"第一戦" ここ、拳法の街として知られているホーンでは、様々な拳法の流派が生み出され、数多くの拳法家を世に送り出している。 破壊神ゾファーを倒した英雄の一人も、ホーンで生み出された拳法の使い手だ。そのため、ゾファーが滅ぼされてからは、街の門をくぐる人の数がぐっと増え、最近では新しい流派を生み出し、道場を開く者も出てきた。 中には、外しやすいが相当な威力のある必殺技を駆使する"万馬拳"や、四十七もの奥義を持つ"都道府拳"等と、名前の由来に疑惑が生じる流派もあるが、今回の話とは全く関係がないので、あまり触れないでおく。 では、今回の話と関係のあるものは何なのか。 それは追々明かしていくつもりだ。 * 「アスカ。そっちはどうだった?」 薄紅色の、ウェーブが掛かった髪を、呼吸に合わせて揺らしている少女の問いに、アスカは静かに首を振った。 「だめだわ。リティのほうこそ、どうだったの?」 「ぜーんぜんっ。みんな怖がっているみたいなんだ」 そう言って、リティが肩をすくめると、アスカはふうっとため息をつき、長いストレートの銀髪を軽く撫でた。大人びた印象のある彼女は、そのしぐさの一つ一つが色っぽい。 「…そう。困ったわね。せっかくここまで来れたのに…」 「そうだね。こんな形で欠場しなきゃいけないなんて、納得できないよォ…」 二人は、う〜んとうなった。 「ふっふっふっふっふ…お嬢さん、お困りのようで…」 突然、どこからともなく、謎の声が響いた。 「え、何?誰?」 リティは、きょろきょろと辺りを見まわす。 「あら、あそこに…」 アスカは、街灯の上で堂々と立っている人物を指した。 するとその人物は、待ってましたと言わんばかりに、羽織っているマントをひるがえし、高らかに笑い出した。 「オ――――――ッホッホッホッホッホッホッ!!愛と正義の美少女仮面!人呼んで、仮面の赤神官、参っっっっ上―――――!!!」 「……」 アスカとリティは、呆然とした表情で彼女を見上げる。 彼女の同胞、"仮面の白騎士"の登場を期待していたファンの方々も呆然としたことだろうが、それは置いておく。 赤神官は街灯から飛び降り、二人の前で華麗な着地を決める。 「さぁーあっ、悩み事は、全てこの仮面の赤神官にお話して下さいませ!必ずやお力になりましょう!さあ、さあ、さあ!!」 赤神官は、エレガントかつアホっぽいポーズを取りながら、そう言って、二人に手を差し伸べた。 アスカとリティの思考は、しばらくの間止まっていたが、先に我に返ったアスカが、ようやく口を開いた。 「そ・そう。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら。いいわね、リティ」 アスカに名前を呼ばれ、リティもはっと我に返り、「え、うん。いいよ」と答えた。 アスカはリティの返事を確認すると、赤神官と向かい合った。 「単刀直入に言うと、私たち二人と一緒に、武闘大会に参加してもらいたいの」 「武闘大会?」 赤神官は、首をかしげる。 「ええ。年に一度行われる、最強の拳法を決める大会よ。こう見えても、私たちは拳法家なの」 赤神官は、アスカとリティを交互に見た。二人とも、ごく普通の格好をした、ごく普通の女性としか思えない。 しかし、スタイルはやけにいい。 今度はリティが口を開く。 「んでねぇ、最近じゃ流派も増えたから、大会は予選と本選、それぞれ一日ずつ行うことになっているんだ。で、予選を勝ち抜いた八組が、本選に出場できるっつーシステムになってんの。あたしたちは、その予選を勝ち抜いてきた流派なんだよ」 赤神官は、目をぱちくりさせた。もっとも、仮面で顔の上半分を隠しているので、アスカとリティにはその様子が分からないが。 …予選を勝ち抜いた?