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ありのままのメシア 第五話


   ・第五章 出動!MAゴーレム

 アーネスの街に入ると、メシアたちは近くの自警隊の詰め所へ寄り、今の街の状況を確認することにした。
 詰め所では、青い腕章を身に着けた自警隊員が数人、何やら慌ただしい様子で話をしていた。
 先頭を走っていた馬に乗っていた、リーダー格の自警隊員が、先に一人で詰め所に入って、青い腕章の隊員たちに何があったのかと尋ねた。
 彼から聞き出した話は、こうだった。
 自警隊本部の総隊長が、本部にいる隊員と、本部近くの詰め所の隊員たちに、急に収集をかけた。
 集められた隊員たちは、全員武装した姿で外に出てきた。
 だが、彼らがどこへ行くのか、何の目的があって武装しているのかは、収集がかからなかった隊員たちは誰も知らないという。
 もし、この青い腕章を身に着けている隊員たちが、既にヴァンパイアカースに感染していたら、この話は嘘かもしれない。
 だが、こんな嘘をついたところで、何のメリットがあるのだろうか。それに感染者なら、感染していない者が一人でノコノコと詰め所に入ってくれば、複数で襲いかかってくるはずだ。
 とりあえず感染者はいないと判断した、リーダー格の隊員は、外で待機していたメシアたちも詰め所の中に入れ、青い腕章の隊員たちに、もっと詳しい説明を要求した。
「たまたま巡回に出ていた私が、その武装した隊員の集団に遭遇し、事情を聞きこうとしたのですが、何も言わずに突き飛ばされました。どうも様子がおかしかったのですが…一体、何が起こっているのでしょう」
「では、その武装した隊員たちは、どの辺りを歩いていたんだ?行き先に見当はつかないか?」
 リーダー格の隊員が問うと、こう答えが返ってきた。
「私が彼らに遭遇した場所は、第三区の大通りです。進行方向の先には、魔法アカデミーがあります」
「何だって!?」
「何だと!?」
 リーダー格の隊員と同時に、メシアも声を上げた。リーダー格の隊員は、メシアを振り返る。
「…そうか。魔法アカデミーには優秀な魔法使いが多くいるし、マジックアイテムも豊富だ。もし学校にヴァンパイアカースが行き渡り、魔法使いたちがウルドックの言うことを聞くようになったら…!」
 感染者がウルドックに従っているということは、ソフィスタが説明してくれた。
 リーダー格の隊員の言葉を聞かなくても、メシアは十分に危機感を感じていた。ソフィスタがメシアに魔法アカデミーへ向かうよう指示したのも、ウルドックが魔法アカデミーを狙うことを予想していたからだろう。
「え…ヴァンパイアカース?それって、どういうことですか!?」
 青い腕章の隊員が、ヴァンパイアカースと聞いて血相を変えた。
「説明なら、これからする。それより…メシア君!ここは我々に任せて、先に魔法アカデミーへ…」
 リーダー格の隊員に言われるより早く、メシアは詰め所を飛び出していた。
「ち・ちょっとメシア君!待ってよ!」
 メシアと一緒に馬に乗っていた女隊員も、リーダー格の隊員に「私も魔法アカデミーへ向かいます!」と告げてから、慌ててメシアの後を追って詰め所を出た。
 既にメシアは、数メートル先まで突っ走っていた。
「待ちなさーい!そっちの道より別の道を通った方が近いのよー!!」
 女隊員が声を張り上げると、メシアは「何ィーッ!?」と叫んで急ブレーキをかけた。そのへんを歩いていた人々は、彼に驚いて立ち止まっている。
「ホラ、早く馬に乗りなさい!!世話の焼ける子ねっ!!」
 軽やかに馬に飛び乗って、女隊員はメシアに手招きをする。
 メシアが人を弾き飛ばさんばかりの勢いで引き返し始めると、彼の行く手をうろついていた通行人は、逃げるように道の脇へ寄った。


 *

 爪で引っ掻かれた痛みを感じてか、アズバンは顔をしかめた。
 同時に、彼の腕を掴んでいる隊員も、何かに気付いたようで、メットの下で眉間にしわを寄せた。
