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ありのままのメシア 第五話


   ・第十一章 リベンジマッチ

「ちゅうちんき?」
「通信機ですよ!バカにしてんですか!」
 聞き間違えてしまったことは悪かったが、そんなに怒ることはないだろうと、メシアは思った。
「空に飛ばして遠くに手紙を送るマジックアイテムのことです。メシアさんを助けに行く途中で、それが学校から自警隊本部のほうへ飛んでいくのを見たんです!」
 一階の窓から実験棟に入り、地下へ続く階段へと向かって走りながら、メシアとホークは話をしていた。
 ホークはメシアに腕を引かれ、ほとんど引きずられるように走っていたが、それでも音を上げずに近道の順路を指示し続けた根性は見あげたものである。
「学校にいた人たちがヴァンパイアカースに感染したって聞いた時、ボク思ったんです!あれはきっと、自警隊にこのことを伝えるために飛ばされたんじゃないかって!」
 ホークが言っていることが確かなら、通信機とやらで自警隊本部に連絡が送られたのは、メシアが魔法の拘束リングを感染者に取り付けられてから、ホークが助けに入るまでの間である。
 その間、ソフィスタは魔法で眠らされ、エメもヴァンパイアカースに感染していた。本部に連絡を送れる人間は、他に見当もつかない。
 だが、本部に今の状況を伝えることができたのなら、それに越したことはないし、今は深く考えている余裕もない。
 ソフィスタから借りて腰に巻いているマントからは、ゴツくて長い緑色の足が交互に露出され、きわどいところまで見えるが、後ろにいるホークからは見えないし、見られているとしても気にするような神経の持ち主ではないメシアは、遠慮なく大股で走り続けた。
 廊下の角を曲がり、螺旋階段が見えると、メシアはホークを振り返った。
「ホークよ!案内はここまででいい!お前はどこかに隠れておれ!」
 そう言って、メシアはホークの手を放そうとしたが、ホークが両手で強く握り返してきた。
「ええーっ!イヤですよぉ〜一人にしないで下さ〜い!」
 ホークは情けない声を上げて、メシアに泣きつく。
「だが、ここから先は危険かもしれぬのだぞ!」
「置いてけぼりにされたって危険ですよう!だったらメシアさんと一緒のほうがいいですぅ〜!」
「そうは言ってもだな…」
 ああだこうだ言っている間に、螺旋階段の手前まで来てしまった。
 仕方なく、メシアはホークの腰に腕を回し、その小柄な少年の体を脇に抱えた。そして、そのままスピードを緩めずに螺旋階段の手すりを跳び越えた。
 螺旋階段の中央は、吹き抜けになっている。
「ちょえぇ!?うわわわわぁぁぁぁっ!!!」
 一瞬だけ宙に浮いた後、メシアの体は重力に従い、ホークの絶叫と共に地下へと落下していった。


 *

 いつもは両肩に張り付いているスライムがいないことを指摘され、ソフィスタは無意識的にRAゴーレムから視線を逸らした。
 僅かだが動揺を表してしまい、内心ソフィスタはあせったが、幸い気づかれていなかったようだ。すぐに視線を戻し、平静を装って口を開く。
「あの二匹は、なにも四六時中あたしの両肩にひっついているわけじゃないよ」
「ソンナコトはドウデモイイ!ドコにいるのかと聞いているんだ!!」
 ハッキリと答えないソフィスタに苛立ち、ウルドックの右手は、伸ばした爪をソフィスタの頬に強く押し当てた。
 だが、皮膚を傷つけない程度に手加減はしているようである。
「サア、教えろ!!」
「いやだね。教えたら二匹に何されるかわかんねーもん」
 ウルドックの脅しにも臆さず、ソフィスタは毅然と言い放った。
「…ダッタラ、その二匹に何かスル前ニ、お前に何カしてやってもイインダゾ?」
 RAゴーレムの合成音声に、そう言い返されて、ソフィスタは口を噤んだ。
 ソフィスタが解呪剤を打っているのだとヴァンパイアカースの意思が勘違いしている間は、あの爪がソフィスタが傷つけることはないだろう。だがRAゴーレムなら、その搭載された機能を使わなくてもソフィスタをいたぶることはできる。
 しばらくソフィスタは、ウルドックの右手を睨み続けていたが、やがて諦めたようにため息をつき、うつむいて自分の肩を抱いた。
「わ・分かったよ。答えるから、この爪をひっこめてよ…」
 ソフィスタは、振り絞ったように震える声で言った。
「ケッ!ビビリやがって。所詮はガキだな!ヒハハハッ!!」
