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ありのままのメシア 第三話


   ・第五章 まぶだち

 気を失ったザハムは、他の自警隊員たちによって医者へと担がれた。
 メシアは手を洗ってから、ソフィスタと一緒にズースによって自警隊の本部の雑務室へと案内された。
 ちなみにメシアの手錠は、気絶しているザハムのポケットから鍵を取り出したズースが外してくれた。
 アズバンと一緒に先に来ていた、昨晩の合コン相手の女生物学者三人が、メシアの姿を見るなり騒ぎ出したりもしたが、ソフィスタとメシアに同時にメンチを切られて大人しくなった。
 ソフィスタとメシアが街を駆けずり回っている間に、アズバンらが自警隊に事情を説明してくれたおかげで、メシアの容疑は晴れ、指名手配も既に取り消されていた。今後、メシアがアーネスで暮らすことについても、言葉巧みなソフィスタが話をつけた。
 メシアが自警隊員を殴り飛ばしたことについては、目撃者が多かったために総隊長まで伝わっており、一時は責任を問われたが、ソフィスタが「でしたらこちらは、家宅捜査令状も上司の了解も無しに独断で横暴な態度で民家に押し入り、無抵抗のメシアに対し一方的に暴力を振るった挙げ句、彼の備品である警棒でメシアがショック死しかけたことについて、隊員の自覚と上司の指導不足を訴え、謝罪と損害賠償を求めます」などと容赦なく畳みかけ、総隊長すら黙らせた。
 結局、メシアの医療費だけ自警隊が支払い、ザハムとのやりとりについては不問にすることになった。
 面倒臭いことが嫌いなソフィスタは、本気で謝罪を求めていたわけではないので、それに同意したが、ズースは納得がいかない顔をしていた。
 そんなズースに、ソフィスタは「これ以上話をややこしくして、私を巻き込むのはやめて下さい」と、冷たく言い放った。それを見て、メシアが「態度が悪いぞ」とソフィスタに文句を言ったが、相手にされなかった。

 話が終わると、ソフィスタとメシアは、さっさと雑務室を出た。
 時刻は昼で、今からなら学校の午後の授業に間に合うのだが、ソフィスタにとっては大した授業はないし、どうせ出席簿はつけてあるので、さぼることにした。
 そのことをアズバンに話した時、彼はこんなことを言った。
「そうだね。今日は帰って、メシアくんを休ませてあげなさい」
 別に、メシアのためにさぼろうと思ったわけではないのだが、アズバンがそう勘違いをして、快く家に帰してくれるのなら、それに越したことはないので、ソフィスタは否定しなかった。


