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ありのままのメシア 第六話


   ・プロローグ

 父が校長を務める学校に入学したのは、父を慕っているからでもあり、自分の能力を磨くには父の学校が一番でもあったからだ。
 それに、悪い意味で気になる女生徒が、その学校に通っていた。
 彼女は、学校で一番注目されている女性らしい。それが妬ましかった。
 しかし学校に通うようになって気付いたのだが、彼女は他の生徒たちから避けられているようだった。
 彼女自身も周りの人間に興味関心を示さず、人付き合いが極端に稀薄だった。確かに成績は良いし、誰もが一目置く存在ではあるが、人格的な評判は悪かった。
 成績は良くても有名人でも、友達は一人もおらず、陰口までたたかれている彼女を妬む気にはなれず、嫉妬心は消えてしまった。
 そして、そんな人間とは関わりたくないと思い、彼女には近付かないことにした。

 ある日、学校の不良グループに呼び出された。
 父親が校長だからといって調子に乗っているなどと言いがかりをつけられ、暴力を振るわれそうになった。
 そんな時、助けてくれたのが、例の女生徒だった。
 不良たちは、彼女に睨まれただけで尻込みし、「失せろ」と言われただけで、その場から退散した。
 そして、「あんな頭の悪い連中に、いいようにされてんじゃねーよ」とだけ言い残して、何事もなかったかのように去っていった。
 その飄々たる女生徒の姿は、凛々しく、そして美しかった。
 颯爽と去りゆく後ろ姿に、憧れ以上何かを感じたような気がした。

 それ以来、彼女のことを忘れる日は、一日たりと無かった。


   ・第一章 荒ぶる乙女

 十一日前にトルシエラ大陸へ出張した、アーネス魔法アカデミーの校長が、急遽戻ってくることになった。
 本来なら一ヶ月ほど滞在している予定だったが、ヴァンパイアカースの件を当日に知らされ、すぐに出張先を発ち、昨日の夜にはアーネスに着いていた。
 今日、ソフィスタとメシアが朝早くに学校へ行かなければいけないのは、昨日の夜に校長が魔法でソフィスタを呼び出したからである。
 精神感応系の魔法で、指定した人物にのみに思念を送る魔法、いわゆるテレパシーというものだが、それが昨晩いきなりソフィスタに届いた。メシアと一緒に食事中だったソフィスタは、一人で「うえぅっ」と声を上げ、メシアに変な目で見られていた。
 ちなみに、テレパシーの魔法を使える生徒のほとんどは、目に見える範囲にいる人物にしか思念を送ることができないが、魔法特性が精神感応系のエメルディア助教授ほどのレベルにもなれば、居場所が分からない人間にも思念を送れ、その範囲は街の外にまで及ぶ。
 校長の魔法特性は空間歪曲系だが、精神感応系の魔法も使え、テレパシーの範囲は街中に及ぶ。校長はテレパシーで、ソフィスタに「明日の朝、校門が開く時間にメシアくんと一緒に校長室へ来なさい」とだけ伝えた。まだ校長はメシアと会ったことがないが、メシアの名前だけはソフィスタから聞いていた。
 おそらく、ヴァンパイアカースのことでメシアにも話があるのだろう。校長がアーネスを発った次の日に起こった、魔法実技テスト中に女生徒数名がソフィスタを罠にはめようとした件についても、校長が不在であったために正式に処分を下されていないし、校長と話し合わなければいけないことは山ほどあるはずだ。
 …ヴァンパイアカースの件はともかく、あの魔法実技テストの事件については、あたし抜きで話し合ってもらいたいんだけどな…。
 メシアがソフィスタのズボンをずり下ろしたことも含め、あの嫌な出来事を思い出したソフィスタは、朝から機嫌が悪く、それに気付いたメシアは、いつも以上に自分の発言や行動に気をつけていた。


