の株価を上げるというかたちで身銭を切っている。
アマゾンの利用者は、多くの人びとがこれを市場行動だと錯覚している。
なぜなら、アマゾンやアリババなどのアクセスすれば、何千人もの売り手と買い手が存在しており、出入りも自由で市場のように見えるからである。
しかしそれは市場ではない。なぜならわたしたち自身が自由に店を選んでいるわけではなく、アルゴリズムによって”誘導”されているからである。
そのアルゴリズムは私たちが育て私たちを知り尽くしたものであり、収入や習慣 音楽の好み、政治的傾向までも把握している。
そして、私たちの家族以上に私を知っていて、家族の知らない悩みごとや秘密でさえ知っているのかもしれない。
また市場経済の特徴である「一物一価」は成立せず、「この人はこの価格までなら払うだろう」と予測し、価格を最大化できる売り手へと誘導しているのである。
経済学でいう消費者余剰はぬきとられる。
さらに問題なのは、個人の思考の中にまで影響をおよぼし、クラウド領主の都合のいい思考様式が自然と身についてしまっているということ。
批判的思考は人生を面白くし創造的な存在にする原動力である一方で、権力者たちにとっては大きな脅威でもある。
アルゴリズムがいわゆる地代を徴収するために最も効果的な方法は、人々を殻に閉じ込めることである。
エックスインスタグラムなどで、各人が”自分の部族”に属してをれぞれのコンテンツだけを見るようになる。
そして唯一異なる部族が互いに会話する瞬間というのは、アルゴリズムが意図的に部族Aが部族Bの主張に激怒するように仕向けただけである。
プラットフォームの中では、手数料を払って自由に売り買いがなされるように見えているが、クラウド領主がそれぞれのアルゴリズムをコントロールしたうえでの取引になっている。
デジタル資本主義では、製造する過程で労働者を搾取するのではなく、プライベートの中身の情報をどんどん集めて、それを使ってデータを売りさばいたり、アルゴリズムを洗練させ、おすすめ商品を提示することでお金もうけにつなげようとしている。
歴史の初めから支配者たちは自分達の被支配者に批判的思考を求めたことなどはない。被支配者はただ、従う者であってほしいと願っている。
巨大企業がテック企業がプラットフォームを独占するクラウド領主として君臨。
搾取の仕方が日常の営みにまで広がっていてる現状から、バルファキスは、批判的思考の終焉とし、アルゴリズムは批判的にしないように最適化される。
なにしろ消費者にとって、そうしたターゲットになって有難いと思わせるからである。
なんでもAIに相談することができる便利さの反面、歪んだ情報であることが少なくない。
AIは聞くと答えてくれるが、せいぜい7~8割は本当のことをいっているが、あと曖昧なことや間違った情報が含まれていても、我々はそれを判断できない。
それによって世論が操作されたり、選挙行動が大きく左右される。
実体験のレベルでいえば、スマホという地面(画面)にしばりつけられて、小さな自分に縛り付けられている。土地に縛り付けられて逃げようもなく、領主の思うつぼになっている。
権力者に対して自分に対する批判も失うフィルターバブルで、”自分が正しいのだ”という情報が次々に出てくる。いったん誰かを支持したら、その支持からなかなか離れられない。
そこに、分断をあおられるようになると民主主義は機能不全に陥る。
また「テクノ封建制」下で、下剋上は起こりようもない。ユーザーが多い方が有利なので、すこしでも脅威があれば、買収してしまえば済む。
一旦独占してしまえば、あえて検索の質を落としたりすこともできる。
検索の能力を低めにしておけば、2ページめ3ページめもみるので、広告をたくさんみるようになる。広告代をあげ、サブスクリプション代をあげることもできる。
そして分断をあおるようなネガティブな面がたくさんでてきても、競争がない分、それを是正する方策もとられることもない。
2010年代後半以降、テクノ封建制の覇権争いが続いているのだが、日本の東証の時価総額が985兆円であるのに対して、テック(GAFAM)の時価総額が1600兆円を超えている。
国家はこれに対抗する手段をもちうるのか。
トランプ大統領は、「我々は搾取され続けてきた。これからは搾取する番だ」と述べているが、アメリカの「デジタル黒字」についてはふれていない。