 ソフィスタの様子に、RAゴーレムは合成音声で笑い声を上げ、ウルドックの右手は爪を引っ込めた。
 …そのガキに騙されてることにも気づいていないのは、どこのどいつだ。
 怯えたフリで爪を引っ込めさせることに成功し、ソフィスタは心の中で呪いの意思をバカにする。
 …でも、バカでも面倒な敵であることに変わりはないか。
 例えソフィスタの魔法力が回復しきっていても、RAゴーレムを生身で相手にするには、ソフィスタのほうが分が悪い。
 なにしろ、このRAゴーレムや、RAゴーレムの後ろにあるMAゴーレムは、魔法使いを相手に戦うことも想定して造られているのだ。魔法による攻撃に対しても、それなりの強度がある。
 せめて対等に戦うには、こちらもゴーレムを使うしかない。
 例えば、RAゴーレムの後ろにあるMAゴーレムを使うとか。
 幸い、あの青いMAゴーレムは、魔法特性が物質操作系の人間向けにできている。あれを操縦していたアズバンの魔法特性も、物質操作系である。
 今のソフィスタに残されている魔法力でも、MAゴーレムを操縦することはできるし、魔法を放つ以外の機能の使い方も知っている。ここから逃げ出すにしても、MAゴーレムに乗っていればカタパルトが使え、すぐに地上に出られる。
 しかし、そのMAゴーレムに乗るには、RAゴーレムをMAゴーレムから遠ざけ、隙をついて乗り込まなければいけない。
 …あたし一人で上手くやれっかなあ。アイツの助けも無しに…。
 ふと、メシアの顔が頭の中をよぎり、ソフィスタはうつむいたまま、慌てて首を横に振った。
 …なに考えてんだあたしは!あのバカの助けなんかなくたって、あたしは戦える!アイツに会う前までだって、一人で何でもやってきただろうが!!
「オイ!爪を引っ込めテやったダロウが!サッサと答えろ!!」
 一人で悶々していると、RAゴーレムの合成音声で怒鳴られてしまった。
 …うるせーな。言われなくても答えてやるよ。
 ソフィスタは顔を上げ、ウルドックの右手をキッと睨んだ。
 …ほとんどヤケだけど、やるっきゃねーな。腹くくってやるぜ!
「あの二匹なら、隙を見て別行動を取らせた。自警隊の連中に、今の魔法アカデミーの状況を伝え、応援をよこすためにな」
 その言葉を聞いて、RAゴーレムが「何っ!?」と合成音声を上げる。
「グッ…だ、だが、あのスライムは言葉も喋れナイんだろ。ドウヤッテそれを伝えるってんだ!!」
「ばぁ〜っっっかじゃねーの?そんなことも対処できないやつが、天才なんて呼ばれているわけがねーだろ。余裕で解決済みだよ」
 先程の怯えた様子は演技でしたと言わんばかりに、ソフィスタは腕を組んでふんぞり返った。
「手紙を書いて渡してあるに決まってんだろーが。時間がなかったから走り書きだけど、書くべきことは書いたし、ちゃんと伝わっているだろうよ」
 本当は、学校にある通信機を使わせ、ソフィスタが書いたメモを自警隊本部に送らせたのだが、そこまでは教えなかった。
「テメェ…このクソガキ――ッ―ァ―」
 RAゴーレムから割れた音が発せられ、格納庫内に響き渡った。ソフィスタは反射的に耳を塞ぐ。
「ハッ!人のことをバカだのガキだのぬかしておいて、そのバカなガキに出し抜かれてやんの。ダッセ〜。さすが、媒体も性格も腐っているだけあって、知性もどん底だな」
 しかし、相手を怒らせることにかけても天才的な口は健在で、得意の口の悪さでヴァンパイアカースの意思を挑発し続けた。
 ヴァンパイアカースの意思の怒りはRAゴーレムにも伝わり、機体を震わせ小さい地響きまで起こしていた。額の赤いランプは煌々と輝き、室内の壁を同色に染める。
 ソフィスタは、一歩、二歩と後ずさる。
 MAゴーレムより小さいとは言え、メシアの体の倍はある大きさのゴーレムは、正直言うと怖い。
 だが、複数の大人を相手に戦ったり、最近じゃ魔法生物マリオンとの戦闘も経験しているソフィスタは、そこいらの女の子より肝が据わっているつもりだ。
 もっとも、マリオンと戦った時は、メシアが一緒だったが。
 また浮かびかけたメシアの顔を、頭の中から振り払い、ソフィスタはRAゴーレムに注意を集中させた。
「調子に乗ってンジャねェ――――!!!」
 RAゴーレムは、腹部の装甲を閉じてウルドックの右手を隠すと、機体を僅かに浮かび上がらせ、ソフィスタに向かって突進した。
 ここまではソフィスタの作戦通りである。だが…。
 …速ェ!!
