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ありのままのメシア 第五話


   ・第二章 異形なるもの

 小指の折れた手を追って、山の中腹あたりまで登っていくと、土砂崩れによってできたであろう崖が、目の前に現れた。
 空を仰ぐような斜面になってはいるが、人が登るには角度が急すぎる。
 小指の折れた手は、その崖に向かって進んでいくので、まさか崖を登るのではないかと、ソフィスタは若干不安になったが、違っていた。
 近付くと、その崖のふもとに洞穴が開いていることが分かった。
 その洞穴の中へと、小指の折れた手は進んでいく。
「洞穴か…。一体、中に何があるのだろうか」
「さあ。この山には、たまに薬草を採りに入ることがあるけど…こんな穴を見た覚え無いな。たぶん、岩や土で入り口を塞がれていた穴が、土砂崩れで出てきたんじゃないかな」
 二人は洞穴の入り口前まで来ると、横に並んで立ち止まった。
 入り口は広く、背の高いメシアでも屈まずに通れそうだ。
 中には大小様々な石が無造作に転がっており、壁の所々からも、岩が突き出していた。
 入り口から中へと差し込む光は、洞穴の隅々まで照らすには至らず、奥のほうは暗闇に閉ざされている。
 小指の折れた手は、石を避けて進み、その暗闇の中へと向かっていく。
「ま、何かあるってことは間違いなさそうだね。…ちょっと待ってな」
 ソフィスタは、肩に乗っているセタとルコスの体を掴み、二体を両腕に抱えた。何をするのだろうと、メシアはソフィスタを見る。
 しばらくして、セタとルコスが口を開くように体を窪ませると、そこから青白い光が溢れ出てきた。
 光は円錐状の筋となり、洞穴の中を照らす。
「光の魔法を、セタとルコスに込めた。セタ、お前はメシアに協力してやれ」
 セタはソフィスタの腕の中から体を伸ばし、ソフィスタの魔法に目を丸くしていたメシアの右肩へと飛び移った。
「ホラ、早く中に入るよ。あの手を見失っちまってもいいのか」
 ルコスを左肩に戻すと、ソフィスタは先に洞穴に足を踏み入れた。
「う・うむ。ソフィスタ、気をつけて進め」
 メシアもソフィスタに続いて洞穴の中に入る。セタが足下を照らしてくれるので、転ばずに進むことができそうだ。
「お前もな。はぐれるんじゃないよ」
「では、手を繋いで進もうか?」
「ふざけんな。気をつけていれば、そこまでしなくてもはぐれないだろ」
 メシアは、冗談で言ったわけではなく、はぐれないための手段の一つとして、そう提案したのだが、怒りを含んだイヤそうな顔でソフィスタに振り向か れ、明らかにイヤそうな声で断られてしまった。
 そこまで嫌がることはないだろうと、メシアは思ったが、手を繋ぐことで互いに片手を塞ぐより、いつでも両手を使える状態にあったほうがいいことは確かなので、黙っておいた。


 *

 洞穴の中は、冷たく湿った空気で満たされており、巻衣を羽織っていても、メシアには寒かった。
 天井から水滴が落ち、岩を打って音を立てるが、それ以外は、メシアとソフィスタの足音と、小指の折れた手が這う音しか聞こえない。
 他に生き物がいる気配は無いが、足下に小動物の骨らしきものが散らばっているのを、時々見かける。
 入り口を塞がれ、洞穴の中に閉じ込められた生物のものだろうか。
 小指の折れた手を追って歩きながら、メシアはセタの光に照らし出される骨を見下ろし、そんなことを考えた。
 しかし、それ以上に奇妙なものが、あちらこちらで見られた。
 足下だけではない。壁、天井、転がっている石の所々に、引っ掻き傷のようなものが刻まれていた。
 深いもので、指が第一関節まで埋まりそうなほどの溝ができており、小さい石の中には、真っ二つに割れているものもある。
 そして、その傷をなぞるように、岩壁に血の跡が残っていた。
 どれもかなり古いもので、おそらく傷と血がつけられてから、数年は経っている。
「おい、メシア」
 隣を歩いていたソフィスタが立ち止まり、メシアに声をかけた。メシアも歩みを止める。
 小指の折れた手は、いつの間にか動きを止めており、平らな地面の上でぐったりとしていた。
