LUNAR2ばっかへ

時には闇肥ゆる愛


 "第八章  自立"

 シュリックを探すため、レミーナ、ヘレナ、リシュタ、そして白騎士の四人は、とりあえず、一番近くに見えるテミスへ行くことにした。
 歩きながら、レミーナは、ヘレナとリシュタに、シュリックのことや白騎士のことを話した。
「とにかく、レオについては知らないふりをしていればいいのよ」
 三人は、小声で話していた。彼女たちの前を、白騎士は黙々と歩いている。
「でも、どうしてそんなに自分を責めているのでしょうか。レオ様を責める人は、一人もいませんのに…」
 リシュタは、白騎士の背中を、さびしそうに見つめた。
「ま、あの石頭の猪突猛進のことだから、しょうがないんじゃない?」
「誰が石頭の猪突猛進だ」
 小声で言ったはずだが、白騎士には聞こえていたようだ。レミーナは、一瞬どきっとした。
「…ところで、レミーナ。お前は見たか?シュリックの後ろにいた影を…」
 白騎士は、背を向けたまま、立ち止まらずに話した。
「…ええ。見たわ」
 レミーナは、少し下を向いて言った。
「どうりでシュリックの魔法力に、違和感があったわけだわ。あれは…」
 レミーナがそう言いかけた時、南の空が赤く染まった。
「レミーナ様!空が!!」
「あれは…テミスの方角ですわ!!」
 リシュタとヘレナが叫んだ。
「なんですって!?」
 レミーナが顔を上げると同時に、テミスで巨大な火柱が上がった。
「たいへん!レオ、早く…」
「レオではな――――――い!!」
 白騎士は、火柱が上がる前から走り出しており、なぜあそこから声が聞こえたのだろうか、町の入り口でそう叫んでいる。
「…はやっ。あたしたちも急がなきゃ!リシュタ、ヘレナさん。町の人たちを避難させて!今のシュリックは危険すぎるわ!!」
 レミーナは、言うだけ言うと、返事も待たずに走り出した。
 ヘレナとリシュタも、お互い頷き合うと、レミーナに続いて走り出した。

