・第二章 トカゲの救世主自分の研究のため、一人、アーネスへ越してきたソフィスタは、小さな空き家を借り、ずっと一人で暮らしてきた。掃除も洗濯も全て自分でやり、料理の腕も、だいぶ上がった。 しかし、彼女の料理を口にする者は、一人もいなかった。 自分から料理を作ってやろうという人物もいないし、料理の腕を自慢する気もない。 それに、成績は優秀だが態度は冷たく、人を寄せ付けない雰囲気のあるソフィスタには、友達がおらず、自分自身、人付き合いは面倒くさいものだと思っているので、誰かを家に招き入れたことすらなかった。 しかし、それは今日までの話。 家に戻ったソフィスタの前には、テーブルいっぱいに並べられた料理を、素手で頬張る男が一人…。 「ムグムグ…うむ、これは美味い!どうやって調理したのだ?」 「…肉と卵と小麦粉と…これらの食材、分かるか?」 「いや、小麦粉は知らん。だが、実に美味いな!!」 一品口にする度に、これは何だと質問をしてくる彼は、学校の廊下でぶつかった、あの男だ。 彼の姿や発言に興味を持ったソフィスタは、この男を自分に任せてはくれないかと教授たちを説得した。 そして、いろいろと聞きたいことがあったのだが、腹を空かせており、ろくに話もできそうになかったので、まず何かを食べさせてやろうと考えた。 しかし、学校の個室には客用の菓子しかないし、外食にするにも彼の格好は目立ちすぎる。 ということで、「罪人に借りを作る気はない」と意地を張る彼を、家まで引きずり帰った。 ちなみに、神に選ばれた人間と自称する者との面会は、さっさとキャンセルした。どうせ詐欺師だろうし、そうでなくとも、今はこの男のほうが興味がある。 まあ、興味と言っても、ソフィスタは研究の素材としてしか彼を見ていないが…。 「…おい、ソフィスタ…」 拒否していたわりには、美味い美味いと食べ続けていた彼だが、ある料理に手をつけようとした時、かなり困っているような顔をして、ソフィスタに声をかけた。 「これは、どうやって食せと言うのだ…」 彼がチョイチョイと指しているのは、白い湯気を立てているシチューだった。 「…それは素手じゃ無理だな…」 男は、ほとんど素手で食べていたが、食べかすを散らかす様子もなく、むしろ素手のほうがきれいに食べそうだったので、ソフィスタは何も言わず、放っておいた。 しかし、シチューとなると、熱いので素手では具を掴めず、犬のようにがっつくにも食べにくそうな形の器だ。 「これを使いな」 ソフィスタは、テーブルの上に置いてあるスプーンを手に取り、男に渡した。 「こっちの細いほうを持って、膨らんでいるほうで掬って食べるんだけど…分かるか?」 「ふむ…」 男は急いで食べようとせず、試しにスプーンで何度か具を掬ってみる。そして、こぼしにくく、食べやすい持ち方を調べ、それから食べ始めた。少し持ち方がおかしいが、難なく具を口に運んでいる。 …わりと落ち着いて頭を働かせられるんだな。頭悪そうに見えるけど…。 既に自分のぶんを食べ終えているソフィスタは、テーブルに頬杖をつき、そんなことを感心する。 「うむ。私の村にも、同じような道具があるぞ。同じような食べ物もあるな」 そう言って、男はシチューを平らげた。それも、とても美味しそうに。 ソフィスタは、少し嬉しくなった。 「そういや、あんたはどこから来たの?名前もまだ聞いていなかったし…教えてくれない?」 「む、そうだったな。それは失礼した」 男は手を休め、口の中を空にする。 「私の名はメシア。山も海も越えた、遠く離れた地にある村より参った」 そして、再びガツガツと食べ始めた。 …メシア? 彼の名前に、聞き覚えがあった。確か、どこぞの国の昔の言葉で、救世主を意味するものだ。 …まさかね…。 ソフィスタは苦笑する。 メシアの服装は、それっぽく見えなくもないが、子供のように夢中になって食べている様子からは、とてもそうには思えない。 むしろトカゲだ。 目元も爬虫類のようだし、よく見ると舌が割れている。 …こんな種族、本でも見たことないな。 ソフィスタがメシアを観察している間に、メシアは自分のぶんの料理を残さず食べ終え、ナプキンで手を拭いた。 「いやあ、実に美味かった!ありがとう!ごちそうさまでした!!」 メシアは、言葉でも仕草でも顔でも感謝の意を表す。ここまで感謝されると、さすがのソフィスタも引いてしまう。 「では、続きを行うとしよう」 メシアは、静かに立ち上がると、キッとソフィスタを睨んで言った。 「罪人ソフィスタ!我が神の御名において、貴様に裁きを下す!!」 メシアの態度の急変に、ソフィスタは呆気に取られるが、すぐに立ち上がり、メシアを落ち着けようとする。 「お、おい、ちょっと待った!あんた、飯を食わしてやった恩を仇で返す気か!?」 「その恩は、いつか必ず返す。だが、今は貴様を裁かなければならぬ!」 「だから、何であたしが裁かれなきゃいけないんだ!」 「それは貴様が罪人だからだ!!」 やけに熱くなっているメシアを、ソフィスタはどうにか座らせた。 「だから、何であたしが罪人なんだよ!裁かれるほど悪いことをした覚えなんか、これっぽっちもないね!」 「何だと!?貴様、あれほどの罪を犯しておきながら、よくそのようなことをぬかせるな!!」 メシアは身を乗り出し、ソフィスタの胸倉を掴んだ。 「何しやがる!!」 ソフィスタが叫ぶと、肩に張り付いているセタとルコスが体を伸ばし、胸倉を掴むメシアの手に絡みついた。 「ぐっ…!」 腕は強く締め付けられ、メシアは苦痛に顔を歪める。 「じゃあ、そのあたしが犯したって罪について、詳しく話しな!納得がいかないまま裁かれるのは嫌だね!!」 ソフィスタは、そう言い放ち、メシアの手を振り払った。 メシアは、しばらくセタとルコスに驚いていたが、ふと、悲しそうな顔で呟いた。 「…そうか。この者たちが…」 そして、自由のきく手…左手の甲を、セタとルコスに向けた。 「…!」 ソフィスタは、とっさにセタとルコスの体を引いた。セタとルコスは、メシアの腕から離れ、伸ばした体を縮める。 メシアの左手にはめ込まれたアクセサリー。それにあしらわれている、眼球ほどの大きさはある紅玉は、ちょうど左手の甲の中央に位置していた。 ソフィスタは、その紅玉に危険を感じた。 …あの紅玉…ただの宝石じゃない! メシアは、セタとルコスに締め付けられていた腕をさすりながら、姿勢を正した。 「気がついていないのなら教えてやろう。お前の罪は、その生物を作り出したことだ!!」 メシアは、ソフィスタをびしっと指した。ソフィスタは、思わず両肩のセタとルコスを手で覆う。 「セタとルコスを…?何でこいつらを作ったことが罪なんだ?」 「貴様!そんなことにも気がつかんのか!!」 メシアはテーブルに拳を叩き付けた。空にされた食器が、音を立てて揺れる。 「いいか!その者たちは、自然界には存在しない生物。つまり、自然の理から外れた方法によって生み出された生命体だ!それは、自然の理を乱す、自然の理の中では生きられない、哀れな存在。それを作り出したことが、貴様の罪だ!だが、それ以上に重い罪は…っ」 ここまでまくし立てると、メシアは素早く呼吸し、そして、大声で言い放った。 「そのような方法で生命を作り出すほど、尊い命を冒涜していることだ!!」 ソフィスタは、メシアの気迫に圧倒されていたが、メシアの話が止まると、すぐさま反論した。 「そんなこと知るか!こいつらは、他の生物に害を与えることもないし、あたしたちと共に生きられるように作ったんだ!誰かに迷惑をかけているわけでもないんだから、ほっといてくれよ!!」 「その者たちが、今後この地に存在することについては何も言わん。好きで歪んだ方法によって命を与えられたわけではないのだからな。だが、その方法で生命を作り続けていれば、いつか必ず不幸が訪れる。二度と、その方法で生命を作り出さないことを誓い、罰を受け入れろ!!」 メシアもひるまずに怒鳴りつける。 「やだね!