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ありのままのメシア 第六話


   ・第五章 激闘乙女

 開け放たれた窓からは、そよそよと気持ちの良い風が入り込んでくる。
 壁の窪みの中で揺らめく、燭台の灯り。決して高価なものではないが、座りやすくてふかふかしたソファー。その心地よさに眠気を誘われ、いつの間にかうたた寝をしていたようだ。
 気が付いたのは、部屋の扉が勢いよく開かれ、聞き慣れた声で名前を呼ばれた時だった。
「ソフィスタ!!」
 顔を上げると、これまた見慣れた筋骨隆々のトカゲ男の姿があった。
「んぁ…メシアか。わりと早かったな」
 のんびりとあくびをして、ソフィスタは言った。
「なにノンキなことを言っているのだ!こちらは散々な目に…」
 メシアはソフィスタにずかずかと歩み寄り、文句を言おうとしたが、ソフィスタの後ろでぶら下がっているものに気付いた時、彼は口を開いたまま言葉を止めた。
「うげっもう来たの!?プルティのぬいぐるみたちはどうしたのよーぉ!!」
 ルコスに手足をまとめて捕らえられ、海老のように背中を曲げて天井から吊されているプルティは、体を揺らしてメシアに怒鳴りつけた。
 セタが紐代わりとなり、ルコスと天井を繋いでいる。
「揺らすなよ。ホコリが落ちてくるだろ」
 ソフィスタはクールにプルティを注意し、プルティは嬉しそうに「ごめんなさ〜い」と甘ったるい声を上げた。
「………お前たち、一体何をしていたのだ…」
 状況が把握できず、ポカンとしているメシアが、呟くように低い声でソフィスタに尋ねた。ソフィスタは、帽子ごしに頭を掻いて俯く。
 いきさつとしては、こうだ。
 プルティがソフィスタに飛びつこうとしてきたので、ソフィスタは彼女の腹に正拳を叩き込んで撃退した。
 さらに、「今度飛びついてきやがったら、縛って天井から吊すぞ」と脅したら、プルティが「ステキ!縛って〜!」と騒ぎ始めたので、本当に縛って吊したのだった。
 まるでソフィスタがサディズムのようだが、彼女は人の体をいたぶって快感を得るという性質ではない。古新聞を縛ってまとめるような感覚で、プルティのことも縛ったのだった。
 抵抗すればいつでも解けるよう、セタで縛りつけたのだが、ソフィスタがうたた寝をしている間も、全く抵抗していなかったようだ。それはともかく、この状況に至った経緯をメシアに説明するのは面倒臭いので、どうでもいいだろと言おうとしたが、それより先に響いてきた「マッピ――――ッ☆」という奇妙な音に驚かされた。
 俯いていたソフィスタは顔を上げ、メシアは肩を震わせる。
 メシアによって開け放たれたままの部屋の出入り口から、一体のぬいぐるみが飛び込んできた。
 尻尾の短い黒猫の姿をしたぬいぐるみだった。
「あっ、プルティのぬいぐるみー!」
 プルティは喜んで声を上げ、体を揺らした。
「うわっ、来るな!」
 メシアは、ソフィスタが座っているソファーの後ろに隠れたが、ぬいぐるみも彼を追ってソファーを飛び越え、その柔らかくて短い手足で、メシアにしがみつこうとした。
 そこにソフィスタが腕を伸ばし、ぬいぐるみの足を掴んだ。
「なんだ、ぬいぐるみを全部倒してこなかたのか」
 ソフィスタは、メシアはぬいぐるみを蹴散らしてこの部屋に駆けつけたのだと思っていた。このぬいぐるみも、たまたまメシアが倒し損ねたものだろうと気楽に考える。
「いや、一体も倒しておらぬ」
 ソファーの後ろから顔を出したメシアが、そう答えた。それを聞いて、ソフィスタは「えっ…」と呟く。
「…それじゃあ、他のぬいぐるみたちも、お前を探して…」
 そう言いかけた時、小さな揺れを感じて、ソフィスタはソファーから立ち上がった。
 揺れは、地鳴りと共に徐々に大きくなってゆく。
 …まさか!