「っ…お前!!」
 隊員はアズバンを突き飛ばし、右手に握る警棒で、アズバンの腹を強く突いた。
 警棒はアズバンの体を貫き、先端が彼の背中から突き出した。
 さらに男が薙ぎ払うように警棒を振るうと、アズバンの体は面白いほど簡単に引き裂かれた。
 しかし、その光景には生々しさが無かった。血は全く飛び散らず、切り口からは肉も骨も見えない。代わりに透き通った水が、アズバンの体の中を満たしていた。
「てめぇ!この体、偽物だな!!」
 隊員はアズバンを突き飛ばそうと腕を伸ばした。隊員の隣にいる総隊長は、ただ戸惑っている。
「バレたか」
 アズバンはニッと笑って舌を出し、軽く後ろに跳んで隊員の腕を避けた。
 すぐ後ろにカトルが立っていたが、彼にぶつかると、二人の体は服ごと透明な水へと変じて混ざり合った。
 水はバシャンと音を立てて散り、いくつもの文字や記号の形となって地面の上に落ちた。その文字や記号を、細長い水の筋が円を描いて囲う。
 すると、円の内側から光が溢れ出し、自警隊員たちは眩しさに腕で顔を覆った。
 光が消え、隊員たちが顔を上げると、いつの間にか魔法陣も消えており、代わりにアズバンとカトルが、魔法陣があった場所に立っていた。
 アズバンは水筒を、カトルは教鞭を、それぞれ手にしている。
「さて、と。そこのあんた、ウルドックという名前なんじゃないか?」
 総隊長の隣にいる隊員を教鞭で指し示しながら、カトルがそう言うと、男は明らかに動揺し、体を震わせた。それを見て、アズバンがクスクスと笑う。
「図星のようだね。情報通り、君は詰めが甘いな」
「なっ…どういうことだ!!」
 自警隊員に扮していたウルドックは、正体を見破られていたことに動揺し、「詰めが甘い」と言われたことに腹を立て、声を荒げた。
「我が校の優秀な女生徒が、君たちの行動を先読みして教えてくれたんだよ。君がここに来ることや、君に傷つけられるとヴァンパイアカースに感染することを。後ろにいる自警隊の皆さんも、既に感染済みだね」
「あんたたちの様子は、水で作った我々の偽物が相手をしている間に、屋上から見ていた。どうやら、外で待機している仲間はいないようだな。本部では何人か留守番しているのか?」
 アズバンとカトルの言葉は、さらにウルドックの図星をついていた。
「くそ…誰がバラしやがったんだ…!」
 ウルドックは、洞穴にいた時から今までの記憶を辿り、目覚めた時に出会った少女とトカゲ男のことを思い出す。
 …まさか、あいつらが!?
 あの二人が洞穴を脱出できたのなら、その可能性はあり得る。
 しかし、少女のほうは確かにヴァンパイアカースを感染させたはずだ。トカゲ男が崩れた岩の下敷きになっていく様子も確認している。
 考えながら、ウルドックはアズバンたちを睨んでいたが、ふと肩の力を抜くと、低い笑い声を上げた。
「ふっ…クカカカカ…。いや、どこで俺のことを知ったかなんて、関係ねえ。どうせお前らも、ここで俺様の下僕になるんだからな!!」
 ウルドックが警棒を握り直し、その先端をアズバンたちに向けると、総隊長を先頭に、自警隊員たちは互いに距離を取り合い、陣形を作った。
「二人とも、魔法の腕には覚えがあるようだが…この人数を相手に、たった二人じゃ勝てやしねーよ。大人しくヴァンパイアカースに感染するんだな!」
 ウルドックは余裕たっぷりに二人に言い放ったが、アズバンとカトルは互いに顔を見合わせると、肩を竦めてウルドックを見た。
「…あのねぇ、あらかじめ屋上からそっちの様子を調べておきながら、負けると分かって二人だけで挑むと思うかい?」
 アズバンが水筒の蓋を開けると、中の水が噴水のように噴き出し、アズバンとカトルの周囲に飛び散った。
 飛び散った水は、アズバンとカトルを中心に、大きな魔法陣を描く。
「っ!何をする気だ!!」
 嫌な予感がして、ウルドックは自警隊員たちに「かかれ!」と命令した。総隊長と隊員たちは、警棒を振り上げて一斉にアズバンたちに襲いかかろうとする。
「残念!手遅れだ!」
