・第三章 メシアの悩み相談アーネス魔法アカデミーへの通信を終え、馬車の様子を確認し、夜這い祭りの参加者たちと共に昼食を取り終えると、メシアは一人で村の集会場へ向かった。ソフィスタは夜に備えて、できるだけ筋肉痛を和らげたいと言って診療所へ戻ったのだった。 集会場に来ると、西軍の仲間たちと共に、夜這い祭りの作戦会議を始めた。今回の夜這い祭りは、カマイタチ三姉妹…正確には三兄弟の秘伝の薬を使って女っぽくなってしまったメシアとバディルゾンに男らしさを取り戻させるために開催されるので、棒の上に登るソフィスタの奪取はメシアが任され、他の者はメシアの援護にまわることになったが、いざ祭りが始まると男たちは熱くなりすぎて作戦通りにいかない場合が多いという。 しかし、夜這い祭りが作戦通りにいったためしが無いというわけでもないので、話し合いは一応しておくが、作戦通りにいかなくなったら、まあその時はその時で、とにかく敵軍より早く棒を倒し、防衛手は棒を守り抜けばいい。大切なのは、最後まで諦めないことと、勝とうとする意思を強く持つことだと、村の住民たちは熱く語った。 ということで、メシアにソフィスタを奪取させるための作戦を立てるにあたり、メシアや山賊たちの身体能力を把握しようと、集会場でちょっとした腕相撲大会や徒競走が始まった。 昼食後には包帯を全て外され、抜糸の跡も痛みもとっくに消えているが、自分が気付いていないところに不調があるかもしれないと、メシアは少し慎重になって体を動かしたほうがいいと考えた。 しかしメシアの体は、不調どころではなかった。 男たちが集団で棒を倒すという危険な祭りに参加するだけあって、同じ西軍の仲間である村の住民は、人間も獣人も体が逞しく、山賊たちも、それなりに筋肉はついている。そんな彼らと共に、メシアは身体能力を測定したのだが、そんな彼らの測定結果を全て、メシアはぶっちぎった。 この集会場で徒競走を始めた時、軽く走り出したところで、なんとなく体に違和感があり、思い切って全力で走ってみたら、一緒に走っていた獣人たちをぶっちぎり、かつて故郷で友達に足の速さを計ってもらった時の自己最高記録もぶっちぎり、集会場の壁もぶっちぎって、その先にあった農具に躓いて転び、畑に頭から突っ込んだ。 腕相撲でも、村一番の力自慢とされる獣人の男を、いとも簡単にねじ伏せ、意地になった村の住民たちと山賊たちに数人がかりで挑まれて、やっと負けたのであった。 こうして腕相撲などを通じて村の住民と山賊たちが力を合わせ、友好な関係になってきたことは喜ばしいが、それはともかく、腕力の他にも瞬発力や動体視力など、今まで把握していた自分の身体能力が飛躍的に上がっていることに、メシアは気付いた。 少なくとも、ユドと戦っていた時には、これほど身体能力は高くなかったはずだ。こうなったのは、おそらく…いや、間違いなく、ユドとの戦いの中で凶暴化したことがきっかけのはずだ。 自身の身体能力の急成長に驚き、凶暴化していた時のことを思うと恐ろしくなる。このままでは、自分の体の能力についていけず、夜這い祭りでは他の参加者に怪我を負わせてしまうかもしれない。 そして、メシアが自分に驚きと恐怖を感じているように、西軍の仲間である村の住民たちも、メシアの身体能力に驚き、恐れを抱いた。 いくらメシアにソフィスタを奪取させたいからと言って、彼に先陣を切って敵陣に突っ込ませると、あまりにあっけなく勝負がついてしまい、祭りが盛り上がらないかもしれない…と。 山賊たちの何人かは恐れるところが違うだろなどと言っていたが、村の住民たちは夜這い祭りを楽しむことで頭がいっぱいのようだ。 とにかく、メシアがその気になれば、体当たり一撃で敵の防衛手もろとも棒を倒してしまいそうなので、メシアは勝負が始まってすぐには敵陣に向かわず、頃合を見計らってソフィスタを奪取しに向かうことになった。 と、ここまで話し合ったところで作戦会議は一時中断し、休憩を取ることになった。 * 「原因っつったら、そりゃ、お前がバケモノ化したことだな」 診療所のベッドの上に座り、足を揉み解しながら、ソフィスタはメシアに言った。 女医のステビアと、その夫のニレは、他の病室にいる山賊たちの世話をしている。この病室にいるのはソフィスタと、椅子に座っているメシア、そしてテーブルの上でくつろいでいるようにも見えるセタとルコスの四名だけである。 メシアはソフィスタに、集会場で話し合ったことや、自分の身体能力が急に上がっていたことなどをソフィスタに話したが、それを聞いている間もソフィスタは足を揉み解し続け、メシアのほうを見ようともしなかった。 メシアはソフィスタとは敵軍に属しているので、自軍の作戦の内容を敵軍に教えたことになるが、特に口止めもされていないし、ソフィスタも指摘してこなかったので、悪気も考えもなく話してしまったのだった。 「でも、身体能力が上がったのなら、それに越したことはないだろ。またユドとか、他のエルフにケンカをふっかけられても、撃退できるんだから」 ユドが襲い掛かってきた理由については、ついさっきメシアがソフィスタに教えた。メシアら種族、ネスタジェセルを駆逐することが、彼らエルフの本能なのだと。 あまりネスタジェセルについて人間には喋らないようにと、故郷にいる育ての親たちから厳しく言われているが、ソフィスタを危険な目に遭わせてしまった今回ばかりは、喋らないわけにはいかなかった。既に一度襲われてしまった以上、話しても話さなくても変わりはなさそうだし、今後の危険も考えると、知っておいたほうがいい。そう考えて、ニレやステビアもおらず、他の者に聞かれる心配もなさそうな今、ソフィスタだけに話したのだった。 なぜネスタジェセルを駆逐することが本能なのかとソフィスタに尋ねられても、そこまではメシアも知らないので答えられなかったが。 …それにしても、ソフィスタは機嫌が悪そうだな。 この病室に入ってきた時からずっと、メシアはそう感じていた。表情はいつもの涼しげなものだが、ふてくされているようにも見える。喋り方からも、あまり長く話したくないというような雰囲気を、メシアは感じ取っていた。 …筋肉痛で体を動かせないため、苛立っているのだろうか。しかし今朝、村長の家へ向かっている時はそうでもなかったし、私の許嫁の話をしている時…は機嫌が悪そうであったな。しかし、話した後に急に機嫌がよくなって…それも一時的であったような…。 ソフィスタをじっと見つめながら、メシアがあれこれ考えていると、ソフィスタは眼鏡を外して枕元に置き、視線がうっとうしいとばかりにメシアに背を向けてベッドに横たわった。 「そろそろ、集会場に戻ったほうがいいんじゃない?まだ話し合いは終わっていないんでしょ」 「む、そうだが…お前は来ないのか?」 いつもはメシアを単独で行動させたがらないソフィスタだが、「行かない」と首を振った。 「棒の上で座っているだけなんだから、作戦会議に出る必要はないだろ。昨日と一昨日の件で疲れているんだ。休ませてよ」 「…うむ、分かった」 メシアにはソフィスタの監視という使命があるが、四六時中ソフィスタと行動を共にするのは不可能であるし、昨日も一昨日もソフィスタの疲れの原因は、メシアを助けようとしてのことなので、一緒に来いと無理は言えない。だから今日の昼食後、ソフィスタが診療所へ戻って一人で休みたいと言っても、希望通りに診療所へ送ってやったのだった。 そもそもソフィスタは敵軍に属しているので、自軍の作戦会議の場に連れて行ってはいけないのだが、メシアはまだそのことに気付いていない。 それはそうと、ソフィスタの機嫌が悪いことは気になるが、もしそれが疲労のせいなら、彼女の言う通り休ませてやったほうがいい。そう考えたメシアは、「ゆっくり休んでおれ」と、背を向けたままのソフィスタに優しく声をかけてから静かに立ち上がり、病室を出て行った。 しばらくしてから、ソフィスタは寝返りを打って仰向けになった。