 嫌な予感がしたソフィスタは、持っていたぬぐるみを壁に投げつけ、それを見て文句を言おうとしたメシアの腕を引いた。
「メシア、逃げるぞ!セタとルコスも来い!」
 ソフィスタは魔法力を高めながら、メシアと共に窓へと走った。セタとルコスはプルティを開放し、床に飛び降りてソフィスタの後を追った。
 体の自由は取り戻したが、吊されているところを急に開放されたプルティは、背中から床に落ちて「いきゃんっ」と悲鳴を上げた。
「おい、窓から飛び降りる気か?それにプルティは…」
「プルティがぬいぐるみを操っているんだから、大丈夫だよ!オラ飛び降りろ!!」
 ソフィスタはメシアを窓の前に立たせ、セタとルコスに彼の両足を引っ張らせた。そしてメシアがバランスを崩したところにソフィスタの蹴りが入り、彼は窓から外へと落ちた。
 すかさずソフィスタも窓から飛び降り、メシアが落ちるより先に地面に向けて魔法を放った。すると、落下地点の土が粘土のように柔らかくなり、落ちてきたメシアの体をベチャッと受け止めた。
 三階から落ちたにも関わらず、落下の衝撃によるダメージは全くと言っていいほど無かったが、感触は気持ち悪い。
「うぇ…なんだ、これは…」
 メシアは体を起こそうとしたが、彼を追って飛び降りたソフィスタに背中を踏まれ、さらに土の中へと沈められる。おかげでソフィスタはブーツの底を汚しただけで済んだが、メシアは全身泥まみれになった。
 セタとルコスは、魔法が及んでいない地面の上にボテッと落ちる。
「あ〜ん、ソフィー姉様、待って〜」
 プルティも窓に駆け寄り、ステッキに変えたペンに跨って宙に浮こうとした。
「マッピ――――ッ★☆★!!」
 その時、ぬいぐるみの大群が部屋の中に雪崩れ込んできた。
「きっきゃあぁっ!ストップ、ストーップ!!!」
 プルティは慌ててステッキを振り、ぬいぐるみに施された魔法を解いたが、押し寄せるぬいぐるみの波を止めることは叶わず、窓の外へと押し出されてしまった。
「いやぁ――――ぁぶっっ」
 プルティは真っ逆さまになって、ソフィスタとメシアが這い上がった後の、柔らかくなった土の上に落ちた。
 その上に、魔法が解けて動かなくなったぬいぐるみが、何体か落ちてきた。
「…ぬいぐるみの魔法を解いたようだね」
 プルティがぬいぐるみによって窓から押し出されたことに気付いても、落下先には柔らかくなった土があるので大丈夫だろうと冷静に眺めていたソフィスタは、そう呟いた。隣で体にこびりついた泥を払っているメシアが「そのようであるな」と頷く。
「うべぇぇ…ぺっぺっ…ひ・ひどいぃぃ…」
 プルティは口の中に入った泥を吐き出し、のろのろと泥の中から這い出す。
「三階から落ちて怪我が無かっただけ幸運に思え。泥を落として、お前も街に戻りな」
 泣きそうな顔で泥を拭っているプルティに、ソフィスタはそう言った。そしてセタとルコスを肩に乗せると、メシアに「帰るぞ」とだけ言って踵を返した。
「おい、いいのか?プルティを置き去りにして…」
「泥くらい、プルティなら魔法で簡単に落とせるし、どうせゴーレムに乗って帰るんだから、一人でも大丈夫だろ」
「いや、そういう意味ではなくてだな…」
 メシアはソフィスタとプルティを交互に見る。
 プルティは黙って俯き、ステッキをぎゅっと握って震えている。
 泣いているのだろうか。それとも怒っているのだろうか。気になったメシアが声をかけようとした時、プルティが顔を上げ、メシアをギロッと睨んだ。
「だめ、駄目、ダメェ!ソフィー姉様をヌメッとしたトカゲなんかに取られてたまるもんかーっ!!」
 そう叫ぶと、プルティは両手を広げ、魔法の風を起こして体についた泥を払った。
 名前を言われたソフィスタは、立ち止まってプルティを振り返る。
 プルティがステッキを高々と掲げ、「ゴレミィ、カモーン!」と言うと、館の玄関前にいたミスリル製ゴーレムのゴレミィが、屋根を飛び越えてプルティのもとへと飛んできた。