   *

「シュリック、何をしている!!」
 町の西側で、火柱が上がっているとの通報を受けたエレボスは、神官を数名引き連れ、現場に駆けつけた。
 そこには、不気味な笑みを浮かべたシュリックが立っていた。
 火柱に向けて手をかざしていたが、エレボスの声を聞いて、静かに手を下ろした。
「ああ、父さん。ただいま」
 シュリックは、エレボスたちと向かい合い、冷たく微笑んだ。
 火柱が消えると、中から、黒くすすけたアルテナ像が姿をあらわした。
「…シュリック。自分が何をしたか、分かっているのか!?」
 エレボスは、シュリックのむなぐらを掴もうとしたが、シュリックは、一歩後ずさると、アルテナ像の上に跳び上がった。
「分かってるよ。それより何?みんなして僕を睨んで…、怖いじゃないか」
 そう言って、シュリックは呪文の詠唱を始めた。
 エレボスたちも、慌てて加護を祈り始めたが、遅かった。
 シュリックが両手を天にかざすと、いくつかの火球が、彼の頭上に生じた。
「邪魔だよ」
 火球は、レミーナに向けて放ったものより小さいが、数かあるので、エレボスたちを焼き払うには充分だった。
 いっせいに放たれ、四方から襲ってくる火球になすすべなく、エレボスたちは目を伏せた。
「烈震撃!!」
 叫び声と共に、剣を構えたレオが、エレボスたちの前に現れた。
 走って来たのではなく、空間の中から姿を現したのだ。
 レオは、エレボスたちに背を向け、前方からせまってきた火球を、魔法力を帯びた剣で斬り裂いた。そして、残像を残しつつ、素早く空間を移動し、全方向からせまってくる火球を、次々と剣で斬りつけていった。
 最後に、再びエレボスの前に立ち、軽く剣を振り下ろすと、それを合図に、火球は全て消え去った。
 レオの優雅な動きに、エレボスたちは見惚れていたが、次のレオの行動に、頭の中のが白くなった。
「ハ―――――ッハッハッハッハッハッハッハッハ!!これしきの炎、我が熱き魂の前では火遊び同然!!」
 レオは変なポーズを取り、高らかに笑った。
 エレボスたちが知っているレオには、真面目で凛々しいというイメージがあった。
 しかし、今のレオに、それはまるで当てはまっていない。
 少なくとも、周りの人々は、プッツン気味のアホと思うだろう。
「なんだ、生きていたの。邪魔しないでって言ったじゃないか。白騎士さん」
 シュリックは舌打ちをした。
 エレボスは我に返ると、背を向けて今だポーズを取っているレオに話しかけた。
「あ、レ、レオ様!これは一体…」
「私はレオではない!!我が名は『仮面の白騎士』である!!」
「はあ?」
 エレボスたちは、目を丸くした。
「そんなことより、早く町の人たちを避難させるのだ!!」
 そう言って、レオはようやく神官たちと顔を合わせた。それと同時に、彼らは一斉に吹き出した。
 レオは、例の仮面をしている。そう。今の彼は白騎士だった。
「そ、そうですな。全員手分けして、人々を神殿に避難させろ!!」
 エレボスが叫ぶと、神官たちは、すぐさま走り出した。
「なに?逃げるの?弱虫め!!」
 シュリックは印を結び、呪文を詠唱し始めた。
「させぬ!」
 しかし、シュリックが呪文を完成させるより早く、白騎士が手をかざした。
「サイレンス!!」
 急にシュリックの声が出なくなり、呪文の詠唱も途絶えた。
 白騎士は、高く飛び上がると、シュリックの腹をひざで打った。
 シュリックは、アルテナ像から少し離れた所まで飛ばされたが、なんとか着地を決めた。白騎士も、アルテナ像のすぐ前で着地する。
「レオ様!待って下さい!!」
 急にエレボスが白騎士に駆け寄ってきた。
「レオ様、シュリックはどうしてしまったのですか?改心したのではなかったのですか!?」
 エレボスは、すがるように言った。
「…あれは、シュリックではない」
 その言葉に、シュリックは顔をしかめ、エレボスは再び質問した。
「どういう意味ですか?」
「今のシュリックは、邪悪なる者に心を乗っ取られている。…そうだな、ゾファーよ!!」
 白騎士は、シュリックを睨みつけるが、シュリックは細く微笑んでいる。
「ゾ・ゾファー!?」
 エレボスは驚愕した。
「そうだ。三年前、私…ではなく、レオたちが戦った、破壊神だ」
 声を封じたはずのシュリックが、低い声で笑った。
「フハハハハハハ…。その通りだ。久しいな、人間よ」
 その声は、シュリックの声ではなく、まるで、深い闇の中から響いてくるような声だった。
「貴様は、確かに私…レオたちによって倒されたはず…」
 シュリックは、鼻で笑った。
「そうだ。私は三年前、お前たち人間どもによって滅ぼされた。だが、私は消えることはない!この人間の心の闇が、私の呼び声に答え、私の血を飲んだ。ククク…、おかげで私は、よみがえることができたのだよ…」
 白騎士の肩が、かすかに震えた。
「ねたみ、憎しみ、絶望…。ありとあらゆる負の念が、私の力。…それを、この人間は私に与え、ここまで育ててくれたぞ」
 シュリックは、胸元に手を這わせ、舌なめずりをする。
「ならば、再び貴様を倒すまで!!それこそが、正義の騎士である私の使命!!」
「できるかな?」
 シュリックは、白騎士を嘲り笑った。
 白騎士は、横目でエレボスを見ると、唇を噛んだ。
 シュリックは、白騎士に向けて手をかざした。
 それに気がついた白騎士は、地を蹴り、シュリックに向かって走り出した。
「馬鹿め!!」
 シュリックの手の平から、風の刃が生じ、白騎士に向けて放たれた。
 …しまった!無詠唱だと!?
 白騎士は、体をひねり、風の刃をかわした。しかし、白騎士の頬をかすめたらしく、血がにじんでいる。
 …威力は大したことはないな。
 休む間もなく、シュリックは次々と風の刃を放った。白騎士は、慌ててよける。
「おわっとっとっと…なんのっ!!」
 風の刃は、白騎士のマントをかすることもできない。
「…本来なら、もっと力を得てから復讐するつもりだったが…まあいい」
 そう言って、シュリックは、片手で風の刃を放ちつつ、もう一方の手で印を結び、呪文の詠唱を始めた。
 エレボスは、とっさに加護を祈り、白騎士に向けて光を放った。光は白騎士を包み、襲ってくる風の刃を、かき消した。
