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ありのままのメシア 第二話


   ・第四章 メシア、大いに怒る

 夜の街は静かで、街灯や、家の窓からこぼれる明かりは、どこか暖かい。
 大通りでも道行く人の影は少なく、たまに通る馬車の音は、昼間よりうるさく感じられる。
 …あのトカゲ、一体どこに連れて行かれたんだ?
 そんな夜道を、ソフィスタは肩にセタとルコスを乗せ、歩き続ける。
 先程、アズバン宅に寄ったのだが、どうやら留守のようで、ドアには鍵がかかっており、ノックをしても返事はなかった。
 おそらく、メシアと一緒に出かけたきり、まだ帰っていないのだろう。しかし、どこへ出かけたかは見当がつかない。
 仕方なく、ソフィスタは家に帰ることにしたのだった。
 …もしかしたら、入れ違いになって家の前で待っているかもしれないしな。
 そんなことを考えながら、ソフィスタは黙々と歩く。
「こらあっ!!どこへ行った化け物!!」
 突然、怒鳴り声と共に、何人かがバタバタと走る音が聞こえた。
 …化け物?
 声と足音は後ろの方から聞こえたので、ソフィスタはそちらを振り向く。
 少し離れた所にある十字路の、ソフィスタから見て右側の道から、十人前後の人間が姿を現した。全員、男のようだ。
 何やら怒っている様子で、夜であるにも関わらず大声でわめき散らしながら、そのまま真っ直ぐ走り去り、建物の影へと姿を消した。
 怒鳴り声と足音は、まだ聞こえる。
 …化け物っつってたけど…まさか、メシアのことか?
 ソフィスタは、去っていった人々を追って走り出したが、十字路に差し掛かった時点で追うのを止め、立ち止まった。
 彼らが探している化け物がメシアのことであっても、「どこへ行った」という言葉から、メシアの居場所を知らず、当てもなく走っているということが分かる。彼らを追った所で、メシアが見つかるとは限らない。
 いや、むしろ見つかる可能性は低い。あんなに大勢でわめき散らしながら探していては、メシアも隠れるに違いあるまい。
 大方、メシアと出会った時のように、何か揉め事を起こして追い回されているのだろう。
 …あのトカゲは…今度は何やらかしたんだ?アズバン先生も、ちゃんとメシアの面倒を見ていなかったのかよ!!
 ここは、単独でメシアを探した方がよさそうだ。できれば、他の人間に見つかる前に彼を探し出したい。
 そう考えたソフィスタは、肩に貼り付いているセタとルコスに言った。
「手分けしてメシアを探すぞ!見つけたら他の連中に見つからないよう、家に連れて帰れ!一時間以内に見つからなかったら、自分だけでも家に戻るんだ!いいな!!」
 そして、探しに行くよう身振りで指示すると、セタとルコスは肩から地面へと跳ね、這いつくばってソフィスタから離れていった。わりと速い。
 その様子を確認すると、ソフィスタも走り出し、メシアの姿を求めた。


 *

 …どうやら、上手く撒けたようだ。
 追いかけてきた人間たちの声や足音が聞こえなくなったことを確認すると、メシアはふうっと一息つき、ざっと周囲を見回した。
 そこは、街路樹が並ぶ大きな通りで、人の気配はなく、虫の鳴く声が微かに聞こえる。
 メシアは近くの木に背をもたれた。体力的にも精神的にもまだまだ余裕のあるメシアだが、今は少し休みたかった。
 …まったく!見かけだけで私を化け物呼ばわりしおって!気持ちは分かるが、もっと冷静になって物事を見極めようとする気は起こらんのか!
