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ありのままのメシア 第十二話


   ・第二章 フェザーブーツ劇団

 ソフィスタが放った右ストレートを受け、馬車の外に吹っ飛ばされたメシアの怪我は、多少の擦り傷を負った程度で、それも既に治りかけている。
 しかし、二人の痴話ゲンカに巻き込まれた、一組の若い男女は、打撲、捻挫、脱臼など、ほぼ全身を負傷し、直ちにソフィスタたちが乗っていた馬車で病院に搬送され、治療を受けることとなった。
 ソフィスタが魔法を駆使して、しっかりとした応急処置を施したこともあり、大事には至らなかったが、自身の過失により無関係の者を二人も負傷させてしまったことには、ソフィスタも深く反省していた。
 しかし、今回の事故は、反省するだけでは済まなかった。

「…それで、アンタたちは、どう落とし前をつけてくれるおつもり?」
 怪我を負わせてしまった男女が今も治療を受けている病院の待合室で、床に正座しているソフィスタとメシアは、目の前に立つ大柄な獣人族の男に、そう尋ねられた。
 待合室には他にも人がおり、関わりたくないが気にはなっている様子で、ソフィスタたちをチラチラと見ている。
 ちなみにメシアは、目立たないよう巻衣で全身を包み、尖った耳と肌の色を極力隠している。
「怪我を負った二人に、ちゃんと応急処置を施してくれたことには感謝していますよ。お医者様も、完璧な処置だったと驚いていたわ。お嬢ちゃんは、とってもお利口さんですねえ。なのに、馬車の中で彼とケンカして、外へ殴り飛ばして、ウチの団員二人を巻き込んで負傷させました?あれ?おバカさんですか!?」
 淡々と喋っていると思ったら、急に怒鳴られ、ソフィスタとメシアはビクッと体を震わせた。ソフィスタの肩に乗って縮こまっているセタとルコスも、それに合わせてプルプルと震える。
 この獣人族の男は、熊のような姿で、メシアより背が高い。服の袖や襟から、黒い毛がもっさりとはみ出しており、顔も毛深い。
 言葉遣いは、やや丁寧だが、怒気はハッキリと感じ取れる。しかも、時々女っぽい。女言葉の獣人族に、あまり良い思い出が無いソフィスタは、彼に対し、嫌な印象しか持てない。
 一方メシアは、人間や獣人の常識や外見に関して疎く、ソフィスタが女言葉の獣人族に嫌な印象を持つ原因となったオカマ獣人トリオさえ、そういう獣人もいるのだろうと受け入れていたため、目の前の獣人の男の女口調など、今更気にならなかった。
 何より今は、無関係の男女を傷つけてしまったことを反省し、その男女を監督する立場にある、この獣人族の男の怒りを心から受け止めることに専念していた。
「あの怪我の様子だと、しばらくは安静にしてもらうことになりそうです。無理をさせて、二度と舞台に立てなくなってはいけませんからね。あの二人には、まだまだフェザーブーツ劇団で頑張ってもらいたいのです」
 この獣人族の男が、七日後に公演を控えているフェザーブーツ劇団の団長であることは、既にソフィスタとメシアも聞かされている。彼は、団員二人が負傷したと聞いて、病院に駆け付けたのだった。
 そう、怪我をさせてしまった男女は、フェザーブーツ劇団の団員であった。
「もちろん、七日後の公演も休んでもらうおつもりよ。でも、あの二人は"魔力の王妃"と"証の神"の役だったのよね。"魔力の王妃"は主人公で、"証の神"は、彼女と恋に落ちる役。どちらも外すことができないのだけれど、困ったことに、代わりに役を務められる役者がいないのです。どうしましょう。ねえ、どうしたらいいですか?」
 七日後に、フェザーブーツ劇団が公演を行う舞台"詩の子"は、"魔力の王妃"と呼ばれる女性と、"証の神"と呼ばれる男性の悲恋を描いたものであり、団長の言う通り、この二人無くして舞台は成り立たない、重要な登場人物なのだ。
「もし舞台を中止するとしたら、それを余儀なくしたアンタたちに請求する損害賠償は、果たしてお幾らになるでしょうねぇ。集められたはずの入場料と、怪我をした二人の医療費、アンタたちがダメにした資材にかかった費用、それら全てを払えとは言いませんが、かなりの額にはなるでしょうね。アンタたち、払えますか?」
 ソフィスタとメシアがダメにした資材とは、怪我をした男女が運んでいた、劇で使う小道具用の資材である。
