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ありのままのメシア 第二話


   ・第三章 メシア、初めての合コン

 午前中、メシアはアズバンから、人間の男性が守るべきマナーについて教わった。街に出て実習したりもした。まあ、さほど難しそうなことではなかったが。
 そしてそれを、ソフィスタはこっそりと見ていた。二人の声はよく聞き取れなかったが、特に怪しいと思える行動は取っていなかった。
 …この様子なら、大丈夫かな…。
 まだ不安はあるが、時刻も昼で、お腹も空いているし、学校へ行ってセタとルコスの様子も見たい。そう思ったソフィスタは、二人の尾行を止め、一旦家に戻ることにした。

 そして夕方。メシアはアズバンに連れられ、街を歩いていた。これから合コンとかいう会が開かれる場所へ行くらしい。
 メシアは、午前中にアズバンから貰った服の上に、同じくアズバンから貰った上着を羽織って、靴も履いている。しかし、やはり緑色の肌や、服の上からでも分かる筋肉質な体が、すれ違う人々の視線を集める。
「ふっふんふ〜ん♪さーてメシアくん、そろそろ着くからね」
 アズバンは、やけに機嫌がよさそうだ。
「…嬉しそうだな、アズバン…」
 どうもおかしいアズバンの様子が気になり、メシアは彼に声をかけた。
「まあね。だってこれから始まる会では、女性とたくさんお話ができるし、美味しいものをいろいろと食べられるんだよ。…あ、でも、男性参加者が私とメシアくんだけだから…私がお金を払うのか…メシアくん、悪いけどあまり食べ過ぎないようにしてくれよ」
 お金の意味は知っているメシアは、少し残念そうに「分かった」と頷く。

