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ありのままのメシア 第十四話


   ・第五章 エルフの執念

 分厚い鉄の門が天井から降りて、大きな揺れと音を立ててトンネルを塞ぐと、照明が落とされ周囲は暗闇に包まれた。
「クソッ!!どうなってやがる!」
 剣を杖代わりにして立ち上がった長剣のエルフは、ゴーグルのレンズのフレームをカチカチと音を立てて回す。すると、モノクロの景色が視界に浮かび上がった。
 少し離れたところに、首の根元より下の体を失ったラスタバンの頭部と、絶命している銃のエルフが転がっている。
「おいバケモノ、まだ意識があるんだろ!喋れるなら答えろ!何で急に照明が消えるんだ!!」
 長剣のエルフは、ラスタバンの頭部に近付き、剣の切っ先をつきつけた。ラスタバンは、頭部だけとなったにも関わらず、口を動かした。
「このアメミット…ラスタバンは、クヌムの非常時の機能を作動させたのだ」
 その声は、確かにラスタバンのものではあるが、まるで誰かの意識が乗り移ったように口調が変わっていた。しかし、以前のラスタバンの喋り方を知らない長剣のエルフは、頭部だけでここまではっきりと話せることだけに驚いていた。
「各所に設けられた門は、機関車が通過すると閉ざされ、封鎖された内部の照明も空気の供給も停止する。君は今、地下深くで生き埋めにされたに等しい状況にあるのだよ」
 長剣のエルフが「なんだそりゃ!聞いてねーぞ!!」と叫ぶ。
「これは、敵の襲撃を受け乗っ取られたクヌムを破棄するための機能なのだ。当の敵に教えるようにはできていない。…機関車が目的地に着けば、クヌム全ての機能が停止し、地下道以外は崩壊する。観念するのだな」
 長剣のエルフの腕が、恐怖で震える。「ふざけやがって!!」と叫んで銃のエルフのもとで屈み、その腕から銃を取り上げようとした。
 機関車を切り裂いた、あの威力の光線なら、門を破ることができるはずと考えたのだが、少し持ち上げたところで銃が警報音を発し、引き金近くで赤い光が点滅を始めた。長剣のエルフが「ひっ」と短く悲鳴を上げて銃を手放すと、音と光は間もなく止んだ。
「その銃は、禁止とする動作を察知したため、安全装置が働いている。警告音を無視して引き金を引くと、君も額を貫かれるぞ」
「安全装置!?そんなもん、どこにもついていないはずだぞ!!」
「そういうものは、敵に奪われても装置を外されぬよう、分かりにくく組み込まれているものだよ。君たちが発見できなかっただけではないか」
 至って淡々としているラスタバンに、頭に血が上った長剣のエルフは、再びラスタバンに剣をつきつけ、切っ先を頬に食い込ませた。
「安全装置を解除する方法があるはずだ!!教えろ!!」
「…そう都合よく何でも知っていると思うか?まあ、そのうち動力が尽きれば安全装置も停止するだろう。光線も出なくなるがね」
「馬鹿か!!そういうことを聞いてんじゃねーよ!!殺すぞ!!!」
「わざわざ殺さずとも、そろそろ私も消える。そんな脅しは通じないよ。…そもそも、君たちエルフが優位になるようなことなど、私は絶対に教えない」
 ラスタバンは、長剣のエルフをギロッと睨んだ。強い怒りと憎しみが込められた視線に、長剣のエルフは震えあがった。
「ラウルシレス様の深い慈悲に感銘を受けた私は、このアメミットに自由な意思を与え、その心を通じて世界を知り、かつては敵であった種族に希望を見出そうとした。…だが、君たちエルフには既に失望している。数千年を経ても、エルフは敵でしかなかった。もう、ネスタジェセルと人間とトゥバンさえ仲良くできれば、それでいい。君は私と共に、ここで死にたまえ」
