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ありのままのメシア 第十一話


   ・第四章 男たちの闘い

 集会場で棒に登る練習をしたり、あまり当てにならないという作戦を練り直したりしていると、やがて日が暮れてしまった。
 夜這い祭りという名の棒倒しが行われる場所へと向かう西軍の仲間たちと、一旦別れ、メシアは診療所にいるはずのソィスタを迎えに行った。
 しかし、診療所を訪ねたメシアは、ステビアから「ソフィスタさんなら、もう村の運動場へ向かったわ」と告げられた。筋肉痛が和らいだので、一人で歩いて向かったとのことだ。
 仕方なくメシアも、その運動場へ行った。そこは、杭とロープで楕円形に囲われた広場で、地面はまっ平らに整備されている。ロープの外側では、見物人たちが弁当を食べたり酒を飲んだりして騒いでおり、これから戦う側のメシアとしては、その光景に緊張感を削ぎ落とされる思いだった。
 広場の西側には西軍、東側には東軍の参加者たちが、既に集まり、陣取っていた。それぞれの陣地に、メシアの身長の三倍くらいの長さはありそうな丸太が置かれている。あれが、西軍と東軍が互いに倒し合う棒なのだろう。
 メシアは西軍の仲間たちのもとへ駆け寄った。西軍の仲間たちもメシアの姿に気付いて手を振った。彼らの中で、攻撃手の役割に就いた者は、赤いハチマキを額に巻き、防衛手の役割に就いた者は、赤い頭巾を被っている。
「おー、戻ってきたなメシア!」
「あの人間の女の子と、すれ違いになっていねーか?」
「ソフィスタちゃんなら、さっきこっちへ来たんだよ」
 ばらばらに声をかけてくる男たちの集団の中にソフィスタはいまいかと、メシアは探したが、彼女の姿は見当たらなかった。
「そうか。それで、ソフィスタはどこに?」
「あの子なら、さっさと東軍の陣地に行っちまったぞ。そろそろ勝負が始まる時間だからってさ」
「えっ、私を待たずにか?」
 ソフィスタは、メシアと同じ西軍に属しているが、東群の陣地の棒の上に座ることになっている。だから東軍の陣地へ行くのは分かる。
 だが、なぜメシアが来るのも待たずに行ってしまったのだろうか。これから戦が始まるのだから、声を掛け合ったりしてもよかったのではないか。
「あんたが戻ってくるのを待ったらどうだって言ったんだけどね。それくらいの余裕はあったのに」
「そ・そうか…」
 西軍の仲間の話を聞いて、メシアはソフィスタに見放された気分になった。落ち込みながら、東軍の陣地を眺める。
 東軍の男たちは、自軍の陣地で円陣を組み、気合を入れるためか、雄叫びを上げている。その中にはバディルゾンもいた。
 白いハチマキを額に巻き、中心となって男たちを盛り上げているバディルゾンの様子から、女っぽさは微塵も感じられない。どうやら彼も、夜這い祭りを楽しもうとする男たちの熱気を受けて、男らしさを取り戻してきたようだ。
 そして、その円陣から少し距離を置いて立っているソフィスタの姿に、メシアは気付いた。
 天体が描かれた赤い帽子の代わりに、白い頭巾を被っており、それ以外は紺色のマントと赤い服という、いつもの服装であった。右肩にはセタが乗っているが、いつもセタとは対のように左肩に乗っているルコスが、今はどこにも見当たらない。
「ソフィスタ!!」
 とにかくソフィスタのもとへ行こうと、メシアは走り出そうとしたが、西軍の仲間に後から襟飾りを掴まれて止められた。少し首を絞められ、メシアは「ぐぇごっ」とカエルのように呻く。
「おい、もう勝負が始まるまで敵の陣地に入っちゃいけないんだぞ!」
「そうそう。あと、あっちのテントで貴重品とか預かってくれるし、ハチマキも貰ってこないとな」
「貴重品は、袋と番号札を貰って…いや、俺が一緒に行って教えてやるよ」
 親切な男たちが、首をさすっているメシアに群がり、その内の一人がメシアの腕を掴んで引いた。
「ち・ちょっと待ってくれ!私は…」
「待ってる時間はねえんだってば。それとも便所に行きたいのか?」
「そうではなくて…」
「便所じゃねぇんなら、さっさとハチマキ貰いに行こうぜ!」
 ぐいぐいと腕を引かれ、メシアは引きずられるようにして連れて行かれる。抵抗できなくはないのだが、敵の陣地へ行ってはいけないという決まりでは仕方ない。
