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ありのままのメシア 第一話


   ・第五章 魔法生物マリオン

 煙で何も見えなくなった部屋から響いてきた轟音は、ミーリウの笑い声を止めた。
 何かが壁にぶつかるような、大きな音が、続けて三度響くと、煙が妙にうねり、急速に薄れ始めた。
「な、何よ…」
 ミーリウは身を乗り出し、ガラス越しに部屋の中を凝視する。
 煙は、一定の方向へと流れてゆき、その先にある壁を通り抜けて、外へと流れ出ているように見える。どうやら、壁に穴が開いているようだ。
 煙がだいぶ薄れてから、その様子がはっきりと分かった。
 壁の一部が砕かれ、大きな風穴を開けており、穴の側には、巻衣で口元を覆っているメシアが立っていた。
「ウソ…魔法でも使ったの?魔法でも、そう簡単に砕ける壁じゃないのに…」
 ミーリウが驚いているうちに、煙は完全に部屋から流れ出ていった。
「っぷは…はぁ。頑丈な壁だな。三発も打ち込んで、やっと壊れたか」
 メシアは息を切らし、右手の拳をさする。
「素手で壊したの?それも、呼吸を止めて…?」
 メシアは、乱れた呼吸を整えると、ミーリウに向かって叫んだ。
「おい!私を動けなくして、どうするつもりだったのだ!ソフィスタの元へ案内するという話は、嘘だったのか!?」
 メシアの声は、スピーカーから響いてくるミーリウの声にも劣らない、大きな声だった。
 その声に、驚いていたミーリウは、我に返る。
「ふ、ふんっ!まあ、魔法生物なのだから、異常に力があってもおかしくはないわね!!」
 ミーリウは、吐き捨てるように言った。メシアは目をぱちくりさせる。
「…魔法生物?どういうことだ?」
「とぼける気!?あなたも、あのスライム同様、ソフィスタが作り出した魔法生物なのでしょう!!」
 ミーリウは、わけが分からないというような顔のメシアを指し、苛立たしげに叫んだ。
「スライム?…ああ、セタとルコスのことか。いや、私は…」
 魔法生物ではないと、メシアは続けようとしたのだが、その前に、ミーリウがマイクに向かって怒鳴り始めたので、メシアの言葉は、そこまでで中断されてしまう。
「私だって、あのスライムのように外の空気に触れても生きられるような魔法生物を作ろうとしていたのよ!なのに、ソフィスタの奴が先に作り出すなんて!!」
 メシアは耳を塞ぎ、ミーリウの大きな声に悶えていたが、ミーリウの言葉が止まると、メシアも負けじと声を張り上げた。
「何!?貴様もソフィスタと同様、魔法生物を作り出す罪人か!!」
「うるさいわね!あいつと一緒にしないでよ!!」
 ミーリウの声は、やはり大きいが、今度はメシアは怯まない。
「確かに、ソフィスタは私より早く魔法生物を作り出したわ!でもね、どうせ運がよかっただけよ!私だって、時間さえあれば作り出せていたわ!…だから、それを証明するために、人型で言葉を話せる魔法生物を作り出したのに…!」
 ミーリウは、震える拳を握り締め、メシアを睨みつけた。
「それなのに、またソフィスタのほうが先に人型の魔法生物を作り出していたなんて!これじゃあ、まるで私が金魚のフンみたいじゃない!そんな醜態をエリートである私がさらすわけにはいかないわ!」
 顔を赤くし、ミーリウはわめき続ける。そんな彼女とは裏腹に、メシアは意外と落ち着いていた。そして、ミーリウが一通りわめき終えると、メシアは静かに言った。
「…愚かな…」
 メシアは、真っ直ぐとミーリウを見る。
「お前は、自分が常に誰かより勝る存在でありたいと願い、注目されることを望んでいるのだろう」
 メシアの言葉に、ミーリウはたじろぐ。