「威力の弱い魔法でしたら、無効化することができますが、長続きはしません!レオ様、シュリックを止めてください!!」
「礼を言う。だが、私はレオではな―――い!!」
 白騎士は、再び走り出した。しかし、シュリックは呪文の詠唱を終え、高らかに笑った。
「遅いわぁ!!」
 シュリックは、魔法力を開放しようとした。
「そっちこそ!」
 しかし、それより早く、レミーナが物影から姿を現し、手にしている杖の先端を、シュリックに向ける。
 すると、シュリックの足元から氷のヤリが突き出し、シュリックは後ろに転がった。
 怪我こそしていないが、頭を強く打ち、集中力が途切れてしまう。
「レオ、待たせたわね!!」
「レオではないと言うに!!!」
「はいはい」
 白騎士とレミーナが言い合っているうちに、シュリックは体を起こした。
「ぐっ…おのれ、小細工を!!」
 シュリックは、二人を睨みつけた。
「やっぱりあんたゾファーね!この魔法ギルド当主レミーナが、もう一度あんたをとっちのめてやるわ!!」
 レミーナは杖を構えた。そこに、エレボスが慌ただしく叫んだ。
「レミーナ様!お願いです、息子を傷つけないで下さい!!」
 レミーナの手が止まった。
 シュリックは立ち上がり、両手を広げて笑った。
「フハハハハハハ!!お前たちにこの人間を殺すことができるか?そうとも。この体は、シュリックのものだ!だが、この人間を殺さねば、私を倒せぬぞ。この人間の心に、負の念がある限りな!!」
 レミーナは顔をしかめたが、杖を地面と垂直に構えると、吐き捨てるように言った。
「そんなこと、分かっているわよ!!」
 レミーナは、呪文を詠唱し始めた。白騎士も、剣を構え、魔法力を高める。
「無駄なあがきはやめろ!!」
 シュリックは、白騎士とレミーナに向けて、火球を放った。それでもレミーナは、呪文の詠唱を中断しなかった。
「亜空閃!!」
 白騎士は、叫ぶと同時に、残像を残して空間の中に姿を消した。火球は標的を失い、地に伏せる。
 レミーナに向けて放たれた火球は、突然レミーナの前に姿を現した白騎士によって斬り裂かれ、跡形もなく消えてしまった。
「おのれ…っ」
 今度は、風の刃を二人に向けて放つが、白騎士が、レミーナを抱えて再び空間へと消えてしまったため、刃はむなしく空をかすめる。
 白騎士とレミーナは、エレボスの前に現れた。
「レミーナ。ヤツを足どめできぬか?」
 レミーナは、呪文を詠唱しながらうなずいた。
「エレボス殿、少し離れていてくれ。そして、もう一度援護を頼む!」
 エレボスは、言われた通り、少し離れた場所で加護を祈り始めた。
 シュリックは、風の刃を次々と放っているが、白騎士はレミーナを抱えながら、それらを見事にかわしていく。
 かわされた風は、エレボスに向かっていったが、全て途中で威力を失い、消えてしまう。
 白騎士は、風の刃をかわしつつ、シュリックの力を冷静に計算していた。
 …人間が無詠唱の魔法を使うことは不可能。ならば、この力はゾファーの力か。…だが、威力は小さい。さすがに、たった数日で本来の力を取り戻すことはできなかったようだな。…しかし、シュリックの体をゾファーが乗っ取っている限り…、シュリックに強い負の念がある限り、奴を倒すことはできぬ…。
 白騎士は…いや、レオはマウリを思い出した。ゾファーに操られ、多くの人々を殺め、苦しんでいたマウリを…。
 …あの時、私はマウリを救うことができなかった。それどころか、本気でマウリを殺そうとした。ゾファーに心を食らいつくされたと思い…。私は、マウリを信じることができなかったのだ…。
 先程から、かすり傷一つと負わない三人に、いらだちを感じ始めたシュリックは、一歩前に踏み出ると、呪文の詠唱を始めた。しかし、それを待っていたかのように、レミーナが、白騎士に抱えられたまま、一気に魔法力を開放した。
「ハイプレッシャー!」
 レミーナがシュリックに手をかざすと、突然、シュリックの体に強い重力がかけられた。シュリックはひざをつき、呪文の詠唱も途絶えてしまう。
 同時に、エレボスが白騎士に向けて光を放った。再び白騎士は光に包まれる。
「すまない」
 白騎士は、二人に礼を言うと、すでに次の呪文の詠唱を始めているレミーナを降ろし、シュリックに向かって突っ込んで行った。
「ぐっ…」
 シュリックは、押しつぶされそうな重力に耐えながらも、呪文の詠唱を始めた。威力が小さい無詠唱の魔法は、光によってかき消されるので使わない。
「レオ、無茶はしないでよ!バリアシェル!!」
 レミーナが叫ぶと、白騎士の体を、薄い氷の膜が覆った。白騎士はそれに気づかず、ひざをついているシュリックの前まで来ると、彼の肩を掴み、大声で叫んだ。
「シュリック、私の声が聞こえるか!!いいのか、このままで!ゾファーに乗っ取られ、多くの人々を傷つけることになっても…!!」
 シュリックは顔を上げた。
「無駄だ!この人間の心は、すでに私が食らいつくした!!お前の声など、届くわけがない!!」
「貴様は黙っておれ!!」
 白騎士は、シュリックを睨んだ。
 仮面の下からでも、その鋭い眼光は、シュリックを…いや、ゾファーを震え上がらせた。
 白騎士の眼差しは、ゾファーの嫌うものだった。
 怒りでもなく、憎しみでもない。己の正義を貫こうとする、強い信念が表れている。
「シュリック!ゾファーと戦え!!お前の心に巣食う闇を払うには、おまえ自身が戦わねばならん!!」
「無駄だと言っておろうが!!」
 とたんに、白騎士の足元から火柱が上がり、白騎士は炎に包まれる。
 レミーナとエレボスが叫んだ。
「レオ!」
「レオ様!」
「レオではな―――い!!」
 テンポよく返事が返ってきた。どうやら無事のようだ。
 火柱は、わずかに白騎士をよけて燃え上がっていた。氷の膜と光も手伝って、炎は髪もマントも燃やすことができない。
 シュリックは、もだえ、苦しんでいた。それは、レミーナの魔法の効果だけではなさそうだ。
 炎の中で、白騎士が叫んだ。
「今度こそ助け出してみせる!お前を…見捨てたりはしない!!!」
「やめろォォォォ…ッ!」
 炎は勢いを増すが、白騎士は動じることなく、まっすぐシュリックと向かい合う。
 光も、氷の膜も、しだいに薄れて行く。