実は相当な手だれなんですのね。 リティは続けた。 「でもね…。予選が終ると、あたしとアスカ以外の仲間たちが、急に体調を崩しちゃったんだ。大会には、三人一組でないと出場できないから、誰か助っ人として参加してくれる人を探していたんだけど…」 「あら、でしたら、私がその体調を崩した方々を癒してさし上げますわ」 赤神官の案に、アスカは首を横にふる。 「それが、思ったより症状が重くてね…。みんな、アザドの神殿へ連送されたわ。メンバーの入れ替えは、今日中に申し込まなければいけないし、治したところで急に激しい運動をさせることもできないわ」 そこまで言うと、アスカは暗い表情でうつむいた。 「…こういうことを、無関係の人にお願いすることは間違っていると思う。自分がどれだけ無責任かもわかっているわ。…でも、どうしても大会に出場しなければいけないの。私とリティは…」 アスカは、胸の前で、ぎゅっと拳を握る。 「アスカ…」 リティは、辛そうにアスカを見る。 「赤神官さん。大会本戦だから、まわりの人たちは強いヤツばっかだけどさ、他の流派の人には頼めないじゃん。あたしたちだって頑張って戦うからさ、お願い!この通り!!」 リティは、赤神官の前で両手を合わせ、頭を下げる。 「……」 少し間を置くと、赤神官は、二人に背を向けた。 「あなたたちの熱意…、この仮面の赤神官、しかと心に受け止めましたわ!」 そしてマントをひるがえし、また変なポーズを取って振り返った。 「では…!」 アスカは顔を上げ、すがるように赤神官を見た。 「ええ!私、あなたたちと共に、大会に出場しますわ!!」 「本当!?やったー!!ありがとう赤神官さん!!!」 赤神官の答えに、リティはピョンピョンと跳ね上がって喜び出した。その喜びように、赤神官は少々驚く。 「…でも、どうしてあなたたちのお仲間は、急に体調を崩してしまわれたの?」 赤神官の問いに、アスカが答えた。 「それは、まだ分かっていないわ。…確かに、おかしいのよね。私とリティは何ともないのに…」 アスカは、少し考え込んでから、再び口を開く。 「私、思うのだけれど…。これは人為的なものではないかしら。本戦を目前に控えての、急な出来事だから、そう考えてしまうだけかもしれないけれど…どうもタイミングがよすぎるのよね…」 二人の会話に、はしゃいでいたリティも参加する。 「そーなんだよ。でさ、本当に誰かが仕組んだことなら、それはあたしたちを欠場させるためにやったってことにならない?そうだとしたら、あたしたちが大会に参加すれば、計算をミスったことに焦って、相手はボロを出すんじゃないかな〜って思って。それでうちらは参加するんだよね」 「ええ。私たちは、本当に人為的なものかどうかを確かめるためにも、何としてでも出場することを決意したわ。倒れたみんなのためにもね…」 アスカは、力強く言った。 「…そうですの。でしたら、なおさら放っておくわけにはいきませんわ」 「…ありがとう。赤神官さん…」 拳を突き上げる赤神官に、アスカは申し訳なさそうに微笑んだ。 「あ、けれども、私、どこの流派にも所属しておりませんが、あなたたちと同じ流派でもありませんわ。それでも出場できますの?」 赤神官の疑問に、アスカが答えた。 「大丈夫。最強の拳法を決める大会と言っても、みんなお祭り気分だから、けっこうアバウトなの。だから助っ人も認められているわ。…ただ、私たちと同じ拳法着は着てもらいたいの」 「そうですの。でしたら、問題はありませんわね」 赤神官は、そう言うが、アスカとリティは困ったような顔をしている。 「…そのことについて話し合いたいから、一緒に道場へ来てくれる?っつっても、すぐそこなんだけどさあ」 リティは、赤神官が立っていた街灯の、すぐ隣にある建物を指した。