・第二章 蒼白乙女「私がアーネス魔法アカデミーの校長、ディケラディオン・ヌィアロシアス・アーネスだ。よろしく、メシアくん」背もたれの広い、革製の椅子に座り、立派な木造机に肘をついている、五十代近くの男性。彼はメシアに、そう名乗った。 筒状の白い帽子を被り、袖口が広くゆったりとしたローブを羽織った、まるで司祭のような身なりに、柔らかい物腰。この男性こそが、言葉の通りアーネス魔法アカデミーの校長である。 「ディケラ…ディ…?校長という名前ではないのか?」 「ディケラディオン・ヌィアロシアス・アーネスだ。それに、『校長』は人の名前じゃない。立場のことだ」 何か勘違いをしているメシアの耳元で、ソフィスタが小声囁く。 「いやいや、無理して名前を覚えなくてもいい。生徒たちからも、ニアロ校長と略して呼ばれている」 校長は常に柔和な微笑みを浮かべ、穏やかな口調でメシアに話しかけていたが、次のメシアの言葉を聞いて、その笑みを引きつらせた。 「わかった。ニート校長」 変な言い間違いをしたメシアは、足の甲にソフィスタのブーツの踵をグリッとねじ込まれ、「あおぅっ!」と短い悲鳴を上げた。 「ニ・ア・ロ・校長だ!失礼な言い間違えをするな馬鹿!!」 小声ではあるが、ソフィスタはメシアを厳しく注意した。 「すいません校長。ご覧の通り、失礼なトカゲで…」 「い・いや、彼も悪気があったわけではないのだろう。気にせんでくれ」 校長は苦笑しながら、ソフィスタに軽く手を振った。 「メシアくん。ヴァンパイアカースの件では、我が校の生徒や教員たちを守ってくれて、感謝の言葉もない。君とソフィスタさんは、アーネスに住む人々の命の恩人だ」 校長は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。しかし帽子は外さず、むしろ外れないように押さえながら頭を下げている。 メシアは踏まれた足の痛みを堪えながら、「い・いや、どういたしまして…」と声を振り絞った。 「君がアーネスの街を訪れた経緯は、ソフィスタさんから聞いている。アーネスは異種族を保護する街でもあるので、安心して滞在してくれたまえ。困ったことがあれば、私も力になろう」 そう言って、校長は頭を上げて帽子から手を放し、椅子に座り直した。 メシアがアーネスを訪れた次の日に、ソフィスタは確かに校長に、メシアがアーネスを訪れた経緯を話していた。 異種族を保護し、異種族の信仰も尊重せよという法はソフィスタも知っているので、「神の命令で、私に魔法生物を作り出す技術を捨てさせにきたので、その気になるまで彼をホームステイさせ、ついでに彼の種族を研究させてもらっている」と、ほぼ正直に説明した。 その説明について、校長が何か質問してくるかと思ったが、「では、彼のことは君に任せていいんだね」と言って、あっさりとメシアが学校に出入りすることを許可した。 ソフィスタを信用しているからだろうか。それとも、単に細かいことは気にしない性格なだけだろうか。 「さて…ソフィスタさん。私がアーネスを発った次の日に起こった、魔法実技テストでの件で、君と話がある」 そうソフィスタに切り出した校長の顔から笑顔が消え、厳しいものへと変わる。 …やっぱり、その話をするのか。 内心、面倒臭いとソフィスタは思ったが、口にも顔にも表さなかった。 「メシアくん。悪いが、君は席を外してくれ。部屋を出たところの近くにソファーがあっただろう。そこに座って待っていてもらえないかね」 足の痛みも和らいできたメシアは、校長にそう言われ、困った顔で彼とソフィスタを交互に見る。 「言われた通りにしろ。話はすぐに終わると思うし、お前を置いてどこかへ行ったりはしないから、心配するな」 ソフィスタは、抱えていた帽子とマント、さらに鞄もメシアに押しつけた。帽子とマントと一緒に抱えられていたセタとルコスは、ソフィスタの腕をよじ登って彼女の肩の定位置に張り付く。 荷物を受け取ったメシアは、少し考えた後、「分かった」と頷き、ソフィスタたちに背を向けて部屋を出ていった。 「では、魔法実技テスト中に起こった事件についてだが、既にエメ先生とカトル先生から話を聞いている」 メシアが部屋を出て扉を閉めてからすぐ、校長は喋り始めた。ソフィスタは、黙って校長の話を聞く。 