 ソフィスタはRAゴーレムが浮かび上がる直前から身構えていたが、RAゴーレムの動きは思いのほか速く、反応が遅れてしまった。どうにか横へ飛び退いたが、振り下ろされたRAゴーレムの腕に左足を弾かれてしまった。
「うあぁっ!」
 ソフィスタは悲鳴を上げ、肩から床に倒れるが、すぐに立ち上がろうとする。
「チィイイッ!テメェを生かしてオイタ俺が、確かにバカだったよ!!そのクソ生意気な口を二度と利けないヨウにしてやる!!」
 体勢を整える暇も与えず、RAゴーレムは振り向き様に、薙ぎ払うように腕を振るった。
 立ち上がりかけていたソフィスタは、RAゴーレムの攻撃を背中にまともに受けて吹っ飛ばされた。
 数メートル飛ばされたところで床に体を叩きつけ、その衝撃で外れた眼鏡が、カラカラと音を立てて壁際まで滑っていった。
「うぅ…いったぁ〜」
 うつぶせになって倒れたソフィスタは、うめきながら顔を上げ、RAゴーレムを振り返った。
 RAゴーレムは、大きな腕を振るった勢いで体が余計に回転してしまい、体勢を立て直すのに手間取っているようだ。眼鏡が無くても、その様子くらいは分かる。
 さらに都合のいいことに、先程の攻撃で飛ばされたおかげで、MAゴーレムとの距離が縮まり、逆にRAゴーレムはMAゴーレムから遠ざかっていた。
 今がチャンスだ。早く立ち上がり、MAゴーレムに乗り込まなければ。
 頭ではそれを分かっているのだが、床に体を叩きつけられた時の衝撃で全身が痛み、すぐには立ち上がれない。特に、弾かれた左足と背中は、燃えているのではないかと思うくらい、痛みと共に熱を帯びてる。
 骨は折れていないようなので、しばらくすれば痛みも引くと思うが、それまで呪いの意思が大人しく待ってくれるわけがない。
 立てないのならばと、這い蹲ってMAゴーレムに近づいていると、ついにその様子を呪いの意思に気づかれた。
「テメッ…させるカ!!」
 RAゴーレムが体勢を整え、機体を浮かび上がらせてこちらに向かってくる。
「くっ…うあぁぁぁぁっ!!!」
 雄叫びを上げて自分に気合を入れ、ソフィスタは体をムリヤリ立ち上がらせた。
 MAゴーレムは、既に目の前にあった。ソフィスタは両腕を伸ばして装甲に手を着き、腹にあたる部分を探る。ここにハッチがあるはずだ。
 だが、ふと振り返った時、RAゴーレムも近くまで迫っていた。両腕を振り上げ、ソフィスタを殴りつけようとしている。
 ソフィスタは思わず目を閉じ、身を固くした。
「ソフィスタ―――!!!」
 突然、聞きなれた声で名前を呼ばれ、ソフィスタは目を開いた。
 RAゴーレムも声に気を取られ、両腕を振り上げたまま突っ込んできた。このままでは、ソフィスタはMAゴーレムとRAゴーレムの装甲に押しつぶされてしまう。
「うわっとぉっ!!」
 一瞬だけだが体の痛みを忘れ、ソフィスタは反射的に体を横に倒してMAゴーレムから離れた。
「ハギャ――ッ―ガ――ッッ!?」
 間一髪でソフィスタは難を逃れ、RAゴーレムはMAゴーレムと衝突した。その衝撃で、RAゴーレムはソフィスタとは逆方向に弾き飛ばされ、壁に激突してしまった。
 RAゴーレムより大きく、機体も丈夫なMAゴーレムは、その場に倒れただけで済んだ。
「おい、今の音は何だ!?そこにいるのかソフィスタ!!」
 ソフィスタが四つんばいになって起き上がった時、再び声が聞こえ、出入り口のシャッターが何度も叩かれた。
 …メシア?アイツ、上手くアズバン先生たちから逃れられたのか?