今後、この技術が研究上で必要になるかもしれないし、この技術があるからこそ、研究に必要な資材と個室を提供されているんだ!要は他人に迷惑をかけなきゃいいんだよ!!」 ソフィスタは、メシアの気迫に負けじと、声に力を入れてはいるが、思考は至って冷静だった。 メシアが何を言っているのか、何が言いたいのかは、分かっている。 魔法によってホイホイと生命を作り出すことは、本来自然の理によって生み出される命に、つばを吐きかけるようなものだ。だから、魔法生物を生み出す技術を捨てろと、メシアは言っているのだ。 確かに、命は尊く、美しいものだ。 だが、誰が何をしようが、自分に危害がなければ関係ない。自分がやることも、人にどう思われようが知れたことではない。ただ、法に触れなければいい。 そんな考えを持っているソフィスタは、命の重みだの、そんな感情より、自分の都合を優先していた。 自己中心的…と言うより、冷血と言ったほうが正しいかもしれない。 だから、熱く語られるメシアの言葉も、軽く聞き流していた。 そんな彼女だが、メシアが次の次に発した言葉によって、ついに熱くなった。 「貴様…そこまで命を軽視しておるのか…」 メシアの怒りは頂点に達しているようだ。彼は、わなわなと震える拳を突き上げ、街全体に響き渡りそうな大声で、こう言った。 「ならば、一度子供を産んでみろ!!私が人間の男を捕まえてくるので、お前はそいつの子供を産め!!!そうすることで…」 メシアは、まだ何か言おうとしていたが、ソフィスタが放った、破壊力を帯びた魔法球に潰され、「うぎょぉっ」と悲鳴を上げて倒れた。 「ばばばばっばば馬鹿野郎!!!何でいきなりあたしが子供を産む話になるんだよ!!」 ソフィスタは、顔を真っ赤にして憤怒する。記憶にある限り、ここまで怒ったのは、生まれて初めてだ。 メシアは仰向けになって倒れたが、すぐに起き上がり、仁王立ちする。タフだ。 「そうすることによって、生命の尊さを知れと言おうとしたのだ!幸い、お前は女だ。自分の体の中から生まれてくる命に、それを感じることができるだろう」 「だからって、何でお前が適当に連れてくる男の子供を産まなきゃならねーんだ!!」 「適当に連れてくるものか!!ちゃんと子を授けられそうな年齢の者を選んで連れてくる!」 「そういう問題じゃねええぇぇぇぇ!!!!!」 外へ出て行こうとしたメシアの後頭部に、ソフィスタの見事な蹴りがヒットした。 メシアの身長は、ソフィスタより頭一つ分くらい高いが、テーブルの上から跳んだため、余裕で届いた。 これほど本気かつ見事に蹴りをかましたのは、本当に生まれて初めてだった。 メシアは顔面から壁に突っ込み、ソフィスタは上手く着地を決める。 「な…ならば、どういう問題だというのだ…」 よろめき、鼻血を滴らせながらも、メシアはソフィスタを振り返り、尋ねた。 「だっ、だからなあっ!見ず知らずの男の子供なんか産めるかっつってんだよ!!」 「そうなのか?では、知り合いの男であればいいのだな」 「違う!知り合いなら誰でもいいってわけでもねえ!!」 メシアは、何も知らないように、きょとんとしているが、ソフィスタは息を切らしながら話す。 「つまりな、その…あ・愛が必要なんだよ!分かるか、愛って!!」 ソフィスタは、いっそう顔を赤くして言った。 研究熱心なソフィスタは、異性に対して、恋愛的な感情を抱いたことがなく、自分でも恋愛なんか研究の邪魔になるだけだと思っていた。 ましてや、子供を産むこととなれば、なおさらだ。育児に追われ、研究がままならなくなる。 人付き合いが面倒くさいソフィスタにとって、恋愛は、さらにうっとうしいものなのだ。 とは言っても、やはり女の子。心のどこかでは恋愛に憧れていた。 それは、メシアによって暴かれてしまった。「愛が必要なんだ」という言葉が、それを証明している。 ソフィスタは、自分に、そんな夢見る乙女のようなくだらない感情などあるわけがないと、焦り、否定しようとするため、熱くなってしまったのだ。 