「先に手を出したのは、リジェーンさん、ルフルさん、サイアさんら三人の女生徒。彼女たちは計画的に君を罠にはめ、君の服を脱がそうとした。さらに、リジェーンさんに至っては、君をナイフで傷つけようとし、それを庇ったメシアくんに怪我を負わせた。間違いないね」 校長の言葉に、ソフィスタは静かに「はい」と答えた。その表情や声には、冷たいものがある。 「この場合、君は被害者ということになるのだが、彼女たちは君の態度に腹を立て、君を陥れようとしたのだと言っている。彼女たちに対し、何か悪いことをした覚えはあるかね?」 「いいえ。三人とは全く面識がありませんでした。テストが始まる前に、態度がでかいだの言いがかりをつけてきましたが、あの三人と話をしたのは、その時が初めてでした」 「では、その時に彼女たちを傷つけるようなこと言ったのではないのかね?」 「幼稚で頭が悪いと言い返しました」 ソフィスタがきっぱりとそう答えると、校長の口元がヒクッと吊り上がった。 「そ・それがいけなかったんじゃないかね?」 「ああいう連中は、言い返さなくても下手に出ても、調子に乗ってやることがエスカレートするだけです。そしたら、テスト中の事件も、遅かれ早かれ起こっていたでしょう」 「では、リジェーンさんたちの神経を逆なですると分かっていて、悪口を言い返したのだね」 「では校長は、先にいいがかりをつけてきたリジェーンたちのことを、やり返されても自分の非を認めない最悪な人間だと認めるのですね」 ソフィスタがそう言い切ったところで、校長は黙り込んだ。 校長の発言は、リジェーンたちを庇っているように聞こえるが、ソフィスタはリジェーンたちが人間として最低だと校長に認めさせようとしていた。 ソフィスタ自身も、自分がやったことが道徳的に正しいことだとは思っていない。だが、自分だけが悪者のように扱われるのもしゃくに障る。 お互い考えを譲らず、しばらく睨み合ったまま沈黙していたが、先に校長が、ため息まじりで口を開いた。 「君たちの人間性はともかく、叙事的に考えると、リジェーンさんは傷害で退学、サイアさんとルフルさんは共犯ということで謹慎、君は…正当防衛だったとしても、彼女たち、特にリジェーンさんに暴力を振るったことから、厳重注意。これは、あの場に居合わせたエメ先生とカトル先生に詳しい話を聞いた上での処分で、君と私が言い合ったところで覆されることはない。不満はあるかね?」 ソフィスタは「いいえ」と答える。 「…だから、君を呼び出して注意しようとしたのだが…まったく、手強いな」 校長は机から肘を離し、椅子に深く背をもたれた。椅子が軋む音が止んでから、校長は話を続ける。 「君は確かに優秀な生徒だ。君の技術開発の成功によって、この学校は脚光を浴びた。ヴァンパイアカースの危機から人々を救うため、命懸けで戦ってくれた。そして、私の娘を不良から助け出してくれた。…君は我が校の誇りであり、私も感謝している」 ソフィスタにしてみれば、魔法生物の研究開発は、学校から今後の研究の支援を得るために行っていたことであり、ヴァンパイアカースの件も、自分の生活を脅かす存在を排除しただけである。プルティにからんでいた不良を追い払ったのも、見ていてイライラしたからであって、べつにプルティのためではなかった。 自分の都合を、考えを最優先し、たまたま他人にとっても都合がいいように事が運ばれただけにすぎない。まあ、人望が集まるに越したことはないので、それをわざわざ説明する気はないが。 「だがね、他の生徒たちの君への評判は、リジェーンさんたちが言っている通り、偉そうだの腹が立つだのというものが多い。どうも君は人間不信のようで、それが周りの人間から反感を買う要素になっていると思うのだが…もっと人を信用してくれまいかね」 それを聞いて、ソフィスタはメシアからも似たようなことを言われたことを思い出した。 人間に限らず、やましい心は誰にでもあるが、思いやりの心というものもある。そしてそれは、ソフィスタの心にもあるのだと、メシアは言っていた。 あの時のメシアの声が、言葉が、姿が、ソフィスタの頭の中に蘇った時、冷たかった彼女の表情に僅かな変化が現れたが、それはほぼ一瞬の出来事で、校長も気付かなかった。 