 *

 帰る途中、ソフィスタとメシアは、昼食と夕食の食材の買い出しのため、店に寄った。
 アーネスに越してきてから、ソフィスタは何度も買い物に入っている店だが、メシアを連れて入ったのは、今日が初めてである。店主はメシアの姿に驚き、ソフィスタに手招きをして、彼は何者かと尋ねてきたので、ソフィスタは「人間とは違う種族だが、無害だ」とだけ説明した。
 確かにメシアは、外見の割には大人しく、ソフィスタの言うことも素直に聞いているようなので、店主はまだ不服そうにしているものの、一応ソフィスタは得意客だし、彼女に逆らうと怖いことも知っているので、それ以上文句を言うことはなかった。
「ママー!でっかい人ー!」
 ソフィスタが店頭で野菜を品定めしていると、おそらくメシアを指して言っているであろう子供の声が、後ろから聞こえてきた。ソフィスタが振り返ると、一組の親子連れが、こちらを見ていた。
 ソフィスタの隣にいるメシアも、親子連れを振り返った。巻衣を羽織ってはいるが、そこから覗く顔は、人とは違う色の肌をしている。
 それに気づいた母親が肩を震わせて驚き、子供の手を引いて、そそくさと立ち去ってしまった。
 まあ、当然の反応だろう。メシアもソフィスタも、然程気にもとめない。
「…ソフィスタ。差し支えなければ、聞いてもかまわぬか?」
「差し支えないことならね。何?」
 何気なく、メシアはソフィスタに声をかけた。ソフィスタは品定めを再開しつつも返事をする。
「お前の両親は、別の土地で暮らしているのか?アーネスにはいないのか?」
「…そうだよ。別の街で、今も暮らしている」
「自ら親元を離れ、この街へ来たのか?」
「ああ」
「ふむ、ちゃんと自立して生活しているのだな。偉いではないか」
「偉いって…そんな大げさなことじゃないよ。自分にやりたいことがあって、それをやるために一人でここへ来た…それだけだ」
「それを自立していると言うのだ。魔法生物を作り出したことは許せぬが、確固たる目標を持ち、それを成すために巣立ったことは立派であると、私は思っておる」
 急に親のことを問われ、メシアが自分の両親がいないことを悲観しているのではないかと思ったソフィスタだが、そうでもないようだ。メシアは確かに感心しているように笑い、彼と比べて頭一つ分は背が低いソフィスタを見下ろしている。
 …生みの親がいないことについては、本当に気にしていないようだな。
 ザハムに追われ、隠れていた時、ソフィスタはメシアに両親のことを聞いてしまい、それを謝ったが、なぜ謝るだと聞き返されてしまった。
 メシアは、生みの親が確かに存在したから、今の自分がここに在り、育ての親が我が子のように接してくれたから、他の子供を羨ましがったことはないと言っていた。
 生みの親の記憶が無いから、悲むことができないのかもしれない。育ての親が愛情を注いでくれたから、何の不満も持たなかっただけかもしれない。
 それでも、過去の自分を悲観せず、今の自分を正面から見つめることができ、その自分に命を授けてくれた亡き両親に感謝できるメシアを、ソフィスタはひどく大人に感じる。
 そして、ソフィスタには罪の意識は無いが、メシアにとっては罪人であるソフィスタの人格を、ただ非難しようとはせず、良い所は素直に誉め、恩を受ければ礼を言う、その寛大さを、ソフィスタは…そんなんだから騙されやすいんだと感じた。
 しかし、ザハムを殴り飛ばした理由は、ますます分からなくなっていく。
 思い出してみれば、メシア自身がソフィスタに愚弄されたり、暴力を振るわれたりしたことで、彼女に手を上げたことはなかった。
 メシアがソフィスタの頬を叩いたことはあるが、あれはソフィスタが、誰が魔法生物を作り出そうと関係ないなどと言ったから、メシアはその魔法生物の命を思って怒ったのである。昨晩、胸ぐらを掴まれて突き飛ばされたのも、同じような理由だった。
 そんな彼が…自分のことでは手を上げなかったメシアが、一方的に悪と決めつけられ、追いかけ回されたことに、ついに腹を立て、ザハムを殴ったのだろうか。
「…それで、結局のところ、あたしから何を聞き出したかったんだ?」
 品物を選び追え、店主に品物と代金を渡してから、ソフィスタはメシアに尋ねる。
「聞いたとおりのことを知りたかっただけだ」
「あ、そう…。それじゃあ、あたしからも質問していい?」
「何だ?」
「何でザハムを殴り飛ばしたんだ?」
 店主は代金を確認すると、品物を紙袋に詰め始める。その間、二人は会話を続ける。
「どちらかが倒れなければ、あの場は治まらなかったから…って理由だけじゃないだろ。まあ、あんな突貫野郎、頭蓋骨が粉々に砕けるくらいが丁度良いけどさ」
 丁度良いも何も、頭蓋骨を粉々に砕かれると、普通の人間は生きていられまい。そんな恐ろしいことを涼しげに言うソフィスタに、メシアは口元を引きつらせる。
「…お前も、些細なことで私に暴力を振るうではないか…」