 語っている間に、ラスタバンの首は切断された部分から崩れ落ち、短くなってゆく。
「…てめえは…いったい…」
 長剣のエルフの、ゴーグルで隠された目は見開かれ、マスクで隠された口から吐く息は荒い。恐怖と怒りで、今にも狂い叫びそうなのを耐えているようだが、そんな彼の様子など、どうでもよさそうにラスタバンは目を閉じた。
「私は、ラスタバン。数千年を生きたアメミット。…ただ、死の間際になって思い出しただけだ。クヌムでアメミットを創り出していた者が、私の中に封じた意思と記憶を…」
 そう語るラスタバンの表情は、とても穏やかなものだった。しかし、それが長剣のエルフを激昂させ、彼は「おああぁぁぁ!!!」と叫んで剣を振り下ろし、ラスタバンに叩きつけた。
 ラスタバンの頭が、こめかみから下顎にかけてグシャッと潰される。散った肉片は、小さいものから塵となって消えてゆく。
「ふざけんなふざけんなふざけんな!!!死ぬならてめえだけ死ね!!俺はあのトカゲを殺す!全部アイツのせいだ!!!絶対に殺す!!ぶっ殺す!!!」
 長剣のエルフが走り出し、堅く閉ざされた門の前で、一心不乱に剣を振るい始めた。
 門と刃がぶつかり合う音が響くが、わずかに残っているラスタバンの意思には届いていなかった。
 …希望を見出す…か。兵器として生命体を作り出していながら、私は何様のつもりだったのだろうな。アメミットたちよ、本当にすまなかった。
 ラスタバンの意識は、己に絶望し、傷つけてしまった者たちに懺悔する。しかし、最期は愛する者たちへの希望に包まれた。
 …トゥバン、今までありがとうね。メシア、ソフィスタ、アンタたちも幸せになるんだよ…。


 *

 ラスタバンの首が胴体から切り離された時、それを見ていたメシアに生じた隙を、男エルフであるナダが見逃すはずがなかった。
 メシアの首をめがけて、左右から斧が振り下ろされる。呆然としていたソフィスタが我に返り、「危ない!!」と声を上げた。既にエルフの攻撃に気付いていたメシアは、両腕で首を庇う。
 左腕は紅玉の光で覆って刃を防いだが、剥き出しの右腕には刃が喰い込み、皮膚が裂けて血が噴き出す。
 ソフィスタはメシアに駆け寄ろうとしたが、それを気配だけで察したメシアに「来るな!下がっておれ!!」と止められた。
 メシアの丸太のような腕は、本当に丸太なのではないかと思うほど硬く、喰い込んだ刃は筋肉にがっちりと咥えられ、すぐには引き抜けなかった。もたもたしているとメシアの攻撃を喰らうと判断し、ナダは左手の斧を手放し、右手の斧だけで再び攻撃を仕掛けた。
 メシアは右腕から力を抜いて斧を引き抜き、機関車の外へ投げ捨てる。血が溢れる傷の痛みをものともせず、メシアはナダの攻撃を紅玉の光で凌ぐが、斧が<一挺減っても、ナダの強さは変わらなかった。
 先程まで、エルフの男三人とトカゲの大男と巨大イタチと竜人が戦っていた場所は、トゥバンが離れてエルフ二人とラスタバンが機関車から落とされたぶん、広くなって動きやすくなり、メシアもナダも激しく動いて攻防を繰り広げている。
 メシアを援護したいが、二人の動きが速すぎて魔法を使うタイミングが掴めない。それに、ソフィスタの魔法障壁を消し去った力の正体も掴めていない。銃のエルフを拘束していたセタとルコスが振り払われ、今も床でぐったりしているのも、その正体不明の力によるものだろうか。
