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ありのままのメシア 第五話


   ・第九章 大奮闘、裸の青大将

 ヴァンパイアカースに感染しているアズバンに比べると、エメの魔法力には、まだ余力があった。
 だが、それはエメが魔法を使い始めた時の話。これだけの人間を相手に暗示の魔法を使い続け、既に相当な量の魔法力を消費していた。
 エメの魔法力が尽きるのが先か、感染者たちがエメの魔法を破るのが先か。どちらにしろ、それは時間の問題だろう。
 最初からおとりになるつもりだったので、それは構わない。教え子の身の安全を最優先するのは、教師としてのエメのプライドでもあるのだ。
 だが、逃がしたソフィスタとメシアは、中庭でカトルのMAゴーレムに行く手を遮られてしまったようだ。
 MAゴーレムが放つ光線の光が視界の隅を横切るが、少しでも暗示の魔法を長持ちさせるためには、他のことに気を取られていてはいけない。二人が逃げ切ることを信じて、こっちはこっちで集中していなければいけない。
 そう考えて、感染者たちの足止めに専念していたが、ソフィスタが叫ぶ声が聞こえた時、エメの注意がアズバンたちから逸れた。
「メシア―――!!」
 メシアの名を叫ぶ、その声に、ついエメは窓のほうへと顔を向けてしまった。
 弱まりつつあったエメの魔法は、その一瞬に大きな隙を作った。
 感染者たちが、幻覚で見える髪を払いのけて起き上がる。
「あら、ちょっ、いやーん!!」
 エメは、残る巨大化させたバレッタを振り回そうとしたが、後ろから誰かに腕を掴んで止められた。
 振り返ると、すぐ目の前にアズバンの顔があった。
「すいません!今度昼飯おごりますから!」
 申し訳なさそうに笑うと、アズバンはエメの右腕の袖を一気にまくった。


 *

 光線が止み、カトルのMAゴーレムは、右腕を上げ、肩にあたる部位に乗せた。
 すぐ近くで地べたにしゃがみ込んでいるソフィスタは、その姿勢のままメシアの姿を探したが、どこにも見当たらなかった。
 あの光線に込められた転移魔法の効果で、メシアの体は別の場所に移されてしまったのだろう。
「…くそっ!メシアをどこに飛ばしやがった!!」
 ソフィスタはマントを翻して立ち上がり、MAゴーレムを睨んだ。
「むっ、先生に対して、その口の利き方は何だ!!」
 MAゴーレムがソフィスタへと体を向けた。しかしソフィスタは、怖じ気づく素振りを全く見せずにMAゴーレムを睨み続ける。
「なに、あのトカゲ君の行き先は、すぐに分かるよ。君も同じ場所へ行くのだからな!!」
 カトルがそう言い終えたと同時に、MAゴーレムは右腕を勢いよく振り下ろした。
 光線が放たれることを予感し、ソフィスタは目を閉じ、腕で顔を覆った。
「あわあぁっ!!?」
 しかし、思いがけない声が聞こえて目を開けると、ちょうどその時、ソフィスタに向けられた発射口の奥から緑色の足が滑り出てきた。
「おわあぁっ!?」
 さらに予期せぬ出来事に、ソフィスタは裏返った声を上げたが、発射口からニュッと突き出した足のウラが肩に激突したので、地面に尻餅をついて倒れてしまった。
「いってぇ〜…。な・何だよ一体…」
 体を起こし、尻をさすりながらソフィスタは顔を上げた。
 すると、輪をかけて信じられない光景が目の前に現れた。
 MAゴーレムの右腕の発射口から覗いているのは、緑色の肌の下半身。つまり、メシアの腰から下の部位である。
 それと、銀色のサラリとした髪の毛先。他に覗いているものは、特に無い。
 そう、彼が身に着けていたはずの白衣も。
「ふぬっ!うぬぬぅぅっ!!」
 MAゴーレムの右腕の中からくぐもった声が聞こえると同時に、丸出しの尻は縦横無尽に振られ、両足もバタバタと動き出した。
 少しずつ、メシアの下半身は腕の中へと引っ込んでいく。
「えっ、うわキモォっ!!」
 MAゴーレムは右腕を上下に激しく振って、メシアを振り払おうとする。しかしメシアはしぶとく、下半身を出したり引っ込めたり、尻だけ出したりしながらも、なかなか振り落とされない。
 その奇妙な光景は、カトルが言った通り気持ち悪く、あまりに緊張感がなかった。誰もが呆然とするであろう、その様子を、ソフィスタもポカーンとした顔で眺めていた。
 しばらくMAゴーレムとメシアの変な戦闘が続いたが、その間、MAゴーレムの右腕の中では何かを壊す音が響き続けていた。だが、錯乱しているカトルとポカーンとしているソフィスタの耳には届いていなかった。