 さらに奥を、セタの光で照らしてみると、そこには岩の壁があり、これ以上は先に進めないことを示していた。
「行き止まりか…」
 メシアはセタを右手の平に乗せ、周囲を照らしてみるが、やはり岩の壁に遮られてしまう。そして、ここの岩壁にも、引っ掻き傷と血の跡が多く見られた。
「何なんだろうな、さっきから。何かが暴れた跡みたいに見えるけど…」
 ソフィスタの言う通り、傷は全て、苛立ちに任せて引っ掻いたように乱れていた。
 思い出してみれば、ここに辿り着くまでに見かけた小動物の骨も、ほとんどが原型を留めていなかった。
 …よほど大きな動物がいたのか。それとも、誰かが固くて鋭利なものを使って岩を砕いたのか…。
 考えながら、セタの光を周囲に巡らせていると、壁によりかかっている何か見つけ、メシアはセタの光を、そこに留めた。
 光によって照らし出されたのは、人間の男の姿だった。
 壁に背を持たれて座り込み、力無く項垂れているが、小動物の骨とは違い、原型は留めており、肉も付いている。
 右腕が背中に回され、肘より下は隠れて見えない。
「誰だそいつ。生きてるのか?」
 ソフィスタもメシアの隣に立ち、その男を眺めるが、ルコスの光は小指の折れた手に当てたままで、完全に注意を逸らしてはいない。
「…いや、既に絶命しているようだ」
 メシアは、その場から男の様子を観察していたが、生きている気配が全く感じられないことを確認すると、ソフィスタにそう告げ、男の亡骸に近付いた。
 遺体の前で腰を屈め、黙祷を捧げてから、遺体を調べ始める。
 色素のない髪と髭は、何日も手入れをしていなかったようにボサボサに伸びている。
 だらしなく開いた口から覗く歯は、半分近く抜け落ちており、残っている歯も汚く、ボロボロに欠けている。
 頬は痩け、服の破れた部分から覗く胸部は、あばら骨が浮き出ているが、餓死するほどひどく痩せてはいない。
 肌に血の気がなく、冷たくなっているが、目蓋を開いてみると眼球がきれいに残っていたので、絶命してから日が浅いように見受けられる。
 今度は、遺体が身に着けている服を調べ始める。
 遺体に比べて、服のほうがずっと古くて汚く、原型を留めていなかった。垢で汚れ、擦り切れ、腐り落ち、もはや服とは呼べないほどボロボロである。
 よく見ると、汚れのほとんどが血であることが分かった。しかし、遺体に目立った外傷は無い。
 …いや、まだ調べていない箇所がある。もしかしたら…。
 メシアは、遺体の背中に回されている右腕を掴み、ゆっくりと引き出した。
「…っ!」
 予想していたことであったが、息を飲まずにはいられなかった。
 遺体の右腕には、手首より先が無かった。
 小指の折れた手と同じように、手首から覗く肉と骨の様子からして、無理矢理引きちぎられたことが分かる。そして、引きちぎられてから間もないように、肉にはツヤと張りがあり、しかし血は流れ出ていない。
 メシアは、動かなくなったままの、小指の折れた手へと視線を投げた。
 …あの右手は、この遺体から切り離されたものだとしか考えられん。だが、分からないことが多すぎる…。
 この遺体は、いつから洞穴の中にあるのか。
 服の血は、遺体のものでないとしたら、誰の血なのか。
 なぜ、右手が引きちぎられているのか。あの右手は、なぜ体から切り離されても動くことができたのか。
 壁に刻まれた傷は、一体誰がつけたのか…。
 考え始めたら、きりがない。
「メシア、どうかしたのか?」
 小指の折れた手を見張っていたソフィスタが、メシアへと顔を向け、そう声をかけた。ルコスの光だけは、小指の折れた手を照らし続けている。
「ソフィスタ。この人間の男の右手が引きちぎられておる。おそらく、その右手がそうだろう」
「本当か?」
 ソフィスタは、ルコスの光を小指の折れた手から逸らし、メシアのもとへと歩み寄ろうとした。
 その時、小指の折れた手が動いたことに、メシアは気がついた。
 メシアの目の焦点が、その手に合わさると同時に、手は大きく動き、小指以外の指先をソフィスタに向けた。
 その動きに、メシアは直感的に危険を感じた。