   *

 深い闇の中で、シュリックの意識は、消えかかりながらも質問を繰り返していた。
 それに答える者は、自分自身とゾファーだけだった。
 …どうして僕は、人を殺してしまったのだろう…。
 その質問に、ゾファーが答えた。
「あの二人が憎かったからだろう」
 …違う!お前が僕を操ったんだろ!!
 ゾファーの笑い声が聞こえる。
「私はお前だ。お前の心の闇だ。私の行動は、お前の行動でもある」
 …お前は僕なんかじゃない!
「なんとでも言え。わめいたところで、真実は変えられん」
 シュリックは、質問を変えた。
 …どうして、誰も僕を助けてくれないの?
「簡単なことだ。お前は見捨てられたのだ」
 …父さんも僕を見捨てたの?
「そうだ」
 シュリックの心の闇であるゾファーの答えは、シュリックの答えでもある。シュリックは父を疑っていたため、ゾファーはそう答えた。
 …レオ様は?レオ様も僕を見捨てたの?僕が閉じ込めたから来れないだけだよ。
 ゾファーは、しばらく黙っていた。
 …レオ様は僕を見捨てたりはしないさ。正義の騎士様だから…。
「違うな」
 ゾファーの答えに、シュリックはムキになって叫んだ。
 …そんなことはない!レオ様は僕の愛する人なんだ!そんな人じゃない!!そんな人じゃ…。
 しかし、ゾファーがそう答えたということは、シュリックがわずかでもレオを疑っていたからだった。
 シュリックは絶望し、ゾファーはそれを喜んだ。
「お前を助けようとする者は、一人もいない。希望など持たないことだ」
 シュリックは、気力を失った。
 …いやだ。もう聞きたくない。もう、疲れた…。
 シュリックの意識は、少しづつ闇に溶け込んでいった。
 そのとき、かすかにレオの声がした。
 …レオ様?
 闇に亀裂が走り、わずかだが、光がシュリックを照らした。
 レオの声が、はっきりと聞こえた。
「シュリック!ゾファーと戦え!!」
 …ゾファーだって!?そんなこと無理です!こいつは僕だって言ってた。僕の悪い心だって言ってた。自分自身と戦うなんて…。レオ様、助けてください…。
 シュリックは、レオに助けを求めた。それがレオに聞こえたかどうかは分からないが、レオは続けた。
「これはお前自身の問題だ。お前がゾファーを…心の闇を打ち払わない限り、お前を助けることはできない」
 …そんな。でも、僕は悪いことをたくさんしました。僕はそれに気づいていました。でも、僕がすることは全て正しいって、ゾファーが…心の闇がそう言って…。そんな僕に…。
 シュリックの声が聞こえたのだろう。レオが答えた。
「過ちは悔やめばいい。罪は認めればいい。我々の心には、必ず闇がある。罪を犯してしまうことは、誰にでもある。だが、それを正し、心の闇に打ち勝つこともできる。それこそが、正義の心。ゾファーを倒す力の源だ!!」
 レオは力強く言った。
 …でも、僕の悪い心が、ゾファーをよみがえらせたのでしょう。それだけ僕は、悪い心を…。
「ならばそれを正せばいい。それが、ゾファーに打ち勝つことだ。今のお前は、過ちを悔やみ、罪を認めている。今のお前ならできる。ゾファーを倒すことが…」
 シュリックは、黙って光を見ていた。ゾファーの声は、もう聞こえない。
「シュリック、私を信じろ!私も…お前を信じる!お前の心を、力を…」
 …レオ様!!
 亀裂が広がり、いっそう強い光が、シュリックに降り注いだ。
 シュリックの意識は闇の中から這い出し、闇と向かい合った。
 …レオ様、僕は強くなります!自分の心の闇よりも…!!