 そんなこんなで、二人は、とある飲食店に着いた。
 出入り口のドアを開いた時、吊るされているベルが鳴り、中にいる客数名が、こちらを見た。そして、メシアの姿に驚く。
 すぐに店主が駆け寄ってきたが、どうやらアズバンとは親しい仲らしく、少し話をしただけで、すんなりと店の中に入れてくれた。
「しかし…人間は皆、私を見て驚いたり、魔法生物と勘違いをしたりしているが、私の姿は…種族は、そんなに珍しいものなのか?」
 客の視線を気にしながら、メシアはアズバンに尋ねた。
「そうだね。君のような種族は、人間が発見した限りの生物、その亜種まで載っている本でも見たことがないな。ソフィスタくんが君と一緒にいるのも分かるよ」
「ソフィスタが…?どういうことだ?」
「ま、それだけ君が魅力的ってことさ」
 アズバンの答えの意味が分からないメシアは、もう一度、彼に尋ねようとしたが、先にアズバンに口を開かれてしまった。
「あ、ホラ、あの子たちだよ。あの三人の女性が、合コンの参加者さ」
 アズバンは、店の奥にあるソファーで、テーブルに向かって座っている女性三人を指しながら言った。そして、メシアを置いて三人に駆け寄る。
「やあ、みんな揃っているね。待たせてごめんよ」
 アズバンの声が聞こえた彼女たちは、揃ってそちらへ顔を向ける。
「やっと来たー!遅いよアズバンくん!」
「男が遅れてきてどうするのよー!」
「フツー逆でしょーが!」
 彼女たちは、口々に文句を言う。
「まあまあ、君たち三人を一緒に驚かせたくてね、あえて遅れて来たんだよ」
 少し申し訳なさそうに笑いながら、アズバンは、彼女たちと同じテーブルを囲む、向かい側のソファーに座った。
「あえて十分も遅刻したっての?何よソレー」
「え〜でもロザリーだって八分くらいは遅刻して来たじゃない」
「あれ?あとの男二人は?」
「それがねえ…急用で来れなくなったんだ」
 アズバンの言葉に、彼女たちの騒がしさが増した。
「ウッソ!ドタキャン!?驚かせるって、それのこと?」
「違うよ。それよりもっと驚いて、喜びそうなことさ」
 アズバンが、そう言った時、置いてけぼりにされていたメシアが、彼の側までやって来た。
「えっと…乙女心を教えてくれるのか?この者たちがか?」
 アズバンの隣に立ったメシアに、彼女たちの視線が集まる。その目は、やはり驚きの色を表していた。
「あ、ちょっと、もう少しタイミングを考えて登場してくれよ」
「は?何を考えろと?」
 彼ら二人が言い合っている間、三人の女性は、メシアをじっと見たまま、固まっていた。
 そして、約五秒後…。
「っきゃ―――――!!!うわ、何!?このトカゲ!?」
「や〜ん!緑色〜!!」
「ちょっと、ヤダ、手ェ触らせてよ!!」
 三人の女性は、一斉に立ち上がり、今まで以上に騒ぎ始めた。内、一人が身を乗り出し、メシアの腕を掴んだ。
「な、何をする!!」
 彼女たちのテンションの上がりように驚いていたメシアは、腕を掴んできた女性の手を、乱暴に振り払った。
「きゃー触っちゃったー!!」
「あーズルいじゃない!あたしも触ってみたいー!!」
「トカゲくんトカゲくん!私にも触らせてよ!!」
 それでも、彼女たちのテンションは全く衰えなかった。メシアは、思わず後ずさる。
「まあまあ、落ち着いて!時間はたっぷりあるんだから。ホラ、彼も困っているだろう。大人しく座ってくれなきゃ、私だって困るよ」
 その様子を見かねたアズバンが、彼女たちをなだめ、ソファーに座らせた。
「さ、我々も座ろう」
 そして、メシアにも隣に座るよう指示した。メシアはそれに従い、腰を下ろす。
「じゃ、紹介するよ。彼の名前はメシア。ご覧の通り、異種族さ。ホラ、メシアくん。彼女たちにあいさつして」
「う、うむ…」
 まだ雰囲気に馴染めていないメシアは、アズバンにそう言われると、彼女たちに向かって「よろしく」と一言だけあいさつをした。
 無愛想な態度だが、彼女たちは大喜びだ。
「うそっよろしくって言ったー!!」
「こちらこそよろしく!メシアくーん!!」
「ちょっとちょっとちょっと!もしかして緊張してない?カワイー!!」
 緊張と言うより、彼女たちのテンションの高さに戸惑っているのだが、それはアズバンしか気づいていないようだ。
「ハハハ…君たちが、あんまり騒ぐものだから、びっくりしているんだよ。そうだろう、メシアくん」
 アズバンに、そう声をかけられたメシアは、素直に「うむ」と頷く。
「あ、そうなんだー。でもカワイーね君ー」
 そんなメシアを気遣い、彼女たちは、やや静かになった。
「ごめんねー騒がしくて。でも君みたいな珍しい種族を見ると、お姉さんたち興奮しちゃうのよ〜」
「興奮?やはり私の姿は怖いのか?」
 一人の女性の言葉を聞き、メシアはそう尋ねたが、彼女たちは再び盛り上がり、答えを返してくれなかった。
 代わりにアズバンが、メシアの肩に手を乗せ、答えた。
「いやいや、騒がしい子たちでごめんよ。それだけ彼女たちは、君に興味深々だってことさ」
 アズバンは、意味有り気に言った。メシアはアズバンを見る。
 自分が人間たちにとって、珍しい種族だからだろうか…そうメシアは思ったが、どうやらそれだけではなかったようだ。
 アズバンは、さらに言った。
「ああ見えても、彼女たちは優秀な生物学者なんだよ。それも、かなりマッドな性格のね」