しかし、そんな彼女の気持ちなど知らず、メシアは真剣な表情で、こう言った。 「…そうか。愛がなければ子供を産めないのか。人間の体は不思議な構造をしているのだな」 ソフィスタは、床に膝をつき、脱力した。 …もう嫌だ。こいつと話をしていると、疲れる…。 「よし。では、お前が愛する男を連れてくればいいのだな。名前と特徴を教えてくれ」 「そんなやつ、いねーよ」 「何ィ!?…う〜む…それは困った。どうやって子供を産ませようか…」 メシアは、本気で悩みこんでしまう。どうやら、当初の目的を忘れているようだ。 それはそれで、ソフィスタにとって都合がいいのだが、今の彼の目的が『ソフィスタに子供を産ませる』では、放っておくこともできない。 ソフィスタは、大きくため息をつくと、椅子に腰をかけ、メシアも自分の近くに座らせた。 「あのさ、一度話をまとめるから、あんたは大人しくしていて」 メシアは素直に頷く。 「あんたは、神様から私を裁けと命じられて、ここへ来た」 「そうだ」 真剣に答える様子を見ると、どうやら当初の目的を完全に忘れていたわけではなさそうだ。 「あたしの罪は、魔法生物を作り出したことであり、あたしがその罪を認め、技術を捨てれば、あんたの役目は果たされるんだね」 「そうだ」 「証拠は?」 「…ないな。直接神より賜ったものならあるが…」 「それでもいいから見せてよ」 「わかった」 メシアは、例のアクセサリーをはめ込んでいる左手を突き出した。 「これには神のお力が込められており、私の心に反応して、お前たちが使う魔法のような力を発する」 ソフィスタは、メシアの手を取り、念入りにアクセサリーを眺めた。 あしらわれている紅玉は、角のない滑らかな球体をしている。セタとルコスに向けられた時には危険を感じたが、今は何も感じられない。 「…これくらいじゃ証拠にならないね。同じようなマジックアイテムを作ろうと思えば、作れそうだし…」 「いや、全く同じものは作れまい」 メシアは、手を引っ込めた。 「でも、これが本当に神から直接貰ったものだとしたら、あんたは神を見ているってことだよね。どんな姿をしていたんだ?それに、どうして神はあんたを選んで使わしたのよ」 ソフィスタの口調は、詐欺師たちを相手にしている時のそれに変わっていた。顔も、感情の読み取れない無表情になっている。 「神は、美しい女性のお姿をしていらした。私をお選びになった理由は、私が村の戦士の中で、一番強い精神力の持ち主であるからだそうだ」 メシアの答えは、ソフィスタにとって、よく聞く話だった。詐欺師たちの中にも、似たようなことを言う輩は何人もいた。 しかし、メシアには嘘をついている様子が、全く見られない。 よほどの演技力の持ち主か、それとも勝手に信じているだけか…。 「ふーん。でも、何で女性の姿をしているんだ?それに、別にあんたに頼まなくても、自分で裁きを下しに来ればよかったんじゃないの?そのへんはわかるか?」 「幻の存在とされている神は、我々の生活に関与してはならない。そして何より、女性のお姿をしていらっしゃることも、神が自らこちらへ赴くことができないのも、我々が望んだことだからだ」 「望んだ?どういうこと?」 「はるか昔、飢饉や自然災害を恐れていた、私の先祖たちは、そんな災いから村を守り、種族の繁栄と豊穣をもたらす存在を望んだ。そして、その願いは強い力となり、やがて実体化した。それが、我々の神のご誕生だ」 この話には、ソフィスタも驚いた。今まで宗教家たちに聞いた話の中に、神の誕生についてついての話は、なかったからだ。 その話を聞きだそうとしても、「神はずっとこの世に存在している」という、満足のいかない答えが返ってくるばかりだった。 しかし、メシアはソフィスタが聞かなくても、神の誕生について話した。 メシアは、話を続けた。 「我々の望みは、末永く土地を守ってくれ…言い換えれば、この地から離れず、ずっと見守ってくれというものだった。