 そうぼやいてため息をついてから、メシアは答え始める。
「奴は、私が大人しく捕まると言ったにも関わらず、一方的に決闘を求めてきおった。街を守るために働いているだけであれば、決闘などする必要はないはずだ。おそらく、私と戦って勝利することで、街を守ったという実感を得たがっていた…もしくは己の実力を誇張したがっていたのかもしれん。どちらにしろ、私の推測に過ぎないが…私の意志を全く無視した私利私欲であることには変わりない。それに、私を捕らえれば、奴は地位を得ることになっていたのだ。和解を試みようとしている相手の意志を無視し、要らぬ犠牲を出して私利私欲を満たそうなど、私は許さん」
 そうメシアが答え終えたところで、店主が紙袋に詰めた品物をソフィスタに差し出した。ソフィスタは「どうも」と一言だけ言って、それを受け取る。
 品物は二袋に分けられていたので、ソフィスタは重いほうの袋を、何も言わずにメシアに渡した。メシアも、特に何も言わずに両手で袋を受け取る。
 右手の平の傷は、跡は残っているものの、ほとんど癒えており、痛みもない。ハンカチも既に外され、ソフィスタに返却済みである。
「つまり、そんな自分勝手な態度を通し続けていられるほど、世の中甘くないって教えようとしたのか?」
 店を出て、二人は並んで歩きながら、会話を続ける。
「少なくとも、私は甘くはない」
 そこまで話を聞いて、ソフィスタは「ふぅん」とそっけなく呟いた。
 おそらく、メシアはザハムを殴り飛ばしたことで、彼のやり方を認めないという意志を示そうとしたのだろう。
 ザハムは街のために良いことをしているつもりかもしれないが、だからと言って、大人しく捕まると言っている者にまで武力を振るおうとするのは、子供のやることだ。
 もし、メシアがわざとザハムの前に屈すれば、彼の身勝手な振る舞いを大目に見ることになる。
 だからメシアは、そんなザハムの振る舞いには屈しないということを、正に拳で語ったのだ。
 それに、こんなトカゲ人間のような姿をした大男が悪者として指名手配にされていると知れば、血気盛んで腕に覚えのあるザハムのこと、熱くなって捕らえにかかるのは当然だ。そんなザハムの頭を冷やさせるにも、メシアの強烈な一撃は有効だったかもしれない。
 …どこまで考えて、メシアはザハムを殴り飛ばしたかは分からないけど…まあ、このバカもバカなりに、考えながら行動していたっていうことか。あとは…それでザハムが、自分を省みるかどうかだな。
 自分に非があることを棚に上げ、殴った者を責める人間は多い。
 もしザハムが、そんな人間の一人だったら、きっとメシアを恨んでいることだろう。
 …でも、自警隊に話はつけたし、恨まれることはあっても、仕返ししてくることは無いだろう。犯罪者でもない奴に暴力を振るえば、逆にザハムが捕まえられるからな。
 昨晩の合コン騒動の件での、メシアの身の潔白は証明された。
 自警隊と話をつけ、メシアはソフィスタの保護下で、この街で暮らすことを認められた。
 ザハムについても、おそらく心配はないだろう。
 …メシアをあたしの手元に置いてから、今日で四日目…やっと少しは落ち着いた生活を送れそうだ。
 抱えている荷物を持ち直しながら、そんなことを考えた矢先…。
「おぉい!!ちょっと待ってくれー!!」
 後ろからザハムの声が聞こえ、ソフィスタは肩を震わせた。
「む、ザハムではないか」
 先にメシアが後ろを振り返り、彼の姿を確認した。ソフィスタも、気が重そうにゆっくりと振り返る。
 ザハムは頭に包帯を巻き、顔の所々に絆創膏を貼っているが、普通に駆け寄ってくる様子を見ると、そんなに重傷ではなさそうだ。
 警棒は所持していないようで、熱くなっている様子も見られない。
「はぁっ…ま・まだ走ると…きついんだ…」
 ソフィスタとメシアの前までくると、ザハムは立ち止まり、膝に手をついて息をきらす。
「何の用ですか?もうメシアの誤解は解けたはずなんですけど」
 背中を曲げているザハムを見下ろし、ソフィスタは少し冷ややかな口調で言った。
「ちょっと待て…そのことなんだが…」
 呼吸を整えながら、ザハムはメシアを見上げた。メシアは特に表情を変えることなく、ザハムを見下ろしている。
「すまねぇ!!俺が悪かった!!」
 突然、ザハムはさらに姿勢を低くし、メシアに向かって土下座した。頭を下げる際、勢い余って額を石畳にぶつけ、鈍い音が響いたが、ザハムは頭を上げなかった。肩を小刻みに震わせている所を見ると、どうやら痛みを堪えているようだ。
「メシアっていったな。あんたの一撃で目が覚めたぜ。俺がバカだったんだ。あんたの話もろくに聞こうとせずに、一方的に悪者だって決めつけて、正義の味方を気取って追い回して…いや、あんたを捕まえれば昇進できるってことに目が眩んで、見境がなくなっていたんだ!!本当に悪かった!すまん!申し訳ない!!いっそもう一発ぶん殴ってくれ!!」