 *

「本当ですか?」
「本当だ。街の人の名簿も片っ端から調べたけど、載っていなかったぜ」
 玄関先でソフィスタとザハムが何やら話をしていた。聞き耳を立てているつもりはないが、少しだけ二人の声が聞こえてくる。
 朝食を終えてすぐにザハムが訪ねてきたのだが、今日は早めに学校へ行かなければいけないそうなので、メシアは居間で食器の片付けを急いでいた。
 食器は夕食後にまとめて洗うので、朝はいつも、使った食器を流し台に張った水に浸すだけである。
 セタとルコスが運んでくる食器を、メシアは水の中に静かに重ねていく。
「もしアイツに会ったら連絡くれよ。またなメシア!今度どっか遊びに行こうぜ!」
 いきなり名前を呼ばれたが、メシアも居間から声を張り上げて「うむ、またな!」と答えた。
 玄関のドアが閉まる音が聞こえ、それから間もなく、難しそうな顔のソフィスタが居間に戻ってきた。
「ソフィスタ。ザハムと何を話していたのだ」
 片づけを終えたメシアは、タオルで手を拭きながら彼女に尋ねた。
「ホークのことは覚えているよな」
 セタとルコスを肩の定位置に乗せてから、ソフィスタは口を開いた。メシアはすぐに「うむ」と頷く。
 ヴァンパイアカース騒動が収まってから、五日目の朝を迎えたが、ホークのことはハッキリと覚えている。
 長い黒髪と浅黒い肌を持つ、掃除の仕事を貰って働いていたという少年。
 頼りなさげな性格で、泣き言を言うこともあったが、あの騒動の最中、派手な戦いには参加しなかったものの、ソフィスタに情報を与えたり、窮地にあったメシアを助けたりなど、子供ながら活躍してみせた。呪いの根源を絶ったのも彼だが、それは偶然のようだった。
 そしてなにより、どことなく見覚えのある気がする金色の瞳。あの瞳が、メシアの中で強く印象に残っている。
「ホークが、どうかしたのだ?」
「…あいつ、この街にいないはずの人間だったそうだ」
 ソフィスタはそう言ったが、一度聞いただけではメシアには理解できなかった。それに気付いたソフィスタが、メシアに聞き返される前に説明し始めた。
「自警隊員がホークのことを探したそうだけど、あいつを雇っているはずの人間に聞いても、ホークなんて人間は雇ってもいないし、聞いたこともないと答えたそうだ。それで、街の名簿を調べたら、ホークの名前は無かったらしい」
 説明を聞いて、メシアはソフィスタが言いたいことを理解できた。
「では、我々と共にヴァンパイアカースと戦ったホークは、この街に住む人間ではないということであるな」
「最初にそう言っただろ」
 さらりとソフィスタに突っ込まれ、メシアは「そうであった」と照れながら頷く。
「し・しかし、それではホークは、一体どこの何者であるというのだ?」
 メシアの問いに、ソフィスタは「知らん」と一言で答えた。
「なんとなく怪しい奴だと思っていたけど…居場所も分からないんじゃ会えないし…まあいい。それより、学校へ行く支度をしろ。校長を待たせると、テレパシーでどやされるんだよ」
 そう言って、ソフィスタはセタとルコスと一緒に居間から出ていった。
 ホークのことはメシアも気になるが、確かに居場所が分からないのではどうしようもない。がっかりとした顔でため息をつくと、メシアは手にしていたタオルをハンガーにかけた。


