・第十章 目的「動く標的に空間転移魔法を使うのは、とても難しいんだ。ましてや、大きなものを目の届かない場所へ移動させるとなると、それなりの魔法力とコントロール、もしくは誰かの補助や下準備が必要となる」眠っているソフィスタの体を引きずってメシアから離れるエメの様子を、横目で確認しながらアズバンはメシアに話す。 「動かない物体や、転移魔法を任意で受ける人間が相手ならいいけれど、君たちのように逃げ回る者が相手だと、カトル先生のMAゴーレムのように、魔法を光線にして当てるなどしなければいけない。…それで何とかなると思ったけれど、どうやら我々は、君たち頭脳派と肉体派のコンビを甘く見ていたようだ」 奇妙な柄の杖を持った生徒がエメに駆け寄ると、エメはソフィスタをその場に横たわらせて、一歩後ろに下がる。 「光線や、物理的な攻撃を通じて転移魔法を使うのに、君たち相手には効率が悪いことが分かったよ。そこで、マジックアイテムと転移魔法を組み合わせて使い、新たに感染仲間に加わったエメ先生にも協力してもらって、まずは君たちの動きを封じ、それから転移魔法を使うことにしたんだ」 アズバンは、「見なさい」とあごでソフィスタを指した。杖を持った生徒は、杖を水平に構え、目を閉じて何やら呟いた。 すると、ソフィスタを囲んで地面に光の魔法陣が浮かび上がり、強く輝いてソフィスタの体を包み込んだ。 光はすぐに消え、そこにソフィスタの姿はなく、微かに残っていた魔法陣の光も、やがて弾けて消えてしまった。 「ごらんのように、物質操作系と精神感応系の魔法で先に動きを止めれば、時間や魔法力を無駄に浪費せずに転移魔法をかけることができます。…以上、アズバン先生の魔法講座でしたー」 そう言って一礼をするアズバンに、周りの感染者たちが拍手を送る。そんな和やかな授業風景とは裏腹に、拘束リングで頭を締め付けられているメシアは、アズバンが話している間も、もがき苦しみ続けていた。 「…メシアくん。私は君に話しているんだよ。ちゃんと聞きなさい…って、ムリか」 アズバンはため息をつき、メシアを見遣る。 腰に巻いているソフィスタのマントと、いつもは束ねている銀髪を振り乱し、メシアはリングの痛みに何度も悲鳴を上げていた。 胴に取り付けられた拘束リングに巻き込まれている腕は、リングを内側から力任せに外そうと太く膨れ、血管が浮かび上がっている。 しかしリングはびくともせず、締め付けている部分の肉が赤みを帯びるばかりであった。 このままでは、皮膚が裂けるか気を失うか、時間の問題だろう。 「さ、次はメシアちゃんの番よ。先に眠らせてあげるから、大人しくしていなさい」 エメがメシアに手をかざしながら、ゆっくりと近付いてくる。彼女の右腕の袖は捲られており、露出している皮膚には真新しい噛み傷があった。 「ちょっと転送の魔法を使って、地下にあるゴーレムの格納庫に送るだけだから、心配しなくていいのよ。ソフィスタさんとも、そこで会えるはずよ」 いつもと変わらない、エメの口調と微笑み。だが、彼女は確かにヴァンパイアカースに感染しているのだ。 エメだけではなく、アズバンも含む、ここにいる人間たち全員が。 頼れる人間のソフィスタも、ゴーレムの格納庫とやらに転送されてしまった。もう周りは敵しかいない。 両腕の自由も利かない。頭を締め付けられて、痛みだけではなく吐き気まで込み上げてくる。 もはや冷静に頭を働かせられなかった。 この痛みから解放されることと、敵を倒すこと、そしてソフィスタを探しにいかなければいけないということだけが頭の中に残り、その手段を慎重に考える能力は、どこかに隠れてしまった。 メシアは、近付いてきたエメを血走った目で睨みつけた。その獣のようにギラつく瞳に怯え、エメはつい立ち止まってしまう。 「うおおおおぉぉぉっ!!」 エメが怯んだ隙に、メシアは肩からエメに突っ込んで体当たりをかました。 メシアの体当たりを真っ向から受けたエメは、勢いよく倒れ、地面に背中を強く打ち付けた。 「エメ先生!」 エメの近くにいた杖を持った生徒が、彼女の名を叫んだ。 その声が耳に届いた時、メシアは反射的に地を蹴った。 杖を持った生徒が、メシアの標的が自分であることに気付いた時には遅かった。大きな体に比例して歩幅も広いメシアは、二歩進んだだけで杖を持った生徒の目の前まで迫り、怯む暇さえ与えず蹴り飛ばした。 杖を持った生徒は、体を宙に浮かせた後、重力に従って地に伏せる。 周囲の感染者たちは、思わず後ずさってメシアから遠ざかった。 「こらっ、世話の焼ける子だな!」 アズバンも後ずさりながら、メシアの拘束リングをさらに収縮させようと、手をかざした。