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ありのままのメシア 第六話


   ・第四章 求愛乙女

 アズバンが言っていた通り、街の西にある森の中には、大きな館があった。
 ソフィスタをさらったゴーレムは、館の前で傘を差して佇んでいた。メシアは早速ゴーレムに近付く。
 真正面からゴーレムに近付いたのだが、ゴーレムには何の反応も無い。
 ゴーレムは、中に人が乗って動かすものだということはメシアも知っている。別の場所から操作するゴーレムもあるが、目の前にあるゴーレムは、どちらかと言うと中に人が乗って操縦する型のものに似ている。全く動かないのは、中に人が乗っていないからだろうか。
 念のため、メシアはゴーレムの前に立ち、すうっと息を吸い込んだ。
「たのも――――!!!」
 メシアは街まで届きそうなほどの声を張り上げた。館の壁に反響して声がこだまする。
 それでもゴーレムは動かなかった。やはり中には誰もいないのだろうかと思ったが、さらに念のため中を調べることにした。
 ゴーレムの腹部のハッチを開けるべく、まずはゴーレムが着ているワンピースの裾を掴み、がばっと捲り上げた。
「なにやってんのよド変態!!!」
 その時、プルティの声が聞こえたと思って振り返ったら、氷でできた巨大なヘビのようなものが、牙を剥きだしてメシアに襲いかからんとしていた。
 夕日の光でヘビの目の部分が輝いていたので、一瞬、本物のヘビかと思ってしまった。
「おわぁっ!!」
 メシアは横に跳んでゴーレムから離れた。氷のヘビは地面を噛み砕き、そのままのめり込んで動かなくなった。
「プルティのゴレミィのスカートを捲るなんて、どんだけエロトカゲなのよぅ!ソフィー姉様にも、これ以上手出しはさせないんだから!!」
 氷のヘビの頭の上に、ふよふよと宙に浮く杖に乗ったプルティが降りてきた。
 物に乗って空を飛ぶ魔法使いは、アーネスの街を歩いていると普通にすれ違うので、プルティが宙に浮いていてもメシアは特に驚かなかった。
「プルティ?なぜお前がここに…」
「あたしがゴーレムを操縦してソフィー姉様をココに連れてきたからに決まってんじゃない!バーカバーカ爬虫類!!」
 杖から氷の上へと降り立ったプルティは、んべっと舌を出してメシアを馬鹿にする。ソフィスタとは違って幼稚な悪口だが、それはそれでイラッとするものがあった。
「おい、ソフィスタはどこにいるのだ!」
 メシアはプルティに近付こうとしたが、氷のヘビがプルティを乗せたまま再び動き出したので、思わず一歩退いた。
「この館の中にいるけど、あんたには二度と会わせないからねっ!ソフィー姉様は、プルティと二人で仲良く暮らすの!」
「何故だ!お前がソフィスタと一緒に暮らすことはともかく、私がソフィスタに二度と会えなくなっては困るのだ!!」
 メシアがそう叫ぶと、プルティは驚いたように目をぱちくりさせたが、すぐに不機嫌そうな顔に戻って、メシアに言い返した。
「あんたと一緒にいると、ソフィー姉様が汚れるからよ!」
「そんなことはない!ソフィスタは毎日体を洗っておるし、歯も磨いている!私だって、アーネスへ来る前より清潔になったはずだ!!」
「そーゆー意味じゃないわよ!心の問題なの!」
「何?それはどういうことだ」
 メシアが真顔でプルティに尋ねると、プルティは「うっ…」と小さく声を漏らして口ごもった。
「だからそれは…あんたが来てからソフィー姉様は…」
 ハッキリと答えないプルティに、一体何が言いたいのだとメシアは聞こうとしたが、その前にプルティが、開き直ったようにふんぞり返ってメシアに言い放った。
「とにかく、ソフィー姉様に会いたければ、自力で探すことね!」
 プルティは再び杖にまたがった。そして、氷のヘビから足を離す直前、爪先でヘビの頭を軽く叩くと、氷はたちまち溶けて冷たい水となり、メシアの頭上から覆い被さるように降ってきた。
 急に氷が溶けたため、逃げ遅れたメシアは全身に冷水を浴びてしまう。
「ぶっうわ冷たっ!」
 氷点スレスレの冷たさに、メシアは思わず縮こまった。その隙に、プルティは高く飛び上がる。
「ま・待てプルティ!!」
