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ありのままのメシア 第四話


   ・第二章 魔法力測定及び魔法特性判定

 アーネス魔法アカデミーに入学する者は、何も魔法使いとしての独立を目指す者だけではない。魔法を教える側の教師や、魔法に関する研究者を目指す者もいる。
 魔法アカデミーには三つの学部があり、入学時には、各自の進路に見合った学部を選択することになっている。
 魔法使いを目指す者は、『魔法技術学部』。
 魔法教師を目指す者は、『魔法教育学部』。
 そして、魔法研究者を目指す者は、『魔法研究学部』を選択し、各学部は卒業と同時に資格を得られる。
 ソフィスタが選択した魔法研究学部では、魔法力の高低より、魔法に関する知識が問われるもので、大した魔法力が無くても、成績にはあまり響かない。
 しかし、魔法に携わる以上、自身の魔法力を把握する必要はあるし、魔法力が高いほうが進路に有利なのは当然である。そのため、魔法力測定テストと実技テストは、どの学部でも定期的に行われていた。
 人間の魔法力の上限は、まだはっきりとされていないが、魔法アカデミーの生徒の魔法力は、測定テストによって六段階で評価される。
 レベル1からレベル5までは、魔法アカデミーで測定される範囲内であり、それ以上はレベル6となる。魔法を使えるほどの魔法力の最低水準がレベル1とされており、魔法力を特に鍛えている技術学部では、卒業する頃にはほとんどの者がレベル4に達している。
 レベル4は、技術学部の卒業生としては十分な魔法力であり、レベル5と測定される者は、魔法力だけならエリートとされる。レベル6となれば、もはや熟練の魔法使い並の魔法力である。
 ちなみに、ソフィスタの前回の測定テストの結果は、レベル5である。技術学部以外で、魔法力がレベル5以上の生徒は他にもいるが、ソフィスタは加えて頭も良いため、誰よりも羨まれていた。
 それはそうと、入学当初から行われていた魔法力測定テストの、今までの結果が記された用紙を教師から受け取ると、ソフィスタはメシアと共に、指定された教室へと向かった。

 教室に入り、二つ並んで空いている席を見つけると、ソフィスタはメシアと二人でそこに座った。
 マントは椅子の背もたれに掛け、帽子は個室から持ち出してきた鞄の中に突っ込む。代わりにペンケースを取り出し、机の上に置いた。
 肩に乗っていたセタとルコスは、邪魔にならないよう机の下に潜り込む。
 先に行われる測定テストが始まるまで、まだ少し時間があり、他の席に着いている生徒たちのほとんどは、おしゃべりで時間を潰している。
 中には、メシアを見ながら声を潜めて話をしている者もいたが、それに気付いてもメシアは黙っていた。しかし、いい顔はしない。
 この教室には、前回の魔法力測定テストでレベル4以上と認められた、育成学部と研究学部の生徒が集められており、知っている顔が数人ある。
 間もなく始業の鐘が鳴り、書類を抱えた一人の女性教師が、外から教室の引き戸を開いた。とたんに、教室内のざわめきは消える。
「はい皆さーん、席に着て下さいねー」
 教室に入り、後ろ手で引き戸を閉めると、女性教師はヒール音を響かせて教卓へと向かって進んだ。
 年の頃は四十代だろうか。化粧は厚く、服装も派手で、いかにもきつめのおばちゃんっぽい雰囲気を漂わせている。
「ソフィスタ。あの者もアズバンと同じように、この学校の教員なのか?」
 メシアが小声でソフィスタに尋ねた。ソフィスタも、声を潜めて答える。
「ああ。魔法研究学部のエメルディア助教授…っつっても、お前には難しいか。余所の生徒を教えている、エメ先生だ」
 エメは教卓の前に立つと、席に着いている生徒らを、ざっと眺めた。そして、ソフィスタとメシアに焦点が合うと、メシアの姿に驚いた顔をしたものの、すぐに落ち着きを取り戻し、書類を一枚取り出して軽く目を通した。
「ええと…ソフィスタさん、その隣の緑色の人の話は、校長から聞いていますが…彼も測定テストを受けるの?」
 そう問われたソフィスタは、少し考えてから答える。
「いいえ。でも、もしよろしければ、コイツにもテストを受けさせてもらいたいのですが」