 *

 空には星が出ていた。少し前までは微妙に赤かった東の空も、すっかり暗くなってしまっている。
 家に戻り、やるべきことを終えたソフィスタは、ソファーに腰をかけて本を読んでいたのだが、何気なく窓へと視線を投げ、その様子を見た。
 …もうこんな時間か。…遅いな、メシアのヤツ…。
 アズバンは、人間と生活する上での守るべき常識をメシアに教えるので、帰りは遅くなるとソフィスタに告げた。
 少なくとも、日が変わるまで帰ってこないことはないと思うが、やはり心配だ。
 何せ、あのメシアだ。アズバンがついているとは言え、メシアの常識外れっぷりとバカ正直っぷりを考えると、無事に帰ってこられる可能性は低い。
 しかし、メシアが騒ぎを起こせば、ソフィスタに連絡が来ていたはずだ。
 …今の所、何の連絡も来ていないってことは、何の騒ぎも起こしていないってことだとは思うけど…。
 ソフィスタは、視線を窓から本棚へと移した。
 昨日、体の一部を溶かされたセタとルコスが、元の姿で棚の上に乗っている。
 昼頃、二匹の様子を見に学校へ行った時には、既に完治しており、念のため行った検査でも、何の異常も見られなかったので、家に連れて帰ったのだ。
「セタ、ルコス」
 ソフィスタが二匹の名前を呼び、こっちへ来るよう身振りで指示した。二匹は棚の上からボテッと体を落とし、床を這ってソフィスタの足元まで来た。
 ソフィスタは立ち上がり、本を近くのテーブルに置くと、ポールハンガーにかけてあるマントと帽子を取り、身につけた。
 …ちょっくら先生の家まで行って、メシアの様子を見てくるか。外出していなきゃいいんだけど…。
 そして、セタを右肩、ルコスを左肩に乗せて家を出ると、直したばかりの玄関のドアの鍵をかけた。


 *

 女性三人は、一人ずつメシアに自己紹介をした。
 メシアから向かって右に座っているのがロザリー、真ん中がティア、左がルーシェという名前だそうだ。三人共、アーネス在中の生物学者で、たまに魔法アカデミーで講演会に招かれるほど優秀な学者と、アズバンが付け足すように説明したが、メシアには講演会というものが何なのか分からなかった。
 とりあえず、人間の中でも優れた部類に属し、生物に関する学がある者とだけ、メシアは頭に入れておくことにした。
 彼女たち三人は、自己紹介を終えるとメシアに質問攻めを始めた。
「君いくつ!?」
「どこから来たの!?」
「寒いのと暑いの、どっちが苦手!?明るいのと暗いの、どっちが好き!?」
「体温はどれくらいあるの?体温計渡すから計ってみてよ!!」
 などなど、メシアには質問の意図が分からないマッドなものがほとんどで、妙な道具らしき物を渡されたりもした。
 あげくには、「トイレに行く時は教えてね!コレ渡すから!!」と言って検便セットまで出す始末だ。流石にそれはアズバンが止めたが、合コンにまでそんな物を持ち込んで来るのかと思うと、神経を疑いたくなる。