   *

 白騎士を包んでいた光も、氷の膜も消え、白騎士の髪に火が燃え移った。
 加護を祈っていたエレボスは、とっさに光を放ち、それを払ったが、先の方は完全に黒ずんでいる。
 シュリックの苦しみが、しだいに増し、炎は薄れていった。
 それを見て、レミーナは集中力を高める。
「ぐおあああぁぁぁぁ!!!」
 シュリックが凄まじい悲鳴を上げると、火柱は消え、シュリックの体から、人の形をした、黒くねっとりとしたものが這い出した。
 シュリックは気を失い、その場に倒れる。
「ゾファー!!」
 三人は、同時に叫んだ。
 ゾファーは、暗闇の中でも特に黒く、目らしき所から不気味な光を放っていた。
「おのれ、人間どもめ!!」
 ゾファーは、男とも女ともつかない声で吼えると、白騎士に向かって高く跳ねあがった。
「燃え上がれっ、炎よ!!」
 レミーナの杖の先端に、巨大な火球が生じ、ゾファーに向けて放たれた。
 それは、今までシュリックが放ったどの炎よりも明るく、激しく燃えていた。
 炎は、あっという間にゾファーを呑み込んだ。ゾファーは悶え、悲鳴を上げる。
「ぐ…おのれ…おのれェェ…」
 宙で悶えているゾファーの前に、白騎士が現れた。白騎士は、ゾファーよりもやや高い位置から、ありったけの魔法力を込めた剣を振り下ろした。
「正義の刃だ!!!」
 光輝く剣が、ゾファーを見事に斬り裂いた。
 ゾファーは、断末魔の悲鳴を上げると、剣圧によって生じた衝撃波により、崩れていった。
 白騎士は、シュリックのすぐ近くに着地すると、剣を鞘に収める。
「バカな…」
 ゾファーは、いくつもの塵となって、闇の中へと消え去った。
 三人は、黙ってその様子を見ていたが、しばらくして、白騎士がシュリックを抱き起こそうと、肩を掴んだ。
「…重い」
 レミーナの魔法がまだ効いており、白騎士は、レミーナを見て言った。
「あ、ゴメン」
 レミーナは軽く笑うと、印を結び、呪文の詠唱を始めた。
 緊張が解けたせいか、白騎士とエレボスも、つい声を出して笑った。
「よくやったな、シュリック」
 白騎士は、シュリックの頭を笑いながら撫でた。
 その明るい声に誘われたのか、雲の中から青き星が姿を現した。

