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ありのままのメシア 第五話


   ・第八章 校内感染

 パンを食べ終え、紅茶も飲み干し、さて個室を出ようとソフィスタとメシアがソファーから立ち上がった時、ドアがノックされる音が響いた。
「ソフィスタさん、ソフィスタさん!いますか?」
 ドアの向こうから、エメの声が聞こえた。ノックの音と彼女の口調からして、何やら慌てているようである。
「はい。ちょっと待って下さい」
 ソフィスタはドアへと駆け寄る。メシアも、後ろから歩いてソフィスタを追った。
 ドアを開くと、エメが息を切らして立っていた。
 いつもは派手でぴっちり気味の服装のエメだが、今は動きやすそうなワンピースを着ており、靴もヒールではなくサンダルだった。
「エメ先生?どうかしたんですか?」
「じ・実は…さっきまでウルドックの破片を調べていたのですが…」
 乱れた前髪を掻き上げたエメの顔も、いつもの厚化粧とは違い、自然な感じのするソフトなメイクが施されている。
 ソフィスタの隣に並んだメシアが、どぎついおばちゃんから上品なおばさまに変貌しているエメの姿を見て、いかにも「誰?」と言いたげな表情をしたが、エメは気付それに気づかずに話を続ける。
「ちょっと、妙なことが分かって、先にソフィスタさんに知らせにきたのです。あなたなら、何か気付くかと思って…」
「妙なこと?何が分かったんですか?」
「妙なことだと?何があったのだ!」
 エメの化粧より、彼女の言う「妙なこと」が気になったメシアも、ソフィスタと一緒に僅かに身を乗り出した。
 急に二人に近付かれたエメは、思わず一歩退いてしまいつつも、問いに答えた。
「それが、ウルドックの破片の中に、魔造土が混じっていたのです」
「魔造土?」
 ソフィスタが聞き返すと、エメは真剣な顔で頷いた。メシアが「何だ、それは」とソフィスタに尋ねる。
「魔法力を込めやすい、人間が作り出した土のことだ。主に、土ゴーレム…魔法力で動く土の人形を作ったり、魔法の植物を育てたりするのに使われている」
「土の人形を?まさか、魔法生物か!?」
「いや、土ゴーレムは、アズバン先生が水を操っていたように、魔法力で土を動かすだけだ。生物じゃない」
 本当は、魔造土を利用して魔法生物を作る者もいるが、話がややこしくなりそうなので、その点は伏せてソフィスタはメシアに説明してやった。
「そうか。それで…その土が、ウルドックの体の破片に混ざっておったのだな」
 メシアの言葉に、エメは再び頷く。
「ええ。だいたい、手の平サイズの泥団子が一つ作れるくらいの量でした。偶然混ざってしまっただけと考えるには、微妙な量です」
「そう…ですか…」
 ソフィスタは、人差し指を下唇に添えて考え込む。
 …魔造土…か。あいつ、魔造土なんかを何で持っていたんだ?