そのため、土地に縛られ、出ることができない…と、神はおっしゃったのだ」 ソフィスタは、態度には表さなかったが、少し考え込んでいた。 話を疑おうと思えば、いくらでも疑うことができる。だが、今まで詐欺師や宗教家たちから聞き出してきた話と比べると、その答えは、ずっと興味深いものだ。 できれば、もっと話を聞きだしたい。 それに、メシアの種族についても気になる。 …こいつ、面白いな…。 「そして、子を産む女は、昔から豊穣を司るとされてきたので、神もまた、女性のお姿をしていらっしゃるのだ。…信じるか否かは自由だが、どちらにしろ、私は貴様を裁く。たとえ、神の命でなくともな」 メシアは鋭い眼光で、ソフィスタを貫かんとする。 だが、その眼光が気にならないほど、ソフィスタは興奮していた。 好奇心が、研究意欲が掻き立てられ、それらは全てメシアへと集結している。 …しばらくは、こいつは手放したくない研究素材になりそうだな…。 そして、いたずらっぽく笑うと、メシアに話しかけた。 「わかった。あんたを信用するよ。でも、あたしの話も聞いてくれない?」 「…かまわんが」 ソフィスタの表情が気に入らないのか、メシアはぶすっとしている。 「あたしは、魔法生物の開発の研究のため、二年間費やしてきて、ようやく、その技術を手に入れられたんだ。技術を捨てるってことは、その二年間を無駄にするってことになる。だから、そうあっさりと捨てることはできないね」 「それが、自然の理を乱すものと知ってもか?」 「あんたが言いたいことは分かってる。でも、いきなり罪だって言われたって、実感できないんだ。だって、今まで罪とは知らずに研究を続けてきたんだよ。その時間が、どれだけ貴重だったものかは、あたしにしか分からない。あんたが何と言おうが、大切なものは大切なんだ」 ソフィスタが、どこか悲しげな顔で話すので、メシアは少し困ってしまう。 「む…そうか…」 ソフィスタは、心の中でニヤリと笑った。 …思った通り、こいつ、単純で騙しやすいわ。 「だから、技術を捨てる決意を固めるにも、罪を罪だと認めるにも、時間がかかりそうなんだ。それも、一日や二日の問題じゃなさそうだね」 「うーむ、そうか。時間については、いくらかかってもかまわんが、その間、いつ魔法生物を作るか分からん」 「そうかもね。だから、こうしない?」 ソフィスタは、人差し指を立てると、ずいっと身を乗り出した。 「あたしが技術を捨てるまで、あんたはあたしを監視するために、一緒に暮らすってのはどう?」 ソフィスタの提案に、メシアは驚いているようだった。神に命じられただか何だか知らないが、まさか一緒に生活することになるとは思わなかったのだろう。 メシアは、あごに手をあて、うつむいた。 「…そうだな…神の命を破棄するわけにはいかん。だが、人間の社会の中で、生活していけるかどうか…」 「だから、一緒に暮らすんだよ。あんたの生活は、あたしが保障するから」 そう言うソフィスタは、やけに嬉しそうだ。しかし、メシアは気がつかない。 「そうか…では、しばらく世話になる」 メシアは、深々と頭を下げた。 ソフィスタは、研究素材を確保できたことに、思わずガッツポーズをとったが、頭を下げているメシアには見えなかった。 「よし!決まりだね!!…ただ、変な気は起こすなよ」 メシアは顔を上げる。 「変な気?」 「わいせつなことはするなっつってんだ」 メシアは、しばらく目をぱちくりさせると、こんなことを言った。 「…それは、私のことを、お前に子供を授ける対象として見ているが故の発言か?いくらお前が私に欲情しても、種族が違うので、子供は授けられんぞ」 とたんに、セタとルコスの体が伸び、メシアの顔面をスパーンッと叩いた。メシアは後ろに倒れ、床に背中を打ちつける。 「バカなこと言ってんじゃねえ!誰がトカゲに欲情するか!!」 そう叫ぶと、ソフィスタは、ふうっとため息をついた。 …まあ、苦労するのは、初めのうちだけだと思うけど…。 こうして、ソフィスタとメシアの、一つ屋根の下の生活が始まったのだった。 (続く) |