「ソフィスタ!危ない!!」
 メシアは屈んだまま体の向きを変え、近くまで来ていたソフィスタの右腕を掴み、引き寄せた。
 それと同時に、小指の折れた手の爪が、長く鋭く伸びた。
 爪は、ソフィスタの体を貫かんと、ありえない速さで伸びていく。
「うわっ!?」
 ソフィスタは危機一髪のところで、メシアに腕を引かれて体が前に傾き、爪の直撃を免れることができた。
 しかし、露出している左の二の腕の肌を爪が掠め、皮膚が裂ける痛みに、ソフィスタは呻き声を上げる。
 爪は壁に先端を突き当て、僅かに岩を砕いた。
 メシアは、倒れ込んできたソフィスタの体を抱きとめる。
「っ…てぇ〜…クソっ!何だ一体!!」
 ソフィスタはメシアの肩を掴み、上半身を起こして体の向きを変えた。そして、伸びきっている爪を見て、左腕の怪我とメシアの行動を理解する。
 爪に裂かれた皮膚は、血が滲み出てはいるが、あまり深くはなさそうだ。
「油断するでないぞ。あの手…まだ動いておる!」
 小指の折れた手が、伸びたままの爪を、指を動かして持ち上げた。いつ攻撃をしかけられても対応できるよう、メシアはソフィスタを横にどけて体勢を整える。
 ソフィスタも立ち上がろうとしたが、急に目眩がして、前に倒れそうになった。
「ソフィスタ?どうかしたのか」
 それに気付いたメシアは、ソフィスタの肩を掴んで体を支えてやる。
「…う…ちょっと、目眩がして…」
 帽子を掴んで頭を振り、妙にだるくなっている体を、ソフィスタはどうにか起こそうとする。しかし、それより速く、小指の折れた手が再び爪を振るった。
 狙いはソフィスタとメシアに定められている。
 メシアは、ソフィスタを抱えて横に大きく跳び、振り下ろされてきた爪をかわす。
「ぬう…やはり、あの手が異形なるものの正体か?」
 小指の折れた手から離れた場所に着地し、目の焦点が合っていないソフィスタを地面に座らせると、羽織っていた巻衣を彼女の膝に掛けた。
 そこで大人しくしていろとソフィスタに身振りで示し、メシアは小指の折れた手へと体を向けた。
 振り下ろされた爪は、壁に寄りかかっている遺体の頭に食い込んでいる。
「セタ、ソフィスタについておれ」
 メシアは、肩に貼り付いているセタを剥がし、ソフィスタの右肩に乗せた。
 …あの遺体には悪いが、爪が食い込んでいるので、すぐにはこちらに攻撃をしかけては来られまい。
 捕まえるなら、今がチャンスかもしれない。ここから小指の折れた手が落ちている場所まで、大きな体躯に合わせて足も長いメシアなら、勢いをつければ二歩で間に合う。
 小指の折れた手が、爪を伸ばす以外の攻撃をしてくるかも分からないが、用心しすぎて行動を遅らせ、このチャンスを逃すわけにもいかない。
 鍛えた体と戦いの勘を信じ、メシアは地面を強く蹴った。
 何も言わなくても、セタとルコスはメシアの足下と、小指の折れた手に光を当ててくれる。
 …捕らえた!!
 メシアが伸ばした右手が、小指の折れた手に届いた。指が動かないよう、まとめて右手で掴み、残る左手で爪に手刀を叩き込む。
 爪は、人間のものであるわりには固かったが、メシアの力で折れないほどではなかった。手刀を叩き込まれた部分は、バキンと音を立てて砕ける。
 すると、メシアに掴まれてもがいていた指が動かなくなった。
 どうしたのだろうと思い、メシアは小指の折れた手の人指し指を摘み上げ、目の高さまで持ち上げてみる。
 小指の折れた手は、ぶらぶらと力無く揺れる。
 また動かなくなったと見せかけて、こちらが油断した所を攻撃してくるつもりなのだろうか。
 …それにしても、普通の爪と比べると確かに硬かったが、今の手ごたえは、岩を砕けるほどの硬さでは無かったような…。
「メシア!爪が!」
 小指の折れた手に気を取られていたため、遺体に突き刺さったままの爪が縮み始めたことに気付くのが遅れた。先にそれに気付いたソフィスタが声を上げる。
 爪は、縮むと言うより、突き刺している遺体の中に取り込まれていくように短くなってゆく。メシアがそちらへと顔を向けた時には、爪は既に半分以上は遺体の中に沈んでいた。
「どういうことだ…?」