それと同時に、アズバンの声が聞こえたメシアは、今度は彼に向かって駆けだした。 拘束リングがさらにメシアを締め付けるのが先か、それをメシアが止めるのが先か。周りにいる感染者たちは、そのどちらかを予想した。 だが結果は、そのどちらでもなかった。 突然、細長い何かが何本も飛んできて、アズバンら感染者たちの体に当たった。 メシアの額にも細長い何かが掠ったが、それ以上にリングの締め付けによる痛みのほうが強烈で、我を失いかけているメシアは、その存在にすら気付かなかった。 細長い何かは、先端に玉が取り付けられている矢だった。しかし、それが矢であることに気づくより早く、先端の玉が破裂して黄緑色の煙を噴き出し、感染者たちの視界を覆い尽くした。 荒れ狂う獣のように暴れていたメシアは、その煙を見て我に返った。 「うがっゲホッゴホッ…な・何だ、この煙は…ゲホッ」 アズバンの声が聞こえて、そちらを振り返ったが、メシアの周囲にも大量の煙が立ち込めており、かろうじて感染者たちのシルエットが見えるだけだった。 どうやら全員が咳き込んでいるようだが、咳ではない奇声も聞こえる。 さらに、いつの間にかメシアの体の周りを、赤い光の膜が覆い、煙の侵入を防いでいた。 …これは、紅玉の光? 少し平静を取り戻した頭で、メシアは状況を把握しようとする。 急に煙が出現した理由は分からないが、左手のアクセサリーの力によって、メシアの体は煙から守られていた。 アズバンたちは煙を吸ったため咳き込んでいるようだが、この赤い光のおかげで、メシアは苦しくも何ともない。 いや、頭と胴はリングに締め付けられて苦しいが。 そう思った矢先、不意に二つのリングの締め付けが緩んだ。 あれほどびくともしなかったリングが、急にゴムのように柔らかくなり、少し腕を広げようと動かすと、リングはぐにゃっと変形して伸びた。 …?魔法の効果が切れたのか? 息を切らしながら、メシアは胴のリングを首の高さまで持ち上げる。 リングが取り付けられていた部分の腕の皮膚には擦り傷ができており、柔らかくなったリングにも血がついている。 頭に取り付けられたリングに触ってみると、やはり柔らかくなっていた。 ふと、額の辺りを探っていた指が、湿った何かに触れ、同時に僅かな痛みをその部位に覚えた。 指先には、血が着いていた。リングに締め付けられていた部分の少し上あたりに、横一直線に皮膚に浅い傷がついているようだ。 いつ負った傷かは分からないが、大した怪我ではないので、血だけ拭っておく。 …一体、何が起こったのかは分からぬが、この場を離れるのに、これは好都合かもしれん。 リングのせいでだるくなった体を気合いと根性で動かし、メシアは走り出した。 煙は薄れ始めていたが、感染者たちは目も開けられないようで、近くを横切っても気付かれなかった。 「ゴホッ…め・目が痛い…何なんだ、この煙…っうおわぁぁぁ!!ツーンとくるゥゥ!!」 アズバンの悲鳴が聞こえ、メシアは彼を少し心配したが、こちらも感染者に捕まるわけにはいかないので、立ち止まらなかった。 煙の中から抜け出すと、メシアを覆っていた赤い光は、紅玉の中へと吸い込まれていった。 その直後、フラフラしている感染者たちとは違って規則的な足音が聞こえ、メシアはそちらへと顔を向ける。 …あれは、ホーク? 周りが薄暗いため、黒髪と浅黒い肌はよく見えなかったが、小柄な体と大きな鞄の輪郭で、こちらに駆け寄ってくる人物を予測することができた。 「メシアさん、大丈夫?よくあの煙の中から出てこられたね」 メシアの前まで来てホークは立ち止まり、息を切らし始める。その手にはボウガンが握られているが、メシアにとっては変わった弓にしか見えなかった。 「ホークよ、何故ここに?」 「何言ってんですか!助けに来たんじゃないですか!も〜びっくりしましたよ〜。図書館を出たら、校舎のほうが騒がしかったから、何かな〜って思って見に来たら、メシアさんが大ピンチで…」 「め・メシアくん!?どこへ行ったんだ!!」 少し興奮気味のホークの話を聞いていたら、感染者たちの中からアズバンの声が聞こえたので、メシアとホークはそちらを向いた。 煙はほとんど消えているが、感染者たちは、まだ目が開けられないようだ。 「念のため、もう一発っ」 ホークが鞄の中から、先端に玉が取り付けられている矢を取り出し、ボウガンにセットすると、感染者たちに向けて構えた。 「ホーク?それは一体…」 何なのかとメシアが尋ねる前に、ホークはボウガンの引き金を引いた。 矢は勢いよく発射され、感染者たちの足下に落ちると、先端に取り付けられている玉が破裂し、黄緑色の煙を噴き出した。 