 しかしカトルが教鞭を振るうと、それに呼応するように魔法陣から光が溢れ出し、大きく膨らんで総隊長と隊員たちを弾き返した。彼らはドミノ倒しになり、ウルドックも、その巻き添えを喰らう。
「ぐっ…な、何だ!?防護結界か!」
 倒れ込んできた隊員を押し退けて立ち上がり、ウルドックは光に向けて左手の爪を伸ばした。
 だが、爪は硬質な何かによって弾かれ、バキンと音を立てて砕けた。ウルドックは「ギャッ」と悲鳴を上げ、爪を引っ込める。
 ちょうどその時、魔法陣と光が消え去り、二体の甲冑のようなものが姿を現した。
 それは、人間の大人より二回りは大きく、人が身に着けるものとはずいぶん違う形をしていた。
 全体的に円錐形をしており、頭と胴が一体化している。
 左右から伸びている腕には指が無く、先端が筒状になっている。
 まるでオモチャのようだが、人の倍以上の大きさがあるので、流石にウルドックもビビっていた。
「…な・何だそれは!」
 ウルドックがそう叫ぶと、二体の甲冑の内、青を基調としたカラーリングが施されているほうの中から、アズバンの声が響いてきた。
「自警隊の人なら知っているはずだよ。魔法アカデミーでは、魔法力を動力とした兵器が、実用化に向けて開発中ってことをね。それが、この手動魔法装甲兵だ。MAゴーレムという、手っ取り早い呼び名もあるよ」
 隊員たちがどよめき立つ。ウルドックは、近くにいる隊員の肩を強く掴み、「どういうことだ!」と問う。
「戦闘用の兵器の開発を、自警隊から魔法アカデミーに依頼していたのです」
「そんなことはいい!あのデカイやつの弱点や、どんな力があるのかを知りたいんだ!」
「いえ、そこまでは…ただ開発しているとしか聞かされて…」
 言い終わるのを待たずに、ウルドックは「役に立たねぇな!」と怒鳴って隊員を突き飛ばした。
「そう人を責めるな。少し前に検定試験をクリアしたばかりで、さらに改良の余地があるかどうか調べていたから、自警隊にも正式な報告はしていないんだよ。これからって時に、あんたが来たんじゃないか」
 今度は、アズバンのMAゴーレムとは色違いで、黄色を基調としたカラーリングが施されている、もう一体のMAゴーレムの中から、カトルの声が響いてきた。
 黄色のMAゴーレムの中では、カトルが操縦席に座り、ケーブルで機体と繋がれたゴーグルのようなものを身に着け、手前にある台座の上に置かれている水晶玉に両手を添えていた。
 彼が発した声は、ゴーグルについている小型マイクを通じて外に響いていた。ちなみにアズバンが乗っている青いMAゴーレムも、内部は同じ造りになっている。
 MAゴーレムが一歩前に踏み出すと、自警隊員たちは後ずさりした。
「それじゃあ、ちょっと手荒になるけれど、これも君たちを助けるためだ。我慢するんだよ」
 アズバンの声が響いたと同時に、二体のMAゴーレムの足下で砂埃が立ち、見るからに重そうな機体が僅かに浮いた。
 それに驚く間もなく、MAゴーレムの筒状の腕の先から光が放たれ、隊員たちは思わず顔を伏せた。


 *

 ソフィスタたちがアーネスの街に着いた時、いつもは騒々しい街がやたらと静かで、人はあまり見当たらなかった。
 どうやら、メシアと一緒に先に来ていた隊員たちが、ソフィスタの指示通り住民を避難させてくれたようだ。彼らが寄った自警隊の詰め所で話を聞くと、ヴァンパイアカースに感染していない隊員も協力してくれているという。
「それで、魔法アカデミーと自警隊本部はどうなっていますか?」
 詰め所に残っていた隊員に、ソフィスタは尋ねた。それに対し、隊員はこう答えた。
「魔法アカデミーへは、緑色の男と女性の隊員が向かいましたが、現在の状況については、まだ連絡が届いておりません。自警隊本部は、正面玄関も裏口も閉め切られており、中に入ることができず、呼び鈴を押しても返答がありませんでした。しかし数名の隊員が中に残っていました」