病室の出入り口を見遣ると、ドアは閉められていた。 「…メシア?」 なんとなく、彼の名を小さく呼ぶ。しかし、既に診療所を去っていたメシアに、その小さい声が届くはずはなかった。 …なんだよ。いつもなら、あたしがどこか行こうとすると、一緒に連れて行けとか言い出すくせに…。 自分でメシアを突き放す態度を取っておきながら、ソフィスタは、そんなことを考え、そして自分の矛盾した気持ちに気付いた。 …なにやってんだろ、あたし…。 病室に入ってきたメシアに対し、顔を見るのも嫌なほどむかつきを覚えたというのに、メシアが病室から出て行くと、今度は急に寂しくなった。 まるで子供のように、わがままで自分勝手な感情だ。しかし、こんな気持ちになった理由を突き止めようとする気は沸かなかった。 突き止めようとすれば、自分が認めたくないと思っているものが溢れてしまう。心の奥底では、それに気付いているため、追求する気が湧かず、原因の分からない感情に翻弄されるしかなかった。 ソフィスタは、ため息をついて目を閉じた。体の疲れが取れていないことは確かなので、このまま夜まで眠ってしまおうと考えるが、睡魔が下りてくる気配は無く、こうして何もしないでいると、ついあれこれ考えてしまう。 それも、顔も見たくないと思っていたはずのメシアと、彼から聞いたマリアという名の女性のことばかり。 …マリアって、いったいどんな人なんだろう。ひとまわり年上で、メシアから見てもキレイな女性で…そういえば、明るい性格だって話していたっけ。…あいつ、年上で明るい女性が好きなのかな。あたしはメシアより年下らしいし、明るくもないし…って、なんてこと考えてんだ!!! ベッドを両腕で強く叩き、その反動でソフィスタは上半身を起こした。テーブルの上に乗っているセタとルコスが、突然ソフィスタが立てた音に驚かされ、身を寄せ合って縮こまっている。 …やめやめ!今は筋肉痛をなんとかしなきゃいけないんだった!寝るより筋肉痛をどうにかしよう! 何もしていないでいると、変なことばかり考えてしまいそうなので、ソフィスタは足のマッサージを再開した。 * ソフィスタがメシアへの気持ちに悩まされていた頃、診療所を出て村の集会場へと向かって歩くメシアも、ソフィスタのことで悩んでいた。 先程のソフィスタの機嫌の悪さは、一体何が原因なのだろう。今朝、村長の家へ向かっていた時のソフィスタは機嫌がよさそうで、メシアもそれを察して穏やかな気分になれたというのに。 …そういえば、私の許嫁の話をしていた時も、様子がおかしかったな。 歩きながら、その時のソフィスタの様子を思い出す。 話していたら急に頭を抱えたり、怒らせてしまったかと思ったら機嫌が良くなったり。 会話の中で、一体何にソフィスタは怒りを覚え、何があって機嫌が直ったのか。それさえ分かれば、先程のソフィスタとの気まずい空気も緩和できるかもしれないのだが。 …それとも、こういった機嫌の変わりやすさが、乙女心とかいうものの特徴なのだろうか。アズバンも言っておったな。女の心は移ろいやすく、ことわざにもされるほどだと。そのことわざは、確か…。 「…女心とナントカといったかな…ああ、女心と足の裏だ!」 「それを言うなら、女心と秋の空よぉ」 考えていることを知らずに口にしていたメシアに、野太い声がかけられた。 振り返ると、すぐ後にシャクヤクがいた。誰かが背後にいることには気づいていたが、通行人とすれ違った程度にしか、メシアは気に留めていなかった。 急に目の前に現れた、化粧で塗りたくられたゴツい顔に対しても、メシアの反応は薄かった。 「お前は、カマイタチ三兄弟の…」 「姉妹よぉ!長女よぉ!そして名前はシャクヤクよぉ〜ん!!」 シャクヤクは両手で頬を包んで叫ぶ。 「姉妹?ソフィスタからは、三兄弟の長男と聞いたが…」 「姉妹なのぉん!長女なのぉん!男じゃなくて乙女なのぉ〜ん!」 イヤイヤと頭を左右に激しく振って、シャクヤクは男ではないと言い張る。 