豊岡市・宮津市等旅行記

 兵庫県・京都府・福井県の二泊三日の旅行で、今回は旅行会社を利用してのものである 

1日目 豊岡市  (2018年9月17日(月))

 先ず、新幹線で東京駅から岐阜羽島駅へ、そこからバスで延々と豊岡市の城崎温泉まで行く 途中、 車窓で琵琶湖を見ることが出来たし、バス休憩をしたところでは「サラダパン」を食べることが出来た  
 16時過ぎになったと思うが、ホテルに入る前に「玄武洞公園(げんぶどうこうえん)」へ行く 
 なお、宿泊ホテルは、下記の地図で示すと、東山公園近くで、その南側に位置し、山陰本線と川が交差する 右上にある 
 玄武洞公園は、「城崎温泉駅」の隣(南側)の「玄武洞駅」の近くにある 地図上では、円山川(まるやまがわ) を隔てた反対側に位置する 
 

城崎温泉周辺


玄武洞公園

 玄武洞公園には「柱状節理(ちゅうじょうせつり)」とよばれる玄武岩の石柱が、規則正しく並んでいる 洞(ほら)がある 石の断面は6角形で亀甲に似ている 
「玄武洞」という名は、江戸時代後期に命名されたということである  また、「玄武岩」と呼ばれる石の日本名は、1884(明治17)年に「玄武洞」に因んで命名されたとのこと 
 公園には5つの洞があり、青龍(せいりゅう)・白虎(びゃっこ)・朱雀(すざく・すじゃく)(南朱雀・北 朱雀)・玄武の四神(ししん、しじん:注)の名をもつ 今回見たのは、玄武洞のみである 
  注:東西南北の四方を守る神(守護神)のことで、「方位の四神」とも呼ばれる 

玄武洞_1
 当方が見た洞の一つである玄武洞 
 地殻変動で、出来たようだ 
玄武洞_案内板
 読みずらいでしょう でも、読んでみて 
 この洞の成り立ちが分かるかも 
玄武洞_3
 玄武洞の一部を大写しにした 
玄武洞_4
 玄武洞の一部を大写しにした  
玄武洞_5
 「山陰海岸国立公園」内の国指定天然記念物となっている 
サラダパン
 付録情報 サラダパン 
 北陸自動車道の「賤ヶ岳SA(しずがたけさーびすえりあ)」の売店で買った物
 このパンは、コッペパンで、中身はタクワンが入っている 
 バスガイドの話しでは、直ぐに売り切れになるとのことであった
 「ホント―に」 

2日目 豊岡市・京丹後市・伊根町・宮津市  (2018年9月18日(火))

豊岡市

 ホテルから見えた朝の景色を撮影した  
 昨日、ホテルに着いたときは、未だ、昭和の風景を思い出す ローカルな温泉街と感じた城崎温泉 
 しかしながら、昨夜、湯めぐりで七湯の内の「一の湯」及び 「地蔵湯」の入浴場へ行った時、若者や外国人が目立っていて、年配者はあまり見かけなかった 
 温泉街の利用者が変わってきていることを感じた昨夜であった 

ホテルからの眺望等

城崎温泉駅の遠景  朝の7時過ぎに、ホテルの宿泊室内から撮影した3枚 
 城崎温泉街の様子   
 ホテルの南側に城崎温泉駅の高架橋、ホームが見える   
 その後方に見えるのが「円山川(まるやまがわ)」で、日本海に流れる 
ホテルからの風景_大写し

 南側を大写しに 
 上空には、白鷺、それとも「コウノトリ」? 

ホテルからの風景_大谿川

 この大谿川(おおたにがわ)を挟んで温泉街がつくられている 


ホテル周辺の風情

山陰本線

 出発前に、ホテル周辺の風景を撮影した3枚
 大谿川の上を山陰本線が掛っている 

山陰本線のトンネル

 駅と反対側で、川から200m程度先に見えたトンネル

灯篭風

 豊岡市をイメージできる行燈風の物が、川沿いに立っている
 描かれている絵は、市の鳥であるコウノトリ


京丹後市

立岩全景

 立岩(たていわ)
 周囲1,000m、高さ20mに及び、京丹後市のシンボルになっている安山岩の巨岩で、垂直に延びた 見ごたえがある柱状節理 
 飛鳥時代の第31代用明(ようめい)天皇の第3皇子麿子(まろこ)親王が、この地の鬼退治をされた時、 一夜のうちに天から降ってきて、この大岩に鬼を封じ込めたという伝説が残っているとのこと 
 この岩の右側に位置して、下の写真の像が立っている 

