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ありのままのメシア 第三話


   ・第二章 第三区自警隊

 自警隊の詰め所は、ソフィスタの家からでは魔法アカデミーより遠いらしい。
 なので、詰め所より先に、魔法アカデミーへ寄ることになった。
 もしかしたら、ソフィスタがメシアを連れ歩いていることを知り、学校を訪ねてきた自警隊員がいるかもしれない。それに、アズバンがいれば、彼からも自警隊に事情を説明して貰いたい。
 このザハムという自警隊員のように、人の話を聞かずに先走る自警隊員に遭遇しないことを願いつつ、メシアはソフィスタに連れられて家を出た。
 メシアは巻衣で身を包み、さらに気絶しているザハムを肩に担いでいる。当然、すれ違う人々の注目を浴びるが、指名手配者として誰かに呼び止められることはなかった。
 手配書は昨晩の内に作られたのだから、まだ人々に行き届いていないはず。それに、朝早くて人通りも少ないのだから、堂々と通りを歩いたほうが、返って怪しまれないだろうというソフィスタの考えは、見事に当たったのだった。

 幸い、何事もなく魔法アカデミーの校門前まで辿り着くことができた。
 校門は開いており、登校中の生徒の姿は見当たらない。しかし、ここから見える校舎の玄関前に、何やら話をしている三人の姿を見つけた。
 先を歩いていたソフィスタが、校門をくぐる直前で立ち止まったので、メシアも続いて歩みを止めた。
「ソフィスタ。あれは、アズバンではないか。一緒にいる者たちは、ザハムと同じ服を身に着けているようだが…」
「うん、あの二人も自警隊員みたいだね。たぶん、アズバン先生から昨晩のことを聞き出しているんじゃないかな」
 唸るように言って、ソフィスタは塀の影へと移動した。メシアも彼女と一緒に移動する。
「丁度良い。アズバン先生と一緒に、あの自警隊員たちに事情を説明してくるよ。メシアはここで待ってな」
「私を置いて行くつもりか?」
「いきなり、その気絶した自警隊員を担いでいくと、奴らが驚くかもしれないだろ。そいつのこともちゃんと話してから、自警隊の連中とお前を引き合わせるんだよ。そのほうが、話を聞いて貰いやすいだろ」
 ソフィスタの説明を聞き、「それもそうだ…」とメシアは納得して頷く。
「じゃあ、すぐに戻ってくるから、ここに隠れて大人しくしていろ。何かあったら、あたしを呼べ。いいな」
 言うだけ言うと、ソフィスタは、さっさと校門をくぐり、アズバンたちの元へと走っていった。
 それを見送った後、話す相手もいなくなってしまったメシアは、ザハムを下ろすと、壁に背をもたれ、暇そうに突っ立っていた。
 しかし暫くして、自分の腰帯に差しておいた警棒を取り出すと、両手の平の上に水平に乗せて眺めた。ザハムが振り回していた警棒だが、彼が目を覚ました時に、また振り回されると危ないと思って預かっているのだった。
 …この街へ来る途中にも、同じような武器を見たことがあるが…伸縮が可能であるとは、初めて知った…。
 グリップに溝があるのは滑り止めのため、鍔が十手型なのは相手の武器を受け止めるためだと、ソフィスタに聞かなくても知っていた。
 三段式の仕組みは、だいたいソフィスタから教えて貰ったが、彼女も警棒についてはあまり詳しくなく、バトンの収納の仕方までは分からなかったので、伸びきったままになっている。
 …だが、ザハムがこの警棒とやらを取り出した時は、確かに縮んでいた。その仕掛けが、どこかにあるはずだが…。
 暇を持て余していることも手伝い、警棒に興味が沸いたメシアは、左手でグリップを、右手でバトンを掴み、警棒を調べ始めた。