 右手には、畳まれているレースの日傘が握られている。
「おい、プルティ!何をする気だ!」
 ソフィスタはメシアの隣に並び、身構える。
「とうっ!!」
 プルティはステッキを掲げたまま、ぴょんっとジャンプした。すると、プルティの体がステッキに引っ張られて宙に浮き、ゴレミィへと向かって上昇した。
 ゴレミィは自らの手で胸元のレースごとハッチを開き、プルティを機内に迎え入れる。
「…あ〜もう。また面倒なことになってきた〜」
 ソフィスタは頭を抱え、お辞儀するように背中を曲げて深く息を吐き出した。
 ハッチを閉じ、胸元のレースを整えたゴレミィが、ソフィスタとメシアの前まで降りてきてホバリングし、土煙を上げた。ソフィスタとメシアは思わず目を腕で覆う。
 その土煙が落ちつくのも待たず、ゴレミィは日傘を振りかぶり、メシアに襲い掛かった。
「あっち行けー!このヌメヌメトカゲー!!」
 プルティがゴレミィの中でそう叫び、メシアの脳天めがけて日傘が振り下ろされた。
 メシアは斜め後ろに跳んでそれをかわしたが、すぐ隣で日傘を地面に叩きつけられたため、ソフィスタはその衝撃に襲われ、よろめいて地面に膝を着いた。
 ゴレミィの日傘は人間の大人用の傘と比べて三倍の大きさはあり、思いっきり地面に叩きつけられても骨が折れず、レースすら破れないところからして、材質も普通の傘とは違うようだ。
 …もしかしたら、レースは糸状のミスリルでできているのかもしれないな。
 そんなことを考えているソフィスタに、ゴレミィの腕が伸ばされる。
「え、うわぁっ!?」
 ソフィスタの体がゴレミィに掴まれ、高く持ち上げられた。
「ソフィスタ!!」
 メシアは地面を強く蹴って前進し、素速くゴレミィの懐に潜り込むと、その脇腹を薙ぐように蹴った。
「っ―――」
 しかしゴレミィはびくともせず、逆にメシアの蹴りを弾き返した。
 メシアは肩から地面に落ちたが、すぐに体勢を整える。
「ムダだもんねー!プルティが操るゴレミィは無敵なんですよーだ!」
 ゴーレムの装甲に用いられているミスリルの強度は、操縦者の魔法力によって増す。プルティほどの魔法力の持ち主であれば、館の屋上から岩を落としても装甲に傷すらつけられないだろう。
 しかも、ゴレミィには蹴りによる振動すら伝わっていない。そのあたりも魔法でカバーしているのだろう。
「ソフィー姉様、見てて!このゴレミィは、こんな力しか取り柄の無さそうなヌメヌメバカとは違うんだから!!」
 ソフィスタを掴むゴレミィの腕が、ゴムのように伸び、ソフィスタをメシアから遠ざけた。
 ソフィスタは館の壁の前で、ゴレミィの手から解放される。
 メシアはソフィスタを追おうとしたが、ゴレミィの日傘の先からメシアの足下に向けて雷が放たれ、その爆発でメシアは後ろに飛ばされた。
 伸ばされていた腕も縮み、ゴレミィは両手で日傘を握り締める。
 メシアの体は地面に叩きつけられ、一度バウンドしたが、片手を地面について指先を地面にめり込ませ、強引に体勢を整えた。
 顔を上げ、キッとゴレミィを睨みつけるところからして、まだまだ元気がありそうだ。
「ええい、こしゃくなっ!それならこれでどうだ!!」
 ゴレミィは日傘を地面に突き立て、両手を組み合わせた。すると、ステッキを突き立てた土が盛り上がり、熊の姿を象った。
 熊と言っても動物の熊ではなく、熊のぬいぐるみのような形をしているが、体はゴレミィより大きく、左右の手には爪が三本ずつ生えている。
 その土の熊の背中に刺さっていた日傘を、ゴレミィが引っこ抜く。
「さあ行けクマゴン!そのヌメヌメ男をやっつけておしまいっ!!」
 いかにも即席な名前をつけられた土の熊は、ゴレミィが日傘を振りかざすと、「マッピ――――ッ☆」と雄叫びびらしき声を上げ、自ら動き出した。どうやら「マッピー」は、プルティが操るオートマペット特有のかけ声らしい。