 早く回収して二体の状態を確かめたいが、体を折り重ねて全く動かない二体は、交戦中のメシアとナダのすぐ近くにいる。迂闊に近付いてはメシアの邪魔になりかねない。
 この状況で、どうメシアを加勢し、セタとルコスを助けるか、ソフィスタが必死に考えていると、突然、後ろにいたトゥバンが吠えた。
「ああぁぁぁぁぁ――――!!!!」
 トゥバンは青白い光を全身に纏い、座席を飛び越えてナダに向かって突進した。ソフィスタは、とっさに床に伏せてトゥバンを大きく避ける。
 メシアもトゥバンに気付くと、横に跳んでナダから離れ、ナダはトゥバンが伸ばした両手に肩を掴まれる。
「わあああぁぁぁ!!!」
 トゥバンは泣き叫び、ナダに稲妻を放ち続ける。ナダは身を硬くして動かないが、身に着けているスーツは焦げも破れもしない。
「ソフィスタ!!」
 メシアは、跳んだ先にいたセタとルコスを左手で拾い上げ、ソフィスタに駆け寄った。メシアの手から力無く垂れ下がる二体を、ソフィスタはすぐに受け取って状態を確かめる。
 二体とも、魔法力を大幅に削られており、今にも体を維持できなくなりそうな状態だった。ソフィスタは、すぐに二体に魔法力を送る。
「大丈夫なのか?」
「どうにかね。こっちの心配はするな」
 まだセタとルコスの体はぐったりしているが、メシアにはどうすることもできないので、二体のことはソフィスタに任せ、トゥバンのほうを見た。
 トゥバンは稲妻を放つのを止め、腕や足、翼や尻尾までめちゃくちゃに振り回してナダに叩きつけている。
 近くの座席が攻撃に巻き込まれて破壊され、破片の一部がこちらに飛んできたので、メシアは左腕で破片を払いのけ、「伏せておれ」と言ってソフィスタを座席の陰に屈ませる。
 ナダは防戦一方のようだが、トゥバンの攻撃を受け流す様子には余裕があると、メシアは感じた。さらに、メシアと戦っていた時よりも、こちらに近付いてきている。
 …怒りで我を失ったトゥバンの攻撃に、ナダは手こずってはいるようだが、あんな戦い方ではトゥバンが早くに疲れてしまうし、私と協力して戦える状態でもなさそうだ。
 メシアは素早く冷静に状況を見極め、どう動くべきかを考える。
 ソフィスタは、ひとまず体を維持できる程度に回復させたセタとルコスを床に下ろし、メシアの右腕を掴んだ。
「簡単にだけど止血しておくよ。それより、その紅玉の力でエルフを眠らせられないか?」
 取り出したハンカチでメシアの右腕の怪我を包みながら、ソフィスタは小声で話す。
「…確実なことは言えぬ。あのエルフには、謎の力が多い」
 ソフィスタの魔法が消されたことや、セタとルコスが弱ったことには、魔法に疎いメシアも妙に思っていた。
 そして、攻撃を加えても思ったよりダメージを与えられないのは、あのスーツによるものだと戦士の勘が告げている。
 紅玉の光は消されないようなので、ソフィスタの魔法よりは有効かもしれないが、もう奴らを油断できない。奴らの力を侮って、また仲間の命を奪われるわけにはいかないのだ。
「トゥバンがあの状態では、かえって足手まといになる。トゥバンもエルフも眠らせてみるが、上手くいくとは限らぬ」
「分かった。それを考慮して策を講じるから、あのエルフを喰い止めてくれ」
 メシアは頷き、トゥバンたちに向けて紅玉を翳した。赤い光が放たれ、トゥバンとエルフを包み込む。
 二人は体をよろめかせ、トゥバンは意識を失ったが、ナダはすぐに体勢を整え、トゥバンの首をめがけて斧を振り下ろした。
 しかし、メシアが紅玉の光をムチに変えてトゥバンの胴に巻きつけ、斧の刃が届くより先にトゥバンの体を引いた。刃は、トゥバンの前髪を掠めただけに終わった。