 やがて、MAゴーレムの右腕の中から、折れ曲がった鉄板がメシアの体をすり抜けて飛び出てきた。鉄板は石畳の上に落ちて大きな音を立て、そこでようやくソフィスタとカトルは我に返った。
「うわっ?何をやっているんだ!こらぁ!!」
 カトルがぎょっとしてMAゴーレムの右腕を振り下ろすと、やっとメシアの体を発射口から投げ出すことができた。
 メシアと一緒に、千切れたコードや折れた釘、へこんだ鉄板なども出てきたが、それよりメシアが真っ裸であることに、ソフィスタとカトルは目を丸くした。
 着ていた白衣も、腰に巻いていたはずのサラシも無く、身に着けているものと言えば左手の紅玉しかない。
 鉄板や釘などが音を立てて落ちる中、メシアは離れた場所に座り込んでいるソフィスタの目の前で着地をした。
 幸いと言うべきか、メシアはソフィスタに背を向けており、長い銀髪のおかげで尻も左右半分ずつくらいしか見えない。
「ふっ…ふははははは!!わーっはっはっはっはっはっはっ!!!外側は頑丈そうだが、内側はそうでもなかったぞ!!」
 メシアは右手に掴んでいた鉄くずを投げ捨てると、ふんぞり返って得意げに笑った。
 光線に真っ向から突っ込んでいった緊張の反動か、どうも興奮気味のようだ。
「はっはっはっはっ!右腕の中を壊してやったわ!魔法をくらう前に、その出もとを絶つ!私の作戦勝ちであるな!ええと、こういうことを何と言ったか…確か、虎穴に入らずんばハイジを得ず…いや、肉を斬らしてクララが立つ!!」
「ワケわかんねーことほざいてんじゃねぇ!!誰だよハイジとクララって!」
 座った体勢のまま、ソフィスタはメシアの尻に蹴りを入れた。メシアはよろけるが、倒れはしなかった。
「あいたぁっ!何をするのだ、ソフィスタ!」
「わっバカ!こっち向くな!!」
 メシアがこちらを向こうとしたので、ソフィスタは慌てて顔を背けた。その様子に、メシアは首を捻る。
「ばっ…馬鹿な!確かに、お前は空間転移魔法の光線を浴びたはずだ!!なのに何でココにいるんだ!しかも裸で!!」
 カトルに言われて、メシアはやっと自分が裸であることに気付いたようだ。
「え、あ…れ?い・いつの間に私は裸に…」
 メシアは、左手のアクセサリー以外は何も身に着けていない自分の体を不思議そうに眺めたが、とにかく丸出しではまずいと、何か隠せるものを探す。
 …まったく、このトカゲは!!…でも、どうして急に裸になんかなってんだ?それに、転移魔法をくらったってのに、どうしてここにいるんだろう。
 確かに、メシアはMAゴーレムが放った光線を浴びていた。
 カトルの魔法であれば、服だけ別の場所へ転送させたり、転移魔法の応用で靴を手に履かせたりすることはできる。だが、メシアに放った光線は、服だけではなく体ごと別の場所へ転送する魔法だったはずだ。
 …まさか、魔法の誤発?それとも…。
 転送されたなかったメシア自身と、あの左手のアクセサリー。もしかしたら、あの紅玉の力がメシアを魔法から守ったのだろうか。
 考えてみれば、メシアはソフィスタの攻撃魔法を喰らっても、彼の体や服が受けるダメージは、普通の人間と比べて断然少なかった。メシアをあらゆる魔法から守る力が紅玉にあるのなら、彼の攻撃魔法の耐性にも納得がいく。
 裸になった理由についても、あの白衣とサラシは借り物であったため、そこまで紅玉の力が及ばなかったからかもしれない。
「くそっ、魔法の誤発か!だが右腕を壊れたくらいで、魔法が使えなくなったわけじゃないぞ!!」
 どうやらカトルは、メシアが転送されなかったことについて、魔法の誤発と考えたようだ。彼が吐き捨てるように言うと、MAゴーレムの右腕の装甲が光を帯びた。
 ソフィスタは顔を背けていたが、周囲が僅かに明るくなったことには気付いたので、カトルが何かする気だと思って前を向き直った。
 だが、MAゴーレムより先に目に入ったメシアの姿にギョッとして、思わず両手を上げて変なポーズを取ってしまった。
 メシアは、まだ尻を丸出しの状態ではあったが、ソフィスタが考え事をしている間に、前はかろうじて隠したようだ。
 戦闘中に千切られたのであろう、植物の葉っぱで。
 隠せる程度の大きさはある葉っぱだし、茎で巻いて固定されてもいるが、そんなことはどうでもいい。いや、どうでもよくないが、どうでもよくない箇所がありすぎて、一体何から突っ込みを入れればいいのか分からない。
「ソフィスタ、指示をくれ!!お前のほうが、あのナントカという甲冑に詳しいのだろう!」
 半ば頭の中が白くなっていたソフィスタだが、メシアの言葉で我に返り、今の状況を思い出した。
 …そうだ。今はコイツのボケに、いちいち付き合っている暇はない!