「人の性格や能力を見極めた上で、その範囲内で人を信用しているつもりです」 淡々と語ったソフィスタを、校長は眉間に皺を寄せて見つめる。 「…そうか。まあいい。その話は、ここまでにしよう」 やっと、ソフィスタにとってはどうでもいい話が終わり、彼女は小さく息を吐き出し、肩の力を抜いた。 「ところで、もうすぐノーヴェル賞受賞式典が、ヒュブロ城で開催されるのだが、連絡は届いているかね」 ソフィスタが「はい」と答えると、校長は厳しかった表情を和らげ、再び机に肘をついた。 「招待状が三枚、学校宛に届いた。賞にノミネートされているのは君だけだが、私とアズバン先生も式に参列させてもらう」 「アズバン先生が?何故?」 ソフィスタは思わず聞き返してしまった。校長はともかく、他にも式に参列してもよさそうな人間は多くいるのに、なぜ、あのアズバンを参列させるのだろうか。 「何故とはひどいな。君の魔法生物の研究開発に、誰よりも協力していたじゃないか。それに、数ヶ月前までアズバン先生と同居していた友達が、城の衛兵として働くことになったそうだ。直接会って祝ってあげたいと言っているので連れて行ってもかまわんだろう」 そういえばアズバンには、メシアと同じくらい背が高くて筋肉質で、なぜかバイオリンがめちゃくちゃ上手いという元同居人の男がいたそうだ。 まさかヒュブロ城の警備という責務を任されることになるとは。それでもソフィスタにとっては、あまり関係のないことなので、気にしないことにした。 「…分かりました。それと、メシアも私と一緒に来たがると思います。ひとまず、メシアにもその話を伝えてから、また相談に来ます」 「ああ。いつでも来てくれたまえ。それと、もう一つ話があるのだが…」 まだ話があるのかと、内心面倒臭かったが、ソフィスタは涼しげに「何でしょう」と返事をする。 「そのメシアくんのことでだ。彼はあまり人間に自分の種族の存在を知られたがらないそうだが、何故だか聞いておらんか?」 校長の質問の意図は分からなかったが、ソフィスタは「いいえ」と答えた。 「そうか。…彼のような種族は、私が読んできた本でも見たことが無い。これを機に、メシアくんの種族のことを知り、できればアーネスと友好的な関係を築きたいと思ったのだが…。せめて、何か聞き出せたことはないかね?」 「…いいえ。あいつは自分の種族のことになると、頑なに口を閉ざしますので」 本当は、ソフィスタの巧みな誘導尋問により、メシアがうっかり秘密を漏らしてしまうこともあるが、それは黙っておいた。メシアの研究を独占したいという気持ちがあったからでもあり、いいかげん校長との話に疲れ、これ以上長引かせたくないからでもあった。 「ふむ…そうか。朝早くから呼び出して悪かったね。授賞式のことでメシアくんと話がついたら、また来てくれ」 「分かりました。失礼します」 ようやく校長から解放されたソフィスタは、一礼すると、さっさと校長室を出ていった。 それを見送った校長は、ため息をついて帽子を整えた。 * ソフィスタと校長が話をしている間、メシアは二人に言われた通り、近くのソファーに腰をかけて待っていた。 時々、廊下の向こうから話し声が聞こえたり、生徒や教員の姿が見え隠れする。それでも生徒たちの登校時間にはまだ早く、比較的静かだった。 部屋を出されてから、まだ二分ほどしか経っていない。校長とソフィスタは一体何を話しているのだろうと考えていると、こちらへ向かってくる足音に気付いた。 足音が聞こえる方へと顔を向け、その足音の主の姿が見えると、メシアは思わず立ち上がった。 学校へ来る途中にメシアを襲った、あの女の子…プルティという名の少女である。 「…ソフィー姉様は校長室ね。丁度いいわ。あんたに話があるの」 ソフィスタから預かった荷物をソファーに下ろしている間に、プルティはメシアにつかつかと歩み寄り、彼の手前で立ち止まった。と言っても、プルティよりはるかに背の高いメシアからしてみれば、足下という表現に近い。 見下ろされるのが嫌なのか、プルティは靴を脱いでソファーの肘掛けに上り、さらに爪先を立てた。それでもメシアと目線を合わせるには少し足りないが、プルティはそれで妥協したようだ。 メシアは、何を話す気だと聞こうとしたが、先にプルティが口を開いた。 「アーネスに戻ってすぐ、あんたの噂は聞いたわ。