聖徳太子母子像

 穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)と幼い聖徳太子の像
 飛鳥時代の事であるが、この皇女は、蘇我、物部氏間の戦乱からこの地に逃れ住み、蘇我氏が勝利し 乱が治まって京に戻るときに、村名に“間人(はしひと)”を贈ったとのこと 
 なお、間人をそのまま“はしひと”と読むのは恐れ多いということで“たいざ”と読むこととしたとのこと
 なお、当皇女は、欽明(きんめい)天皇の女(むすめ)で、586年用明天皇の皇后となり、4人の皇子を生んだ
 そのうちの、長男が厩戸(うまやど)皇子、すなわち聖徳太子である 


屏風岩

  屏風岩(びょうぶいわ)
   この名は、岩の立っている様が屏風のように見えることからのようだ 13mの高さで安山岩の岩 


伊根町

浦嶋神社 浦嶋神社 
 日本最古「丹後国風土記(たんごのくにふどき)」に描かれている「浦嶋子(うらしまし)」の物語の舞台と なった神社
 この神社は、平安時代の天長2年(825年)、当時の丹後の豪族であった浦嶋一族の業績をたたえて建立された と云われている
 「浦島太郎」という名前は中世【鎌倉時代〜室町時代】の物語から登場し、それ以前の文献では「浦島子」の 伝説として記録される 
 浦島子の伝説は、上代(じょうだい)【飛鳥時代〜奈良時代】の文献である『丹後国風土記逸文』『日本書紀』 や『万葉集』巻九にあるとのこと 

浦嶋神社_絵馬

 浦嶋神社の絵馬 
 現在よく知られている浦島太郎の御伽噺(おとぎばなし)は、『尋常小学国語読本』という、
大正〜昭和の1918-1932年に使された教科書に載っていたものであるようだ 




舟屋全景
伊根(いね)の舟屋(ふなや) 
南に面し海側に建つ 
 なお、舟屋とは1階が舟の格納庫で2階が住居または物置になっている建物を云うとのこと 
乗車してきた電車

 舟屋の裏側の通り 
 通りの右側が舟屋 

伊根湾

  伊根湾
  

観光船から見た舟屋

 観光船から見た舟屋 


宮津市

天橋立周辺


天橋立
 「笠松公園(かさまつこうえん)」からみた「天橋立(あまのはしだて)」
 この公園の展望所から見ると、昇り龍のように見えることから、この景観を 「昇龍観(しょうりゅうかん)」と呼ぶとのこと 

股覗き

 股覗き 

逆さ天橋立

 逆さ天橋立 



  
籠神社

 籠神社(このじんじゃ) 

籠神社案内板

 籠神社案内板 

籠神社_絵馬

 籠神社の絵馬 



  
ホテルからの夕日
ホテルから夕陽を望む
後に見えるのが天橋立

3日目 宮津市・若狭町・美浜町  (2018年9月19日(水))

 本ツアー最終日の今日は、バスでの観光地巡りではあるが、 行く先々で「モーターボート」、「ローカル電車」及び「リフト」の乗るプランであったので、楽しく愉快に過ごす ことが出来た一日で会った 

宮津市

ホテルからの朝焼けの風景

 ホテルの部屋から見た朝焼けの風景 
  5時53分撮影 

ホテルエントランス前

 ホテルの前で記念撮影 
  8時23分撮影 


智恩寺_本堂

 「智恩院(ちおんいん)」の脇にある駐車場に9時頃到着
そこから、徒歩で本堂である「文殊堂(もんじゅどう)」へ行く 
 当院は、奈良県桜井市の安倍文殊院(安倍文殊)、山形県高畠町の 大聖寺(亀岡文殊)などとともに 日本三文殊のひとつとされる
 寺伝によれば、平安時代前期となる808年(大同3年)の第51代平城天皇の勅願寺として創建されたと いうこと 

智恩寺_多宝塔

 多宝塔(たほうとう) 
 この多宝塔は、上重(じょうじゅう)の柱等に記される墨書銘によって、丹後国守護代で府中城主 延永修理進春信によって建立され、戦国時代である明応10年(1501年)に落成したことが知られる 
多宝塔とは、下重(かじゅう)方形・上重円形の建築形式を有する建築物を指す


狛犬と智恩寺_本堂_2

 「狛犬(こまいぬ)」と智恩院本堂【文殊堂】 

山門から本堂の風景

 山門から本堂を見る  


山門

 山門  
 再建にあたって、後桜町天皇(ごさくらまちてんのう)から黄金を下賜(かし)されたことによって 「黄金閣」と称されている 
 二重門の上層には釈迦如来や十六羅漢が安置されているとのこと 
 当天皇は、江戸時代中期の第117代天皇(1740−1813年)で、今上天皇までで最後の女性天皇である 