赤神官は、リティの指先をたどって、それを見る。 少々痛んではいるが、大きく堂々とした、その建物の入り口には、これまた大きく堂々とした看板が打ち付けられている。 そこに、でかでかと書かれた文字を見た時…赤神官の体は硬直した。 「…えっ?」 赤神官は、視線をアスカとリティへと戻す。 「えっ?えっ?えっ?」 困惑しながら、視線を行き来させる赤神官の様子を見て、アスカは頬に手を添えながら、こう言った。 「自己紹介がまだだったわね。私はアスカ。こっちはリティ。…私たち、バニー拳の代表なの…」 * 『さ〜あ、いよいよ本戦が始まるぞ〜。予選をくぐり抜けてきた八つのチームの内、みごと頂点に輝くのは、果たしてどこの流派だろうね〜』 大会本戦当日、山々に囲まれた会場内には、多くの人が集まり、観客席を埋め尽くしていた。 先程から、アナウンスからは、やけに軽快な声が響き渡っている。 『ちなみに実況は、このボク、青竜で〜す。ヨロシク〜』 何故。青竜は、その巨体でアナウンスの大部分を占領し、周囲からの視線も気にせず、音量増幅マジックアイテム、通称"マイク"に向かって、のほほんと話している。 『解説は、青竜拳のジーン姉さんだよ。よろしくおねがいしま〜す』 解説として、青竜の隣に座っているジーンは、始めは青竜が実況としてここにいるということに驚いていたが、今は落ち着いており、マイクに向かって一言『よろしく』と言った。とたんに、会場内に黄色い声援が飛び交う。 ジーンは、ぎこちない笑顔で、へらへらと手を振り、その声援に答えた。 「あはははは…。相変わらず、すごい人気だね…」 控え室の入り口から顔を出し、その様子を伺いながら、アスカは苦笑する。 「そうだね。あたしもジーンさんは好きだよ」 リティは、そわそわしながらも、相槌を打つ。 「リティ。少しは落ち着いたら」 「わかってるよ。でも、やっぱ緊張しちゃうんだよね」 「…まあ、仕方ないかしら」 アスカは、微かな笑みを浮かべた。 そんな二人に背を向け、部屋の隅でうずくまっているのは、何やら暗いムードが漂う赤神官である。 「赤神官さん、恥ずかしがることはないよ。それに、赤神官さんって、いいプロポーションしてるし」 リティは、赤神官の背中を、軽く叩いた。 「そうでしょうか…」 赤神官は、さながら幽鬼のような顔で振り向いた。アスカとリティは、思わず一歩退く。 「あ、赤神官さん。せっかく可愛いんだから、笑っていこうよ、ねっ」 それでも、リティは赤神官を元気づけようと、明るくふるまう。 「それより、第一試合が始まるわ。二人とも、早く」 「はーい。ほら、赤神官さん、行くよ!」 アスカとリティは、赤神官をひきずりながら、控え室を出た。 『それじゃ、一回戦を始めようか。第一試合は、バニー拳VSアルマジロ拳!選手さんたちの入場で〜す』 青竜が、そう言い終えると同時に、観客席にいる大半の男が、大きな歓声を上げた。 まず闘技場の階段を上がって来たのは、全身を分厚い鎧で固めている、アルマジロ拳の選手三人だ。 鎧は、そうとう重いらしく、階段を上り終えた時点で、彼らはすでに息をきらしているようだ。肩の動きに合わせ、鎧がガチャガチャと音を立てている。 しかし、湧き立っている観客たちの目的は、彼らではなかった。その証拠に、アルマジロ拳から向かって真正面から闘技場に上がってきた選手たちに、観客たちは、さらに大きな声援を送った。 アスカ、リティ…そして、赤神官の、バニー拳の選手三人である。 突然、アナウンスから、『ぶぇっ!!』という声が響いた。 『うわぁ!びっくりした〜。ジーン姉さん、どうしたの?』 『ゲホッゲホッ…な、なんでもない…ゴホッ』 ジーンは、何やらむせている様子。 『ふーん。