「見下されることを嫌うという感情は、私にもある。だが、私の家族や仲間たちは、皆、心優しく理解ある者だった。だから、その感情を表に出すことも、その感情に悩まされることもなかった。お前も、周囲の環境がよければ、その感情によって罪を犯すこともなかったはずだ。…お前だけの責ではない…」
 メシアは、ただミーリウを非難するようなことは言わず、彼女の心を理解しようとしていた。
 彼は、両手を広げ、ミーリウの心を暖かく受け止めようとしている。そんなメシアの姿勢に、ミーリウの心は揺らいだようだった。
 しかし、結局、ミーリウの態度が変ることはなかった。
「な、何よ、説教までするなんて…憎たらしい!少しは黙ってちょうだい!!」
 ミーリウが、そう言い放つと同時に、部屋にある二つのシャッターの内、大きいほうのシャッターが音を立てて開いた。誰かが力を加えた様子も見られないのに、勝手に開いたシャッターに、メシアは驚かされる。
 しかし、そのシャッターの奥にある巨大な物体は、メシアをさらに驚かせた。
 所々から細長いパイプが伸びている、透明なカプセル。中は液体で満たされており、小さな気泡がプクプクと浮いている。
 さらに、その液体の中には、人間の女性のような姿をした生物が入っている。
 彼女の大きさは、カプセルと比べれば一回り小さいが、メシアと比べると、ずっと巨大だった。
 全体的に銀色の体で、整った顔立ちをしているが、表情から生気が感じられない。
「フフフ…どう?美しいでしょう。私のマリオンは」
 ミーリウは、恍惚とした笑みを浮かべながら、その生物を眺めている。
「これは…魔法生物!?貴様が作り出したのか!!」
「アハハハハッ!そうよ。あんな気味の悪いスライムや、あなたのようなトカゲを作る、悪趣味なソフィスタに、こんな芸術的な魔法生物が作れるわけないじゃない」
 メシアはミーリウを睨み、強く怒鳴りつけたが、ミーリウは気にせず、嘲るように笑って言った。
「今日は、この子を初めてカプセルから出して、何かと実験を行う予定だけど…そのウォーミングアップとして、あなたの相手をさせるわ」
 ふいに、ゴポッという音がカプセルのほうから聞こえたので、メシアはそちらへと顔を向けた。
 カプセルの中の液体が、急速に水面を下げてゆく。
「…そうか。アズバンが言っておった、魔法生物の実験を行う者とは、貴様のことであったか」
 メシアは巻衣を脱ぎ去り、戦士の装束を露にした。
「何がどうであれ、哀れな生物を作り出したことは大罪だ!貴様には裁きを下さねばならぬ!!」
「裁く?…ふん、何のことか知らないけれど、どうせあなたには何もできはしないわ」
 ミーリウは、メシアを鼻で笑った。
 カプセルの中の液体が完全に引くと、花のつぼみが開くように、カプセルはゆっくりと開いていった。すると、中にいたマリオンの体が、糸の切れた操り人形のように、床に崩れる。おそらく、カプセルの中の何かが、マリオンの体を支えていたのだろう。
「…歩くことは難しいかしら…まあいいわ。さあマリオン!その生意気なトカゲを黙らせなさい!!」
 ミーリウの声に反応し、マリオンが顔を上げた。
「ハイ、ご主人様…」
 マリオンは、カプセルの中から這い出ると、長い髪を、メシアに向けてさらに長く伸ばした。
 髪はムチのようにしなり、メシアの体を打ちつけようとするが、メシアは大きく後ろに跳んで、それをかわした。
 髪は床を打ち砕き、ジュワッという音と共に、白い煙を立てた。
「なっ…?」
 メシアは上手く着地を決めつつも、砕かれた床を見る。床と散らばった瓦礫は、ろうのように溶けている。
「これは一体…」
 メシアがその様子に驚いているうちに、マリオンはシャッターをくぐって部屋に入り、二本足で立ち上がった。体は少しふらついている。