 土の熊…クマゴンは二足歩行で走り、地響きを立ててメシアに向かって突進する。
 メシアは一瞬戸惑ったようだが、すぐに表情を引き締め、足を肩幅に開いて背筋を伸ばし、静かに息を吸った。
「マッピ――――ッ★」
 クマゴンは両腕を振り上げ、メシアめがけて振り下ろした。
「はあっ!!」
 それに対し、メシアは両手を押すように突き出し、クマゴンの腕を受け止めた。
 太鼓を叩いたような大きな音が響き、なんとクマゴンの腕が内側から破裂するように砕けた。
 実験室の壁を壊したメシアにしてみれば、土でできた熊の腕くらい壊せて当然なのかもしれない。それでも、自分体の倍はあるクマゴンの攻撃を弾き返す光景には迫力があった。
 土の破片がソフィスタのもとまで飛んできたが、全てセタとルコスが払い落としてくれた。
 クマゴンは、腕を失ってもなお動き、メシアに頭突きを喰らわさんと倒れ込んだが、メシアはクマゴンの大きな頭を、両腕を広げて掴んだ。
「てりゃあぁぁっっ!!!」
 メシアは自分の体を回転させ、その遠心力でクマゴンの体を浮かせた。
「いやぁぁっ!クマゴ―――ン!!」
 ゴレミィの中で、プルティが悲鳴を上げる。
 メシアは自分の体を軸に、クマゴンを三回ほど振り回し、勢いをつけて放り投げた。
 その先には、ゴレミィがいる。
「マベッ」
 クマゴンは顔面からゴレミィに突っ込み、全体が粉々に砕けた。せっかくクマゴンという名前を貰っておきながら、短い生涯だったとソフィスタは思う。
 ゴレミィは無傷で倒れもしなかったが、着ていた服のほうは破け、土にまみれてすっかりボロボロになっていた。
「うみゃー!!特注のおよーふくがー!!しんじらんなーいっ!!」
 プルティはゴレミィの腕をジタバタと振り回し、その怒りを表現する。
 その隙に、メシアはソフィスタに近付こうとしたが、それに気付いたプルティが、ゴレミィの日傘を振りかざした。
「させないわよぅっ!!」
 日傘から青白い光線が放たれ、メシアの周囲の地面に降り注いだ。すると、光線を浴びた地面から巨大な霜柱が突き出し、メシアを囲った。
「ソフィー姉様は渡さないって言ったでしょうが!!観念しろーっ!!」
 ゴレミィはメシアの前に回り込んで日傘を振り上げ、霜柱もろともメシアを潰さんと、勢いよく振り下ろした。
「なんのっ!!!」
 だが、メシアも負けていなかった。腰を屈め、霜柱を砕いて勢いが衰えた日傘に正拳突きを放った。
 日傘ごと腕を弾かれ、ゴレミィは後ろに飛ばされたが、すぐに宙で止まって体勢を整えた。
 メシアは砕かれた霜柱を飛び越えて脱出し、ゴレミィと対峙する。
 …わりと頭いいことやってるじゃないか。
 霜柱の隙間から、少しだがメシアの様子がソフィスタにも見えていた。
 振り下ろされる日傘に対し、勢いが衰えたところを狙って攻撃したことには、ソフィスタも少し感心した。
 …でも…あんまり面白くないな。何か長引きそうだし…。
 メシアとプルティの戦闘を黙って見ていたのには、理由があった。
 その気になれば二人を置いて帰ることもできるのだが、メシアがプルティのゴレミィと魔法に対し、どう応戦するかが気になっていたので、ソフィスタはこの場に残っているのだった。
 しかしメシアは、持ち前の馬鹿力と戦闘センスだけで戦っており、紅玉などといった特殊な力には頼っていないように見える。
 一方、プルティの魔法は強力ではあるが、イマイチ使い勝手が悪く、クマゴンも巨大霜柱もことごとく破壊されている。
 もっと効率の良い攻撃魔法の使い方くらい、いくらでもあるだろうに。しかしプルティは、そこまで頭を働かせていないようだ。
 …メシアのことを、散々バカって言っていたけど、プルティこそ魔法力しか取り柄の無いバカなんじゃねーか?