メシアは、シャクヤクも含むカマイタチ三兄弟とは、昨晩に顔を合わせはしたが、会話はほとんどしなかった。ただ、ソフィスタから「こいつらが薬を作ってくれた」と説明されて、お礼を言っただけで、彼らの性別や女物の服を着ていることについては全く話さなかった。 そもそもメシアは、人間が身につけている衣服などに関して、男物と女物の区別が、いまいちついていない。そして、そのことをメシアは自覚しているため、カマイタチ三兄弟の服装を見ても、ぱっと見て女物かなとは思っても、男が着ているのなら男物なのだろうと判断してしまった。 あらためてシャクヤクを見ると、鼻の下あたりからアゴにかけて濃い青髭が密生し、振袖の上からでも分かる体格も男っぽい。これが人間であれば間違いなく男だとメシアは考えたところだが、シャクヤクは獣人であり、獣人は男女の区別が人間より難しく、全身を毛で覆われている女性も獣人にはいることも、メシアは知っていた。 そのため、メシアはシャクヤクの主張を「獣人にはこういう姿の女性もいるのだろう」と納得してしまった。 「そうか。誤解して悪かった」 「分かってくれればいいのよぉん。それより、すっかり怪我も治ったみたいねぇん。よかったわぁ〜ん」 「ああ、おかげさまで、この通りだ」 メシアは力強く腕を振り回してみせた。シャクヤクは「まあっ、すご〜い!」と大げさに喜び、拍手を送る。 「本当に治ったみたいで、よかったわぁん。アナタたちが今晩の夜這い祭りに参加するって聞いて、ちょっと心配していたのよぉ。…ところで、ソフィスタちゃんは?」 メシアは腕を下ろし、少し沈みがちな声で答える。 「ソフィスタなら、診療所で休んでおる。疲れているようでな」 「あら、そうなのぉ?やっぱり、昨日の疲れが出ちゃったのかしらぁん。でも、アナタの怪我が治ったのを見て、喜んでいたでしょぉ」 シャクヤクは、いちいち身をくねらせながら、何故か嬉しそうに話す。そんな軽くて明るいノリのシャクヤクとは対照的に、メシアは難しそうな顔をして腕を組み、「うぅむ…」と唸った。 「そうではあると思うのだが…先程ソフィスタと話をしていた時は、どうも機嫌が悪く、私のことを疎んでいるようであった」 メシアの怪我が治ったことをソフィスタが喜んでいることは間違いない。精霊や山賊と戦ってまで、ソフィスタはメシアの怪我を治そうとしてくれたのだから。 「疎んでいるって、どうしてぇ?ケンカでもしちゃったのぉ?」 「ケンカをした覚えはないのだが…私にも分からぬのだ。今朝も機嫌が良くなったり悪くなったりと、正に女心とアリの巣穴ということわざ通りで…」 「女心と秋の空だってばぁ。…とにかくソフィスタちゃんは、どぉ〜も情緒不安定気味なのねぇん」 「ええ、そうなの」 喋り方も仕草もわざとらしいほど乙女なシャクヤクにつられ、薬の副作用が抜けきっていないメシアも、つい女言葉になってしまい、それに気付いて「あっ」と呟くが、そんなメシアの様子をシャクヤクは全く気にしていない。 「そうねぇん…。同じ女同士とは言え、昨日会ったばかりの女の子の気持ちは、さすがのシャクヤク姉さんにも分からないわぁん」 シャクヤクを女だと信じ込んでいるメシアは、ソフィスタが聞いたらさらに機嫌を悪くしそうな「同じ女同士」という言葉にツッコミもせず、うんうんと頷いていた。 「でもぉん、今はメシアちゃんを疎んでいてもぉ、ソフィスタちゃんの心の芯の部分は、しっかりメシアちゃんのことを慕っているってことは分かるわぁん。そういう気持ちを素直に表せないタイプみたいだけれどぉ」 シャクヤクが言うことは、メシアもよく分かっている。 口も態度も悪く、暴力的でメシアに何度も攻撃魔法を叩き込み、化け物呼ばわりまでして、心身共に鍛えていなかったら骨も心も何回へし折られていたことか分からないと思うほど、メシアはソフィスタから散々な仕打ちを受けてきた。ヒュブロでの一件以来、暴力は少なくなったが。 