LUNAR2ばっかへ

溺れる者は何でも掴む


「何やってんだオレ…」
 何度も同じことをつぶやいていると、いいかげん飽きてくるものだが、再びそうつぶやいて、ため息をついた所を見ると、まだ飽きていないようだ。
 それだけナルは暇であり、悩んでもいた。
 別に、今自分が何をしているのかが分からないわけではない。分かっているからこそ悩んでいるのだ。
 つまり、ナルの「何やってんだオレ」には、”今、自分がどんな行動をとっているのかが分からない”という意味ではなく、”なぜ自分はこんなことをしているのだろうか”という意味があった。
 ナルは今、キカイ山のキッチンで椅子に座り、自分のテーマソングを歌いながらパスタをゆでている、エプロン姿の『仮面の白騎士』もといレオの背中を、テーブル越しに眺めながら、ため息をついている。
 この光景を見て、誰もがまず”なぜ白騎士がここにいて、しかもエプロン姿でパスタをゆでているのだろう”という疑問を抱くだろう。白騎士を知らない人も、彼を凝視するに違いない。
 当然だ。いつもの怪しげな格好の上からエプロンを下げ、楽しそうに歌いながらパスタをゆでているその様は、なぜか悪魔的な儀式を行っているかのように見える。鍋の中のパスタも、ミミズかヘビのように思える。
 こんな男にキカイ山をうろつかれては、子供の教育上よくない。
 しかしナルは、何も言わずに―ひとり言をつぶやく以外は―ぼおっとしている。
 彼の悩みは、なぜ白騎士がここにいるのかということではなかった。
 今日、ナルはルビィとケンカをした。
 ケンカは毎日のようにしているし、時間がたてば、二人ともケンカのことなどケロっと忘れ、気軽に話せるよう になる。
 ただ、今日はいつものと少し違っていた。
 一つは、ルビィを泣かしてしまったこと。
 もう一つは…。白騎士がキカイ山を訪れたことだった。
 彼は、ナルとルビィの仲を進展させるべく、『はじめてのチュウ大作戦』なるものをたてた。
 今は、作戦その一『おおっとドッキリ!一本のスパゲッティが二人の間を取り持つのだ作戦』に使用する、全て一本につながった特製スパゲッティを作っている所だ。
 恋沙汰は、キスさえすれば何でも解決するとでも思っているのだろうか。
 単純かつ幼稚な思考だ。
「…ハァ。何やってんだオレ…」
 今度は、先にため息をついてからつぶやいた。
 ルビィに泣かれ、いきなり現れた仮面の白騎士に、これまたいきなり妙な作戦をたてられたため、ナルは動揺していたが、白騎士がスパゲッティを作っている間、暇なので、心を落ち着かせ、自分を見つめ直していた。
 ルビィとケンカをし、ルビィを泣かせてしまった。
 ルビィを泣かせたのは、今日が初めてだった。
 ケンカをするつもりも、泣かせるつもりもなかったナルは、焦り、不安になり、マイナスのことばかりを考えていた。
 そこに白騎士が現れ、ナルはルビィと仲直りがしたいという気持ちと、キスをしたいという密かなマセガキ思考で、彼の作戦に飛びついた。
 この時のナルの様子をことわざに表すと、『溺れる者はワラをも掴む』。まさにそれだった。
 つまり、白騎士はワラ。あまり期待はできない。
 白騎士のことを、よく知っているわけではないが、こんな怪しさMAXの変人仮面を信用しろというのが、無理な話だ。
 …そうだ。こいつを頼ったところで、どうにかなるわけがねえ。仲直りなんか、一言謝ればできるはずだ。今からルビィのところへ行って、謝ってくれば…。
 ナルは、何度もそう考えているのだが、なぜか椅子に座ったまま、立ち上がることができない。
 それが、ナルの悩みだった。
 急にいろんなことがあったため、思考力は低下し、精神的に不安定になっていた。だから後先考えずに、白騎士に頼ろうとした。
