黒塗り続発

黒にまつわるフレーズをあげるとすると、松本清張の「黒皮の手帳」、フォードの「すべての車は黒」というのがあった。
ローリング・ストーンズの「黒く塗れ」というロックの定番もあったが、最近では「ブラック企業」という言葉もはやっている。
また、戦後間もない頃に「黒塗り教科書」というものがあった。
当時の国民学校(現・小学校・中学校)では、当時使われた教科書のうち、戦意高揚を歌った文章の箇所ついては「墨汁で塗りつぶして読めないように」という進駐軍の指示(命令)が出されたためである。
教科によっては、ほぼ全行に抹消線が引かれたものもあった。
教科書が変っただけならソレホドのことはないが、新教科書の完成までトリアエズ「黒塗り教科書」を使ったのだが、その「黒塗り」のインパクトはけっこう重いのかもしれない。
「黒塗り」を前に、教えるもの、教えられるもの、どんな気持ちであったか。
教師達は今まで間違ったことを教えてましたと告白しながら教えていたようなもので、子供達からすれば何が本当のことなのかをいつもツキつけられる感じがしたかもしれない。
こういう「黒塗り教科書」をもって子供達に教えることの「虚しさ」に耐え切れず小学校の教員をやめて、朝日新聞の懸賞小説「氷点」でデビューしたのが三浦綾子さんである。
生徒達は学校で一応原則的なことを学んで、世の中に出て教科書どうりではない「現実」を学べばよい。
とはいっても「教科書の内容」と「現実」とがアマリニ乖離していると、主観的には「黒ぬり」でもしたくなる。
最近特にそんな気持ちになるのが「司法権の独立/裁判官の独立」、そして立法、行政、司法の「三権分立」という原則である。
三権はケシテ分立してはいないしムシロ癒着している。そして日本における「司法権」はアマリニ存在感が薄い。
さて今、60年近く前に起きた「砂川事件」の判決が再び注目されている。安倍首相が目指す集団的自衛権の行使容認への「根拠」として浮上したのである。
砂川事件は1955年以降、旧米軍立川基地の拡張計画に反対する農民らと警官隊が衝突した砂川闘争の中で起きた。
57年7月に基地内に立ち入ったとして、学生ら23人が逮捕され、うち7人が起訴された。
東京地裁は、そもそも「駐留米軍」は戦力保持を禁じる憲法9条に反するものだから、基地の施設を壊そうがどうしようが問題ではなく全員無罪とした。
しかし、無罪判決後に、検察庁は高裁を飛び越え一気に最高裁に持ち込み「跳躍上告」を行った。
ナゼそんなに急いだのかも一つの問題であるが、最高裁大法廷は59年12月、ナント「全員一致」で一審判決を破棄した。
この最高裁判決では、日本には自衛権があると認めたうえで、憲法9条が保持を禁じた戦力とは「日本の戦力」であり、米軍はこれに該当しないと判断したのである。
そして判決文の中の「わが国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然」とある。
これをトラエて、安部内閣は最高裁は個別的、集団的を区別せずに「自衛権」を認めていると主張している。
しかし、最高裁は砂川判決の時点で日本の集団的自衛権ナンテ意識していたとは疑問だし、自衛権といえば「個別自衛権」以外には想定していなかったのではなかろうか。
ただ、今頃この砂川事件における裁判を持ち出すクライなら、合わせてこの判決の「もうひとつの側面」にも光を当てるべきではなかろうか。
というのは、民主党政権の2008年以降、米国で開示がすすむ公文書の中にこの「最高裁判決」につき驚くべきものがあった。
最高裁長官が判決前に米国側と連絡をとり、「全員一致」で無罪判決を破棄する意向を伝えたのだという。
裁判における「跳躍上告」や「全員一致」など一連の流れの裏側が透けて見えるようだが、これは明白に「裁判所の独立/司法権の独立」と反する。
ちなみに59年3月30日午前、東京地裁で「全員無罪判決」を出した伊達秋雄裁判長は、判決直前に「国際的、国内的に我が国を混乱させる責任をとる」と退官したことを付言しておこう。

さて日本では「司法」が立法権や行政権の前に立ちはだかる場面は、極めて少ない。
制度上、司法のトップである「最高裁裁判官」は内閣が人事権を握ってるので、内閣の意向に沿う判決しか、実質出さないということである。
政権が時々変わるならば、それほど大きな問題ではないが、何しろ日本は55年以来の「自民党長期政権」下で最高裁まで昇り詰めるような裁判官なら、ほぼ自民党ヨリよりの判決しか出さないのは当然である。
特に司法が行政裁判で国に反する判決を出すことは考えにくい。
さて、砂川事件で伊達裁判長は「駐留米軍は違法である」といいきったのだが、かつて日本で唯一「自衛隊は憲法違反である」との判決(73年9月)を下した裁判長がいた。
問題は判決の中身というより、この時裁判長に様々な圧力がかかった点である。
当時札幌地裁の福島重雄裁判長は、長沼ナイキ基地事件における「判決」につき様々な力が働いたことを赤裸々に証言している。(長沼事件・平賀書簡~35年目の証言)