しかし、魔法生物マリオンやヴァンパイアカースの件などでは、共に助け合い、力を合わせて戦った。そんなソフィスタへの信頼は厚く、上手く言い表せないが家族や友達のような絆がソフィスタとの間にはあると、メシアは感じている。 「でもまあ、私たち姉妹だって、たまにケンカして、いつの間にか仲直りしているなんてことも、よくあるのよぉん。今のアナタたちの険悪な空気も、時間が解決してくれるものかもしれないしぃ、そうじゃないのなら…メシアちゃんの気持ちをソフィスタちゃんに思いっきりぶつけてみたらぁ?」 それを聞いて、メシアは「どういうこと?」と首をかしげてシャクヤクに尋ねる。 「今晩の夜這い祭りに、ソフィスタちゃんも参加するんでしょぉ?ということは、ソフィスタちゃんは敵陣の棒の上に登る役よねぇん。そして、それをメシアちゃんが奪取するんでしょぉ?その時に、メシアちゃんがソフィスタちゃんのことをどう思っているのかを伝えるのよぉん」 シャクヤクは、うっとりとした表情をあさっての方向へ向けながら話す。 「それなら、夜這い祭りの最中でなくとも、祭りが始まる前に…」 「そんなのダメよぉ!!!」 メシアの言葉を遮って、シャクヤクが悲鳴のように叫び、メシアの肩を掴んで顔を近づけ、「いい?よく聞くのよぉ!!」と語り始めた。 「立ちふさがる敵たちをなぎ倒す勇ましい姿をソフィスタちゃんに見せてから、自分の気持ちを伝えるのよぉ!!そのほうが効果があるし、なによりロマンチックでしょぉ!!夜這い祭りではね、そうやって数多くの男女が恋人となり、夫婦となっていったのよぉ!!」 何か目的がズレ始めているシャクヤクに、メシアは「私はソフィスタと恋仲にも夫婦にもなるつもりはないが」と冷静に言った。 「なんでそんな冷めたことを言うのよぉ〜ん!!…う〜ん、でも、その気が無いんじゃしょうがないけれどぉ…」 メシアの冷静な言葉がシャクヤクの熱を冷まし、シャクヤクはメシアの肩から手を放して一歩下がった。そして、左手の人差し指を頬に添えて首をかしげ、考え込んでいるような素振りを見せる。 「…とにかく、アナタがソフィスタちゃんと仲良くしたいのならぁ、その気持ちを、ちゃんと言葉にして伝えたらぁ?せっかく言葉が通じ合う種族同士なんだからぁ、それを有効活用しなきゃ、もったいないわよぉん」 シャクヤクに語られ、メシアも「そうね…」と考える。 そういえば、ソフィスタのことをどう思っているのか、彼女に具体的に伝えたことは無かったような気がする。 ソフィスタに悪口を言われたり、暴力を振るわれたりすれば、酷いだの理不尽だのと、きっぱりと訴えてきた。 逆に、ソフィスタがメシアを助けたり心配してくれた時には、素直に感謝の気持ちを伝えるし、優しいのだなと彼女に言うこともあるが、ソフィスタは感謝の言葉の類は素直に受け取ろうとせず、皮肉で返してくることもある。 照れ隠しにそっぽを向いたり皮肉を言うこともあるが、それが本当に照れ隠しなのだと分かるのは、ソフィスタがあからさまに動揺している時だけで、動揺を見せない時は、照れを隠しきれているのか、感謝の気持ちが伝わっていないのか、メシアには判別がつかない。 何にしても、ソフィスタは気持ちを素直に受け取らないか、心から受け取らないかの場合が多く、そこから会話が長引くことも嫌う。その結果、褒めるより叱ることのほうが多くなってしまうのだ。 口では叱ることのほうが多くても、心ではソフィスタを信頼している。口と態度の悪さを良くは思っていないが、そこが可愛いと思ってしまうこともあるし、彼女の優しさは確かなものだと信じている。だが、そんなメシアの気持ちをソフィスタに言葉で伝えきれているかどうかを考えると、伝えきれているとは思えない。 一方ソフィスタのほうも、メシアに対して悪口の比率が高く、たまに褒めても余計な一言がついてくる。ソフィスタもメシアの性格や能力を信頼しているから、互いに助け合って命懸けの戦いを潜り抜けてこれたのだが、考えてみればみるほど、互いのことをどう思っているのか言葉で伝え合ったことが無い気がしてきた。 