 …確か、伸ばされた時は、ザハムが握りの部分を握っていただけであったな。ならば、伸ばす仕掛けが握りにあるはずだ。もしかしたら、縮ませる仕組みも握りにあるかもしれん。
 そう考え、グリップを握る左手に力を込めた時、グリップが僅かに回転し、カチリと音が鳴った。
 何の音だろうと不思議に思い、警棒を絞るようにしてグリップを回す。音が五回鳴った所で回らなくなったので、今度は逆回りに一度だけ回転させてみる。すると、同じように音が鳴り、グリップの付け根近くから円筒状の突起が盛り上がった。
 何かのスイッチのようだが、メシアにはそれが分からなかった。無駄に搭載されている仕組みではないことは分かるが、その使い勝手が分からない。
 グリップを握っている左手の親指だけを動かし、メシアはスイッチに触れた。触っているうちに、親指の腹でスイッチを押してしまい、スイッチはグリップに沈んでいく。
 やがてカチリと音が鳴り、今度は何処から何が出るのだろうかと、メシアは思う…はずだったが、彼の思考は、それより早くショートしてしまった。
 音が鳴った瞬間、警棒のバトンに強烈な電流が流れ出し、思考どころか全身までショートしてしまったのだ。
「―――――ッッッ!!!!」
 不幸にも、右手でバトンを握り締めていたメシアは、ものの見事に感電し、一瞬だけだが掠れた悲鳴を上げた。
 まるで何度もハンマーで殴りつけられたような感覚が、右手から一気に全身に伝わり、メシアは壁から背を離して、体を大きく仰け反らせた。
 その反動で警棒を放り投げれば、全身を駆け巡っていた電流は止んだ。しかし、それと同時にメシアの意識も途絶え、その場に崩れ落ちる。
「おわっ!…な・何だ?」
 メシアが地に伏した音で、ザハムが目を覚ました。彼は、突如倒れたメシアに驚かされ、上半身だけ起こして後ずさる。
 バトンを掴んでいた右手の平を負傷し、残っている静電気のためか髪が浮いているメシアは、うつ伏せになって倒れたまま、全く動かない。
 ザハムは、近くに転がっている自分の警棒を見つけると、立ち上がって拾いに向かう。
「あれ?…スタンガンのロックが解除されてら」
 ザハムはグリップを掴んで拾い、再び出っ張ったスイッチを確認してからバトンを掴んだ。どうやら、電流は流れていないようだ。
 そしてグリップを右に回し続け、三回音が鳴った所でスイッチが引っ込んだ。しかし、電流は流れない。
「音が三回鳴った…ってことは、最大出力になっていたのか。…さては、コイツ俺の警棒で遊んで、自分で電流を受けたな」
 忍び足でメシアに近付き、ザハムは警棒の先端を彼の肩に押し当てた。軽く抉るように動かしても、メシアは動かない。
 思い切ってメシアの頭を掴み、顔を上げさせた。ぐったりしているが、一応、息はあるようだ。
「うわ…最大出力を喰らって、よく生きていられるな。普通なら心臓止まってるぜ…」
 ザハムは警棒のグリップを強く握りながら、先端を掌に垂直に押し当てた。するとバトンが縮み、グリップに収納される。
「まあいいか。俺の手柄手柄♪」
 警棒をベルトに差し込むと、ザハムはメシアの両腕を手錠で繋ぎ、彼の体を起こして肩に担いで歩き出した。


 *

「アズバン先生!」
 職員玄関の前で話をしているアズバンに駆け寄りながら、ソフィスタは、あからさまに不機嫌そうな声で彼の名を呼んだ。アズバンは肩を震わせて振り向く。
 彼と一緒にいる自警隊の男二人も、つられてソフィスタへと顔を向けた。
「や〜おはようソフィスタくん。見てごらんよ、この似顔絵を。コレがメシアくんだってさ!笑えるだろうハッハッハッハッハッハッ!」
 隣に並んだソフィスタに、アズバンはメシアの手配書を広げて見せた。ザハムがソフィスタに見せた手配書と同じく、ゴツさ八割り増しのメシアの似顔絵が載っている。