 葉っぱ一枚姿に大きな問題はあるが、メシアは至って真面目のようだし、これはこれで相手を錯乱させる効果がありそうだ。
 無理矢理気持ちを切り替え、できるだけメシアの下半身を見ないようにし、ソフィスタは立ち上がってMAゴーレムを観察する。
 …光線を撃てない代わりに、直接右腕に触れた物を転送させる仕組みに切り替えたようだ。光線よりは避けやすそうだけど、またMAゴーレム自体が転移魔法で移動して、不意をついてくるかもしれない。
 少なくとも、今は直接攻撃をしてくるだろう。だが、それをかわして逃げようとすれば、また行く手を遮られるかもしれない。
 それに、戦っている最中にメシアに転送の魔法が効かないと気付かれると、別の手を打ってくるだろう。
 いっそ、この場で倒してしまった方が手っ取り早い。そう判断し、ソフィスタはメシアに近づき、彼に耳打ちした。
「いいかメシア。お前にカトル先生の魔法は効かないみたいだ」
 メシアは横目でソフィスタを見る。少し不思議そうな顔はしたが、何故とは聞き返してこなかった。
「MAゴーレムを止めるには、奴に近付かなきゃいけないんだ。あたしはカトル先生に気付かれないようMAゴーレムに近付くから、お前は奴の注意を引きつけてくれ。魔法が効かないってことがバレたら、直接攻撃に切り替えてくるだろうから、あの右腕には触れるなよ。いいな」
 ソフィスタを担いでMAゴーレムの光線をよけ続けていた彼なら、それくらい簡単にこなせるだろう。そうソフィスタは確信していた。メシアも口元に余裕の笑みを浮かべて頷き、MAゴーレムに向かって身構える。
「左腕からは魔法じゃない攻撃が来る。それさえ気をつければ、お前なら奴を翻弄できる。さあ、行け!!」
 そう言って、ソフィスタがメシアの背中を突き飛ばすように軽く押すと、メシアは石畳を強く蹴って、「うおぉーっ!!」などと雄叫びを上げてMAゴーレムに突っ込んでいった。
「うえぇっ!?ちょっと、マジでキモい!く・来るなぁぁ!!」
 戦闘員としては丸腰すぎる姿だが、筋骨隆々で緑色の肌のトカゲ男が葉っぱ一枚姿で雄叫びを上げて迫ってくれば、普通の人間なら平常心を保っていられまい。ヴァンパイアカースに侵され、MAゴーレムで武装したカトルでさえ、恐怖を覚えてパニックを起こした。
 後ずさりながら、ろくに狙いも定めずにMAゴーレムの右腕を振り回し始める。
 …けっこう使えるかもな、このテは…。
 暴れるMAゴーレムと、その攻撃をかわすメシアの様子を眺め、ソフィスタはそんなことを考える。
 まあ、下手するとメシアが捕まるし、ソフィスタ自身もメシアの葉っぱ一枚姿などあまり見たくないので、いくら使えても勧めないが。
 …って、そんなバカなことを考えている場合じゃないか。
 メシアはカトルの注意を完全に引きつけているし、周囲も薄暗いので、これならカトルに気付かれないようにMAゴーレムに近づけそうだ。ソフィスタも走り出し、メシアたちから距離を取りつつ、MAゴーレムの後ろへ回り込もうとする。
「いっいいいいかげんにしなさい!!」
 カトルが叫び、右腕だけ振り回していたMAゴーレムが、ようやく思い出したように左腕を動かして、その筒状の先端がメシアに向けた。
「ハアッ!!」
 しかしメシアがMAゴーレムの左腕を思いっきり蹴り上げたため、発射口は真上を向いてしまう。
 がらあきになったMAゴーレムの懐に、メシアは潜り込む。
 カトルが「なんのっ!」とかけ声を上げ、MAゴーレムの右腕でメシアを払おうとしたが、メシアは軽くジャンプしてMAゴーレムの首を掴み、さらにMAゴーレムの腹を強く蹴って、その反動を利用して肩に飛び乗った。MAゴーレムの右腕は宙を掠める。
 メシアは、MAゴーレムの両肩それぞれに足をかけて乗り上がってきたので、必然的にMAゴーレムの顔の前に、例の葉っぱがくる。
「ギャワワァッ!!」