 そして、再び髪を振り下ろし、メシアに攻撃を仕掛ける。
 メシアは、それも上手くかわすが、マリオンの攻撃は、息をつく暇も与えず、次々とメシアを襲う。 メシアは、攻撃全てをかすることもなくかわしていくが、その度、床は砕け、白い煙を立てる。
「くっ…何なのだ、この攻撃は!床が溶かされるとは…」
 驚くメシアを見て、ミーリウはクスクスと笑った。
「フフフ…その子は、髪から強力な酸が出して攻撃するのよ」
「サン?戸や窓のアレか?それと床が溶けることに、何の関係があるのだ」
 メシアのボケに、ミーリウは姿勢を崩す。
「違うわよ!その桟じゃないわ!ああそう、酸が分からないのね!もういいわ!マリオン、さっさとあいつを捕らえなさい!!」
 額に血管を浮き上がらせたミーリウが、マリオンに命令した。メシアは、何もそんなに怒ることはないだろうと思いつつ、勢いを増したマリオンの攻撃をかわす。
「おい、マリオンとやら!攻撃をやめろ!お前とは戦う理由がない!!」
 メシアは、マリオンに向かって叫ぶが、マリオンは攻撃の勢いを緩めない。
「やめろと言っておろうが!言葉は通じておるのだろう!」
「アハハハハッ!無駄よ。その子は確かに言葉は通じるけれど、それ以上に、私の命令に忠実なの。私の思い通りに動く、生きた操り人形なのよ」
 その声に、メシアは横目でミーリウを見る。
「操り人形?どういうことだ!!」
「分からないの?言葉通りじゃない。マリオンは、何があっても私の命令は絶対に守るように作られているの。私の命令が、マリオンの全てなのよ。あなたの言うことなんか聞くわけないじゃない。そうでしょう、マリオン」
 ミーリウはマリオンに呼びかけた。するとマリオンは、メシアを攻撃しつつも、ぎこちない動作でミーリウに頭を下げた。
「仰せのままに…ご主人様…」
 マリオンの答えに、ミーリウは満足げな笑みを浮かべた。
 その様子を見たメシアは、小さく舌打ちをする。
「…仕方ない…」
 頭上から振り下ろされる、マリオンの髪を、メシアは軽く横に跳んでかわすと、マリオンに向かって突っ込んでいった。
 メシアの素早い行動についていけず、マリオンの動きに一瞬だけ隙が生じる。
 その隙を逃さず、メシアはマリオンの足元まで来ると、マリオンの片足に蹴りを入れた。しっかりと立つことができていないマリオンの姿勢は簡単に崩れ、床に膝をついてしまう。
「許せ!!」
 そこに、マリオンの背後に移動していたメシアが、彼女の背中を強く殴りつけた。マリオンは悲鳴を上げ、弓なりに仰け反った体を床に叩きつける。
「マリオン!!」
 ミーリウは、身を乗り出して叫んだが、その声は、マリオンが倒れる音にかき消されてしまった。
「すまない。しばらくそのままでいてくれ」
 倒れたマリオンに、メシアは申し訳なさそうに言うと、ミーリウへと体を向けた。
「ミーリウ。貴様の罪は、決して許されぬもの…覚悟するがいい」
 メシアが、一歩前に踏み出した。それに気がついたミーリウは、「ひっ」と短い悲鳴を上げる。
「こ、来ないで!マリオン、もういいわ!そのトカゲをやっつけなさいよ!早く!!」
 ミーリウは、ガラス越しに近づいてくるメシアに怯えながらも、マリオンに、そう命令する。しかし、マリオンは動く気配を見せない。
「いつまで寝ているのよ!!あなたは私が作り出した魔法生物なのよ!もっと役に立ちなさい!!」
 ミーリウは、ガラスを何度も叩き、マリオンに呼びかける。
「無駄だ。かなり力を入れて打ったので、しばらくは動くことができない…」
 そう言いかけて、メシアは、ばっと後ろを振り返った。
 同時に、倒れているマリオンが顔を上げ、メシアに向けて、かぱっと口を開いた。
 …何か来る!!