 ウルドックの体が崩れたことも含め、魔法アカデミーでの戦闘については、既にメシアから詳しく話を聞き出していた。
 解呪剤を打つことで呪いの意思が消え、呪いの意思が操る魔法力によって保たれていた体が支えを失って崩れ落ちたように、もしウルドックが魔造土を使っていたのであれば、それもヴァンパイアカースが消えると同時に効果を失い、砂に戻ったのだと考えられる。
 だが、何に使っていたというのだろうか。
 …魔造土は、魔法力を込めやすく、魔法で粘土のように固められ、また形を変えることもできる。だけど硬度は鉄より脆い。スーツの内側で防護用に身に着けるのなら、鉄板を使った方が魔法力も消費しない。隠し武器にするにしても量が少ないし、もっといい小型の武器くらい、自警隊本部にあったはずだ。
 となると、武具としてではなく、別の使用目的があったということになる。
 …他に使い道と言えば、人形型や、体の一部の形に作って、相手の目を欺くこと…。
「…体の一部…まさか…」
 ぼそりとソフィスタが呟き、それに気付いたメシアが「どうかしたのか」と尋ねてきた。ソフィスタは唇から指を離し、メシアを見上げる。
「メシア。おまえが学校でウルドックと戦っていた時、奴は右手の爪を伸ばしたか?」
 急に問われ、メシアは少し戸惑ったが、素直に答える。
「確か、右手はずっと警棒を握っておった。爪は伸ばしておらぬ」
 メシアの答えを聞くなり、ソフィスタは「やっべー!」などと叫んで部屋の奥へと向かって走り出した。
 唐突なソフィスタの行動に戸惑わされながらも、メシアとエメはソフィスタを呼び止めようとしたが、その前にソフィスタが、まくし立てるように二人に言い放った。
「媒体のヴァンパイアカースは、まだ完全に消えていないかもしれません!私の考えが正しければ、奴はどこかに身を潜めています!早く手を打たないと、この学校も危険です!!」
 ソフィスタは、部屋の隅にある勉強机に駆け寄って、無造作に置いてあったメモ帳と鉛筆を拾い上げた。
 さらに、ポールハンガーにかかっているマントと帽子とグローブもひっつかんで取り、身に着けながらメシアたちのもとへと戻った。ポールハンガーには、メシアの巻衣だけが残される。
 セタとルコスを肩に乗せたまま、ソフィスタはマントを羽織ったが、後で二体とも這いずり出てきて、マントの上からソフィスタの肩の定位置に貼り付いた。
「ソフィスタ!媒体が消えていないとは、どういうことなのだ!」
 メシアが詰め寄ってきたが、ソフィスタは壁にあるスイッチを押して部屋の灯りを消すと、「いいからお前も来い!!」と怒鳴って彼の尻を蹴飛ばした。戸惑っているエメにも、「一緒に来て下さい」と言い、彼女の背中を押して一緒に部屋から出た。
 メシアは尻をさすりながら、二人の後に続く。彼は「なにも蹴らなくともよいではないか!」とソフィスタに文句を言ったが、当然のように無視された。
 全員が部屋から出ると、ソフィスタはドアを軽く蹴って閉め、廊下を足早に歩き始めた。
「ちょっと、ソフィスタさん?何なの?ちゃんと説明して下さい!」
 メモ帳にガリガリと鉛筆を走らせているソフィスタに、エメが尋ねる。
「はっきりとではありませんが、魔造土の使い道が分かったんです!ウルドックは魔法アカデミーに乗り込む前、失敗した時のために保険をかけておいたんです」
「保険?どういうことですか?」
「それは、おそらく…」
 そう言いかけた時、ソフィスタの肩にメシアの大きな手が乗せられた。驚いたソフィスタは、言葉を止めてメシアを振り返る。
 メシアは、ソフィスタとエメの肩を強く掴んみ、足を止めさせる。
「お・驚かすなよ馬鹿!急いでんだからンモグっ…」
 ソフィスタはメシアの手を振り払い、文句を言おうとしたが、振り払ったばかりの手が、今度はソフィスタの口を覆って塞いだ。
「静かにしろ!…前と後ろ、角に隠れて我々を見張っている者がいる」