 シャッターを何度も叩けるほどの元気があるところからして、拘束リングからも開放されているようだ。どうやってここまで来られたかは知らないが、彼が駆けつけたことで、一人でRAゴーレムを相手に気張っていたソフィスタの緊張がほぐれ、体の痛みまで和らいだような気までした。
「むうっ、この扉はどうやって開けばよいのだ!」
 シャッターの向こうから響いてきたメシアの言葉を聞き、ソフィスタは痛みをこらえて立ち上がりながら叫んだ。
「横の壁にハンドルがあるだろ!それを右に回せ!!」
「ソフィスタ?やはりそこにいるのだな!!えっと…ど・どこだ!どこの壁にサンダルがあると!?」
「ぶん殴るぞテメェ!!!」
 こんな時にまで変な聞き間違いをするメシアに、ソフィスタもストレートなツッコミを入れた。
「クソォ…今ノ声ハ、あのトカゲヤロウのだな!!」
 RAゴーレムが振り返り、合成音声を上げた。
 ソフィスタは、メシアのボケに付き合っている暇なんかないことを思い出し、倒れているMAゴーレムに慌ててよじ登り、腹部の装甲を左右に開いた。
 装甲の下に隠されていたハッチが姿を現す。
「くっ…グゥゥ…クソがっ!!」
 自警隊本部に通達されたことや、メシアが感染者たちから逃れてきたことなど、予想外の出来事が立て続けに起こったため、ヴァンパイアカースの意思は戸惑っていたが、ソフィスタがMAゴーレムのハッチを開いたのに気づくと、先に彼女を止めるべくRAゴーレムを動かした。
 機体を僅かに宙に浮かび上がらて迫ってくるRAゴーレムに気づかないまま、ソフィスタはMAゴーレムのコクピットへ身を滑り込ませようとする。
 このまま真っ直ぐソフィスタへと向かって移動していれば、おそらく彼女がハッチを閉じる前に攻撃することができたかもしれない。だが、突然真横から与えられた衝撃のせいで、それも叶わないままRAゴーレムは再び壁に激突する羽目になった。
「てェりゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
 マントを腰に巻いているだけの姿のメシアが、雄叫びを上げてRAゴーレムに渾身の体当たりをぶちかました。
 メシアの馬鹿力によって軌道をずらされたRAゴーレムは、先程ぶち当たった壁のすぐ隣に衝突する。
「メ・メシアさん?大丈夫ですか〜?」
 いつの間にか大人一人ぶんのスペースが空いているシャッターの向こうから、ホークが顔を覗かせた。
「あいたたたた…。ホーク!お前は隠れておれ!」
 肩をさすりながら、メシアはホークに向かって言った。それを聞いてからもホークはオロオロしていたが、RAゴーレムが動き出すと、すぐに顔を引っ込めた。
「クソッ!クソッ!クッソオォォォ!!どいつもコイツもオレ様にタテツ――ガッって――ェ!!」
 RAゴーレムから不快音が発せられ、メシアは驚いて肩を震わせた。
「さっきからクソクソうるせえ――――!!」
 さらに、ソフィスタの怒鳴り声まで聞こえ、メシアだけでなくRAゴーレムまで震え上がった。
 その声の主を探ろうとするより早く、青のMAゴーレムがRAゴーレムにタックルをかました。
 不意をつかれたRAゴーレムは、三度壁に激突する。
「よしっ!これで少しはスカッとした!でかしたぞ、メシア!」
 ソフィスタの声を中から響かせて、MAゴーレムはメシアの隣に並び、彼の背中を腕で軽く押した。
「うおっ…そ、ソフィスタ?その中にいるのだな!」
 少しつんのめったメシアは、MAゴーレムを見上げる。
「ああ。…ところで、お前、よくあのシャッターを開けられたな」
 メシアは格納庫のシャッターの開け方を知らず、ソフィスタが教えようとしても変に聞き間違えていたはずだ。