「お前たち、もう十分だろう!私にも話をさせろ!」
 いいかげん質問に答えるのが疲れてきたメシアは、ソファーに座ったまま、少し強めにそう言った。ロザリーら三人は、そろって口を噤む。
「私は、アズバンがお前たちから人間の乙女心を知ることができると言ったので、ソフィスタの監視を中断してまでここへ来たのだ!せめてその目的を果たさせてくれ!」
 メシアの言葉に、彼女たちは目をぱちくりさせた。
「乙女心って…君、そういうものが知りたいの?何で?」
「ちょっとアズバンくん、彼に合コンのことを何て説明したの?」
「ねえメシアくん、ソフィスタって、あの魔法アカデミーの天才少女のこと?彼女を監視するって何?どうして乙女心を知りたいの?」
 メシアは、また質問かと思ったが、彼女たちから乙女心に関する知識を得るためにも、正直に答えることにした。
「うむ、私はソフィスタが再び罪を犯さぬよう、監視をするために一緒に暮らしておるのだ。そして、奴に己の罪を悔い改めさせるためにも、人間の男を愛させ、子供を産んでもらわければならんのだ」
 その言葉に、アズバンは声を押し殺して笑い、女性三人は甲高い声で騒ぎ始めた。
「っきゃ――――――っ!!何それ大胆!」
「ヤッダもーメシアくんったらー!!」
「マジ?あのソフィスタって子に?ウッソーいやーん!!」
 メシアには、何故アズバンは肩を震わせ、ロザリーたちは頬を赤らめて騒いでいるのかが分からず、不思議そうに四人を交互に見る。
「お・おい、なぜそんなに騒ぐのだ!アズバンも何を震えておる!」
「いや、ゴメンよ。君の発想があんまり素晴らしいものでね、感動していたんだよ」
 アズバンは笑いを堪えながら、メシアの背中を軽く叩いた。そして、女性三人に、こう言った。
「実はねえ、私は彼に乙女心を教えるために、ここへ来たんだ。ホラ、ソフィスタくんに子供を産ませるにも、彼女の気持ちを理解してあげなきゃいけないだろう。だから、同じ女性である君たちにアドバイスをして貰いたいんだ。そうだろう、メシアくん」
 アズバンは、笑顔でメシアに同意を求めた。やけに爽やかな笑顔で、かえって怪しいものがあるが、メシアは気づかない。
「うむ。その通りだ」
 メシアは素直に頷く。
「いや〜ん!メシアくんったらマジなのね〜!」
「そういう話なら、お姉さんたちに任せなさい!」
「もー教えちゃう!手取り足取り教えちゃうわ!」
 女性三人は、やる気満々の表情で言った。どうやら協力してくれそうだと思ったメシアは、ほっと一息つく。
 しかし…。
「その代わり、血液採取させて!!」
 そう言って、ロザリーが懐から注射器を取り出した。
「あ、ずるーい!あたにしも血液ちょうだい!!」
 ロザリーに続き、ティアまで注射器を手にする。メシアにとって、注射器は初めて見るものなので、何に使う道具かは分からなかったが、尖った針と「血液ちょうだい」という言葉から、何となく身の危険を感じる。
「じゃあ、あたしは髪の毛欲しいなー♪」
 今度はルーシェが、懐からメスを取り出した。変わった形をしているが、明らかに刃物だ。今度こそはっきりとメシアは身の危険を感じる。
「なっ…貴様ら、何をするつもりだ!!」
 思わず立ち上がったメシアの怒鳴り声に、他の客や店員たちは驚かされ、ほぼ一斉にメシアへと顔を向けた。
 それに気づいたアズバンは、慌ててメシアをなだめた。
「メシアくん、他のお客さんに迷惑だから、もう少し声を抑えてくれ!君たちも、いきなりそんな物騒な物を出さないでくれよ!彼はそういうものに面識がないんだから!」
 同時に、女性三人を叱る。彼女たちは、慌てて注射器やメスを引っ込めた。
「ゴメンゴメン、冗談だって」
「ゴメンね〜びっくりさせちゃったみたいで。もうふざけないから、そんなに怒らないで」
「アズバンくんも落ち着いてよ。ホラ、二人とも飲み物でも飲んだら?」
 三人はごまかすように笑いながら、メシアとアズバンに飲み物を勧めた。
 アズバンは、ため息を一つついて、ソファーに座り直した。落ち着いたメシアも腰を下ろす。