 ソフィスタは似顔絵を無視し、ぎこちない笑顔のアズバンをジト目で睨んだ。
「笑い事じゃありません。こうなったのは誰の責任ですか?」
「…スイマセン」
 アズバンは手配書を丸め、ショボンとした顔でソフィスタに謝った。ソフィスタがわざとらしいため息をついても、彼は何も言えなかった。
「メシアから聞きましたよ。あいつを合コンに誘ったんですってね。さては面白がって誘ったでしょう。いくら休日で勤務時間外とは言え、教え子の保護下にある者を勝手に合コンへ連れて行かないで下さい」
 ソフィスタは、教師に対しても遠慮なく言いたいことをズバッと言った。あの合コン騒動で一番非があるのはアズバンだし、彼が言い逃れをしようとしても、責任を追及しきれる自信がソフィスタにはあった。
 しかし、アズバンも自分に責任があることは分かっているようで、ソフィスタに口答えすることなく頭を下げていた。その表情からも、反省の色が伺える。
 言いたいことは他にもあったが、責任を自覚している者を追いつめ続けても仕方ないし、今は他にやるべきことがある。ソフィスタはアズバンを責めるのを止め、帽子を取ると、生徒が教師を淡々と責めていることに驚いていた自警隊の二人と向かい合った。
「自己紹介が遅れました。私はアーネス魔法アカデミー在学生、ソフィスタ・ベルエ・クレメストです」
 急に自己紹介をされ、自警隊の二人は戸惑ったようだ。さらにソフィスタの名を聞いて、二人の内、若いほうの自警隊員が思わず「あの天才少女の?」と聞き返したが、それは無視した。
 一方、腕章に金色のバッジを付けている自警隊員は、すぐに落ち着きを取り戻した。
 髪の所々に白髪が見られ、顔には木目のように皺が刻まれているが、肩幅は広くがっしりしており、背筋もピンと伸ばされている。腹の出っ張りが少々目立つが、それはそれで貫禄のある中年男だった。
 メシアのほうが背が高く、体格も立派だが、ソフィスタと大差の無い年齢の彼と、この中年の男を比べてしまっては酷というものだ。
「そうか、君がソフィスタさんだね。初めまして。私はズース。自警隊の第三区隊長を務めている者です」
 はっきりとした口調で名乗り、ズースは隊員証をソフィスタに見せた。ザハムが見せた隊員証と、ほとんど同じだが、デザインが微妙に違う。こちらのほうが立派に見えるのは、隊長という立場上、特別に作られているからだろう。
「君はもう気付いているようだが…昨晩、緑色の肌の男が、飲食店で人を襲ったという通報を受け、その件で我々は調べをしているところです」
 隊員証を眺めていたソフィスタが、視線をズース本人へと移すと、彼は隊員証を仕舞い、話し始めた。
「その飲食店の店長に話を伺ったら、そいつはアズバン先生の連れだと聞いてね。それで、この学校へ来て、彼から事情を説明して貰ったんです」
「じゃあ、その男…メシアが人に危害を加えたのは誤解だってことも、先生から話してもらいましたか?」
 ソフィスタがそう問うと、ズースは何故か難しそうな顔でアズバンを見遣った。それに気付いたアズバンも、困った顔をしてズースに代わり答える。
「それがねえ、メシアくんから話は聞いたと思うけど…メシアくんが店で暴れ始めた時、私は睡眠薬で眠らされていたから、私の証言だけでは彼の身の潔白を証明しきれないんだよ。あの時店にいた客は、みんなメシアくんが悪いと思っているから頼りにならないし、店長も詳しい事情は知らないようだ。だからルーシェたち…合コンしていた女性たちを呼んで協力してもらおうと考えていた所なんだ」
 アズバンが説明を終えると、再びズースがソフィスタに話しかけた。