 リアルな金の話を持ち出され、事の重大さがソフィスタの身に染みてゆく。
「…つまり、謝罪の気持ちを込めて、大量の金を出せと言っておるのか?」
 団長が言っていることを、完全には理解できなかったメシアは、ソフィスタに小声で、そう尋ねた。ソフィスタも小声で「まあ、そういうことだ」と答える。
 人間が使う、お金というものの大切さは、ソフィスタと共に暮らしてきた一ヶ月余りの中で、メシアは学んできた。それを大量に差し出さなければならないほど、あの二人を傷つけた罪は重いのだと、メシアは考える。
「でもねえ、お金を払えば事態が丸く収まるわけじゃないということも、アンタたちには理解してほしいんですよ。公演を楽しみに待っているお客様の気持ちと、我々フェザーブーツ劇団の努力、それをアンタたちは、台無しにしてしまうことになるんですよ?事の深刻さを、本当に分かっている…おつもり!!?」
 おそらく口癖なのだろう。「おつもり」を連呼する団長の喋り方は、ふざけているようにも聞こえるが、怒りは本物であった。
 こうして、かれこれ十五分ほど、団長によるお説教は続いていた。
 城の馬車で事故を起こしてしまったため、貴族の馬車が人を撥ねただの、緑色の大男が城の馬車から飛び出して人を襲っただの、負傷した人と緑の大男は病院にいるなどと、既に噂が流れてしまい、暇な人々は早速病院に集まり、正面玄関前に人だかりを作っていた。
 そんな野次馬を中に入れないよう、病院の人間が対処している。待合室の窓から聞こえてくる野次馬の声に、ソフィスタは「さっさと帰れ暇人が!」心の中でと呟き、小さく舌打ちをした。
 …困ったな。先日、エリクシア村で貰ったばかりの薬を使えば、すぐに怪我も治るだろうけれど…。
 ソフィスタは、宿に他の荷物と共に置いてきた薬の存在を思い出す。
 先日まで滞在していた、獣人が多く住むエリクシア村。その村に住む、獣人の三姉妹…と自称している三兄弟から貰った薬を使えば、劇団員二人の怪我くらい、一日で治るかもしれない。
 しかし、あの薬を男に使うと、女っぽくなってしまうという副作用があり、元に戻るまでどれくらいかかるか分からない。
 女性に薬を使うぶんには、副作用の心配は無いそうだが、エリクシア村の住民は、あの薬は村の外には知られてはいけないものだと話していた。
 あまりに薬の効果が強く、変な副作用がついているので、下手に広く知られて悪用されたり乱用されたりすることを警戒しているのだろう。実際、村の住民では無い山賊の男が薬を使われ、乙女化がなかなか治らなくて村に逆恨みをしたという、つい最近の事例もある。
 …あたしも、そんな薬を持っているということを、下手に知られたくないし…。女性の劇団員だけでも、バレないようこっそり使えば…。
「そうだ!ソフィスタ!」
 突然、メシアがそう叫んで立ち上がったので、ソフィスタの思考と団長のお説教は中断させられた。
 何か良い案でも思いついた様子のメシアだが、そんな彼に、ソフィスタは嫌な予感を覚える。
「私とソフィスタで、"証の神"と"魔力の王妃"を、あの男女の代わりに演じればよいのだ!」
 メシアの提案に、ソフィスタと団長は「はあ?」と声を上げた。団長のほうは、かなり怒っている声であったが、気付いているのかいないのか、メシアは話を続ける。
「男の私が"証の神"、女のソフィスタが"魔力の王妃"を演じるのだ。そうすれば、公演を中止にせずに済むではないか!」
 メシアは、いかにも良いアイディアだとばかりに話すが、素人が軽く代役を務めると言い出せるほど、プロの舞台は甘くは無い。それを分かっているつもりのソフィスタは、「何をバカなこと言ってるんだ!」とメシアを叱る。
「…アンタ、役者の世界をナメているんですか?そう簡単に、代役を務めることができると思っているのですか?それに、アンタのような珍しい種族を、急に"証の神"役として使うことはできません」
 団長は、静かに言い放つ。その声と表情から、間違いなく怒りが増していることが、ソフィスタには分かった。
「そうだよ!あたしだって、役者の世界を知り尽くしているわけじゃないけど、訓練を積んでいないヤツが、おいそれと舞台に立つなんて言うもんじゃないんだよ!」