 メシアは直感的にそう感じ、とっさに横へ跳んだ。
 その行動は正しかった。マリオンの口から、強烈な破壊力を帯びた光線が放たれ、メシアが立っていた床に直撃した。
 床は、光線に触れると、小規模な爆発を起こした。メシアは、爆発によって飛んで来た瓦礫から身を守りつつも、体勢を整える。
 再び、マリオンが光線を吐き出した。
 メシアは、それも横に跳んでかわすが、光線は、次々とメシアに向かって放たれる。
 メシアはたまらず走り出し、光線から逃れる。
「あ、あは、アハハハハッ!そうよ!そうやって、みっともなく逃げ回りなさい!!」
 怯えきっていたミーリウが、その様子を見て笑い出した。
 …不覚。マリオンは魔法生物。どれだけ体が丈夫かも、どれだけ強力な攻撃ができるかも、計り知れないというのに…甘く見ていた。
 逃げながらも、メシアは冷静に思考を働かせていた。
 マリオンの光線は、幾度かソフィスタに浴びせかけられた攻撃魔法と、同じような力だ。しかし、こちらのほうが威力が強く、本当に休む間もなく襲い掛かってくるので、少しも油断ができない。
 …ただ逃げ回っているだけでは、いずれは私が疲れてしまうだろう…。
 体力には自信のあるメシアだが、先にマリオンが疲れるという可能性は捨てたほうがいいだろう。もうマリオンを甘く見るわけにはいかない。
 メシアは、笑っているミーリウに、ちらりと目をやった。
 …ミーリウにマリオンを止めさせるのが一番だ。奴の元へ行くには…私が最初に穴を開けた壁から、回り込めまいか…。
 そう考え、メシアは壊した壁に向かって走り出した。しかし突然、何かによって足を捕らえられ、メシアは勢い余って転んでしまう。
「どわあっ!!」
 メシアは、床に体を打ちつける時、とっさに受身を取ったので、ダメージも少なく、素早く次の行動に移ることができた。
 まず、転んだ原因を調べるため、足元を見る。
 床を突き破って出てきたマリオンの髪が、メシアの両足首にからまっている。
 次に、メシアはマリオンを見た。
 マリオンの髪の一部が、床を貫いている。その髪が、床の下を通ってメシアの足元から出てきたのだろう。
「うっ…ぐあああああっ!!!」
 マリオンの髪から滲み出る酸が、メシアの両足首を焼く。
 メシアは、歯を食いしばってそれに耐え、急いでマリオンの髪を引き千切ろうとしたが、それより早く、マリオンがこちらへと顔を向けた。
「フフフ…もう終わりのようね。さあマリオン!そのトカゲを黒焦げにしてやるのよ!!」
 ミーリウに言われるまでもなく、開かれたマリオンの口の中に、光が生じる。
 光は一瞬で大きく膨らみ、メシアに向けて放たれる…かと思ったら、その光はマリオンの頭を包み込み、爆発した。床を突き破っている髪は千切れ、マリオンは大きく横に飛ばさる。
「何っ!?」
「ええっ!?」
 メシアとミーリウは、同時に驚いた。しかしメシアは、すぐに我に返り、両足首に絡んでいる髪を引き千切る。
 マリオンは、大きな音を立てて壁に体を打ち付けると、その反動で床に倒れ込んだ。
 よほど強いダメージを受けたのだろう。マリオンは、苦しそうにうめき声を上げている。
「…ったく。面倒なことに、あたしを巻き込むなよ…」
 メシアが崩した壁のほうから聞こえた、その声に、メシアが真っ先に反応した。
「ソフィスタ!!」
 壁に開けられた穴から、明らかに不機嫌なソフィスタが、部屋の中に入ってきた。
 ソフィスタの右手には、先ほどマリオンの頭を包み込んだものと同じ光が、微かに生じていたが、それはすぐに消えた。どうやら、彼女が魔法でマリオンを吹き飛ばしたようだ。