 ソフィスタの発言に、メシアは思わず「えっ?」と声を上げて彼女を見た。彼のみならず、他の生徒たちもソフィスタに、そしてメシアに注目する。
「おい、なぜ私まで、そんなテストとやらを受けねばならんのだ」
「別にいいだろ。あんたも魔法力に興味あるんじゃない?自分の魔法力がどれくらいのものか、調べてみたいとは思わないのか?」
 メシアが魔法力に興味を持っていることに確信があって、そう言ったわけではない。彼の魔法力がどれほどのものかを本当に知りたがっているのは、ソフィスタのほうであった。
 だが、「本当は興味があるのではないか」と尋ねることで、メシアがその気になれば、こちらのものである。
「…うむ、まあ…それはそうだが…」
 ソフィスタの思惑通り、メシアは言葉に誘導され、魔法力に興味を持ち始めたようだ。ソフィスタは微かな笑みを浮かべ、心の中で「単細胞め」と呟く。
「そう。まあ、測定用紙は余っているし、かまいませんよ」
 あっさりと許可を出したエメに、ソフィスタは「ありがとうございます」と言った。
「それでは、さっそく測定用紙を配ります」
 エメは、クリーム色の封筒を取り出し、生徒たち一人一枚ずつ配り始める。
「そちらの緑色の方…メシアさんって名前だったかしら。魔法力を測定するのは初めて?」
 ソフィスタのもとへ回ってきたエメは、彼女に封筒を二枚渡しながら、そうメシアに尋ねた。メシアは「うむ」と頷き答える。
「じゃあソフィスタさん、彼に測定用紙の使い方を教えてあげてね」
 そう言ってエメは、まだ測定用紙を配っていない生徒のもとへと向かった。
「この封筒の中に、測定用紙が入っている。まだ取り出すなよ」
 ソフィスタはグローブを外し、封筒を一枚メシアに渡した。メシアは受け取った封筒の口を広げ、中を覗き込む。確かに、折り紙みのような用紙が一枚だけ入っている。
「それが測定用紙だ。エメ先生が、始めって言ってから取り出せ。あとは、ただ持っているだけでいい。線が何本か浮かび上がってくるだろうけど、気にするな。時間が経てば変化は止まる」
「…たったそれだけで、私の魔法力が分かるのか?」
「そうだ。その紙には、そういう魔法が込められているんだよ」
 封筒の中に入っている測定用紙は、触れている者の魔法力に応じて線が浮かび上がり、その数から魔法力のレベルが、色からは個人の魔法特性が分かる仕組みになっている。これも魔法アカデミーで開発された、一種のマジックアイテムだ。
 魔法力は、人間が使うあらゆる魔法の動力であるが、使える魔法には個人によって向き不向きがある。その向き不向きが、魔法特性だ。
 人間が使用する魔法は、大きく三つに分けられている。物質操作系と、精神感応系、そして空間歪曲系である。
 何度もメシアを殴り飛ばした、魔法力を純粋な破壊力に変える魔法や、魔法による攻撃を防いだ防護結界、炎や水を生じさせる魔法などが、物質に働きかける力として、物質操作系に属する。操作系にも、操る対象にまで向き不向きがある。
 精神感応系は、催眠術や幻惑などといった、自分や相手の精神に働きかける魔法で、肉体を強化させたり、体の一部を変化させる魔法も、精神感応系に属している。特に、体の一部を変化させる魔法は高度なもので、下手に使うと元に戻らなくなる場合もある。
 最後に、空間歪曲系。特に知られているのが、空間転移魔法と呼ばれる、一瞬にして遠く離れた別の場所へ移動する魔法である。他、物体が物体をすり抜けたり、遠くの景色を目の前に映し出したりする魔法が、空間歪曲系に分類されている。
 その他、未分類の魔法も存在するが、そこまでメシアに説明し、理解させるのは、ものすごく面倒臭い。そもそも、物質操作系だの精神感応系だのという用語は、一般ではあまり聞かなず、魔法アカデミーの学生や、魔法に携わる職に就いている者しか使わないし、覚えなくても魔法は使える。
 今は測定のやり方だけ教えて、あとは結果が出てから、必要に応じて教えればいいだろう。ソフィスタがそう考えている間に、測定用紙を配り終えたエメが、教卓の前に戻った。