…ボク、バニー拳の人って、初めて見るけど、すごいカッコだね』 むせているジーンを無視し、青竜は、赤神官を含める彼女たちのコスチュームを眺める。 ヘアバンドにあしらわれた、長いウサギ耳。 ふさふさとした、丸いシッポ。 バラ色のレオタードは、身に着けている者の見事なプロポーションを主張しつつも、白く美しい肌をひき立てる。 これが目的で、わざわざ遠くからホーンへ足を運ぶ者も、少なくはない。 アスカとリティは、そのすさまじい声援に、笑顔で手を振って答えていた。 一方、赤神官は、恥ずかしそうにうつむいている。 『あの、仮面をつけている女の子は、"仮面の赤神官"さんだね。助っ人として参加しているみたいだけど、強いのかな?ねえ、ジーン姉さん』 『え、あ、そ・そうだね。強いんじゃないかい』 いきなり話をふられたジーンは、焦りつつも、どうにか答える。 この会話で、観客たちの注目を浴びるはめになった赤神官は、身につけている赤い仮面が、肌の色と区別がつかなくなるくらい…とまではいかないが、真っ赤になった。 そんな彼女の様子を見て、リティは「初々しいねぇ。あたしも初めての時はそうだったなあ」と感心し、アスカは「からかうんじゃないのっ」と言って、リティを小突いた。 「ダ、ダメ。いっそ、この会場を燃やしたい…」 今は大人しくしている赤神官だが、恥ずかしさのあまりにプッツンといくと、今の発言を実現しそうで怖い。 アスカは、頬をポリポリと掻く。 「…このまま戦わせるのは無理ね。慣れるまで、大人しくしてもらっていたほうがいいかしら」 リティも、それに同意し、こくっとうなずく。 「そうだね。いきなりバニー拳をやれって言うのが無理な話だもんね」 「…ごめんなさい」 さすがの正義の赤神官も、この格好には耐えられず、うつむいたまま小さな声で言った。 「気にしないで。でも、何かあった時は、フォローをお願いね」 そう言って、アスカは闘技場の中央付近まで出ると、腰を低くして構えた。 リティも、アスカの隣に並ぶが、ひざを軽く曲げ、両手はだらりと下げている。 アルマジロ拳の選手たちも、すでに剣を抜いている。 観客席は、シンと静まりかえった。 両チームの間に、審判が立った。審判が片手を高々と上げると、アスカとリティの顔つきが、戦士のそれとなる。 「始め!!」 開始の合図と共に、審判は片手を振り下ろし、素早く試合の邪魔にならない所まで移動した。 「はあっ!!」 先手必勝とばかりに、アスカは床を蹴り、高く飛び上がった。リティは、ゆっくりと前に出る。 アスカは、アルマジロ拳の一人に、狙いを定めた。 それに気がついた彼は、剣を振り上げ、走り出した。 しかし…遅い。走ると言うより歩くに近いスピードで、ガシャンガシャンと豪快な金属音を立てながら、アスカへと向かう。 アスカは、彼の間合いのギリギリ手前で着地すると、低い姿勢で彼に突進した。 あまりにハデに跳躍したので、てっきり自分のすぐ手前に降りてくると思っていた彼は、計算が狂い、一瞬戸惑う。 アスカは、その隙を逃さなかった。目にもとまらぬ速さで、彼のスネを鎧の上から蹴る。 走っていたため、まだ前に重心がかかっている彼の体は、簡単に倒れてしまう。 顔面から床に叩きつけられた彼を、アスカは「えいっ」と足で押した。 彼は、赤神官が立っている場所から、少し離れたところまで、ごろごろところがった。さすがアルマジロ拳。 彼は、大きくて重い鎧が災いし、起き上がることができず、手足をばたつかせている。 赤神官は、自分のバニー姿も忘れ、驚いた顔でアスカを見る。 他のアルマジロ拳の選手たちも、狼狽を隠せない。 二人は、仲間がやられるのを、黙って見ていたわけではない。ただ、アスカの素早い動きが、彼らに行動をさせる暇を与えなかったのだ。 