 神の命で村を出て、初めて人間の姿を見た時、正直な話、気味が悪いとメシアは思った。
 自分たちとは違う、肌の色。小さく丸まった耳。割れていない舌。
 服装や食事にも、これはおかしいのではないかと思う点が、数多くあった。
 しかし、自分の種族の常識を、他の種族に押し付けてはいけない。自分たちが自分たちの文化を大切にし、守っているように、人間も人間の文化に誇りを持ち、大切にしているのだ。
 その人間の文化というものが、メシアの種族にとって有害でなければ、あまり気にしないでやるべきだ。
 姿形にしてもそうだ。舌が割れていないからと言って、無理矢理舌を裂いたりできるわけがない。
 自分とは違う種族の者を気味悪がることは、仕方がない。怖がったり必要以上に警戒するのも仕方がない。むしろ、それは正しいことだ。
 未知の生命体…自分にとって有害か否かも分からない生物を恐れることは、自己防衛本能が働いている証。己の命を大切にしている証拠なのだ。
 店の中にいた人間たちは、メシアにとって皆見ず知らずの者だった。おそらく、彼らもメシアのような種族は初めて見たに違いない。だから、気味が悪そうな目で見られても、メシアは気にしなかった。
 しかし、あの女性三人が先に手を出してきて、自分は己の身を護っただけだというのに、一方的に悪と決めつけられると、さすがに気分が悪くなるし、そんな人間たちに怒りを覚える。
 …まったく。人間には野蛮で自分勝手な者が多いのだろうか。
 アーネスまでの旅の途中でも、メシアは今日のように化け物呼ばわりされ、追いかけ回されたことがあった。その時も、ほんのささいなミスから大きな誤解を招いてしまい、一方的に悪と決めつけられたのだった。
 そんな経験もあって、極力人間とは接しないようになり、アーネスに来るまでは良い人間に巡り会う機会すら少なかった。
 …だが、人間も我々も、心は同じなのだ。それを分かってくれる者はいる。私を外見だけで判断しない者も…。
 考えながら、メシアは自分の手を見つめた。
 力強そうな、大きな手。人間とは違う色の肌。
 しかし、一瞬驚きはしたものの、後はためらうことなくこの手を握った者がいた。
 珍しがって手を伸ばしてきた、あの三人の女性とは違い、ごく自然に差し出された手を取った者…。
 …ソフィスタ…そうだ、ソフィスタの元へ戻ろう。
 アズバンのことも心配だが、店に戻っても、また化け物呼ばわりされて追い出されてしまう恐れがある。
 アズバンについても、メシアを追っていた人間たちについても、一度ソフィスタに相談したほうがいい。同じ種族である彼女の協力があれば、解決の糸口を見つけ出せそうだ。
 …結局、人間の乙女心というものが何なのかは、分からずじまいか。…ハア…私は何のために、今日一日動いていたのやら…。
 アズバンに誘われ、乙女心を理解するという目的のために参加した、合コンという集まり。
 しかし、本来の目的を果たすことはできず、訳の分からないうちに多くの人間から追われる破目になった。
 しかし、アズバンには感謝している。彼のおかげで人間と生活する上で守るべき常識を学ぶことができた。
 悪いのは、やはりあの女三人だ。散々質問攻めをしておいて、こちらが乙女心を教えてもらおうとすると、血をよこせだの髪をよこせだの言い、あげくに妙な針を持って襲ってくる始末である。いくらなんでもこれは酷い。
 …もしかして、人間の女は皆、血や髪を欲するものなのか?…いや、どうも違うような…。
 メシアは腕を組み、考え込む。
 …む?
 その時、何者かの気配を感じ、メシアはとっさに木の影に隠れた。
 人間の足音が一つ…どうやら駆け足でこちらに近づいて来るようだ。
 一体、誰だろう。メシアがそう思った時、その足音の主が声を上げた。
「メシアー、近くにいるなら出てきなー」
 あまり大きな声ではないが、メシアの耳には十分届いていた。
「ソフィスタ!」
 メシアは木の影から飛び出した。すると、こちらへと向かって走ってくるソフィスタの姿を確認できた。
「メシア?おーい、メシアー」
 ソフィスタもメシアの姿を見ると、スピードを上げて駆け寄ってきた。
「ソフィスタ!よかった。丁度、お前の元へ戻ろうとしていた所だ!」
 メシアは、ソフィスタに向かって、えらい勢いで走り出した。ソフィスタは思わず立ち止まる。
「おい、私がいない間に魔法生物を作り出してはおるまいな!!」