「まったく…君たちが言うと冗談に聞こえないから、やめておくれ」
 そう言って、アズバンは目の前に置いてあったグラスに手を添えた。中には赤い色のカクテルが入っている。
「メシアくんも、そのジュースを飲んだらどうだい?果物を絞って作った飲み物だから、心配はいらないよ」
 アズバンは、メシアの前に置いてあるグラスを指しながら言った。そのグラスの中には、やや白く濁った液体が入っている。アルコールの入っていない、ただのジュースだ。
「む…そうか」
 メシアは興味深そうにジュースを眺めていたが、隣で座るアズバンが、カクテルを一口飲んだのを見ると、メシアも「では頂こう」と言って、グラスに手を伸ばした。
 しかし、その手がグラスに触れたかと思うと、いきなりアズバンが腕を掴んできたので、メシアは驚き、彼を見る。
 アズバンは、もう一方の手で少し量の減ったグラスを持ち、何故か下を向いている。
「アズバン?どうかしたのか」
 メシアはグラスから手を離した。すると、メシアの腕を掴んでいたアズバンの手も、ゆっくりと離される。
「…君たち、いつの間に薬を入れたんだい?」
 静かな口調で、アズバンは女性三人に言った。メシアは「薬?」と首をひねり、女性三人は「あ、バレた?」と苦笑する。
「この様子だと、メシアくんのジュースにも入っているね。…メシアくん、そのジュースを飲んではいけないよ」
「何?どういうことだ」
 メシアはアズバンに問うが、その答えをアズバンの口から聞き出すことはできなかった。
「グッド・ラック!!」
 突如、アズバンはメシアに顔を向けて二カッと笑い、親指を立てた。そして、その笑顔のままグラッと体が傾き、テーブルに突っ伏した。
「アズバン?アズバン!!」
 メシアはアズバンの肩を掴み、彼の体を揺すった。しかしアズバンは、ただカクカクと体を揺らされるだけで、何の反応も示さない。
「大丈夫よ。一時間もすれば目を覚ますから」
 クスクスと笑いながら、そう言ったルーシェに気づき、メシアは彼女を見た。ロザリーとティアも、何やら怪しげな笑みを浮かべている。
「…貴様、アズバンに何をした!薬を入れたとは、一体どういうことだ!!」
「きゃーこわーい♪」
「や〜ん、怒っちゃやーよぅ〜」
 メシアに怒鳴りつけられた三人は、怖いと言っているわりには、態度からその様子は全く見られない。むしろ喜んでいる。
「そんなに怒らなくてもいいじゃない。アズバンくんには、ちょっとジャマだから睡眠薬で眠ってもらっただけよ。知ってる?睡眠薬って」
 メシアは薬の意味は知っているが、傷に塗る薬や、具合が悪い時に飲む治療薬といったものしか知らず、睡眠薬など、体に特殊な効果をもたらす薬の存在は知らなかった。
「飲みすぎると体に悪い薬だけど、少しくらいなら気持ちよ〜く眠れる薬よ。だからさ、メシアくんも飲んでみたら?」
 そう言って、ティアがメシアの前にあるジュースを勧めてきた。ロザリーとルーシェも、「そうそう、飲んでみなよ」と笑顔で勧める。
 しかし、どうも怪しい笑顔だ。それに、アズバンはジャマだから眠らせたという言葉の意味も気になる。
 …一体、アズバンは何の邪魔になると言うのだ。それに、私まで眠らせてどうする気だ…。
 そう思ったメシアは、ゆっくりとソファーから立ち上がり、彼女たちを警戒しているかのように、僅かに体を退かせた。
「…飲まない…と言ったら?」
 すると、女性三人も、ゆっくりと立ち上がった。
「その時は…別の手で眠らせてあげる!!」
 三人が一斉に注射器を取り出した。先程、血液を採取すると言って取り出した注射器とは、微妙に違うものだった。
「大丈夫!痛いのは一瞬だけで、あとは気持ちいいから!!」
 三人はテーブルから身を乗り出し、メシアをめがけて注射器を振り下ろしてきた。
「やめんかぁ!!!」
 メシアは両手でテーブルを掴み、勢いよくひっくり返した。女性三人は、食器と共に床に雪崩れ落ち、テーブルに突っ伏していたアズバンも、うつ伏せになって倒れる。しかし目は覚まさない。
 その時、近くの客席から、こんな悲鳴が上がった。