「全員、測定用紙を受け取りましたね。開始の合図をしたら紙を取り出して下さい。測定時間は一分間。ほとんどの人は時間前に測定用紙の色の変化が止まるでしょうけど、終了の合図があるまでは紙を放さないで下さい。測定が終わったら、封筒に名前を書いて測定用紙を入れ、テスト中になくさないよう持ち歩いて下さい。…何か質問はありますか?」
 エメの言葉を聞いて、メシアは困った顔でソフィスタを見た。エメに質問したいことでもあるのだろう。
「質問は、あたしにしな。とりあえず、測定だけ先にやれ。分からないことがあったら、その都度あたしに聞いていいよ」
 ソフィスタが小声でメシアに告げると、メシアは頷き、前を向き直る。
「質問はないようですね。では、これより魔法力測定及び、魔法特性判定を行います。封を開け、中の測定用紙をすぐに取り出せるよう、準備して下さい」
 生徒たちは封筒を手に取り、口を広げた。エメは生徒たちをざっと眺め、全員が測定の準備を整えたことを確認すると、ゼンマイ式の懐中時計を取り出した。
「それでは、用意………始めて下さい」
 時計の秒針がキリの良い数字を指し示すタイミングを見計らって、エメが測定開始を告げた。生徒たちが一斉に測定用紙を取り出し、測定用紙と封筒が擦れる音を響かせた。
 測定用紙はハガキと同じ程度のサイズで、やや厚みがある。両面真っ黒だが、ソフィスタが手にした測定用紙には、青い色の棒線が一本、さっそく浮かび上がってきた。
 一本目の青い棒線が完全に浮かび上がると、その隣に二本目の棒線が浮かび上がってくる。未だ真っ黒のままの測定用紙を手にしているメシアは、その様子に目を丸くした。
 他の生徒たちの測定用紙も見てみると、青の他に、赤と黄色の棒線が浮かび上がっていることに気付く。
「ソフィスタ。色違いの棒線が浮かび上がっているようだが…色が違うことで、一体何が分かるというのだ?」
 メシアに尋ねられ、ソフィスタは「後で教えてやる」と面倒臭そうに言った。メシアはしぶしぶ口を閉ざし、視線を自分の測定用紙へと戻す。
 測定開始の合図から、二十秒は経過している。メシアの測定用紙に、線は全く浮かび上がってこない。
 三本目の青い棒線が浮かび上がってきているソフィスタは、余っている腕で頬杖を着き、横目でメシアの測定用紙を眺めていた。
 …浮かび上がってこないな。まあ、あたしが見た所、メシアの魔法力は測定用紙で計れるほども無かったからな。
 昨晩、ソフィスタがメシアに説明した通り、魔法力は生物に備わっている様々な力の一つであり、魔法力が全く無い生物などありえないとされている。
 だが、この測定用紙で計れるのは、少しでも魔法が使えるほどの魔法力のみ。それ以下の魔法力は、この測定用紙には認識されない。
 メシアのように、棒線が全く浮かび上がらない例は、アーネスの外では多いことだ。魔法学の街アーネスだからこそ、測定用紙で計れるほど魔法力の高い者が集まっているのである。
 ましてや、この教室に集められた生徒は、全員前回の魔法力測定テストでレベル4以上と認められた者なのだ。棒線が浮かび上がって当然である。
 しかしメシアは、自分が手にしている測定用紙だけが真っ黒であることに、不安を覚えているようだ。ソフィスタが詳しく説明しなかったせいではあるが。
 エメが測定終了時間十秒前を告げた。ソフィスタは自分の測定用紙へと視線を戻す。
 ソフィスタの測定用紙の変化は止まっており、青い棒線が五本、くっきりと浮かび上がっていた。これは、ソフィスタの魔法力はレベル5で、特性は物質操作系であることを示している。ちなみに、赤い棒線は精神感応系、黄色い棒線は空間歪曲系を表す。
 六本目もうっすらと浮かび上がっているが、完全に浮かび上がらなければ数の内には入らない。
 …前回と、ほぼ同じ結果か。まあ、こんなもんだろ。
 一つ息をつき、ソフィスタは再びメシアを見遣る。
 メシアは測定用紙に顔を近づけ、何やら凝視している。相変わらず線が浮かび上がらないのだろう。
 指に込めた力で用紙は折れ曲がり、厚みがある黒い紙のため、折り目の外側が僅かに裂け、そこから白い繊維が覗いている。
「測定終了五秒前。四…三…」
 懐中時計の秒針の動きに合わせて、エメはカウントダウンを始めた。
 メシアは表情に焦りの色を浮かべ、エメと測定用紙を二回ほど交互に見た後、視線はソフィスタに留まった。ソフィスタは小声で「諦めな」と言う。