 おそらく、本部に残っているという隊員は、ヴァンパイアカースに感染し、ウルドックの命令で本部に閉じこもっているのだろう。何人いるのか正確には分からないし、ウルドックを捕まえに行くにしても、本部にいるという確かな情報も無い。
 …魔法アカデミーなら、ウルドックが隊員を率いて攻め込んできても、事前に情報さえ届いていれば自分たちで何とかできるはずだ。メシアも学校へ向かったことだし、あまり心配はいらないと思うけど…連絡は取り合えるようにしておきたいな。街の人の避難と解呪剤の回収にも、もう少し人員を導入しておいたほうがよさそうだね。
 そう考え、ソフィスタは連れてきた人命救助隊員と自警隊員をいくつかのグループに分け、街の人の避難、解呪剤の回収、魔法アカデミーへの応援、占領された自警隊本部の奪還及びウルドックの捜索の指示を、それぞれに出した。
 人名救助隊の者は、主に街の人の避難と解呪剤の回収。ズースは自警隊員数名を率いて魔法アカデミーへの応援。そしてソフィスタは、ウルドックの顔を知るザハムとシバーを含む、数名の自警隊員を引き連れ、自警隊本部へと向かった。

 自警隊本部は二階建てとなっており、その周りを植木と柵が囲っていた。
 その植木の影に隠れながら、ソフィスタたちは本部の様子を窺っていた。
 外に見張りはいないようだが、窓はカーテンに閉ざされ、正面玄関も閉め切られている。
 本部の中からは、物音一つと聞こえてこない。もっとも、離れた場所にいるからでもあるが。
「…で、どうするよソフィスタ」
 隣にいるザハムが、小声で尋ねてきた。彼は、街に戻ってきた時に寄った自警隊の詰め所で借りた隊員服に着替え、警棒も腰のベルトに差している。
「ウルドックがいるとすれば、可能性が高いのは二階の総隊長室…」
 ソフィスタは本部の建物の中に入ったことはあるが、応接間までしか通されていない。しかし、自警隊の詰め所に寄った際、本部内の地図を見せてもらっていた。
「ウルドックに逃げられる前に、一気に突入して、さっさと捕まえる。中の様子がハッキリと分からない以上、それしか手はありません」
「よっしゃ!じゃあ早く行こうぜ!」
 腰を屈めていたザハムは立ち上がろうとしたが、ソフィスタが「だからって実行するとは、まだ言っていませんよ」と言って、彼の腕を引いて止めた。
「そうですね。もしウルドックが外に逃げたら、感染者が増えてしまうのですから…慎重になりませんと」
 ザハムの隣にいたシバーも、そう言ってザハムの袖を引き、屈ませた。
「そ・そうだな。だけど、早く行動するに越したことはないぜ。本部内にウルドックがいるって確証も無いんだろ。もしいなかったら、後で探しに行かなきゃならないんだぜ」
「分かっているなら、もっと落ちついて下さい」
 ソフィスタにそう言われ、ザハムは「ホント可愛くねー」と肩を竦め、ふてくされたようにそっぽを向いてしまった。
 …確かに、時間は無駄にはできない。情報は少なくても、今できる最善の手段を取るしかないな。
 本部に収集された自警隊員で戦える者は、ほとんど魔法アカデミーへ向かったはずなので、手薄になっている今なら少人数でも本部を奪還できるだろう。
 幸い、ここにいるザハムとシバー以外の自警隊員たちは、怪物の討伐隊に抜擢された、腕の立つ者ばかりである。
 ウルドックは強かったが、奴は爪が長く伸びるなど、身体能力が異常なだけで、特に訓練を受けていた人間ではなさそうだった。洞穴の岩を砕いたので腕力はありそうだが、この隊員たちとソフィスタなら、不意さえつかれなければ勝てるはずだ。
 魔法力はまだ回復しておらず、ろくに魔法も使えない状態ではあるが、魔法よりも持ち前の頭脳に頼るほうが、ソフィスタにとっては得意分野だ。足手まといにならない自信はある。
 隊員たちの強さも、少なくとも本部に残っている隊員より強いことは確かだとソフィスタは考えていた。
 …それにウルドックの奴は、あたしとメシア、そして討伐隊が戻ってきていることを、まだ知らないはずだ。勘付いているとしても、あたしたちの行動を完全に読めてはいない。逆に不意をついてやれば、必ず捕まえられる!