   *

 ヘレナとリシュタを加え、白騎士たちは、神殿内のアルテナ像の前に集まった。
 避難していた人々は、アルテナ像以外の建物には被害がなかったので、家に帰した。とはいえ、アルテナ像が燃やされたことについては、全員ショックを受けたようだ。
 エレボスは、後日、アルテナ像を修復することを人々に約束した。
 シュリックを像の前に寝かせ、エレボスは、アルテナに祈りをささげた。
 シュリックは、すぐに目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。
「シュリック!!」
 エレボスは、シュリックの肩を抱いた。
「…父さん?」
 エレボスは、涙を流している。
 それを見たシュリックは、少しでも父親を疑ったことを、恥ずかしく思った。
「無事で良かった…シュリック…」
「父さん、心配かけてごめんなさい…」
 シュリックは、エレボスの胸に顔をうずめ、静かに泣いた。
「これも、レオ様とレミーナ様のおかげです。本当にありがとうございます」
 エレボスは顔を上げ、すぐ近くに立っている白騎士とレミーナを見た。
 今だ仮面をつけている白騎士は、小声で「レオではないと言うに」と言った。しかし、顔は笑っている。
 シュリックも、驚いて顔を上げた。
「白騎士さん!?それに、レミーナ様も!!よかった。僕はてっきり…」
「魔法ギルドの当主である私が、そう簡単に倒れてたまるものですか!大金を積まれたって死にはしないわ!!」
「正義を貫く我が信念は、あれしきの炎で燃え尽きることはない!この世の悪を絶やすまで、私は不死身だ!!」
 レミーナと白騎士が、同時に胸を張ったので、ヘレナとリシュタは吹き出してしまった。
 シュリックは、あれ?と辺りを見まわした。
「あの、レオ様はいないんですか?確か、レオ様が助けてくれたと思うんですけど…」
 シュリックがゾファーに心をとらわれていた時、確かにレオの声が聞こえたので、レオが助けてくれたのだと、シュリックは思っていた。
「違うわ。あなたを助けたのは、この白騎士さんよ。ねっ☆」
 レミーナは、白騎士の背中を軽く叩いた。
「あ・いや・まあ…」
 白騎士は、かなりうろたえている。
 実は、シュリックは知らないが、白騎士がシュリックを助けようと叫んでいた時、シュリックは、かすれた声を漏らしていた。会話が成立していたのも、そのためだ。
 というわけで、白騎士は、自分の声がシュリックに届いたことも、シュリックがゾファーと戦ったことも知っていた。もちろん、レミーナとエレボスも、そのことを知っている。
「あの声は、白騎士さんの声だったんですか。レオ様の声とよく似ていましたから、間違えました。白騎士さん、あなたのおかげで、僕は救われました。ありがとうございます」
 シュリックは、丁寧に頭を下げた。
 その様子を見て、白騎士以外の全員の顔が引きつった。
 …まさか、本当に白騎士の正体に気がついていないんじゃ…。
「いや、お前を救ったのは、私だけではない」
 白騎士は、レミーナとエレボスを横目で見た。
「そうよ。あたしとエレボスさんも、がんばったんだから」
「レミーナ様。父さん…ありがとう…」
 シュリックはうつむき、何度も礼を言った。
 その様子を見ていた白騎士は、急にきびすを返した。
「さて、私の役目はここまでのようだな」
 そう言って、一歩前に進んだ時、シュリックが慌てて呼びとめた。
「待って下さい!…白騎士さん。僕は誰かに認めてもらいたかったんです。どれだけ僕ががんばっているかを…自分の力を、信じてもらいたかったんです。でも、僕は体も弱いし、悪いこともしました。だから、もう誰も僕を信じてくれないと思っていました。だから、白騎士さんが僕を信じてくれるって言った時、本当に嬉しかったです!それに、人を信じることも教えてくれて…。本当に、本当にありがとうございました!!」
 シュリックは、白騎士に深々と頭を下げた。
 白騎士は振り返り、優しく微笑んだ。
「お前が立ち上がることができたのは、お前が己を信じ、闇と向かい合ったためだ。私は、それにわずかに手を差し伸べただけに過ぎぬ」
「白騎士さん…」
 白騎士は、再びきびすを返した。
「シュリック。ゾファーを打ち破った正義の心、忘れるでないぞ。では、また会おう!さらばだ!!ハーッハッハッハッハッハッハッハッ、ハーッハッハッハッハッハッ!!」
 白騎士は、笑いながら去っていった。
 全員、彼が去った後を眺める。
「まったく。何考えているんだか…」
 レミーナは、ため息をついた。
「さすが正義の騎士ですわね」
「レオ様…素敵です…」
 ヘレナとリシュタは、何やら感心している様子。
「レ・レオ様、一体…」
 エレボスは、開いた口がふさがらずにいた。
 シュリックは黙ってうつむいていたが、ふと、顔を上げると、思い出したかのように言った。
「そうだ。レオ様を閉じ込めたままだった。助けに行かなきゃ…」
 全員、はい?とシュリックを見た。
「閉じ込めたって…。レオはさっきまでそこにいたじゃないの」
「え?あの人は白騎士さんですよ」
 シュリックは、本当に白騎士の正体に気づいていないようだ。
 レミーナ、ヘレナ、リシュタの三人は、体を少し傾ける。
 エレボスだけ、不思議そうにシュリックを見ている。
「シュリック。レオ様を閉じ込めたとは、どういうことだ?」
「あ、うん。実は僕、レオ様に恋して、愛し合えるように…」
 突然、猛スピードでレオが走ってきて、シュリックの口を塞いだ。
 仮面をはずし、服も着替え、髪も肩まで短くなっている。どうすればそんなに早くイメチェンできるのだろうか。
「むごっ…。あれ、レオ様?どうやって出て来れたんですか?」
 シュリックは、口を塞いでいる手をどけて言った。
「う、うむ。いや、自力で脱出したのだが、まあ、話せば長くなることで…」
「あれ?髪を切ってしまったんですか!?どうして…」
「あ、その、ま・前々から切ろうと思っていたのだ」
 レオはかなり焦っていた。
 エレボスは、顔を引きつらせながら質問した。
「シュ、シュリック。恋とはどういうことだ?愛し合うって…まさか…」
「うん。僕はレオ様に…」
 再びレオはシュリックの口を塞いだ。
「いっいいっいや、その、まあ、実はイロイロと…なんだ…うむ」
 レオは必死にごまかそうとしたが、嘘が下手なレオのこと。即座にばれ、エレボスはその場で倒れた。