 しかし、今のナルは落ち着いている。
 冷静になって考えれば、今すぐ自分から謝りに行ったほうが、効率的にもいいに決まっている。
 なのに、ナルは立ち上がれない。
 意地を張っているのか、弱気になっているのか…。
 おそらく、その両方だろう。
 …認めてしまえば、少しは楽になるのにな…。
 意地を張っているから、仲良くなれない。
 ルビィのことが好きなのに、それを否定しようとするから、ついケンカ腰になってしまう。
 …ガキだな、オレ…。
 ナルはテーブルに突っ伏し、頭を抱えた。
「ふんふふふふふ〜んふっふふ〜ん♪…よし!できたぞ!!」
 気合の入った声で、白騎士が叫んだ。素早くパスタをざるにあけ、火を止める。
 ナルは顔を上げた。
「あとは、マウリ直伝の特製ソースをかければ完成だ!というわけで、ナル!!」
「な・何だぁ!?」
 仮面で顔半分が隠れているにもかかわらず、キラキラとしたさわやかなオーラを放つ笑顔の白騎士に、突然声をかけられ、ナルはすっとんきょうな声で返事をした。
「ラクラルへ行ってくる」
「へっ…」
「ソースをもらいに行くのだっ」
「はァ?」
 ひょっとこのようにマヌケな顔をするナルを無視し、白騎士はエプロンをたたむ。
「実は、そのソースがないのだ。はっはっはっはっはっ」
「あ…あのな…。なんでもっと早く気がつかないんだよ!ラクラルまで、どれくらいかかると思ってんだ!!」
「計ったことがないので知らん。ではっ!」
 なぜか窓から出て行こうとする白騎士のマントを、ナルは慌てて掴んだ。
「バカ!オレは今すぐ…」
 ルビィと仲直りがしたい…と続けようとしたが、言葉が詰まってしまう。
「う〜む…。そんなに早く接吻がしたいか…」
「ちげーよ!!!」
 ムキになって叫んだ所、どうやらその気もあったらしい。
「できたてが一番なのだが…仕方ない。そこの棚の中に、すでにできあがっているものがあるので、それを持ってゆけ」
「あるのかよ!!!」
 ストレートで、いいつっこみだ。
「こんなこともあろうかと、事前に用意しておいたのだ」
 白騎士は胸を張って笑うが、ナルはげそっとした顔で、白騎士を見ている。
「…お前、来る前から何かたくらんでいただろ」
「細かいことは気にするな。さあ、このスパゲッティを、ルビィと仲良く食べて、いざ接吻!!」
 そう言って、白騎士は、棚の中からスパゲッティを取り出すと、ナルに渡し、親指を立てた。
「…なあ、やっぱこの作戦、うまくいかないんじゃ…」
「私を信じるのだ!!」
 どう考えても無理だ。
 しかし、ナルはしぶしぶと立ち上がった。少し、顔が赤くなっている。
「わ、わかったよ。行きゃいいんだろ」
「よし、では、いざ!!」
「お・押すな!」
 白騎士に背中を押されながら、ナルはルビィの元へと向かった。

 弱みを見せたくないから、意地を張る。
 そのくせ、弱気になると、とことん沈んでしまう。
 そんな時は、人でなくてもいいから、何かを頼らなければ、自分から這い上がれない。
 それがワラ並のものであろうが、ワラ以下のものであろうが、とにかく掴んでしまう。
 恋愛とはそういうものだ。すぐに周りが見えなくなる。
 …認めたくねーけどな。
 そう思ってしまう自分を、ナルはつくづくガキだなと感じた。

 (終)


  <あとがき>

"ルナティックパレード"を聴いたことのある方には、お分かりになって頂けたことでしょう。
…そうです。あのドラマのネタをお借りしたものです。
ナルのルビィへの気持ちを書こうと考えていたら、なぜか参上仮面の白騎士…。
…ハア。レオ様なくしてお話は書けない体になっているのでしょうか、私…。
いや、ギャグなくしてお話は書けない体なのでしょうか…。
まあ、楽しんでいただければ、どっちでもいいです。


LUNAR2ばっかへ