 MAゴーレムの中で、カトルは思わず顔を腕で覆った。狙ってM字開脚をきめたわけではないメシアには、何でカトルが悲鳴を上げたのか分からなかったが、あまり気に留めず、振り上げられていたMAゴーレムの左腕を掴み、その発射口を、三角錐型の頭に被せた。
 顔の部分を半分覆ったところで、それ以上は発射口と頭の幅の関係で入らなかったが、限界までねじ込み、トドメに上から強く叩くと、左腕は頭から抜けなくなった。
「よしっ!左腕を頭にねじ込んでやったぞ!これで左腕も使えまい!」
 メシアの言葉を聞いて、カトルは…まだ眼前に広がっていたM字開脚に「うげっ」と呟いてから、MAゴーレムの左腕を動かそうと試みる。
「あっ!ちょっと!う・動かないっ!?」
 カトルが苦戦している間に、メシアは両足でMAゴーレムの顔面を蹴飛ばし、その反動で後ろに跳躍した。
 左腕が頭から離れないままの変なポーズで、MAゴーレムは仰向けになって倒れる。そんなみっともない姿とは対照的に、メシアは石畳の上で難なく着地をきめる。
 葉っぱ一枚姿もみっともないが、カトルを翻弄する様だけを見れば、メシアの動きは見事なものだった。
 …武器も魔法も使っていないのに、相変わらず強いな。
 既にMAゴーレムの後ろ側に回り込んでいたソフィスタは、メシアの様子を見て、これならわざわざ弱点をつきに行かなくても倒せるんじゃないかと思ったが、どうやらメシアは手加減しているようだった。
 おそらく、MAゴーレムの中にいるカトルの身を案じているのだろう。左腕を頭に被せたことも親切に教えていたし、今でも倒れているMAゴーレムに追い打ちをかけようとしない。
 まあ、MAゴーレムの装甲は実験室の壁より強固だし、激しく揺すぶっても中の人間がダメージを受けないよう造られているので、メシアが手加減をしようがしまいが、結局はMAゴーレムを止めることはできないのだが。
 面倒臭そうにため息をついて俯いた時、ソフィスタは足下に落ちている釘に気付いた。
 メシアが壊したMAゴーレムの右腕の中から出てきた、少し形が歪んでいる釘だ。ソフィスタの人指し指ほどの長さはある。
 ソフィスタはそれを拾い、さらにMAゴーレムに近付いていく。
「うぐっ…も・もうイヤ…残業代もつかないのに、何でこんな遅い時間に、こんな目に遭わなきゃいけないんだ…」
 ものすごく切ないことをぼやきながら、カトルはMAゴーレムの体を起こす。
「はいはい。だいぶお疲れのようですから、もう休ませてあげますよ」
 MAゴーレムのすぐ後ろまで移動していたソフィスタが、呆れた声で言ったので、その声を聞いたカトルは慌てて右腕を振り上げた。
 転移魔法の効果を帯びた腕が、後ろにいるソフィスタを薙ぎ払うように振るわれたが、先にソフィスタが、手にしている釘をMAゴーレムの装甲の隙間に突っ込み、中をガリッと引っ掻いた。
「あっやめ――――…」
 何かを言おうとしたカトルの声が、急に途切れ、右腕の装甲が帯びていた光も、瞬く間に消え失せた。
 ソフィスタはMAゴーレムの横に移動し、足下に軽く蹴りを入れた。するとMAゴーレムは、荒れた花壇の土の上に背中から倒れた。
 つい先程まで動いていたことが嘘のように、MAゴーレムは静まり返る。
「…?ソフィスタ。一体何をしたのだ?」
 倒れたMAゴーレムの横を通って、メシアはソフィスタに歩み寄る。
 メシアの下半身から目を逸らしながら、ソフィスタは答えた。
「装甲の隙間から釘を差し込んで、中に書いてある単語の頭文字を削ったんだよ。そうすりゃ自動的に機能が停止する仕組みだ。中にいるカトル先生も、しばらくは目を覚まさないはずだ」
 悪用された時の対策として、MAゴーレムには弱点があった。
 MAゴーレムには『Emeth』という文字が必ず書かれており、その頭文字の『E』を削ると機能が停止し、中にいる人間も一時的に意識を失うようになっている。
 簡単に見つけられても困るし、何かにぶつかった拍子に削れても困るので、見つけにくく、削れにくく、文字の位置を知っている者であれば外側から削れる場所に書かれているのだ。