 ありえない出来事の連続に、ついメシアは動きを止めてしまう。
 ソフィスタは、メシアの巻衣を脇に抱え、壁に手を着いて立ち上がった。
 爪が完全に遺体の中に取り込まれると、洞穴の中には薄気味悪い静寂が訪れた。
「…!メシア、気をつけろ!!」
 声と足音を響かせて静寂を破り、ソフィスタがメシアのもとへ駆け寄ってきた。ふらつくことなく走れているので、もう体の調子は悪くなさそうだ。
「注意して見て初めて気付いたけど…あの死体、最初に見つけた時と比べて、格段と魔法力が高まっている!あいつは、ただの死体じゃない!!」
「何!?」
「セタとルコスも、あいつに直接光を当てるな!あたしの予想が正しければ、あいつは、その右手の爪を通じて、あたしから魔法力を奪いやがったんだ。セタとルコスの光からも、魔法力を吸収しているかもしれない!」
 セタとルコスは、すぐに遺体から光を逸らした。直接光を当てなくても、岩壁に反射した光が遺体を照らすため、全く見えなくなることはない。
 ソフィスタはメシアの隣に立ち並び、遺体を睨みつける。
 魔法力が高まっているなど、メシアには分からないが、先程までは生気が感じられなかった遺体に異変が生じつつあることは分かった。
 ふと、風もないのに遺体の服が揺れたと思ったら、遺体は頭をもたげ、口の端を吊り上がらせた。
「ヒヒ…よく気が付いたなあぁぁ」
 さらに、掠れた声で言葉を発し、壁から背を離して立ち上がろうとする。
 絶命した者が再び動き出すなど、聞いたこともないし、あり得ないはずだ。しかし、既に単独で動く右手を目の当たりにしているので、ソフィスタもメシアも今さら驚かなかった。
「初めまして、お嬢さん。お察しの通り、貴女の魔法力は私が頂きました」
 ゆらりと立ち上がり、左手を胸元に当て、男は汚い外見に似合わない優雅な礼をしてみせる。
「…だったら、その礼と、あたしの腕を傷つけたことを謝る代わりに、あんたの名前や、何でここにいたかを教えてくれないか?」
 返って不気味な仕草に、ソフィスタは不快を抱いくが、あまり顔には表さず、平静を装って男に言った。
「これはこれは、気の強いお嬢さんですな。よろしい。答えて差し上げましょう」
 男は顔を上げ、ニタリと笑う。死体だと思っていた者が動き出しただけでも気味が悪いのに、いやらしい笑みを浮かべられると、さらに不気味だ。
「私の名はウルドック。ここへ来る前まではアーネスにいたんですが、この洞穴に入って雨宿りをしていたら、土砂崩れが起こって出口を塞がれてしまいましてね。ははは…とんだマヌケでしょう」
 名前を聞いて、メシアはソフィスタに「知っているか?」と小声で尋ねる。ソフィスタは、小さく首を横に振った。
「…閉じ込められたのは、いつのことだ?」
 ウルドックと名乗った男に、ソフィスタは再び質問をするが、今度は男は答えず、肩を竦めてため息をついた。
「質問ばかりだな、お嬢さん。こっちは長いこと閉じ込められていて、ストレスが溜まってるんだよ。右手は土砂崩れに巻き込まれて失い、真っ暗で何も見えない洞穴の中、食べられるものと言えば、ここをねぐらにしていたコウモリくらい!ああ、何て不憫なことでしょう!」
 ウルドックは両腕を広げて天井を仰ぎ、わざとらしく嘆いた。
 どうやら、ここへ来るまでに見た小動物の骨は、ウルドックが食べたコウモリの成れの果てだったようだ。ならば、彼の服にこびりついている血も、コウモリのものなのだろうか。
 だが、それにしては血も死骸も古すぎる。
 …何年も前から、この人間は、洞穴の中に閉じ込められ、コウモリを食べ尽くし、それでも生きていられたというのだろうか。…いや、先程、私が奴の体を調べた時は、確かに絶命していたはず…。
 考えても、分からないことだらけだ。悩んでいると、それを見通したソフィスタに「どうせ分かりもしないことで悩むなバカ」と言われ、メシアはちょっとムッとする。
「…しかし、あなたたちとおしゃべりをして、だいぶ気も晴れてきましたよ。そろそろ、ここを出て日の光を浴びたいですねえ」
 そう言って両腕を下ろし、ウルドックは薄気味悪い笑みを浮かべてメシアとソフィスタを見た。メシアは警戒を強め、ソフィスタは思わず一歩後ずさる。