 メシアはプルティを呼び止めるが、プルティはメシアに向かって「ばーかばーかばーか!」と連呼しながら、館の二階の窓から中に入っていった。
 窓はすぐに閉められ、鍵をかける音が聞こえた。
「うう…プルティめ、一体何を考えているのだ…」
 濡れた髪や服を絞りながら、メシアはプルティが入っていった窓を見上げる。
 やはりプルティは、ソフィスタを独占したいのだろうか。それは別にかまわないのだが、ソフィスタが魔法生物を作り出す技術を捨てない以上、彼女の監視という使命を破棄することはできない。
 …とにかく、プルティとは一度ちゃんと話をせねばならぬ。
 乱れた髪を手でざっと整えると、メシアは館の正面玄関の扉に手を添えた。
 鍵がかかっていなかった扉は、難なく開いた。
 中は灯りがついておらず、窓もカーテンで閉ざされているため暗かったが、メシアはためらうことなく館に足を踏み入れた。
 開いた扉から差し込む光で、中の様子はだいたい分かった。どうやら、入ってすぐ広間に出るらしい。
 壁際にはソファーや棚などといった家具が置いてあるが、あまり生活感が感じられず、閑散としている。
 …プルティは二階の窓から入っていったな。まずは階段を探して、二階へ行ってみよう。
 そう考えて、さらに広間を進んだ時、背後から物音が聞こえ、振り返ると玄関の扉が閉まろうとしていた。
 勝手に閉まる仕組みになっているのだろうか。だが、あの扉が閉まると明かりがなくなり、本当に何も見えなくなってしまう。
 光は徐々に細くなってゆく。何か重りを置いて扉が閉まるのを止めようと、メシアはキョロキョロと辺りを見回した。
 暗くてハッキリとは見えないが、広間の隅の所々に、動物の置物のようなものが置かれている。メシアはそのうちの一体に駆け寄り、両手で掴んで持ち上げた。
 触った感じは柔らかく、布地の中に綿を詰めた普通のぬいぐるみのようだ。犬のようで熊のような形で、プルティの体と同じくらいの大きさはある。
「マッピ――――ッ☆」
 突然、ぬいぐるみがモソモソと動きだし、声だか雑音だか分からない奇妙な音を、どこからともなく発した。
「うおおっ!!?」
 メシアは驚きのあまり、持ち上げていたそれを放り投げてしまった。
 ぬいぐるみは床に落ち、柔らかい手足を使って体を支えた。
 動く人形やぬいぐるみは既に見たことがあったので、急に動き出したことに驚きはしたが、平静は保てた。メシアは、両足で立ち上がったぬいぐるみを見下ろす。
「マッピーッ★マッピーッ☆」
 人形は両目を青白く光らせ、回ったり跳ねたりしながら、奇妙な音を発し続ける。その様子にメシアが戸惑っている間に、入り口の扉は音を立てて閉まった。
 広間の光は、ピカピカと点滅するぬいぐるみの双眼だけとなってしまった。
 その気になれば左手の紅玉を明かりにすることができるし、ソフィスタを探すために館に入ったので、扉が閉まったことには何の問題もない。ただ、この踊っているだけにしか見えない人形は、どうすればいいのだろう。襲ってくるわけでもないのなら、放っておいてもいいのだろうか。
 悩んでいると、このぬいぐるみ以外にも、何かが動いている気配を感じた。メシアはとっさに身構え、五感を研ぎ澄ます。
 気配は一つのものでは無く、広間の中からも外からも感じられる。
 …どういうことだ?広間の中に誰かがいたのであれば、もっと早く気づいても…。
 そこまで考えて、メシアは思い出した。
 今でも踊っているこのぬいぐるみの他にも、部屋の隅の所々にぬいぐるみのようなものがあることを。
 …まさか…。
 ものすごく、嫌な予感がする。
「マッピ――――ッ☆」
 そこらじゅうから、踊っているぬいぐるみが発しているものと同じ音が響き、同時にいくつもの青白い光が点灯した。
「マッピーッ★マッピーッ☆」
 さらに、館の入り口と窓以外の扉が全て開かれ、そこからも青白い光がなだれ込んできた。
 そのおかげで広間もずいぶん明るくなったが、犬なのか熊なのかよく分からないぬいぐるみの大群がメシアを取り囲んでいる様子もハッキリと見てとれた。
 広間の中央には階段があったが、その階段でもぬいぐるみが所狭しと並んでいる。
「な・な・何だ貴様らは!!」
 さすがにこれだけの数に囲まれると、相手が柔らかくて可愛らしいぬいぐるみでも危険を覚える。