 …まあ、いいか。夜這い祭りが終わってからソフィスタと話をしよう。シャクヤクは、勝負の最中に気持ちを伝えろと話しておったが…そんな暇はあるだろうか。
 考えながら、メシアは敵陣の中にいるソフィスタを見遣った。すると、ソフィスタもメシアを見つめていたので、メシアはとっさに彼女に手を振ったが、その直後に顔を背けられてしまった。


 *

 東軍の防衛手たちによって立てられ、倒れないよう支えられている棒の上に座り、ソフィスタは前方に陣取る西軍を眺めた。
 棒の上は少し揺れがあるが、座っていて落ちるほどではない。もし倒れても、ソフィスタには無傷で落ちられるよう対応できる自信はあるが、棒の下に密集している東軍の防衛手たちの上に落ちるのは嫌だと思った。
 棒を倒されて下に落ちるより、西軍の攻撃手によって奪取されるほうがいい。西軍の連中も、メシアにソフィスタを奪取させる作戦を立てているそうだ。
 当のメシアは、赤いハチマキを額に巻いて、西軍の味方の獣人と何やら話をしている。
 不意に、マリアのことを思い出していた時のメシアの表情が、ソフィスタの頭を過ぎった。頬を赤らめてマリアの話をする彼の様子に、ソフィスタは一人で不機嫌になり、そして、そんな気持ちになったことに戸惑う。
 …メシアが誰のことをどう思っていようが、あたしには関係のないことじゃないか。
 昼食の後に診療所に戻ってから今まで、何度そう自分に言い聞かせてきたことだろうか。
 メシアがマリアという名の人間の女性に対して抱いている感情は、恋なのかもしれない。メシア自身も、そうではないかと戸惑っていたようだ。
 確信は無いが、ソフィスタの中では確信に近い状態であった。だからと言って、自分は何を気にする必要があるのだろうと、何度も思った。
 種族が違い、年齢に差があるから気にしているのだろうか。それでも、他人の恋愛であることには変わりないのだから、やはりソフィスタが気にする必要は無いはずだ。
 なのに、このモヤモヤとした気持ちは、一体どこからくるのだろう。メシアの何が、自分は気に入らないのだろうか。
 そうやってソフィスタが棒の上で悩んでいると、エリクシア村の村長が広場の中央へやってくるのが見えた。参加者や見物人たちも、それに気付いて静まる。
 村長は一度、周囲をぐるっと見回してから片腕を上げ、声高らかに宣言した。
「これより、夜這い祭りを開催する!!」
 何度聞いてもいかがわしい名前の祭りだが、静まっていた見物人や参加者たちは歓声を上げる。
 西軍の陣地に立てられた棒の上に座っている女性も、楽しそうに拍手をしている。今回の夜這い祭りは、西軍のメシアと東軍のバディルゾンの乙女化を和らげる目的で開催されているので、バディルゾンが奪取する女性も、彼に合わせて人間の女性にしたそうだ。この村に住む、ソフィスタと同じくらいの年頃の女の子で、まあ美人なほうだろう。
 再び参加者と見物人たちが静まり、村長が何か夜這い祭りにかける自身の情熱を語り始めたが、ソフィスタは全く聞いていない。
 …勝負が始まって、しばらくしてから、メシアがあたしを奪取しにくるんだったな。
 メシアの桁外れの力をもってすれば、こんなくだらない遊びなど、簡単に終わってしまうだろう。西軍の連中も、メシアが一人で勝負をつけてしまうことを心配し、彼は後でソフィスタを奪取しに向かわせるという作戦を立てたのだと、ソフィスタはメシアから聞いた。
 ソフィスタとしては、さっさと勝負を終わらせて休ませてもらいたい気分である。メシアの乙女化を和らげるために、この夜這い祭りに参加しているのだが、山賊たちや村の男たちと一緒にいる間に、ずいぶん緩和されたに違いない。
 いや、もしかしたら、もう直ったのかもしれない。村長がダラダラと話をしているため、面倒臭くなってきたソフィスタは、そんなことを考える。
 …でも、メシアの身体能力がどれだけ上がったのか、あたしは直接見ていないから、そのへんは気になるな。この勝負を通じて、どれくらいメシアが強くなっているかが分かるといいんだけど…。
 できれば、メシアと東軍の防衛手たちが戦う様子を見たいが、メシアが腕相撲で西軍の獣人たちをことごとく負かしたという話も聞いているので、ユドくらい強い者でなければ、複数でもメシアには太刀打ちできないかもしれない。
 ソフィスタは、改めてメシアを見つめ、考える。