 *

 アーネスに来てから十五日。この短い期間の間に、本当にいろいろなことがあったと、メシアは思った。
 特に、魔法生物マリオンとの戦闘と、アーネスの街を恐怖に陥れたヴァンパイアカース。この二件は、下手したら命を落としかねない戦いであった。今になって思えば、よく住民に死者が出なかったものだ。
 作り主の命令に逆らえず、不完全な体で生を受け、不完全故に体が崩れていったマリオン。
 正しい心の持ち主であったが、理不尽にも捕らわれて呪いを受け、人間たちを脅かす存在にされてしまったウルドック。
 どちらも、魔法というものを悪用する人間によって、望まぬ生き方を強いられた者であった。
 …魔法力は、人間であれば誰もが持っている力。正すべきは魔法の力ではなく、それを悪用する者の心…。
 人間のことは人間自身で解決するものである。あまり目立ってはいけない、人間に手を貸しすぎてはいけないとも、神から警告を受けている。
 しかし、マリオンは魔法生物であったし、メシアを倒そうとしていた。ヴァンパイアカースは、放っておけば被害は人間だけに留まらなかっただろう。あの場合、人間と協力して戦ったメシアの行いには正当性がある。
 それに、アーネスの街の人々は異種族に慣れているらしく、最初は驚いていたものの、今ではメシアが道を歩いていても珍しがらなくなり、わざわざ街の外にまでメシアの存在を口外することもなかった。魔法で動く人形や、魔法で姿を変えた人間が平気で道を歩いている街なので、メシアもその類だと勘違いしている人間も多い。
 後でソフィスタから聞いたことだが、ただ人とは違う種族というだけで忌み嫌う国もあり、体の一部を人間によって売買されている種族もあるそうだ。
 だが、そんな考え方の人間から異種族を保護する法を定めている国もあり、アーネスを管轄下に置くヒュブロに至っては、違う種族同士の結婚も認められているという。
 そんな国の管轄下にあるアーネスでも、当然その法は適用されている。ヴァンパイアカースの一件についても、メシアが自分の種族の存在を明るみにしたくないと言ったら、ソフィスタが街の重役に頼んで、メシアのことは公にしないでほしいと付け足してヒュブロに報告してもらった。
 ヒュブロの王や重役には、メシアの種族の存在を知られるだろうが、それ以上広められることはないはずだ。こういった事例はわりと多く、今の所は上手くいっているらしい。
 ソフィスタにしてみれば、研究対象を独り占めしたいからメシアの頼みを聞いただけだが、メシアはソフィスタに感謝していた。
 …今後も、どのような出来事が起こるか分からぬが、神の命だけは守らねばならぬ…。
 ソフィスタに魔法生物を生み出す技術を捨てさせることが目的でアーネスへ来たが、その際の約束事も守りぬかなければいけない。
 メシアは心の中で、神との約束を復唱し、隣を歩くソフィスタを見下ろした。
 マントの上からセタとルコスを肩に乗せ、さらに教科書などが入った鞄を肩から下げているソフィスタは、まだ眠そうな顔をしていた。メシアの視線にも気付かず、時々あくびをしては眼鏡を外して滲んだ涙を拭っている。
 …それにしても、平和な朝であるな。
 メシアはソフィスタから目線を逸らし、空を仰ぐ。
 学校へと伸びている大通りを歩くメシアとソフィスタを、朝の空が見下ろしている。
 人通りはあるが昼間よりは静かで、体を撫でる風は少し冷たいが、目覚ましには丁度いい。
 平和な時間が、ゆったりと流れてゆく。この穏やかな時が、このまま続くといいのに。
 そんなことを思った矢先、急にソフィスタが「メシア、止まれ!」と声をかけてきたが、それに反応するより先に、メシアは「うわぁっ!?」と声を上げ、バク転するように転んだ。
 かろうじてブリッジで体を支え、地面に頭を打つことはなかったが、すぐに背中から倒れてしまう。
「うぅ…な・何が起こったのだ…」
 転ぶ直前、何か冷たくてツルツルしたものを踏んだような気がする。メシアは背中をさすりながら上半身を起こし、足下を眺めた。
「ほら、この氷を見ろ」
 メシアの足下には、薄い氷が張っていた。既にそれに気付いていた様子のソフィスタは、腰を屈めて氷を調べ始める。
「氷?氷が張るほど寒くはないというのに…」
 尻をついた体勢のまま、メシアは呟いた。
「さっき誰かが魔法で、お前の足下に氷を張って転ばせたんだ。お前は魔法力を探知できないから気付けなかったみたいだね」
 ソフィスタは右手のグローブを外し、氷の表面に触れると、氷はたちまち溶けてなくなった。
「むう、なぜ私にそのようなイタズラを…」
「さあね。ったく、危ねーな…ほら、いつまでも寝っ転がってんじゃないよ」