「ソフィスタ…お前、本当にミーリウに呼ばれていたのか…」
 四つん這いになって、そう呟くメシアの元に、ソフィスタはつかつかと歩み寄ると、彼の脇腹をボスッと蹴り上げた。
「ぐばっ…こら!いきなり蹴り上げるとはどういうことだ!!」
「黙れ馬鹿野郎!!筋骨隆々の大男が、小娘なんかにさらわれてんじゃねえよ!情けない!!」
「失礼な!!ミーリウがソフィスタの元へ案内すると言うので、ついていったのだ!!」
「つまり騙されたってことか!ガキかテメェは!!知らない奴にノコノコとついていくんじゃねえよ!!」
「騙されてなどおらん!現に、貴様がここにいるではないか!!」
「アホォッ!!!あたしが、あの魔法生物をふっ飛ばさなきゃ、テメェは確実に死んでいたぞ!死ねばあたしに会えるとでも思ってたのか!?」
「私は決して死なぬ!!神より承った使命を果たせぬまま、命を落とすわけにはいかんのだ!!」
「だったら、あの魔法生物をさっさと片付けちまいな!あんなトロくせーヤツなんかに手こずってんじゃねー!」
 ソフィスタは、倒れているマリオンを指して言った。その言葉に、いきなり口論を始めた二人に驚いていたミーリウは、何やらカチンときた様子。
「そうは言ってもだな…マリオンは、ミーリウの命令を必ずきくように作られたらしく、ミーリウが私を倒せと命令したから攻撃をしてくるのだ。マリオンも好きで攻撃をしてくるわけではないかもしれないというのに、むやみに殴りつけたりしてはマリオンに悪いではないか」
「…お前な…悪いとか、そういう次元の問題か?こっちは黒焦げにされかけたってのによ…」
「あなたたち!いいかげんにしてちょうだい!!」
 ミーリウが、マイクに向かって叫んだ。ソフィスタとメシアは口論を止め、思わず耳を塞ぐ。
「うわっ!びっくりした…あ、ミーリウ、そこにいたか」
 ソフィスタは、やっとミーリウの存在に気がついたかのように言う。
「さっさと私に気付きなさいよ!あなたって本当に腹の立つ人ね!」
「知るか!それより、何でこのバカをさらったりなんかしやがったんだ!あたしに用があるなら、こんな回りくどいやり方をしないで、直接あたしに言えばいいだろ!!」
 ソフィスタはメシアを指しながら「このバカ」と言ったので、メシアはムッとする。
「…用なら、アズバン先生から伝えてもらったはずよ…」
 怒りに震えながら、そう言ったミーリウに、ソフィスタは「何のことだ?」と問う。
「もう忘れたの!?アズバン先生に言われたでしょう!午前の魔法生物の実験に立ち会わないかって!」
「実験?…ああ、そうだった…」
 そういえば今朝、アズバンから、そんなことを聞かれたなと、ソフィスタは思い出す。
「何だ。あれ、お前のことだったのか」
「そうよ!私はね、あなたにマリオンを見せたかったのよ!あなたの肩にいるスライムより、ずっと出来のいいマリオンをね!なのに、あなたときたら、あっさりと断ったそうじゃない!しかも、すでに人語を理解する魔法生物を作っていたなんて!そのトカゲがそうなのでしょう!!」
 それを聞いたメシアは「違うと言っておろうが!」と叫び、ソフィスタは「やっぱりトカゲに見えるよなあ」と呟く。
「自分が先に人型の魔法生物を作り出したから、私のマリオンには興味がないというのね。あなたの、その態度が気に入らないのよ!!」
 ミーリウは、「おい、ちゃんと私の話を聞いているのか!」というメシアの声を無視し、ソフィスタに怒鳴りつける。
「だから私は、そのトカゲにイタズラしてやろうと思ったのよ。頭の中をいじって、私のものにでもして、あなたに悔しい思いをさせてやろうってね!」
 言うだけ言うと、ミーリウは息を切らし始める。