「装甲の隙間を埋められていたら削れなかったけど、何の対処もしていなかったようだな。お前にも、後で詳しく教えてやるけど…」
 ソフィスタは釘を捨て、羽織っている紺色のマントを脱いだ。そして、それを乱暴にメシアの胸板に押しつける。
「先にコレで前を隠せ!そしてさっさと自警隊本部へ行くぞ!!」
「う・うむ、そうであるな!」
 メシアは慌ててマントを受け取り、二ツ折りにして、スカート状に腰に巻く。
「急げよ。カトル先生の相手をしていたら、ずいぶん時間をくっちまった。早く逃げないと他の感染者たちに…」
 そこまで言いかけて、ソフィスタは魔法力の高まりに気付き、ハッとして口を止めた。
 自分の魔法力ではない。誰かが魔法を使い、その効果が近くで現れようとしている。
 魔法に疎いメシアは、全く気付いていない。
「まずい!!」
 何か起こる前にこの場を離れようと、ソフィスタはマントを巻き終えたメシアの腕を掴んで引いた。
 メシアはよろめき、ソフィスタに引き寄せられるが、その前に突然、メシアの胴を囲って青いリングが現れた。
「な・何だ!?」
 リングは一気に収縮し、メシアの両腕を巻き込んで胴を締め付けた。彼の腕を掴んでいたソフィスタの手は、その拍子に離れる。
「それは、魔法アカデミーで開発されたマジックアイテムの拘束リングだ。それなりに頑丈だから、力任せで外すことはできないよ」
 アズバンの声が聞こえ、ソフィスタとメシアはそちらを振り返る。
 ヴァンパイアカースに感染した教師や生徒たちが、アズバンを先頭に駆け寄ってくる。
 その内の一人の生徒がメシアに向けて手をかざすと、今度はメシアの頭部を囲ってリングが現れ、胴を締め付けているものと同じように収縮した。
「しまった!!」
 拘束リングがメシアの頭を捕らえた意味に気付き、ソフィスタは思わず声を上げた。
 駆け寄ってくるアズバンがニッと笑い、彼もメシアに向けて手をかざした。
 とたんに、メシアの頭にはまっている拘束リングが、さらに収縮してメシアの頭に圧力をかけた。
「ぐあああぁぁぁっ!!!」
 いくら怪力で石頭のメシアでも、これには敵わなかったようだ。強烈な痛みと不快感に、彼は体を仰け反らせて悲鳴を上げた。
「メシア!!」
 両腕の自由がきかず悶えているメシアの肩を掴み、ソフィスタは彼の頭のリングを見上げる。
 リングの収縮は止まっており、見た目では縮んだようには見えないが、かけられた圧力は一定のままで、メシアの頭を絞め続けている。
 どうやら、先程手をかざしてきた生徒が転移魔法でリングを出現させ、リングの伸縮はアズバンが操作しているようだ。
「やめろ!!メシアを殺す気か!!」
 ソフィスタはアズバンを睨み、怒鳴りつけた。
「そんなことはしませんよ」
 前方にいるアズバンに怒鳴ったのに、すぐ後ろから声が聞こえ、ソフィスタは振り返った。
 それと同時に、何者かの手がソフィスタの目の前に迫り、眼鏡ごと顔を掴まれた。
「アズバン先生がおっしゃっていたでしょう。あなたたちには聞きたいことがあるって」
 指の隙間からエメの姿が見えたので、ソフィスタの口が彼女の名を紡ごうとしたが、急に強烈な眠気に襲われた。
 …しまった!これは眠りの魔法…。
 エメの手が顔から離れると、ソフィスタは膝をつき、地面に体を横たわらせて倒れた。
「く…っソフィスタ!し・しっかり…し…うがぁぁ…」
 苦痛に顔を歪め、汗だくになりつつも、何とか意識を保っているメシアの姿が、半分以上閉ざされた目蓋の向こうに見えた。
 それをはっきりと脳が認識する前に、ソフィスタの意識は睡魔によって完全に奪われた。


  (続く)

豆知識:『Emeth』は真理を意味し、『meth』は死を意味します。元はユダヤ教の伝承だそうで、伝承上ではもっとややこしい設定があるようですが、面倒臭いので省きました。
無機質のチョイ役にややこしい設定作っても意味ないし。


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