今のソフィスタとの気まずい空気の解消になるかどうかは分からないが、シャクヤクの言う通り、自分の気持ちをはっきりと伝えるのも悪いことではないと、メシアは考える。 「…そうね。そうしてみるわ」 シャクヤクの影響で、すっかり女言葉になっているメシアは、いつの間にか内股になって立っており、そんな自分に違和感も抱かなくなっていた。シャクヤクは、にっこりと笑顔を見せて、メシアの肩を軽く叩いた。 「アナタもソフィスタちゃんも、お互い信頼し合っているのなら、きっと仲直りできるはずよぉ。頑張ってねぇん」 シャクヤクはメシアにウインクし、メシアは「ええ、頑張るわ!」と女っぽいガッツポーズを取る。 逞しい体つきの男二人が、いかにも女っぽい仕草で話し合う、その様子は、傍から見ると不気味であるが、そんな彼らに駆け寄る者がいた。 「おーい!なにやってんだよメシアー!」 メシアとシャクヤクに負けじと逞しい体格の獣人の男が一人、メシアの名を呼びながら駆け寄ってきた。彼はメシアのそばへ来るなり、その緑色の肌の腕を荒っぽく掴んだ。 「もう集会場に戻る時間だぞ!さっさと戻って作戦会議を再開しようぜ!」 男は、メシアと同じく夜這い祭りの西軍に配属された者であった。メシアに腕相撲を挑み、あっさりと負けた者たちの一人で、メシアも彼の顔を覚えていた。 「わ・分かったわ。じゃあ、またね、シャクヤク」 「おいおい、その女っぽいのを元に戻すために夜這い祭りに参加するんだろ!しっかりしろよ!」 男にそう言われて、メシアはやっと自分の喋り方に気付く。「そうであった」と恥ずかしそうに呟いて、メシアは男に腕を引かれながら、集会場へ向かって歩き始めた。 「あ、ちょっと待ってぇん、メシアちゃん」 しかし、三歩進んだところでシャクヤクに呼び止められたので、メシアはシャクヤクを振り返る。 「今日はボタンちゃんもユリちゃんも森へ行っていて、いないのよぉ。昨日、アナタに使ったぶんで薬がきれちゃってぇ、足りない材料を採りに行ったのぉん。私も薬を作る準備とかで忙しくてぇ、夜這い祭りを見に行けないけれどぉ、頑張ってねぇん。ソフィスタちゃんに、しっかりカッコいいとこ見せるのよぉん」 シャクヤクに応援され、メシアは「ええ…じゃなくて、うむ!」と笑顔で頷いた。 再びメシアが獣人の男と共に集会場へと歩き始めると、シャクヤクは彼らの後姿が見えなくなるまで、その場から手を振って声援を送り続けた。 ソフィスタがメシアを心配している様子から、シャクヤクはソフィスタのメシアに対する恋心を察していた。 そして、ソフィスタとメシアが相思相愛であることを望んでいたが、メシアは「ソフィスタと恋仲にも夫婦にもなるつもりはない」と、きっぱりと答えた。 それを聞いて、ソフィスタとメシアの関係は、現時点ではソフィスタの片思いであることを、シャクヤクは悟った。 もしかしたら、ソフィスタの機嫌が悪いのは、そんな一方通行の気持ちからきているのかもしれないが、それをメシアに教えることはできなかった。 ソフィスタに妹たち…正確には弟たちを助けてもらったシャクヤクとしては、ソフィスタの恋を応援したいが、だからといって、ソフィスタの気持ちをシャクヤクが勝手にメシアに伝えてしまうことは野暮というものである。 これは、ソフィスタとメシアの二人の問題なのだ。昨日知り合ったばかりの者が余計な口を挟んでいいものではない。 それに二人はまだ若い。これから互いの絆が深まってゆき、相思相愛となって自ら恋を実らせるかもしれないし、それぞれ別の運命の相手を見つけるかもしれない。 今のメシアにだって、他に想う女性がいるかも、シャクヤクには分からない。恋をする権利はメシアにもある。 しかし、メシアを助けるために精霊や山賊と戦ったソフィスタの頑張りは、せめて報われてほしい。そう願いながら、集会場へと去ってゆくメシアの後姿を、シャクヤクは見送った。 (続く) |