回転橋1

 廻旋橋(かいせんきょう)が元に戻るところ 
 小天橋(しょうてんきょう)とも云い、遊覧船及び貨物船が通過するときに川中央の柱を
支点に90度回転する 

回転橋2

 当に、道路と連結する瞬間

回転橋運河と並行

 廻旋橋が運河と並行になっているので 船が通過できる状態で、奥側が宮津湾(外海)となる 


大天橋

大天橋(だいてきょう)の前で撮影 

 内海側の運河

 内海の阿蘇海(あそかい・あそのうみ)側の運河
大天橋からの撮影   

天橋立内で撮影

 天橋立内の歩道の真ん中で松林をバックに撮影 
大天橋から5分程度歩いたところである
此処から知恩院の文殊堂へ戻る  9時12分撮影


モーターボート内

 モーターボート内の操縦者 


 
 船内から見えた天橋立

 船内から見えた天橋立


 
阿蘇海の舟屋

 阿蘇海の舟屋


大写しの舟屋

 大写しの舟屋


 
 船内から見えた天橋立

 船内から見えた天橋立



 
ケーブルカー&リフト

 リフト&ケーブルカー 左側はリフト 右側はケーブルカー
 昨日、笠松公園へ行くために乗ったリフト 


 
モーターボート

  乗船したモーターボート外観 


昼食時場所からの天橋立_1

 昼食を摂った処の庭園とその場所から見た北側の天橋立 

 
 
昼食時場所ーからの天橋立_2

 大天橋のある南側の天橋立


京都丹後鉄道栗田駅

 京都丹後鉄道栗田駅は無人駅で、見ての通り閑散としていた


 
京都丹後鉄道栗田駅のホーム

  栗田駅のホーム 


電車内

  ローカル線の車内


 
鉄橋

 車内から観た鉄橋で、下を流れるのは由良川(ゆらがわ) 
 なお、下車駅は同鉄道の舞鶴市にある四所駅(ししょえき)であった 


若狭町

瓜割の滝

 瓜割(うりわり)の滝  
 全国名水百選の一つとか 
 瓜も割れるほどに冷たいことからこの名がつけられたようだ

銀杏並木

 瓜割の滝を見に行く時の駐車場脇の銀杏の並木
 紅葉は早めかな


熊川宿_1

 熊川宿(くまがわしゅく) 
 若狭鯖街道の宿場町
 重要伝統的建造物群保存地区である 

銅像

 松木神社に祀られている松木庄左衛門(まつのきしょうざえもん)の像 
 法名を長操(ちょうそう)と云い、江戸時代の初めころの人で、「苛酷な年貢によって 疲弊した若狭の農民を救うため、命をかけて軽減を訴え、若くして処刑された義民」と して語り伝えられてきているとのこと 

昔の工法で建築中

 昔の工法で建築中の二階建て家屋 


熊川宿_2

 熊川宿の「妻入り(つまいり)」と「平入り(ひらいり)」の町屋建築 
 右の二棟が妻側に出入口を持つ妻入り、その左側の棟は、平側に出入口を持つ平入り 


 

リフトで山頂へ

 熊川番所  復元された建物
 番所の役目は、通行人の取り調べや、移出入荷物に対して課税を行うことでの藩財政への寄与とのこと 

 

美浜町

三方五湖周辺


リフトで山頂公園へ

 リフトでレインボーライン山頂公園へ
 どのような景色が待っているかな 

メヴィウスの輪の前で

 メヴィウスの輪の前で、三方五湖(みかたごこ)をバックに撮影 
 因みに、「メヴィウスの輪」とは、細長い帯を1回ねじって両端をはり合わせたときに、 表裏の区別ができない連続面となる図形 
 ドイツの数学者アウグスト=メビウスが考案 


三方五湖
 三方五湖の案内板
 後方の山々は、八ヶ岳連峰や北アルプスなのかな 
 右側に見えるのは、若狭湾の支湾である世久見湾(せくみわん)
 五湖とは、三方湖(みかたこ)、水月湖(すいげつこ)、菅湖(すがこ)、久々子湖(くぐしこ)、 日向湖(ひるがこ)
三方五湖
 三方五湖のなかの二湖で、手前が水月湖、後方が三方湖
 後方の山々は、北アルプスかな 

風景12

 若狭湾の夜景かなと思わせる、この映像は月ではないですよ
     撮影時間:16時32分 

風景13

 疲れた” ブランコで一休み 
  後に見える陸部分は越前町方面かも 


風景14

 各地巡り、此れにて 終 わ り 
  バスで出発場所である岐阜羽島駅へ戻り、新幹線で帰途に着く 
      撮影時間:16時39分