 生まれて初めて経験するこの状況に戸惑っている間にも、ぬいぐるみはメシアに近付いてくる。
「ま…待て、ちょ…」
 後ずさりたい気分だが、背後にもぬいぐるみがズラリと並び、距離を詰めてくる。
 最初に動き出したぬいぐるみも、他のぬいぐるみたちに混じってしまった。
「マッピ――――ッ★☆★!!」
 ぬいぐるみたちが一斉に音を発し、メシアに飛び掛かってきた。
「う・お・のわあぁぁぁぁぁ!!!」
 こんな状況に対応しきれないメシアが悲鳴を上げたが、その声はぬいぐるみが発する奇妙な音に埋もれてしまった。


 *

 プルティがステッキに乗って外へ飛んでいった後、ソフィスタは再びソファーに腰を下ろし、プルティが机の上に置いていったノートを手にした。
 メシアとプルティに振り回されるのも何かもう面倒臭くなったので、あの二人は放置することにし、ソフィスタはプルティのノートの内容のことで気になったことを考えることにした。
 西のトルシエラ大陸にある、ヘロデ王国で起こった、獅子吼事件。それについて調べたことが書かれているプルティのノートを開き、パラパラとめくってゆく。
 書かれていることは既に記憶済みなので、特に読むわけでもなく、なんとなくめくっているだけである。
 …ヘロデ王国の領土である聖地アムセル一帯で、魔法力が消失し、あらゆる魔法装置が機能を停止し、魔法力が高い者は失神したという、前代未聞の事件。それが、獅子吼事件…か。
 だが、魔法力が消失するだけなら、獅子吼事件が起こるずっと前から、一つだけ事例があった。
 …魔渇の砂漠…。そこでも、足を踏み入れたものの魔法力が消失するという現象が起こっている。
 ソフィスタを探しに館を訪れたメシアの声が聞こえる直前、ソフィスタは魔渇の砂漠のことを思い出していた。
 聖地アムセルと同じくトルシエラ大陸にある、岩山に囲まれた砂漠地帯。別名『魔渇の砂漠』。
 獅子吼事件との違いは、その砂漠では獅子吼事件のように一時的なものではなく、常に魔法力を消失させる現象が起こっていることだ。
 …そういえば、ヴァンパイアカースは魔法による呪いなんだよな。もしかしたら、感染者をあの砂漠に放り込めば、呪いも解けていたんじゃないか?
 砂漠の上空を通った魔法の船が機能を失ったように、ヴァンパイアカースの感染者も…それどころか呪いの媒体をあの砂漠に追いつめていれば、媒体は力を失い、感染者たちも元通りになったのではないか。
 まあ、ヴァンパイアカースは最近になって壊滅したことだし、今さら気にはしないが。
 …待てよ。ヴァンパイアカースの解呪剤って、確か…。
 三百年ほど前、ヴァンパイアカースが猛威を振るっていた頃、感染者に噛まれても、感染するどころか感染者の呪いを解いた者がいた。
 …そうだ。当時のヘロデ王国の…聖なる王!
 ヴァンパイアカースの呪いを解く血が流れる、当時のヘロデ王は、正に救世主として称えられ、今なお『聖なる王』として神のように崇められている。
 …聖なる王は神の申し子だから、邪悪な呪いを解くことができたなんて言われているけど…もし聖なる王の血に、魔法力を消す力が宿っているとしたら、呪いに感染もしないし、血を吸った感染者の呪いを解くこともできるかもしれない。
 だとしたら、獅子吼事件を起こしたのは王の子供という噂も、あながちただの噂ではないかもしれない。
 聖なる王の血を引く、現ヘロデ王の子供。獅子吼事件の一年前に死産したとされているようだが、実は子供は獅子の化け物のような姿をしており、地下牢に幽閉されていたという噂があったと、プルティのノートには書かれていた。
 …その赤ん坊が、実は生きていて、魔法力を消し去る力を持っていたのなら…。
 王家の血筋に化け物が生まれれば、隠蔽するのも当然だ。その赤ん坊が獅子吼事件の元凶だとしたら、事件の調査を禁じるのも分かる。
 だが、聖地一帯の魔法力を消し去るほどの力を、たった一歳の赤ん坊が持っているなど、とても信じられない。
 …でも、聖なる王の血筋に限って、化け物のような姿の子供が生まれるなんて…。いや、特殊な血筋だからこそ、ちょっと人間とは違う姿の子供が産まれるのかもしれない。
 既に閉じているノートの表紙を、ソフィスタはじっと睨む。