「ばっ化け物ォ!!」
 メシアは、はっとして悲鳴が聞こえた方へと顔を向けた。
 悲鳴の主が誰かは分からなかったが、それよりほとんどの客がメシアを注目し、その視線の中には敵意が込められているものもあることに気付き、メシアは思わず「しまった!」と声を上げた。
 先程の悲鳴の通り、人間にとって、メシアの姿は化け物。少しでも…例え自分に非はなくとも、人間に危害を加えるような行動を取れば、それだけで危険な存在とされてしまう。
 そうなると、人間が取る行動は…。
「やめろ!何やってんだ!!」
 一人の男性客が席を立ち、メシアに飛び掛らんと向かってきた。それを見た他の客も、次々と立ち上がり、男の後に続く。
 メシアは自分が孤立し、悪者に仕立て上げられてしまったことを悟ると、どうにかこの場から逃げ出せまいかと、周囲を素早く見回した。
 メシアが立っている場所は、店の奥で、しかも角。窓もドアもなく、逃げ道はない。
「やってくれたわね!!」
「いいわ!抵抗されるほど研究意欲は掻き立てられるものなのよ!!」
 おまけに、体勢を整えたロザリーたちまで、メシアに襲い掛からんとする。
「くっ…待て!私の話も聞いてくれ!私は人間に危害を加えたいわけでは…」
 メシアは、向かってくる人間たちを説得しようとするが、誰も聞く耳を持たない。
「それっ!取り押さえろ!」
 人間たちは、束になってメシアに掴みかかってきた。その波に押され、メシアは背中から床に倒れる。
「うわっ、こら、落ちつかぬか!!」
 メシアは叫ぶが、人間たちは次々と彼の体を押さえつける。中には、強く踏みつけてくる者もいる。
「チャーンス!じっとしていなさいよメシアくん!!」
 その隙に、ティアがメシアの肩を掴み、注射器を持つ手を振り上げた。
「…き・さ・ま・ら…いいかげんにせんか――――――――!!!!!!」
 ついにメシアは、持ち前の怪力を発動させた。ティアの手を振り払い、のしかかっている人間たちを、体を起こす勢いで弾き飛ばす。
「集団心理に流され、ろくに状況も把握せずに暴力を振るってくるのが人間か!?恥を知れ!!!」
 立ち上がりながら、メシアは人々を一括した。メシアを取り囲んでいる人間の内、数人は、その声に怯えて後ずさった。
 しかし、メシアに弾き飛ばされた人間たちは、起き上がると、怒りに満ちた形相でメシアを睨みつけた。
「やりやがったな!この化け物め!!」
 そして、再び飛び掛らんとする。
 …完全に頭に血が上っておるようだな。これでは話し合いもままならん…。
 一発ずつ殴って目を覚まさせてやろうかと思ったが、おそらくただの暴力と見られ、余計に彼らの怒りを刺激してしまうだろう。それに、あまり人間に手を出しすぎると、仲間意識の強い人間のこと、街中の人間から敵意を買ってしまう恐れがある。そうなると、ソフィスタを監視し続けることができなくなるかもしれない。
 この、一方的に自分を悪者扱いする人間たちには腹が立つが、神より承りし使命を第一に優先しなければいけない。
 …仕方ない。ここは退こう。
 メシアは襲い掛かってきた人間をかわすと、店の出入り口に向かって走り出した。
 行く手を阻んでいた人間は、いきなり突っ込んできたメシアに怯え、思わず道を開けてしまう。
「こらっ!待ちなさーい!!」
 店から出て行こうとするメシアを、ロザリー、ティア、ルーシェの三人が真っ先に追って走り出した。その際、倒れているアズバンを踏んづけていったが、彼女たちは全く気にせず、アズバンも眠ったままだ。
 …何て女どもだ。人間の女性というものは、みんなああなのか?
 それを見たメシアは、そんなことを考え、同時にアズバンを心配したが、彼女たちの他にも多くの人間がメシアを追いかけてくるので、仕方なく、メシアは立ち止まることなく走り続け、店の外へと逃げ出した。

 PM.7:40。メシア、合コン中退。


  (続く)


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