「だから、これから訓練を積むのではないか!劇を行うのは、七日後なのであろう。それまでに、しっかりと演じられるよう訓練を積むのだ!私の外見なら、肌の色を人間と同じように変えれば問題あるまい。それに、"詩の子"を演じることは簡単だと、ソフィスタも話しておったではないか」
 ソフィスタは、メシアを止めようとしたのだが、メシアは考えを改めるどころか、とんでもないことを口にした。
 プロの劇団の団長の前で、「演じることは簡単」だと。そう、ソフィスタが言ったのだと。
「馬鹿野郎!!そういう意味で言ったんじゃねーよ!!ただ他の舞台と比べて激しい動きが少ないほうだって話しただけだ!!と・とにかく、お前、座れ!!」
 ソフィスタはメシアの巻衣を引っ張って、彼を座らせた。そして、恐る恐る団長を見上げる。
 団長は、鬼のような形相でソフィスタを睨んでいた。
「へぇ〜…。"詩の子"の演技は、簡単そうに見えるんだぁ〜。なら、やってみますか?」
 予想していなかった団長の言葉に、ソフィスタは「へっ?」と、間抜けな声を上げてしまった。
「そうですねぇ…。緑のアンタが姿を人間に似せることができるのなら…二人とも顔もスタイルも良いし、年齢的にも"魔力の王妃"と"証の神"の役にピッタリだし…。そうねえ、本当に代役を務められるかどうかは期待しないでおきますが、世間の厳しさを知るという意味で、公演を予定している日まで、訓練してみますか?」
 そう団長に言われて、メシアは「もちろんだとも!」と勝手に答え、ソフィスタに「バカ!!」と背中を強く叩かれた。
「何で、お前はそう勝手に返事をするんだよ!!」
「だが、ティノーや多くの人間が劇を楽しみにしておるのだぞ。我々が、あの二人に怪我を負わせてしまった責任は、代わりに役を演じて劇の中止を阻止して取るのが、一番ではないか」
「口にするほど簡単じゃねーっつってんだ!無茶な責任を無理に取ろうとして失敗したら、よけい状況が悪くなるだろうが!!」
「無理をしてでも責任を取らねば、罪滅ぼしにはならぬではないか。それに、あまり金は出さないほうがいいのだろう。そんなに持ってはおらぬし」
 現在のソフィスタたちの所持金は、校長から貰った旅費と、念のため多めに持ってきたポケットマネー、そしてメシアに持たせたお小遣いで全部である。アーネスの自宅の金庫の中には、もっと入っているのだが、それで団長が言う損害賠償を払いきれるかどうかと言うと、難しい所である。
「金に疎いお前が、金の心配をする必要は無ぇ!あたしが言いたいのは、金の問題じゃなくて…」
「おだまり!!!」
 団長に一喝され、ソフィスタとメシアは口を噤む。
「アンタたちが騒いだところで、決定権がアタシにあることは変わりません。お・わ・か・り?」
 おつもり、おだまり、おわかり…といったフレーズが、団長の口癖なのかもしれないが、それはともかく、団長に凄まれ、畏縮してしまったソフィスタとメシアは、「ハイ…」と弱々しく返事をするしかなかった。


 *

 フェザーブーツ劇団演じる舞台"詩の子"は、"魔力の王妃"と"証の神"の歌が始めに入り、序幕、第二幕から第八幕、そして終幕と続き、さらにその後にカーテンコールが入って、終演となる。
 各幕には歌と踊りが入るが、特に複雑なものではない。歌は、セリフにメロディーをつけただけのようなものだし、これといったダンスシーンは、"魔力の王妃"と"証の神"が組んで、数秒間だけ簡単なステップを踏むくらいしかない。
 物語としては、神々が統治する世界で、神の力を手に入れた人間が反乱を起こし、神々を聖域から追放したことで、人間と神の争いが始まり、その争いの最中、"魔力の王妃"と呼ばれる人間と、"証の神"と呼ばれる神が出会い、恋に落ちるも、結ばれることは叶わず、世界は人間が統治するようになった…というものだが、フェザーブーツ劇団は、"詩の子"を原本そのままに演じてはおらず、演じやすいよう物語を省略したり、捏造を加えたりして、舞台用に編集された台本を用いている。
 その台本の、序幕の筋書は、こうである。
 神々が住まう聖域にて、"力の神"と呼ばれる男神が、悪しき神が作り出した呪いによって苦しめられ、死を迎えようとしていたが、己の神たる力を人間の男に託し、意思を継がせようとした。しかし人間の男は、得た力によって"力の神"を殺害し、その場に居合わせた"大地の神"という、"力の神"の兄も殺害する。