「はい、終了です」
 エメの合図と同時に、気張っていた生徒たちの力が抜け、椅子が揺り動かされる音で教室内は満たされた。
 メシアも指と肩の力を抜き、どうせ変化はないのだろうと、折り目がついてしまった測定用紙をろくに見もせずに封筒に入れた。
「結局、変化無しだったな。さ、封筒に名前を書きな」
 ソフィスタも自分の測定用紙を封筒に入れると、ペンケースを開けて鉛筆を二本取り出し、一本をメシアに渡した。メシアは鉛筆を受け取り、両端を指でつまんで不思議そうに眺める。
 ソフィスタは自分の封筒にさっさと鉛筆で名前を書くと、鉛筆を見つめたまま動かないメシアの様子を観察し始める。
 やがてメシアは、左手で封筒を押さえ、右手で鉛筆を握った。鉛筆の先が尖っているほうが、ちゃんと下を向いている。
 ソフィスタが鉛筆を使っているところを見て、見よう見まねで使おうとしているのかもしれないが、そう考えるには握り方が様になりすぎている。
 …やっぱり、メシアの故郷にも鉛筆みたいに細長い筆か何かがあるってことだな。
 メシアが身に着けている戦士の装束は、染め織りの技術が無ければとても作れないものだ。彼の種族の文明が、指で壁画を描いているほど原始的ではないということには気付いていたし、紙に文字を書くという行為も彼は知っていたので、細い筆で細かい文字を書くこともできるだろうと推測していたが、確信を得たのは、今日が初めてである。
 …あとは、コイツがどんな文字を書くかだな。
 人間が使う文字は、国によっては種類が違うが、一般的にはソフィスタが封筒に名前を書くのに用いた文字で、ほぼ統一されている。
 もしメシアの使う文字が、余所の国で使われている文字だとしたら、そこから彼の故郷の場所を絞り込めるかもしれないし、他にもメシアの種族について、新たな発見があるかもしれない。
 ソフィスタは口元に微かな笑みを浮かべ、メシアが文字を書かんとする様子を見張っていたが、ふと、メシアは何かに気付いたような顔をして、鉛筆を握る手を大げさに振り上げ、紙から離した。
「っと、い・いかん!危なかった…」
「はあ?何が?」
 もう少しでメシアが使う文字が分かったというのに、期待を裏切られ、ソフィスタは苛立った口調になる。
「我々が用いる文字は、人間たちに知られてはいけない文字なのだ」
「何で?誰が決めたんだそんなこと」
「我ら種族の、昔からの掟である」
「昔って…正確にはいつからだ?」
「聞いた話では千年ほど前から…あ、いや、これ以上質問には答えられん!」
「…あ、そう…」
 もっと追求したかったが、あまりしつこくすると、かえって口を閉ざしてしまうだろう。それに、他の生徒たちは封筒に名前を書き終え、エメが次の測定テストが行われる場所を指示しているので、のんびりとはしていられない。そっけない返事で会話を中断し、メシアの封筒を取り上げると、ソフィスタが代わりに彼の名前を書いた。
 …でも、千年ほど前ってことは、千年以上も前からメシアの種族の中で文字が使われていたってことだよな。そして、千年以上も人間に発見されることなく、この大地で生き続けているってことでもある…。
 メシアの名前を書き終え、自分の封筒と一緒に鞄の中に入れると、ソフィスタは外したグローブを着け直した。
「さ、次は実技テストだ。別の場所で行われるから、移動するぞ」
 そうメシアを促し、マントと鞄を抱えて席を立ったソフィスタの肩に、机の下から這いだしたセタとルコスが飛び乗る。
 続いて立ち上がったメシアも、彼女の後ろについて教室を出た。


 *

 以前、魔法生物マリオンと戦った部屋は、実験棟にある第四実験室であったが、その部屋の名称を、メシアは知らない。
 そのため、次の測定テストが第五実験室で行われると聞いても、どんな部屋なのか、どこにあるのか、ピンとこなかった。
 ソフィスタに尋ねても、「来ればわかる」と言って教えてもらえなかった。単に教えるのが面倒臭いだけなのだろう。
 しかし、測定用紙に現れる線と、その色については教えてもらえた。精神感応だの空間歪曲だの、メシアには聞き慣れない単語が出たが、それについても説明してくれた。
