「何やってんだオレ…」 何度も同じことをつぶやいていると、いいかげん飽きてくるものだが、再びそうつぶやいて、ため息をついた所を見ると、まだ飽きていないようだ。 それだけナルは暇であり、悩んでもいた。 別に、今自分が何をしているのかが分からないわけではない。分かっているからこそ悩んでいるのだ。 つまり、ナルの「何やってんだオレ」には、”今、自分がどんな行動をとっているのかが分からない”という意味ではなく、”なぜ自分はこんなことをしているのだろうか”という意味があった。 ナルは今、キカイ山のキッチンで椅子に座り、自分のテーマソングを歌いながらパスタをゆでている、エプロン姿の『仮面の白騎士』もといレオの背中を、テーブル越しに眺めながら、ため息をついている。 この光景を見て、誰もがまず”なぜ白騎士がここにいて、しかもエプロン姿でパスタをゆでているのだろう”という疑問を抱くだろう。白騎士を知らない人も、彼を凝視するに違いない。 当然だ。いつもの怪しげな格好の上からエプロンを下げ、楽しそうに歌いながらパスタをゆでているその様は、なぜか悪魔的な儀式を行っているかのように見える。鍋の中のパスタも、ミミズかヘビのように思える。 こんな男にキカイ山をうろつかれては、子供の教育上よくない。 しかしナルは、何も言わずに―ひとり言をつぶやく以外は―ぼおっとしている。 彼の悩みは、なぜ白騎士がここにいるのかということではなかった。 今日、ナルはルビィとケンカをした。 ケンカは毎日のようにしているし、時間がたてば、二人ともケンカのことなどケロっと忘れ、気軽に話せるよう になる。 ただ、今日はいつものと少し違っていた。 一つは、ルビィを泣かしてしまったこと。 もう一つは…。白騎士がキカイ山を訪れたことだった。 彼は、ナルとルビィの仲を進展させるべく、『はじめてのチュウ大作戦』なるものをたてた。 今は、作戦その一『おおっとドッキリ!一本のスパゲッティが二人の間を取り持つのだ作戦』に使用する、全て一本につながった特製スパゲッティを作っている所だ。 恋沙汰は、キスさえすれば何でも解決するとでも思っているのだろうか。 単純かつ幼稚な思考だ。 「…ハァ。何やってんだオレ…」 今度は、先にため息をついてからつぶやいた。 ルビィに泣かれ、いきなり現れた仮面の白騎士に、これまたいきなり妙な作戦をたてられたため、ナルは動揺していたが、白騎士がスパゲッティを作っている間、暇なので、心を落ち着かせ、自分を見つめ直していた。 ルビィとケンカをし、ルビィを泣かせてしまった。 ルビィを泣かせたのは、今日が初めてだった。 ケンカをするつもりも、泣かせるつもりもなかったナルは、焦り、不安になり、マイナスのことばかりを考えていた。 そこに白騎士が現れ、ナルはルビィと仲直りがしたいという気持ちと、キスをしたいという密かなマセガキ思考で、彼の作戦に飛びついた。 この時のナルの様子をことわざに表すと、『溺れる者はワラをも掴む』。まさにそれだった。 つまり、白騎士はワラ。あまり期待はできない。 白騎士のことを、よく知っているわけではないが、こんな怪しさMAXの変人仮面を信用しろというのが、無理な話だ。 …そうだ。こいつを頼ったところで、どうにかなるわけがねえ。仲直りなんか、一言謝ればできるはずだ。今からルビィのところへ行って、謝ってくれば…。 ナルは、何度もそう考えているのだが、なぜか椅子に座ったまま、立ち上がることができない。 それが、ナルの悩みだった。 急にいろんなことがあったため、思考力は低下し、精神的に不安定になっていた。だから後先考えずに、白騎士に頼ろうとした。 しかし、今のナルは落ち着いている。 