 この"大地の神"は、後に登場する"証の神"の曽祖父で、"大地の神"と"証の神"は、同じ役者が演じることになっている。
 そして、後に"魔力の王妃"と呼ばれるようになる人間の少女も、"大地の神"に仕える神官として、彼の傍らにいたが、"大地の神"を殺害される様子を目の当たりにし、そのショックで魔法力を暴走させ、自ら出現させた氷の柱の中に閉じ込められ、体も凍り付いてしまった。
 神々を殺害した人間の男は、高い魔法力を持つ少女を仲間にしたがっていたが、氷を解かすことはできず、やむなく少女をそのままにして、神々への反乱を起こし始めるのだった。
 と、ここまでが序幕であり、氷の中で眠りについた少女は、それから五十年以上経った時代が舞台の第二幕で、氷を解かされて目覚めることとなる。

「…人間は、凍っていれば五十年経っても蘇ることが可能なのか?」
「人間を凍り付かせて五十年後に解凍するなんて非人道的な実験なんて前例は無いはずだけど、普通に考えれば、蘇ることは不可能だね」
 "詩の子"について、ソフィスタから教えてもらっているメシアは、架空の世界の物語に対して追及してはいけなさそうなことを、堂々とソフィスタに尋ね、ソフィスタもまた、冷静に回答した。
「あのねぇ、あくまでお芝居なんだから、そういうことは疑問に思っても追及してはいけませんよ。魔法の力が生命を維持していたとか、そういうことにして受け入れなさい」
 先頭を歩く、フェザーブーツ劇団の団長が、二人を振り返って注意した。
 三人は病院を出て、王都内の多目的会館へと徒歩で向かう途中であった。フェザーブーツ劇団の団員たちは、王都にいる間は、その会館を借りて拠点とし、公演の準備を進めているという。
 病院から会館までは少し距離があるので、この移動時間を利用して、ソフィスタはメシアに"詩の子"について説明していた。
 メシアは"詩の子"の内容どころか、舞台に立って物語を演じるということ自体、よく分かっていない。何も知らない彼に、七日後の舞台で役を演じさせるなど、無理な話だ。
 団長も、期待はしていないとは言っていたが、とにかく"詩の子"の内容を教えなければ、演技の練習も始められない。
 何も知らないくせに、よく代役を務めるなどと言えたものだ。いや、何も知らないからこそ言えたのかもしれない。そんなメシアを恨めしく思いながらも、ソフィスタは説明を続ける。
「で、第二幕では、聖域は完全に人間のものになっていた。聖域には人間の国が築かれ、かつて神の力を手に入れた人間の子孫である"魔力の王"が人間の国を統治していた。一方、神々は劣勢に追いやられ、生き延びた者は、どこかに隠れ住んでいた。しかし、神々は人間たちを駆逐すべく怪物を生み出し、人間の国を何度も襲わせた。怪物は、神の力を継いだ"魔力の王"でも敵わなかった。そこで"魔力の王"は、氷の中に閉じ込められている少女を目覚めさせた。強い魔法力を持つ彼女にも、怪物退治に協力させるつもりでね」
「氷は解かせなかったのではないのか?」
「"魔力の王"は、最初に神の力を得た人間よりも、自ら氷を出現させた少女よりも、魔法力が高かったらしい。"魔力の王"は、人類始まって以来、最も高い魔法力の持ち主であると、物語の中でも自称しているよ」
 メシアは、ただソフィスタの話を黙って聞いているだけではなく、こうして質問を挟んでくる。それに対し、ソフィスタは、ちゃんと解説していた。
 こうした質問解答のやりとりは、物語の内容の記憶を促す。それに、質問を挟んでくるのは、メシアがソフィスタの話をしっかりと聞いている証でもあるので、むしろ質問されるほうが、ソフィスタは安心する。
「"魔力の王"は、目覚めさせた少女の魔法力と、美しい外見に惹かれたとかで、少女を妻にすると決めた。こうして少女は"魔力の王妃"と呼ばれるようになった。だけど、"大地の神"を殺害された時点の記憶のまま眠りに着いた少女にとって、すっかり様子が変わってしまった聖地も、"大地の神"を殺害した人間の子孫である"魔力の王"も、受け入れることができなかった。"大地の神"に仕えていた頃から身寄りも無く、信じられる人間は一人もいない。何をすればいいのか、自分はどうしたいのかも分からないまま、周囲に流されて立場上は王妃となっても、しばらくは孤独な日々を過ごすことになった。第二幕はそこで終わり、第三幕は、"魔力の王妃"が孤独な自分を嘆く場面から始まる」