 …夜這い祭りのルールには、棒の上にいる女は、自分を奪取しに来た味方に対し、抵抗してもいいってあったな。
 ソフィスタは、夜這い祭りのルールを思い出して確認すると、ニイッと口の端を吊り上げた。


 *

 村長の熱弁が終わると、参加者たちは、各々の配置に着いた。
 メシアは、自軍の攻撃手と防衛手たちの間の位置で待機する。西軍の攻撃手と東軍の攻撃手は、それぞれの陣地にある棒を阻むように並び、距離を置いて互いに向き合う形となっている。
 勝負開始の合図と同時に、自軍の攻撃手たちは敵陣へ突撃し、敵軍の攻撃手たちも、それと入れ替わるように、こちらの陣地へ攻めてくることだろう。
 しかし、そんな敵軍の攻撃手に対し、メシアは手出しができない。防衛手が敵軍の攻撃手を妨害することは当然許されているが、攻撃手同士での妨害行為は禁止されているのだ。
 西軍と東軍で色違いのハチマキを攻撃手のみが巻いているのは、その禁止行為が発覚した場合に見つけやすくするためだという。ちなみに防衛手が頭巾なのは、攻撃手と区別するためだけでなく、防衛手を踏みつけて棒に上ろうとする攻撃手から頭を保護するためでもあるそうだ。
 とにかく、メシアは敵軍の攻撃手に手出しができず、自軍の棒が倒れそうになったっても防衛手たちを手伝うこともできないので、自軍の棒に何かあって負けそうになっても、見ているしかないのだ。
 さらにメシアは、自軍の防衛手の合図が送られるまで、敵陣へ向かわず、その場で待機することになっている。つまり、メシアは合図があるまで、自軍の防衛手と敵軍の攻撃手たちの攻防を、ただ近くで見守るだけとなる。
 …合図があるまで何もできないというのも辛いが、それはそれで楽しむしかないか。
 種族が違う者たちと、集団で協力し合って戦うことなど、ヴァンパイアカースの件以来である。だが今回は、敵も味方も戦いを楽しみ合い、見物人たちも楽しませるという、明るく平和的な目的のある戦いだ。
 メシアは、そんな戦いに参加できることが、嬉しくてしかたなかった。
「それでは、位置について!!」
 勝負の邪魔にならないようにと広場の隅へ移動していた村長が、そう声を響かせると、参加者や見物人たちが、緊張で静まる。
 それを確認してから、村長が再び声を張り上げた。
「よーい、始め!!!」
 開始の合図と共に、両軍の攻撃手たちが、一斉に雄叫びを上げて敵陣の陣地へと向かって走り出した。メシアは、走り去った自軍の攻撃手たちが残していった砂煙を吸って、むせてしまう。
 その様子が見えたソフィスタが「バカか、あいつ」と呟いたが、周囲がうるさすぎて、当然メシアには聞こえていなかった。
 西軍の攻撃手たちは、さっそくソフィスタが座っている棒を倒そうと、棒を支えている東軍の防衛手たちに群がるが、払いのけられてしまい、なかなか棒に近づけずにいる。
 西軍の攻撃手たちが我先にとバラバラに攻めているのに対し、東軍の防衛手たちは、協力し合って無駄の少ない動きで敵を払いのけていることに、メシアは気付いた。
 そして東軍の攻撃手たちの動きも、西軍とは違って統率の取れているものであった。東軍の攻撃手たちは二手に分かれ、バディルゾンの掛け声に合わせて交互に攻め、西軍の防衛手たちに息をつく暇も与えない。
 どうやら東軍は、バディルゾンの指揮によって動いているようだ。攻撃的な山賊たちをまとめあげていた彼の統率力が、この村の住民たちに対しても発揮されたのだろう。
 しかし西軍の防衛手も、負けじと攻撃に耐え続けている。
 力は西軍のほうが勝っており、東軍の頭脳的な攻撃が、その差を埋めているのだろう。
 …特に、東軍は守りが堅い。戦が長引けば、西軍のほうが不利になってくるかもしれぬ。
 このままでは、やがて西軍の棒が倒されるか、棒の上にいる女性を奪取されるかして勝敗が着くだろう。
 戦う男たちの男らしさから刺激を受けることにより、薬の副作用による乙女化を和らげることがメシアの目的であり、勝敗は関係ない。それに、棒を倒す練習をしている間に、乙女化が治ってしまったような気もするので、戦いに加われないまま勝敗が着いてしまっても、大して問題ではないかもしれない。
 しかし、せっかく皆と練習してきたからには勝ちたいし、戦にも参加したい。
 …まだか!合図はまだなのか!それとも、もう敵の陣地へ向かっても良いのか?