感染者の集団の中から、悲鳴が上がる。 「へっへ〜、すごいでしょ。ワサビとかカラシとかを混ぜまくった、ボク特性の催涙弾です。魔法は使えないけど、こういうのを作るのは得意なんだ!」 自慢げに笑って言ってから、ホークは「こっちです!いったん隠れましょう!」とメシアを促し、走り出した。メシアは頷き、ホークの後に続く。 「ゴフッふぎゃぁぁっ!!ひどいぞメシアくん!あああまたツーンとくるゥ!!」 立ち込める煙の中でのたうち回るアズバンら感染者の悲鳴を背に受け、メシアとホークは校舎の影へと走り去っていった。 * 固い床に背中を打ち付ける衝撃と痛みで、ソフィスタは目を覚ました。 驚いた勢いで体を起こし、痛みを感じた背中を手で探ったが、怪我をしたわけではないようだ。 自分の体は無事であるということが分かると、周囲を見回し、危険はないかどうか確認する。 そして、すぐ傍に紫色の装甲のゴーレムが立っていることに気付き、ソフィスタは床に尻をついたまま後ずさりした。 形はMAゴーレムと似ているが、それより少し小さい。 …これは…RAゴーレム! さらに後ろに下がってゴーレムから離れると、ゴーレムの装甲全体がソフィスタの視界に納まった。 遠隔式魔法装甲兵…通称、RAゴーレム。MAゴーレムより先に発案され、造られたものである。 しかし遠隔操作は、操作する者とゴーレムの距離が離れるほど難しく、かと言って近づきすぎても遠隔操作の意味がなくなるので、結局ゴーレムの装甲に守られながら操縦するというMAゴーレムの開発が進められた。 RAゴーレムの開発は一時中止となり、今のところ再開発の目処は立っていない。 …これがあるってことは、ココはゴーレムの格納庫か! 魔法アカデミーの地下、第四実験室の奥にある格納庫。ここには何度か出入りしたことがあるし、室内の灯りは全て灯っているので、ここが格納庫であることには、RAゴーレムを見なくても気付けただろう。 RAゴーレムの後ろに青のMAゴーレムも置いてあるが、こちらは動く気配は全く無い。 そう。動いているのは、RAゴーレムのほうなのだ。制止した状態ではあるが、血液のように機体の中を流れている魔法力を、確かに感じ取れる。 「チッ。来たのハ女のほうだけカヨ」 ソフィスタがRAゴーレムを睨んでいると、その機体から声が発せられ、静かな室内にうるさいくらい響いた。 だが、カトルがMAゴーレムから発していた声のように、操縦者の肉声と似た声ではなく、大きさや高さもでたらめで、言葉の一つ一つを繋ぎ合わせたような合成音声だった。 「まあ、こんなモノを転送してヨコスよりかはマシだがな。何を間違えて、服ダケ転送してきたんダカ…」 そう言って、RAゴーレムが持ち上げた腕には、メシアが着ていたらしき白衣と、下着代わりに身に着けていたサラシが乗っていた。カトルのMAゴーレムの転送の魔法によって、この場所に転送されたものだろう。 RAゴーレムは腕を振り、白衣とサラシは宙を舞って床に落とされた。 それより、RAゴーレムから発せられる雑音混じりの音声を聞いて、なんとなく予想していたRAゴーレム操縦者の正体に、ソフィスタは確信を持った。 「お前、ウルドック…いや、ウルドックの右手を媒体にしているヴァンパイアカースだな」 ソフィスタの言葉に反応するかのように、RAゴーレムの額の部分に取り付けられている赤いランプが点灯した。 「…何を根拠に、ソンナコトを?」 ソフィスタは、ゆっくりと立ち上がりながら問いに答える。 「解呪剤を打たれて崩れたウルドックの体から、魔造土が採取された。ちょうど手の大きさに作れるほどの量のな。そして、魔法アカデミーでMAゴーレムと戦っていた時のウルドックの右手は、ずっと警棒を握ったままで、爪も伸ばさなかった。体から切り離されたのに動いている右手を見ていたおかげで、採取した魔造土の使い道を推理することができたよ」 背筋を伸ばして立ち上がると、怯えているとも強がっているともつかない、冷静な態度でRAゴーレムと向かい合った。 「ウルドックは、魔法アカデミーに攻め入る前に、右手を体から切り離し、ウルドック本体は魔造土偽造した右手をつけた。切り離された右手は、ウルドック本体が魔法アカデミー制圧に失敗した時のために、保険として残したんだろ」 ウルドック本体があれだけ派手に暴れた挙げ句に、尋常ではない滅び方をしたら、誰だってウルドックは完全に滅んだと思い込み、右手の偽造に気付かなかっただろう。 ソフィスタも、正気に戻ったウルドックが残した言葉と、採取された魔造土の知らせを受けたから、気付くことができたのだ。 