   *

 後日、レオはテミスを発つことにした。
 レミーナたち三人は、今回の一件で魔法ギルドに箔がつき、テストは受けずとも、魔法の勉強がしたいという人が何人も申し出たので、その人たちを連れ、ヴェーンに帰ることになった。
「というわけで、ヴェーンまで乗せてってね♪あ、そうだ。レオも魔法ギルドの会員にならない?」
 レミーナの誘いを、レオは、まだ旅を続けると言って断わった。
 それにはレミーナもがっかりしたが、一番がっかりしたのは、リシュタだった。
「でも、もしヴェーンの近くを通ることがあれば、ぜひ寄って下さい」
 リシュタの言葉に、レオは笑って「もちろんだ」と答えた。
 それを見ていたレミーナは、何かをつぶやいたが、声が小さく、誰にも聞こえなかった。
 出発の時、シュリックを先頭に、何人かの人が見送りに来てくれた。エレボスも、どうにか立ち上がれるようになったので、今、シュリックの隣に立っている。
「レオ様。白騎士さんにあったら、よろしく伝えて下さい」
 レオたちは、バルガンの前でシュリックと話をしていた。
 実は、昨日の夜、シュリックに「どうしてすぐにこなかったんですか?」と聞かれ、レオはこう答えた。
「罪がある私には、正義を語る資格がないと困っていた所、仮面の白騎士が相談に来てくれたのだ。彼は私の親友で、信頼できる男だ。そこで、私に代わって、シュリックに正義を語ってくれと頼んだのだ」
 などと、もっともらしいことを並べ、シュリックを納得させたのだった。その時、シュリックは、レオと白騎士が親しい仲だと知ったのだった。
 本当は、同一人物なのだが…。
 ちなみに、レオはまだシュリックをふっていない。
 そのことでシュリックと話をしようとすると、なぜかシュリックは口ごもり、話を続かなくさせるからだ。
「それよりシュリック。これが最後のチャンスよ。魔法ギルドに来ない?」
 レミーナは強く言った。シュリックの返事はこうだった。
「いえ、僕はもう少し、ここで自分を鍛えようと思います。体調もよくなったことですし。そしたら、僕がヴェーンまで旅をします。いつまでも過去にとらわれず、自分の可能性を伸ばすために…。いいでしょ、父さん」
 シュリックは、エレボスを見た。
「…そうだな。お前もいつまでも子供ではいられん。自立せんとな」
 エレボスは、シュリックの肩を叩いた。その表情は、少し寂しそうだった。
「そう。それじゃ、その時を楽しみに待っているわ」
 とりあえず、シュリックをキープすることができたので、レミーナは満足げに微笑んだ。
「それと、レオ様。今まで迷惑をかけてしまって、すいません」
 シュリックは、レオに頭を下げた。
「いや、気にするな」
 レオは優しく微笑んだ。
「それに…、実は僕、他に好きな人ができてしまったんです。…あんなに、レオ様を愛していると言っておきながら…」
 シュリックの発言は、その場にいた全員を一歩退かせた。レオは内心ほっとしたが、シュリックがレオに対して特別な思いを抱いていたことが、ものの見事に暴露され、とりあえず、笑っておいた。
「そ、そうか。ハハハ…。で、一体誰に…」
 シュリックは、少しうつむいた。
「旅に出ようと思ったのも、その人に会いたいからでもあるんです」
 レミーナの顔が、さっと青ざめた。続いて、リシュタ、ヘレナの顔も青ざめる。
 …まさか…。
 レオも嫌な予感がし、顔を引きつらせた。
「し、して、その人とは?」
 シュリックは、はにかみながら答えた。
「…実は…」