 戦士の血が騒ぐのか、気がはやって合図も待たずに自軍の攻撃手たちを加勢しに向かいたくなってきた。
 ウズウズしながら仕方なく突っ立っていたが、やがて西軍の防衛手の一人から、やっと合図の声が上がった。
「もういいぞ!行け、メシア!!」
 それを聞いたメシアは、待っていたとばかりに嬉しそうな顔をして、先程の自軍の攻撃手たち以上に勢い良く走り出した。興奮のあまり「ぃよっしゃぁ―――!!」などと、やや裏返った奇声を上げてしまい、見物人だけでなく攻防を続けていた参加者の数名にまで、メシアは注目されてしまう。
 しかしメシアの足は、あまりに速く、注目された時点で既に東軍の陣地に踏み込んでおり、メシアの身体能力を知らない東軍の防衛手たちは、急に陣地内に現れたメシアに度肝を抜かれて動きを止める。
 目的を忘れ、ただ突っ走っていたメシアだが、行く手に立ち尽くしている東軍の防衛手の一人を弾きそうになったところで我に返り、とっさに跳躍して東軍の防衛手を飛び越えた。
 しかし、着地する場所のことまでは考えておらず、しかも走っていた勢いのまま焦って跳んでしまったため、棒の周囲を固めている東軍の防衛手たちの中に、砲弾のように飛び込んでしまった。
 東軍の防衛手たちは、愉快なほど派手に倒れ、棒を支えている防衛手たちも、直接被害は受けなかったものの、倒れ込んでくる味方たちやメシアと体をぶつけ合い、棒を大きく揺らす。
 ソフィスタは棒から落ちそうになっていたが、どうにかしがみつき、棒を支えていた者たちも、慌てて体勢を整える。
 棒を倒さずソフィスタを奪取しろと言われたにも関わらず、敵陣に入るなり棒を倒して勝負を着けてしまいそうになったメシアの様子は、見物人たちには受けたようだが、棒の上のソフィスタからは「何やってんだバカトカゲ!!」と怒鳴られてしまった。まだ転んでいたメシアは、ハッとして棒を見上げる。
「あ、そうだ!ソフィスタ!!」
 メシアは体を起こし、軽く跳んで棒を掴もうとしたが、誰かに横から突き飛ばされ、バランスを失ったところを、さらに東軍の防衛手に突き飛ばされて、棒から離されてしまった。
 何をするのだとばかりに振り返ると、他の西軍の攻撃手たちと、東軍の防衛手たちによる攻防が、再び始まっていた。
 先程まで興奮していたせいで、棒を倒そうとすると東軍の防衛手たちに邪魔をされることを忘れていたが、興奮が冷めた今、メシアはそのことを思い出した。
 …ええと、私のほうから東軍の防衛手に、あからさまな攻撃を加えてはいけないのだったな。
 自軍の攻撃手たちの戦いぶりを見て、それを参考に、どうやってソフィスタを奪取するかを、メシアは考える。
 …敵軍の防衛手の隙間を強引に縫おうとすること、体を掴まれたら振り払うこと、上に乗って踏みつけることは、反則にはならないようだな。…よしっ!