もっとも、気付いた時点では手遅れだったが。 「ヒャァッハ・ハはハハはは!!気付いてイタのに出し抜かれたノカ?バッカじゃネーの!?大した天才ダナァ!!」 RAゴーレムは機体を少しのけぞらせ、言葉の意味も発音も耳障りな合成音声を発した。ソフィスタは内心ムカッとしたが、顔には出さなかった。 「その通りダ。このRAゴーレムとかいうヤツは、ウルドックの右手を乗っ取ったヴァンパイアカースが操作シテイル。…妙な真似をスルなよ?右手がドコからお前を狙っているか分からネエんだぜ」 確かに、ウルドックの右手は見当たらないし、ソフィスタの魔法力も回復していない。例え魔法が使えたとしても、MAゴーレムと同様に強固な装甲と、様々な機能が搭載されているRAゴーレムが相手では、真っ向から戦っても勝てないだろう。 機体のどこかにある『Emeth』という単語の頭文字を削ればゴーレムの機能は停止するのだが、開発中止になったRAゴーレムには、その弱点は付けられていないと聞いたことがある。 だがソフィスタは、今の状況が不利だと思いつつも、それを打開すべく策を考えていてた。 …ウルドックの右手の居場所は、もう見当がついているし、弱みも握っている。…どちらも確信は無いけど。 できれば、もう少し奴と会話をして、そこから確信を得たい。時間稼ぎをしつつも、言葉を選んで慎重に会話し、逃げ出す手段も探し出さなければいけない。 それに、悶え苦しむ姿を見たのを最後に別れたメシアの安否も気になる。 とにかく、逃げ道だけ先に確認しておこうと、ソフィスタは格納庫の出入り口を、視線だけ動かして確かめた。 …出入り口はシャッターで塞がれている。カタパルトは…ヤツの真後ろにあるし、ゴーレムに乗らないと出られないな。 格納庫には、ゴーレムを直接地上に出せるよう、カタパルトが設置されている。 円柱型の通路にレールが敷かれているだけのカタパルトだが、レールにはゴーレムを加速する魔法が施してあり、入り口の壁に取り付けられたレバーを下ろせば作動する仕組みになっている。 通路は急な斜面になっており、人が自力で登るには時間がかかるが、ゴーレムを使えば通常の速度以上の速さで地上に出られはずだ。 「ヒヒヒヒ…だが、ナゼ俺が媒体であることマデ知っているんだ?」 考えていると、両腕で腹の部分を抱えて笑い声を上げていたRAゴーレムが、そのままの姿勢でソフィスタに尋ねてきた。 「学校の敷地内にある図書館に、魔法使いヴァンパイアが書き残したノートが一冊だけあったんだよ。基本的に、呪いは人間の歯を通じて他人に感染するけど、媒体からは、歯牙以外の体の一部で傷つけられるだけで感染するってノートに書いてあった」 ソフィスタは、あれこれと思考を巡らせながらも、RAゴーレムからは目を逸らさず、奴の発言にも常に耳を傾けていたので、すぐに答えることができた。 「そしてあたしは、ウルドックの右手の爪から感染した。ってことは、ウルドックの体から切り離されていた右手も媒体だったってことだろ。ウルドック本体だって死体なのに動いていたんだ。右手だけが動いていても、もうおかしいなんて思わないよ」 RAゴーレムは、何も答えない。構わずソフィスタは話を続ける。 「ヴァンパイアは、ウルドック本体と、その体から切り離された右手に呪いを施した…違うか?」 ソフィスタがそう言い終えると、再び室内に静寂が訪れた。 しばらくして、RAゴーレムが低い笑い声を上げる。 「…ヒヒ…よく分かってんじゃネエカ。大正解だよ。オメデトさん」 おめでとうと言っている割には、合成音声でも分かるほど、人を小馬鹿にした声だった。 「それだけ頭がヨクて、何で俺様に出し抜かれたンダろうな。ええ?」 ソフィスタを出し抜いたことが、そんなに嬉しいのだろうか。先程と同じことを、RAゴーレムは発する。ソフィスタは今度はムカッとせず、逆に呆れたが、それも顔に表さなかった。 「クカカカカ…そんなバカなオ前に、一つ聞イテやる」 RAゴーレムが筒状の右腕を持ち上げ、ソフィスタに向けて真っ直ぐと伸ばした。 「お前は、アノ山の洞穴の中で、確かに俺がヴァンパイアカースに感染させたハズだ。なのにナゼ、今のお前からは呪いが消えてイルんダ?」 発射口を向けられても動じた素振りを見せないソフィスタは、そう問われて、少し考えた後に答えた。 「聞かなくたって、分かっているんじゃないのか?ヴァンパイアカースの解呪法なんて限られているだろ」 ソフィスタは僅かに口の端を吊り上げる。 どうやら、アズバンたちが言っていた「聞きたいこと」とは、このことだったようだ。