 メシアはソフィスタとエメから手を離し、後ろの曲がり角を、じっと睨む。ソフィスタはエメと顔を見合わせ、鉛筆とメモ帳をポケットに押し込んだ後、言われた通りに口を噤む。
 しばらくして、前と後ろの角の向こうから、教師や生徒たちが、ぞろぞろと出てきた。
 ざっと二十人。その中に、アズバンの姿もある。
「アズバン?どうしたのだ、皆して…」
 見慣れた顔に対しても、メシアは警戒を緩めなかった。
 ソフィスタとエメも、メシアと背中を向かい合わせ、廊下を塞ぐ教師や生徒たちを睨みつける。
 三人とも、わざわざ問わなくても分かっていた。彼らの様子がおかしいこと。その原因も薄々気付いている。
 ソフィスタたちの考えは、メシアの前方を塞ぐ教師や生徒たちの先頭に出てきたアズバンが、苦笑いしながら肯定した。
「ははは…その様子じゃバレてるみたいだね。ここにいる我々全員、ヴァンパイアカースに感染してしまったんだ。ごめんよ〜」
 ソフィスタたちにとっては恐ろしいことを、アズバンはさらっと言ってのけた。
「まさか…私たち以外で魔法アカデミーに残っていた人は全員感染して、ここに集まっているんですか?」
 学校に残っている人間の感染状況を把握できまいかと、ソフィスタは自然と声が出たように装ってアズバンに尋ねた。
「…さあ、どうだろうね。君は何か一つを教えただけで、隠していることまで暴いてしまいそうだから、うかつにしゃべれないな」
 しかし、アズバンはひっかからなかった。最初から期待はしていなかったし、逆にひっかかられても教え子として恥ずかしいので、あまり気に留めないが。
 …でも、第三実験室にいたはずのカトル先生の姿が見当たらないな。少なくともカトル先生は、感染していないか、感染して別の場所にいるかのどちらかってことか。
「まあ、そういうことで、エメ先生にもヴァンパイアカースに感染してもらいますよ」
 アズバンが、一歩前に出た。それを合図に、他の教師や生徒たちも、ゆっくりと動き出す。
「エメ先生にもって…私とメシアはいいんですか?」
 追いつめられていることに焦りを覚えつつも、ソフィスタはアズバンに尋ねた。
「ん?ああ。君たちは感染させずに捕らえるってことになっているんだ」
「誰の命令ですか?」
「さて、誰だろうね。でも、勘付いているんだろう?」
 ある程度ソフィスタたちとの距離を縮めると、アズバンたちは立ち止まる。
 ソフィスタは思わず一歩後ろに下がるが、すぐにメシアの背中にぶつかってしまった。
「…今日は動きやすい服を着てきて、本当によかったわ」
 ソフィスタの隣に立っているエメが、ポツリと呟いた。その声に気付いて、ソフィスタがエメを見ると、彼女は髪を束ね上げているバレッタを外し、ウェーブのかかった長い髪を下ろしていた。
 その動作だけで、ソフィスタはエメがやろうとしていることが分かった。
 エメの周囲の空気が変わり、彼女の魔法力が高められていく。
 三人を取り囲むアズバンたちも、それに気付き、彼女を阻止せんと慌てて走り出す。
「来るぞ!構え…」
「メシア、伏せろ!!」
 その場にしゃがみ込んだソフィスタは、何か言おうとしたメシアの足首を、両腕で掴んで引いた。メシアは顔面から床に突っ伏しそうになったが、寸前で両手を着き、難を逃れた。
 エメが手にしているバレッタが、あっという間に体と同じ大きさまで膨れ上がり、それをエメは軽々と持ち上げ、水平に円を描くように振るった。
 バレッタは壁を豪快に削り、向かってきたアズバンたちの腹を薙ぎ払う。
 …相変わらず、すげえ魔法だ…。
 ソフィスタは、屈んだままエメを見上げた。
 ドミノ倒し状に倒れたアズバンたちは、急いで体を起こそうとするが、この狭い廊下で何人も同じ場所に固まっていては、思うように身動きが取れない。
 さらに、エメの下ろされた髪が長く伸び始め、網状に絡み合ってアズバンたちに覆い被さった。
「…な・何だ?何が起こっているのだ…」
 体を起こしたメシアが、アズバンたちの様子を見て不思議そうに呟く。
「くぅっ…さすがエメ先生ですね。完璧な幻覚だ」