 自軍の攻撃手たちと敵軍の防衛手たちによる交戦から外れて、少し離れていたメシアは、その場で「せ〜の」と膝を曲げ、足に力を込めた。
「はあぁっ!!!」
 そして、再び跳躍し、交戦を続ける者たちの頭上を飛び越え、棒を支えている敵軍の防衛手の肩に着地した。踏まれた男は「ぐぇっ」と呻き声を上げる。
 メシアは棒を掴み、よじ登り始めた。手の空いている敵軍の防衛手たちが、メシアの体を掴んで棒から引き離そうとするが、メシアは防衛手に掴まれたまま棒を登ってゆく。
 棒は、所々に出っ張りはあるが、しっかり掴めるようなものは無い。それでもメシアは、自分の体重と、体を引っ張ってくる者たちの力を、握力と足の指の力だけで支えていた。メシアの跳躍力、そして馬鹿力に、東軍の防衛手たちは為す術無く、西軍の攻撃手たちは唖然とし、見物人たちは笑って盛り上がっている。
 敵の防衛手をぶらさげたまま、少し手を伸ばせばソフィスタに届くほど上まで棒を登ると、メシアは「ソフィスタ!」と彼女の名を呼んだ。ソフィスタは棒の上からメシアを覗き込み、メシアに向けて手を伸ばした。
 メシアは、その手を掴もうとして、右腕を棒から離したが、その時、ソフィスの手は差し伸べられたと言うより、手の平をメシアにかざしていることに気がついた。
 ソフィスタと一緒に暮らし始めてからの経験上、嫌な予感しかしない。しかもソフィスタは、薄く笑っている。
 突然、メシアの全身を、上からハンマーで殴りつけるような突風が襲った。それに驚いたせいで手足の力が緩み、メシアは棒を離してしまった。
 メシアの体を掴んでいた者たちも魔法に巻き込まれ、メシアより先に落下て地面の上に落ち、後から落下してきたメシアに下敷きにされる。
 下にいた東軍の防衛手たちは、何が起こったのか分からないままだが、とりあえずメシアの体を転がして棒から遠ざけた。
 メシアは、すぐに起き上がって、ソフィスタを見上げる。
「ソフィスタ!何をするのだ!ひどいではないか!!」
 魔法を喰らって落ちたことを理解したメシアは、さっそくソフィスタに抗議の声を上げた。西軍の攻撃手たちは、攻撃の手を止めて戸惑っている。
「あたしが、お前を攻撃するぶんには、ルール上、問題は無い。べつにかまわないだろ」
 メシアの抗議に対し、ソフィスタは涼しげに答えた。しかし、どこか面白がっているようだ。
「かまわなくないわ!なぜ大人しく棒の上から下りてくれないのだ!勝負に勝ちたくはないのか!!」
「お前の乙女化を直すために参加しただけで、そもそもあたしは乗り気じゃなかったから、勝ち負けにこだわりはないね」
 ソフィスタの言葉は、西軍の攻撃手たちからも反感を買い、彼らからも抗議の声を送られたが、そんな彼らに向けてソフィスタは、薙ぎ払うように腕を振った。その手の動きの軌道上に光球が生じ、西軍の攻撃手たちに向けて放たれる。
 光球は、西軍の攻撃手たちの体に触れると炸裂し、突き飛ばされた程度の衝撃を与えた。その威力より、魔法の効果に驚かされて、西軍の攻撃手たちは、もんどり打って倒れる。
 棒の上で座っているだけのはずの女性の、まさかの自軍への暴挙に、見物人たちや東軍の防衛手だけでなく、西軍の陣地で攻防を続けていた者たちまで驚かされてソフィスタを見ている。
 審判も兼ねている村長も、ポカーンと口を開いてソフィスタを見ていたが、我に返ると、慌てて黄色い旗を振った。
「お、おい、ルールに従っているにしても、今のはやりすぎだ!攻撃するのは、近づいてきた攻撃手のみにしなさい!!」
 黄色い旗は、ルール上の反則や、問題ある行動を取った者に対し、警告を示すものであり、これを三回掲げられた者は、退場することになっている。棒の上に乗っている女性が退場する場合は、その女性が属する軍の敗北となるそうだ。
 ソフィスタは舌打ちをしてから、尻餅をついている自軍の攻撃手たちを見下ろし、冷たい笑みを浮かべて彼らに言い放った。
「どうだ、お前ら。男の祭りで女に馬鹿にされる気分は。力しかとりえの無さそうな、体ばっかりでかい男を、こうやって見下ろすのも、なかなか痛快だぜ」
「なっ…。貴様は、いったいどっちの味方なのだ!!」
 口と態度が悪くて理不尽で自分勝手で冷血で横暴という、悪い面を全開にしているソフィスタに、メシアは怒鳴りつけたが、鼻で笑われた。
「勝ち負けにこだわりは無いって言っただろ。敵も味方も関係無いってことだよ。ちょっと考えれば分かるだろ。頭働かせろよ」