ヴァンパイアカースの意思の質問に答えさせるために、アズバンたちはソフィスタをここに転送したのだろう。 「…解呪剤、か。ヨク持っていたな」 RAゴーレムが、低く小さく声を発した。 ヴァンパイアカースの媒体にとって、解呪剤は脅威なのだ。媒体にされていたウルドックの体も、左手に解呪剤を打たれただけで、全身が呪いから解放され、呪いによって維持されていた体は崩れ落ちた。 ソフィスタが解呪剤を打ったのだとヴァンパイアカースの意思が勘違いしてくれれば、警戒して爪に裂かれることもあるまい。 そう考えて、慎重に言葉を選んでいたソフィスタだが、どうやら上手くいったようだ。なぜ解呪剤を持っていたのか、感染しながらも解呪剤を打つことができたのかを尋ねられても、誤魔化せる自信はある。 だが、それについて尋ねられることはなかった。 「マアいい。もう一匹のトカゲ男が転送されてキタら、お前もヴァンパイアカースに感染させてやる。ソレまで妙な真似をしたラ、タダじゃ済まねェと思え」 RAゴーレムは右腕を引っ込め、肩を竦めるように機体を動かした。その様子も、ソフィスタは眼鏡のレンズを通してじっと観察していた。 「それじゃあ、あたしからも質問させてもらうよ」 黙って脱走のチャンスを窺っていてもいいのだが、せっかく待ち時間を与えられたので、今まで疑問に思っていたことを尋ねようと、ソフィスタはRAゴーレムに向かって口を開いた。 「お前の、本当の目的は何だ?」 * 校庭とは反対側に取り付けられている、非常階段。その下に、ホークは身を滑り込ませた。 「とりあえず、ここで一旦落ちつきましょう。何が起こっているのか、ボクにも教えて下さい」 ホークに手招きされ、彼の後ろについて走っていたメシアも、ソフィスタのマントを広げても覆いきれない巨体を、階段の下に潜り込ませた。 周りはほぼ真っ暗だが、追われている身としては、このほうが助かる。 校舎の外壁に背をもたれ、手にしていたボウガンを地面に置き、ホークは息をきらしながらもメシアに質問をぶつけ始める。 「メシアさん、何であんな所で襲われていたんですか?黄色いMAゴーレムが近くに倒れていたけど、もしかして壊しちゃったんですか?それに、何でそんな風呂上がりみたいなカッコをしているんですか?」 ソフィスタのマントは、二つ折りにして巻いて腰から下を隠している。それ以外に身に着けているものと言えば、左手のアクセサリーと、マントの下に隠されている葉っぱだけ。 ハタから見れば、確かに風呂上がりみたいなカッコである。 「そうか?私も好きでこのような格好をしているのではなく…いや、そんなことはどうでもいい。どうやら、学校にいた者たちは、ヴァンパイアカースに感染してしまったようなのだ」 まだ首と頭にかかっていた、ゴムのように柔らかくなった拘束リングを外しながら、メシアは答えた。ホークは思わず声を上げそうになったようで、慌てて口を塞いでいる。 「そんな…。ま・まさか、メシアさん、噛みつかれたりしていません?」 「いや、噛みつかれてはおらん」 「でも、怪我していますよ。大丈夫ですか?」 腕の怪我は、拘束リングに締め付けられて負った怪我だし、額の傷は噛み傷ではないことは確かだ。どちらも既に血は止まっているので、メシアは「大丈夫だ」と答えた。 「それならいいんですけど…。あ、それ、拘束リングですね」 ホークはメシアが手にぶら下げている拘束リングを指さし、そのまま近付いてきてリングをプニっと突いた。メシアは「知っておるのか?」とホークに問う。 「はい。でも、魔法で加工する前の状態に戻っちゃっていますね」 ホークが拘束リングを指でつまんで引っ張ろうとしたので、メシアはリングを握る手の力を緩め、彼に渡してやった。 「では、マジックアイテムとしての効力を失っているのだな」 マジックアイテムについては、ソフィスタに少し教わったので、ある程度の知識は備わっている。 「はい。この拘束リングは、魔法の力がこもっていなければ、ただの輪ゴムみたいなもんです」 ホークは二つのリングに指を通し、左右に引っ張って伸び縮みさせる。どうやらホークは、メシアよりマジックアイテムについて詳しそうだ。 ビヨンビヨンと、楽しそうに伸縮するリングは、よく見ると二つとも血がついていた。 …だが、なぜ急に効力を失ったのだろうか。アズバンが咳き込み始めて、集中力を失ったからか? その点は疑問に思ったが、ソフィスタに言われた「どうせ分かりもしないことで悩むなバカ」という言葉が再び頭の中でよみがえりそうな気がしたので、深く考えることはやめた。 「そういえば、ソフィスタさんは一緒じゃないんですか?」 