 …聖なる王には魔法力を消し去る力があり、その子孫である現ヘロデ王の子供が獅子吼事件を起こした。この仮説が本当だとしたら、どうして聖なる王にはそんな力が備わっていたんだろう。
 獅子吼事件とは関係無いにしても、赤ん坊が化け物の姿をしていたという噂はただの噂だったとしても、聖なる王がヴァンパイアカースの呪いを解く特殊な血の人間であったことには間違いない。
 しかし何故、人類発祥の地とされている聖地アムセルの王国の、しかも王族という特別な立場にある人間が、そんな特別な血を引いているのだろうか。
 …もしかしたら、歴代ヘロデ王のことを調べていけば、獅子吼事件と繋がる何かが見つかるかもしれないな。
 例え獅子吼事件との繋がりが無かったとしても、聖なる王の血筋には調べる価値がある。
 それに、現ヘロデ王の子供のことで様々な噂が立っていたようだが、少なからず王に不審な動きがあったことは確かなのだ。
 …後で図書館へ行ってみるか。暇な時に直接ヘロデ王国へ行って調べるのもいいかもな。
 そんなことを考えていると、メシアのもとへ向かったプルティが戻ってきた。
「たっだいま〜ソフィー姉様っ」
 窓から外へ出て行ったはずだが、普通に部屋の出入り口から入ってきたプルティは、手にしていたステッキを元のペンのサイズに戻すなり、ソフィスタに飛びついてきた。しかしソフィスタは、それを片手で払いのける。
「いつも言ってるけど、会うたびに飛びついてくるのはやめろよ。で、メシアと何を話してきたんだ?」
 ソフィスタに払いのけられ、つんのめって倒れそうになったプルティは、両手をぶんぶん振ってバランスを保ちなおす。
「…ソフィー姉様を取り返したければ、自分で探せって言ってやったの」
 ソフィスタがメシアの名前を出したせいか、プルティの声はブスッとしていた。
 なぜプルティがそんな顔をしたのかソフィスタには分からなかったが、気にせずノートをテーブルに戻す。
「でもねっ!あのトカゲはプルティたちのもとへは辿り着けないのでぇす!」
 ふてくされていると思ったら、今度は得意げに胸を張るプルティの言葉に、ソフィスタに「何で?」と尋ねようとしたが、その前にプルティがペラペラと喋り始めた。
「プルティ自慢のオートマペット軍団を館中に配置したのです!しかも、一体でも触れると、他の場所にいるオートマペットたちもみ〜んな攻め寄せてくるという恐ろしいトラップつきなのです!!」
 オートマペットとは、あらかじめ魔法を施すことで、離れていても命令通りの動作を行う人形のことである。
 古い遺跡で、遺跡荒らしが来ると宝を護るために動き出す石像などがあるが、それと同じだ。しかし、そういう魔法の使い方には高い魔法力と操作力が必要とされ、命令が不十分だと暴走することもある。
「軍隊って…お前、どんだけオートマペットを作ったんだ?」
「プルティが元々持っていたぬいぐるみ、ぜ〜んぶオートマペットにしちゃった♪」
「…あ、そう」
 プルティほどの魔法力と操作力の持ち主なら、それを大量に動かすことは確かにできるが、命令の不行き届きが問題になりそうだ。だが柔らかいぬいぐるみなら被害は少なさそうだし、たかがぬいぐるみ数体、メシアの敵ではないだろう。
 それに…。
「そいつらの内の一体に触れば、他のやつらも攻めてくるってことは、例えば館の入り口の広間でオートマペットに触ったら、その場所に全てのオートマペットが集められるんだよな。そいつらをやりすごされたら、他の部屋には何のトラップもなくなるんじゃないのか」
 ソフィスタがプルティにそう言うと、胸を張って笑っていたプルティの表情が固まった。
 やっぱり。そう思った時、隣の部屋や下の階から「マッピ――――ッ☆」という音が聞こえた。
 続いて、部屋の前を何かがドタドタと通り過ぎていく音が聞こえる。どうやらメシアが館に侵入し、ぬいぐるみに触ったようだ。
 それにしても、ずいぶん大量のぬいぐるみを、プルティは所持していたようだ。ぬいぐるみが上げる奇声と、ドタドタと動く音の量からして、百体以上はありそうだ。
「う…で・でも、あれだけいっぱいいるオートマペットから逃げることなんかムリだもんね!」
 自分にそう言い聞かせるように、プルティは声を張り上げる。