アメリカは日本に8兆円の貿易赤字、日本はアメリカに7兆円のデジタル赤字で、日本の自動車が生み出すアメリカの赤字は、デジタル黒字で十分「帳消し」になるのだが。
バァルファキスは、「アメリカの巨大テック企業によってあらゆる人が搾取されている」とし、これは人類の歴史上かつてなかったような恒常的で広範囲にわたる大々的かつ普遍的な搾取だと述べている。
SNSプラットフォームのほとんどがアメリカ発で、人々が選挙政策などについて情報を得る場もアメリカのプラットフォームになっている。
そもそも、アメリカで軍事産業から流れてきた人々が金融工学を生み出し、リーマンショック以降は「ターゲット広告」に進出したからだ。
トラットフォーマーによって集められた「わたし」という情報によって、「わたし」というターゲットに対して最適な広告が画面に表示される。
ヨーロッパでは、アメリカの「クラウド領主」によって、ヨーロッパの主権や自律性が脅かされるのではないかという懸念が広がっている。
EUは巨大テック企業がな独占的立場を利用して自由な競争を阻害していると問題視しているばかりか、ヨーロッパではそれらのプラットフォームが地域の価値観を尊重しているかを非常に気にしている。
2017年、グーグルが自社のショッピングサイトに不当に顧客を誘導したとしてグーグルに約3800億円の制裁金を課した。
2024年11月にはメタが広告とSNSを結びつけることで、公正な競争を妨げたとして約1300億円の制裁金を課した。
仮に、ヨーロッパで有望なテック企業が生まれたとしても、すぐにアメリカの巨大テック企業に買収されて、独占状態が続くという問題もある。
そしてEUがもうひとつ問題視するのが、国境を超えたサービスを提供する巨大テック企業は、拠点をおかずに活動する多くの国で税の支払いから逃れ、税率の低い国を選んで拠点をおいてきた。
アップルは2016年、税率の低いアイルランドにヨーロッパ本社をおき、不当な税優遇をうけたとして、アップルに約2兆円の追加課税を行った。
EUは2025年 デジタル市場法違反でアップルに約810億円、メタに約320億円の制裁金を課したが、その額は以前よりも低くなっている。
それがトランプの怒りを買い、EUに対する報復されるのではないかという懸念があるからだ。
最近では、公的助成金を使ってEU発で競争力のあるテック企業の育成につなげる方法を再検討している。
しかし、EUも日本もアメリカのテック企業が提供するすべての機能・サービスを自国で再現することはできない。
私たちの自主的なビジネスや生活、場合によっては法律までもがGAFAMによってコントロールされているからだ。
トランプは就任式の大統令で、約140国・地域が導入に合意した「デジタル課税」の枠組みから離脱した。
世界で10年以上デジタル課税の話があっても決まらないのはアメリカの反対があるからに外ならない。
EUで、公的なプラットフォームを作るという案もある。GAFAMに対抗し健全な民主主義を守るため、国が主導すべきという案だ。
デジタルプラットフォームを「公共財」にして国やEUがデータを一元的に管理するというのである。
最大の懸念は、個人情報をどうするかだが、ヨーロッパには国が国民のDNA情報をもっているエストニアという国もある。
社会主義といえば、私有財産を否定するが、情報を公有化するので「プラットフォーム社会主義」ともいえる。
ビッグデータの処理のための公共財ならともかく、国家による情報管理に対する抵抗は、かつての東ドイツの秘密警察シュターゼの恐怖支配を想起させるからだ。
そもそも国家運営のクラウドに、どれほどのイノベーションを期待できようか。
日本の「政府クラウド」は、国や自治体がつかう情報基盤、約1700の中央省庁と自治体がインターネットを通じてデータを出し入れができる。
「デジタル庁」が選定したクラウドの業者については、アマゾン、マイクロソフト、グーグル、オラクル、さくらインターネットの5つで、日本の会社は1社のみである。
日米が対立したり、アメリカが信頼できなくなったら、安全保障上の懸念から、国内の企業でクラウドを運営するほかはない。
公正取引委員会は巨大IT企業の取り締まりや調査を担う新部署を発足させ、IT専門家を従来の3倍となる60人に増やして臨んでいる。