「では、線が浮かび上がらなくても、魔法力が全く無いということはないのだな」
「ああ。測定用紙で計れる魔法力の最低値より低いってだけで、魔法力が全く無いとは言い切れないんだ」
 廊下を歩いている間、メシアはずっとソフィスタと話し続けていた。
 ソフィスタの説明は大雑把ではあったが、要点は押さえていて分かりやすく、魔法に関しては素人のメシアにも、完全にではないが八割方は理解できた。
 メシアのほうも、ソフィスタの話をしっかりと聞き、分からないことがあれば尋ねるが、同じ質問は繰り返さない。それが教える側にとっては気持ちいいのか、なんとなくだがソフィスタの機嫌は良さそうだ。
「だが線が現れなければ、魔法特性というものも分からないのだな」
「そうだ。まれに例外もあるけど、基本的には現れた線の色によって特性を判別するから、線が出てこない以上、特性も分からないよ」
「例外とは?」
「…挙げるとキリがないけど…一つとして、アンチマジック系がある。これは、魔法の効果を打ち消す魔法のことだ」
 やがて実験棟に入り、地下へ続く螺旋階段を下り始めた。その階段が、ミーリウと共に第四実験室へ向かった時に下りた階段であることを思い出し、あの部屋が第五実験室なのだろうかと、メシアは考えた。もちろん、その考えは的を掠めた程度にすぎない。
「魔法で魔法を打ち消すとは、どういうことだ?」
「詳しく説明すると長くなるんだけど…動いている物体どうしをぶつけて動きを止めるようなものだ。難しく考えなくていい」
「そうか…。それで、その特性だと、測定用紙にはどう現れるのだ?」
「白い線が現れる。あの測定用紙で判別できるのは、先に説明した基本的な三種類の特性だけだ。それ以外の特性は、アンチマジック系に限らず判別ができないから、魔法力だけ測定されて、線に色が着かないんだよ。だから、白い線が浮かび上がった奴の特性は、別の方法で判別される」
「その方法で、私の特性を調べることはできぬか?」
「いや、実際に何かしらの魔法を使って特性を調べるから、魔法が使えないお前の特性は調べられないよ。次の実技テストも、実際に魔法を使って、どれだけ魔法を上手く使いこなせるかを調べるテストだから、お前にゃ受けようがないね…」
 話している間に、螺旋階段を下り終えた。左右に伸びている廊下で、生徒たちが列を作って並んでいる。
 右側の廊下は第四実験室へと続いており、メシアが壊した壁は、木材によって応急処置されていた。
 ソフィスタとメシアは、左側の廊下の奥から伸びている列の、最後尾に着く。
「ソフィスタ。この列は?」
「実技テストの順番待ちだ。各特性に分かれて、実験室の中で、四人くらいでまとめてテストを行うから、あたしがテストを受けている間は、お前は外にいな」
「外?どうしても外で待っていなければいかんのか?」
 メシアがソフィスタの家に滞在し、行動を共にしている目的は、ソフィスタが魔法生物を作り出さないよう、監視するためである。
 トイレや風呂は仕方ないし、ソフィスタと出会って間もない頃に比べると妥協するようにはなったが、それでもできる限り、彼女から目を離したくない。
「言いたいことは分かるよ。あたしの監視を続けたいんだろ?部屋の外からでも中の様子が見える所があるから、そこで大人しく待ってな。ついでに魔法ってのがどんなものか、実際に見て勉強しておくといいよ」
「…分かった」
 メシアが頷くと、二人の会話はそこで途切れた。
 話すことがなくなってしまったので、メシアはソフィスタと一緒に黙って列の最後尾で順番待ちをしていたが、後ろのほうから、わざとらしい足音が聞こえてきたので、そちらを振り返った。
「奇遇ね〜ソフィスタさん。また会うなんて」
 そう言ってメシアの後ろに並んだのは、今朝、地理室で会った女生徒の内の三人だった。
 ソフィスタは彼女たちの姿を確認すると、興味無さそうに前を向き直った。
「ちょっと、今朝会ったばかりなのに、もうあたしたちのこと忘れたの?」
「覚えているに決まっておろうが!!今朝は私とソフィスタに悪口を叩きおって!」
 ソフィスタとは逆に、メシアは彼女たちと向かい合うと、早速今朝の口ゲンカの続きを始めた。メシアの大声は廊下の隅々まで響き渡り、それに驚いた他の生徒たちは、メシアらに注目する。