「ソフィスタ!トゥバンと共に、もっと後ろへ下がるのだ!」
 メシアは、引き寄せたトゥバンの体を後ろへ突き飛ばし、光のムチを自分の左腕に巻きつけると、ナダに向かって駆け出した。
 トゥバンはソフィスタの横で床に体を打ちつけ、「うぐっ」と呻き声を上げた。
「いいかげん鬱陶しいんだよ!!さっさと死ね!!!」
 ナダが吐き捨てるように言い、メシアに斧を振り下ろす。メシアの左腕に巻かれた光は籠手となり、ナダの攻撃を弾いた。
「トゥバン!大丈夫か!」
 ソフィスタは、仰向けになっているトゥバンの顔を覗き込む。倒れた衝撃で意識を取り戻したようだが、何が起こったのか分からない表情で瞬きをしている。
 ソフィスタはセタとルコスを肩に乗せ、「とにかく下がるぞ」とトゥバンを引きずってメシアとナダから距離を取る。トゥバンの体は見た目より軽く、ソフィスタの力でも引きずることができたが、ソフィスタの魔法力を増幅させるために枝で描いた魔方陣が放置されている場所まで下がったところで、トゥバンが顔を上げ、メシアと戦うナダに気付いて「あいつ!」と怒りを思い出し、ソフィスタの手を払いのけた。
「落着け!お前が行っても足手まといになるだけだ!」
 ソフィスタは足元の枝に触れ、トゥバンの翼や足に絡むよう操った。トゥバンは、魔法で動く木の枝に、今になって初めて気付いて驚く。
 その隙に、ソフィスタはトゥバンと顔を向かい合わせ、真っ直ぐ目を見て話した。
「お前が散々あのエルフを殴ったのに、あいつほとんど疲れていないだろ!メシアは、一人で戦ったほうがまだ喰い止められるから、お前を下がらせたんだ。メシアの邪魔をするんじゃない!」
 ソフィスタに低い声で凄まれ、トゥバンは怯んだが、すぐに睨み返した。
「うるさい!アイツら、じーちゃんを殺しやがって!!ゼッタイに許さない!」
「てめェこそ黙れ!!話を聞け!!!」
 さらに顔を近付けて怒鳴られ、トゥバンは体を震わせる。再び彼が口を開く前に、ソフィスタがまくし立てた。
「あたしだって悔しいよ!!ラスタバンは、あたしたちにあんなに親切にしてくれたのに!!あいつらが憎くてたまらない!!!」
 ラスタバンの命が奪われた悲しみと、何もできなかった自分への怒り、エルフたちへの憎しみと、必死にナダを喰い止めているメシアへの不安と焦り、その全ての感情で、ソフィスタは今にも頭がおかしくなりそうだった。
 それでも、今はこの状況を打開するためにはどうすべきか考えなくてはならないと、何度も自分に言い聞かせ、懸命に理性を保っていた。
 血を吐くようなソフィスタの声から、彼女の苦しみが伝わったのか、トゥバンの表情から怒りの色が薄れる。すかさず、ソフィスタはトゥバンの耳元で囁いた。
「あのエルフを止めて、メシアを助けるぞ。お前の協力が必要だ。あたしの言う通りにしてくれ」
 トゥバンは不安げな顔をするも、ソフィスタの真剣な声と目、戦っているメシアの姿を見て、彼らを助けるべく覚悟を決めた。
「分かった。何をすればいいんだ?」
「操縦室へ行って、あたしが緊急停止ボタンを押したら、機関車を急停止させて派手に揺らせ。できるか?」
 クヌムから機関車を発進させ、エルフの攻撃を受けて停止した時、あれは自然に止まったのではなく、トゥバンが操縦して急停止させたのだと、あの時のラスタバンたちの会話や、機関車の揺れ方から、ソフィスタは察していた。あの揺れを、トゥバンに再現してほしいのだ。
 トゥバンが頷くと、ソフィスタは彼の体を枝から解放し、肩のセタとルコスを差し出した。
「こいつらも操縦室へ避難させてくれ。後でまた指示を出すから、よく聞いてろよ。さあ行け!」