 髪の網の中でもがきながら、アズバンが言った。
 今、エメが周囲の人間に使っている魔法は、彼女が得意とする精神感応系の魔法だ。
 実際にはバレッタは巨大化していないし、髪も伸びていない。しかし、光の屈折を利用して見せる幻覚とは違い、人間の脳に直接干渉する魔法なので、熱や圧力、痛みまで錯覚させることができるし、幻覚と分かっていても解こうとすることは難しい。
 …心のある人間にとって、エメ先生の魔法は強力だ。…でも…。
「さあ、ソフィスタさん。メシアちゃんと一緒に、そこの窓から逃げなさい」
 エメはソフィスタを見下ろし、空いている手で近くの窓を指し示した。
 ソフィスタは立ち上がり、エメの指先を視線で辿って窓の位置を確認した。
 あの窓からなら、学校の中庭に出られる。
「エメ、お前は?」
 まだ姿勢を低くしているメシアが、エメを見上げて尋ねた。
「私は、ここで先生方の足止めをしています。あなたたちは、このことを自警隊へ通報しに行って下さい。さ、早く!」
 そうエメに言われても、メシアはすぐに行動に移れず戸惑っていた。しかし、ソフィスタがメシアの白衣の襟首を後ろから掴み、強く引いてムリヤリ立ち上がらせた。
「迷っている時間はねえ!さっさと逃げるぞ!」
 ソフィスタは、潰されたカエルのように「ぐぇっ」と嗚咽を漏らしたメシアを引きずって窓に駆け寄り、掛かっていた鍵を開けた。
「あーっ!ちょっとちょっと待ったぁ!君たちは逃がさないぞ!!」
 窓を開け、桟に足をかけて外へ出ようとしているソフィスタに気付いたアズバンたちは、もがくのをやめて魔法力を高め始める。
「そうはさせません!」
 エメは、持っている大きなバレッタを二つに分裂させ、両手に持って髪の網の上からアズバンたちを叩き始める。
「ほらほら、メシアちゃんもボサっとしていないで、早く逃げなさい!でないとメシアちゃんのお尻もひっぱたいちゃうわよ!」
 心なしか、楽しそうにバレッタを振り回しているエメと、バレッタをベシベシと叩きつけられて痛い痛いと連呼するアズバンたちを、メシアは不思議そうに見ていたので、先に外に出たソフィスタは、「来いっつってんだろグズ!!」と言って、肩のセタとルコスの体を伸ばさせた。
 セタとルコスは、伸ばした体をメシアの両腕に巻き付け、強く引いた。メシアの足が浮き、彼は頭から窓の外に引きずり出される。
 窓のすぐ下は石畳になっており、メシアは危うく頭から落ちる所だったが、何とか身をよじって受け身を取った。
 ソフィスタは、セタとルコスをマントの裏に押し込み、メシアに言い放つ。
「メシア!お前のほうが足が速いから、あたしを担いで走れ!ここから近くの自警隊の詰め所まで行くぞ!」
「ぐ…わ、分かった!」
 エメを一人で残すことをためらっているようだったが、強引に外に引きずり出されて、ようやく諦めたようだ。メシアは立ち上がり、傍にいるソフィスタの体を軽々と肩に担ぎ上げると、「あっちだ!」とソフィスタが指した方向へ走り出した。
「ソフィスタ。本当に、エメだけで大丈夫なのか?」
 再びメモ帳と鉛筆を取り出して、揺らされながらも文字を書きつづっていると、不安げな顔でメシアが尋ねてきた。
 ソフィスタは「ダメに決まってんだろ」と即答する。
「確かにエメ先生は強いけど、他の先生もバカじゃないし、あれじゃ多勢に無勢だ。エメ先生も、それは覚悟の上だろうね」
「!それでは、エメは犠牲になるつもりで…」
「いいから黙って走れ!!アズバン先生たちだって、とっくに犠牲になってんだ!」
 メシアにそう怒鳴ると、ソフィスタは歯噛みして黙り込んだ。その様子を見て、メシアはハッとしたような顔をして口を噤み、前を向き直った。
 今のソフィスタに、戦えるほどの魔法力は残っていない。エメと一緒にあの場に残っても、足手まといにしかならない。
 メシアの紅玉という武器もあるが、教師たちが使う魔法は半端な強さではないので、未知数の武器には頼れない。