 まさか、力ずくでシャッターをこじ開けたのだろうか。メシアならやりかねないだろうと、MAゴーレムの中でソフィスタは思ったのだが、彼の答えは違っていた。
「うむ、ここまで案内してくれたホークが開けてくれたのだ」
 そう言って、メシアはシャッターのほうを見遣ったので、ソフィスタもMAゴーレムの顔の部分をそちらに向けた。
 だが、ホークの姿は見えない。シャッターの影にでも隠れているのだろうか。
「ホークが?何でまたアイツが…いや、そんなことより、今はあのRAゴーレムだ」
 MAゴーレムは、壁に激突してまだ動かないRAゴーレムに顔を向け直す。
「ソフィスタ。あのゴーレムの中にも誰か入っておるのか?人間が入るには小さそうだが…」
「ウルドックの右手だ。そいつがもう一体のヴァンパイアカースの媒体で、先生たちに呪いをばらまいた張本人だったんだ」
 ソフィスタの声を響かせながら、MAゴーレムは肩のあたりにある小さな扉を開き、そこからチューブを伸ばして、壁際に落ちている眼鏡を拾った。
「ウルドックの右手?どういうことだ」
「自警隊に扮していたウルドックは、事前に右手を魔造土で偽造していたんだよ。感染者を率いたウルドックが学校の人間の注意を引いている間に、右手はこっそり魔法アカデミーに侵入していたんだ」
「…ええと、それはつまり…」
 話をしている間に、RAゴーレムが動き出した。ソフィスタは「とにかく、あの中にいるウルドックの右手が呪いをばらまいているってことだけ頭に入れとけ!」とメシアに言い放って、眼鏡を拾ったチューブを引っ込め、MAゴーレムを身構えさせた。
 眼鏡は、操縦席の横にある小窓から転がり出てきて、小窓の真下に取り付けられているポケットの中に落ちた。ケーブルで機体と繋がっているゴーグルを装着しているので、眼鏡はそのまま放置する。
 …MAゴーレムに乗っていれば、ヤツと互角に戦えそうだ。爪の攻撃を受ける心配も無いし、魔法も使える。
 ゴーレムに乗っていれば比較的安全だが、それは相手も同じこと。ゴーレム同士の戦いになると、先に魔法力が尽きた方が負けとなるだろう。
 RAゴーレムがあとどれだけ動けるかは知らないが、戦闘が長引けば自警隊員が応援に来るまでの時間稼ぎになる。戦闘慣れしている自警隊がこちらの戦力に加われば、だいぶ有利になるはずだ。
「ザ…ざけやがって…テメェらブッた切ってヤル!!」
 RAゴーレムは、体勢を立て直す前に右腕を高々と掲げた。
 何をする気かと二人が思う間も無く、筒状の右腕の中から細長い棒がニュッと伸びた。
 嫌な予感がしたソフィスタは、メシアに「お前はヘタに手を出すなよ!」と命令すると、MAゴーレムの機体を浮かび上がらせ、RAゴーレムに向かって突進させた。
 しかし、先にRAゴーレムが腕から出した棒が銀色の光を発し、光は剣の形となって棒を包み込んだ。
「ウォ――らァ――ッ!!!」
 ひどく耳障りな雄叫びを上げ、RAゴーレムは、突っ込んでくるMAゴーレムをめがけて剣を振り下ろした。
「あぶねっ!」
 ソフィスタはMAゴーレムの勢いにブレーキをかけつつも、頭の上で両腕を交差させた。
 光の剣は、ガキンと音を立ててMAゴーレムの腕に弾かれる。
 弾かれた勢いに乗ってRAゴーレムは後ろに飛び退き、MAゴーレムも少しよろめいて後ろに下がった。
 MAゴーレムの腕の装甲の、剣を振りかざされた部分が、黒ずんでへこんでいる。それを見て、ソフィスタは「ゲッ…」と呟いた。
 MAゴーレムの装甲は、確かに頑丈だ。開発がストップしているRAゴーレムでさえ、メシアの蹴りや体当たりを喰らっても、弾き飛ばされるだけで装甲がへこんだりはしない。
 だが、今のRAゴーレムの攻撃は、MAゴーレムの装甲をへこませた。さすがにゴーレム同士の戦いとなると、無傷ではいられないようだ。
「ヴォォ―――!くたばれェ――!!」