 メシアの攻撃はゴレミィには効かないし、プルティにも届かない。プルティの魔法は威力だけが空回りし、メシアには効きが悪い。これではメシアの体力が尽きるか、プルティの魔法力が尽きるかの長期戦になるのではないか。
 …まどろっこしいなあ…よし、こうなったら…。
「おい、プルティ!!」
 ソフィスタは、その場からプルティに声をかけた。ゴレミィは「なに?ソフィー姉様」と声を発する。
「ちったあ頭を使え!氷などの個体で攻撃しても、奴は力任せで砕く!まず広範囲に及ぶ魔法で足場を奪って態勢を崩させ、ちゃんと狙いを定めて水で包んで窒息させろ!!」
 何を思ったか、ソフィスタがプルティにアドバイスをし始めたので、メシアはガクッと姿勢を崩し、プルティはゴレミィの中で目をぱちくりさせた。
「そ・ソフィスタ!貴様、どっちの味方なのだ!!」
 額に青筋を立て、メシアが叫んだ。
「別に誰の味方になるつもりもねーよ。面白そうだからアドバイスしてやっただけだ」
 ソフィスタの興味は、メシアがどう魔法を防ぐかにあった。身体能力が優れていることはじゅうぶん知っているので、魔法から逃げてばかりではなく、いざ強力な攻撃魔法を叩き込まれそうになった時、彼がどう対処するかを見たかった。
 だからプルティにアドバイスをし、魔法を当てやすくしてやったのだった。
「この外道がぁ!!面白ければ私が危険な目に遭ってもかまわんというのか!!」
「どうせすぐ治るんだから、べつにいいだろ」
「よかないわ!!貴様には痛めつけられる者の気持ちがわからんのか!!」
「お前は、ちょっと痛めつけられたくらいで折れるほど精神脆くないから、大丈夫だろ」
「そういう問題ではなーい!!!」
 メシアは右足で何度も地面を踏みつけて怒鳴り散らし、ソフィスタは自分勝手で酷いことをさらっと答える。
「ソフィー姉様ァ!!プルティに協力してくれるのね!プルティ感激!頑張っちゃう!」
 ソフィスタとメシアが言い合っている間、小刻みに震えていたゴレミィが、日傘を高々と掲げた。
 メシアはソフィスタとの言い争いを止め、攻撃に備えて身構える。
「プルリン・プルルン・プルラブリ〜ン☆」
 ゴレミィは、日傘を天に向けてかざしたまま、先で円を描くようにくるくると回した。
 すると、メシアを中心に周囲大きな円を描くようにして、地面に亀裂が走った。
 巨大な霜柱が出現した時とは、様子が違う。メシアは嫌な予感がして、亀裂の外側へ逃れようとしたが、間に合わなかった。
 亀裂を境に円の内側の地面が半球体状に抉られ、メシアごと持ち上げられた。
「そ〜おれっ!」
 ゴレミィが日傘を振ると、半球体状の土が一気に上昇した。メシアは、その揺れで体勢を崩す。
「今だ!土を崩して奴を落とせ!」
「ソフィスタぁぁぁ!!貴様ァ――――!!!」
 館の屋根より高い位置まで上昇した所で、ソフィスタはプルティに指示した。それを聞いたメシアは力の限り怒鳴り、プルティは「はぁ〜っい☆」と返事をしてゴレミィの日傘を下ろした。
 メシアの足下の土がバラバラに散り、彼の体が宙に投げ出される。
 そのまま重力に従って、メシアの体は落下を始める。
「……!!」
 三階の窓の近くを通過したメシアは、何かに気付いたようだったが、その様子はソフィスタとプルティには見えなかった。
「プルティ、水でメシアを包め!」
「おまかせっ!!」
 ソフィスタに言われる前から魔法を発動させていたゴレミィは、開いた日傘から水柱を放ち、落下しているメシアに浴びせかけた。
 水でなく、炎や雷の魔法でもよかったのだが、それだとメシアの服が燃やされてしまい、ソフィスタの手間がさらに増えるだけなので、水にさせておいた。
 たっぷりの水の固まりが、宙に留まってふよふよと揺れている。メシアは、その中心でもがいていた。
 …さあ、どうやって切り抜ける?