 トゥバンは、すぐにセタとルコスを受け取って、操縦室へと走った。ソフィスタは枝を球の状態に戻し、手に持って緊急停止ボタンに近い座席へ移動する。
「何をコソコソしていやがる!!」
 ソフィスタとトゥバンの様子に気付いたナダの攻撃が勢いを増し、メシアは押され始める。
「メシア!できるだけそいつを押し戻せ!!もう少し頑張ってくれ!!」
 ソフィスタの声を聞き、メシアは「任せろぉォ―――!!!」と気合を入れて叫んだ。ばかでかい声にナダが怯むと、その隙を逃さずメシアは一気に押し返した。
 緊急停止ボタンの近くまで来ると、ソフィスタは身を屈め、枝の球を座席の下から転がした。ソフィスタの魔法力が込められている枝の球は、意志があるように障害物を避けて、メシアのもとへと転がってゆく。
 メシアが力を振り絞って、かなりナダを押し戻したが、このままでは機関車の切断された部分から落とされると、ナダも必死に抵抗して踏みとどまった。
「紅玉で奴を捕えろ!!!」
 ソフィスタが立ち上がり、緊急停止ボタンを塞ぐ透明な板を開いて叫んだ。そして赤いボタンを押すと、車内にけたたましい音が鳴り響き、幾つもの赤いランプが一斉に点灯した。
 ナダは音に気を取られるが、すぐに攻撃を再開しようとした。しかし、その一瞬の隙にメシアは身を低くしてナダの視界から消えていた。メシアを見失い、ナダは焦る。
 突然ナダの足が激しい揺れによって掬われ、突き飛ばされたように背中から床に倒れた。そこに赤い光が伸びて、ナダの肩から太股にかけて巻きつく。
 光は、木の枝に支えられて屈んでいるメシアの紅玉から伸びていた。
 緊急停止の合図の音を知っていたメシアは、驚きはしたものの、ナダより先に行動できた。とっさに身を屈めて揺れに備え、さらに木の枝に体を支えられたことで、これがソフィスタの作戦であることを察した。
 急停止による揺れでナダの体勢を崩し、そこをメシアの紅玉の光が捕える。ソフィスタが狙った通りにメシアは動いてくれた。
 揺れが収まると、ソフィスタは「トゥバン!!機関車を走らせろ!!」と操縦室に向かって叫び、メシアに駆け寄った。
「もっと光を伸ばして、あいつを拘束したまま外にブン投げろ!」
 そうメシアに指示し、ソフィスタはメシアを支える枝に触れる。メシアは言われた通り、紅玉の光を操って伸ばし、ナダの体を放り投げる。
 車体の切断された部分から外へ放り出されたナダは、レールに顔面から叩きつけられて「ぐぶっ」と呻く。
 どうにか立ち上がろうとナダがもがいている間に、ソフィスタは枝を操って伸ばし、紅玉の光を絡め取って持ち上げた。ナダの体も光に持ち上げられ、機関車の外で宙吊りにされる。まるで枝を釣り竿として光を釣り糸とした、釣り餌のような状態であった。
 機関車が走り出し、ナダの足元で、レールの枕木となる金属製の板が通りすぎてゆく。
「クッソがあぁ!!放しやがれぇ!!」
 ナダが腕と足に力を込めても、紅玉の光はびくともしない。右手には斧が握られたままだが、紅玉の光は斧ごとナダを拘束しており、動かすことができない。
 彼がもがいている間に、ソフィスタとメシア、そして操縦室から出てきたトゥバンが、ナダの前に立ち並ぶ。セタとルコスは、操縦室に残されたようだ。
 ナダの前と言っても、念のため距離を置き、猛獣のように唸って今にもナダに飛び掛かりそうなトゥバンは、ソフィスタとメシアに腕と肩を掴まれている。
「お前、ナダって名前だよな。妙な真似するんじゃねーぞ。こっちは、いつでもお前を地面に叩き落とせるんだ」