 メシアはソフィスタの目の前まで来ると、立ち止まり、彼女の肩を掴んだ。
「半日で魔法生物は作れねーよ!お前こそ、今度は何をやらかしたんだ!?」
 ソフィスタは、メシアの手を振り払い、そう怒鳴りつけた。
「さっき何人かの男が、化け物はどこ行っただとか叫びながら走ってたぞ。お前のことじゃねーか?」
 化け物と言うソフィスタの言葉に、メシアは眉間にしわを寄せる。
「いや…確かに騒ぎを起こしてしまったが…説明をすると長くなる」
「そうか。とにかく家に帰るぞ。話はその後だ」
 そんなメシアの様子に気がつかなかったソフィスタは、そう言って踵を返すと、足早に歩き出した。
「ああ、そうだな」
 メシアもソフィスタに続いて歩き出す。体の大きい彼は、普通のペースで歩いていても、早歩きのソフィスタから離されることはない。
 黙々と歩くソフィスタの背中を見つめながら、メシアは彼女の後についていく。
 小さい背中だ。暴力的で口が悪く、強力な魔法を放つ彼女だが、体は小柄で細い。
 ソフィスタは、同年代の女性の中では、わりと身長があるほうなのだが、メシアから見れば、よほど体が大きい女性でなければ小さく見えてしまう。
 …これが、私が罰を与えるべき者の姿なのだろうか…。
 確かに彼女は罪人だ。口も悪ければ性格も良いとは思えず、暴力的で怒りっぽい。
 しかし、何故かそれを可愛いと思うこともあり、彼女の確かな優しさを目の当たりにすることもあった。
 …それに、私の手を掴んでくれた…。
「…なあ、ソフィスタ」
 メシアは、歩きながらソフィスタに声をかけた。
「ん?何か用か?」
 ソフィスタは軽く振り返り、メシアを見遣る。
「私を…化け物と思うか?」
 メシアに問われ、ソフィスタは立ち止まった。メシアも同時に歩みを止める。
 メシアは、ソフィスタの心が知りたかった。口が悪く、暴力的な罪人の彼女が、なぜ手を掴んでくれたのか、理解したかった。
 もし、化け物ではなく、人間たちと同じ生き物として見てくれているのなら、あんな性格の彼女に希望が持てる。
 それに、嘘でもいいから化け物ではないと言ってもらいたいという気持ちもあった。
 彼自身は、その気持ちに気づいてはいないが、ソフィスタに期待をしていることは確かである。
 暗くてソフィスタには分からないが、メシアのすがるような瞳は、じっと彼女を映している。
 ソフィスタは、すぐに答えた。
「そりゃ化け物だろ」
 メシアは、体をザックリと切り込まれたような感覚に見舞われる。
「他にどう見えるってんだ?怪物?妖怪?ゲテモノ?」
「ゲテッ…」
 ソフィスタの言葉はグサグサとメシアに突き刺さり、特に「ゲテモノ」という言葉には、首をスポーンと刎ねられた気分にさせられた。
「な、なっななな・何だ、その言い方は!!あんまりではないか!!!」
 期待を裏切るどころか、絶望のどん底に突き落とさんばかりのソフィスタの答えに、自分で聞いておきながらも、メシアは憤怒する。
「あんまりも何も、そう見えちまうんだから仕方ないだろ」
 ソフィスタは、涼しげな顔で、これまた涼しげに言う。
「あのなー!私も貴様ら人間と同じように、命もあれば心もあるのだ!我々の種族だけではない!生きとし生ける者全てそうだ!!なのに化け物とは何だ化け物とはー!!」
 メシアは大声でソフィスタに説教を始めた。ソフィスタは耳を塞ぐ。
「自分から尋ねておいて、何怒ってんだ!そんなに大声を出していると、奴らに見つかっちまうだろ!」
「えーい黙れ黙れ!!まったく!乙女心を学ぶために、合コンなどという集まりに参加したというのに、妙な針に刺されそうになるわ、刃物を突きつけられるわで何も学べず、悪者に仕立て上げられて人間に追いかけ回され、あげくに貴様にまで化け物呼ばわりされて一日を締めくくるなど、納得できぬわぁっ!!!」
 メシアは、今日一日分のうっぷんを晴らさんとばかりにまくし立てた。
「…は?」
 ソフィスタは、メシアが何を言っているのか、一瞬理解できず、一言だけそう呟いた。
「は?ではない!!よいか!自分勝手な人間どもの行動によって、私がどれほどの目に…」
「おい待て!何だよ合コンって!お前、ソレに参加したってのか!?」
 メシアの言葉を遮り、ソフィスタは彼に尋ねた。
「だから乙女心を知るためにだなー!!」
「見つけたわ!メシアく――――――ん!!!」