「それじゃあ、突入ということで作戦を立てましょう。まずは、ウルドックがいると思われる総隊長室へは、非常階段から二階へ上がって…」
 ソフィスタが隊員たちに説明を始めた時、「あの〜、すいません」と、誰かが声をかけてきた。
 話を中断し、ソフィスタは声がしたほうへと顔を向ける。
 近くの建物の影から、一人の少年が顔を覗かせていた。
 少年は、ソフィスタたちと目が合うと建物の影から飛び出し、小走りでこちらに寄ってきた。
「何だ君は。子供がこんな所でウロウロしていると危険だぞ」
 ザハムが駆け寄ってくる少年に手を差し出すと、少年はその手を取り、急にへたり込んでしまった。
「よ・よかったあ〜。あなたたち、ヴァンパイアカースの感染者じゃない自警隊員の人ですね」
 長く息を吐き出してから、少年はザハムを見上げた。
 長い黒髪と浅黒い肌が特徴的な少年で、見たところ十三才くらいだろう。
 動きやすそうだが汚れた服を身に着け、肩から大きめの鞄を下げている、その様子は、まるで学校帰りの子供のようだった。
 細身でソフィスタより背が低く、ひ弱な印象を受けられるが、くりっと大きな金色の瞳には、子供らしいあどけなさの中にも、どこか鋭さがあった。
「君、どこの家の子供だい?外は危ないから家の中にいなさいと言われていないのか?」
 シバーは少年の前で腰を屈め、目線の高さを合わせて尋ねる。
「そうなんですか?ボク、さっきまでこの建物の中にいて、そんな話は聞いてないですよ」
 そう答えながら少年が指したのは、自警隊本部であった。ザハムとシバーは思わず「ええっ!?」と声を上げ、他の隊員たちもどよめき立つ。
 ソフィスタも少年の答えに驚かされたが、声を上げはしなかった。
「どういうことだ。それに本部の中にいながら、どこでヴァンパイアカースのことを知ったんだ」
 ソフィスタも少年に歩み寄り、シバーのように姿勢を低くすることもなく、冷静な口調でそう尋ねた。
 少年は、自警隊員ではないソフィスタを見上げ、「誰ですか?」と問うが、ソフィスタが答える前に、ザハムが「超おっかね〜ネーチャンだ。大人しく言うことを聞いたほうがいいぞ」と少年に耳打ちをした。
 それが聞こえたソフィスタはギロッとザハムを睨み、彼と少年、ついでにシバーまで震え上がらせた。
「はいっ!ぼぼボクは自警隊と契約している掃除屋のアルバイトで、なっ名前はホークです!ヴァンパイアカースのことは本で読んだことがあるので知っています!それに本部の人たちの中で、ヴァンパイアカースに感染したとか自分で言っている人が何人かいたんです!!」
 少年はソフィスタに怯えているようで、慌てて立ち上がって背筋を伸ばし、聞かれてもいないことまで喋った。
「掃除屋のアルバイト?でも、いつもは正社員が掃除しに来るはずだよ。アルバイトの君は、何をしに本部へ来たんだ?」
 シバーも立ち上がり、ホークと名乗る少年に尋ねる。
「それは、ホラ、昨日まで雨がすごかったじゃないですか。それで、いつもより掃除が大変になりそうだからって、ボクが下見をしに来たんです。もしいっぱい雨漏りしていたら、作業員を増やさなきゃいけませんからね」
「じゃあ、午前中から本部内にいたってことか?」
 ソフィスタがホークに質問をすると、ホークは背筋を伸ばして足を揃え、「その通りです!」と声を張り上げた。
「バカ!声がでけーよ!」
 ソフィスタは人指し指を立て、小さな声でホークを叱る。
「あ、すいません。…それでですね、怪物が出たとかで騒がしくなった頃に本部を出たんですが、忘れ物を思い出して戻ろうとしたんです。そしたら本部の中からケンカする声や音が聞こえて…何だろうと思って、こっそり窓から中に入って、隠れながら様子を探っていたんです」
「なに無茶なことしているんだ!そういう時は大人を呼べ!」
 今度はザハムが、やはり小声でホークを叱った。
「う…ごめんなさい。本当は、すぐに外へ知らせに行かなきゃって思っていたんですが…見つかるのが怖くて、なかなか動けなかったんです。ついさっき、本部の人の目を盗んで、窓から外に出たばかりなんです…」
 大人同士がケンカし合う姿を見れば、これくらいの年の男の子なら怖くなってもおかしくない。ホークは俯き、消えそうな声で話したが、ソフィスタはホークを責めようとはせず、代わりにこう言った。
「…つまり、お前は今の本部内の様子を知っているし、あんたが出てきた窓の鍵は開いているってことだね」
 ソフィスタの言葉で、隊員たちの視線が彼女に集中した。ホークも顔を上げ、ソフィスタを見る。