 そんなミーリウを、ソフィスタは涼しい顔で見ていたが、一つため息をついた後、冷たい口調で言った。
「早い話、自分の研究不足を棚に上げて、あたしを逆恨みしているってことか。それとも、こうやってちょっかいを出すことで、同情してもらおうとでも思っているのか?」
「…何ですって?」
 ソフィスタの言葉は、ミーリウの怒りを増幅させた。
「はっきり言って迷惑だね!あんたのわがままや八つ当たりに付き合わなきゃいけない義理なんざ、あたしにはないんだよ!!」
「ソフィスタ!そんなふうにひどく言うことはなかろう!」
「ふん。こっちは被害者なんだ。むしろそっちに謝ってほしい気分だよ」
 メシアはソフィスタを叱るが、ソフィスタは鼻であしらう。
「ということで、あんたの相手をするのに時間を使う気はないから、あたしはもう行くわ。壊した壁とかについては、あんたが話をつけときな。じゃあね」
 そして、ソフィスタはミーリウに背を向けると、メシアの腕を引き、壁の穴から部屋を出ようと、歩き出した。
「おい、ソフィスタ、どこへ行く気だ!私はここに残るぞ!ミーリウとマリオンを放っておくわけにはいかぬ!」
 メシアは、ガラス越しに立っているミーリウと、今だ倒れているマリオンを見ながら言った。
「はいはい。あいつらの相手は放課後にしな」
「は?私は何かに火を放つ予定はないが…」
「その放火じゃねーよ」
 ソフィスタは、セタとルコスに手伝わせながら、足を負傷して立つことができないメシアを、強引に引きずって歩く。しかし、壁の穴の、すぐ手前まで来た時、マリオンが伸ばした髪に行く手を阻まれ、ソフィスタは立ち止まった。
「…何?まだやる気か?」
 ソフィスタは、マリオンを睨みつけた。マリオンは倒れた姿勢のまま、顔だけをこちらに向けている。
「…誰が勝手に出て行っていいと言ったかしら」
 ゆっくりと、だが強い憎しみのこもった口調で、ミーリウはソフィスタに言った。
「勝手に出て行くなと言われた覚えはないね」
 しかし、ソフィスタは冷静だ。そんな彼女の態度に、ミーリウの中の何かが音を立てて切れた。
「あー本当に腹の立つ女ね!マリオン!そいつらを叩きのめしてやりなさい!!」
 ミーリウの声に反応し、マリオンが長い髪を振り乱し始めた。
「こら、ミーリウ!もうマリオンを戦わせるな!!ソフィスタも、なぜミーリウを挑発するような態度を取るのだ!!」
 メシアはソフィスタに食って掛かる。
「挑発なんか、する気で言ったわけじゃねーよ。あいつが勝手にキレただけだ。…ったく。キレたいのはこっちのほうだっての」
 相変わらず落ち着いているソフィスタに、マリオンの髪が振り下ろされた。
「ソフィスタ!よけるぞ!!」
 それに気がついたメシアが、ソフィスタの腕を引こうとした。しかし…。
「邪魔ァ!!!」
 その前に、ソフィスタが腕を横に振った。すると、その軌道上に光が生じた。
 光は、マリオンが振り乱す髪に向けて、次々と放たれた。そして、光に触れた髪は、小規模な爆発を起こして千切れていった。
「…魔法生物の髪にしちゃ、ずいぶん脆いな。メシアの顔面は、この力に耐えたぞ」
 そう言ったソフィスタに、メシアは恐怖を覚える。
「そ、ソフィスタ…お前、私の顔を粉々にする気だったのか…」
「さあね。頭に血が上っていた時のことなんか、よく覚えていないよ。それより…ミーリウ!!」
 マリオンの髪が吹き飛ばされたことに驚いているミーリウは、ソフィスタに名前を呼ばれ、我に返る。
「まだやる気だってんなら、あの魔法生物の体、全部灰にしてやってもいいんだぜ…」
 ソフィスタは、手の平を上に向けてかざした。すると、そこに炎が生じる。