「馬鹿野郎!相手にするなっつっただろうが!」
 声を潜めてソフィスタがメシアを叱りつけた。メシアはソフィスタを振り返り、文句を言おうとしたが、彼女の肩から伸びたセタに口を塞がれた。
「お前が静かにしていてくれなきゃ、あたしが文句を言われるんだ!これ以上騒ぎを起こされると、また面倒なことになるだろ!」
 メシアはセタを振り払おうともがいていたが、ソフィスタの言葉を聞くと、不満そうではあるものの、大人しくなる。メシアの声に驚かされていた女生徒たちは、それを見て、平静を装ってまた嫌みを言い始めた。
「や・野蛮なトカゲねぇ。あたしたちは実技テストを受けるために来たのよ。たまたま、あなたたちの後ろに並んだだけじゃないの」
「今朝のこと、まだ根にもってるの?しっつこいトカゲ〜」
「あんた彼女いないでしょ。あ、ゲテモノ好きのソフィスタさんがいたっけ。変人同士のお似合いカップルじゃな〜い」
 耳障りな声で笑う女生徒たちを、セタをひっぺがしたメシアは、怒りに満ちた瞳で睨みつけた。
 羽織っている巻衣の下で固く握った拳は僅かに震え、筋骨隆々の腕は、さらに筋肉を膨らませる。
 巻衣の上から、その腕にソフィスタの両手が添えられた。
「だから相手にするなと言ってるだろ」
 そう呟くソフィスタの声は、先程メシアを叱りつけたものとは打って変わって、ひどく落ち着いていた。
 声量を抑えているからでもあるが、いつもの冷徹さとはどこか違った冷たさがあり、沈んでいるとも感じ取れそうな、その声は、三人の女生徒に対して怒っていたメシアの熱まで冷まし、落ち着きを取り戻させた。
「…ソフィスタ?」
 メシアは不思議そうにソフィスタを見下ろし、彼女の名を小さく呼んだ。俯いているため、その表情は窺えない。
 ソフィスタは、ため息を一つつくと、メシアの腕から手を離し、顔を上げた。
「お前らさぁ…そうやってバカの一つ覚えみたいにガキ臭い話しかできねーのか?しかも他の生徒が見ている前で。忠告しといてやるけど…それ以上喋らない方がいいぜ。そのほうが、まだ頭良さそうに見えなくもない」
 いつもの、涼しげで面倒臭そうな顔を女生徒たちに向け、ソフィスタは言った。小さく笑い合っていた女生徒たちの表情が固まる。
 今まで無関係とばかりにメシアたちから目を逸らしていた、他の生徒たちも、ソフィスタの発言と態度に驚かされ、思わず彼女を見遣る。
「な…ソフィスタ、そうやって貴様まで奴らを悪く言うから、いつまでたっても…」
「メシア。そいつらみたいに頭の悪い連中の中傷にまともに付き合っていると、お前まで頭悪くなるぞ。それ以上バカになる余地があればの話だけどね」
 ソフィスタを悪く言っている者に対して怒っていたというのに、さらりとひどいことを言われてしまう。
 ポカンと口を開き、女生徒たちと同様に固まっているメシアに、ソフィスタはさらに「言ったそばからバカ面するな。救いようがなくなる」と追い打ちをかけ、前を向き直った。
「…ソフィスタ…貴様こそ、そうやって私をバカだバカだと連呼するのをやめろ!何度も言われていると、さすがに自分に自信が持てなくなってしまうではないか!!」
「最初から自信が持てるほど頭よくないだろ」
「そこまで言われるほどではないわ!そもそも、頭の良し悪しというものはなー!貴様の価値観だけで決めてよいものではなく…」
「おい、うるさいぞ!静かにしなさい!」
 廊下の奥のほうから、教員の厳しい声が聞こえ、思わずメシアは言葉を止め、ざわついていた生徒たちも静まり返った。
 メシアはソフィスタに「お前のせいで怒られた」とばかりに睨まれ、負けじと睨み返したが、軽く無視される。
 これ以上は何を言っても無視されてしまいそうだし、騒げばまた叱られるので、仕方なく、メシアは黙ることにした。
 二人の割り込める余地のないケンカに、すっかり蚊帳の外に追いやられてしまっていた女生徒たちも、ソフィスタに文句を言いたそうにしていたが、顔を合わせて小さく舌打ちをし、それ以降は何も言わずに後ろに並んでいた。


  (続く)


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