「本部にいた連中がヴァンパイアカースに感染しているってことは分かっている。あたしたちは、これ以上ヴァンパイアカースが広まらないよう、感染者の鎮圧に動いている。事を円滑に運ぶには、多くの正確な情報が必要だ。だから、お前が知っていることは全部話せ。いいな」
 ソフィスタの口調は厳しく、有無を言わす隙を与えないものだった。しかしホークは、自分が持っている情報が感染拡大を防ぐ力になるのだと気付き、勇気づけられたようだ。滲み出始めていた涙を拭い、キッと表情を引き締めて「はいっ!」と返事をする。
「まず、ウルドックってやつの居場所は分かる?ヴァンパイアカースをアーネスに持ち込んだ張本人で、感染者を従えている奴だ」
 最初の質問に、ホークはすぐに答える。
「総隊長でもないのに本部の人に命令している奴なら、確かにいました。顔はよく見ていませんし、名前も聞いていませんが。でも、今は本部にいないはずです」
 ウルドックが本部にいない可能性があることは分かっていたので、ホークの答えに、ソフィスタや隊員たちは特に驚きはしなかった。
「いない?奴はどこへ行ったんだ?」
「ええと、武装した自警隊の人たちを連れて、魔法アカデミーへ行きました」
 それも、ソフィスタの予想の範囲内である。
「他には誰がいる?人数は分かるか?」
「…総隊長や強そうな人は、みんなアーネスへ行ったみたいです。残っているのは、ほとんど事務員だと思います。詳しい人数は分かりませんが…いつもよりずっと少なかったです。あと、怪我をしてる人が二人か三人くらい、医療室に運ばれたって聞いたような…」
「じゃあ、やっぱり本部内は手薄だったってことか」
 ホークの言うことが本当なら、本部の感染者の鎮圧は余裕だろう。
 逆に言うと、ウルドックと手練れの隊員が全員、魔法アカデミーへ向かったということになる。
 それに気付いたザハムが「魔法アカデミーのほうがやばいんじゃねーの?」心配そうに言ったが、ソフィスタは相変わらず平然としている。
「大丈夫じゃなかったら連絡して下さいと、学校やメシアたちに伝えてあります。それに、今さら心配しても仕方ありません。私たちは、私たちの作戦をこなすことだけに集中していればいいんです」
「…まあ、そうだけど…そうだよな。メシアは強ェし、心配いらねーか!」
 あの馬鹿の行動が一番心配なんだとソフィスタは思ったが、ザハムは自分なりに納得して不安を振り払ったようなので、黙っておいた。
「それで、お前が出てきた窓ってのは、どこの窓だ?」
 ソフィスタは再びホークに質問をする。
「一階の休憩室にある窓です。窓の鍵は、まだ開いているはずです」
 それなら、開いている窓から忍び込んだ後、一気に感染者を捕まえればいいだろう。解呪剤は持っていないので、用意できるまで本部にある牢屋にでも閉じ込めておくしかない。
「じゃあ、念のため外にも見張りを配置し、残りは開いている窓から侵入。感染者は見つけ次第拘束。必ず二人以上で行動し、もし感染者に噛みつかれたら、症状が現れる前に誰かに報告し、拘束してもらうこと。それでいいですね」
 隊員たちは、意義を唱えずに頷く。
「それと…ホーク。お前は掃除屋なり家に帰るなりして、避難しろ」
「え〜もうお役目ごめんですか?せっかくやる気が出た所なのに…」
 ホークはふくれっ面で文句を言ったが、「だってやること無いだろ」とソフィスタにさらっと言われてしまった。
「う…で・でも…」
「いいから帰れ。誰か、コイツを家まで送ってやって下さい」
 ソフィスタが隊員に声をかけると、ホークは両手を振り、拒否の意を表した。
「いや、家に帰ることくらい一人でできますよ。感染者ばかりの本部内でも逃げ回れたんですから。それじゃ、気をつけて下さいね」
 ホークは踵を返してその場から走り去り、建物の影に入って見えなくなった。
 しばらく、ソフィスタは彼が走り去って行ったあとを眺める。
 …気をつけるのは、お前のほうだろが。…それにしても、何かひっかかるな、アイツ…。
「いやー、思わぬ所で情報が得られたな!さ、本部奪還作戦を実行しようぜ!」
 ザハムが明るい声で言って、ソフィスタの背中を強く叩いた。ソフィスタの体は、僅かにつんのめる。
「わっと…力入れすぎですよ。ったく…」
 ホークのことは少し気になるが、今は本部にいる感染者の件に集中しなければいけない。ついさっき、自分でそう言ったばかりだ。
 気持ちを切り替え、ソフィスタは隊員たちと向かい合う。
「では、見張り班と侵入班に分けます。まず、解呪剤を打っているザハムさんとシバーさんが、先陣を切って侵入して下さい」
 そうソフィスタに言われたザハムとシバーは、力強く頷いた。


   (続く)


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