ホークはリングを振り回して遊びながら、そう尋ねてきた。 「それが…ヴァンパイアカースに感染した者が、魔法でどこかへ移動させてしまったようなのだ」 リングに頭と胴を締め付けられて苦しんでいたメシアは、ソフィスタが魔法で転送される様子をあまりよく見ていなかったし、アズバンが話していたこともほとんど聞いていなかったが、ソフィスタがどうされたのかくらいは分かっていた。 「ええっ!?じゃあ、ソフィスタさんもヴァンパイアカースに感染しちゃったの!?」 ホークはリングを振り回していた手を止め、不安そうにメシアを見つめる。 「いや、連中は、私とソフィスタには聞きたいことがあって、感染させることは後回しにすると言っておった。だが安心はできぬ」 感染は後回しにすると言っても、感染させないとは言っていない。ソフィスタほど度胸のある知将を失い、ましてや敵にまわしてしまっては、ヴァンパイアカースを鎮めることが難しくなるだろう。 今、ソフィスタの協力を失うわけにはいかない。 だが、どうやって彼女を探し出せばいいのだろう。当てずっぽうで探しては時間がかかりすぎる。 道に迷った時に紅玉を見ると、行き先を示すように光ってはくれるが、それは大まかなものでしかない。 「…そうえいば、ゴーレムの何とかという場所にソフィスタを移動させたとか、エメが言っていた…ような…」 考えていると、冷静さを失っていた時に聞いていたはずのエメの言葉を、メシアは少しだけ思い出すことができた。 「へっ?ゴーレムの何とか?」 メシアの呟く声が聞いたホークが、そう聞いてきた。 「うむ。確か…地下のゴーレムがどうのこうのと…」 「地下のゴーレムがどうのこうの…もしかして、ゴーレムの格納庫のことですか?」 「そうだ!その、ゴーレムのカクノウンコだ!!」 ホークの言葉で、エメが言ってたことを思い出すが、少し聞き間違えてどえらい単語になっている。 「ぶっ…あ・あの、カクノウコです。…そこにソフィスタさんがいるんですね」 「うむ!…だが問題は、そのカクノウコというものが、地下のどこにあるものか…」 「第四実験室の奥ですよ」 悩みかけたメシアに、ホークがあっさりと答えた。 「何っ!?知っておるのか!」 「はい。なんたってボクは、どこにでも掃除しに行く掃除屋ですから!」 どこにでも掃除しに行くとは言え、開発途中の兵器がある場所に、掃除屋などが入れるものだろうか。もしソフィスタがこの場にいたら、ホークを疑ってかかったことだろうが、人間の常識を理解しきれておらず、その上騙されやすいメシアは、何の疑問も持たずにホークの言葉を信じてしまった。 「そうか、知っておるのか!ならば案内して…」 そう言いかけて、メシアは思い出したかのように「あ、しかし、ダメだ…」と呟いた。ホークが「何で?」と首をかしげて尋ねてくる。 「今、この事態を、自警隊に伝えに行かねばならんのだ。第四実験室の場所は知っているので、私だけで行こう。自警隊への連絡は、お前に頼む」 メシアはホークの肩に両手を乗せ、その金色の瞳を正面から見据えて言った。 「え?自警隊へは、もう連絡したじゃないですか」 真剣にホークに頼もうとしたのに、ホークがすっとんきょうな声を出して言ったので、メシアまで「へっ?」と真面目な表情を崩してしまった。 「い・いや、まだのはずだが…なぜそう言えるのだ?」 メシアは目を丸くしていたが、ホークはニィッと笑うと、足元に置いたボウガンを拾った。そして、誰もあげると言っていないのに、ゴム状の拘束リングを鞄の中に突っ込んだ。 「実験室に行きながら説明しますよ。ボク、近道を知っているので、ついてきて下さい」 ホークはメシアの返事を待たずに階段の影から飛び出し、近くの窓へと向かって走り出した。 メシアは、あまりにホイホイと事が進むので返って困惑したが、この場で迷っていても仕方ないので、ホークの後を追った。 * ソフィスタに質問され、RAゴーレムは首を傾げるように、頭を傾けた。 「…俺様の…本当の目的ダト?」 「そうだ。ヴァンパイアカースは、生みの親である魔法使いヴァンパイアが、国の命令で作り出した呪いだ。でも、ヴァンパイア自身までその呪いに感染し、しまいにゃ国も滅びた。ってことは、ヴァンパイアカースの意思は生みの親に従わず、自らの意思で感染者を増やしているってことだろ」 ずっとRAゴーレムを睨み続けていたソフィスタだが、疲れたのか、息をついて軽く目を閉じ、開いた時にはRAゴーレムから視線を逸らしていた。 「学習能力まで備え、自警隊を占領しようとし、あたしを欺いて魔法アカデミーに侵入した。ここまでやるからには、何か目的があるんだろ?」 