冷静になって考えれば、今すぐ自分から謝りに行ったほうが、効率的にもいいに決まっている。 なのに、ナルは立ち上がれない。 意地を張っているのか、弱気になっているのか…。 おそらく、その両方だろう。 …認めてしまえば、少しは楽になるのにな…。 意地を張っているから、仲良くなれない。 ルビィのことが好きなのに、それを否定しようとするから、ついケンカ腰になってしまう。 …ガキだな、オレ…。 ナルはテーブルに突っ伏し、頭を抱えた。 「ふんふふふふふ〜んふっふふ〜ん♪…よし!できたぞ!!」 気合の入った声で、白騎士が叫んだ。素早くパスタをざるにあけ、火を止める。 ナルは顔を上げた。 「あとは、マウリ直伝の特製ソースをかければ完成だ!というわけで、ナル!!」 「な・何だぁ!?」 仮面で顔半分が隠れているにもかかわらず、キラキラとしたさわやかなオーラを放つ笑顔の白騎士に、突然声をかけられ、ナルはすっとんきょうな声で返事をした。 「ラクラルへ行ってくる」 「へっ…」 「ソースをもらいに行くのだっ」 「はァ?」 ひょっとこのようにマヌケな顔をするナルを無視し、白騎士はエプロンをたたむ。 「実は、そのソースがないのだ。はっはっはっはっはっ」 「あ…あのな…。なんでもっと早く気がつかないんだよ!ラクラルまで、どれくらいかかると思ってんだ!!」 「計ったことがないので知らん。ではっ!」 なぜか窓から出て行こうとする白騎士のマントを、ナルは慌てて掴んだ。 「バカ!オレは今すぐ…」 ルビィと仲直りがしたい…と続けようとしたが、言葉が詰まってしまう。 「う〜む…。そんなに早く接吻がしたいか…」 「ちげーよ!!!」 ムキになって叫んだ所、どうやらその気もあったらしい。 「できたてが一番なのだが…仕方ない。そこの棚の中に、すでにできあがっているものがあるので、それを持ってゆけ」 「あるのかよ!!!」 ストレートで、いいつっこみだ。 「こんなこともあろうかと、事前に用意しておいたのだ」 白騎士は胸を張って笑うが、ナルはげそっとした顔で、白騎士を見ている。 「…お前、来る前から何かたくらんでいただろ」 「細かいことは気にするな。さあ、このスパゲッティを、ルビィと仲良く食べて、いざ接吻!!」 そう言って、白騎士は、棚の中からスパゲッティを取り出すと、ナルに渡し、親指を立てた。 「…なあ、やっぱこの作戦、うまくいかないんじゃ…」 「私を信じるのだ!!」 どう考えても無理だ。 しかし、ナルはしぶしぶと立ち上がった。少し、顔が赤くなっている。 「わ、わかったよ。行きゃいいんだろ」 「よし、では、いざ!!」 「お・押すな!」 白騎士に背中を押されながら、ナルはルビィの元へと向かった。 弱みを見せたくないから、意地を張る。 そのくせ、弱気になると、とことん沈んでしまう。 そんな時は、人でなくてもいいから、何かを頼らなければ、自分から這い上がれない。 それがワラ並のものであろうが、ワラ以下のものであろうが、とにかく掴んでしまう。 恋愛とはそういうものだ。すぐに周りが見えなくなる。 …認めたくねーけどな。 そう思ってしまう自分を、ナルはつくづくガキだなと感じた。 (終) <あとがき> "ルナティックパレード"を聴いたことのある方には、お分かりになって頂けたことでしょう。 …そうです。あのドラマのネタをお借りしたものです。 ナルのルビィへの気持ちを書こうと考えていたら、なぜか参上仮面の白騎士…。 …ハア。レオ様なくしてお話は書けない体になっているのでしょうか、私…。 いや、ギャグなくしてお話は書けない体なのでしょうか…。 まあ、楽しんでいただければ、どっちでもいいです。 |