 万が一のことも考え、いつでもメシアを助けられるよう、ソフィスタは魔法力を高めてメシアを観察する。
「どうだ、まいったか!これに懲りたら、ソフィー姉様に近付かないでよ!!」
 えっへんとゴレミィにまで胸を張らせているプルティは、勝ち誇ったようにメシアに言い放った。
 しかしメシアは、プルティの言葉など聞いておらず、訴えかけるようにソフィスタを見つめ、館を必死に指差していた。
 …あいつ、何をしているんだ?
 ソフィスタは、メシアが指差す方向を見上げた。
 館の三階、ソフィスタとメシアが飛び降りた窓。なんと、そこから煙が上がっている。
「!!…まさか、火事か!?」
 ソフィスタが叫ぶと、ゴレミィが「えっ?」と振り向いた。そしてソフィスタの視線を辿り、煙に気付く。
「うっうへぇあっ!?なんで、どうしてぇ!?」
 ゴレミィはステッキを地面に落とし、オロオロする。
 そういえば、あの部屋の燭台には火を灯したままだった。もしかしたら、雪崩れ込んできたぬいぐるみに燃え移って広がっているのかもしれない。
 炎は見えないが、煙の隙間からチラチラと赤い光が覗いている。それを見てソフィスタが思い浮かべたのは、あの部屋のテーブルの上に置いてきたプルティのノートだった。
 内容は全て頭の中に入っているが、あれだけ秘密事項を記したノートは燃やすには惜しい。
「ちっ!」
 ソフィスタはゴレミィを振り返る。その時、赤く細長い光の筋が視界の隅に映った。
 水の固まりの中で、メシアが左腕を伸ばし、その手にはめているアクセサリーの紅玉から光を伸ばしている。
 光の筋は、煙が出ている部屋の中まで伸びていた。
 …メシア?何をする気なんだ?
 アーネスの街でゴレミィを追いかけていた時のように、光の筋に体を引っ張らせるつもりだろうか。
 ソフィスタはメシアの行動を気にしていたが、彼が何をするのか見届けず、視線をゴレミィへ戻した。
「や・やだぁっ!プルティのぬいぐるみがぁ〜!!」
 ゴレミィは相変わらずオロオロしており、涙声まで上げていた。
「プルティ!!うろたえてんじゃねえ!!」
 ソフィスタは、その場からプルティを怒鳴りつけた。ゴレミィは一瞬ビクッと体を震わせた後、動きを止める。
「さっきまでの威勢はどうした!!てめぇの魔法力は飾りか!?ミスリルゴーレムはただのデクか!?」
 再び怒鳴りつけると、ゴレミィは頭部をぐるっと回して振り返った。
 ソフィスタは腕を組み、壁に背をもたれる。
「あたしは手を貸さないからな。お前一人でどうにかしろ。…まあ、お前にできなければ、あいつが消してくれるかもしれないけど」
 そう言ってメシアを見上げた時、彼は水に包まれたまま、赤い光に引き寄せられて部屋に飛び込んでいった。プルティもそれに気付く。
「うっ…うぅぅ〜っ!!待てトカゲ男!火を消すのはプルティなんだから!!」
 プルティはメシアを追って、三階の窓へとゴレミィを飛ばした。
 窓はゴレミィを通せるほど大きくないので、入れても壁を壊すことになりそうだ。念のため、ソフィスタは館から離れ、地上からゴレミィを見送った。


   (続く)


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