それを聞いて、RAゴーレムの動きがピタッと止まった。 ソフィスタは黙って返答を待っていたが、突然、RAゴーレムが堰を切ったように大声を上げて笑い出したので、反射的に耳を塞いだ。 「ヒァハハハハッ!!目的だぁ?ンなモンねーよバーカ!俺はタダの呪いだぜ!確かに意思はアるが、普通の人間ホド複雑じゃねーんだよ!!」 耳を塞ぐことによって、多少は振動を緩められた空気が、ソフィスタの鼓膜を揺るがして言葉を形成する。 「強イテ言うなら、ヴァンパイアカースの感染者を増やすコト。ソノために手段を選び、実行しているダケに過ぎない。タダそれだけだ。俺様は、そういう意思を持って生まれた呪いなんだよ!それが、魔法使いヴァンパイアの本当の望ミだったかどうかハ知らないがな」 少しは声のボリュームは落ちたものの、まだ不愉快な声を上げて笑うRAゴーレムを眺めながら、ソフィスタは「そういうことか…」と呟いた。 ヴァンパイアカースは、生まれた時からずっと、呪いを広めるためだけに働き続けていたのだ。 解呪剤が発見されて追いつめられても、しぶとく生き続け、現代になって蘇り、再び呪いと恐怖をばらまき始めた。それは、執念が成したものではない。 人間が作った時計が、精密に時を刻み続けるように。人間が書いた本が、同じ内容を多くの人間に伝え続けるように。ヴァンパイアカースも、魔法使いヴァンパイアによって植え付けられた一つの動作を、ただ繰り返しているだけに過ぎないのだ。 時計や本と違うのは、その動作を阻害するものがあれば排除し、効率よく動作を続けられる方法を探し実行できるということだけだ。 あの口の悪さと性格の悪さはどこから来ているか知らないが、今はそれについてはどうでもいいし、ソフィスタ自身も己の口の悪さは認めている。 「…それで、世界中にヴァンパイアカースが行き渡り、全ての人間が呪いに侵されたら…お前はどうするんだ?」 笑い声が止んだ頃に、ソフィスタは耳から手を放し、RAゴーレムに尋ねた。 「サアナ。ずっと感染していないヤツを探シ続けるんじゃねーか?…言ったダロ。俺はヴァンパイアカースをばらまくダケの呪いだ。先のコトなんか知ったこっちゃねえ」 そう合成音声を響かせ、RAゴーレムは両腕を広げた。 「ダガ、すぐに見せテやるよ!世界中の人間が呪いに侵されたら、俺がドウスルかをな!そん時ゃ、お前も呪いに侵サレているだろうがなぁ!!ヒャハハハハハッ!!」 RAゴーレムの頭は、MAゴーレムと同じく胴と一体化しているので、腕を広げて笑い声を上げても、顔の部分が上を向いていないないのでカッコがつかない。 まあ、顔を上げてしまうと全体がふんぞり返ってしまうので仕方ないのだが。 ただ両腕を水平に広げて笑っている、そんな奇妙な様子のRAゴーレムを、ソフィスタは鼻で笑う。 「フン。そう簡単にいくとは思えないけどな」 「…ナンダト?」 ソフィスタの声に気づき、RAゴーレムが合成音声の割には低くて凄味を感じられる声を発した。 「お前の知識は、洞穴に閉じ込められた数百年前でストップしているんだ。その数百年の間に、人間が使う武器も発達した。ましてや、そんなでかい鉄の塊を、少ない魔法力で思うがままに動かせるようになるなんて、思いもしなかっただろ」 ソフィスタが話している間に、RAゴーレムは広げた両腕を下ろした。 「本当はビビッてんだろ。ゴーレムの他に、どんなマジックアイテムが発明されているのか、他の国にはどれほど強力な兵器が備わっているのか、蘇ってから半日経った程度じゃ把握しきれるわけがないからな。今お前が操作しているRAゴーレムだって、全ての機能は使いこなせないだろ」 RAゴーレムは何も答えず、微動だにしなくなった。だが、それは奴の図星をついている証でもあると考え、ソフィスタは話を続ける。 「それに、さっきからおかしいと思っていたんだ。RAゴーレムの遠隔操作は、慣れるまで時間がかかるし、独学で動かせるような代物でもない。魔法アカデミーに忍び込んで、学校の人間をヴァンパイアカースに感染させ、そいつから操作方法を教わったんだとすると…教わった時間は、大きく見積もっても三時間。時代遅れのお前には、そんな短い時間に遠隔操作ができるようになるなんて、まずありえない。例え…」 「…それなら、このRAゴーレムが動いてイルコトに、説明ガつけられるってのか?」 ソフィスタの話を最後まで聞かず、RAゴーレムが口を挟んできた。少しムッとしたが、ソフィスタは仕方なさそうにその問いに答えた。 「お前、RAゴーレムの中にいるだろ」 説明をはしょった、ソフィスタのストレートな答えを聞いて、RAゴーレムは僅かに機体を揺らし、「なっ…」と合成音声を上げた。 