 怒気を帯びた低い声で、ソフィスタはナダに忠告する。彼を拘束したのは、聞きたいことが山ほどあるからだが、何も聞き出せなくても、怪しい素振りを見せたら本当に突き落とすつもりだった。
 ナダは、じっとソフィスタの顔を見る。エルフから見れば、十代の少女など赤ん坊に等しい。しかし、脅威的な戦闘能力と未知の武器を駆使する男エルフが、その十代の少女の策略によって拘束されたのだ。
 もはや彼女を馬鹿にはできない。叩き落とすという言葉を、ただの脅しだけで言い放つ女じゃない。そう悟って、ナダは下手に動くのはまずいと抵抗を諦めたが、敗北を認めたわけでもなかった。
「さあ、質問タイムだ。まずは、どうしてメシアを狙っているのか、教えてもらおうか」
 ソフィスタに問われても、ナダは答えない。メットで頭全体が隠されて表情が読めないため、何も喋らず身動きも無い様子は不気味だったが、ソフィスタは怯まずに質問を続ける。
「お前たちエルフは、クヌムのことを知っているようだな。そしてクヌムの存在を人に知られることを阻止し、抹消しようとしていた。そうだな?」
 やはりナダは何も答えない。トゥバンが苛立って髪を逆立てたが、メシアが「落着け、ソフィスタに任せるのだ」と宥めた。尋問は頭脳派のソフィスタに任せ、自分はナダの動きに注意を払い、危険を察したらすぐに光を消すのだと、役割を理解していた。
「…ネスタジェセルのことも、クヌムのことも、アメミットのことも…そして古代文字のこともエルフは知っていて、それらが人間の世界に知れ渡らないよう隠している。だから、それらの存在を知ったあたしのことまで抹消しようとしていたんだろ。あたしが、エルフが隠そうとしていることを暴いたり、それを他の人に伝えないためにもね」
 それを聞いて、メシアが辛そうにソフィスタを見たが、一瞬のことで誰も気づかなかった。
「エルフは、いったい何を世界から隠し、消そうとしているんだ?種族ぐるみで徹底して隠すほどの秘密が、この世界にはあるってのか?」
 ソフィスタの話を聞いているうちに、トゥバンもエルフを奇妙に思い始め、唸るのをやめてナダを見ている。
 しばらく、ソフィスタとナダは睨み合っていたが、ナダがため息をついて項垂れ、肩を震わせて笑い出した。
「クッ…クックックックッ…アッハハハハハハ!!こりゃもう観念するしかねーやな!!あーもー清々しいくらいだぜ!!」
 大笑いするナダに、再び頭に血が上ったトゥバンが「なに笑ってんだ!!」と怒鳴る。
「…ソフィスタって名前、アーネス魔法アカデミーの天才少女と同じだな。本人か?…どっちにしろ、あんたヤバいよ。いろいろ知りすぎだ。俺たちからしちゃ、完全にアウトだ。…だってのに、さらに知ろうとしている上に、頭もいいから、どんどん秘密に気付いて暴いていく。例え嘘で凌ごうとしても、その嘘から何を暴いていくか分かりゃしねえ。…こうなったら、もう黙るより他ねえよなぁ…ククク…」
 ナダの様子は、抵抗を諦め自棄になっているようにも見えるが、不気味で危険な雰囲気も感じ取れる。
 メットで表情が見えないからだけではない。この身動きが取れない状態でも、何か恐ろしいことをするのではないか。そんな気がして、ソフィスタはすぐにでもナダを落とすべきかと考える。
「お前たちを生かしてはおけねえ。だが、俺はマジで動けねえ。生け捕りはゴメンだし、この装備を奪われるわけにもいかねえ。…となりゃ、やることは一つだ」
 ナダのメットが、パシュッと空気を吹き出すような音を立てて縦に割れ、ゴーグルと共に外れて地面に落ちた。