 背筋を伸ばして立ち上がったソフィスタが、グローブを外したままの右手をメシアに差し出してきた。
 メシアは素直に差し出された手を掴んだ。その手は、やけに熱を帯びている。
「…お前の手、ずいぶん温かい…いや、熱いな。大丈夫か?」
 メシアは両手でソフィスタの手を包み、その温度を確かめる。
「さっきの、魔法の熱で氷を溶かした時の名残だ。大丈夫だから早く立て」
 そうソフィスタに促され、メシアは立ち上がろうとした。
「ちょぉっと待ったァァァァァ!!!」
 しかし、可愛らしい声でちょっと待ったコールがかかり、メシアとソフィスタは声がしてきたほうへと顔を向けた。
 えらい勢いでこちらへ駆け寄ってくるのは、ソフィスタの半分くらいの背丈の女の子であった。
 犬の垂れ耳を模した飾りがついている、丸い帽子。そこからはみ出している、フワフワの金髪の巻き毛。
 桃色を基調としたブラウスとスカート、所々に飾られている白い小さな綿毛の玉など、可愛らしい声に見合った身なりの女の子だが、その表情は怒りに満ちあふれている。
 服装と表情にギャップがありすぎる女の子の出現に、メシアとソフィスタは戸惑ったが、その理由は若干異なっていた。
「プ、プルティ!?何でお前がここにいるんだ!!」
 ソフィスタが叫ぶと、メシアは「えっ?」と呟いてソフィスタを見た。
「なにソフィー姉様の手をベタベタ触ってんのよ変態トカゲヤロウ!!さっさと離れろォォォ!!!」
 女の子は両手を高々と掲げた。すると、たちまち女の子の頭上に幾つもの氷の塊が出現した。
 トカゲと呼ばれ慣れてしまったメシアが、女の子を振り返った時には、既に氷の塊はメシアめがけて放たれていた。
「うおおぉぉっ!?」
 わけも分からない内に攻撃をされたメシアは、とにかくこの場を離れるべく、素速く体を起こしてソフィスタを抱きかかえ、地面を蹴って横に跳んだ。
 氷の塊は全て石畳にぶつかり、粉々に砕け散る。
「また氷か!さては、私を滑って転ばせたのも貴様であるな!!」
「ア――――ッ!!どさくさにまぎれてソフィー姉様をだっこしたァー!あたしだってだっこしたこともされたこともないのにィー!!!」
 女の子はメシアの言葉を全く聞かず、その場でギャーギャーと騒ぎながら、地団駄を踏み始める。
「ソ・ソフィスタ、あの子供は何者だ?ソフィー姉様などと言っておるが、お前のことか?まさか妹か?」
 メシアは、ソフィスタの腰を抱える腕の力を緩め、彼女にそう尋ねた。
 メシアの腕から解放されたソフィスタは、彼の隣に立ち、面倒臭そうに答える。
「あたしは一人っ子だし、あんな妹は願い下げだ。とにかく逃げるぞ」
「だが、あの者は私を攻撃してきたのだぞ!その理由もわからぬまま…」
「いいから走れ!」
 ソフィスタに腕を掴まれ、強く引かれたので、仕方なくメシアは女の子を無視して走り出した。
「イヤァァッ!!今度は腕を組んでるゥ!もー許さないわよトカゲ!黒焼きにして魔法薬の材料にしてやるっ!!」
 再び女の子が両手を掲げた。メシアには魔法力を感じることはできないが、彼女が魔法を使おうとしていることは明らかだった。
「ソフィスタ!あの者、また魔法を使う気だ!!」
「ったく、仕方ねえ!」
 ソフィスタはメシアの腕を放し、ブーツの踵でブレーキをかけて立ち止まった。メシアもソフィスタより五歩ほど先で立ち止まる。
 何をするつもりなのだろうとメシアが思っていたら、ソフィスタは女の子を振り返って、彼女にこう言い放った。
「いいかげんにしろっつってんのが聞こえねぇのかよ!!その粗悪な鼓膜をブチ破って脳みそ引きずり出すぞコラァッ!!!」
 ソフィスタが、メシアを怒鳴りつける時ような口の悪さで女の子を怒鳴りつけたので、一瞬自分が怒られているのではないかと錯覚したメシアは、肩を震わせて一歩退いた。
 女の子のほうも、ソフィスタが叫んだ瞬間にビタッと動きを止め、両手を上げたまま呆然と立ち尽くしている。
 その様子を全く気にしていないように、ソフィスタは涼しい顔でメシアを振り返り、駆け寄ってきて「ほら、早く学校へ行くぞ」と言った。
「うむ…しかし、あの子供は…?」
「いいから、ほっとけ」
 ソフィスタはメシアの横を通り過ぎ、学校へと向かって走ってゆく。
 動きを止めたままの女の子のことは気になるが、また魔法を使われるのもイヤなので、メシアも走り出してソフィスタを追った。
 その場に残された女の子は、しばらく固まっていたが、やがて地面に膝を着き、両腕を抱いてクネクネと身をよじらせた。
「ああ〜ん…久しぶりのソフィー姉様の罵声…ゾクゾクし・ちゃ・うぅ〜」