 何事かと立ち止まり、様子を眺める通行人の視線も気にせず、ザハムは額を石畳にグリグリと押しつける。
「やめて下さいよ、こんな所で。悪かったって思うんなら、もう関わってこないで下さい」
 ザハムの誠意を全く受け入れず、逆にうっとうしがっているソフィスタは、そう言って踵を返した。しかし、メシアがザハムを見下ろしたまま動かないので、ソフィスタも数歩進んだ所で立ち止まり、仕方なさそうに振り返る。
「…もういい。頭を上げろ」
 メシアはその場にしゃがみ込み、ザハムに声をかけた。
「私は己の身を守り、己の考えを通すために拳を振るったにすぎぬ。お前の目を覚まさせたのは、私の拳ではなく、お前自身だ」
 メシアの言葉を聞き、ザハムは顔を上げた。メシアは左腕だけで荷物を抱え、右手をザハムに差し出している。
「己の過ちに気付き、それを恥じて認めることができるお前は、誠実な心の持ち主である。その心を、より大切にし、これからも己の守るべきもののために働くがいい」
「…お・お前…」
 差し出された手をザハムが掴むと、その手を引きながら、メシアは立ち上がった。ザハムもメシアより少し遅れて立ち上がる。
「…メシア。その自警隊員が、お前を捕まえて昇進するんだって騒いでいたこと、忘れていないか…?」
 呆れた顔でメシアとザハムのやりとりを眺めながら、彼らに聞こえない程度に、ソフィスタはボソッと呟いた。
「ありがとう。あんた、男だぜ!」
 掴んだメシアの右手を、ザハムは両手で強く握り締めた。何やら感激しているらしく、腕が僅かに震えている。
「今回の件については、本当にすまなかった。もう二度と、見かけだけで誰かを悪者扱いしたりしねぇ。もっと相手のことを、よく考えるようにするよ。それと…もし何かあったら、遠慮無く言ってくれ。俺は全面的にあんたに協力するぜ!」
 ザハムも、メシアに負けず劣らずの単純野郎のようだ。あれだけメシアを悪者扱いし、追いかけ回していたというのに…いや、だからこそ、誤解が解けるなり、ここまで協力的な態度を取るのだろう。
「そうか。それは頼もしい!」
 メシアのほうも、あれだけ追い回されていたというのに、それを全く根に持たず、ザハムの態度を素直に受け入れた。この二人の単純野郎のやりとりに、ソフィスタは心底呆れ、帽子を掴んで俯いた。
「ああ、頼りにしてくれよ!…それと、もう一つ…」
 ザハムが急に声のトーンを落としたので、どうしたのかとメシアは首を傾げ、ソフィスタも顔を上げてザハムを見る。
「俺、自警団の中でも、けっこう腕っ節には自信があったんだ。だが、あんたには負けた…しかも、一撃でだ。あんたに全面的に協力するってのは嘘じゃねぇが、俺にゃそれが悔しくてたまらねぇ。だから…」
 メシアの手を離し、一歩後ろに下がると、ザハムは右手人指し指をメシアに突きつけた。
「怪我が治ったら、俺は男の意地にかけて、あんたに再戦を求めるぜ!」
 メシアは目をぱちくりさせて驚き、ソフィスタはあからさまに嫌そうな顔をする。
「…あの、何勝手なこと言ってるんですか。再戦なんて、そんな自分勝手で迷惑な話…」
「うむ、よかろう!」
 ソフィスタは断ろうとしたのに、メシアは胸を張ってザハムの申し出を承諾した。
「おいバカトカゲ!てめーも勝手なことをぬかすな!!」
「だが、すぐに受けて立つことはできんな。私には、神より承りし使命があるのだ。それを果たすまでは…」
「使命?そうか。それでもかまわねえ。あんたが、その使命とやらを果たすまで待ってるぜ」
 ソフィスタに文句を言われても、メシアもザハムも全く聞いていない。どんどん話を進めていく。
「それまでは、俺とあんたはマブダチだ!仲良くやっていこうぜ!」
「ま・まぶだち…?」
「おう!友達ってことだ!それも特に仲良しのな!」
 ザハムは再びメシアの右手を取り、固く握手をした。
 今まで、人間に正面切って「友達だ」と言われたことが無かったメシアは、ザハムの言葉に表情を綻ばせ、その手を握り返す。
「…そうか…うむ、そうであるな!私たちは、まぶだちである!」
 メシアが笑顔でそう言うと、ザハムもニカッと歯を見せて笑った。
 そんな和気藹々としている二人とは打って変わって、ソフィスタはひどくげんなりとしていた。
 せっかく自警隊らの誤解が解け、街でメシアと行動しやすくなったと思いきや、やたらと暑苦しい自警隊員に慣れ親しまれてしまった。
 メシア一人でさえ、常識外れの単細胞っぷりで問題を起こしているというのに、この自警隊員と二人揃うと、一体どんな騒動を起こしてくれるのだろう。
 むしろ、今日既に二人で街を駆け回り、暴れ回っていた。
「…仲良くするのはいいんですけど…もう迷惑なことはやめて下さいよ」
 しかし、例えバカでもザハムは立派な自警隊員。味方につけておけば何かと便利なこともあるかもしれないと妥協し、ソフィスタはため息混じりに二人に告げた。