 ソフィスタたちを睨み、口の端を不気味に吊り上げている中年男の顔が現れる。その表情や顔立ちを確かめる間も無く、顔一面に血管に似た赤い筋が走り、魔方陣にあるような記号を描いてゆく。
 それに気付いたソフィスタが、悲鳴のように叫んだ。
「メシア!今すぐ奴を外へ投げ捨てろ!!!」
 叫びながら、ソフィスタはナダを吊るす光を支えていた枝を引っ込めた。紅玉の光は、メシアが意識するより早く消える。
 ナダの体はレールに叩きつけられて激しくバウンドし、メットを外した頭部が、あらぬ方向に曲がった。どう見ても即死だが、その体から発せられる魔法力は、強まる一方であった。
「奥へ逃げろ!!走れ!!」
 メシアとトゥバンに指示を出し、ソフィスタはその場で枝を操って魔方陣を描いた。出来得る限り強力で大きい魔法障壁を張るためのものだが、魔法が発動するより先に、既に遠ざかっていたナダの体が、凄まじい光と爆音を放った。
 思わずソフィスタは目を閉じるが、魔法の発動には成功し、トンネルの上下左右スレスレまで広がる魔法障壁が生じる。直後、トンネル全体が大きく揺れ、壁や天井を崩しながら迫ってきた爆風が、魔法障壁を襲った。
 魔法障壁は揺れまでは防げず、機関車が跳ね上がってソフィスタの体も弾んで転びそうになったが、すぐ後ろにいたメシアに支えられた。トゥバンはメシアの近くで床に伏せている。
 爆風と大量の瓦礫を叩きつけられた魔法障壁は、ほぼ一瞬で打ち消された。一気に車内になだれ込んできた爆風に、ソフィスタの帽子と眼鏡が外れて後ろへ飛ばされ、それを追うようにトゥバンが悲鳴を上げて床を転がってゆく。
 メシアはソフィスタに覆いかぶさって爆風に耐える。熱はそれほどでもないが、爆風に乗って襲い掛かってくる瓦礫は、ぶつかれば肉を削がれる勢いだった。メシアは紅玉の光を盾にして身を守り、トゥバンも操縦室近くの座席の陰に隠れて瓦礫を凌いでいる。
 爆風は、すぐに収まったが、その僅かな時間でトンネルの一部は崩され、機関車のあちこちが瓦礫でへこんだ。
 メシアは周囲を見回し、状況を確認する。スピードを緩めずに走り続けていた機関車は、トンネルの崩壊が及ぶ範囲を既に脱していた。
 もう安全だろうと判断して、メシアは光の盾を消して体を起こす。
「トゥバン!怪我は無いか!ソフィスタも大丈夫か!」
 メシアが声を上げると、トゥバンが座席の陰から這い出して「うん、へーき」と答えた。
 メシアの下で仰向けになっているソフィスタも「大丈夫」と答えるが、顔色が悪く呼吸も荒い。
「大丈夫そうには見えないが…まさか背中の傷が開いたのか!?」
「そうじゃなくて…怪我は無い…けど…魔法力を…使いきって動けない…」
 メシアが庇ったおかげでソフィスタに怪我は無いが、全身に力が入らず、メシアの顔が近くにあっても、照れる余裕すら心に無かった。
「…あいつ…自爆魔法を使いやがった…」
 小刻みに震えるソフィスタの唇から、そんな声が漏れた。
「自爆魔法?」
 怯えた表情のソフィスタに、メシアは問いかける。
「自らの命と引き換えに、周囲を破壊する魔法だ…。あ・あんなの、普通は使うわけ…使えないはずなのに…あいつ、頭が…いかれてる…」
 ソフィスタの声は徐々に小さくなってゆき、やがて荒い呼吸の音しか出せなくなった。
 メシアは、「命と引き換えに」という言葉にひどく衝撃を受けたが、ひとまずエルフの脅威は去ったようなので、ソフィスタを抱き上げ、壊れていない座席へと運んだ。


  (続く)


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