MAゴーレムは、遠隔操作が難しかったため、人間が入れる大きさに作り変えられ、余計な遠隔操作機能を取り外しただけのものである。 だが、RAゴーレムのほうが小さいので小回りが利くし、遠隔操作専用に作られているため、操り手は離れた場所にいると思い込ませることもできる。 難しい遠隔操作を無理して覚えるより、中から操縦するほうが簡単だし、頑丈な装甲で身を守れるのだ。この場合、中に入って操縦するという判断は、ソフィスタにとっては当たり前のものだった。 「中から操縦すれば、ゴーレムを動かすことはわりと簡単だからな。それに、そうやって思わず声を上げるトコロなんか、遠隔操作でわざわざ行うもんじゃない。ゴーレムの中にいるため、無意識の動きの伝達も速いんじゃないのか?」 さらに追い討ちをかけるように、ソフィスタはRAゴーレムに言い放つ。 「…クソガキが…!ダッタラ何だって言うんだよ」 RAゴーレムの腹を覆っている装甲が左右に開き、中から細長く鋭いものが勢いよく伸ばされた。 ソフィスタは思わず後ろに飛び退いたが、伸ばされたそれは、ソフィスタが元いた位置のギリギリ手前の床に突き刺さった。 突き刺さった部分から放射状に、床に亀裂が走る。 「ヒァハハハ!少し頭がイイからって調子に乗りヤガッテ!テメェなんざ、その気にナレバいつでもブッ潰せるんだよ!!」 床の亀裂を見ていた視線をRAゴーレムへと戻すと、開かれた腹の部分の奥に、ウルドックの右手が見えた。 床に突き刺さっている細長く鋭いものは、ウルドックの右手の人差し指と繋がっている。 …やっべ〜。あの爪に傷つけられたら、呪いに感染していたかもしれない。 しかし、ソフィスタの足元の床を狙っていた所を見ると、やはり解呪剤を恐れ、傷つけることができないのだろう。 ずれた眼鏡を整え、ソフィスタは改めてRAゴーレムの中にある右手を眺める。 右手には、RAゴーレムと繋がっているケーブルが何本も巻かれ、機体と右手を固定している。 MAゴーレムを操縦する際にも、必ずケーブル付きのゴーグルを装着しているが、あれもケーブルを通じて機体に魔法力を流し、ゴーレムに指示を出して動かしているのだ。 ウルドックの右手に巻かれているケーブルも、操縦を兼ねているはずだ。 …あのケーブルをぶった切れば、RAゴーレムの動きは止められるけど…それだけじゃ解決にならないしな…。 ウルドックの右手の居場所と、RAゴーレムを動かしている方法は分かった。だが、今の不利な状況に変わりは無く、逃げ道も見つからない。 どうしたものかと考えていると、ウルドックの右手の爪が床から引き抜かれ、その鋭い先端がソフィスタに向けられた。 「…ココから逃げ出す方法でも考えテいるノカ?ドウダ、イイ策は思いついたか?オマエは、この学校じゃ優秀な生徒らしいカラナ」 「感染した教師か生徒に、あたしのことを聞いたのか?」 爪で刺してくることはないとは思うが、尖ったものを向けられると、いい気分になれず、ソフィスタは一歩横に移動した。 すると、ウルドックの右手は爪を下ろし、床に軽く突き立てる。爪を引っ込める気はないらしい。 「アア、聞いたとも。一緒にいた緑色の男のコトもな。男のホウは大して調べられなかったガ、お前のコトは、よ〜く分かったぜ」 RAゴーレムから響く言葉を聞いて、ソフィスタは「余計なこと調べやがって…」と呟き、小さく舌打ちしたが、無視しているのか気づいていないのか、RAゴーレムは合成音声で話し続ける。 「魔法も勉強も優秀で、魔法生物の開発に成功シタんだってな。シカシ、性格は悪くて友達は一人もイナイ。…俺もそう思ッタが、お前の性格の悪サは名誉と共に知れ渡ッテイルようだな」 RAゴーレムは、笑っているように機体を揺らしている。ソフィスタは、性格の悪さまで言われる筋合いはないと思ったが、口には出さずに黙っていた。 「お前と一緒にイルノハ、いつも肩に乗セテいるスライムと、例のトカゲ男だけ。グハハハハハハ!!こりゃ友達がますます無くなるナァ!!」 RAゴーレムは、機体をわざとらしく揺らしながら笑い声を上げ、ウルドックの右手が伸ばしている爪は、カッカッと床を何度も叩く。 友達のことも言われる筋合いはないし、それはお互い様だろうがとソフィスタが考えていると、急に笑い声が止み、同時に爪が床を叩く音も途絶えた。 どうしたのだろうかと不思議に思いつつも、ソフィスタは無表情にウルドックの右手を眺める。 しばらく室内で静寂が続いたが、RAゴーレムがゆっくりとした合成音声を発して、それを破った。 「お前…肩のスライムはドウシタ?」 (続く) |