観客たちも、実況の青竜も、彼女の動きについていけなかったようだ。一同、ぽっかりと口を開いている。 『…す、すごい!速い!あっという間に、アルマジロ拳は一人ダウンだ!!』 青竜の声で、観客席は、目を覚ましたかのように熱気を上げる。 …まさか、これほど強いだなんて…。 予選を通過したからには、それなりの実力は備えているだろうと思っていた。しかし、彼女たちの性格、姿からは、それが全く感じられなかったので、信じきれずにいた。 試合が始まる前、バニー拳は、敵の目を欺き、油断させるため、あえてバニー姿で戦う拳法だと、赤神官はアスカから教わったが、なるほど、納得がいく。 「ありゃあ〜。あたしが加勢しなくてもよさそうなのかなぁ〜」 リティは、自分で頭をぺしぺしと叩きながら、再びアスカと並ぶ。 「そんなことはないわ。リティ、一人おねがいね」 「まっかせて☆」 そう言って、お互いうなずき合うと、二手に分かれ、残るアルマジロ拳の二人と対峙した。 そして…。 「さあ…いらっしゃい…」 色っぽいしぐさで、彼らを挑発し始めた。 観客席では、大半の男が身を乗り出し、赤神官は呆然とする。 『あんたにゃ、まだ早いよ』 『ええ〜本当はボクのほうが年上なのに〜』 アナウンスでは、ジーンが青竜の目を塞いでいるようだ。 つやっぽく、紅く映える唇を指でなぞり、豊満な胸から、キュッとひきしまった腰にかけて手を這わせるアスカとリティを間近で見ているアルマジロ拳は、挑発されたことに腹を立てているのか、それとも、彼女たちの色気に魅せられ、興奮しているのか、肩が小刻みに震えている。 しばらく、アルマジロ拳は、そのまま震えていたが、突如、雄叫びを上げながらアスカとリティに襲い掛かった。やはり動きは遅い。 アスカとリティは、彼らを二手に分けるため、自分たちも二手に分かれたのだが、頭に血が上っているアルマジロ拳の二人は、まんまと二手に分かれ、一方はアスカに、もう一方はリティに剣を振りかざした。 「あ、危ない!!」 赤神官は、思わず声を上げるが、アスカもリティも、繰り出される攻撃を、華麗にかわしていく。 アスカとリティが、無駄が少なく余計に体力を消耗しない動きをする一方、それとは対照的に、アルマジロ拳の動きには無駄が多く、その上鎧も重いので、体力はどんどん消耗され、動きもさらに鈍くなっていく。 突然、ガシャンという大きな音が、彼女たちの足元から響いた。 ずっと同じ場所に立っている赤神官は、驚いて、微かに体を震わせた。 アスカと戦っているアルマジロ拳の鎧の一部が外され、床に落ちたのだ。 アスカは、攻撃をかわしつつも、相手の鎧を上手く脱がしていく。 「ごめんなさい。でも、女性に脱がされるのも悪くはないでしょう」 アスカは、クスクスと笑っている。全然余裕のようだ。 リティのほうも、相手の鎧を着々と脱がしていく。 『なるほどね!鎧が邪魔で攻撃が通じないなら、脱がせばいいんだ!服と同じように身につけるものである以上、脱がせないことはないからね!』 解説のジーンは、真面目にそう言うが、観客席からは「いいぞー!」やら「うらやましー!」やらの声が上がっている。 そして、完全に武装解除されたほうから、腹に拳を叩き込まれ、倒れていく。 「強い…お二人とも、すごいですわね…」 赤神官は、彼女たちの動きに見惚れていた。 しかし…。 「うおおおおおぉぉぉ!!」 突然聞こえた雄叫びに、赤神官は我に返った。はっとして、声が聞こえたほうへと顔を向ける。 一番初めに、アスカによって倒されたアルマジロ拳の選手が、いつの間にか起き上がり、赤神官をめがけて突進してきたのだ。 「しまった!」 「ひゃあ!赤神官さん!!」 アスカとリティは、急いで赤神官を助けようと走り出すが、間に合いそうもない。 