 しかしソフィスタは、それでもメシアはこの場所までたどり着くような気がした。
 …もっとも、馬鹿正直に入り口から入らず、壁をよじ登って窓から入れば、もっと早くここに来られたんだけどね。あいつなら、それくらい出来たろうに。
 腕力も体力もでたらめに強いメシアと、魔法力とぬいぐるみの量が半端じゃないプルティ。だが二人とも、どこかぬけていて容量が悪い。
 …この二人って、もしかして似たもの同士かもな。…ったく。こんな面倒な奴、一人でも手を焼いているってのに。
「さてと…それじゃ、ソフィー姉様っ」
 プルティはソフィスタの名前を呼んでテーブルの上に上がると、両手を広げ、恍惚とした表情で叫んだ。
「せっかく部屋に二人きりだけなんですものっ!愛を育みまっしょ――――ぅ!!!」
 そして、ソファーに座っているソフィスタをめがけて、思いっきりダイブした。


 *

 迫り来るぬいぐるみの大群を前に、メシアの頭は混乱しきっていた。
 それでも、ぬいぐるみたちに飛び掛かられる直前に動けたのは、戦士として鍛えられた本能があったからだろう。
 メシアの左手の紅玉から赤い光の筋が伸び、広間の中央の天井に吊されているシャンデリアに巻き付いた。光は一気に短くなり、メシアの体を引き上げる。
 ぬいぐるみたちは、メシアが立っていた場所に集まり、互いに体をぶつけ合う。
「…な・なんなのだ、一体…」
 シャンデリアに上り、光の筋を消すと、メシアは少し落ち着きを取り戻した。
 真下では、届かないにもかかわらず、ぬいぐるみたちがマッピーマッピーと騒ぎながらピョンピョンと跳ねている。階段にいたぬいぐるみたちは、手すりによじのぼってメシアをめがけてジャンプするが、当然届かず、床に落下してゆく。
 そして再び動き出し、メシアの真下へと集まる。
 …このぬいぐるみたちは、魔法によって動かされているのだろうか…。
 メシアは、目を爛々と光らせるぬいぐるみたちを見下ろす。
 魔法には疎いメシアだが、このぬいぐるみに生命が宿っていないということくらいは分かる。魔法生物とは違って意志が感じられないし、複雑な思考回路も持ち合わせていない。
 相手が魂を持たない、ただのぬいぐるみであれば、蹴散らすことに躊躇はしない。だが、柔らかいぬいぐるみに果たして打撃攻撃は効くのだろうか。
 いちいちぬいぐるみを引き裂いていくのも時間がかかるし、紅玉の力を使っても、やはり時間がかかりそうである。
 …とにかく、ここはなんとかやりすごそう。だが、どうしたものか…。
 いつまでもこの場に避難しているわけにはいかない。目的は、ソフィスタを探すことなのだ。
 ぬいぐるみたちを見下ろして考えていると、ぬいぐるみたちはシャンデリアの下で徐々に山積みになっていった。
 先に集まってきたぬいぐるみの上に、後から集まってきたぬいぐるみがよじ登り、それを繰り返してメシアに近付いている。
 このままシャンデリアの上にいても、いずれぬいぐるみたちに攻め込まれてしまうだろう。
 だが、ぬいぐるみたちが広間の中央に集まったぶん、階段や通路はすっかり風通しが良くなっていた。
 ここからなら、階段まで飛び移れそうだ。
 メシアはシャンデリアにぶら下がり、体を揺らして勢いをつける。
「マッピ――――ッ☆」
 ぬいぐるみたちは、すぐそこまで迫っている。
「それっ!」
 ギリギリまでぬいぐるみを引きつけ、捕まる直前で、メシアはシャンデリアを放し、階段へと飛んだ。
 山積みになっていたぬいぐるみたちは、メシアが飛んでいった方向へと崩れる。
 手すりを越えて階段に着地したメシアは、その様子を見て、ひとまず第一関門は突破できたと息をつく。
 しかしぬいぐるみたちは、ボテボテと床に落ちながらも、這いつくばってメシアを追おうとしている。
 とにかく二階へ上ってソフィスタを探そうと、メシアは階段を駆け上がった。
「ソフィスタ!どこにいるのだ!聞こえたら返事をしろ!!ソフィスタ――――!!」
「マッピ――――ッ★☆★!!」
 メシアはソフィスタの名前を叫んだのに、何故かメシアを追うぬいぐるみたちが、一斉に返事をするように声を上げた。


   (続く)


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