 シュリックの口から、その人物の名前が出た時、レミーナたちの思考が止まり、エレボスは地に伏せた。
 しかし、一番ショックを受けたのは、他でもない。質問をしたレオ当人であった。


 "エピローグ  未解決一名"

 レオは、久しぶりに故郷の村を訪れた。
 村では、妹のマウリと、その夫、ロンファが住んでおり、レオを温かく迎えてくれた。
 その日の夜、レオはロンファと酒を酌み交わした。すぐそばで、マウリが赤ん坊をあやしている。
 ロンファとマウリの愛の結晶であるその子は、小さな手で宙を掻き回しながら、キャッキャと笑っている。
「ずいぶん大きくなったな。以前来た時は、もっと小さかったと思うが…」
「お兄様が、なかなか帰ってきて下さらないからですわ」
 レオの言葉に、マウリはすねたように答える。
「そうだぜ。このままだと、今度帰ってくる時には、言葉を話せるようになってんじゃねえか?そしたら、お前もついに『おじちゃん』って呼ばれるな!」
 ロンファはすでにできあがっており、声を上げて笑った。
「そうだな」
 レオは苦笑した。
 急に、マウリが心配そうに尋ねた。
「お兄様。まだ旅を続けるつもりですの?」
 レオは、少し考えてから言った。
「心配するな。私は大丈夫だ」
「レオよぉ」
 ロンファが口を挟んだ。
「マウリが心配なのは、お前の将来のことなんだよ」
「どういう意味だ?」
「早く身を固めろってこった」
 ロンファは、そっけなく言った。
 今までも、レオが帰ってくるたびに、同じ事を言っていたのだが、レオはあっさりと拒否してきた。そのため、ロンファとマウリは、今回も拒否するだろうと思った。幼馴染であるロンファも、レオの頑固な性格は、よく知っていた。
 しかし、レオは深刻そうな顔つきで考え込むと、ポツリとつぶやいた。
「…それもそうだな…」
「え?」
 ロンファとマウリは、驚いてレオを見た。
 レオは大きくため息をつくと、顔をふせて、ブツブツとつぶやきだした。
「ぬう…、やはりそうすべきか。いつまでもこのままでいるわけにはいかんし…」
 レオは、ふっと天井を見上げると、再び大きくため息をつき、黙り込んでしまった。
 レオの変わった様子に、ロンファとマウリは顔を見合わせた。


 余談であるが、その後も、正義の使者『仮面の白騎士』は、世界各地で悪人を退治しながら、人々に迷惑をかけていた。
 噂では、魔法使いの服を着た少年が、彼の追っかけをしているらしいが、あくまでも余談なので、話は終わる。

 (終)

 あとがき

※『烈震撃』…メガCD版のレオ様の剣技。連続移動で敵全体を攻撃
 『サイレンス』…メガCD版の補助魔法。対象者の魔法を封じる。『謎の白仮面』装備時にも使用可能
 『亜空閃』…メガCD版のレオ様の剣技。瞬間移動で敵単体を攻撃
 『ハイプレッシャー』…メガCD版の補助魔法。対象者の移動力を1にする。
 『バリアシェル』…メガCD版の最高位の魔法。氷の力で対象者の防御力を上げる


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