ソフィー姉様の魔法生物だの家畜だの下僕だの恋人だの、いろいろ羨ましいこと言われてるじゃないの」 恋人はともかく、家畜や下僕のどこが羨ましいのだろう。変なことを言う人間だとメシアは思った。 しかし、まさかそんなふうに噂されているとは、メシアも初めて知った。 「で、ホントのところはどうなのよ。あんた、ソフィー姉様のなんなの?」 プルティは完全にケンカ腰で、可能な限り身を乗り出してメシアに詰め寄る。 やはり彼女は、メシアがソフィスタと親しくしているように見えて、それを嫉妬しているのだろう。 「なんなのだと聞かれても…私はソフィスタのモノではないし、恋仲でもない」 メシアは素直に答えた。 「でも、いつも一緒にいるじゃないの。何でよ」 「私はソフィスタの監視役なのだ。一緒にいて当たり前である」 メシアは、聞かれたことをただ正直に話しているだけのつもりだが、プルティの表情はだんだん怖くなっていく。メシアを脅すにはまだ迫力に欠けるが、悪いことをした覚えもないのにこうも怖い顔をされると、戸惑いを覚えてしまう。 「なによ監視役って。まさか、監視するからと言って、ソフィー姉様の家の中を外から覗いてるんじゃないでしょうね」 「いや、一緒に同じ家に住んでいるのだから、わざわざ外から覗き込んだりはせぬ」 メシアの言葉を聞いて、プルティは大きく目を見開き、「ホゥゲッ!!」と奇妙な悲鳴を上げた。そして、急にメシアに背中を向けて走り出すと、廊下の突き当たりにある教室の引き戸を開き、誰もいない室内に向かってで叫んだ。 「一つ屋根の下だとおォ――――!!!」 彼女は何をしたいのだろうかと、メシアが目を丸くしていると、プルティはフラフラとした足取りでこちらに戻ってきた。 「そんな…ソフィー姉様が、こんな汚らわしい爬虫類と一つ屋根の下だなんて…あぁっ」 メシアより五歩ほど手前で、プルティはカクンと膝を着く。 「お・おい、どうかしたのか?」 メシアはプルティに歩み寄り、肩を揺さぶろうと両腕を伸ばした。しかし、プルティはその腕を強く払いのけ、キッと顔を上げて彼を睨んだ。 「ふんだ!一つ屋根の下でも、どーせ屋根裏部屋とか地下室とかに押し込まれてんでしょ!」 「あの家に屋根裏部屋も地下室も無いはずだ」 払われた腕を引っ込めながら、メシアは答えた。 「でもっでも…寝る時は家から閉め出されて、物置小屋の中で雨風を凌いでいるんじゃ…」 「私はソフィスタの監視役であると言っておろうが。寝ている時かて例外ではない。同じ部屋で…」 メシアが最後まで答え終える前に、またまたプルティが走り出し、先程と同様、廊下の突き当たりにある教室の引き戸を開いて叫んだ。 「添い寝かぁぁぁ――――!!!」 同じ部屋で別々に寝ていると言おうとしたのだが…と思いつつ、メシアはプルティの意味不明な行動を眺める。 「ああああんた、それってほぼ同棲よ!まさかソフィー姉様の残り湯に浸かったりとか、ソフィー姉様の下着に触ったりとか、ましてやソフィー姉様を押し倒したりとかしてんじゃないでしょーね!!」 叫びに行ったのと同じ速度で戻って来るなり、プルティはメシアにまくし立てた。 「…ええと…風呂はほとんどソフィスタの後に入っているので、残り湯であるな。下着に触ったことも…ある。押し倒したことは…確か初めて会った時にも押し倒したな。他にも…」 一人で熱くなっているプルティに対し、メシアはプルティの質問に相変わらず正直に答え、ソフィスタを押し倒した回数を指を折って数え始める。 もっとも、ソフィスタを押し倒した理由としては、転んだ拍子に巻き込んでしまったり、攻撃から彼女を庇ったりと、決して下心があって押し倒してきたわけではない。 ソフィスタの下着を触ったことについても、ブラジャーを下着とは知らずに触ってしまっただけであった。何に使うのかと引っ張ったり腕に巻いたりして調べていた所をソフィスタに見つかり、よく生き延びれたと思うほどの攻撃魔法を受けて以来、ブラジャーを含むソフィスタの下着には極力触らないよう心がけている。 下心が無いからこそ、そういうことをメシアは正直に話せるのだが、プルティはそれに気付かず、みるみる顔を青ざめさせていく。 「おそらく、五回は押し倒して…」 そう言いかけて、プルティの顔色が悪いことに気付き、メシアは言葉を止めた。 「…そんな…そんな…ソフィー姉様が…汚れてしまった…」 「は?