長沼ナイキ基地事件とは、防衛庁が地対空ミサイルの発射基地を北海道長沼町に設置するため農林大臣に申請し、農林大臣は当該地域の「保安林指定解除」を行った。
そこで、この土地の農民達がこの行政処分につき取り消しを求めたものである。
原告側は、自衛隊そのものが憲法9条違反なのだから「保安林指定」の解除は許されざるものであり、防災上においても問題があると主張したのである。
この時、札幌地裁裁判官の福島裁判長に圧力をかけたのが、平賀地裁所長である。
1969年、平賀所長は、福島裁判長にが憲法判断に触れないよう事前に手紙を出して裁判内容に干渉したという事件で、いわゆる「平賀書簡」問題である。
福島元裁判長の証言では、平賀所長が福島氏を日頃から、自宅に呼び、長沼事件を「慎重に審理されたい」と要請していた事実も判明している。
しかし平賀所長は単なる変わり者なのではなく、当時の佐藤内閣、自民党治安対策族議員、最高裁長官や右翼などの「動き」と連動して動いていたにすぎないということである。
そして二審の札幌高裁は保安林解除は「ダムの代替え」施設で補填されて農民の訴えの利益はなくなり 裁判自体が意味を失ったのだが、自衛隊の存在など高度な政治判断を要する「国家行為」(統治行為)は極めて明白でない限り司法の範囲外としたのである。
つまり、自衛隊の存否のような重大問題は「司法」で判断すべき範疇ではなく、国民の代表者である国会で判断すべきとしたのである。
さて、前述の「平賀書簡」は裁判官の独立を侵した違憲行為であると批判を浴びたのだが、国会内に設置された「弾劾裁判」では裁判官の独立を侵した平賀所長を「不訴追」にしたのに対して、事実を公表した福島判事の方を「守秘義務違反」として「訴追猶予」として重く罰したのである。
まとめていうと、自民党中長期政権期の「駐留米軍」や「自衛隊」をめぐる裁判には、相当に「黒い影」がつきまとっていて、「司法権の独立/裁判官の独立」とは程遠い判決であったということである。

さて最近、「黒塗り判決」といった事態が、2件ほど続いて起きている。
「黒塗り」とは、判決が確定(違憲)したけれども、国が「実行」に移せない(移したくない)ので、「黒塗り」にしたといという意味である。
その前代未聞の司法問題のひとつが議員定数における「1票の格差問題」である。
最高裁はちゃんと判決を出し、行政のやるべきことも明確に出ているにもかかわらず、「違憲」とははっきりいわずに「違憲状態」とした。
「違憲」というと、即刻動かねばならないからである。
最高裁は「違憲」を放置することもできず、改善する姿勢ぐらいは見せなくてはということで「違憲状態」ということにしたのである。
なにしろハッキリ「違憲」となったら今の選挙制度で国会に行った人たちが国会議員である「正当性」が無くなってしまうことになる。
そこで、その議員で出来上がる法律や予算にも正当性がなくなるから、ボカシテ「違憲状態」としたのである。
与野党の議員も、どうせ司法はスデニやってしまった選挙にまで無効としないと、タカをくくっているふしもある。
しかも、そのことに対して「事情判決の公理」というちゃんとした「法的根拠」まであるのだ。
「事情判決の公理」とは、「ある行政処分が裁判で違法とされた時、その処分を取り消すと公益を著しく損ねるので、取り消し請求を棄却する」というものである。
一例をあげると、行政が駅前の開発計画をたてたところ、地権者の換地処分も終わりビルも建ったが、その時になって反対派が起こしていた裁判で裁判所が開発を「違法」と断じたというものである。
しかしこれは「一票の格差」問題とは随分異なる。
法律や予算をつくる場である国会の正当性が問われる問題だからこそ、いち早い「是正」が必要なのはずなのに、議員達は自分の当落に直接かかわる選挙制度改革には及び腰である。
つまり国会が選挙制度改革を引き伸ばして、みずから法治国家の基盤を揺るがしているということである。
さて、国が確定判決を守らない「黒塗り判決」のケースがもうひとつある。
諫早湾干拓をめぐる問題であり、その元凶はヤハリ国そのものといってよい。
さて、世間では「干潟」の重要性はそれほどには知られていないようだが「海の肺」といわれるくらいに、「水質浄化作用」があるものである。
東京湾のように汚染が進んでいると思われる海でも魚がとれるのは、船橋市付近に広がる三番瀬と呼ばれる広大な「干潟」がその役割を果たしているからである。
ところで長崎県・諫早湾はここだけで国内の全干潟面積の6%を占めるくらいに広いうえに、その干潟は「生きものの宝庫」でもあった。
さて、この地の干拓を行うにあたり、海水堰きとめる堤防を閉じてしまうとコレにより海水の流入が止まり、干潟は乾燥し始める。
干潟のすべての生物が死滅するとも言われ、この堤防は別名「ギロチン」とも呼ばれているくらいである。
しかし諫早湾干拓事業は50年近くも前の高度成長期に計画されたものである。