「それで、そのメシアくんとやらは一緒じゃないんですか?留守番しているのかね?」
「いえ、連れてきています。ただ、いきなり自警隊に会わせると驚かれると思って、校門の向こうで待たせているんです。今朝、いきなり家に踏み込んできた自警隊員も、メシアを見るなり殴りかかったそうですから」
「何だって!?」
 ソフィスタの答えを聞いたズースは、声を荒げて驚いた。その様子を見て、ソフィスタはザハムが単独で行動していたことを確信する。
「誰に聞いたか知りませんが、メシアが私の家にいることを知って、訪ねてきたんですよ。事情を説明しようとしても、全く聞いて貰えませんでした」
 一体、部下にどういう教育をしているのだと一言付け足してやろうかと思ったが、やめておいた。それでもソフィスタの皮肉めいた口調に、若い自警隊員は無言で眉を吊り上がらせ、ズースは申し訳なさそうな顔をする。
「じゃあ、この手配書を見せても驚かなかったのは、その自警隊員に既に見せてもらっていたからなんだね」
 唯一気楽そうなアズバンが、そんなことを言って手配書を広げ、似顔絵を見て吹き出した。この際、彼は放っておくことにする。
「とにかく、その自警隊員とメシアを呼んで、一緒に事情を説明しますから、手配書だけでもすぐに取り消して下さい」
 そう言うと、ズースの返事も待たずに、ソフィスタは校門へと早歩きで向かった。
「メシア!もう出てきてもいいよ!」
 歩きながら、ソフィスタはメシアの名を呼ぶが、返事が無い。
 気が付かなかっただけだろうかと、特に不審には思わなかったが、校門をくぐり、メシアが待っているはずの場所を見ると、そこに彼はいなかった。
「…あれ?おい、メシア!どこへ行ったんだ!」
 そう声を上げ、ソフィスタは辺りを見回す。しかし、メシアの姿はどこにも無く、やはり返事も無い。
 ザハムもいなくなっているので、もしかしたら目を覚ました彼が、またメシアを強引に捕まえようとしたのかも知れない。しかし、争った痕は見られないし、メシアが簡単にザハムに負けたとは思えない。
 …ったく、あのクソトカゲは!毎度毎度、目を離した隙にいなくなるなよ!!
 何度かメシアの名を呼んでいると、アズバンたちが何事かと駆け寄ってきた。
「どうしたんだい、ソフィスタくん。メシアくんがいないのかい?」
 アズバンに問われると、ソフィスタは気が重そうに頭を抱えて頷いた。
「そうか…手配書を見た人間に見つかって、また追いかけられているのかなあ」
 アズバンが呟くのを聞いて、ズースも考え込むような仕草を見せる。
「あの手配書は、まだ我々自警隊員の中でしか出回っていないはずです。…しかし、緑色の肌の大男というだけで、一般人からも不審者と思われる要素は十分あります。早く保護したほうが良さそうだ…」
 そう言って、ズースは若い自警隊員を振り返った。
「隊員達に伝令を回せ。手配書は取り消すが、緑色の肌の男の捜索は続けろ。但し丁重に保護すること。お前も捜索に当たれ。急げ!」
 指示を受けた若い自警隊員は、返事一つで行動に移ろうとした。しかし、「ちょっと待って!」とソフィスタに止められる。
「だったら、ザハムっていう自警隊員も探して下さい!そいつ…その人も、ここでメシアと一緒にいたはずなんです!」
「ザハムだって?」
 若い自警隊員とズースが、同時に驚いて声を上げた。その見事なハモり様に、ソフィスタとアズバンまで驚かされる。
「は・はい。今朝、私の家に訪ねてきた自警隊員が、ザハムって名乗っていたんです。あんまり人の話を聞かずに暴れるものだから、魔法で軽く眠らせ、メシアにここまで担がせて来たんですが…」
 ソフィスタは、改めて周囲を見回してから、ズースに「彼もメシアと一緒にいなくなっています」と告げた。