 この場合、魔法力に余裕があるエメが感染者を足止めし、足が早いメシアがソフィスタを担いで学校から逃げ出し、ソフィスタはこの事態を自警隊に伝え、適切な指示を出すしかないのだ。
 それに、エメは感染者にやられても、ヴァンパイアカースに感染するだけである。解呪剤があれば、後で元に戻せる。
 …何より一番怖いのは、姿が見えないカトル先生だ。
 カトルの転移魔法は、殺傷力はほとんど無いが、不意をつかれるとやっかいだ。
 ただでさえ敵に回したくない人間なのに、もしヴァンパイアカースに感染していたら…。
 だから、今は逃げるしかない。被害拡大を防ぐには、この場を逃れて助けを求めるしかない。
 頭では、それを理解しているつもりだ。だが、完全に平静を装うことができない。
 自分の力の及ばなさと、詰めが甘いと思っていた奴に出し抜かれた悔しさが、ソフィスタを苛立たせる。
 …ちくしょう。詰めが甘かったのは、あたしのほうだったってのか…。
 マントの裏に貼り付いているルコスにメモ帳と鉛筆を預け、下を向いて悔やんでいると、走っていたメシアが急に止まり、担がれているソフィスタの体は大きく揺すぶられた。
「うおっ!いきなり止むおわぁぁっ!?」
 文句を言っている途中に、メシアが石畳を強く蹴って後ろに跳んだので、ソフィスタは変な悲鳴を上げてしまう。
 そして顔を上げた時、すぐ目の前を大きな鉄の塊が掠め、後ろに跳ぶ直前までメシアが立っていた場所に落ちた。
 石畳が音を立てて砕け、砂利が舞い上がる。
 メシアは、中庭の中央にある花壇の中に着地した。
 そこに植えられている、大きな葉の植物が、メシアの素足に潰されてしまう。
「い・今の…MAゴーレムか!」
 行く手を阻んだのは、ソフィスタの言葉通り、MAゴーレムであった。校舎の窓から漏れている光に照らされ、その黄色い装甲がぼんやりと輝いている。
「こらぁっ!花壇に入るなと立て札に書いてあるのが見えないのか!!」
 黄色のMAゴーレムから、カトルの声が響いてきた。どうやら、このMAゴーレムはカトルが操縦しているらしい。
 確かに、花壇の近くに立て札があり、そこには「花壇に入るな」と書いてある。
「すまん!見えたが読めなかった!」
「暗くて見えませんでしたが内容は知っています」
 メシアは花壇から飛び出して素直に謝り、ソフィスタは嫌みをきかせて答える。
「…とにかく、花壇を荒らしたからには、それなりの罰を受けて貰おうか」
 天然ボケのトカゲにも、ひねくれ者の少女にも、カトルはツッコミを入れず、MAゴーレムの体勢を整える。
「先生も足下の石畳を壊したじゃないですか」
 代わりに、ソフィスタがカトルにツッコミを入れる。
「こ・これは、植物とは違って、生きていないからいいのだ!!」
 へりくつを言って、カトルがMAゴーレムを動かし、その筒状の右腕をソフィスタたちに向けた。
 校門前でのウルドックとMAゴーレムの戦いを見ていたので、メシアはソフィスタに「逃げろ!」と言われる前に、危険を察知して横に跳んでいた。
 MAゴーレムの右腕から光線が放たれ、メシアとソフィスタが立っていた石畳に衝突する。
 光は四散して消え失せるが、その場にあった砂利や落ち葉も、石畳の上からきれいに消えていた。
「空間転移魔法の効果を込めた光線だ!くらったら、どこ行くか分かんねーぞ!気をつけろ!」
 MAゴーレムは、ソフィスタが入学する前から開発が進められていたが、ソフィスタも入学後に少しは開発に携わったので、だいたい知っていた。黄色いMAゴーレムは、空間歪曲系の魔法専用に造られており、その機能もほぼ把握している。
 メシアにしがみついて着地の衝撃に耐えながら、ソフィスタは言った。メシアは「うむ!」と頷く。
「うむ!じゃない!!大人しく先生の魔法を喰らいなさい!!」
 無茶なことを言って、カトルはMAゴーレムの右腕の発射口から、次々と光線を放ち始めた。
 MAゴーレムは、図体がでかいだけあって動作も遅く、光線のスピードもそんなに速くなかった。しかしメシアも、慣れない上に似合わない白衣を着ているせいか、心なしか動きが鈍い。