「その前に…私の右手を、こちらへ投げてよこしなさい」
 ウルドックの言葉に、メシアは自分が持っている小指の折れた手を見遣った。
 確かに、この右手はウルドックのもののようだ。落とし物は落とし主に返すべきだとは言え、あんな危険そうな人間の言うことを、果たして素直に聞いていいものかどうか。
 変なことでメシアが躊躇していると、ソフィスタが小指の折れた手を掴み、メシアの手から奪い取った。
「ソフィスタ?」
 あれほど気味悪がっていたのに、よく急に掴む気になれたなと思う間もなく、ソフィスタはウルドックに言われた通り、彼に向けて小指の折れた手を放り投げた。
 ウルドックは小指の折れた手をキャッチし、ニヤっと笑う。
「…バカ!何で渡したんだ!」
 そう声を上げて怒ったのは、ソフィスタだった。何故か怒鳴られてしまったメシアは、一瞬戸惑ったが、すぐ言い返した。
「渡したのは貴様ではないか!何故、私を叱るのだ?」
「それはそうなんだけど…うん、確かにその通りだよな。何で、あたしはあいつの言うことを聞いたんだろう…」
「…お・おい、ソフィスタ?何を言っているのだ。大丈夫か?」
 おかしなことを言うソフィスタに気を取られている間に、ウルドックは小指の折れた手の手首と、自分の右腕の手首の切り口を繋ぎ合わせた。
 手首には切り口の跡は残っているが、右手は腕の筋肉に合わせて動き出す。
 折れていた小指は、音を立てて真っ直ぐ伸ばされ、突き出ていた骨も肉の中に沈んだ。
「ケケケ…ありがとうよ!それじゃ、その緑色の男は、お嬢さんが引き留めておいてくれよ!」
 そう声が聞こえ、メシアがウルドックへと顔を向けられた時には、彼は既に細い足で地を蹴り、壁づたいに走り出していた。
 メシアとソフィスタが立っている場所を迂回し、洞穴の出入り口へ向かうつもりなのだろうか。
「待て!まだ聞きたいことがあるのだ!」
 メシアはウルドックに向かって手を伸ばし、彼を追おうとした。
 しかし、一歩足を踏み出したところで、ソフィスタに腕を掴まれて止められた。
「!…ソフィスタ?何故止める!」
 メシアはソフィスタを振り返って問うが、なぜかソフィスタのほうが不思議そうな顔をしていた。
「あ…あれ?お前を止めるつもりじゃなかったんだけど…」
 そう言いつつも、ソフィスタはメシアの巻衣を足下に落とし、彼の腕に両腕を回して、がっちりと押さえて離そうとせず、それどころか強く締め付けてくる。
 メシアの力であれば、ソフィスタを振り払うことも、ソフィスタをひきずってウルドックを追うことも簡単なのだが、さっきからおかしい彼女の様子に戸惑わされっぱなしで、すぐには行動に移れなかった。
「ヒァハハハッ!!そこの緑色!その女はくれてやる!冥土の手みやげに持っていきな!!」
 ウルドックは笑い声を上げ、両手の指先から爪を伸ばした。
 爪は、メシアたちの真上まで伸び、天井に突き刺さった。
「しまった!」
 ウルドックの行動の意味を理解して、メシアはその場から離れようとしたが、ソフィスタが足に力を入れてふんばったため、出遅れてしまった。
 その間、ウルドックは爪を伸ばしたまま走り、岩を砕いていく。
 ソフィスタがやたらと止めてくる理由なんて、もう気にしている暇は無い。砕かれた岩の破片が、メシアたちの頭上から降ってくる。
「くっ…うおおおおお!!」
 メシアは強引に腕を振り上げ、ソフィスタの体を浮かび上がらせた。
「うわあああぁぁっ!!」
 ソフィスタの体は、メシアの腕からすっぽ抜けて横に飛ばされた。
 そのまま地面に叩きつけられそうになったが、彼女の肩に張り付いていたセタとルコスが、直前で体を伸ばしてソフィスタの身を包み、クッションとなった。
 メシアもこの場から逃れようとしたが、既に破片は足下を埋め尽くしており、思うように動くことができないまま、大きな破片に頭を打たれた。
 それを痛いと感じる間もなく、メシアは意識を失った。


 (続く)


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