 日が暮れ始めた頃、第三区自警隊の詰め所に、四人の隊員が戻ってきた。
「あ〜あ。結局、骨折り損だったわけか」
「骨、補充しないとな。冷蔵庫の中の牛乳、まだ残ってたっけ」
「まあ、これといった怪我人が出なかったのは幸いだったよな」
「ザハムは自業自得だし、俺たちも怪我はしなかったわけだし。一件落着ってとこだな」
 メシアの紅玉によって倒された、自警隊員たちである。彼らは、手頃な椅子を見つけて座ると、今日の疲れを吐き出すように、大きくため息をついた。
「あー疲れたぁ」
「おやっさん、大丈夫っすか?過労で倒れません?」
 四人の内、最年長と見られる中年の自警隊員は、若い隊員が冗談交じりに言った言葉に対し、「年寄り扱いするな」と笑って返した。他の隊員も、つられて笑い出す。
 そんな和やかな雰囲気が漂う中、何気なく視線を上げた中年の自警隊員は、その先にあるものに気付くと、僅かに身を乗り出した。
 中年の隊員は眉間にしわを寄せ、それを凝視する。
「…おやっさん?どうかしたんですか?」
 彼の様子を不思議に思った隊員が、小声で声をかけた。
「え、いや…何でもない」
 中年の隊員は視線を落とし、一つ息をつくと、椅子に座り直した。
「…やっぱり、似ていないか…」
 そう小声で呟いて、もう一度だけ、天井近くの壁に掛けられている額を見遣ると、中年の隊員は、他の隊員たちとの談話に戻った。

 額の中には、十字の紋が入ったマントを羽織り、赤い冠を被った、威風堂々とした出で立ちの男の肖像画が収められていた。


  (終)

あとがき


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