何を言っておるのだ」 メシアは、震える唇でボソボソと呟くプルティの顔を覗き込もうとしたが、その前にプルティがメシアに背を向け、フラフラと歩き始めた。 「おい、プルティ?」 メシアに呼び止められても振り返らず、重りでも引きずっているかのような足取りで歩き続け、やがて廊下を曲がって姿が見えなくなった。 …何だったのだ、一体…。 彼女は何をしに来たのだろうと考えていると、校長室の扉が開く音がしたのでそちらを振り返った。 ちょうどソフィスタが顔を出し、メシアと目が合った。彼女は廊下に出て扉を閉めてから、メシアに声をかける。 「待たせたね。話し合いは終わった。一度個室に寄るよ」 ソフィスタは、ソファーに置いてあった鞄を肩から下げ、帽子とマントを抱えた。そしてさっさと歩き出し、メシアの脇を通って廊下を進む。 「う・うむ…」 プルティのことをソフィスタに報告したかったが、既にソフィスタは廊下を曲がろうとしていたので、個室に着いてから話せばいいと考え、メシアは彼女の後を追った。 * 個室に着き、ソフィスタが余計な荷物をテーブルの上に置いてから、メシアは校長室の前での出来事を話そうと、彼女にこう切り出した。 「ソフィスタ。校長がいた部屋の前でお前を待っている間に、プルティと会ったぞ」 それを聞いたソフィスタが、「えっ?」と声を上げて、入り口のドアに背をもたれて立っているメシアを振り返る。 「プルティが?…その割には静かだったけど、暴れたりしなかったの?」 「急に走り出して叫んだりはしたが、学校に着く前のように、魔法で襲い掛かってはこなかった」 メシアのもとへと歩み寄ったソフィスタは、肩を竦めて「何やってんだアイツは…」と呟く。 「それで、ソフィスタとの関係を尋ねられたので、監視役であると正直に答えた」 「そうか。…他に、何か聞かれなかったか?」 「ソフィスタの残り湯に浸かっているのではないか、ソフィスタの下着に触ったことはあるのか、ソフィスタを押し倒したことはあるのか…などということを尋ねてきた」 そうメシアが答えてから約三秒間、ソフィスタは固まっていた。三秒経ってから彼女は頭を抱え、俯いた。 「…それも全て正直に答えたってのか?」 メシアは「うむ」と頷く。ソフィスタは脱力し、床にへたり込みそうになったが、メシアの肩を掴んで体を支えた。 「あのなぁ〜…正直に答えちゃいけない質問かどうかくらい、自分で判断しろ…って、お前には無理か」 「何を言うか。私にも、答えてもよい質問かどうかくらいの判断はできる」 「その判断のしかたが間違ってんだよ…アホ」 アホと言われてメシアはムッとしたが、ソフィスタがあんまり脱力しているので、言い返す気にはなれなかった。 「で、その後プルティはどうしたんだ?」 メシアの肩を掴む手を支えに、ソフィスタは背筋を伸ばして、そう尋ねた。メシアはプルティの様子を思い出しながら答える。 「…顔色を悪くし、おぼつかない足取りで去ってしまった。急に具合でも悪くなったのだろうか」 「あ、そう…」 ソフィスタはため息をつき、メシアから離れ、テーブルを囲んだソファーに座った。 「どうかしたのか?」 メシアも彼女の向かい側のソファーに座り、まだ午前中だというのに疲れたようにソファーに寄りかかっているソフィスタの顔を覗き込む。 「いや…またプルティの奴が、変なちょっかいを出してくるんじゃないかと思ってさ…」 「何故だ?」 「お前があたしを押し倒したとか話したからだろうが」 ソフィスタの言葉の意味を、メシアはすぐに理解できなかったが、やがて「ああっ」と声を上げて手を叩いた。 「なるほど。私がソフィスタに暴力を振るったのだと勘違いをし、ソフィスタの身を案じるがあまり、奴は私に襲い掛かってくるというのだな」 メシアはそう納得したのだが、ソフィスタは何故か体勢を崩してソファーからずり落ちた。 「…お前だって相当な勘違い野郎じゃねーか…」 しんどそうに体を起こし、ソフィスタはテーブルの上に置いた鞄をひっつかむ。 「ま、とにかく、プルティには注意しなよ。あいつは何をしてくるか分からないからね」 メシアは頷き、ソファーから立ち上がった。 ちょうどその時、午前の授業が始まる予鈴が校内に鳴り響いたので、メシアはソフィスタと共に個室を出た。 (続く) |