 ソフィスタはメシアに言ったのだが、彼女の態度に、抗議の声は西軍の男たちに留まらず、見物人や東軍の男たちまで、よく聞き取れない野次を飛ばし始めた。
 東軍の防衛手たちも、ソフィスタが座っている棒を守ってはいるが、顔は不満そうである。
 メシアも、ソフィスタの態度にムッとしたが、他の連中ほどではなかった。ソフィスタの攻撃魔法を喰らうのも、ソフィスタの口が悪いのも、今に始まったことではないし、むしろ、精霊や山賊たちと戦って心身共に疲れていたのが元気を取り戻したようで、少し安心したくらいだ。
 それに、先程メシアが喰らった魔法や、自軍の攻撃手たちに放った魔法は、アーネスにいた頃にメシアがソフィスタを怒らせて喰らった攻撃魔法の数々に比べ、遥かに威力が弱い。
 ソフィスタは、本気でメシアを寄せ付けまいとしているわけではなさそうだ。態度と口の悪さも、男たちを挑発するためなのかもしれない。まあ、素のソフィスタも、あんな感じだが。
 奪取しに来た者を、手加減していたぶろうとしているのか、それとも、他に目的があるのだろうか。
 メシアは、ソフィスタを見上げながら考える。すると、ソフィスタがメシアに向かって、手を招いてきた。
「お〜い、いつまでマヌケ面で突っ立ってんだよ。勝負に負けたくないんだろ?だったら、さっさとあたしを奪取しに来いよ!まっ、無理だと思うけどね!」
 メシアを馬鹿にするような言い方だが、ソフィスタはメシアが奪取しにくることを望んでいるとも受け取れる。それでも彼女の態度の悪さに、メシアはカチンとくる。
 …何のつもりかは知らんが、共に夜這い祭りの練習をしてきた仲間たちのためにも、この勝負、負けるわけにはいかぬ!
「よかろう!力ずくでも、そこから貴様を引きずりおろしてくれる!!」
 負けん気に火がついたメシアは、ソフィスタを睨み、拳を突き上げて吼えた。

 ソフィスタは、メシアの身体能力が、どの程度上がっているかを確かめると同時に、魔法への耐性は上がっているのかどうかを見極めるつもりだった。
 小手調べにと、棒を登ってきたメシアに向けて魔法を放ったが、巻き添えを喰らった東軍の防衛手たちのほうがダメージが大きいようにも見えた。
 だが、メシアが普通の人間より魔法によるダメージが少ないことは、分かりきっている。今の程度の魔法では、以前のメシアと今のメシアの魔法の耐性の差は測りにくい。
 メシアの身を危険から守っているという紅玉は、今も彼の左手に填められている。できれば、紅玉を身につけているかいないかでの耐性も調べたいが、彼は普段から紅玉を外したがらないので、そこは諦めるとする。
 …受けるダメージが明らかな魔法…例えば、怪我を負うような魔法でないと、比べにくいな。少しずつ威力を高めて、じっくり観察したいけれど、メシアもやられっぱなしとはいかないだろう。
 メシアは、単細胞かと思いきや、いざ戦い始めると意外と頭を使う男だ。予想だにしない行動で翻弄してくるかもしれないし、彼の体力より先にソフィスタの魔法力が尽きる可能性だって、除外できない。
 だが、ソフィスタはメシアと勝負したいわけではないのだ。メシアがソフィスタの奪取に成功するなら、それはそれでかまわない。
 目的は、あくまで実験と観察。その手段が、ソフィスタを奪取せんと向かってくるメシアに対して魔法で抵抗するという形になってしまっただけだ。
 メシア以外の男たちを挑発したのも、その雰囲気でメシアが熱くなってくれればと思ってやったことだ。それが功を奏したのかどうかは、いまいちはっきりとしないが、何にしてもソフィスタの狙い通り、メシアを熱くすることはできたようだ。
 こちらを睨み、拳を突き上げるメシアの様子を見て、ソフィスタは、したり顔をする。
 …少しずつ魔法の威力を高めて、攻撃以外の様々な魔法も使ってみよう。向こうの陣地の棒が倒されるまでの時間と、あたしの魔法力が許す限り、せいぜい検証させてもらうぜ!!
 湧き上がる探究心のままに、メシアに対して実験ができることに、ソフィスタは喜びを覚え、彼と出会った時のように胸を躍らせた。
 そしてメシアのせいで、理解できなかったり理解したくもない感情に翻弄されていた、そのうっぷんも晴らしてやろうという、どす黒い感情も湧きあがり、見る者の背筋を凍らせるような笑みを浮かべた。


  (続く)


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