 メシアはソフィスタに説明しようとしたが、彼の言葉は、何者かによって再び遮られてしまった。メシアとソフィスタは、声がしたほうへと顔を向ける。
「逃しはしないわよ!観念なさーい!!」
 ロザリー、ティア、ルーシェの、例の女性三人が、こちらへと走ってくる。彼女たちが注射器を手にしていることに気づいたソフィスタは、声を上げて驚いた。
「うわっ何だあいつら!何であんな物騒なモンを持っていやがるんだ!!」
「知らん!こっちが聞きたいわ!」
「でも、お前の名前を呼んでいたじゃねーか!」
「それは私があやつらに名を名乗ったからだ!」
「イヤ、そうじゃなくて、何でお前を追いかけているのか聞きてーんだよ!!」
「だから知らぬと言っておろうが!!」
 メシアとソフィスタが騒ぎ合っている間に、ロザリーたちは一斉に注射器を持つ手を振りかぶった。
「動かないでねメシアくん!!」
 そして、注射器をメシアに向けて投げつけた。注射器の使用法としては正しくない上に、非常に危険だ。真似はしないで頂きたい。
 メシアはソフィスタとの言い争いを中断し、彼女を軽く突き飛ばした。
「やめんか―――――――!!!!!」
 メシアは鬼のような形相で叫ぶと、針の先端を向けて真っ直ぐと飛んでくる注射器を、回し蹴りの一発で全てなぎ払い、地面に叩きつけた。
 メシア自身は、一切傷を負っていない。もしかしたら、蹴りの風圧だけで注射器をなぎ払ったのかもしれない。そう思えるほど強烈な蹴りだった。
「…やっぱ化け物だ、お前…」
 その様子に驚かされ、ソフィスタはそう呟いたが、憤っているメシアには聞こえていなかった。
 ロザリーたちも、驚いて立ち止まっている。
「しつこいぞ貴様ら!!目にでも刺さったらどうする!!!」
 体勢を整えたメシアは、ロザリーたちに、そう怒鳴りつけた。しかし…。
「いや〜ん怖〜い!そんなに怒っちゃや〜よ〜」
「大丈夫!目に刺さったら責任持って治してあげるから!!」
「ついでにビームが出るよう改造してあげよっか?」
 メシアの気迫も気にせず、きゃあきゃあと楽しそうに騒ぎ始める。
「…貴様ら…そのうるさい口に拳を叩き込んでやろうか…」
 怒りのオーラを身にまとい、メシアは彼女たちに歩み寄ろうとした。
「やめておけって。馬鹿の相手はするだけ無駄だ」
 しかし、ソフィスタに肩を掴まれて止められた。
「まっ!ひっどーい!あたしたちは、立派な生物学者なんですからね!バカって言うなら、ちゃんと相手を選んで言ってよ!!」
 ソフィスタの声が聞こえたティアは、ぷんすかと怒る。
「生物学者?だからメシアを追い回しているのか。…フン。確かに肩書きは立派だけど、それを台無しにするような性格じゃ尊敬するに値しねーな」
 そんなティアを、ソフィスタは自分のことを棚に上げて鼻で笑う。
「つーか、あんた誰?メシアくんと仲がよさそうだけど…」
「あれ?あなた、もしかして…」
 怒っているティアをよそに、ルーシェとロザリーは、やっとソフィスタの存在に気がついたかのように言った。実際、気がついていなかったのだろうが。
「止めるなソフィスタ!!あの者たちの身勝手な振る舞いの数々には、もう勘弁ならん!!女かて容赦はせぬぞ!そこになおれぇ!!!」
 メシアがソフィスタの手を振り払い、そう叫んだ。それを聞いたロザリーたちが、甲高い声を上げる。
「っきゃ―――――!!!あなたがソフィスタちゃん!?あの天才少女の!!」
「いや〜ん!この子がメシアくんが言っていた女の子なのね〜!」
「やっだー!こんな女の子に子供を…や〜ん、これ以上は言えないわぁ〜ん!」
 突然、自分のことを騒がれ始めたソフィスタは、彼女たちのテンションの高さに驚かされつつも、相変わらず怒っているメシアに詰め寄った。
「お・おいメシア!!あいつらにあたしのことを話したのか!?何を話した!!説明しろ!!」
 ろくなことを話されていないような気がしているのだろう。やや青い顔で、ソフィスタはメシアの腕を掴み、強く揺さぶる。
「揺するな!私はな、お前に罪を悔い改めさせるために、この者たちに乙女心を教えてくれと頼んだのだ!!」
「…は?何だそりゃ。あたしが罪を悔い改めることと、お前が乙女心を学ぶことに、どんな関係があるんだ?」
「だからなー!!いいか、よく聞け!!!」
 メシアはソフィスタの肩を掴み、彼女を真っ直ぐと見据えて言い放った。