 ソフィスタの脅しに、ミーリウは怯える。
「やめろソフィスタ!マリオンに罪はない!!」
 メシアが、炎を宿したソフィスタの手を右手で叩いた。そのため、メシアの手に火が燃え移ってしまう。
「あちっあちちちちちゃあ!!な、何をするソフィスタ!!」
 メシアは、炎を振り払おうと、右手を上下に振る。
「バカッ!お前が勝手に触ったからだろ!…ったく、弱い魔法だったからよかったものを…」
 ソフィスタは頭を抱える。
「と、とにかく、マリオンはミーリウが命じさえしなければ、危害を加えてこないはずだ!」
 やっと炎を振り払った手に息を吹きかけながら、メシアはソフィスタに言った。幸い、火傷はしていない。
「…ふ、ふん!髪を吹き飛ばしたくらいで、いい気にならないでちょうだい!」
 二人がわめいている間に、怯えていたミーリウは落ち着きを取り戻したようだ。
「ああ?まだやる気かよ。本気で灰にしてもらいたいのか?」
 ソフィスタは、再びミーリウを脅し、メシアもまた「だからやめろと言っておろうが!」とソフィスタを叱る。
「そ、そう簡単に灰にできるものですか!ほら、マリオン!髪くらい、いくらでも再生できるでしょう!反撃しなさい!!」
 ミーリウは、マリオンに向かって叫んだ。ソフィスタとメシアは、マリオンを見る。
 マリオンは、いつの間にか四つん這いになって起き上がっていた。髪は、ソフィスタの魔法によって千切られ、黒ずんでしまった部分はそのままだが、ミーリウの言うとおり、根元からにゅるにゅると伸びてくる。
「ほー、便利だな。…でも、人が体を動かすことでエネルギーを消費しているように、髪が伸びたぶん、何かしら力を消費しているはずだ…」
 ソフィスタは、マリオンの様子を冷静に観察している。
 しかしメシアは…。
「む…これは…?」
 この部屋に入った時から漂っていた悪臭が、少しきつくなったことに気がついた。
 そして、その臭いはマリオンから発せられている。
「メシア?どうした」
 鼻を引くつかせながら、注意深くマリオンを見ているメシアを不思議に思い、ソフィスタは声をかけた。
「ソフィスタ、お前は気がつかないのか?この臭いに…」
 メシアが、そう言いかけた時、マリオンに異変が生じた。
 伸びた髪の根元から、ヘドロのような液体が滲み出てきた。
「うわっ…」
 ソフィスタも、メシアの言う悪臭に気付き、鼻を手で覆った。
「そんなっ…」
 ミーリウは目を大きく見開き、肩を震わせながらマリオンを見ている。
「あ…アガッ…」
 マリオンは、口からもヘドロのような液体を吐き出した。どうやらこの悪臭は、その液体の臭いのようだ。
「グァギアァァァァッッ!!!」
 マリオンは口を極限まで開き、悲鳴を上げてのた打ち回り始めた。あまりの声の大きさに、ソフィスタたちは耳を塞ぐ。
「うっ…何だ?勝手に悶え始めやがった」
「どうしたのだマリオン!何があったというのだ!」
 ソフィスタとメシアは、マリオンの様子に驚く。
「…ウソ…まさか、以前と同じ失敗をしてしまったの…?」
 ミーリウは小声でそう呟いたが、マイクに向かってしゃべったため、その声はソフィスタとメシアにも聞こえた。
「以前と同じ?貴様、マリオンより前にも、同じような生命体を作り出していたのか!!」
 メシアの声は、ミーリウに届いているはずなのだが、ミーリウにはそれが聞こえた様子は全く見られず、ただ涙目で、うわ言を呟くだけだった。
「こんなこと、ありえないわ…私が同じミスを繰り返すなんて…」


  (続く)


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