「そうか…いや、あの暴れん坊なら眠らせても仕方ない。ご迷惑をおかけしました」
 ズースは、そうソフィスタに謝ってから、若い自警隊員に「ザハムを見つけたら、詰め所に戻るよう指示しろ。緑色の肌の男の居場所を知っていたら聞き出せ」と付け足した。今度こそ、若い自警隊員は走り出し、その場から離れて行った。
 命令に慣れたズースの素振りと、命令を受けた自警隊員の行動の速さに、ソフィスタは感心する。
「では、私も探しに行きます。申し訳ないが、ソフィスタさんは、先生と一緒に自警隊の詰め所で連絡を待っていてはくれませんかね」
 いつでも走り出せる体勢で、ズースはソフィスタとアズバンに言った。
「いえ、私も一緒に探しに行きます。おそらくメシアは、自警隊員を警戒しています。もし隠れていたら、私の前にしか姿を現しません。隠れていないにしても、私が先に見つけたほうが、メシアも自警隊員たちも余計な騒ぎを起こさずに済むはずです」
 ソフィスタの考えに、ズースは「確かに…」と呟いて納得した。その様子を確認すると、ソフィスタは帽子を被り、アズバンを振り返った。
「じゃあ、私もメシアを探しに行くので、今日は授業に出られませんが…元はと言えばアズバン先生のせいなんですから、出席簿はつけておいて下さいよ」
 ソフィスタに睨まれ、アズバンは気まずそうに「ハイ…」と返事をする。
 そんな彼を残し、ソフィスタはズースと共に、メシアを探すべく走り出した。


 *

 第三区の自警隊の詰め所は、学校から歩いて行ける距離だった。
 しかし、筋骨隆々の大男を担いで歩くには、少々遠い距離である。
 日々訓練を積んでいる自警隊員であるザハムにとっても、メシアは重いようだ。手柄を立てられると思って浮かれていた気分も、歩みと共に重くなっていく。
「ちくしょっ。何を食ってこんなに重くなったんだ、このバケモンは」
 そう悪態をつき、ザハムは左を向いた。メシアはザハムの左肩に頭を乗せ、まだ気を失っている。
 ソフィスタに頭を殴打されて気を失っても、ものの数分で意識を取り戻したメシアだが、流石に最大出力のスタンガンは効いたらしい。
 それでも、普通の人間なら即死もありうる電流を受けて生きているということが、メシアの体の異常なほどの丈夫さを物語っている。
「あーあ。誰か運ぶの手伝ってくれると楽なんだがなあ…」
 そんなことを呟いた矢先、ちょうど前方から、紫色の腕章を身に着けた自警隊員が四人、こちらへ向かって歩いてくるのが見えた。先に気付いたザハムが、彼らに呼びかける。
「おおい!ちょうどよかった!手伝ってくれ!」
 ザハムの声に気付くと、隊員たちはすぐに彼に駆け寄った。隊員たちは、ザハムが担いでいるメシアを見て、ぎょっとする。
「…緑色の肌?お前、手配書の化け物を捕まえたのか?」
 メシアは、全身が隠れるように頭から巻衣を被せられているが、手錠をかけられている両腕と、膝より下だけは肌が露出しており、それに自警隊員たちは気付いたのだ。
「へへっ、その通り!まあ、あの似顔絵とは微妙に顔が違うけど、緑色の肌の大男なんて、コイツ一人くらいしかいないだろ。これで俺も昇進間違い無しだぜ!」
 メシアが自分で勝手に自滅したことは話さず、ザハムは自慢げに笑って言った。隊員達は呆れて肩を竦めるが、ザハムは気付いていない。
 しかし、ふとザハムは体を小さく震わせると、その表情に焦りの色を浮かべ、隊員たちに声をかけた。
「なあ、ちょっとコイツを見ていちゃくれないか?」
 ザハムはメシアを肩から下ろし、一番近くにいた隊員に押しつけた。隊員はメシアの体重によろめくが、どうにかふんばった。
「お・おい、どうしたんだ?お前が捕まえたんだから、お前が運べばいいだろ」