「私はお前に生命の尊さというものを教えるために、子供を産ませようと考えているのだ!!だが、お前は愛する男の子供でなければ産めないのだろう!!そういう異性を愛する女の心理、乙女心を学ぶために合コンに参加し、あの女共から話を聞こうとしていたのだ!!!」
 メシアがそう言いきると、ソフィスタは「んがっ…」と変な声を出して、固まった。
「そうなのよ〜。それでイロイロと相談に乗ってあげていたのよ〜」
「もーメシアくんったら大胆なんだからー」
「そうそう。ソフィスタちゃんに子供を産ませるために、お姉さんたちとお話していたのよねー」
「嘘をつけ!!相談に乗るどころか、私を切り刻もうとしていたではないか!!」
 甘ったれた声で、きゃあきゃあと話すロザリーたちに、メシアがツッコミを入れる。
 その間、やや青かったソフィスタの顔が、だんだんと赤くなっていったが、ロザリーたちに注意を向けたメシアは気づかなかった。
「ねえソフィスタちゃん、確か十七歳だったっけ。なら子供を産めるわね」
「ソフィスタちゃんは、どんな男の子が好みなの?お姉さんに教えてくれないかな〜」
 そんなことを面白そうに言いながら、ロザリーたちはじりじりとソフィスタとメシアに近づく。
「寄るな!もう貴様らと話をする気は起こらん!!」
 メシアはソフィスタの肩から手を離し、彼女に背を向け、ロザリーたちを払うように手を振る。
 次の瞬間…。
「余計なお世話だ馬鹿野郎――――――!!!!」
 魔法によって力を増幅された、ソフィスタの拳が、メシアの背中を打った。
 メシアは、近づいてきたロザリーたちを巻き込み、ソフィスタから十メートルほど離れた所まで吹っ飛ばされた。体を地面に叩きつけ、さらに五メートルほど滑走した後、やっと止まった。
「ぐふっぶげっ…ぺっぺっ…な、何をする!いきなり殴るでない!!」
 口の中に入った砂を吐き出しながら、メシアはソフィスタに言った。
「やかましい!!子供を産む気はねえって何べん言わせりゃ分かるんだ!!この単細胞!!!しかも勝手に他人に相談なんかしやがって!!その話は二度とすんじゃねーぞ!!!」
 ソフィスタは、顔を真っ赤にして憤怒する。
「ならば貴様も、さっさと魔法生物を作り出す技術を捨て、罰を受け入れろ!!そうすれば私は故郷へ戻り、その話をする所か、二度と貴様に会うこともないだろう!!!」
 メシアは立ち上がり、服についた土を払いながら、ソフィスタに言った。幸い…いや、恐るべきことに、吹っ飛ばされた衝撃による怪我はないが、せっかくアズバンから貰った服は、所々が破けてしまっている。
「えー!メシアくん帰っちゃうの!?そんなのヤダー!!」
 メシアと一緒に吹っ飛ばされ、彼の下敷きになっていたロザリーたちも起き上がり、彼にしがみついた。
「ええい離さぬか!!」
 しかし、あっさりとメシアに振り払われてしまう。しかも…。
「てめえらもウゼェんだよ!!さっさと家に帰りやがれ!!!それともこの場で永眠すっか!!ああ!!?」
 そう言って、ソフィスタがロザリーたちに向けて、手の平をかざした。恐ろしい形相の二人に睨まれ、さすがのロザリーたちも震え上がる。
「きゃー怒ったー!」
「や〜ん怖い〜」
「もうっ知らないんだからー!」
 三人は揃って逃げ出し、どこかへ走り去ってしまった。
 その場には、まだ怒りの冷めないメシアと、息を切らしているソフィスタだけが残された。
 冷たい夜風がメシアの怒りを冷ましたのか、しばらくして、彼は肩の力を抜き、カクンとうなだれた。
「ハァ…もう怒る気も沸かぬ…疲れた…」
 ソフィスタの方も、熱が冷めたようだ。息が整うとメシアに近寄り、彼の背中を軽く叩いた。
「とにかく、今度こそ本当に家に帰るぞ。言いたいことがあるなら、それからにしろ」
「……」
 メシアは何も答えなかった。
 それでも、ソフィスタの家に戻った方がいいということは分かっているので、歩き始めたソフィスタの後を、元気のない足取りで追った。

 疲れきったような、落ち込んでいるような、そんなメシアの様子を、ソフィスタは気がついているのだろう。家に着くまでの間、彼女は後ろを歩くメシアを、何度も振り返っていた。

 PM.8:00。メシア、帰宅。


  (続く)


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