 ソフィスタの説明を、団長も聞いていた。必要あらば、修正や補足を入れてやるつもりだったが、ソフィスタは団長が思った以上に"詩の子"を熟知している。メシアに対しては口が悪て荒っぽく、表情も豊かではない捻くれた性格の少女だと、団長はソフィスタを見ていたが、説明上手で、なかなかしっかりした女の子だと見直した。
「かつて"大地の神"は、身寄りのない少女を娘のように思っていて、聖域の外にある森で、よく一緒に遊んであげていた。"魔力の王妃"も"大地の神"を慕っていて、彼との思い出の場所である森に一人で訪れ、彼を思って嘆いていた。すると、例の怪物が現れた。人間を憎む神々の使いである怪物は、"魔力の王妃"に襲い掛かろうとしたが、そこに"証の神"が現れ、怪物を止めた。怪物は、当時の神々の王である"証の神"の命令に従い、その場は引き下がった」
「"証の神"が?怪物は、人間を駆逐するために神々が作り出したものなのであろう。それを、神々の王が止めたというのか?」
「"証の神"は、神と人間が傷つけあうことを愁いていた。怪物を作り出したのも、他の神々だ。"証の神"は、この争いを平和的に鎮めるために、怪物を止めたんだよ」
「そうか。…それが、私が演じることになる"証の神"なのだな」
「うん。後々分かってくるんだけど、"証の神"は、仲間思いで、人間の命も重んじる、たいそう立派な人格者らしい。だけど、それが仇となって人間に騙され、命を落とすの。バカ正直で騙されやすくて、頭の中きれいごとばかりで、後先考えないお前には、ぴったりな役なんじゃない?」
「言い方が厳しいぞ。私は、ちゃんと後先考えて行動しておるわ」
「考えが足りねーんだよ。ちゃんと考えているヤツが、何も知らないくせに役者の代役を務めるなんて言い出すもんか」
「それは、これから頑張って練習を積んで務めを果たすのではないか」
「そういう考えこそが、後先考えていないて言うんだよ…」
 ソフィスタは、ため息をつく。確かに、メシアが後先考えずに発言したせいで、フェザーブーツ劇団演じる"詩の子"の登場人物、"魔力の王妃"と"証の神"の代役を、ソフィスタとメシアで務めることになってしまったが、そもそもソフィスタが、後先考えずにメシアをぶん殴ってしまったから、その役を演じるはずであった劇団員に怪我を負わせてしまったのだ。
 その点は、ソフィスタも反省しており、言っていることはきついが、声に元気が無い。
「ふふふ…そうですね。案外、アンタたちに合った役かもしれませんね」
 団長が小さく笑いながら、そう言ったので、ソフィスタとメシアは彼を見る。
「"魔力の王妃"は、聡明な女性とされています。現実を見据え、平和的に争いを鎮めることは不可能と感じていました。"証の神"も、自分の理想は実現が難しいことに気付いていましたが、それでも意思を曲げようとしなかった。…考え方は少し違っているけれど、互いを思い、助けたいと願う気持ちは同じ。今のアンタたちも、そういう関係に見えるけれど」
 団長の話を聞いて、ソフィスタとメシアは思わず顔を見合わせたが、ソフィスタは照れて、すぐに顔を背けた。メシアは、その様子を不思議に思い、じっとソフィスタを見つめる。
「と・とにかく、"魔力の王妃"は"証の神"と出会った。"証の神"は"大地の神"に似ていたため、"魔力の王妃"は、怪物を従える彼を恐れず、むしろ親しみを覚えた。そんな彼女に"証の神"は、人間と神の争いを止めるためにも、人間たちのことを教えて欲しいと頼む。"魔力の王妃"は快く承諾し、二人は再び会うことを約束して、その場は別れた。ここまでが、第三幕だ」
 "魔力の王妃"と"証の神"、お互い恋に落ちる男女に似ていると言われ、ついメシアを意識してしまったソフィスタは、照れを隠しつつ気持ちを落ち着かせようと説明を再開したのだが、鈍感なメシアは、「では、その時に"魔力の王妃"と"証の神"が恋に落ちるのだな?」と、ソフィスタに尋ねた。
 今それを聞いてくるなと心の中で悲鳴を上げつつも、ソフィスタはメシアに答える。