 隊員はザハムに文句を言ったが、ザハムは彼にメシアを預けるなり、背を向けた。
「すぐに戻って来るから待っていてくれ。頼んだぜ!」
 ザハムは走り出し、細い路地に入って姿が見えなくなった。
 隊員たちは顔を見合わせ、仕方なさそうにため息をつく。
「それにしても、こんな化け物、見たことないな。新種のトカゲか?」
 ザハムを待っている間、暇になってしまった自警隊員たちは、メシアの姿を観察し始めた。彼の巻衣の、頭を覆う部分を捲くれば、癖の無い銀髪が露になる。
「それにしても筋肉あるなー。本当にザハム一人でコイツを捕まえたのか?」
「おい見ろよ。右手に火傷の跡があるぞ。まだ新しいぜ」
「これはスタンガンの跡だね。ザハムの警棒を掴んだんじゃないか?」
「変わった服だなー。アクセサリーなんかもゴチャゴチャと身に着けて…どこの民族だ?」
「歴史資料館にでも展示されていそうな衣装だな。…おい、手配書と顔が全然違うじゃないか」
 四人の中で最年長と見られる中年の自警隊員が警棒を抜き、バトンでメシアの顎を持ち上げ、顔を正面に向かせた。他の隊員たちの視線も、メシアの顔へと移る。
「本当だ。手配書の奴とは別人か?」
「きっと手配書の似顔絵が間違っているんだ。髪型や体格が情報と一致しているから、本人に間違いないよ」
「…あれ?こいつ…」
 中年の隊員が、何かに気付いたようで、メシアの顔を食い入るように眺める。
「…この顔、誰かに似て…」
 そう呟きかけた時、メシアの目蓋が開き、瞳孔の細い赤い瞳が現れた。中年の自警隊員は声を上げて驚き、メシアから離れた。メシアも自警隊員たちの服装を見ると、自分を体を支えていた自警隊員を、軽く肘で突き飛ばした。その時、両腕を繋いでいる手錠の存在と、右手の平の負傷に気付く。
 …な・何だこれは!私の知らぬ間に、一体何がどうなっていたというのだ!
 メシアは自警隊員たちと離れた位置で、彼らと向かい合い、状況を把握しようとした。しかし、メシアの目を覚まさせた感覚が、思考を鈍らる。
「げっ、目を覚ましやがった!」
 隊員たちは、メシアを捕らえようと腕を伸ばした。メシアはさらに後ろに下がり、隊員たちと大きく距離を取って、それをかわす。
「ま・待て…くっ、駄目だ!悪いが、お前たちと話し合う暇もない!!」
 表情に焦りの色が浮かべているメシアは、吐き捨てるように叫んだ。そして、両腕を胸の前で広げるようにして、手錠の鎖を強く引いた。
 鎖は、バキンと音を立てて砕かれ、破片を石畳の床にばらまく。
 あっけなく引きちぎられた鎖に、自警隊員たちは狼狽を隠せず、その場で動きを止める。そんな彼らを無視し、メシアは慌てて逃げ出そうとした。
「ひ・ひるむな!捕まえるんだ!」
 隊員たちは、再びメシアを捕らえんと地を蹴った。それに気付いたメシアは、苛立たしげに唸って立ち止まった。
「ええい!!貴様らにかまっている暇などないと言っておろうが!!!」
 メシアは左手の紅玉を、迫り来る自警隊員たちに向けてかざした。たちまち光が生じ、隊員たちを赤く照らす。
 光に包まれた隊員たちは、小さく短い呻き声を上げて、次々と気を失い、倒れていった。光はすぐに消え、近くにいた通行人が悲鳴を上げたが、かまわずメシアは走り出す。
「くうぅっ!このような事態で、神のお力をお借りすることになろうとは…なんと情けない!!神よ、お許し下さい!!」
 悲痛な声で嘆きながら、メシアは左手のアクセサリーを外し、襟飾りに引っかけると、全力疾走でその場から去っていった。


   (続く)


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