簡単に言うと、干潟を干拓して、農地を広げると言うものだが、事業主体は農林水産省と、地元の自治体である長崎県と諫早市である。
計画時は今とちがって、国を挙げての「食糧の増産」の時代であったが、今は時代の様相がまったく異なる。
国はごく最近まで「減反」を推進しており、これからもさらに人口減が予想されるのに、今更ナゼ「農地拡大か」というのが素朴な疑問である。
しかし、日本の役所というものは、充分に「愚かしい」と考えられる政策でも、一度決めてしまったものは止められないものらしい。
しかしサスガに役所も「農地拡大」だけでは埋め立ての理由不十分と思ったらしく、「防災」という名目も新たに付け加えた。
しかし、防災は事業主体である農林省の役割からはなれたものであり、結局は一時の一部の業者の利益のために、数百・数千年の歴史と自然の産物が姿を消そうとしているということである。
人間に長年利益を与えてきた自然と文化とを葬って、政治家や官僚、業者の一時的な利益を優先させるというのは、鵜飼で有名な長良川の河口堰問題と同じ構図である。
さて、この諫早湾干拓をめぐる紛争について、国は裁判所が出した「確定判決」を実施できないでいる。つまり「黒塗り判決」の状態にある。
国と長崎県を主導に行った諫早湾の埋め立てにより、周辺の特に佐賀県の漁民の不漁が生じているため、漁民は堤防の門を開いてその被害を調査してほしいと「開門要求」をした。
一方、国がおし進めた埋立地に移住してきた農民は、門を開いたら塩害のために農作物に被害が出るので「開門」に反対したので、両者は真っ向から対立してきた。
そして、2010年12月に福岡高裁が漁民の被害を認めて「開門」を認め、その猶予期間を3年後とした。
その理由は「潮受け堤防」が果たす洪水時の防災機能や、排水不良の改善機能などを代替するための工事のために3年間は各排水門の開放を猶予するとしたのである。
しかしその3年が過ぎても、開門はしないママの状態が続いている。
実は高裁判決が出た時、民主党の菅首相だったが、この埋め立ては、そもそも自民党が推し進めた政策だったということもあり「上告」をせずに判決は確定してしまったのである。
したがって国は司法の判決にのっとって開門をしなければならないのだが、今度は長崎地裁が開門による農民の被害の訴えを認め、昨年年11月に「開門差し止め」の仮処分を決定したのだ。
仮処分は暫定的なものだが、判決と同じ効力をもつものなので、「閉門派」の農民も法的な「後ろ盾」を得たことになる。
さて問題は、この仮処分の審理に国は参加しているので、国は「漁業被害」の方をもっと主張すれば、相矛盾するような義務を負う必要もなかったのである。
しかし、農林省中心に計画した公共事業の非を認めたくないのが本音のようで、国は漁業被害を主張せず「仮処分」が決定したのである。(一応国は最近になって仮処分に対して「異議」申し立てをしている)
したがって国は、一方で開門せよ(福岡高裁判決)、他方で開門するな(長崎地裁仮処分)という相矛盾するという二つの義務を背負ったことになる。
そして開門のタイムリミットである昨年12月の時をムナシク過ぎてしまった。
福岡高裁の「開門」判決後に、開門の際におきるだろう農業被害がを最小限に食い止めるための工事の必要から3年間の猶予をセッカクおいたのに、拓営農者らの強い反対を理由に、国は工事を先送りしてきた。
それで最近何が起きたかというと、福岡高裁で勝訴した漁業者側団は、タイムリミットをすぎても開門しない国に「制裁金」を支払わせる「間接強制」を佐賀地裁に申し立てた。
その中身は、開門するまで1日当たり1億円を求めるもので、これが本当に実施されるのかどうかは知らないが、国の無策のために国民の税金が1日1億円に支払われるとなるとモハヤ「悲劇」という以外にはない。
まとめていうと、もともと諫早湾干拓は自民党が推し進めた農政中心の政策であり、福岡高裁のいうように漁業被害を認めて「開門」ということにアマリにも消極的だったことが今日の対立と混沌をまねく原因となっている。
この事態が「一票の格差問題」と同様に、確定判決を実施しない「黒塗り」となればモハヤ法治国家の根幹はクズレゆくことになる。
地裁や高裁に家庭裁判所のような「調停仲介」機能はないのかとも思うが、何かあると政治家を通して官僚に解決を求める図式が形成されているため、あまり司法に「紛争解決」の役割が期待されて来なかったことによる「経験不足」ということもある。
国は現状打開に向け、長崎県(農民)と佐賀県(漁民)の関係者に話し合いを引き続き呼びかけていくとしているが、いずれにせよ開門か閉門かドチラカを選ばねばならないことに変わりはない。
長崎県(農民側)は国が開門方針を撤回しない限り、協議に応じない意向を示しているという。
国は、自らが招いた「自縄自縛」の事態に、お先真っ黒なブラックアウトというより、頭の中が真っ白になるホワイトアウトに近いのではなかろうか。