「この時点では、"魔力の王妃"が"証の神"に惹かれているということしか表現されていない。次の第四幕では、"魔力の王妃"と"証の神"が約束通り再会し、お互いのことを話す。怪物が多くの人間を傷つけていることに心を痛めていることと、聖域から追放されたせいで神々が弱っていることを、舞台では"証の神"が歌で伝えるんだけれど…あと、少し踊るな」
「歌って?そんな深刻な話を歌って伝えるのか?そして踊るのか?」
 歌と踊りを加えた舞台、ミュージカルというものの存在を知らないメシアの言葉を耳にした団長が、信じられないといった顔でメシアを振り返る。
 メシアが人間の常識を知らないのは今に始まったことではないが、団長の気持ちはソフィスタにもよく分かった。
「…観客を楽しませるために、歌や踊りを加えているんだよ。"詩の子"の原作には、歌で伝えたなんて書かれていないよ。"魔力の王妃"も、自分の孤独を嘆く時に歌うけれど、そういうのは、全て演出…客を飽きさせないための工夫だ」
 ソフィスタの説明を聞き、少し考えてから、メシアは「なるほど」と頷いた。
「で、"魔力の王妃"は"証の神"と何度も会って話をした。その度に"魔力の王妃"は"証の神"に想いを募らせていった。だけど"証の神"が、仲間の神々を聖地に住まわせてくれるよう"魔力の王"に頼みに行くと言い出すと、"魔力の王妃"は、それを止めようとするの。"魔力の王"は、多くの人間を殺害した怪物を作り出した神々を憎んでいた。だから、彼は神の話など聞かない、会えば殺されてしまうと、"証の神"を説得したんだ」
「…だが、"証の神"は"魔力の王"に会いに行き、仲間たちを助けたければ命を差し出せと騙され、殺害されてしまうのだな」
「いや、会いに行ったんじゃなくて、"証の神"が"魔力の王妃"と密会していることを知って、"魔力の王"は"証の神"を捕えるんだけれど、それは第五幕に入ってすぐ…」
 そこまで話して、ソフィスタは妙な点に気付き、「あれ?」と呟いてメシアを見た。
「ソフィスタ、どうかしたのか?」
「…"魔力の王"が"証の神"に、命を差し出すことを条件に仲間を救うと騙したことは、まだ説明していないはずだけれど、何で知っているの?」
「え?…そういえば、説明されていないような…」
 メシアも、自分で不思議に思って首をかしげる。
「だが"証の神"は、人間によって迫害された仲間たちを助けるために、自ら人間が住まう地へ赴き、そこで人間に騙されて命を落とすのだろう」
「だから、何で知っているの?」
「…ああ、おそらく、それは…」
 メシアが答えようとした時、団長が二人を振り返り、声をかけてきた。
「さ、着きましたよ。ここが、フェザーブーツ劇団が現在拠点としている多目的会館です」
 団長が立ち止って前方を指示したので、ソフィスタとメシアも会話を中断して立ち止り、前方を眺める。
 広い庭を有する、二階建ての大きな建物。アーネス魔法アカデミーよりは規模が小さいが、庭や建物は機能性を保ちつつも芸術性に富んだ造りになっている。
「団員たちは、ここで寝泊まりして公演の準備と芝居の稽古に励んでいます。一階は劇団関係じゃない人も出入りしていますが、二階はフェザーブーツ劇団の貸し切りで、関係者以外は立ち入り禁止です。王宮楽士団との打ち合わせや合同練習も、ここで行います」
 話しながら、団長は多目的会館の正面玄関へと向かって歩き始め、ソフィスタとメシアも彼に続く。
「まずは、怪我をした団員とアンタたちのことを、他の団員たちに説明し、話し合いますが、事故を起こしたことについて、アンタたちは他の団員たちにもしっかりと謝って下さいね。それと、これ以上被害が大きくなるようなことはしないこと!おわかり?」
 団長に、そう釘を刺され、庭や建物を珍しそうに眺めていたソフィスタとメシアは、背筋を伸ばして「はいっ」と返事をした。
「よーし、あの人間たちを傷つけてしまった罪を償うためにも、頑張ろうぞ、ソフィスタ!!」
 メシアは改めて気合を入れ、グッと拳を握る。
 そしてソフィスタは、この何も分かっていないポジティブトカゲと共に、これから演劇の練習の日々を過ごすのだと思うと気が重くなり、メシアに「お〜…」と力の入らない返事をした。


  (続く)


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