 *

「プルティは、この学校の校長の娘だ。見た目は確かにガキだけど、あたしより一つ年下なだけだよ」
 学校に着き、校長室へと向かって廊下を歩きながら、ソフィスタはメシアに先程の女の子のことを説明した。
 アーネス魔法アカデミー在学中、魔法技術学部の女生徒にして、校長の娘。名前はプルティ。
 ソフィスタの後輩ということになるが、クラスメイトにさえ興味関心を持たないソフィスタにとっては、学部が違う後輩など、例え校長の娘であっても眼中に無かった。
 ただ、プルティの噂だけは耳に入っていた。何しろ彼女は、入試の際に行われる魔法力測定テストで、既に最高値のレベル6を叩きだしていたのだ。
もっとも、持ち前の魔法力抜きでの入試の総合成績のほうは、中の下くらいであったそうだが。
 それでも成績が良かろうが悪かろうが、自分には関係のないことだと思っていたが、たまたまプルティが不良にからまれているところを目撃し、不良を追い払って以来、異様に懐かれてしまった。
 別にプルティを助けようと思って割り込んだわけではない。ただ、不良たちやプルティの様子を見ていたら、無性に腹が立ったのだ。
 一人の女の子を複数でいびって偉そうにしている不良の態度はもちろん、その気になれば自力で不良たちを追い払えるほどの魔法力を持ちながら、ただビクビク震えているだけのプルティの姿も、見ていてイライラした。
 だから、その胸くそ悪くなる要因を排除した。プルティに対しても、「あんな頭の悪い連中に、いいようにされてんじゃねーよ」と冷たく、なおかつ彼女を見下すように言い放った。
 なのに次の日からというもの、プルティはソフィスタを「ソフィー姉様」と呼んで慕うようになり、来るなと言ってもついてくるし、罵っても逆に悦ばれた。
 生徒達は、そんな二人の様子を見て、ソフィスタが校長の娘を屈服させたのだと思っていたようだが、放っておいた。
 そんなプルティが、メシアがアーネスへやって来た日から今まで姿を見せなかったのは、三ヶ月ほど前から西の大陸にある魔法学校に留学していたからであった。
 校長の出張先も、その魔法学校だったので、おそらくヴァンパイアカースの知らせを聞いた校長と共に戻ってきたのだろう。プルティは丸一年留学する予定だったので、急な帰還にソフィスタも驚かされたのだった。
 プルティを不良から助けたということだけ伏せ、一通りメシアに説明し終えると、彼はこう呟いた。
「では、プルティとやらが私を魔法で襲ったのは、私がソフィスタと親しくしていることに嫉妬をしたから…ということか」
「あたしは親しくしてるつもりは無い」
 メシアの言葉を聞いて、ソフィスタは彼に冷たく言った。それを聞いたメシアは、ソフィスタをちらりと見遣る。
「だが、慕ってくれる者がいるということは、良いことではないか」
「…悪いことだとは思わないけど、限度にもよるだろ」
 ただ慕われるだけなら、自分に害が及ぶわけではないので、確かに悪いことだとは思っていない。
 だが、一方的に親しげに声をかけてきたり、つきまとわれたりされることは、うっとうしい。
 しかもプルティの場合は、その限度を大幅に過ぎている。留学する前なんか、廊下でばったり会おうものなら飛びついてくる始末であった。
 何度きつく言っても手応えがなく、むしろ悦ばれるので、軽くあしらったり無視したりしていたが、それもそれでプルティは悦んでいた。学年も学部も違うので、会う機会が少なかったのが、せめてもの救いだった。
「まあ、確かに。いくら慕っているとは言え、一緒に歩いていただけで嫌がらせをするというのも問題があるな」
 この意見には、ソフィスタも同感だった。
 今まで人を寄せ付けず、友達を作ろうとしなかったため、プルティの嫉妬の対象となる者がいなかったわけだが、まさかメシアを相手に、あそこまでプルティが嫉妬に狂うとは思わなかった。
 セタとルコスは形状がスライムなので、嫉妬の対象にはならなかったようだが、メシアは肌の色や割れた舌などを除けば人間そっくりだし、しかも男。ヒュブロでは結婚の対象にもなりえる。
 そんな彼がソフィスタと並んで歩いていたり、手を繋いだりしようものなら、プルティとしては我慢ならなかったのかもしれない。
 …とは言え、こんな緑色の筋骨隆々トカゲに、なんで嫉妬なんかするんだか…。
 ソフィスタとメシアは、プルティのことで話し合ったり考えたりしながら、誰ともすれ違わずに廊下を歩き続け、やがて校長室の扉の前まで来た。
 二人は立ち止まり、メシアは木造で威厳のある扉を眺め、ソフィスタはマントと帽子を外して抱えた。セタとルコスも、マントといっしょにソフィスタに抱えられる。
「その、校長という者は、この部屋の中にいるのだな」
「ああ。お前は大人しくしていろよ」
 一言だけメシアに注意し、ソフィスタは扉を二度ノックした。
「校長、ソフィスタです。メシアも連れてきました」
 扉の向こうにいるはずの者に、そう告げて間もなく、「どうぞ、入って下さい」と、穏やかな声が返ってきた。


  (続く)


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