 RAゴーレムが、再び剣で攻撃をしかけてくる。
「ああもう、うっとうしい!!」
 MAゴーレムは、筒状の右腕をRAゴーレムに向けた。
 腕の中から、破壊力を帯びた青い光が放たれる。
 真っ向から光を受けたRAゴーレムは、後ろに飛ばされて倒れたが、至近距離で攻撃魔法を放ったMAゴーレムも、その反動でRAゴーレムと同様に後ろに飛ばされた。
「うえっ?わぁぁっ!!」
 手を出すなと言われて立ち尽くしていたメシアが、背中を向けて迫ってくるMAゴーレムに驚いて声を上げた。しかしMAゴーレムは、メシアにぶつかる直前で止まった。
「ちっ、ここじゃ狭いな」
 ソフィスタはMAゴーレムの肩の装甲を開き、中から細長いチューブを伸ばした。
 チューブはメシアの胴回りに巻きつく。
「カタパルトを使って外に出る!メシア、お前も来い!」
 ヴァンパイアカースの意思にも聞こえるよう、ソフィスタはわざと大声を出した。
「待て!ホークはどうするのだ?」
 チューブに引っ張られてMAゴーレムに引き寄せられたメシアが、ソフィスタに尋ねる。
「ヤツは、あたしたちへの怒りで我を忘れているから、あたしたちがここから逃げ出せば追ってくるはずだ。この際、ホークは置いていぞ!」
 本音を言うと、ホークの面倒まで見るのはイヤだからなのだが、それを言うとメシアが怒りそうなので言わなかった。
 まだ何か言いたそうなメシアに口を開かれる前に、MAゴーレムの両腕で彼の体を挟んで持ち上げ、カタパルトへと向かった。
「クソォォ!!やりやがったナァ!!」
 RAゴーレムが、わめきながら機体を起こした時には、既にMAゴーレムは機体をレールに設置していた。
 壁のレバーを、MAゴーレムの片腕で殴るようにして下ろすと、機体の背中に添えたレールに施されている加速の魔法が作動し、カタパルトの先のハッチも開き始めた。
「メシア!しっかり掴まってろ!」
 ソフィスタに言われた通り、メシアはMAゴーレムの腕に自分の両腕を回し、抱えるようにしてしがみつく。
 その直後、MAゴーレムは機体を激しく揺らし、地上へと向かって移動を始める。
「待ちヤガレ!逃がすか!」
 RAゴーレムも、MAゴーレムを追ってカタパルトに乗った。
 ヴァンパイアカースの意思は、面白いほどソフィスタの思惑通り動いてくれる。しかし、午前中に入った東の山の洞穴の中から始まり、こんな夜まで奴と攻防を繰り広げていると、もう戦うのも面倒臭く、奴の声も姿も見たく無かった。
 ぎゃーぎゃとうるさいRAゴーレムを見下ろし、何かの誤爆でゴーレムごと大破してくれまいかと思ったが、さすがにそんな都合のいいことは起こらないだろう。先程のソフィスタの魔法攻撃も、魔法力温存のため威力を弱めたこともあって、あまり効いていないようだ。
「地上に出たら、今度こそケリつけるぞ!気合い入れろよ!!」
 ソフィスタは、MAゴーレムの腕にしがみついているメシアに、そう声をかけた。
 メシアからの返事は無かったが、彼なら言わなくても分かっているだろうと思っているソフィスタは、特に気にしなかった。
 彼が身動きもせず、黙ってRAゴーレムを見下ろしているのも、単に敵の動きを見張っているだけだと考えた。
 だから、メシアの様子がおかしいことに気付くことができなかった。
 同じ速度でカタパルトを滑走するRAゴーレムの腕から伸ばされた、光の剣。真っ直ぐとメシアに向けられている、その切っ先。
 無機質の装甲の奥から、はっきりと感じ取れる殺気。耳をつんざく怒声。
 そして、赤い光を放つ、額のランプ。
 それらが、メシアの各感覚器官を同時に襲った時、彼の瞳に恐怖の色が宿った。


  (続く)


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