 それでも、メシアは発射口の向きをしっかりと把握し、直線上に放たれる光線をかわしていく。
 標的に逃げられた光線は、そのへんに散らばっている砂利やら草花やらを、無意味に消していった。
 花壇に入るなと注意してきたわりには、カトルのほうが、よっぽど花壇を荒らしている。
「メシア。まともに戦っていたら、アズバン先生たちに追いつかれちまう。手っ取り早く裏門から逃げよう!」
 ソフィスタは、MAゴーレムとは逆方向を指し示し、メシアを促した。メシアはそれを横目で確認すると、左腕を振り上げた。
 何をする気だと、ソフィスタがメシアを見ていると、彼が左腕を薙ぐように振り下ろすと同時に、その手にはめ込まれているアクセサリーの紅玉から、赤い光の筋が伸びた。
 赤い光はムチのようにしなって振り下ろされ、花壇の土に叩きつけられた。そして、まるで生きているかのように激しく動き、土を大量に巻き上げた。
 土は津波のようにMAゴーレムを襲い、その視界からソフィスタとメシアの姿を隠す。
 すぐさまメシアは、ソフィスタが指し示した方向へと体の向きを変え、走り出した。赤い光は、紅玉の中に引きずり込まれるようにして消えていく。
 言われなくてもMAゴーレムの視界を眩ませ、逃げ出す隙を作り出したメシアに、ソフィスタは密かに感心した。
「うわっとぉ!こら、花壇を荒らしすぎだ!!」
 カトルの声を背にメシアは走っていたが、突然、目の前に大きな光のかたまりが現れ、メシアとソフィスタは眩しさに目を覆う。
 光はすぐに消え、中からカトルが乗っているMAゴーレムが姿を現した。
 メシアはとっさにソフィスタを庇って、彼女を担いでいるのとは逆側の肩から、MAゴーレムに突っ込んだ。
 光の出現に驚き、思わずスピードを緩めてしまったため、中途半端な勢いでMAゴーレムに激突したメシアは、固い装甲に弾き返された。
 強い衝撃がソフィスタの体にも伝わってきたが、メシアはふらつきながら後ろに下がっただけで倒れなかった。
 …くそっ!転移魔法で、あたしたちの前に現れやがった!
 MAゴーレムのように大きな物体を転移魔法で移動させるには、大量の魔法力を要する。
 既に正門前でのウルドックとの戦闘で魔法力をかなり消費していたはずのカトルが、MAゴーレムごと転移魔法を使って行く手を阻んでくるかどうかは、もはや賭けであった。
 最初にMAゴーレムがソフィスタとメシアの行く手を阻んだ時も、おそらく転移魔法で出現したのだろう。さらに何発も光線を放っていれば、魔法力はだいぶ消費されたと考えるのが普通である。
 しかし、カトルの魔法力とMAゴーレムの性能を完全に把握できていないことが、仇となったのだ。
 ソフィスタは顔を上げ、MAゴーレムを睨んだ。
 すると、MAゴーレムの右腕の発射口が、こちらに向いていることに気付いた。
 発射口の奥では、既に光が生じている。
 …ダメだ!逃げられない!!
 光線を浴びることをソフィスタは予感したが、いきなりメシアが、ソフィスタの体を横に強く突き飛ばした。
 ソフィスタの体は宙に投げ出され、メシアは自らMAゴーレムの右腕の発射口に飛び込んでいった。
 だが、メシアが発射口に到達するより早く、MAゴーレムが光線を放ち、メシアは真正面からそれを浴びた。
 ソフィスタが背中から地面に叩きつけられ、短い悲鳴を上げた。
 セタとルコスがマントの裏から頭と背中を庇ってくれたが、それを気に留める暇など無かった。
 既にメシアは、光に包まれて姿が見えなくなっている。
「メシア―――!!」
 ソフィスタは慌てて体を起こし、メシアの名を叫ぶ。
 光線に込められた転移魔法によって、メシアはとっくに別の場所へ移され、ソフィスタの声も届かなくなっているのだろうが、それでもソフィスタは、届かない光に向けて腕を伸ばした。


  (続く)


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