「あ…ち…」 赤神官は、戸惑いつつも、突進してくるアルマジロ拳に、両手をかざした。 「チカン――――――!!!!」 赤神官は、ものすごい早口で呪文を詠唱し終えると、そう叫んだ。 たちまち、破壊力を帯びた巨大な光球が、赤神官の手のひらから生じ、突進してくるアルマジロ拳に向けて放たれた。 彼は、チカンでもないのに、光球にふれると同時に後ろに飛ばされ、闘技場から落ちる。 「あっ…」 光が完全に消えると、平静を取り戻した赤神官は、場外に落ちた彼を見る。 情けないカッコで地面にへばりつき、ぴくぴくと痙攣している。 「ごっ、ごめんなさい!今、治療を…」 赤神官は、いそいそと闘技場を降りようとしたが…。 「勝者、バニー拳!!」 審判の口から、バニー拳の勝利が告げられ、リティが赤神官に飛びついてきた。 「すっごーい!!赤神官さんって、強い魔法が使えるんだね!!」 「えっ?…魔法と言うか、身を守るための最低限の…」 「謙遜しなくてもいいわ。あなたのおかげで、第一試合は突破よ!」 アスカも赤神官の手を取り、上下に軽く振った。 「あ、ありがとうございます。で、でも、治療を…」 「赤神官さん!今のヤツ、あたしにも教えてよ!!あたしもあんなふうにカッコよく魔法を使ってみたいなっ!」 「は・はい。それより治療を…」 「ふふっ…私たち、いいセンまで行けそうね」 「あの、治療を…」 無我夢中で魔法を放った赤神官は、喜ぶリティとアスカよりも、白熱している観客席やアナウンスよりも、自分が吹き飛ばした者の身が気になって仕方なかった。 * その頃、バニー拳の控え室から、ずいぶん離れたところにある別の控え室では、三人の男が、何やら悪戦苦闘していた。 「くっ…はぁ。ようやく収まったか。首は苦しくないか?」 若い男は、ふうっと一息つくと、額の汗を手の甲で拭った。 「ぐう…少し、苦しい…」 やけに脂肪が多く、別の意味で立派な体格をしている男が着せられた拳法着は、ぜい肉でぴっちりと張り詰めている。 「襟は開けておけ。…やれやれ。大きめのサイズを選んだはずだが、それでも一苦労か」 若い男は、壁に寄りかかる。 「ムッ。第一試合は、すでに終わったようだ」 残る一人の男が、控え室の窓から外の様子をうかがうと、二人にそう言った。 彼は、年老いているにもかかわらず、全身の筋肉は盛り上がっており、背筋もピンとしている。 三人とも、青を基調とした拳法着に身を包んでいた。その拳法着こそ、身にまとう者を、最強の拳法として名高い青竜拳の使い手であることを示すものだった。 「そうか。結局観戦できなかったな。…で、どこの流派が勝ったのだ」 若い男は、壁から背を離し、年老いた男に尋ねる。 「どうやら、バニー拳らしい」 「バニー拳?確か、使い手は女性ばかりと聞いたが…」 太った男は、たるんでいるあごに手をあてる。 「うむ。むしろ女性しかおらぬ、女性の拳法だ。…観戦したかったか?」 「ああ。戦うかも知れぬ相手の力量を測っておいて、損はあるまい」 年老いた男の問いに、若い男は真面目に答えた。 「そういう意味で聞いたのではないが…まあよい。それより、第二試合は我々の番だ。準備はいいな」 年老いた男が、控え室の入り口の扉を開いた。その先に、闘技場が見える。 「よし!さあ、行くぞ!!」 「こ、こら、急に走るなぁ!!」 若い男は、太った男の手を引いて走り出した。年老いた男も、二人が来るのを確認すると、外へ出ようとする。 そして、三人は勢いよく控え室を飛び出し…。 『え〜、第二試合の酔拳VS青竜拳なんだけど、酔拳の選手さんたちが、なんでかみんな二日酔いで倒れちゃったんだってさ。だから、第二試合は青竜拳の不戦勝で〜す』 豪快に転び、地面を滑走した。 (第二戦へ) |